第14話 青葉の頃(9)

 光輝は次郎花に言われたとおり、梧桐駅の周辺で頼明を探していた。

 そしてすぐに怪しいと思われる場所を見つける。そこはホープ側から見れば梧桐駅を挟んだ向かい側、売家と書かれた古ぼけた民家だった。そこにはガレージがいた。

 もし頼明の行方不明が<奇機怪械>絡みなら、ガレージがいてもおかしくはない。

 探る価値はあるかも……、光輝は9Vスパークへと変身した。

「スタンブレイド」

 さらに光輝は電撃の剣を取り出して、小さくつぶやく。つぶやく必要はもちろんないが、それでもつぶやくのは新触感を宣言する食パンのように光輝の絶対に譲れないこだわりだった。

 光輝は梧桐駅を飛び越え、その民家の屋根に飛び移る。

 リチウムブルーと違い、9Vスパークの性能は万能と言わざるをえない。さすがに空を飛ぶことはできないが、リチウムブルーを含む3つのスーツが試作だとすれば、9Vスパークは完成形。6倍もの出力を持つそのスーツは、脚の部分に集中して電力を消費すれば跳躍、いや超躍というべきだろう、それを可能とする。

 ただやはり電力消費は激しく、それだけで電力が三〇%減少する。パンチ一発で〇.〇一%減少することを考えると、その消費量の違いがわかるだろう。

 飛び移った反動で、瓦が割れ、大きな音が鳴る。光輝は辺りを警戒したが、ガレージが近寄ってくる様子はない。そのまま窓から様子をうかがう。覗いた先は四畳一間の和室のようで、誰もいない。

 屋根を移動して別の窓を覗く。するとそこには手ぬぐいで口を縛られ、縄で腕を縛られた頼明がいた。

 頼明の近くにはフィギュアが落ちている。『火』が『人』になった、あのフィギュアだ。

 すぐに助けようと思ったが機人がいる可能性もある。頼明を人質に取られたらガレージならともかく機人だと助けるのも難しくなるだろう。

 機人の有無を探るべく屋根から静かに飛び降りて聞き耳を立てる。

「人質のお守りなんて面倒臭いよ」

「オレももっと暴れたい、従う上司を間違えたような気がする。基本単独行動じゃん、あの人」

「確かにそうだよ、趣味に映画なんて書くんじゃなかった。それでこの配属だぜ」

「うげーマジかよ。オレもそう書いたわ。そういうので決まるのかよ、配属」

 戦闘では奇声しかあげないガレージだが、中身は雇われた人間。上司がいなければ愚痴だって零し、ネットに悪口だって書く。9Vスパークは聞いてはいけないものを聞いたような気がした。

 でも「人質のお守り」やら「単独行動」という情報はありがたい。その場に機人がいないなら、救出するのも容易い。

「けど、まあこうして守ってるだけで給料入るんだから楽でいいよ」

「まあケガしても手当がないからな、それを考えるとラッキーか」

 などと愚痴をこぼすガレージの前に一瞬で現れた9Vスパークはスタンブレイドの柄頭を素早く当てる。すると9ボルト電池の電極のような柄頭から電流が発生。スタンブレイドの柄頭はスタンガンとなっており高圧電流によって瞬時に気絶させることが可能なのだ。

「さて、見張りはあと何人いるのか……」

 音を立てずに玄関の扉を開け、廊下を歩くと床が軋んだ。

「どうした、交代には……」

 疑問に思ったガレージが部屋の扉を開けて廊下を覗いた瞬間、9Vスパークは反射的に蹴飛ばした。

「なんだ、なんだ?」

 大きな物音で、用を足していたガレージ、風呂あがりのガレージ、エプロン姿のガレージが次々と廊下に顔を見せ、9Vスパークの姿を見て慌てる。

 電気が通っていることを見るに、売家というのはカモフラージュなのかもしれない。

「どないしてここが!?」

 風呂あがりでマスクしかしていないガレージが驚き、慌てて衣装を着ようとする瞬間にパンチをお見舞いすると、料理をしていたのか包丁を握っていたエプロンガレージは、包丁を持ったまま突撃してくる。

「危ないって」

 包丁を払った9Vスパークは柄頭スタンガンでエプロンガレージを気絶させ、その後、トイレから出てきたチャックが開きっぱなしのガレージを突き飛ばす。

 三人を倒した9Vスパークは とりあえず調理中のフライパンの火をとめて二階へとのぼる。のぼるたびに階段がギシギシと軋むが、何の反応もない。もうこの家にガレージはいないのかもしれない。

 二階にあがると頼明がいる部屋へと入る。9Vスパークに気づいたのか「うー、うー」と叫ぶ。

「大丈夫。僕はキミの味方だ」

 格好をつけて言い放ち、頼明の口を縛る手ぬぐいを外す。

「うしろっ!」

 途端、頼明が叫ぶ。

「あー、はいはい!」

 振り向いて確認もせず、肩ごしにノックするように強く拳を振るう。

 その拳が後ろから不意打ちしようとしていたガレージの身体にぶつかり、壁へと衝突。一瞬で崩れ落ちたガレージは気絶。不意を突くのは悪役の常套手段だから、なんとなくそうなんじゃないかと警戒していた。

「今、手もほどくから」

「おまえ、だれだよ?」

 頼明は突如現れたヒーローに対しても警戒心を解かず、睨みを利かせる。

「僕は乾電池戦隊カンデンヂャー、四人目の戦士、9Vスパークさ」

 一度は言ってみたかった言葉を言ってみた。何度も練習したこともあり噛まずに言えたが、少しだけ長かったかもしれない、と気になった。

「おまえが、カンデンヂャーのひとり?」

 ただ認知度が低いせいか頼明は9Vスパークを知らず、頼明の目から不審の色は消えない。

「とりあえず、ジロウさんが心配しているから行くよ」

 そう言って頼明の<i-am>を手渡す。

「おまえ、ジロキチをしってんのか?」

「まあね」

 頼明の手をつかんで、窓を開ける。フィギュアを拾うのも忘れない。

 頼明を抱きしめて窓から出ると頼明が「うわっ!」と悲鳴をあげるが、高いところが好きなのか、すぐに「すげぇ」と感嘆の声に変わる。

「一気に跳ぶから捕まってて」

 足に力を入れると、瓦がパキリと、割り箸が割れるかように心地良く割れる。一気に踏み込んで、再び線路を飛び越える。線路を飛び越えると同時にちょうど電車がその下を通過した。

「すげええええええええええ」

 頼明の絶叫。顔は恐怖というよりも普段体験できない経験への喜びに満ちていた。

 線路を飛び越えた9Vスパークは駐車場に着地。頼明を降ろすと

「少しここで待ってて。キミの知り合いが迎えに来るから」

 火から人になったシンケンジャーのフィギュアを頼明へ渡した9Vスパークは駅の隅へと向かい、変身を解く。

「吾妻くん……?」

 そんな光輝に声がかかる。

 声のほうを見てみると、同じクラスの桃園桜花がこちらを見ていた。暑いからかいつもは首下まで延びている髪を、今日は持ち上げてポニーテールにしている。後ろには大きな楽器ケースが見えた。桜花は吹奏楽部でコントラバスの奏者だった。部活に行く途中なのだろう、学生服に身を包んでいる。

 光輝たちが通う弓山高校の制服は男女ともにブレザーだが、今は夏服のため、半そでシャツのみだ。学年によって男子はネクタイ、女子はリボンの色が違う。二年生を示す緑色の帯リボンが襟元から延び、胸元でちょうちょ結びになっている。ブレザーに合わせるように作られたチェックのスカートはミニというよりマイクロと呼べるぐらいに短い。ギリギリまで伸ばした黒い靴下とローファーは学校指定ものだ。

「さっきのって何?」

「さっきのって?」

 光輝が質問に質問で返すと、

「いや、さっきヒーロー? みたいなのになっていたよね?」

 戸惑いながらも桜花は説明する。

「えー、あー」

 光輝は言うべきか言わざるべきか迷った。

 ヒーローであることを名乗ってはいけないわけではないし、正体を明かしたらいけないわけでもない。

 ただ極力、ヒーローであることは隠すべきだとグレイスには言われていた。ヒーローは見る人から見れば有名人と同じようなものだ。正体がバレればいらぬ混乱を巻き起こすこともある。だからグレイスの言いつけを守るならとぼけるべきである。

 しかしもう姿を見られてしまったのだから、素直に白状したほうがいいかもしれない。

 なにせ、光輝が駅の隅だと思っていた場所は反対側から見れば丸見えだったのだ。

 とぼけることができそうもないと考えた光輝は、

「ちょっとアルバイトでヒーローの仕事することになったんだ」

 だから素直に白状して歩き始める。

 けれどそれだけで桜花にわかるわけがない。

「ちょっと、どういうことよ!?」

「人、待たせてるから」

 それでも光輝は無理やり話を切って、頼明のもとへと急いだ。

「ちょっとー、絶対に説明してもらうからねー!」

 追いかけようと思った桜花だったが、秋の演奏会のために練習をサボるわけにも行かず、光輝の後ろ姿に叫ぶだけ叫んで、駅へと進んでいった。

「やあ、頼明くん。ここにいたのか」

 桜花と別れた光輝はなるべく自然を装うように頼明に声をかける。

「あ、昨日のかれしーだ!」

 覚えてくれなかったらどうしようと思ったものの、頼明はなんとか覚えていてくれていたらしい。

「ジロウさんが心配していたんだよ。いったいどこにいたんだ?」

「えーっと……」

 捕まっていたことにあまり恐怖を感じなかったのか、頼明の口調はあっけらかんとしていた。

「おれさ、きのうひーろーしょーにいったんだよ。それで、ですあすれちっくにつかまっちまってさー、それでちゃれんじゃーにたすけられたんだけどー……それからあのいえにつれてかれてさー、なんかそれでちがうひーろーにたすけられちった。今までたいけんしたことないひーろーしょーだったぜー。はたらいてないにいちゃんにもこんどじまんしよっと」

 純粋なのか鈍いのか、頼明は自分が捕まっていたことさえ、ヒーローショーの一部だと思っていた。

「頼明くん。ジロウさんに電話するからここにいてよ」

「おう、わかったぜ、かれしー」

 頼明はフィギュアを飛行機のように持って、ブーン、と駐車場の縁にある花壇の周りを回り始めた。

 光輝は<i-am>を取り出して次郎花へと電話をかける。

「頼明くんが見つかりました」

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