第19話 黄金色の問題(3)
寧色が辞表を叩きつけてから一週間が経っていた。
「寧色さん、戻ってきませんね」
そんなことを言う光輝は自分にあてがわれた事務デスクにあごだけを乗っけていた。
司令室の隅に置かれた四つの事務デスクが、カンデンヂャーの司令室での居場所だ。
伴は「筋トレに行ってくる」と言って階下の専用スポーツジムに降り立っていて、今は向かいの席の次郎花しかいない。
「そんなに心配なの? だったらボクを探したときみたく<i-am>で探せばいいじゃない?」
ま、今回は長引いているだけだと思うけどね、と次郎花はわかりきったように言う。
「僕が探してないとでもお思いですか!」
「そこ、怒るところじゃないでしょ……」
いきり立って、立ち上がった光輝に次郎花は呆れるしかない。
ついでにいえばすでに<i-am>の探索機能を使っていたことにも呆れていた。
「寧色さんってば、探索機能をOFFにして誰にも見つからないようにしてるんですよ。それにメールも電話も拒否してますし」
「寧色は自由だからね。何よりも自分の時間を邪魔されるのが嫌いなんだよ」
と言いつつも、昨晩、次郎花もメールを送っている。寧色のプライドを刺激しない当たり障りのない内容で。そのときは拒否されていなかった。
「でも、だからって電話とかも拒否とかありえないですよ。僕が何をやったって言うんですか!」
「光輝、特に意味はないけど<i-am>を見せてくれるかい?」
「え、なんでですか……? まあいいですけど」
次郎花は光輝から<i-am>を受け取り、発信履歴を確認する。
そしてため息をついて
「うーん、キミにはストーカー気質があるかもしれないねえ」
「え……なんですか?」
うまく聞き取れなかったのか光輝が聞き返す。
「なんでもないよ」
それとありがとう、次郎花は<i-am>を光輝へと返す。
次郎花は寧色が拒否する理由がわかった。そりゃそうだよ、と同情もしてしまう。
光輝の<i-am>の発信履歴には五分ごとに寧色へメールと電話を繰り返していた痕跡が残っていたからだ。
「まあ、そんなに心配しなくていいよ。寧色の辞める発言はいつものことだから」
自分のときもそうだったが、光輝はヒーローを勘違いしすぎている。最近はだいぶわかったような気がしていたが、まだまだわかっていない。
次郎花も寧色も、それに伴だってヒーローである前に人間なのだ。いろいろな事情があって感情的になって、けれどいつかは冷静になって戻ってくるのだ。
「けど、ずっと何か変なもやもやがあるんです。ジロウさんのときにも感じていたような……あのときはわからなかったけど、たぶんこれ、いやな予感なんだと思います。放っておいたら何か、悪いことが起きそうな……そんな予感」
光輝は喋っているうちにじょじょに泣きそうになっていた。
「そんなわけないって」
慰めるように次郎花は言う。
「これはいつものことだよ」
続けざまにそう言った次郎花も自身にそう言い聞かしているようにも聞こえて、光輝はますます不安になった。
そんな気まずい雰囲気を壊したのは、奇しくも機人出現の警報だった。基地内が赤に包まれ、基地前方のモニターには「emergency」という文字が天井の点滅する赤ランプに連動して回転し始める。
「boyaitterに『公園に機人なう』という書き込み多数」
「同じくfaith bookにも『洗濯機が暴れている』というタレコミあり」
「広報用ブログの拍手コメントに『美味イガグリ焼き公園で暴れてる』とのコメントありました」
オペレーターたちの救援要請が終わるとともに、
「出動だっ!」
階下のジムにいた伴がエレベーター横の階段から駆け上がってきた。
それもボクサーパンツ一丁で。体は滴がついていて、床は水で濡れていた。
「伴さん、服を着るのですっ!」
白香の喝とともに、近くにあったマンガ雑誌が飛ぶ。伴の脂肪たっぷりな下腹を見たせいか、白香の頬は少し赤い。
「ああ、ワタシの週間中年ジャンピオンが……」
同時にその雑誌を読んでいたグレイスが嘆くが、「お仕事中ですっ!」と伴と同様に一喝され、縮こまる。
「よいではないか。よいではないかー!」
グレイスと対象的に伴は全く白香を恐れていない。ジャンピオンをキャッチして、余裕の表情だ。
悪代官かっつーの、とツッコミを入れる寧色はおらず、伴のボケを拾ってくれる人間はいない。そういう意味でも寧色さんが必要だと光輝は思っている。
「どうしてそんな格好なのさ」
兄弟がいるため、男の裸を見慣れている次郎花は、表情すら変えずに伴に問いかける。
「ちょうどシャワーを浴びていたのだ!」
「いや、大声で言うことでもないし……」
「と、とにかく服を着るのです。出動ですよ!」
緊急時でもマイペースなヒーローふたりに白香は声を荒らげる。
「ごめんごめん、すぐに行くよ」
次郎花が光輝が待機しているエレベーターに乗ると、伴は近くにかけてあった赤いジャケットを濡れた素肌の上から着て、そのままエレベーターに乗り込む。
「下も履くのです!」
「大丈夫だ、問題ないっ!」
伴は白香に親指だけを立ててぐっと見せるが、「なわけないのです!」と白香にジーパンを投げられる。
「グレイスも乗るのです」
「オー、ワタシ、ジャンピオンを読みたいのデスが、これを読んでからではダメデスか?」
「ダメdeath!!」
「間接的に死ねと言われたので、今日はやる気がでまセーン!」
「なら経理部に行ってボーナスなしって言います!」
「オー、神様仏様白香様、それだけはご勘弁なのデース!!」
グレイスは目にもとまらぬ速さでエレベーターに乗り込み、
「さあ、グズグズしていてはいけまセーン。さっさと行くのデース」
変貌ぶりがすごい。光輝は呆れながらも、『閉』ボタンを押した。閉まる直前、白香のため息をつく姿が見え、心中お察ししますと同情した。グレイスと伴を相手するのは確かに疲れる。
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