185G.エンターザランドリー ウォッシングウォーマシーンズ

.


 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 サンクチュアリ星系航路上恒星間空間。

 サンクチュアリ星系解放作戦連合艦隊。


 24時間、まる一日を準備に使い、1000万隻超の大艦隊が超光速航行ワープドライブを終えた。

 数千億キロの距離を貫く無数の矢と化した宇宙船群は、サンクチュアリ星系まで60時間の位置に到着。

 後は通常航行で星系まで進むが、到着より前にメナスとの戦闘に入る事も想定されており、艦隊は臨戦態勢の艦隊陣形へと移行している。


 いつ始まってもおかしくない状況だ。


『さぁいよいよだ! 最高の映像を撮ってやる!!』

『業務命令で死にたくなーい!』

『ここでライブ配信してバズり上がるぞ!!』


 情報メディアの用いる何百という宇宙船が、果敢にも艦隊を一望できる位置まで距離を取って先行する。

 いずれも軍用艦などではない、戦闘に巻き込まれたら一発即死もあり得る、ただの民間船だ。

 視聴回数の為なら悪魔にだって魂を売るメディア関係者は、いつの時代にも不滅であった。


                ◇


「スティックス戦隊、コースティック戦隊、予定位置へ。左翼側陣形配置完了です」

「ヴァリアント戦隊、ストーン戦隊、予定位置に就きました。右翼側配置完了」

「サーヴィランスが中央前列に出ます。ベンケイ、グレートウォールは両翼の艦隊に展開中」


 後方艦隊、連邦臨時司令部となる巨大輸送艦内の情報管制室では、攻撃艦隊の動きがモニターされていた。

 白髪、捻じれたツノのあるゴルディア人中将が無言で推移を注視している。

 周囲にはいつも通り、若いエリート士官や将官がはべっていた。

 やや外れた位置にある観戦席のようなスペースでは、連邦中央の政治家が所在なさげにしていた。


「ヒーティング少将・・はセンチネルに追従できるでしょうか?」


「あの男は短気で激っしやすいが無能ではない。必要な手段を迷わず取る決断力があり、連邦の為に己を律することを知っている。理想的な前線指揮官だ。

 少なくとも、あの男以上の適任者はいまい」


 連邦艦隊側の総指揮は、ヤカンのようにヒートアップしやすいスキンヘッド提督が任されていた。併せて野戦任官的に上級准将から少将に昇進。

 そんな人事に対する、初老の准将のセリフ。

 応える中将によるヒーティング提督の評価は、思いのほか高かった。


                ◇


「さぁ野郎どもお仕事の時間だ! もう弾は飛んできてると思えよ! 向こうがこっちの動きに合わせてくれることは絶対にないからな!!」


『イエッサー!』

『いつでも来やがれー!』

『ブッ潰すゼ!!』


 センチネル艦隊の各艦からは、前哨と直掩のエイムが何百と飛び出していた。

 先陣を切るのは深紅の重装機『コリジョンマス』と、揉み上げマッスル隊長、ブラッド・ブレイズが率いる部隊だ。

 赤毛の艦隊司令の訓練方針により、安定志向から完全燃焼志向に大分矯正された犠牲者ソルジャー

 恐れるべきは死ぬことより、無念を抱えて生き続けなければならない事であると。

 洗脳済みである。


「殺される前に殺す! 落とされる前に落とす! 何も考えずまず潰す! そうすりゃ俺らも艦隊もご安泰ってワケだ!

 シンプルで分かりやすいのは助かるなぁオイ!!!!」


『生きても死んでも全力を出せばいいんだから簡単なこった!!』

『この仕事スゴく生きてるって感じがするぅ!!』

『なんかもう普通の生活とか生温くて落ち着かねーんだよ!!』


 非常事態につき、不可逆的なマインドセットを施された即席の武人もののふたちが、艦隊に先行していく。

 テンペスタ星系の元住民や、メナス渦から逃れてセンチネル艦隊に身を寄せた無数の人々。

 ただ生き残りたかった者たちが、完全燃焼式赤毛娘の狂気にあてられ、生き抜く為に戦場へと駆り立てられる。


                ◇


『以降、作戦完了または撤退完了まで、本船エヴァンジェイル内は外出が制限されます。

 乗員、住民の皆さまは必ずガイドロケーターと同期を確認しご自身の居場所を明確にしてください。また、各所在地最寄りの避難経路をご確認ください』


 サンクチュアリ星系解放作戦連合艦隊、その後方艦隊の各船内では、一斉にアナウンスが流されていた。

 後方艦隊は非戦闘要員が作戦のあいだ待機している艦隊だが、攻撃艦隊が敗走してきた際にはそれを支援する役も担っている。

 よって戦闘となる可能性も皆無ではなく、いつでも動けるように構えていた。


「わぁ……なんか懐かしい光景ね」


『ホントだー。そういえばついこの前までは街の方とか誰もいなかったのにねー。なんか不思議な感じ……』


 学園都市船エヴァンジェイルの市街地からは、ヒト気が一切無くなっていた。

 限界までヒトを乗せ一時は人口過密状態であったが、上空から見る限り、動いている人間はほぼ見当たらない。屋内か下層区画内で待機中だ。

 それを飛行中のエイムから見下ろし、何とも言えないもの寂しさを覚えるクラウディアやナイトメアである。

 何も動きがない、時間が止まったかのような以前の学園の風景が、遠い昔のように感じられた。


「…………チーム1は予定通り下層に入って船外に出るわ。チーム2、引き続き居住区の巡回をよろしく。

 エヴァンジェイルコントロール、CV101、A3エレベーターに進入しまーす」


『CV101了解。エレベーター上に障害物ありませんわ。クリアランス確認。路面ゲート開放します』


 のんびり眺めている場合でもないので、早々に感傷を切り上げる騎兵隊長は、ある下層エリア入り口にエイムを着けた。

 市街地手前の十字路がそのまま搬入ゲートになっており、斜坑エレベーターに乗ったメイヴ・スプリガンが道路の下に沈んでいく。なお施設オペレーションも学園の女子生徒だ。

 そこから倉庫、格納庫を抜け船外に出ると、その他大勢の自警団ヴィジランテ同様に、巨大なタマゴ型宇宙船の守りについいた。

 作業などで縦横無尽に動き回るのとは違う、無数の宇宙船が同一方向に歩幅を合わせて進み、エイムもそれに並走していく光景は、静かながら圧巻の一言だった。


『メナスこっちにも来るかなー?』


「……予定通りユリが勝ってくれれば、わたし達は長い時間ヒマを持て余すだけで済むんだけどね。

 全部終わるまでは敵が来ると思って警戒待機! 私たちが、一番強いんだから」


『あら言うようになりましたわね』


『気負ってメナスが来た時に勢い余って突っ込み過ぎないでね、ディー隊長』


 クラウディアは基本的に普通の少女である。赤毛の鬼により戦闘マシーンに改造されたが。

 後方待機とはいえ、戦闘になるのを想像すると普通に怖い。

 今まで実戦も経験したが、その時には唯理が皆を引っ張っていた。

 だが今回は、騎兵隊が戦う時は唯理のいる最前線はそれ以上に大変なことになっているはずなので、完全に別行動だ。


 それでも、ナイトメアの疑問に、自らを奮い立たせる似合わないセリフで応えるクラウディア騎兵隊長。

 ドリル縦ロールお嬢様、エリザベートと、JK風茶髪娘、石長いわながサキの声は聞こえないフリをした。


                ◇


「サンクチュアリ星系を捕捉。メナス群の動き、ありません!」


「アレだけ派手に登場したんだ。とっくにこっちには気付いている。

 予定通りバトルステーション。エマー4」


「エマー4了解しました。全艦隊に発令。即応体制」


「レーダー、火器管制、機関、各チーフオペレーターはバトルステーションへ」


「艦内配置は完了しています。現在再確認中」


「全システムチェック。機関グリーン、メインフレームグリーン、航行グリーン、生命維持グリーン、兵装グリーン、通信グリーン、センサー統合グリーン」


「ワープで問題が出た船がいたら、今の内に後方の船と入れ替えろ。センサー反応、機械任せにするな」


 旗艦サーヴィランスの艦橋ブリッジでは、一足先に本番がはじまっていた。

 赤毛の艦隊司令はいつでも火力を全開にできるよう全艦に命令を発する。

 装甲が開き姿を現すレーザー砲の銃眼に、身動みじろぎする特装口径砲の砲塔タレットや球体型の迎撃システムCIWS

 全長10キロにも及ぶ超大型戦闘艦を先頭に、傘のように広がる大艦隊が一斉に武装を表に出していた。


「とはいえ……すぐにリアクションしてくれるのが理想ではあったのだけど、動かないな。やっぱいるかー、指揮官機」


「マレブランス、ですか……。となると?」


 あまり他の部下には聞かせられないのでこっそりと、腹心の艦隊管理者フリートマネージャーにだけ話す赤毛の司令。

 ワープの時点で派手に重力波を発しているので、サンクチュアリ星系のメナスに感知されるのは想定済み。

 しかし、通常ならば・・・・・、その時点でメナスは群れを成して襲ってくるはず。それが、メナスの習性だ。

 圧倒的物量というだけで十分な脅威メナスではあるが、それならまだ対処も簡単だと唯理は考えていた。


 そうならなかった時点で、メナス最上位個体『マレブランス』が全体の指揮を執っている可能性は、非常に高いと考えられた。


「メナスの戦術なんてわからないよ……めんどくさ。

 でも『ベルセルク』、使う公算が高くなったかな」


「は……」


 マレブランスはメナス端末体とほぼ同サイズであるにもかかわらず、単騎で艦隊を潰すほどの常軌を逸した戦闘能力を持つ。

 これだけで、メナス群総数2000万が更に10万程増えるのと同じことだ。割合としては大した事ないが、ただでさえ余裕がない人類側は更に厳しくなる。


 一応対策はしてきたが、あまり面白くない手札だ、と赤毛は鼻を鳴らしていた。


「やれやれ、どういう局面でカードを開く事になるやらだ。

 ランパートどうなってる!? あとアトランティスに繋いで第2艦隊の状況確認!!」


「ゲートオブランパート宙域メナス群に動き――――いえ! 星系中央方面へ集結中!!」


 艦橋要員ブリッジクルー報告レポートを求めると、センサー情報を統合した映像が正面のスマートテーブルに表示される。

 空中投影されたホログラム内では、惑星とその周囲で赤い光点が移動していた。

 艦隊から攻撃を受け難い位置への、明らかに秩序だった動きだ。


「やはり防御態勢、ですか……」


「いっそ星ごとブッ飛ばしてやれりゃ面倒がなくていいんだけど……緊急時以外はやめておこう。星系の重力バランスが崩れるし。オルテルムは?」


「本星オルテルム宙域メナス本隊、動きは確認できません!」


 メナスの動きにも感情の変化を見せない傷面の副官。

 神妙な赤毛のセリフは、半分本気だったりする。

 艦隊の損耗を避けてメナス本隊との決戦に挑むなら、星ひとつくらい吹き飛ばして安全策を取りたいのが本音なところだ。

 連邦軍のヒトには聞かせられないが。


「クイーンの駒は動かさない……。ランパート方面ではこっちの動きを計るつもりかな?」


「そのようですね」


「メナスと盤上の指し合いねぇ……。正直その手のゲームは苦手だし、こっちは平凡な手しか打てないんだけど。まぁ定石で様子見るしかないか。っても、向こうの後続が来るから早指になるな…………。

 進路変更。14惑星方面へ艦隊を向けろ。アンブレラフォーメーションは維持。連邦軍へも連絡」


「ランパートのメナス群から側面を突かれるかと思われますが……釣り出したところで後退を?」


「見え見えの手だから引っ掛かるかは怪しいもんだけど、惑星の影に引きこもった相手に時間喰われるよりはいいかなって。どう思う?」


「よろしいかと。ヘリオスに警戒させます」


 赤毛の艦隊司令の頭の中でも、艦隊とメナス群が早くも砲火を交えている。

 最前線の兵士畑が本職ではあるが、部隊指揮をやらされる事も多かった唯理は、戦術面を組み立てる事もままあった。

 政治色が強い戦略面はやりたくない。仕方なくやる事も多いが。


 1千万隻の艦隊、実に約150億人の将兵、21世紀の地球人口の2倍強。損害を考えると、流石に唯理も少々ビビるところ。

 とはいえ、地球と人類の存亡をかけたようなとんでもない戦いにのぞんだことも一度や二度ではないので、そこは割と慣れていた。

 銀河の命運がかかろうが、どれだけの犠牲が出ようが、必要な事をする以外なにができるというのか。

 宇宙の航路と人生の選択肢は、意外と狭いのである。


 巨大な円錐の艦列を組み、人類最強の艦隊が無明の真空宙を征く。

 これからはじまるのは、銀河史における最大の戦いだ。

 一応戦術を組み立てている赤毛ではあるが、実戦では必ず想定外が発生するのも経験則で理解しているので、自身参考程度。

 敵戦力は可能な限りはかった。味方の戦力も時間の許す限り引き上げた。切り札もいくつか用意した。

 どれだけ綿密に準備を尽くしても、結局最後は出たとこ勝負であるが。


 メナスが待ち構える第15惑星ではなく、第14惑星宙域へと進路を変える連合艦隊。

 この判断は当たり、第15惑星に展開中だったメナス群は連合艦隊の動きに合わせて移動を開始。

 第14惑星のメナスと併せて、連合艦隊を挟撃する形を取っていた。


 対し、センチネル、連邦の連合艦隊は急回頭を行い当初の攻撃目標である第15惑星のメナス群へ向け速攻戦術をかける。

 これまで、ほぼ全ての戦場でメナスに対し消極的な戦術に終始してきた人類勢力。

 それが、これまでにない規模と勢いでメナス群に突撃していた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ワープ

 超光速航行の総称。現行の超光速航行の正式名称は、重力制御技術を応用した『空間圧縮航行スクワッシュ・ドライブ』という。

 その性質上、他の天体や大質量体が生じさせる重力波の影響を大きく受ける為、重力波の入り乱れる星系内では長距離ワープが難しくなっている。


・マインドセット

 思考の動機付け。行動の動機を明確化し迷いを縮小する事前の思考整理術。

 明確な動器さえあれば、本能的な死の恐怖さえ理論的な思考で処理できる。

 単なる洗脳との違いは、第三者により個人を自由に操る目的とは違う、あくまでも本人の行動指針を単純化する為の手法。


・斜坑エレベータ

 垂直ではない急勾配上を昇降するエレベーター。

 通常のエレベーターに比べて大質量物体の運搬に優れる、リフト自体に昇降機能を搭載する為に全体的な設備が小規模で済む、などの利点はあるが、この時代の技術力ではそれほど大きなメリットはなく、様式美や趣味的な意味合いで設置される場合が殆ど。


・ガイドロケーター

 携帯必須の個人情報端末、インフォギアの基本機能のひとつ。

 周囲の通信機器や情報ネットワークと同期し、自身の位置と行く先までの順路を確認する機能。

 逆に区域の情報管理システムが個人の位置を把握し、非常時など避難経路を指示する場合にも必要となる。 


・自警団(ヴィジランテ)

 自由船団ノマドなど一般人による共同体において志願者として募る治安維持要員。

 組織形態や戦力としての練度は船団より異なるが、軍ほどの訓練や規律を求めない為に、必然的に一般人よりは多少争い事に慣れた程度の人員となる。

 ただしセンチネル艦隊に付属する居住者船団は、総責任者の赤毛の艦隊司令が非常に高いレベルでの自衛力を求めている。


・マレブランス

 正体不明の自律戦闘兵器群『メナス』を構成する無数の機種の中でも最上位とされる個体。

 12体が確認され、いずれもが三大国ビッグ3の主力艦隊戦力を単体で壊滅せしめる程の異常な戦闘能力を保持する。

 一方で、最上位個体とされる情報の出どころは不明。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る