184G.スタンドバイコンバッション オンザカタパルト

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 センチネル艦隊及び連邦艦隊から成るサンクチュアリ星系解放作戦連合艦隊は、全ての演習の予定を消化し、ニューキャピタルサイド星系グループを出立した。

 1000万隻にも及ぶ大艦隊、続く一般人の大船団は、移動中にも決戦の準備に追い込みをかける。

 メナスに支配された本拠地へ近付くにつれ、初っ端からケンカ腰なセンチネル艦隊は言うに及ばず、連邦艦隊の面々にも遅ればせながら緊張感が生まれていた。


「圧倒的です……! 連邦の観艦式を超える規模という事もありますが、こう浮かれたところの無さ、が違います! 単なるイベントではなく戦争直前だから当然と言えば当然でしょう!

 新興PFO『センチネル』を発起人とした、このサンクチュアリ星系解放艦隊!

 その成立から連邦圏は元より全銀河の星系圏で物議をかもしておりますが、決戦までは既に秒読み段階! 連合艦隊スポークスマンは、メナスとの不期遭遇戦にも万全の態勢で備えている、とコメントを出しております!

 当ライブフィードでは決戦の様子もお送りしていきますのでお見逃しなく!!」


 大手から個人まで、星の数ほどある情報メディアも船を用意し艦隊と事態を追っている。

 視聴者の期待と動画再生数と広告収入を背負い、いずれも戦場に飛び込む勢いだった。

 なお赤毛の艦隊司令からは、


「作戦行動の邪魔にならなければ構わないけど死んでも知らんよ?」


 と言質を取ってあるとの話である。


                ◇


 サンクチュアリ星系グループ解放作戦艦隊。

 センチネル艦隊旗艦『サーヴィランス』。

 大会議室。


 超光速通信が実現した時代にあって、ヒトとヒトが対面で会う必要の是非は、しばしば俎上そじょうに上がる議題である。

 だが現実として、重要な会議などではヒトは同じ会場におもむくのが常であった。

 どこまで行っても、対面以上に信頼のできる意思疎通手段は存在しなかった為だ。盗聴や改竄の技術発展も未だ衰え知らずである。

 ワープ技術、ワープ通信、結局はどれもヒト対ヒトの心の距離は詰め切れなかったのだろう。


『現在、メナス集団は巡洋艦クラス以上が2千万個体を超え更に増加中。サンクチュアリ各惑星に集結する動きを見せております。

 主力は本星オルテルム宙域に半数近い約1千万、母艦型として最大クラスはほぼ全てがここに集中しており、また未知の大型メナスも確認されております。現在データから解析作業を進めております……。

 ゲートオブランパート、15惑星まで、本星以遠には大型メナスを中核にそれぞれ同程度の戦力が配置、恒星から第4惑星まではパトロールらしき動きは確認できますが特定の戦力は配置されておりません』


「明らかな戦略配置……。メナス如きが連邦の本拠地を乗っ取って拠点防御のつもりか! おこがましい!!」

「各惑星の軌道上に防衛戦力を配置……。基本は、押さえるようですな」

「20%が母艦能力を保持するとして……端末型を加えたら10億を超えるでしょう」

「バビロンや地方都市、コロニーは今頃地獄か……。クソッ! メナスめ!!」

「オリュンポスはどうなっている!?」


 中央へ行くごとに一段ずつ下がっていく、円形会議場。

 その中心では、若くイケメンのピシッとしたエリート士官が決戦に向けた状況説明を行っていた。

 最後の全体ミーティングだ。

 中央の戦略画面には、具体的な星系の予想図が立体投影されている。

 目を覆いたくなる状況に、集まった艦隊士官のお歴々が血圧を上げていた。


 他方、


「メナス相手にまっとうな戦争をする事になるとは思いませんでしたな……」


「メナスは統治しません。侵略、蹂躙、破壊だけです。基本的に経済政策の延長に過ぎない我々人類の戦争とは異なります」


「ハハハ、それはそう……」


「ついでに捕虜も取りませんね。条約にのっとり降伏した敵の救助活動も行いません」


「サンクチュアリのリソースは利用するでしょうか? 惑星を盾にされるだけでも十分に問題ですが」


「惑星を拠点にした宙域支配……。当然、後方からの増援もあり得る。順当にひとつずつ惑星を解放するしかありませんかな? ダーククラウド司令」


「メナスが動かなければ、そうなります。ですがメナスも黙って滅ぼされはしないでしょうね。各惑星に引きこもって各個撃破されてくれるなら、むしろ楽です」


 最上段の一画には、センチネルと連邦の両艦隊のトップが一カ所に固まっていた。

 熱気の籠る会議場にあって、そこだけは壁一枚挟んだかのような隔絶した空気。

 赤毛の艦隊司令、村瀬唯理ユーリ・ダーククラウドと連邦艦隊の司令官たちである。


『本サンクチュアリ解放艦隊はまずゲートオブランパートを解放、後方支援艦隊の待機拠点と作戦放棄時の主力艦隊の撤退ルートを確保します。

 ゲートオブランパートは本来、本星系の防衛の前線拠点であり民間人の居住区は存在しておりません。よって軍施設の被害を度外視すれば、全面的な攻撃が可能となります』


「まぁメナスに占拠されている以上、我々が使いようもないからな…………」


「第15の基地が無事である確証もないので作戦に組み込むワケにもいきませんからなぁ」


「心置きなく火力を出せる緒戦となりますが、メナスにこちらの攻撃能力を把握されませんか?」


「9つの防衛ラインに各111万……。後の事を考えれば、少しでもコストを抑えてひとつずつ処理していきたいところ」


「惑星ひとつ取っても戦力比で考えれば主力艦隊以上ですか。こうなるとセンチネルの第2艦隊、特に旗艦は後方に退げるのが惜しく思えますが…………」


「アトランティスは攻撃に参加しない船の守りと、我々攻撃艦隊の万が一の後方支援です。ご理解いただけているかと思いましたが?」


「ええ、ええそれは理解しております。後方には我々連邦艦隊の司令部もありますから、もちろんですダーククラウド司令」


「ままならず、ですな。ハハハ」


 生真面目な若い士官の説明を背景に、雑談のように具体的な作戦行動を詰めている首脳陣。

 わざわざ一堂に会して口頭で説明を受けるまでもなく、作戦の全概要も時々の行動も既に全艦隊で共有してはいた。

 とっくに承認済みの作戦だ。

 しかし各々思惑はあるのか、会話の端々で相手の真意を探るようなセリフが入る。


 戦闘には常にリスクがあり、連携は連携相手への信頼が絶対条件だ。

 作戦指示書を妄信するのではなく、厳しい戦況に陥った際にはそういう相手への信頼が重要な判断材料になると、実戦経験者はよく知っていた。

 このような原始的コミュニケーションも、重要な同意形成コンセンサスの場になるというワケだ。


「火力はともかく問題になるのは機動戦力等の防御能力ではないですか?」


「取り付かれた時点で艦隊防御を崩されますからな……。メナスの端末群を止めきれず後退を強いられるのが常でしたが……。今回はどうでしょう?」


「どうなのかねダーククラウド司令。ご自慢の艦で星の数ほどもいるメナスの攻撃端末を蹴散す自信はあるかな?」


「片手落ちで勝てると思うほど私は自信家ではありません提督。艦隊と艦載機両方あっての艦隊戦闘群です。

 もちろん備えはしてありますが。それは連邦軍も同じのはずでは?」


 大柄でスキンヘッドの強面、ヒーティング提督。見目麗しい赤毛の美少女艦隊司令。

 腕組みで壇上の方を向き目線を合わせないふたりは、どう見ても仲がよろしい間柄ではない。実際、アルカディア星系では派手にやり合っている。

 とはいえ、仕事上の役目さえ全うすれば他はどうでもイイ、と考える現場畑のふたりなので、一種のやり易さに似たモノも感じてはいた。


 むっつり黙り込むハゲ提督。

 対メナス戦闘において、犠牲をかえりみず突撃して来る小型のメナスに艦隊連携を崩されるのは、連邦に限らず人類の負けパターンのひとつである。

 これを止めるのは戦闘艦の防御兵器、そしてヒト型機動兵器や小型戦闘艇といった迎撃機になるのだが、連邦軍はこのあたりの防御能力が全く足りていなかった。

 サンクチュアリ決戦を想定した演習にて徹底強化をはかったものの、いまいち勝利が確信できないというのが沈黙する提督の偽らざる本音である。


『15惑星より内海側は順次解放を行う事になりますが、艦列配置はメナス群体スウォームの反応をかんがみダメージコントロールを主眼に置いたローテーション制を採用。本星オルテルムまで継続戦闘能力の保持を優先します』


「とはいえ……センチネル艦隊は中核戦力として常時臨戦態勢ですか。15宙域の戦場、2000万メナス群、火力は持ちそうですかな?」


「この作戦はそちらの艦の規格外の火力ありきだ。メナス艦隊を排除できなければ、作戦そのものが破綻する……!」


「無論センチネル艦隊だけでは厳しいでしょう。しかし、連邦艦隊との連携、主力艦のカバーを行う事で本艦隊の負担を軽減し、決戦まで火力を持たせることができるというシミュレーションを信じるだけです。

 シミュレーションに関してはそちらの提示したデータを踏襲したはずですが?」


 意思疎通のテクノロジーが天井知らずに上がっていても、ヒトは未だに言外の意図を読み取ろうと、自らの口と目と耳を使う。

 人類とメナス天下分け目の天王山を前に、最後の詰めは原始的アナクロ手段で続けられていた。


                ◇


 連邦中央星系サンクチュアリ解放作戦を前に、センチネル艦隊は第2艦隊を創設する事となる。

 環境播種はしゅ防衛艦ヴィーンゴールヴ級『アトランティス』全長50キロメートルを旗艦とした、非戦闘艦の護衛を目的とした後方艦隊である。

 これを以て、総旗艦『サーヴィランス』率いる第1艦隊は完全に戦闘艦のみの構成となった。


 なお、アトランティス艦長兼第2艦隊司令は元テンペスタ星系親衛隊総長、単眼種モノアイの巨漢、フランシス・キューミロウ・サンダーランドが務める。


 決戦まで170時間を切る段となり、連合艦隊内はヒトの流れとその混雑具合がピークに達していた。

 非戦闘部署に属する乗員クルーは、基本的にセンチネル第2艦隊のいる後方艦隊へ異動となる。住処も引っ越しだ。


 また、現在のセンチネル艦隊には銀河中から大勢の人々が保護を求め、合流しに来ていた。

 唯理の当初の目的、学園生徒を家族の元に返す為にスコラ・コロニーまで宇宙船へと改造したのだが、今は家族の方から艦隊へやって来ている。

 そういった人々は艦隊事務局の殺人的な忙しさもあり空いている宇宙船へ適当に放り込まれた状態だが、それが大移動の混乱に拍車をかけていた。


「お前らは旗艦の直掩かぁ。俺も行ければなぁ」

「家族持ちはコロニー船にでも張り付いてろよ!」

「そっちは最低限の戦艦しかいないんだから、頼むぞ!」


「なんであなたが第1艦隊なの!? アナリストでしょ!!?」

「いくつか未確認のメナスがいるのよ。向こうのアナリシスワークスに参加するの」

「やめてよぉ! データリンクでいいじゃない!!」


「絶対に帰ってきてくださいねお姉さまぁ!」

「お姉さまが死んだらわたしも生きていけません!!」

「大丈夫大丈夫帰ってくるから……。でも戻れなかったら――――」

「ヤダー!!!!」


 小型艇ボート発着の格納庫ハンガー、その乗船橋ボーディングブリッジ前の通路では、別れの人間模様が多く見られていた。

 安全な第2艦隊へ移る者、戦闘要員として第1艦隊へ乗り込む者、またはそれを見送る者。

 大勢の乗員が持ち場へ向かう中、これが今生の別れか、という想いが各々の頭をよぎる。

 名残を惜しみ、故に離れ難く、発着場近辺は本日の乗車率1000%超であった。


                ◇


 カウントダウンの数字が減るごとに、艦隊内の空気もピンッと張り詰めていった。

 艦隊の鉄砲玉、ヒト型兵器の機動部隊は、いつでも出撃できる態勢。

 エイムオペレーターの達のメンタル面は、極限のナーバス状態だ。


「メナスがなんぼじゃー! 俺サマのレールガンを喰らいやがれぇ!!」

「フォーウ!!」

「いよぉ隊長の大口径!!」


 そんな機動部隊の使っている区画エリア、オペレーター専用食堂では大宴会の最中だった。

 テーブルの上に乗りパンツ一枚でえているのは、機動部隊長の揉み上げマッチョ、ブラッド・ブレイズである。センチネル艦隊では上から数えて3番目か4番目くらいに偉いヒト。


 規律も何も無い有様だが、赤毛の艦隊司令マスターコマンダーも傷面の艦隊管理者フリートマネージャーも了解した上でのことである。

 戦闘となれば、最前線で命を張る兵士たち。

 この程度の特別扱いはして当然、というのが自身も前線畑出身な唯理の意向だった。

 死への恐怖、戦場への恐怖がパーティーのバカ騒ぎで紛れるなら、いくらでもやるべきだ、という考えである。


 任務と命令が果たされれば後はどうでもいい、とか艦隊で一番偉いヒトが言うので、元々はこの時代らしい紋切り型な草食系オペレーター達も、今やすっかりどこぞのろくでなしローグ達のような荒くれ様だ。


「仕事が終わったらサンクチュアリの本星に下りてマッパでアルコールフェスティバルだからなぁ! 全員参加だ忘れんなー!!」

「ヤッベー! ニューロン壊れるー!!」

「銀河最強のブラッディトループ連邦本星に凱旋だろぉ!!」


 テーブル上は豪華な料理デリカレーション酒類アルコールでいっぱい。

 大勢の鍛え抜かれたエイムオペレーター達が、バカ騒ぎに興じている。

 こうして、戦闘を前にして考えずにはいられない最悪の想像から、ひと時の逃避を得るのだ。


                ◇


 戦闘には直接参加しない後方艦隊とセンチネル第2艦隊ではあるが、かといって何もしないでのんびり構えていられるはずもない。

 後方艦隊もサンクチュアリ星系までは同道し、星系外縁から攻撃艦隊の支援を行う予定だ。

 また、当然ながらメナスは攻撃艦隊と交戦すると予想されるが、直接後方を襲う可能性も皆無ではなかった。


 よって、第2艦隊所属の学園都市船コロニーシップ『エヴァンジェイル』も、戦闘に備えて生徒や住民がせわしなく動き回っていた。


『はーい生徒の皆さんは作業中のエイムに近づかないでくださいねー。騎兵隊通りまーす』


『緊急でブースターを燃焼させる事もありますから、エイムから離れてください』


 自然豊かな学園の敷地を、ヒト型機動兵器がゆっくりと低空で移動していく。

 2機のエイムがともなっているのは、小型の宇宙船だ。

 万が一コロニーシップから逃げ出さなければならない事態となった場合の脱出艇として、学園内に待機させておく船である。

 このような備えはコロニー内部のあちこちで行われおり、学園内への船の移送は生徒でもある騎兵隊員が担当していた。


 カドの取れたソフトな印象のエイム、SEVR-AM01フォルテ『メイヴ・スプリガン』を女子生徒たちが見上げている。

 それら見物人たちの安全に気をつかい、騎兵隊長のスレンダー金髪、クラウディア・ヴォービスと、日本の茶髪JK風女子、石長いわながサキは作業を続けていた。


 が、その矢先、


『あれぇ!? なんか船増えてない? これじゃ船が置けないんですけど……』


 引っ張って来た船を置いておく先が、既に別の船で埋まっているという事態が発生。

 空中で足止めとなり、文字通り宙ぶらりんな騎兵隊の少女ふたり(主に隊長)が戸惑うことになる。


『ディー、あの2隻、船体コードが外のモノじゃない? 艦隊の登録にない』


『あ、ホントだ。どこの船ぇ? 勝手に置かれると困るんですけど……。

 ていうか、コントロールから入れたって連絡無かったわよね?』


『えと……コードのヘッダは、「ソラーナハイム・ハビテーション」。これオリヴィエさんのご実家じゃない?』


『オリヴィエさんのー……?』


 仕事に予期せぬ邪魔が入り、一時中断のお嬢様ふたりはエイムと小型艇を学園の裏庭に下ろす。

 そのまま教員用の教育棟へ入り、学園長のシスターが事情を知らないかきに行く事とした。


「クラウディアさん!? サキさん、もご一緒で……!!?」


「はい、どうも。えーと…………」


 学園長室を訪れると、そこでは予想外の人物がシスターと対面中だった。

 40代ほどの中年男性。体形はスリムで痩せ過ぎても肥満型でもないが、環境EVRスーツ未着用など宇宙慣れしていないのをうかがえる。

 その隣で、騎兵隊長と茶髪のドライ娘を交互に見ていたのは、フワフワの金髪も愛らしい箱入りお嬢様の体現、オリヴィエ・ソラーナハイムであった。

 クラウディア、サキとは顔見知り程度の間柄。当然ながら、秘密同人ノーブルクラブの会長であるなどとは知る由もない。

 一緒にいる男性は父親という話だ。


 オリヴィエの父はセンチネル艦隊への合流組であり、今回は娘がお世話になっている学園長シスターに挨拶に来たのだとか。半分捨てたような子供だが。

 その子供の伝で、宇宙船で一族や使用人、自分の会社の一部社員まで含めて避難してきたというのだから良いツラの皮である。


「だんぜん赤×ディーの愛の巣ルートと思いましたが、ディー×サキの素っ気ない感じも……イイッ」


 その捨てられた同然の娘は、こんな状況でも学園生活をエンジョイしていたが。


 挨拶のみだったらしく、ソラーナハイム父娘はクラウディアらと入れ違いで学園長室を辞していく。

 その間際、フワフワお嬢様が何やら熱い目で何事かつぶやいていたが、内容はよく分からなかったクラウディアである。


「ああ……お待たせしましたね、おふたりとも。事後承諾のようになってしまいましたが、ソラーナハイム氏が所有している船をこちらの避難船に使ってほしいという事でしたので」


「そうなんですか。はい、まぁ、それなら。船も余裕がないという事ですし……」


 シスターのセリフに生返事をしていた騎兵隊のスレンダー隊長だったが、いまさら考えても詮無い事と相手に向き直った。知らない方がいい世界こともある。


 学園長、シスター・エレノワの様子を見ると、表面的には判り辛い疲れの影を見る事が出来た。

 学園都市船エヴァンジェイルは、全艦隊の中で比較できる船が無いほど、居住環境が良い宇宙船だ。ヴィーンゴールヴ級アトランティスは収容人数優先で自然環境テラリウムはほぼ潰しているので。

 成り行きとはいえそんな船の最高責任者になってしまい、元々はいち聖職者に過ぎないシスターにはしんど過ぎる話だった。


「それではシスター、学園の避難用の船は、もう終わりで?」


「えーと……そうですね。生徒が乗る為の船はソラーナハイムさんの持って来てくれた船で確保できましたね。

 それで、どうでしょう? クラウディアさんや騎兵隊の皆さん側から見て、学園やコロニーの様子は??」


「様子はー……やっぱりどこも落ち着きが無い感じ、でしょうか? 皆さん、ジッとしていられないという印象です。もちろん気持ちはわかりますけど」


「誰も彼も右往左往ですよね。不安でしようがないんじゃないですか? でも、他に逃げ場とかありませんし」


 自然と、一息つこうという空気になる。

 学園長室に最近常備されているケトルや紅茶の茶葉(合成)なども、今や三大国圏ビッグ3の主要星系にまで普及しつつあった。

 赤毛嬢に教わったやり方でお茶を入れると、シスターとクラウディア、サキはしばし無言で香りを堪能する。

 合成ながら、トゲの無い爽やかな匂いだ。既に唯理の手を離れて改良が続いていた。


「このコロニーはいつでも逃げられる位置に、という事でしたが……。

 生徒の皆さんも、本当に安全なのか、という事ばかり話しているようですね」


「攻撃に参加する艦隊と距離を置くと言っても、50から60億キロ程度しか離れてませんものね」


「一応メナスも星系の重力波でワープは制限されているはずですけど」


 これまた合成小麦のバタークッキーをお茶うけにした、ティータイム兼報告会。

 話はどうしても、学園都市船内の様子についての話題になった。

 安全な最後方に配置されるエヴァンジェイルは、収容人数の限界までヒトを詰め込んでいる状態だ。

 聖エヴァンジェイル学園はじまって以来の人口密度。

 そして、静かながらも混乱の最中さなかにある。

 決戦を前に、より安全な場所を求めてあてもなくコロニー内をさまよう者ばかりだった。


 無論、宇宙船内のどこにいようと、船が落ちてしまえば同じことだ。

 だからこそ騎兵隊や自警団ヴィジランテが非常時の備えを整えているのだが。


「サンクチュアリでは……長く待つ事になりそうですね。脱出の準備とか、使わない事になれば一番いいのですが」


「まぁ、ユリはいつも最悪を想定して作戦を立ててくれてますから。今度も大丈夫だと思いますよ?」


 サンクチュアリ星系での決戦時は、後方艦隊はただ攻撃艦隊の帰りを待つ事になる。

 その時の事を想像すると、今から気が遠くなりそうな思いのシスター・エレノワだ。

 攻撃に参加しなくていいと言っても、果てしなく長い待ち時間になりそう。


 実は、攻撃艦隊の壊滅時や非常事態に際しての指示を赤毛のルームメイト司令から受けているクラウディアだが、その辺の事はシスターには言えなかった。

 どうせ避難指示の内容に変わりはないのだから、これ以上心労をかける必要はあるまい。クラウディアの心情的にも無理。


(もう無理をするなとか言えるタイミングじゃないけど……わたしに出来るのは自分の仕事を完ぺきにこなして、他のヘルプに入ってユリの負担を減らすくらいかなぁ)


 サンクチュアリ到着まで、170時間を切っていた。

 自分達もたいがい忙しいのに、一番大変なところを担う赤毛の友人は、今頃どれだけ忙しくしているのだろう。

 少し前はお疲れ気味の様子だったが、今はそんな気配など微塵も見せないほどキリッとした姿で動き回っている。

 頼もしい事この上ない艦隊司令様だと思う一方、自分の能力ではあまり助けにもなれないという現実に、クラウディアは寂しさを覚えるのだ。


 でも、たおやかなお嬢様、ではないクールで凛々しい唯理ユリのビジュアル美味しかったな、とかいう騎兵隊長の感想は置いておく。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・艦隊戦闘群

 21世紀で言う空母戦闘群。宇宙戦闘艦による対任務の特殊編成部隊を指す。

 攻撃、制圧、防御、いずれの状況にも対応できるよう、必要な能力を備えた戦闘艦を揃えた集団。

 また、戦闘艦同士で支援し合う生存性に、生産能力を持つ船による継続戦闘能力、作戦展開能力に戦術機動力も重視しており、戦況を直接決定付ける総合的な戦略ユニット群として機能する。


・ライブフィード

 ライブ映像の意味。

 ウェイブネットワークによるリアルタイムな情報発信を指し、送信元のメディアそのモノをライブフィードと称する場合もある。

 リアルタイムな映像送信は最も人気のあるコンテンツであり、個人や小規模な情報メディアであっても大手メディアを上回る人気を博す場合もある為、リスクを冒すメディアは後を絶たない。


・茶葉(合成)

 植物の葉を乾燥させ、それを高温の水にさらし成分を抽出するのを目的とした飲料品。

 分子から合成する場合、必ずしも植物の葉の形状や高温の水による抽出という工程までを再現する必要はないが、天然の茶葉を用いた場合と同じ抽出手法が使えるように可能な限り近付けてある、とのこと。

 

・テラリウム

 フォースフレーム・フリートの艦種のひとつ。ヴィーンゴールヴ級の艦内に惑星環境を再現する機能。

 従来の宇宙船では人間に合わせた最低限の生命維持を行うが、環境そのモノを維持する場合は、費やすリソースが桁違いに大きくなる。

 これをあえて実行するのは、ヴィーンゴールヴ級が人類とその生存環境の存続と保護を目的とする宇宙船である為。


・レールガン

 電気が伝導体を流れる際に発生するローレンツ力を利用し実体弾を加速し投射する一連のシステムを兵器化した物。

 プロエリウム男性が股間に備えた器官とは根本的に動作原理が異なる。





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