182G.ブレインリアル アンウィリングリアル

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 天の川内銀河インサイド、ノーマ・流域ライン、サンクチュアリ星系グループ最外縁。

 第15惑星『ゲートオブランパート』近傍宙域。


 実に1000万隻にも及ぶ大艦隊が、無数の星々を背に艦列を形成していた。

 その対面、シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦の中央星系側で巨大な壁となり立ちはだかるのは、人類の天敵たる自律兵器群、『メナス』艦隊である。


「連邦艦隊及びセンチネル艦隊戦闘指揮、同期確認。問題ありません」

「アタッカー、インターセプター、全機スタンバイ!」

「通信指揮、データリンク、問題なし」

「FCS、ECM、ECCM、電子戦闘用意問題なし!」

「機関、生命維持、艦内システム問題ありません!」

「バトルステーション、ダメージコントロール、ゼネラルコントロール、問題なし!」

「連邦艦隊より艦内配置のグリーン出てません……」

「メナス艦隊は陣形の両翼を拡大中!」


 艦隊中央ド真ん中に位置する、全長10キロにも及ぶ人類最大級の戦闘艦、旗艦サーヴィランス上部にある航海艦橋。

 その艦長席では、赤毛の美少女が無表情なまま頬杖を突き、オペレーターから矢継ぎ早に来る報告に耳を傾けていた。

 視線の先にあるのは、正面の舷窓モニター全体に映し出される敵の大集団だ。

 人類とメナスの両艦隊は、互いの最前列までの距離が約2万キロ。

 既に艦載機の攻撃圏内だが、未だ両者共に駒を配置している局面である。


 とはいえ、それも必ず終わり、攻撃に移るタイミングが来るのだが。


「時間です、司令」


「結局連邦が間に合ってないじゃん……ったく。まぁいい仕事するぞー。

 この時点で先手取られてるから、全艦隊防御陣形。敵攻撃艦へ応射しつつ攻勢限界まで、まずは凌ぐ。フロスト」


「全艦隊前衛防御艦を盾に迎撃態勢。後衛艦は統制射準備。艦載機は発艦に備えて待機」


 船に搭載される主要演算機メインフレーム予測演算シミュレートしたところ、メナス艦隊の配置終了まで残り5分と出た。

 当然ながら、その時になって慌てて対応するなどあり得ないので、赤毛の艦隊司令、村瀬唯理むらせゆいりはその前に艦隊を動かす。

 副官の艦隊管理者フリートマネージャー、傷面の男、ジャック・フロストが上官ユイリの方針を具体的な命令にして、艦橋要員ブリッジクルーへ指示を出す。

 それらの命令は艦隊全体へ直ちに伝達され、1000万隻の戦闘艦の動きととして実行に移されていた。


 膨大な数の宇宙船がサイドブースターを吹き、一斉に前後の列を揃えると、正面側から露出する艦艇の姿を減らす。

 直後に来るのは、メナス艦隊から放たれる無数の暗緑色の光弾だ。


 メナス側は艦隊を左右に広げていたが、人類艦隊も対抗して横に広がっていたので、半包囲には至っていない。

 よって、真正面からの艦砲射撃を人類側はもろに受けるが、防御の硬い宇宙船を最前列に置き、被弾面積を最小に抑えつつ敵の攻撃を潰すことで被害を抑えていた。


『メナス艦隊の火力、低下します』


「釣りじゃないか分析させて。30パー切ったら後衛を動かし一斉射開始。敵の前衛を引っ剥がすぞ。艦載機の動きにも注意」


「イルミネーターに敵前衛をマーク、火力を集中。ダメージのある前衛艦は下げさせろ」


『敵防御艦が前進! 母艦タイプに先行しています!!』


「もう距離を詰めてくるか……。

 ラティス・クロスファイア・フォーメーション、艦載機発進。

 砲艦には敵の後方を牽制させ」


 メナスの荷電粒子砲も無制限に撃てるワケではない。火力を集中するにも限界がある。

 ここで反転攻勢を狙うのは艦隊戦闘の定石セオリーであり、赤毛の艦隊司令もメナスが息切れするタイミングに合わせて、艦隊の火力を解放させようと考えた。

 だが、メナス側もそれを分かっているのか、攻撃手段を変え攻勢を継続。

 護衛の戦艦型を先頭にして突っ込んでくる母艦タイプに対し、唯理は全艦隊に迎撃態勢を取らせる。


「直掩機及び迎撃機、発艦はじめ。各艦は発艦支援を厳に。迎撃を艦載機任せにするな。遅滞戦闘を準備」


「ディレイWS起動! 近接にオートリアクション!!」

「インターセプター、ダイレクトカバー、順次発艦!」


 迎撃配置へと位置を変える戦闘艦に、艦内から飛び出していくエイム。

 赤いレーザーと暗緑色の荷電粒子弾が無数に行き交う最中さなかを、甲殻類のような機械のモンスターとヒト型の機動兵器が交戦に入った。

 そして、


「FI-10030、連邦部隊が半壊! 連邦右翼側艦隊インターセプターを後退させブロッカーを射出中!!」


「こっちの射線を塞いでどうする…………。まぁ今回は・・・いいか。アルケドアティスに援護させろ」


「SR-0335の方が近いですが?」


「どうせなら今の内に連邦にこっちの高機を印象付けておきたい。花形になるから。象徴だよ」


「承知しました。SR-0110に側方支援させ。ランツ、派手にやっていい」


『了解です』


「こっちももうエイムは全機上げちゃおうかー。各艦自由射撃。ウェポンフリー」


 連邦艦隊の一部がメナスの圧力に負け守りに入ると、そこから戦線が押されはじめた。前面に自律迎撃機をバラ撒き、攻めの姿勢を放棄してしまう。

 赤毛の艦隊司令は、早々に今回の勝負を投げた。目的を、負け戦としての実績と経験の構築へ切り替える。

 こんなにあっさり折れるとは思っていなかったので、大分ガッカリもしていたが。


 演習のシミュレーションが終わり、全ての画面に『Mission abort』の赤い表示が。同時に、戦場の景色は消え静かな宇宙が姿を取り戻した。

 第一回の結果は、散々である。

 旗艦サーヴィランスの艦橋内は徒労感の空気が漂い、全体通信帯域では連邦軍の内輪揉めの音声も流れてきていた。


 暗雲立ち込める立ち上がりである。


                ◇


 銀河先進ビッグスリーオブ三大国ギャラクシーの一角にして最大の国家、連邦。

 その中央星系がメナスに制圧された事で、連邦は機能不全を起こし影響は全銀河にまで波及していた。

 連邦がやらかした陰謀のおかげで住処のキングダム船団を離れるハメとなった村瀬唯理であるが、かと言って銀河の情勢が不安定なままでは、唯理としても都合が悪く。

 よって不本意ではあるが、連邦中央の解放を主導するべく、艦隊を結成するなど行動している最中だ。

 すなわち、サンクチュアリ星系解放作戦である。


 銀河各所に点在する、非常時に中央政府の代理を務める行政機構。

 それらを作戦に引き込むにあたり実力を示す必要はあったが、最終的に5つの代理政府の全てが作戦に参加。

 決戦を前にして準備に追われる事となるが、最も重要な演習は進捗しんちょくかんばしくなかった。


                ◇


 天の川内銀河インサイド、ノーマ・流域ライン

 ニューキャピタルサイド星系グループ、ニューキャピタルG8L:F近傍宙域。

 センチネル艦隊旗艦サーヴィランス艦橋。


 演習中もその前後も、氷で覆われた白い宝石のような惑星と赤く酸化した小さな衛星は、静かにそこに存在していた。

 両者の重力均衡点ラグランジュポイントに停泊中の1000万隻にもなる艦隊も、眠ったように動かないままだ。


 喧々諤々けんけんがくがくな艦隊内通信とは、真逆である。


「あの程度の圧力で後退されては戦線を維持できません。艦隊にもまだ十分余力がありました。機動戦力も伸びしろがあります」


『こちらの艦船や装備や人員に犠牲を強いるというのか!? 連邦の財産を何だと思っている!』


『負担は双方が負うモノだったのではありませんかな……?』


「戦況が100%完全に予測できるものなら当方と連邦の損失を常に5分に調整もできるでしょう。

 そうでない以上は時々の状況でダメージをコントロールしかありません」


『詭弁だ!』


『損害を受けたくないなら、まず自分らの防衛をいっちょ前にやるべきじゃねーんですかねぇ!? 展開が遅過ぎるんだよ連邦のディフェンスラインは!!』


「ブレイズー、現場レベルの話は後にしろ」


『たかがPFCが連邦の精鋭部隊の質にケチを付けようというのか!?』


『実際メナスにもこっちにも迎撃追い付いてないじゃねーか! インストでも読み直してたのか!?』


『そちらこそこちらへのコンセンサスも無しに飛び出したな!? センチネル艦隊のタイムキーパーはどうなっている!!?』


『やるこた決まっているのに忙しい時にいちいち示し合わせてどうすんだ!? 連邦のいつもの独断専行はどこいった!? いつから仕事相手に顔色うかがいながら作戦行動を取るほどつつしみを覚えやがった!!?』


『たかが雇われ者が宇宙で最も優れた連邦軍の軍事行動の何がわかる!?』


 演習後の反省会デブリーフィングにて。

 問題をあらわにしなければ、その洗い出しも改善も出来ない。

 そう考え演習もデブリーフィングも連邦を放置していた赤毛娘だったが、通信画面は予想以上に紛糾していたりする。


 唯理が連邦の粘りの無さに苦言をていしたその後は、何故か黒髪の揉み上げも激しい巨漢、機動部隊長ブラッド・ブレイズがお怒りの様子で乱入。

 歯に衣着せぬ物言いで、連邦艦隊の幹部とバチバチのにらみ合いとなっていた。

 そもそも今は艦長クラスの会議の最中であり、機動部隊長クラスが口を出すような場ではないのだが。

 でも全く当然のことを言っているので、一応たしなめてから黙っていた赤毛の司令である。

 なお、ブレイズは連邦系の大企業に雇われていた時期があったりする。


「……何にせよ今の想定ではメナスを排除できません。戦術の組み直しが必要です、提督」


『むぅ…………そのようだな。こちらでも検討する』


「では3時間後に」


 通信が終わり連邦軍の面子が画面から消えると、赤毛の艦隊司令は溜息をきながら天井をあおいでいた。

 分かってはいた事だが、連邦の意識を変えるのは相当難しそう。

 兵士や戦士といった戦闘職は、目的の為に常に生死のギリギリを攻める人種である。

 連邦は安全マージンを取り過ぎで、その内情は一般職と大差ないマインドになっていた。


 本来なら、武人なら信念の為に死なんかい、と言ってやりたい唯理ではあるが、そこは自分のポリシーに過ぎないというのも分かっているので自重する。


「ブレイズ」


『分かってる悪かったよお偉方の話にクチバシ突っ込んで! でもあいつらやる気あるのか!? テメェらの住処取り戻そうって話だぞ!!』


「分かってるよ、現実はこれから知ってもらおう。とりあえず、プライド高い相手に説教はね、逆効果」


『フンッ!』


 一応悪いと思っているらしい揉み上げの機動隊長だが、憤懣ふんまんはやる方ない様子。

 気持ちは痛いほどわかる赤毛としても、処分などは全く考えていなかった。


「ノーマルシナリオでこれじゃ、ランダムシナリオに移れるのはいつになる事やら、だ……」


「やはり一度どちらかが主導して動いて見せるのが良さそうですね。当然、シナリオの想定に注文が付くでしょうが」


「あの有様じゃ多少想定を緩くしても、大して変わりなさそうだがね。各部署のシミュレーションは前倒しさせようか」


「了解しました」


 フロストに後を任せると、席を立つ唯理はジャンパーのえりを正して艦橋ブリッジを出る。

 作戦の本番となれば相当数の犠牲が出ると分かってはいるが、その犠牲を減らす努力すら難しい現状。

 連邦の本拠を取り戻す上で連邦艦隊の参戦が必要だったとはいえ、やっぱり自分たちだけでやった方が楽かなぁ、とか必要と本音の板挟みな赤毛であった。


                ◇


 センチネル艦隊司令の赤毛娘が頭を痛めている一方、連邦艦隊の首脳部は更に複雑な状況にあった。

 代理行政機構の派閥が5つに分かれて一枚岩ではない上に、センチネル艦隊から主導権をもぎ取りたい、と取っ掛かりを探している為だ。

 当然ながら、演習にも身が入っていない。

 さりとて、センチネル艦隊の足を引っ張っている限りは、シミュレーションどころか本番のサンクチュアリ解放も成らないと分かってはいた。


 これも全ては、連邦軍がセンチネル艦隊を制御できない為。センチネル艦隊が全面的に連邦軍指揮下に入れば全てが解決する。

 未だにこの考えに固執する連邦政府の人間は多い。


代替え・・・の目途はまだ付かないのかね……?」


 艦隊には参加しない最後方の大型輸送艦。

 巨大な台形の船体を左右にふたつ繋げたような宇宙船の中にある、連邦軍臨時司令部。

 無数の士官が艦隊の指揮に従事している、広大な管制機能室の一画。

 そこに、貴族の談話室にも似た優雅なしつらえが成されていた。


「施設の主任研究員だった・・・という男からは、端末とウェイブネットのログを全て引き出し隠匿していたデータも回収しております。

 『ミレニアムキー』の研究課程の全体はほぼ把握できたかと」


「研究主任の尋問も進めております。それなりに協力的に見えますが……肝心な部分の情報は未だ吐いておりません。

 許可をいただければ、ニューロンスキャンによる情報収集に切り替えたいと考えております」


「ミレニアムキー研究機関の中でも一世紀以上惰性で維持されていたような施設の為、中央へ報告を上げる義務が形骸化されておりました。

 施設そのモノも失われており、情報は当事者たちしか持ち得ないようです」


 空中投影された報告書に目を落とし、直立不動の若い士官たちから報告を受けているのは、切り揃えた白髪に捻じれた角の覗くゴルディア人女性だ。

 連邦宇宙軍中央艦隊の中将という地位にある人物である。


 あたかも女王のように、優秀な男性士官をはべらせている状態だが、ご機嫌はよろしくなかった。


「私は、代替えのキーを用意できるのか、といたのだ。それだけ答えよ」


 周囲にいたのは、いずれも連邦宇宙軍士官学校を優秀な成績で出たエリートなのだが、中将閣下の無機質なセリフに、一様に沈黙せざるを得なかった。

 中将の要求は、ただひとつ。

 すなわち、村瀬唯理ユーリ・ダーククラウドに代わる100億の遺跡艦隊を制御する『ミレニアムキー』を入手すること。

 村瀬唯理がキングダム船団より姿を消した直後から、連邦はその可能性を探っていた。


 手掛かりとなる者は、ふたり。

 ひとりは野心剥き出しなクセに大したことは知らず、もうひとりは姿を消していた。

 ようやく行方不明の方を見つけ出したのは、村瀬唯理がサンクチュアリ解放作戦を引っ提げてきた、ごく最近の事。


 かつて、クーリオ星系という果ての宇宙の秘密施設で研究を行っていた、『レオ』という主任科学者である。

 ※[1G.ネイキッドガール イン スペース]を参照されたい。


                ◇


 ある連邦圏の行政特区星系。

 本星軌道上の高速巡洋艦、尋問室内。


『もう一度聴く、ジャイナ・レオ、研究員。元クーリオ星系の偽装プラント内ラボで研究を管理していた、主任研究員。

 君たちのミレニアムキー再生プロジェクトは、他のラボでの研究と大きな違いはなかった。

 遺伝子という唯一の材料から、遺跡船の認証をクリアできる因子を見つけ出す、あるいは構築する、というアプローチだ。

 だが、君たちは唯一成功させている。いったい他の研究機関と、どういう違いがあったのかな?』


 目が痛くなるような、まばゆく白い内装の部屋であった。

 陰影にとぼにしい室内は、裸眼では距離感が無くなり、自分が何を見ているかという認識も曖昧になる。

 脳にもストレスがかかり、自然と目の前にいる多少マシな色合いの相手へ目線を避難させざるを得なかった。

 その相手も好意的な様子ではなく、痩せ型の研究者は青白い疲れた顔色で、恨めし気な目を向けていた。


『資料から何から僕の持っているデータは全て持って行ったでしょう……。ウェイブネット上のアクセスログまで追跡して……。

 僕の言葉より、遥かに信頼に足る客観的な情報ではないですか?』


『もちろん全て精査した。その結果、取り立てて変わった研究内容ではない、という評価にしかならなかったのだ。

 君は、偽装プラントが惑星上に墜落した後は籍を残していたライフサイエンス部門に戻り、そこから出向という形で連邦の外郭機関に移り、更に民間に移っているな。何故そんな複雑な異動をしたのだろうね。

 まるで、中央から離れて足跡を消そうとしているかのように見えるが?』


 サングラスに似たバイザー型のデバイスを身に着けた、『連邦艦隊所属』というだけでそれ以上の身分を明かさなかった軍服の男。

 そんな怪しい軍人と透明な机を挟んで差し向かい、顔色の悪い研究者はうめくように言う。

 それ以上言える事など、何も無かった。そして、言いたくもない事だった。


『非公開インデックスに関わる研究をダメにしたんですから……命で責任を取れ、なんてことになる前に、目立たないところに移りたかったんですよ。

 ……あなたもそのつもりなのでは?』


『それは君次第だよ、ジャイナ・レオ研究員。いや、君の持つ情報次第、かな?

 「ミレニアムキー」をミレニアムキー足らしめる、因子。それを提示すれば……何も問題は、ないだろう。なんなら中央での研究ポストを得る事すら可能だ。

 だが、その情報を隠し持ったまま逃げたとなると……何と言っても非公開インデックス、連邦の最重要機密に関わる情報の隠匿だよ。およそ考え得る最高刑という事になるだろう』


 飴で釣り、恐怖をチラつかせながら、結局求める先はそれ・・である。

 2500年前から存在し、今なお追い付けないオーバーテクノロジーの塊。

 遺跡船、千年王国の艦隊、100億隻の超高性能宇宙戦闘艦群。


 すなわち、統合戦術兵装群フォースフレーム艦隊・フリート


 だがしかし、


『……遺伝子からの再生は、それこそもう何百年前から試行されてされ尽くしたでしょう。でも、結果は現在の状況が示している通り。成功の影すら見えなかった

 100%完璧な彼女・・、プラス何か・・が必要だと考えられたのは必然でしたね。いや、そう思いたかった。他に何も手掛かりが無かったからだ』


『…………その「何か」、とは?』


『さぁ? そこが何より重要だったのに前の統括官が……名前は何だったかな、まぁいいや。

 とにかく、あの統括官が強引に遺跡船とのアクセスを確立しようとして防衛システムにでも引っ掛かったのか、偽装プラントはご存じの通りあの有様。ろくに何も分かりませんでしたよ。

 ですが、まぁ……記憶、か、それに関わる何かがキーなのは間違いないんじゃないですか? 今までの素体との違いを考えるに』


『そうだ、記憶だ。彼女にはそれがあるようだ。

 今までの他の研究では再生した素体がオリジナルの記憶を引き継いでいたような事例は無かったはずだ。

 いったいどうやったのかね?』


『そんな事できるワケないでしょう。遺伝子から再現した個人はオリジナルとは別物ですから。

 遺伝子に、脳神経の配列に過ぎないニューロンマップまで含まれているはずが無い。記憶のバックアップだって、自身のクローンにさえ適合しない。記憶を新しい身体に移せば永遠の命を実現できるのではないか、なんてのも、未だに成功の目途も失敗の原因も皆目見当が付いていない。遺伝子研究の常識ですよ。

 もっとも、彼女のオリジナルの記憶バックアップなんて、そもそも存在してませんしね』


 核心たる『キー』の要点に迫ったか、と思いきや、レオという研究員はその謎を放り投げてしまった。

 100億隻の艦隊を制御する、ミレニアムキー。その本質と思しき、記憶。

 ところが、それは成し遂げたと思しき・・・本人にすら分からない、不測の事態だったという。


『では……どうやって――――?』


 投げやりに言う研究者だが虚偽を言っているようにも見えず、この時は流石に軍人の方も困惑の色を隠せなかった。

 とはいえそれも、僅かな間のみ。

 研究者の胡乱うろんな目線に気付くと、軍人は冷徹な尋問官の顔を取り戻し、感情を見せずに言う。


『なるほど、やはり現状キミだけが答えに辿り着く為の手掛かりであるらしい。

 ではここから先はもっと効果的に情報を引き出せる手段を取ろうか』


 尋問官が部屋を出ると、入れ替わりに白衣にマスクを付けたふたりの人物が入ってくる。

 ふたりがカートの上にある器具を手に取ると、レオという研究員は諦観の笑みを力なく浮かべるのみだった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ラティス・クロスファイア・フォーメーション

 艦隊戦における陣形のひとつ。

 正面から見て艦列を格子状にすることで、迎撃機発艦と戦闘艦による支援を両立する陣形。

 味方機の進路を確保しつつ、砲撃による近接交差射撃も同時に行える。

 敵艦からの攻撃に対する投影面積を広げるというデメリットもある。


・ディレイWS(ディレイウェポンシステム)

 迎撃兵器の総称。

 接近する敵攻撃機などを遅滞ディレイさせる目的で用いられる。

 レーザーやレールガンタレットが該当する。


・ブロッカー

 敷設防衛兵器の総称。

 接近する敵攻撃機、光学エネルギー兵器、実体弾、誘導兵器を物理的に阻止する目的で用いられる。

 自律型インパクターや自動反応型キネティック弾などが該当する。


・インスト(ストラテジーインストラクション)

 戦術教練とそれを記したデータやメディアを指す。本来は指示、案内という意味を持つ。

 連邦に限らず軍組織における共通の戦術や規範、交戦規定を示したもの。

 基本的知識や常識といったものであり、実戦直前に参照するようなものではないが、マニュアル主義者の場合は身に付いていない場合も多い。


・タイムキーパー

 合同作業や合同作戦を展開する上で全体で共有する時間の尺度とその管理システム。

 協力者に連携した行動を求める場合など、タイミングを合わせるのに必須の時間カウンターとなる。


・ノーマルシナリオ/ランダムシナリオ

 シミュレーションにおける戦況の想定。

 ノーマルシナリオが戦術における定石をなぞるもの。ランダムシナリオは自動生成され使用者にも想定不能な状況をシミュレートするものとなる。


・ニューロンスキャン

 脳内の脳神経網を外部から走査スキャンすること。

 脳内記憶を引き出すなどといった単純な使い方はできないが、脳神経網の反応から個人の意思に関係なく真偽判定が可能であり、また断片的ながら情報を得る事も出来る。

 単に接続網を走査スキャンする対象に害の無いやり方から、人為的に電気信号を流し脳神経網を強制的に活性化させ詳細に走査スキャンする対象に重度の負担を与えるやり方など、様々な方法がある。


・ニューロンマップ

 脳内の神経接続網、これを記録したモノ。

 理論上、ニューロンマップが人間の人格を構築していると考えられる為、異なる身体に同様のニューロンマップを構築すればコピー元と同様の人格が得られると考えられている。なお成功例はない。

 記憶を形成する情報とはまた別物。


・記録データ

 人間が脳内に保持する記録を電子データ化したもの。

 理論上は別の身体の脳にニューロンマップを再現し、そこに記憶データを移せばコピー元の個人を再現できる事になる。なお成功した例はない。

 記憶というデータに脳が適合するには暗号鍵のようなモノが必要なのではないか、というのが脳情報学の定説である。




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