第15話 青葉の頃(10)

「どこにいたんだい?」

 光輝の報告に次郎花の顔が明るくなる。見つかってくれて何よりだった。

「その話を聞く限り、まだ誘拐した機人は生きているみたいだね」

 光輝から経緯を聞いた次郎花はそう結論を出し、ホープへと走り出していた。

『ええ、けどどこにいるのかわかりませんよ。ヒーローショーが終わった直後に頼明が誘拐されたのは確かですけど』

「てがかりはヒーローショーだけか……。とにかくボクはそのヒーローショーを見てみることにするよ」

『今日の公演だと九時半からですから……もう始まってますね』ホープでの公演時間が全て頭に入っているのだろう光輝はさらりと言い放ち、『なんなら近くにいる僕が……確認しましょうか?』

「いや、キミは頼明を家に送ってくれよ。通信番号と一緒に、住所も送ってあるから。おばあさんも心配しているだろうし」

 そう言いながら、次郎花はホープへとたどり着く。

「それじゃあ頼んだよ」

 光輝とすれ違いながら次郎花は囁く。<i-am>はもう必要ない。ケガのない頼明の姿を見て、次郎花の顔は少しだけほころぶ。

「あ、ジロキチだー」

 頼明に次郎花は笑顔を向け、そしてホープへと入っていた。

「なあ、なあ、かれしー。ジロキチどこに行くんだ?」

 疑問の声を漏らす頼明と、スーパーに入っていく次郎花の後ろ姿を見て光輝はあることを思いついた。


 ***


 屋上にたどり着いた次郎花はヒーローショーを眺める。

「オイラはデスアスレチックの将軍のひとり、ダ・滑リーダースベェ!」

 ステージではダ・滑リーダーが自己紹介をしていた。

 今、ステージに登場しているのはダ・滑リーダーだけで、あとはステージの左手に保育園のお遊戯会に使われそうな木が置いてあるだけだった。

 〈奇機怪械〉はどこに潜んでいるのだろうか、次郎花には見当もつかない。

「ここはたくさんのこどもがいるスベェ! ジャマーども、運動不足のこどもを誘拐してくるスベェ!」

「ジャジャア」

 ステージの脇から五人のジャマーと呼ばれる黒タイツの男たちが現れる。覆面で顔を隠すスタイルはどことなくガレージに似ている。

 少しだけ次郎花は注意を強める。

「ジロキチー」

 その声に驚いて振り向くとそこには光輝と頼明の姿があった。

「どうして!? 僕は送り届けてって……」

 言ったじゃない、という声を遮って光輝は言った。

「僕はカンデンヂャーは格好良いと思っています」

「今、そんな話はいいよ」

「いや、今だからこそ重要なんです。だってここにはヒーローに憧れるこどもたちがいる」

 ジロウさんは言いましたよね、光輝はまくし立てる。

「こどもたちは格好良いヒーローに憧れるって! だったらカンデンヂャーがダサいか格好良いかはこどもたちに決めさせましょうよ。今はその絶好のチャンスです」

「だけど、それはここに機人がいたらの話でしょ? それともなに? キミはもう機人がどこにいるのかわかったっていうの?」

「当たり前ですよ。僕を誰だと思っているんですか?」

 無類のヒーロー好きである光輝はヒーローショーの特色も知っている。

 近年のヒーローショーは一週間、同じショーを何度も繰り返す。つまり、一週間は同じ悪役、同じシナリオ、同じ配置なのだ。

 だから、初日の公演を見に行った光輝には同じ公演にあってはならないものがすぐにわかった。もっともシナリオが同じでもスーツアウターや大道具は毎日違うため、舞台を作る役者がその違和に気づかなくても無理はない。

 しかしその特色を知っていれば、あってはならないものがステージにあることに一瞬で気づく。

「あのお遊戯会に使うような木が機人ですよ」

 そう言った光輝は根拠とともに説明する。

「なるほどね」

 それを聞いて納得した次郎花はL.E.D.を取り出す。光輝もL.E.D.を構えた。

「じゃ、シビれさせてやろうかな」

 そう言って次郎花はL.E.D.に単四電池をはめた。光輝も同じく9ボルト電池をはめている。

「「電池変身!!」」

 声を合わせて叫ぶと、一瞬にしてカンデンヂャーへと変身する。

「ジロキチとかれしーがかんでんぢゃーになった」

 その光景に頼明が驚く。かけ声に気づいた何人かのこどもたちも同様に驚いている。

「えっ、なに、なに?」

 ダ・滑リーダーのなかの人も突然の職業ヒーローの出現に驚きを隠せず地声で驚いていた。

 ジャマーたちもこどもをステージにつれてきたのはいいものの、どうすればいいのかわからず固まっている。

「スパークはこどもたちを頼むよ」

 9Vスパークはうなづくと少しだけスピードを落とし、ステージ前へと立つと、「すげぇ」とこどもたちが興味津々に近づいてきた。

 9Vスパークとは対照的的にリチウムブルーは速度をあげ、作り物の木へと近づく。

「ライトニングウィップ!」

 ブルーが鞭を振るい、同時に電気を走らせようとした瞬間、木から腕が生え、鞭を弾き飛ばした。

「なぜこの映写機人マルデーキの変装がわかったビデェ?」

 驚き正体を現すマルデーキ。その姿は映画館の冒頭のムービーに出るビデオカメラの顔をした男に酷似していた。

 白い手袋をはめ、タキシードを着こなすマルデーキはマヌケな言葉尻とは裏腹に紳士のようにきっちりと直立している。

「新入り曰く、ヒーローショーの特色を把握しとけ、だそうだよ」

 9Vスパークに教えてもらったことを簡単に要約して伝えるとともに、ブルーはもう一度鞭を振るうが、マルデーキはいともたやすくその鞭を弾く。

「ガレージ、行くでビデェ!」

 するとステージの脇からガレージが現れる。

「ダ・滑リーダー、こどもたちを頼む!」

 近くにいたダ・滑リーダーにこどもを押しつけると、ダ・滑リーダーは力強くうなづき、こどもたちをガレージたちから離れさせる。ジャマーもそれを手伝い始めた。

 もっともこどもたちのなかにはダ・滑リーダーに捕まったらデスアトラクションをさせられると思い込みダ・滑リーダーからも逃げ出している子もいた。

「電力が少ない」

 頼明を助けに行くときの跳躍で三〇%、戻るときに三〇%。合計六〇%使ったスーツの電力の残りは四〇%。激しい動きをしすぎると電力切れで変身が解けてしまう。

 それを気にしすぎて9Vスパークの動きは少しだけ鈍る。

「スタンブレイドっ!」

 叫びつつ、手に握ったスタンブレイドでガレージを切る。とはいえ、ガレージ程度なら問題ないようだ。

「ブルーさん。僕がガレージを引き受けます」

 9Vスパークはガレージから優先的に倒していく。

「助かるよ」

 ブルーはガレージを無視してマルデーキへと鞭を振るう。一方、マルデーキは巧みな手さばきでライトニングウィップを弾いていく。さらに弾くたびにブルーとの間合いを詰めていく。

「くそっ!」

 じりじりと近寄ってくるマルデーキに焦るブルー。弾かれる鞭はさらに焦りを増長させ、やがて当たらなくなる。

 そんな姿に遠くで見守るこどもたちも不安げだ。

 ブルーの頭へとマルデーキの掌底が入る。ブルーの脳が揺さぶられ、クラクラと眩暈がしてすとんと倒れる。

 すぐに立ち上がろうとしたが、マルデーキが上に乗り、ブルーを殴り始めた。

「すばらしい暴力シーンだビデェ! R18だビデェ!」

 自分が主役の映画でも撮っているとでもいうのだろうか、殴りながらマルデーキは悦に入る。

 ブルーはなんとか立ち上がろうとするが、殴られるたびに意識が飛び、立ち上がれない。

 ――あーあ、ダッサいなあ、いやになっちゃうよ。こんなんじゃ、全然カッコよくない。

 そんなときだ、

「頑張れ、ジロキチー!」

 頼明の声が聞こえた。

「頑張れー」

 それにつられるように他のこどもたちからも声援が飛び、次第に大きくなっていく。

 ――なんだろ、不思議な気分だ。応援されると力が溢れてくる。

「うおおおおおおおおお、りゃあああああああああっ!」

 身体を激しく動かし、上に乗っていたマルデーキを払いのける。

 素早く立ち上がって、ブルーは言った。

「マルデーキだっけ? お前、とっととシビれさせてあげるよ」

 ライトニングウィップを強く握り締め、マルデーキに狙いを定めると、ブルーはグリップのスイッチを押す。

 金属質の鞭に電流が流れ、変化が起こる。

 鞭の部分にあたる金属にはふたつの仕掛けが施されている。まずひとつはIH調理器と同じ仕組みだ。内部に仕込まれたコイルに電流が流れると強力な磁場が発生。そこに電気を通しやすい金属を置くと電磁誘導により渦電流が発生し、金属が発熱する。

 さらにもうひとつが熱を帯びると、鞭に使われている金属は硬く鋭くなるという仕掛けだ。

 つまりライトニングウィップは通電することで二、三メートルの長さを持った長刀へと切り替わる。

「ブリッツヴィアベル!!」

 マルデーキへとその長刀が放たれた。

 マルデーキはいとも簡単に避けた――かのように見えたが、長刀の突然軌道が変わった。

 マルデーキは急激に変わった軌道に対応できず、その胴体を切られ、崩れ落ちた。切られると同時に、自らを構成する機械が耐えられないほどの高電圧の負荷を受け、すぐさまショートしてしまう。が爆発はしない。

 ブリッツヴィアベルはスイッチのオン、オフにより、長刀から鞭へ、鞭から長刀へと瞬時に軌道を変化させることができ、さらに手首の捻りでさらに細かく軌道を操作できた。

 やがて爆発が起こったかのように歓声が飛び交う。

「かっこいい」「すげー」

 こどもたちの誰もがリチウムブルーに憧れの眼差しを向けている。

 リチウムブルーの、青葉次郎花の理想の光景だった。

「すげーよ、ジロキチー。カッコいい」

 頼明が駆け寄ってくる。いや頼明だけじゃない、その場にいた全てのこどもたちがリチウムブルーのそばにやってきていた。

 ――そっか。

 次郎花は気づいた。悔しいけれど光輝の言ったとおりだった。

 ダサくても、ヒーローが誰かを助けようと頑張って戦えばこどもたちはカッコいいと憧れてくれるのだ。

 カンデンヂャーがダサいから。

 そんな理由でやる気をなくして、ただテキトーに戦っていた次郎花を誰がカッコいいと言うだろうか。

 誰も言うわけがない。

 そんなヒーローがカッコいいわけないから。

 誰よりもカンデンヂャーをダサくしていたのは、次郎花だった。

 次郎花はカンデンヂャーになったときからただがむしゃらに頑張ればよかった。

 そうすれば、こどもたちは憧れてくれた。次郎花の夢はこんなにも簡単に叶えることができた。

 そんなことに今更気づいた。

 いや気づかされた。

 だから光輝は頼明をつれてきたのだ。

 次郎花が頑張っている姿を頼明に見せるために。

 ――簡単な、簡単なことだったんだ。

 次郎花はマスクのなかで少し泣いた。

「行きましょう。回収班は呼んでおきました」

 リチウムブルーはうなづいて、屋上から飛び降りた。

 頼明もそれに気づいてはしゃぐこどもたちの輪から飛び抜けて、エレベーターへと駆けていく。

「ダ・滑リーダー、邪魔して悪かった」

 ヒーローショーを台無しにした9Vスパークは目の前の特撮怪人に詫びて、リチウムブルーに続く。

 ふたりのヒーローが去ったあと、ダ・滑リーダーは言った。

「さあさ、誰がデスアスレチックの餌食になるんだスベェ!」

 どんなアクシデントがあれど、ショーは再開される。

「ジャジャア!」とジャマーたちが再びこどもたちを見繕う。

 ショーは終わってない。なぜならこの怪人を倒すヒーローはまだ現れていないから。

 それをきちんと理解しているからこそこどもたちは言う。

「助けて、チャレンジャー!」

 ヒーローのBGMが鳴り響く。

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