第7話 青葉の頃(2)

「五番、青葉次郎花です、よろしくお願いします」

 務めて明るく次郎花は目の前の審査員に自己紹介し、お辞儀した。

 動きやすい服装で来てくださいという向こうの要望に応えて黒い無地のTシャツにジーパンという装いだったが、それはラフな格好を好む次郎花にしてみれば普段どおりともいえた。

 一礼して一歩下がり椅子に座ると、次の人が一歩前に出て「六番、内藤――」と自己紹介をしていく。

 次郎花はオーディションを受けていた。

「えー、まず簡単に説明させていただきますが、本危戦隊マジデンジャーは今放送中の挑戦戦隊チャレンジャーの後続番組になるわけですが、この番組のコンセプトはスリリングです。何も面白みがない社会にしようと目論む悪の組織〈安全安心〉からちょっとだけ興奮するような日常を取り戻すという戦隊になります」

 それも、特撮ヒーローの。

 カンデンヂャーという職業ヒーローである次郎花だったが、次郎花自体はカンデンヂャーを良しとしていない。

 その要因はスーツが格好悪いからである。

 二一五二年の現在でも、特撮ヒーローの放送が始まる前に幼年向けテレビ雑誌で新しい特撮ヒーローの紹介がある。その紹介がされると大抵ネットではスーツに対しての評価が下される。オリジナリティを求めすぎて、奇抜なスーツになると、「あれはない」と誰もが否定的になってしまうが、いざ放送が始まると慣れてしまうのか、別におかしいとは感じなくなってしまうファンは多い。

 けれどそれがスーツ装着者である次郎花に当てはまるかと言えば、そうじゃない。

 次郎花は何度、変身しても、カッコわるい、ダサいと感じてしまう。

 カンデンヂャーは次郎花にとって苦痛でしかなく、やる気もわかない。カンデンヂャーになったのは、就職活動中の下調べが甘かったと言わざるをえない。就職して初めてスーツを見たときに、そのカッコわるさに直面したのだ。

 そこですぐに辞職しなかったのは給料が高いからだった。日給月給制だから出勤しなければ給料はつかないが、もともと破格の給料がもらえ手当も充実しているので多少休みがちになっても大丈夫だからだった。

 そうしてダラダラと次郎花は職業ヒーローを続けながら特撮ヒーローオーディションを受けている。近年の戦隊物はスーツのカッコよさにも気を使っているのか、一目見て「ダサい」と思うことが少ない。というかない。むしろ「カッコいい」という意見が大半を占める。

 それは職業ヒーローが出現した以上、特撮ヒーローは広告になるからという理由でスポンサーが多くつき、それゆえに力を入れている証拠だろう。カッコよさを求めている次郎花にとっては特撮ヒーローのほうが魅力的だった。

「ではまず、面接形式でこちらが質問していきますので、一番の方から順にお答えください」

 グラサンに無精ひげを生やした監督。その隣にいる若者が進行するのだろう、声を発した。

 面接者全員が合わせたように「はい」と返事する。

「このオーディションに応募したきっかけは?」「理想のヒーローとは?」などなどヒーローに関係した質問が飛び交い、それらをもとに今度は監督たち関係者が面接者個々に質問を繰り出していく。

「では五番の方に質問ですが」助監督の男が次郎花を指定し、「あなたの履歴書を見る限り、職業ヒーローをやっているようですが……」

 助監督はカンデンヂャーの名前を呼ばなかった。いや、そもそも履歴書にもヒーローとしか書かれていない。

 どんなヒーローか、は履歴書に記載しなくてもいいとされている。敵対組織のメンバーがどこに潜んでいるか分からないからだ。

 当然、ヒーローという記載だけでは悪用もされてしまう。ゆえにヒーロー協会はヒーロー証明書を発行している。一度、ヒーローをやったことがあれば誰だって発行できる。

 次郎花もそうだ。監督たちのテーブルの上にある履歴書。その下にはヒーロー証明書が置いてあった。

「それを辞めてまで特撮ヒーローをやろうとする理由はなんですか?」

 その言葉の端々には、もったいないを始めとした様々な感情が入り混じっているように思えた。

 だからだろう、次郎花は嫌悪感を抑えきれなかった。

 助監督の質問は助監督が特撮ヒーローを撮る立場にあるにも関わらず、特撮ヒーローを職業ヒーローよりも下に見ているように思えてならなかった。

「ダメ……なんですか? ボクが、特撮ヒーローをやっちゃダメなんですか?」

 今までの質問では面接ということでわたしという一人称を意識して使っていた次郎花だったが、冷静さを欠いた今は無意識のうちに、ボクと言っていた。

「いや、そういうわけではないよ。ただ、職業ヒーローのほうが、給料も高いはずだろう。それを辞めてまで特撮ヒーローにこだわる理由があるならと……」

「ふざけんなよ!」

 次郎花はその言葉でもう抑えきれなくなった。

 椅子から立ち上がった次郎花は助監督の胸倉をつかむ。

「あんたさ、なんで特撮ヒーローを職業ヒーローより下に見てるんだよ。あんたも、ここにいるみんなも、今からそれを作っていくんでしょ。カッコいいヒーローを作り上げていくんだろ。あんたが最初からそんな気持ちなら、カッコわるいヒーローしかできないよ!」

 言いたいことを叫ぶだけ叫んで助監督の胸倉を放す。

 助監督は次郎花の変貌に放心していた。

「やってられない。そんなヒーローなんてカッコわるくてやってられるか!」

 こんなんじゃ、こどもたちにカッコいいって思われない。憧れてもらえない!

 捨てゼリフを吐いて次郎花は去っていく。

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