第3話 光り輝くようなヒーロー(3)

 三階にたどり着いた光輝を出迎えたのは警報だった。同時に天井のランプが回転し、目の前が赤く点滅していた。

「なんなんだ?」

 光輝は驚きに反応して白衣の男がこちらへと向かってきた。『主任・屋井グレイス』という胸元の名札が目に入る。

「待っていたヨ。早速で悪いけど、キミにも活躍してもらうからネ」

 光輝の手を握ったあと、グレイスは腰まで伸びている銀髪を揺らして向きを直す。

「みんな、四人目の戦士の到着ダヨ」

 ずれてもいない銀縁めがねを人さし指でクイッと押し上げて、せわしなく動く人々へと宣言した。光輝はその言葉の意味がわからず、戸惑うばかり。

「ふっ、これで戦いが楽になればいいのだがな!」

 一段低くなり円形に広がる中央のフロア。司令室のようにも見えるその場所に、ふたりの女性に挟まれた太った男が偉そうに腕を組んで光輝を見つめていた。

 男は光沢がある赤い革ジャンと赤い革パンという、肥満体には不似合いな格好をしているものの、ウイングショートの髪型がなぜか服装と妙にマッチしていた。

「もちろん、楽になりマース。今回のスーツはキミたちのスーツより出力が6倍なのデース!」

「はぁ? そんなのずるいじゃん。査定とかで有利になるし」

 グレイスの言葉を聞いた左側の女性は狐のように切れ長の目を吊りあげて不満顔だ。スリーブレスの白いブラウスを腰で結び、ローライズのジーンズを着こなした姿はやけにセクシーだった。結んだブラウスとジーンズの間から引き締まったお腹とおへそが見えるのはその女性がスタイルに自信を持っている証拠だろう、実際にスレンダーな体つきはとても色っぽい。

 三人のなかで唯一彼女だけが髪の毛を茶色に染めているのも、印象的だ。ウェーブをかけて首あたりで切りそろえた髪型は可愛らしい顔立ちを引き立たせるのに一役買っていた。アクセントとしてだろうか、右腕には黄色いミサンガが結ばれている。

「というか、こんな話してるひまあったら怪人倒しに行かないと。いつもだけど、ゆっくりしてるよねえ」

 先ほどの女性の不満を押さえ込むように右側の女性が提案する。とてもハスキーな声だった。その女性の顔は一見、美青年にも見える。しかしながら胸元の豊満なふたつの丘が、彼女を否応なしに女性だと認識させた。先ほどの女性を比べてもその大きさは歴然だ。

 深緑色のパーカーに白いカーゴパンツというラフな服装だが、前下がりのショートボブが彼女の雰囲気を大人っぽくしていた。右耳についている青玉のピアスが喋るたびに揺れる。

「ジロウくんの言うとおりダネ。行くとしましょうカ」

 そうして気づけば光輝は地下一階にある六人乗りの電気自動車の三列目に乗せられていた。

 グレイスが運転席に赤づくしの肥満体が当然のように助手席に腰を降ろしており、二列目にふたりの女性が乗っている。

「それでは行きマース」

 グレイスが〈i-am〉を、旧式ならばシフトレバーがある場所に装着する。

『読み込みました』

 〈i-am〉を二、三回操作すると、運転席の前、旧式ならハンドルの位置にあたる部分に設置されているタッチパネルが起動する。そこに映し出されたのは地図だ。光輝がここに来るために使った〈i-am〉の進化版とでもいうべきか。車と連動し、最短距離で目的地まで運転してくれるのだ。もちろんセミオートのため、途中で自分の手で道順を変化、停止、加速することも可能だった。

 現在、主流の自動車にも〈i-am〉と連動した自動運転機能がついていたが、こういうヒーローの組織は普及しているものよりも技術が何世代か進んでいた。

 ちなみに旧式を除いた現在の自動車は全て電気をエネルギーとしており、車の屋根についたソーラーパネルで充電も可能だった。

 タッチパネルの読み込みが数秒で終わり、車が勝手に動き出す。

「それでは、今回の機人ですガ……」

「待つのだ、グレイス。まずは今回新しく入った仲間への自己紹介をしようではないか」

 赤づくめの男は口を挟んだあと、最後部の席に座る光輝を見た。

「おお、ブラボー。そうでした。ワタシすっかり忘れてましたー!」

 大げさなリアクションとともにグレイスも光輝のほうを向く。

 運転席に座っているグレイスだが、車は自動操縦にしているため、放っておいてもよかった。

「ワタシの名前は屋井グレイス。電池を作った屋井先蔵の子孫なのデース」

「はいそれダウト。グレイス、あんた、確か生まれはアメリカだったっしょ」茶髪の女性が声を飛ばす。「それとあたしは古賀。古賀寧色。よろしく」

「チョット、チョットチョット! 寧色くん。ワタシはどこからどう見てもハーフですヨ。見てくださいヨ、このすばらしい銀髪を!」

 そう訴えるグレイスだが、技術の進歩により今は生まれる前から自由に色を変えることができた。実際光輝のクラスメイトのなかにも髪が紫色だったり、虹色だったりする生徒がいる。このあたりは二十一世紀からつけられはじめたキラキラネームと同じで親のセンスだ。

「でボクが青葉次郎花。あ、見てわかると思うけど女だよ。みんなからはジロウって呼ばれているけどね」

「グワハハ。でオレ様がリーダーの呉内伴だ。よろしく頼む、少年」

「えっ……あ、はい」

 思わずうなづいてから、勘違いしていることを告げるなら今のタイミングだったと光輝は後悔するがいまさら遅い。

「で、少年。名は?」

「あ、吾妻光輝です」

 伴の眼光に気圧されるように、またしても光輝は答えてしまった。

「グワハハハ! 吾妻ックスか。いい名前だな」

「伴。変なニックネームつけるのやめてあげなよ」

「グワハハ、よいではないか。よいではないか!」

「悪代官か、っつーの」

 とてもこれから戦いに行くような雰囲気とは思えない。

「さてそれでは今回の機人ですガ」

 しかしさすがヒーローだけあってグレイスが言葉を発すると、がらりと雰囲気が変わる。

「情報によると排気ガスを撒き散らすようです」

 機人というのは、彼らと対立する悪の組織の“怪人”の名称だ。ニュースでやっていたムサシマンが対立していた“怪人”が改獣キメラと呼ばれるように悪の組織によって“怪人”の呼び名と特色が違う。

「えっ、情報それだけ?」

「最近、向こうも暗号を変えたようでして、入手できる情報が少ないのです。これでも頑張ったほうなのですヨ。目撃情報をboyaitterでつぶやいてもらったんですから」

「それ大した努力してないから!」

 こういうときに毎回呆れるのは寧色と次郎花だ。

「うーん、やっぱりfaith bookにも加入して情報入手経路を増やすべきでしょうカ?」

「そこ悩むところじゃないし」

「それよりもグレイス。吾妻ックスに電池を渡しておくべきではないか。確か、基地で渡すはずだっただろう?」

「おー、ブラボー。そうでしたネ。ということで光輝くん、これヲ」

 そう言って光輝が手渡されたのは見たこともないものだった。

「なんですか、これ。電池なんですか?」

「9ボルト電池デース」

 9ボルト電池。それは単三電池などの円柱型電池やボタン電池などの円型電池とも違う四角い電池だ。二十一世紀でさえ見る機会が少なく百円均一にごくたまに売っている程度だが、今の時代ではほぼ見かけることのない代物。光輝ぐらいの年齢なら見たこともないだろう。

 二十一世紀で例えるならCDやDVDは知っていてもFD、MDは知らないようなものだ。

 さらに違いをあげるならば円柱型電池や円型電池はプラスが上、マイナスが下についているが9ボルト電池のプラス、マイナス端子はどちらも上についている。左にある大きい円柱がマイナスで、右にある小さい円柱がプラスだ。

「……何に使うんですか?」

「えっ、いやこれL.E.D.につけて使うんだよ」

 その質問がまるでおかしいかのように次郎花が言う。けれど光輝にはその言葉の意味がわからない。

 L.E.D.とは発光ダイオードのことだろうか。今日で電球と言えばこれだ。信号だって全てこれに切り替わった。以前は発光が眩しすぎるため毛嫌いする人もいたが、現在では発光の調節ができるようになり、以前の蛍光灯のみならず白熱球のような光も再現できるまでに至っている。

 しかしそれと電池がどう結びつくのか。

「Light Electric Device」

 光輝の戸惑いを感じ取ったのか、次郎花は妙に滑舌の良い発音でそう言った。

「変身するためのデバイスのことだよ。ややこしい略し方だよね」

「つか、それぐらい覚えてこいつーの。説明書渡されてるっしょ」

 優しく微笑む次郎花に対して寧色は手厳しい。

「いやいや寧色。オレ様もなんのことかわからなかったぞ」

「筋肉バカは黙ってろ」

「うーむ。伴くんには少し知識が不足しているようデース」

 グレイスが困り顔で肩を竦める。

 光輝もハハハと乾いた笑い。変身するためのデバイスと言われても、それがどんな形をしているのか、そもそもわからない。

 それより何より、どんどん引き返せなくなっていく状況に光輝はどうすればいいのかわからなかった。

「着きますヨ」

 グレイスがタッチパネルの地図を見て言った。

「ワタシは、この位置で待機しています。倒したらここに来てくださいネ」

「了解した」

 伴だけが答える。全員の代弁なのだろう。

「行くぞ」

 伴の合図で次郎花と寧色のふたりが飛び出した。

「頑張ってくだサイ」

 後押しされて光輝は遅れて飛び出る。もうどうにでもなれ、という心境だった。

 機人はすぐに見つかった。人でいう口の部分は排気口になっており、そこから排気ガスを撒き散らしルンバのようなロボット掃除機の足で、滑るように移動していた。

 夏休みということもあり、自然公園には無数の親子連れがいる。機人はその親子連れに狙いを定めているようだった。さらに機人の周囲にはつなぎ服に覆面を被った人間|(?)が数十人いた。

「大暴れして……いやになっちゃうわね」

「けど倒さないとこどもたちが危ない」

「行くぞ、ふたりとも」

 次郎花と寧色がうなづき、とあるものを取り出した。伴はとっくにそれを出している。それは光輝が、光暉から預かったものに似ていた。けれど伴たちのそれには下にも蓋があり、形が円柱だった。

 三人は駆け出し、それぞれ電池を取り出す。伴が単一電池、寧色が単三電池、次郎花が単四電池だ。

 下の蓋を開け円柱のケースに電池をはめる。円柱ケースの直径はそれぞれの電池に対応していた。下の蓋を閉じ、上のスイッチを押すとともに三人は同じ言葉を叫んだ。

「「「電池変身バッテリーチェンジっ!」」」

 三人に変化が生じる。伴は赤、次郎花は青、寧色は黄、それぞれが違う色の光に包まれた。

 そして三段階でスーツ、フルフェイスマスク、マスクプレートと装着されていく。

 スーツはそれぞれの光の色に対応する全身タイツ。その上からスリーブレスのTシャツを着込んだように伴と次郎花の胴体色は白、寧色は金となっていた。特撮ヒーローの女性スーツはスカートがあるが、このスーツにはスカートはなかった。下半身のタイツの腰から踝にかけて胴体色と同じ色の三本のラインが走る。さらに肩から手首までは一本のラインが入る。

 マスクもスーツと同様、三人を包んだ光と同じ色だったが、黒く覆われたマスクプレートの形状は違う。伴が『A』、次郎花が『Ω』、寧色が『W』の形を模していた。

 変身し終えた三人は跳躍し、機人の周囲を取り巻いていた覆面を数人ほど蹴散らす。

「誰だっソー?」

 覆面どもの悲鳴で三人に気づいた機人はお決まりのように言葉を吐いた。

 着地した三人は右から次郎花、伴、寧色と並ぶ。

「迸る電流!」

 伴は言いつつ、ポージングを取る。右手を左腰あたりから、右上に持ち上げる。左手は右腰あたりから左上へと持ち上げ、V字に万歳したようなポーズを取った。

「マンガンレッドっ!」

「穿て電力!」

 続けて言葉を紡ぐのは寧色。右手を頭上まで持っていき、ゆっくりと胸元まで下ろすと右に切る。同時に自身も右に回転しながら両手を開く。

「アルカリイエロー!」

「撓る抵抗!」

 最後は次郎花だ。人差し指と中指だけをくっつけた左手を伸ばし、右目尻から左肩の上部までスライドさせ、一時停止。その後、左手と同じように人差し指と中指だけをくっつけた右手と停止させている左手を腹の前に突き出し手の甲をくっつけないかめはめ波のようなポーズを取る。その後すぐに水切り遊びのように左手を払い、右手は腰へ。払った左手を胸元で一瞬とめたあと、万歳するように肩を回して右手は後ろ、左手を前に突き出す。

「リチウムブルー!」

 全員が名乗り終わると、最後のポーズをとったまま、全員が声をそろえる。

「「「三人そろって、電池戦隊!!」」」

 伴が万歳していた両腕をわずかに下ろし、腕と頭でWの文字を作る。

 それに合わせて次郎花は右手をV字にして胸元へ、寧色は左手を右手をV字にして胸元へ持っていき、ふたりでWの文字を作っていた。

「「「カンデンヂャー!!」」」

 ポージングしたあと、三人は機人のもとへと走り出す。

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