EXG.グッドミート ジャストミート

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 天の川銀河、マークホーン星系グループ、第11惑星『バーザル』衛星軌道。

 センチネル艦隊、学園都市船『エヴァンジェイル』。

 デリカレストラン『パンナコッタ』。


 連邦が死に体の今となっては無意味な区分けとなってしまったが、マークホーン星系グループ三大国法圏外エクストラテリトリー、つまり三大国ビッグ3の影響力が薄い星系となっている。

 言うなれば法ではなく暴力が幅を利かせる無法地帯であるが、それだけに裏の物流拠点のひとつとして知られる惑星でもあった。

 連邦が機能不全に陥り、文明圏を繋ぐ航路が流れを止めても、その星を利用する者はたくましく宇宙での生活を続けている。


 センチネル艦隊は当面ここバーザルを拠点とし、装備や人員配置を整える予定となっていた。


「肉のおいしさは筋肉の繊維の歯応え、それに脂のうま味、これはグルタミン酸、イノシン酸が主ですね、これらが脳においしいと認識させます。

 また調理過程でどの程度熱を加えるかによっても食感が変化します。焼くことで香ばしさが増し生肉のニオイが消え食べやすくなる一方で、レアな肉の食感や風味を楽しむヒトもいらっしゃいますね。この辺は個人の好みです。

 だからこそお客様に提供する際には、レア、ミディアム、ウェルダン、など過熱具合を選んでもらう事になります。こういう選択ができるというのもまた、ステーキの楽しみといえるでしょう。

 同じことはハンバーグにも言えますが――――」


 そんな中、赤毛の艦隊司令『ユーリ・ダーククラウド』こと村瀬唯理むらせゆいりは、レストランにて肉料理のレクチャー中だった。

 フロアのテーブルに並ぶのは、ハンバーグ、ローストビーフ、たたき、カツ、それにステーキという、肉の鉄板メニューだー。

 それを囲むのは、バイト女子学生のウェイトレスたち。

 肉と聞いて警戒感も露わな娘や、既に経験済みなのかヨダレをたらさんばかりな犬耳娘など、反応は様々。

 唯理も同じ制服を着ており、完璧なお嬢様モードである。

 肉料理よりこちらのユリお姉さまから目が離せないバイト女子も散見された。


 21世紀ごろのメニューを復活させたデリカレストランは基本的に好評を博しているが、それでも1000年以上食文化が死んでいたという事もあり、受け入れられ難い部分があるというのも事実。

 その筆頭が、肉料理だ。


 センチネル艦隊ではキングダム船団と違い天然の食肉など入手できないが、合成であっても生物の筋肉をあえて食べるという文化が理解できない者も多い。

 それこそ、自然界の生物が行う野蛮な行為と同列に見なされるというのが、常識寄りの評価であった。

 艦隊においても、ゲテモノ的なポジションだと認識する見方もある。


 他方、この食肉文化を物凄い勢いで推す勢力も存在していた。

 野生動物的な身体的特徴と習慣を色濃く残す人類、ライケン人だ。

 人類認定、母星の連邦加盟に伴い倫理的に食肉文化を否定されたこの種族に、復活したレストランのメニューがぶっ刺さったのである。

 生き物の肉を食べるのは生物の本能。肉を食べる事こそが人類に活力を与える。などと、艦隊内のライケンコミュニティで妙なキャンペーンまで始めてしまった。


 そして、21世紀の食生活を引き摺り、それに銀河を巻き込むような赤毛も、どちらかといえばそちら側だったのである。


 よって、レストラン『パンナコッタ』は期間限定で肉フェアに入る事となった。

 ステーキなど肉メニューのおいしさをアピールして脱色物をはかろうと、こういう主旨だ。

 そもそもからしてセンチネル艦隊での天然肉の入手はほぼ不可能であり、その原材料は合成タンパク質か培養筋繊維となる。

 味自体に文句が出た事もなく、実態が知られればそれほど忌避感も持たれないと思われた。

 この忙しいのに何をやっているのか、という意見は、艦隊司令を甘やかす傷面のフリートマネージャーが封じ込めた。


 そしてクラウディアは、店員の教育に励む赤毛のバイトリーダーを、少し離れた後ろの客席から眺めていた。

 この金髪細身の現代っ子は、レストランが出来る以前より赤毛のルームメイトに餌付けされており、肉料理もすっかり慣れたもの。

 とはいえ、どちらかといえばレストランではスイーツ類を食べているので、あえての肉推しイベントに多少の興味を惹かれていた。

 なんせ赤毛の奴も、「身体を作るなら肉類!」とかよく言っているので。

 なお、これでもエヴァンジェイル治安維持部隊、騎兵隊の隊長なので、クラウディアもそこそこ忙しい身分である。


 ところがその騎兵隊長クラウディアは、今はどうにも違うモノに目を引かれてしまっていた。

 赤毛のルームメイトが着ているウェイトレスの制服、これの極めて短いスカートである。

 いったい何処の誰がデザインして誰が採用を決めたのか。そこの意思決定プロセスを真剣に追及したくなる所存。


 白と黒のエプロンドレスで一見清楚で可愛らしいのだが、さりげなく胸を寄せて上げるエプロン部分の構造に、前述のスカート丈、と。明らかに狙ってやがる意匠であった。

 実際、他の大勢の客と同様に、クラウディアも目が離せなくなっている。

 フリフリ揺れるスカートと裾から垣間見える中身に、

 ユリは脚が長いから前かがみになると見えそうなんだよそのチラチラ見えるデカ尻引っ叩くぞコラ、

 というよく分からない感情になっていた。


「いいよねーユイリのお尻……。特に腰から下のラインはアレ芸術よ、芸術品」

「おわぅ!?」


 かように複雑な念に囚われていたクラウディアだが、いつの間にか同じテーブル席に着いていた娼船のお姉さんに話しかけられ、物理的に飛び上がっていた。


 テーブルに肘を着いて緩んだ笑みになっていたのは、娼船『プリアポス』のサービス嬢、ドロシーだった。

 灰色から翠へグラデーションするロングヘアに、肉感的なスタイルもスゴいセクシー美女。

 赤毛や柿色髪の友人ロゼッタの身内である、とは聞いているが、今まで特にクラウディアのと接点はない、はずだ。


「ディーちゃんはユイリと同じ部屋で生活してたんでしょー?

 あの、やっぱり今も部屋の中じゃ真っ裸マッパみたいな格好してる?

 アレもなんか、そういうエロい動物を室内で飼ってる、と思うとこうたまらないモノがない?」


「ディーちゃん……」


 女の子のお尻見ていた後ろめたさに加え、それがバレた!? と焦りを覚えるクラウディア。

 と思いきや、それを咎めもしないでポッチャリ系お姉さんは話を進めていた。

 愛称を知られているのも、騎兵隊の隊長はそういう立場だからいいとして。

 それと赤毛のルームメイトをペットにするとか想像すると性癖歪みそうで危機感を覚えるクラウディアである。

 正直飼いならせる絵が全く浮かばないのだが、それはそれで。


「まぁ……部屋の中では楽な格好をしてても良いのではないでしょうか。プライベートな空間ですし。

 ユリさんは多少薄着を好む傾向があるようですけど」


 ほぼ初対面という事で、返答も当たりさわりない表現に留めるルームメイトである。

 以前から自分以外の誰かにもそんな姿をさらしていた、という事実に気付かされ、またちょっとあのムチムチした尻引っ叩いてやりたくなったが。


「でもあの娘、別に恥じらいが無いとかじゃないんだなー」


「それはそう、ではないですか? 女の子なんだし、い、一応……」


 かと思えば、先ほどとは矛盾するようなポッチャリお姉さんのセリフ。

 だが同意するクラウディアの声色は自信なさげだ。

 出会いから今までの赤毛の振る舞いが脳裏に蘇るが、恥じらいとか見せた事あったようななかったような。

 もてあそばれたことは何度かあった気がする。あのアマぁ。


「ユイリはさー、自分以外の事で頭がいっぱいなんだよねー。自分がどれだけエッチな見た目しているかは見えてないの。

 だからー、ユイリの視野の中に、他のヒトと一緒にユイリ本人を巻き込んであげると……」


「巻き込むと……?」


「途端にあの澄ましたツラがメスに変わるって寸法よゲヘヘ」


 年上のお姉さんの突然のゲスづらに、どうリアクションしていいのか分からないクラウディアだった。

 とはいえ、前半部分は理解出来る部分がなくもない。

 あの赤毛のは、いつもやる事が大き過ぎるのだ。

 だから何事も、脇目も振らず突っ走っている。

 自分の事を見ている余裕は、恐らくないのだろう。

 そう考えると、室内をあられもない格好でウロつく意味も、何か少し変わって来る気がした。


「バスでルームモニターに自分の恰好映しながら洗ってあげた時のユイリ、かわいかったなぁ……。

 最後の方半泣きだったのが、いつもの素っ気なさとのギャップでホントにメチャクチャ興奮したです」


「なんですと」


 などと、ちょっと赤毛のサガを思いしんみりしていたところに、ブチ込まれる爆弾である。

 ユリと、風呂。

 それ自体は何度か経験しているクラウディアであるが、洗ってあげるとはいったい如何なる所業か。

 しかも、ルームモニターに映しながらだと。

 いったいどんなプレイなんだおいくらですか。


「狭いバスの中で壁に押し付けて逃げられないようにしながら、全身たっぷり隅々まで手で指で念入りにねぇ……。

 密着した状態だからユイリがビクッてなるのも直接伝わってくるし、怒った声が泣き声になってくるともっとイジメたくなるし、何よりポインポインしてツルツルなカラダの手触りが極上なワケですよ」


「す、隅々までポインポイン……!?」


「どうせお肉食べるなら、もう一回あっちのお肉を味わいたいもんですなぁ」


 完全に緩み切った表情筋で、甘美な時間を反芻はんすうするエロ姉さん。

 あの飄々とした赤毛を、ひとひとり分のスペースしかないスチームバスに閉じ込め、自分の痴態を見せ付けながら全身丸洗い。

 お嬢様育ちのヴォービス嬢には、もはや想像を絶する世界である。

 脳内シミュレーションの限界を超えて、情報処理能力が降り切れていた。


「その次はそんなに抵抗されなかったし、アレはもう完全にあたしのテクの虜になってたね!

 もうちょっと時間があれば、今頃指先ひとつで恥じらいながらお尻を振る愛玩動物に――――」


「なに吹き込んどるかぁああ!!」


「――――あぴゃぁ!!?」


 そんな感じで童貞(乙女)相手に猥談で盛り上がっていたところ、セクハラお姉さんに物理的な天罰が下った。

 脳天直撃の赤毛チョップである。

 威力こそ手加減はしていたが、なにぶん達人級の手刀なので衝撃は顎まで突き抜けていた。

 未知の痛覚にのたうち回るオッパイさんだ。


「仮にも娼船の嬢がお客の情報漏らしちゃダメだろ! 顧客の信用どこ行った!?」


「うぐー……! ゆ、ユイリはお客じゃないもーん! 結局一回もお客さんになってくれなかったクセにー!!」


「なりましたー! 最初は客として入りました! んでその後臨時従業員になったんだから同僚の個人情報くらい守ってください!!」


「ディーちゃんに一緒にバス入った時の話しただけだもーん! ユイリがおも――――」


 ドロシーは最後まで喋ることを許されず、赤毛にチョークスリーパー極められそのまま引きずられて行った。

 フロアからバックヤードに持っていかれるボインボインのお姉さんは、さながら食肉処理される寸前な家畜の如し。

 麗しの赤毛のお嬢様の凶行に、バイトウェイトレス達は暫し呆然としていた。

 間もなく、何か肉を叩くような音と情けない悲鳴が聞こえてきたが、誰も様子を見に行こうとはしなかった。


 そして、娼船のサービス嬢から濃厚過ぎる実録エピソードを聞いてしまったクラウディアは、この後何日も悶々として過ごすハメとなる。

 珍しく真っ赤になって取り乱すユリが可愛すぎて頭から離れないとか、肉と聞くと肉付きの良い部分を連想してしまうとか、後遺症は深刻であった。


 特に、ステーキ食べる時に妙に興奮してしまう、とか絶対に誰にも言えない特殊性癖なのである。






【ヒストリカル・アーカイヴ】


・レア、ミディアム、ウェルダン

 肉料理の焼き加減の段階。その代表的なレベル。

 レアは生に近く、ウェルダンは全体の筋肉組織が変質した状態。ミディアムはその中間となる。

 店舗やメニューにもよるが、更に細かい焼き加減を注文することも可能。


・ルームモニター

 現代における姿見。鏡ではなく、自分を映す光学カメラ付きディスプレイを用いるのが一般常識。

 正面だけではなく、他のカメラと連携して自分の背後を移すことなども可能。

 



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