第16話 青葉の頃(11)
リチウムブルーと9Vスパークのふたりは人目を避けて、もとに戻る。
「ありがとうね、光輝」
次郎花は柔らかな笑みを浮かべる。
「僕は自分の理想を証明したかっただけですよ」
そう言って光輝は突っぱねる。
「……素直じゃないね」
照れくさそうにしている光輝を見て、次郎花は鼻で笑う。
「ジロキチー!」
そんなふたりのもとに頼明が駆け寄ってくる。全力疾走したからか、汗がびっしょりだ。
「頼明、ケガはない?」
「うん、かれしーがたすけてくれたからな。あれ、ひーろーしょーのつづきじゃなかったんだな!」
「頼明は気楽でいいね」
自分が捕まっていたことを理解した頼明を見て、次郎花は再び笑う。
「なんだよ、きょうのジロキチはたのしそうだなあ」
それを見て頼明も笑った。
「ああ、そうだね。たぶん楽しいんだよ」
その笑顔を見て、光輝は次郎花が何かに吹っ切れたように見えた。
「それじゃあ、僕が報告書を書いておきますんで。ジロウさんは頼明くんをお願いします」
「悪いね」
「いえ、書く練習にもなるんで」
手を振って光輝はふたりから去っていく。
次郎花と頼明は光輝をしばらく見送って、
「じゃあ帰ろうか、頼明」
そうやって手を握る次郎花。その姿はまるで歳の離れた姉弟のようだった。
「なあなあジロキチー。おれ、よりたいところあるんだけどいいかー?」
「どこに行くつもり? ボクとしてはキミのおばあさんに報告したいんだけど」
そう言った次郎花を無視するように頼明は次郎花の手を引っ張って歩いていく。
「やれやれ……」
ダメだと言っても、頼明はとまりそうにない。仕方なく次郎花は頼明についていった。
たどり着いたのはおもちゃ売り場。
「ちょっとここでまってってくれよ」
頼明がおもちゃ売り場の奥へと駆けていく。
次郎花は追いかけることはせず、近くの遊技場を囲うクッションに腰をかけて、小さなこどもたちを眺めていた。
「ジロキチー、みてくれよー!」
頼明は次郎花に近寄りながら、腕を振っていた。
その腕の先、手に握られたのは青色のフィギュア。
「ほらほら!」
リチウムブルーのフィギュアだった。元から持っていたフィギュアはポケットに入れたようで赤いフィギュアの足がポケットからはみ出していた。
「どうして?」
「だってジロキチ、すげーかっこよかったもん。おれ、しょうらいジロキチみたいなひーろーになりたい」
それを聞いて次郎花は思わず涙をこぼした。
今日はよく泣く日だ。
「ジロキチー、なんでないてんだよ」
「いや、ごめん。なんでもないよ」
「ほんとにほんとか?」
心配する頼明に涙を拭いて次郎花は答える。
「ごめんごめん本当に大丈夫だから」
じゃ、帰ろうか? と次郎花は立ち上がり、再び手を繋ぐ。
「おれ、かえったらリチウムブルーのカッコよさをとなりのはたらいてないにいちゃんにおしえてやることにするよ」
「うん、よろしく頼むね」
「まかせとけ」
***
翌日、教えていないはずなのに光輝の<i-am>に通信が入る。
送信者は桃園桜花。どういうことか説明してほしいらしい。
高校近くの喫茶店に桜花と待ち合わせになった光輝はこっそりと入る。
自分にとって高嶺の花になった桜花と一緒に喫茶店にいたなんてことを知られたらクラスメイトになんて言われるかわからない。
「遅いじゃない!」
「まだ待ち合わせの時間まで十分はあるけど」
「レディーを待たせるとか信じらんない」
「いや、まあ、ごめん」
高圧的な態度がむしろ光輝には信じられないのだが、そう謝っておく。
「まあ……わかればいいのよ」
光輝が席につくと、「で?」と一言。ついでに呼び鈴を押す。
それだけで昨日のことを聞きたいんだろうなと察したものの、もうちょっと言葉があるんじゃないかと思わなくもない。
「お待たせしました」
店員がやってくる。
「コーヒーとあと、ここからここまで全部」
桜花は広げたメニューに指を置き、スイーツを全部選択した。
「それ、誰が払うの?」
「遅刻したお詫びにキミが払うんでしょ?」
小悪魔の笑み。案外いい性格をしている。
「それにヒーローって儲かるらしいじゃない?」
「僕はアルバイトだよ」
僕はコーヒーで。と店員に注文したあと、
「というか結構、ヒーローについて調べた?」
「まあ知識は一応持ってたけど。知らないこともあったから……」
「じゃあ僕が説明することないよね?」
もしかしたら、それにかこつけて、スイーツを奢らせようとしているだけなのかもしれない。
「なんで? というかなんでヒーローになったか説明してもらってないし」
「なるほど……けどなんでそんなの知りたいわけ?」
「いいから説明しなさい!」
「わかった、わかった」
小悪魔の笑みから一転、この世のものとは思えない恐怖の形相に変貌した桜花に恐れおののいた光輝は、ため息ひとつ説明を始めた。
なんで、桜花はただヒーローに戻る瞬間を目撃しただけなのに、こんなにも聞きたがるのだろうか。
それをたずねようと思った光輝だったが、答えてくれそうもなかったので、やめておいた。
スイーツが次々と運ばれてくる。
スイーツがなくなるのが先か、桜花の質問がなくなるのが先か。
どちらにしろ、今日は長くなるな、と光輝は覚悟を決めた。
***
後日。
次郎花のもとに一通のメールが届いた。
送り主は以前次郎花が突っかかった助監督からだった。
そこには次郎花への感謝の言葉と自分の発言への謝罪の言葉。
そして、次郎花をマジデンジャーのひとりにしたいという旨が書かれていた。
落ちると思っていた次郎花にとってその合格通知は青天の霹靂。
同時に数日前の次郎花が、欲しくてたまらなかったもの。
けれど今の次郎花には必要ない。
次郎花は辞退のメールを送信した。
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