第18話 黄金色の問題(2)
基地を飛び出した寧色は職業安定所に来ていた。
寧色は受付でもらった三十四番の番号札と同じ番号のパソコンがある窓側の席へとつき、左手で頬をつきながら、右手でタッチペンを操作して求人を見ている。
――今度こそ、絶対に辞めてやる。
固い決意を、少しだけ膨らんだ胸に秘め、むすっとした顔で検索システムを操作する。
希望条件を入れて、検索をかけてみるも、「0件、見つかりました」と表示される。
――0件なら見つかってないじゃん。
システム構築時点でそういう表示にしているわけだから、システムには何の罪もない。ただのやつあたりだ。
このまま基地に戻れば、「また戻ってきたんデスネ!」というグレイスが呆れながらも喜ぶという表情が想像できてまた腹が立った。
希望条件を変えてみても結果は同じ。「0件、見つかりました」
――だから、見つかってないっつーの。
苛立ちを隠さずに壁を蹴る。思わぬ壁ドンに隣の席の男がときめくどころか、いやな顔をする。
やっぱりというか当然なのだが、ヒーローより高い給料の職業は存在しない。
カンデンヂャーは日給月給制だが、各種保険もそろっているし、深夜手当に危険手当、住宅手当など各種手当がたくさんつく。ボーナスだって年に二回ある。
だから、そんなヒーローを辞めてもっと高収入の仕事をしようだなんて、ほかの求職者から見ればわがままに映るだろう。
――それでもあたしはもっとお金が必要なの。
だから昇給できなかったことがムカつく。自分にもっとお金をくれないことがムカつく。
――なんで伴はどんどん昇給して、あたしは昇給しないのよ。
伴は今回もどうやら昇給した。給料の額は開くばかりだ。
――なのになんで、伴よりもかわいくて、若いあたしが昇給しないのよ! 審査員はあっち系なの? ゲイなの? あんな肥満が好みなの? わけわかんない。
やつあたりだとはわかっているが、罵詈雑言はとまらない。
条件の指定をやめて、ヒーローの項目を見る。希望条件を妥協すれば、ヒーロー関係の職種があるかもしれない。それなら今より賃金が低くても我慢できるかも、と寧色は考えていた。
「一件、見つかりました」
――やっぱり少ないわね。
思わず嘆息する。とはいえ、その理由もわかっていた。ヒーローは高収入で人気だからだ。ゆえに多くの応募者があり、すぐに企業に見合った人が見つかる。だからむしろ少なさを嘆くよりもあったことに驚くべきだ。
華麗戦隊カレェンジャーマスコットキャラと書かれたリンクをすぐにクリックして、求人票を見る。
給料はやはりカンデンヂャーよりも少ない。
寧色はパソコンで求人情報を開いたまま、自分の<i-am>で企業ページを確認する。企業サイトの求人募集にしかかかれてない情報もあるかもしれない。
職業安定所の情報だけで判断して見落としがあったら笑えない。
そこで初めて華麗戦隊カレェンジャーが隣の
寧色は光輝のようなヒーロー好きではないので、ヒーロー自体には全く興味がない。カンデンヂャーをやっていたのだって「給料が高いから」だ。カンデンヂャーの面接のときも素直にそう答えて、大爆笑されたのを覚えている。ただそれが功を奏してカンデンヂャーになれたわけだが。
カレェンジャーは悪の組織〈レト
寧色の思惑はともかくそのカレェンジャーのマスコットキャラというのは、どうやら戦うわけではなく、レースクイーンのように露出の高い服を着て、カレーとカレェンジャーを売り込んでいくらしい。
マスコットガールではなくマスコットキャラとしているのは、求人票に「ただし、女性に限る」と書けないからだろう。
とはいえ企業は女性というより美しい女性を求めているような気がした。
寧色はグラドルやモデルのような職業に抵抗はない。むしろスタイルには自信があるのから、それを活かすのはなんら恥ずべきことではなかった。
ただ、求人募集のマスコットキャラの例となってその衣装を着込む女性は自分より胸があることに気づいて腹が立った。カンデンヂャーの前に受けた職業ヒーローは胸が小さいからという理由で落ちていたので、どうにも胸にコンプレックスを抱いていた。
もっともそのセクハラまがいの職業ヒーローは、本当にセクハラで訴えられて今は存在してないので受からなくて良かったと安堵したのは遠い思い出だ。
――というか、男っぽいジロウのほうがなんで胸が大きいのよ。
胸に注意が言ったせいか、不意にそれを思い出してさらに腹が立った。
これ以上探しても腹が立つばかりだと思った寧色は求人情報を消してさっさと席を立つ。
受付に番号札を返すと職業安定所を出た途端、太陽が照りつける。
外に出たら暑いのはわかっていたことだから、暑さなんて気にせず、寧色は早足でその場を去ろうとしていた。
そんなときだ、
「ちょっとよろしいですか?」
職業安定所から出てくる人を待ち伏せていたのか、目立った特徴ないどこにでもいそうなサラリーマンが話しかけてくる。無理に特徴をあげるとすれば、何を考えているかわからない気味の悪い笑顔だろうか。
「何よ?」
睨みつける寧色に対してもその笑顔は絶えることはない。
ビジネススーツのネイビージャケットから名刺入れを取り出したその男は、
「わたくしはこういうものです」
両手を添えて寧色に名刺を渡す。真加初澱と名刺には書かれていた。
その名前の右上に書かれたイビルコンサルティングコンサルト事業部部長というのは会社名と肩書きだろう。
「よくわかんないけど、ナンパだったらお断りよ」
寧色の言葉に初澱はよりいっそう薄気味悪く笑みを浮かべる。
とはいえ、寧色とてナンパしてくる男がいきなり名刺を出してくるはずがないとはわかっていた。
「いえ、これでも仕事中なのです」
「じゃあ何の用よ?」
「わたくし求職中の人に声をかけておりまして」
そう言って、初澱は寧色に近づく。
得体の知れない気味悪さに寧色は怖気づいたように一歩後ろに下がると、初澱はそのまま一歩前へ出て寧色に歩み寄る。
「いいお仕事があるんですが、やりません? 高収入ですよ?」
「詳しく聞かせて」
初澱の最後の言葉に釣られて寧色が早口で言うと、
「この近くにわが社がありますので、お話はそこで」
初澱にいわれるがまま、寧色はそのあとへとついて行った。
本来、禁止されている職業安定所前での勧誘を平然とする男に寧色はもっと警戒するべきだったが、高収入の仕事に釣られた寧色にそこまで考える余裕はなかった。
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