第5話 光り輝くようなヒーロー(5)
「初陣おめでとうございまーす」
電光基地に戻るとクラッカーが鳴り響き、拍手が巻き起こった。
実はグレイスは9Vスパークの就任を祝おうと基地と連絡を取り準備をしていた。
しかしそれも今となってはむなしいだけだ。
「……空気、読めなさすぎでしょ」
寧色は冷ややかな視線をグレイスに送る。
みんなが光輝のことを9Vスパークであると勘違いしていた、本当かウソかはまだ確認していないが、光輝の言うとおりならばグレイスは準備を取りやめるべきだった。
「なぜ、皆、唖然としているのです?」
白いブラウスに黒いベスト、そのベストの色に合わせたキュロットスカート、いかにも事務員という風体の女性がカンデンヂャーの面々とグレイスに疑問を投げかける。黒髪のロングヘアーと赤縁のめがねをかけた凛とした顔立ちはそこだけを見ると秘書官を彷彿させる。名札にはオペレーター黒下(くろした)白香(しろか)とあった。
「いや、実はだネ……」
グレイスが言いづらそうに、その場に集まる基地の社員に説明をする。
説明が終わると、みんなが少しだけ絶句するも、
「えええええええええええっ!?」
てんやわんやの大騒ぎになった。
「履歴書はどこだ、探せ、探せ」「なんで誰も気づかないんだよ」「あの子が来たのと機人が出たのが重なったからじゃないか」「ええい、書類が多すぎてわからん」「黒下さん、今日の後処理で報告が来てますが」「そんなの後です、まずは履歴書探すのです。こんなミスをしてしまうとは……。ほら、グレイスも探すのです」「オー、ワタシ日本語分っかりまセーン!!」「こういうときだけ日本語がわからないふりしないでくださいよ、主任」
その光景を見て寧色は嘆息。エレベーターに乗り込む。それに続くように次郎花も乗り込んだ。寧色と次郎花は面倒ごとからそそくさと逃げ出すつもりのようだ。
「キミはどこかに電話するんじゃなかったのかい? だったら基地の外に出たほうがいいよ。ここは騒がしいから」
次郎花に促され、光輝もエレベーターに乗り込む。
「グワハハハハ。人がゴミのようだっ!」
「あなたも手伝うのです」
エレベーターが閉まる瞬間、伴の頭に白香の投げたシャープペンが突き刺さる光景が見えた。
エレベーターが一階に到着し入り口を出ると三人は散り散りになった。寧色はさっさと帰っていく。。
「キミがどうするかはわからないけど、もしこのまま続けるのだとしたらよろしくね」
次郎花は光輝に挨拶して去っていった。
光輝はそれを見送ったあと、〈i-am〉を取り出し電話をかけた。
『もしもし、どうした少年?』
しばらくして受話器から声が響いた。電話の主は稲乃光暉。光輝が助けたかった男の子を助け、病院に搬送された男だ。
『無事、あれを届けてくれたという連絡ならいらんぞ。俺は少年が届けてくれると信じていたからな』
昔は電子機器に悪影響があるということで、電話することすら憚られた病院だったが、現在では影響がないとされ入院中の患者に気軽に電話をすることができた。
「それなんですが……」
光輝は申し訳なさそうに、ことの顛末を話す。
『なんだ、そんなことか』
てっきり怒られるだろうと思っていた光輝の予想に反して、返ってきたのはそんな言葉だった。
「怒らないんですか?」
『怒るも何も、俺は神に感謝したいね』
「どういうことですか?」
『実は俺は全治一ヶ月らしい。まあこれは回復カプセルのお陰だが……』
回復カプセルというのは飛躍的に進化した医療技術の功績だ。カプセルホテルのような空間に入ることによって、診察から治療までを寝ているだけで行う。寝続けている必要はなく、一日規定の時間入ればいいだけで治ってしまう、医者泣かせの技術だった。
『そしてL.E.D.の初期化は一ヶ月かかる』
「ええ」
うなづきながら光輝は何を言いたいのかなんとなくわかった。
『ということはだ、俺が退院するまで、少年が9Vスパークをやればちょうどいい。有効利用できる。一ヶ月間、夏休みだけのアルバイトだ』
「そんな簡単には割り切れませんよ」
アルバイト、そんな言葉で代わりをやれなんて言われてもできるはずがない。
光輝が欲しいのはそんな言葉じゃなかった。
素直にやるな、と言われれば申し訳ないと思ってたぶん諦めただろう。
けれど実際に9Vスパークになってみて、ガレージと戦って、少なからず興奮を覚えた。だから憧れだったヒーローを少しだけやってみたいという気持ちも芽生えているのだ。
けれど、踏ん切りがつかない。
都合がいいだの、アルバイトだの、そんな言葉では迷いは消えない。
光輝はもとの持ち主である光暉に迷いを消して欲しいのだ。
光暉は光輝が自分に何を求めているのか、察した。
『少年。少年はヒーローが好きだろう?』
「な、なんでそれを……?」
『挑戦戦隊チャレンジャーのステージ、俺も見ていた。そこにいたよな』
光輝は目を見張る。
『あのあと、握手会を待っていたら小学生以下限定と言われてな、ショックで少したそがれていたら、男の子がトラックに轢かれそうになっているのが見えた。だからスーパーから飛び降りて走ってきたわけだが……まあそれはともかく』
恐るべきことを語った光暉はさらに言葉を続ける。
『その歳でヒーローが好きということは好き、だけで終わらないんだろう。憧れ、いや夢か……ずっとなりたいと思っていたんじゃないのか。だからこそ轢かれそうな男の子を前にして、何もできなかった少年はとても悔しそうな顔をしていた』
すれ違ったのは一瞬。あのときの光暉は男の子を助けようと必死だったはずだ。それでも、光輝の表情の機微を見抜いていた。
『あれは助けたくても動けなかった自分を責めていたんだろう。けどそのときの少年と今の少年は違う。そうだろ? 偶然であれ、少年は力を手に入れた。一ヶ月間だけだっていい、助けたいときに助けられる力を使ってみたい、そうは思わないのか?』
「使ってみたい」
光輝は思わず答えた。即答だった。けれどそれが本心だった。
光暉のひと押しでようやく迷いが消えた。
「じゃあ迷わず使えよ、少年」
光暉の後押しはそれほどに心に響いた。
グレイスやほかのカンデンヂャーの面々がなんというかわからない。それでもこの機会を逃したくない、そう思った。
「ありがとうございます」
〈i-am〉を切ると、再びエレベーターへと戻った。強い足取りだった。
***
再び基地の上階に戻ると、グレイスが近寄ってきた。
「オー、光輝くん。下に降りていたのですネー、探しましたヨ」
「僕に何か用ですか?」
「オー、そうデース。というか謝りたいのデース。ごめんなサーイ。やはりこちらの勘違いでしタ」
そう言って、なぜか後ろに隠していた履歴書を見せる。
名前欄に履歴書の線をはみ出すような勢いのある字で稲乃光暉と書かれてあった。
「やっぱりそうでしたか」
「そこで相談なのですガ……もしよければ、初期化にかかる時間まであなたが9Vスパークになりませんか?」
それはヒーローになると決意した光輝からすれば願ってもない言葉だった。
「バイト代も出しますし、夏休みだからちょうどイイ気がしマース」
グレイスの言葉なんて耳に届いてない。
「やります」
「オー、デリシャス!」
即答にグレイスは満面の笑み。
「よろしくお願いします」
書類を片付けていた社員に向けて一礼した。全員が笑顔を向けてくる。
こうして光輝は9Vスパークになった。
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