第4話 光り輝くようなヒーロー(4)

「まーた、カンデンヂャーかソー! 行けっソー、ガレージ」

 機人が珍妙な語尾で命令するとガレージというらしい覆面たちはカンデンヂャーのもとへと走っていく。機人の取り巻きだったガレージのみならず、どこからともなくガレージが現れ、その数は五十を超えていた。

「行くわよっ!」

 寧色ことアルカリイエローが叫び、もう一度L.E.D.を押す。すると十ミリメートル程度の箱が射出された。それを掴むと箱は膨れ、一五〇センチメートルの槍が現れる。

 圧力を加えることで膨張し、質量保存の法則を無視した現象が起こる。以前の科学ではありえない現象も今の科学では可能だった。

 現れた槍の柄はアルカリイエローのスーツと同じ黄と金の色合いで槍の先は三叉になっていた。

「エクレールランス!」

 アルカリイエローはエクレールランスと呼ばれる槍を振り回し、柄で叩きつぶし、穂先で刺し、襲いかかるガレージたちを次々と倒していく。

「早く来なさいよ。それとも何? こんな連中、あんたの出る幕はないっていうの?」

 倒れる敵に背を向けて放たれる言葉。それはほかの誰でもない光輝に向けて放たれたもの。

 要するに早く変身しろということらしい。が光輝は変身の仕方がわからない。三人がやったようにやればいいのだろうか。でもどうやって? 光輝には戸惑いしかなかった。

「初陣なんだから焦らせることはないよ、イエロー」

 どうやら戦闘中はカラーリングで呼ぶらしい。

 次郎花ことリチウムブルーが、戸惑う光輝を宥めるようにイエローに忠告しながら、手に握る鞭を振るう。鞭の柄はスーツと同じく白と青の装飾だが、鞭本体は薄い金属でできていた。柔らかさと硬さ、相反するような性質を兼ね備えたその金属は今の技術だからできる代物だった。

 ブルーはライトニングウィップと呼ばれるその鞭を巧みに操って、ガレージを次々とはたき、前進していく。

「もしや、変身の仕方をど忘れしてしまったとかではないのか。オレ様もよくど忘れするぞ!」

 片手で持った鎚をガレージに腹にぶつけ吹き飛ばしたレッドが気づいたように言う。

 レッドの持つ鎚――ブリッツハンマーはほかのふたりの武器とは違い、柄は鈍色だった。その代わり鎚頭の部分が、巨大な単一電池に酷似しており、その電池の色がスーツと同じ赤と白だ。

「いいか、マックス」

 敵がいる手前、本名を呼んではいけないと考慮したのか自らが光輝につけたニックネームの後半だけを叫んだレッドは続けて声を張り上げる。

「L.E.D.のなかにさっき渡した9ボルト電池。あれを入れるんだ。さあ!」

「いや、さあ、って言われても……」

「あいつも、狙うソー」

 困り果てている光輝に気づいた機人が命令を出し、

「ガ、ガレージィ!!」

 数人のガレージが奇妙な声とともに光輝に殴りかかる。光輝はなんとか避けようとしたが、腰が砕け、思わずしりもちをつく。

 その瞬間、光輝は自分のポケットにあるものが入れっぱなしだったことに気づいた。それは電光基地についたらすぐに渡そうとしていた、光暉からの預かりものだった。

 光輝はポケットからすぐさまオイルライター風装置を取り出す。

 たぶん、これがL.E.D.だ。

 確証はないが三人が変身していたものと形状が似ていた。

 ガレージがしりもちをついた光輝をさらに殴ろうとしていたのに気づいた光輝は慌ててL.E.D.に9ボルト電池を嵌める。下の蓋はないが、下の空洞から電池をはめるとカチリと音が鳴る。光輝はすかさずスイッチを押した。

 黒い光が光輝を包む。光輝の体が光に包まれた瞬間、殴ろうとしていたガレージの体が吹き飛ぶ。変身時の護衛機能として、光に包まれると同時に変身者から衝撃波が飛ぶようになっているのだ。この辺はメダルやらタイヤやら手裏剣やらが変身中に飛ぶ特撮ヒーローに似ていた。

 光が消えると同時にスリーブレスのTシャツを着込んだような銀の胴体色を持つ黒い全身タイツが光輝を覆う。腰から踝まで銀の三本ラインが、肩から手首まで銀の一本ラインが延びている。

 次に黒いフルフェイスマスクが光輝の顔を覆い、そこからV字のマスクプレートが出現。マスクの黒と区別するため、マスクプレートとの境界はうっすらと白いラインが引かれ、マスクプレートの黒色は少し薄い。

 ここまではカンデンヂャーと色が違うだけで、スーツに違いはない。唯一の違いは肩にある銀の円柱だ。左右で大きさが違うそれはまるで9ボルト電池のプラス極、マイナス極を示しているようだった。

 スーツに変身するとともに、光輝は仁王立つ。光輝はすぐさま、吹き飛んだガレージにとどめをさそうとしたが、スーツが動かない。

 動かそうとするとマスクプレートに文字が表示される。


 Battle

 Attachment

 Tabard of

 Tactics

 Electric

 Raid

 Yare


 同時に光輝の耳にアナウンスが聞こえてくる。

《B.A.T.T.E.R.Y.システムスタンバイ状態。初回起動にはコードの音読が必要です》

 万が一のためにセーフティーがかかっているのだろう。

 動かない光輝を狙ってガレージが再び動き出す。

 光輝はナビに従いマスクプレートに表示されているコードを早口で読み上げる。

「9ボルトスパーク!!」

《初回起動コードを認識。市民データベースから音声データを参照し、吾妻光輝と断定。吾妻光輝をスーツ使用者として認定します》

「うおおおおっ!」

 光輝は襲ってくるガレージの腹を殴った。ガレージに当たった瞬間、光輝の殴った左手から電気がほとばしり、ガレージを吹き飛ばす。

 マスクプレートに表示されている残電力のパーセンテージが〇.〇一%減少する。

 ひゅう♪ とイエローの口笛が飛ぶ。ガレージを殴り、吹き飛ばしたスーツ性能に驚いたのだろう。

 ――確か、こうやってたよな。

 光輝は見よう見まねでL.E.D.をもう一度押す。すると小さな箱が飛び出てきた。見失いそうになった光輝だが、マスクプレートにターゲットが出て、その箱をロックオン。さらにその箱をキャッチするように自動設定されているのか、右手が勝手に動き、光輝はその箱を掴んだ。瞬間、箱が剣へと変わりナビが流れる。

《スタンブレイド、変形確認》

 ――どういう仕組みなんだ?

 未知の技術に驚かされつつも光輝はスタンブレイドというらしい剣を握り締める。

 スタンブレードの柄は細長い9ボルト電池のようになっていた。柄頭にプラス極とマイナス極があり、剣身はフランベルジュに似て波打っている。

 ――どうやって使えばいい?

《攻撃補助システム作動しますか?》

 当然、とうなづくと光輝の腕がまるで引っ張られたように押し出される。

 マスクプレートの隅に『AUTO』という文字が映った。

 そのまま襲いかかるガレージを一刺しすると後続のガレージの右足蹴りをしゃがんで避け、左足を掬い上げ、転ばし、斬りつける。

「ソーんな馬鹿な。たった三分で全滅だと」

 ガレージが全滅したことに驚いて機人が声をあげる。

 光輝こと9Vスパークはたったふたりのガレージしか倒してないが、ほかの三人はかなりのガレージを倒していた。

「そろそろ、お前が来い」

 レッドの挑発。

「ソー思っていたところソー」

 受けて立つと機人が呼応。

「掃除機人スイコーメ! ソー簡単に倒せると思うんじゃないソー」

 名乗り上げたスイコーメは膝を落とし、足のロボット掃除機の排気口から煙を撒き散らしてレッドへと突撃していく。

「9Vスパーク」

 光輝の名乗りによってヒーローの名を知ったレッドは光輝をそう呼んだ。

「初陣で悪いが、手柄は早いもの勝ちだ」

 レッドはブリッツハンマーを持って駆けていく。どっし、どっしというまるで大地が揺れるような歩み。

 スイコーメに近づきながらハンマーを振り上げ、そして間合いを詰めたところで打ち下ろす。

 しかし打ち下ろしたのが早かったのか、スイコーメの手前の地面を抉ってしまう。

「ソーッソッソッソ。当たってないソー」

 スイコーメがレッドの空振りを嘲り笑う。

「勘違いするな、これからシビれさせてやる!」

 レッドがマスクのなかでニヤリと笑い柄頭にあるスイッチを押す。

 瞬間、単一電池のような鎚頭に電気が走り、その鎚頭自体が巨大な電磁石と化す。そのままブリッツハンマーを両手で横に構えると、地中に隠れていた砂鉄が鎚頭の地面に触れていた部分に付着する。

 山に挟まれた弓山市は風化した山の岩や鉱石が降り積もっているため、地中には多くの砂鉄が含まれている。

 レッドはその砂鉄が多く付着したブリッツハンマーをスイコーメへと打ち込んだ。

「ソーんなもの吸い込んでやるソー」

 スイコーメが吸込口をハンマーのほうへと向けるが、そんなのは無駄だった。

 レッドの打ち込みはとまらない。

「アイアンサンドチャァァアアジッ!」

 打ち込みと同時に付着していた砂鉄が飛ぶ。ただ、飛んだのではない。砂鉄は電光石火の速さを持っていた。その砂鉄の速さは打ち込みの勢いだけでは説明できない。

 実はブリッツハンマーの鎚頭は電磁石になるだけではなかった。鎚頭には砂鉄がおさまる程度の小さな穴が無数に空いており、その穴の上下には電位差のある特殊な電気誘導体が仕込んである。その間に挟まった電気誘導体――つまり今回の場合は砂鉄、それらに電流を加え、発生する磁場の相互作用により、砂鉄は雷がごとく速度で飛び出るのだ。つまり、それは電磁砲だった。

 雷の速度と彗星の威力を持った無数の砂鉄がスイコーメの身体を貫く。右手の吸込ノズルで吸い込もうとしていたがそれすら無意味っ!

 さらにとどめと言わんばかりに、通電により電気を帯びたハンマーの重い打ち込みがスイコーメを追撃強襲。

 電流がスイコーメの身体をほとばしり、ショート。スイコーメは動かなくなり、そのまま後ろに倒れる。爆発はしない。

「ふぅ」

 レッドが額の汗を拭くようにマスクのおでこをさすり、L.E.D.から単一電池を抜く。

 すると一瞬にしてもとの赤づくめの服装に戻り、持っていたブリッツハンマーも自動的に小さな箱へと戻ってL.E.D.に収容される。ブルーやイエロー、三人に近づいていた9Vスパークも同様だ。

「悪かったな、スパーク。初陣の手柄を取ってしまって」

 家に帰るまでが遠足というように基地に帰るまで戦闘なのだろうか、戦闘が終わっても伴は光輝のことをスパークと呼び、出番を奪ってしまったことを詫びる。

「いえ……、それよりも、これお渡ししておきます」

 そう言って光輝は伴にL.E.D.を投げ渡す。突然のことで受け取り損ねた伴に代わって次郎花がなんとかキャッチするが困惑顔。

「どういうことだい?」

「そうよ。あんたが、新しい仲間なんでしょ?」

「いえ、それなんですが、僕はただ、それを基地に届けてくれと頼まれただけでして……」

 光輝は言い寄るふたりに恐縮しつつ、説明をする。

「誰にだい?」

「ですから、本来、新しい仲間となる人にです。光暉さんって言うんですけど」

「……グレイスに確認したほうがいいよね。というかなんでグレイス、新入社員の顔を覚えてないの?」

「L.E.D.持ってたから勘違いした、とかだったらありえないんですけど。それに普通さ履歴書とか見るっしょ。車で自己紹介したときに名前が違うって気づくっしょ。なにあいつ、バカなの? それともバカなの?」

「うーん、ああ見えて、というかしゃべり方も変だし、グレイスってやっぱ変なところあるよね」

「グワハハハハハ、まあいいではないか。吾妻ックスのスパークは今回限りで、そのミツなんとかというやつが次からスパークをやれば万事解決だろう?」

「そううまく運ぶのかなあ……」

 次郎花はいやな予感がしていた。

「なんにしろ、車まで戻りましょ。後処理はほかの人の仕事だし」

 寧色の言葉に従って戻る四人。クラクションを鳴らすグレイスを車から引っ張り出し、事情を説明すると、グレイスは「困りましター」と表情を曇らせる。

「9Vスパークは初回起動時に音声データを介して使用者を登録するのデース。それはほかのカンデンヂャーとは違い、いろいろと仕組みを変えたかららしいのデスが、それを登録してしまうと解除にはお時間がかかりマース」

「どのくらいなんですか?」

「最低でも一ヶ月ぐらいデース」

「その間、僕はどうすれば?」

「できれば9Vスパークになっていて欲しいでーすネ。夏休みやGWのような休暇は我々にとっても、〈奇機怪械〉の連中にとっても、多忙な時期になるのデース!」

「……」

 光輝は押し黙ってしまう。ヒーローに憧れてはいるが、事故に遭いそうだった男の子ですら助けられなかった自分だ。初陣とてスーツのナビゲーションに頼りきりで自分が倒したとは言いがたい。そんな自分がヒーローなんぞやっていけるのか、光輝は不安でいっぱいだった。

「少し、待ってもらっていいですか。相談したい人がいるんです」

 やっと出た言葉がそれだった。

「確かに、親御さんにも許可が必要ですネ」

 それについてはすぐに解決すると光輝は踏んでいた。両親はなんでもやれという精神の持ち主で、高校入学と同時に一人暮らしがしたいと言ったらすんなりと認めてくれたぐらいだ。今回もおそらく反対もなく許可してくれるに違いない。

 光輝が欲しいのはそんなものではなかった。

 欲しいのは踏み込める勇気だ。非日常に。

「とりあえず基地まで戻りましょう」

 誰も喋らない車の雰囲気は最悪だった。

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