178G.リングサイドバトル ファイナルズ
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天の川銀河、スキュータム・
アルカディア
第1海堡プラットホーム、11層1番デッキ。
連邦軍の軍事プラットホームに、センチネル艦隊の総指揮官、ユーリ・ダーククラウドが入った。
目の覚めるような赤毛の美少女、
そして、連邦と銀河の命運を握る存在である。
「これを確保する」
プラットホーム内、エイム格納デッキ、ブリーフィングルーム。薄暗い室内に詰め込まれた、エイムオペレーターたち。
正面にある画面に映っていたのは、標的となる赤毛の艦隊司令だ。
「センチネル艦隊の戦力は現時点で連邦艦隊を上回る。よって司令部は実力行使は不可能と判断した。
俺たちのチームは捕獲チームのバックアップ、あるいは直接ターゲットを抑えるのが目的になる。
ターゲットを抑えた時点でセンチネル艦隊からの攻撃はない。
画面の前に立つ若い軍人以外に、口を開く者はいない。皆が無言で、ただ映像の少女を見つめている。
与えられた任務はこの上なく重要。それはこの場にいる全員が理解している為だ。
連邦軍の機動部隊における精鋭中の精鋭。
第115偵察艦隊所属の特殊戦略部隊、通称『ヘッドハントインパクター』。
オペレーション『ヘッドバッグ』。
舞台袖にジッと身を潜める役者は、いつでも役割を演じられるよう、出番を待ち構えていた。
◇
「センチネル艦隊には即時の武装解除を求める!」
というのが、本日の決めゼリフのようである。
アルカディア
第1海堡プラットホーム21層、メインミーティングルーム。
連邦政府の有力議員と中央軍の将校。
それらとの会談は、
大卓の対面に着く連邦の面々は、順繰りに赤毛の艦隊指揮官、ユーリ・ダーククラウドの罪過を声高に糾弾する。
連邦の宙域への不法侵入という
そして、起源惑星と当時の人類に対する反逆行為。
連邦の高官は 、
『だから艦隊を連邦に引き渡せ』
と話を持っていくつもりだった。
「
だが現実に起こっている事として、赤毛はそれら全てを冷静に流してしまっているのだが。
実態を知る者ほど、これが茶番に過ぎない事をよく理解しているのだろう。
だからこそ勝負を焦り、強く激しく責め立てようとする。
しかし、真に強い力を持つ者にそのような恫喝は無意味だということを、並び立つ者がなかった『王』であるが故に、連邦は理解することができない。
むしろ攻めれば攻める程、悠然と構えて揺るがない女王の権能を明らかにする結果となっていた。
まるで、舞台演劇を見下ろす観客。
あるいは動物園のサルと、それを眺める訪問客だ。
「そろそろ本題に入りたいな……。出来れば早々にサンクチュアリ解放の算段を付けたいと思いますが?
互いの地位を確認するのは、連邦の機能を回復してからでも遅くはないでしょう」
今まで何もなかったかのように、『本題へ』という赤毛。
それが、無駄に待たされていた、とでも言うかのような態度に見えてしまい、怒りを
当然、妄執の炎は勢いを増した。
「自身の犯罪行為を棚に上げようというのか!」
「貴女の言う『地位』とは!? 我が連邦が銀河における大部分を統治し、そちらもその支配下にあるという事以上の地位関係など存在しません!!」
「サンクチュアリ連邦中央の解放を犯罪者の手配犯に云々されるいわれはない! 協力する気があるなら黙って艦隊をこちらに引き渡すことだ!!」
制服組も背広組も揃って仲良くブチギレである。
より正確には、怒りというよりも赤毛に反論の余地を与えたくないという苛立ちによるモノだ。
ちなみに、
起源惑星『
ただ、連邦がそう認定した、というのを根拠として、その他一切有無を言わさず、という姿勢だった。
その曖昧さもまた、村瀬唯理を追い詰め切れない一因でもあるのだが。
「連邦はプロエリウムの宇宙への進出から、他の人類との融和から大連邦国家を築き、今日まで銀河の秩序と安定を守ってきました。我々は銀河における文明圏を維持する責任があります。
その連邦に伏すつもりは、飽くまでもないと?」
上品そうで少しふくよかな婦人、キャストリン議員は赤毛の少女を正面から見据え、連邦の権威を大上段に振りかざして迫る。
シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦。銀河最大の版図を治める法圏。
その規模が生み出す経済力、生産力、軍事力、文化、人口、世論を背景にした巨大な国力。
それを前にしては誰もが膝を着かざるを得ない、存在だけで万人を屈服せしめる連邦の威光である。
それが効かない相手など見た事がないので、他に用いる手も思い付かないのだが。
「私は連邦の国民ではありませんから。
ここに来たのは何度も言うように、サンクチュアリの解放作戦のお誘いです。
あなた方がやる気がないなら他をあたりますよ、キャストリン左院小議会監査次長」
いともあっさり、銀河最大の国家による脅しを無にして見せる赤毛の無敵娘。
連邦の国民でなければその支配を受けない、などという理屈は、普通ならば通用しない。
直接の支配域ではなくとも、この銀河で連邦の権威が及ばない場所など存在はしないのだから。
にもかかわらず、それを無関心と言わんばかりに切って捨ててしまえるのは、連邦を恐れる必要がないという証左に他ならない。
「……サンクチュアリを解放する手伝いをしたいと? 結構、なら艦隊の全指揮権はこちらにあると考えていいのだろうな?」
「いいえ。センチネル艦隊に関しては私に責任がある。他の誰にも委ねる気はありません。
どういう作戦でどのような役割を担うかも、こちらで決めさせていただく」
「話にならん!」
「指揮権が無い艦隊など戦力として計算できない! 所属の違う軍の連携など、最初からいない方がマシというものだ!!」
「やはり、艦隊の全てをこちらで預かった方が、サンクチュアリ解放という目的に近いのではありませんかな?」
「ダーククラウド司令、あなたの目的が免責を求めるという事なら、私が連邦司法省に
「お気遣いには感謝します、キャストリン監査次長。ですが、それには及びません」
センチネル艦隊の指揮権、あるいは艦隊そのモノを渡せと言って
当然渡す気などさらさらなく、独立した戦力として行動すると言い切る唯理。
お互いに実力行使という札を伏せたまま、話は平行線であった。
もっとも、戦えば結果は火を見るより明らかであり、言わない側と言えない側で事情は全く異なっていたが。
プレッシャーをかけているつもりの軍人と、メリットをチラつかせる政治家のおばさん。なお現地アルカディア星系の知事は空気状態。
しかし、赤毛の艦隊司令が妥協する気配は全くない。
連邦の法、重犯指定を持ち出した以上、何らかの形で決着を付けなければ引っ込みが付かないのは、政治家のキャストリン監査次長だ。
唯理がこれを恐れるどころか『どうでもいい』と言い捨ててしまった以上、対応を誤れば連邦司法の敗北である。
かと言って放置はできない。
連邦の面子を保つには、何が何でも司法の判断に従わせるか、政府として免責を与えるか。
どちらも難しく、そして連邦に選ぶ権利はなかった。
そんな手詰まりな政治家の一方で、軍としては交渉の席での解決を既に諦めている。
正確には、最初から乗り気ではなかったのだ。
遺跡船の艦隊を接収するのは、連邦政府としての既定路線。この方針に変更はないし諦める事も絶対にない。
無条件で、センチネル艦隊を含める全ての遺跡船を引き渡させる。
それ以外を赤毛のカモに選ばせる気など、一切ないのだから。
◇
結局、終始連邦側が防戦一方な会談となったが、最終的な結論は出ず終いだった。ある意味で、連邦の粘り勝ちとも言えるだろう。
一時中断となった後は、赤毛の艦隊司令と同行した護衛は用意された客室に引っ込む。
この控室で会談の再開まで休憩してください、と連邦側が配慮を見せたのだが、当然裏では別の動きがあった。
それは、プラットホーム全体を罠に使った極秘作戦。
誘い出した赤毛の少女を籠の鳥にして、センチネル艦隊の動きも封じる。
極めて短絡的だが、これで全ての問題が解決すると連邦軍の将官は考えていた。
もちろん織り込み済なので、赤毛娘は準備万端待ち受けているワケだが。
「分かっていたけど……兵士の質低いなぁ。出たり引っ込んだり何したかったんだこいつら?」
「そりゃ生け捕りにしなければならない対象が自分からキルゾーンに突っ込んで来たら相手も混乱するでしょうよ」
「想定外の事態で一時撤退するのはプロとして常識的な判断だったと思います。お嬢が非常識だっただけで」
「そういえばあんたキングダム船団でもこうだったよな」
室内の照明が落ちた直後に踏み込んで来た、連邦の保安部隊。
それは、ほぼ無防備なセンチネル艦隊の総指揮官を、ただ拘束するのが目的だった。
だが結果として、20人全員が白目を剥いて床でノビている。
罠にハマったのは連邦の兵士の方とも言えた。
唯理はダークグレーの
同行していた護衛、一見して年端も行かない
照明を消し通信を妨害して突入する、というマニュアル通りの行動をしてきた保安部員は、直後に真正面から殴りかかって来た赤毛の対応に思考停止し、そのまま殴り倒されている。
非常事態に
素手で殴ってくる相手は想定外だ。
部下からの散々な言われように、唯理は憮然としていた。
「武器は現地調達。懐かしいねぇ。さてロゼ、認証コードは?」
『今そのプラットホームと軍のデータストリームさらって探してるー。
もーアレよ、そのライフル認証ロックないからそれらしいコード総当たりするわ』
保安部隊が所持していた銃身短めのカービンライフル、それを
間もなく
なお、通信封鎖されセンチネル艦隊と切り離されるのも分かり切っていたので、プラットホーム至近にこっそり中継器を浮かせてある。
「それじゃあお
「ボスも今頃気を揉んでる……。サーヴィランスを突っ込ませてくる前にさっさと帰りましょう」
ランツ、メッツァー、ミュアー、エルンストも保安部隊のライフルを構え、いつでも発砲できる事を確認。元々持っていたのは、護身用のレーザーハンドガンのみだ。
全て、予定通りの行動であった。
唯理とて連邦との会談が無事に成るなどと最初から思ってもいない。
連邦が銀河の『王』であり続けようとするならば、他の何者にも退くことはあり得ないからだ。
たとえ中枢をメナスに支配されていたとしても。
その傲慢と執着を完膚なきまでに粉砕して見せなければ、話は先に進まないと唯理は考えている。
「さてここからが本番だ。と言っても、これじゃ期待薄だなぁ……。まともにこっちと戦争できるのかね? ここの連中」
「普通は敵地で孤立したら自分の身を案じるものですよ、お嬢」
「ウチのボスも厄介なのに惚れこんだわねー」
やや不満げな軽口を叩きながら、赤毛はライフルを構えキレた動きで部屋を滑り出る。
次いで、すぐ後を同じようにして付いて行くランツらスカーフェイスの護衛たち。
その様子は、通路の光学センサーを通してプラットホームの中央指令室にも届いていた。
「どういうことだ!? 保安部員が捕まえに行ったんじゃなかったのか!!?」
「か、確認中です! アルファパトロール! アルファパトロール! こちら中央コントロール――――!!」
「非番の警備を全部呼び出せ! プラットホーム全域に緊急配備! 絶対にここから出すな!!」
「いや! ロックダウンプロトコルを発令しろ! プラットホーム全ての出入りを禁止する! 全ブラストドア閉鎖! セキュリティボットも全て出せ!!」
「ヘッドハントインパクターに待機命令を……。いつでも出られるよう命令を待て」
「捕縛対象の現在位置はどうなった!? センサーが追ってないぞ!!」
初っ端から鼻っ面に一発喰らった形で、大柄なヒゲ提督ら連邦軍の将官は大混乱のさなかだった。
制服組が強行したことなので、議員のおばさんなど背広組は青い顔になっている。
なにせ、やっていることはセンチネル艦隊への宣戦布告無し奇襲攻撃だ。
事によっては今すぐプラットホームに艦砲射撃ぶち込まれても仕方なかった。
無論、それを防ぐ為に赤毛の司令を捕えようとしているのであるが。
命令を受け、プラットホーム内に五万といる兵士という兵士が一斉に駆け出していた。
集まった部隊は戦闘用の
僅か5人を相手に総動員だ。
第1海堡プラットホームの構造、機構、機能の全てが、村瀬唯理を追い詰めようと動いていた。
「お嬢、通路左に折れたブラストドアの先に敵部隊、数10」
「ロゼ、こっちがいるのはバレてるの?」
『いや、通信でもまだ見失ってる。ダミーは流してないけど?』
「そっちはまだいい。エルンスト、ブラストドアが開いたらスタングレネード。ランツ、援護」
「イエッサー」
「イエッサー」
そして全く止まらずにプラットホーム内を突き進む赤毛娘の部隊は、それら全てを蹴散らしていく。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・起源惑星
地球由来人類の発祥の地。
天の川銀河外縁に近いオライオン
封鎖理由は非公開とされ、無人防衛システムが宙域に至る航路を監視している。
・プロエリウム
起源惑星『地球』由来の人類。意味は、争うヒト。
その通称通り非常に好戦的な性格を持ち、種族として特に優れる部分が無いにもかかわらず、天の川銀河で最大の勢力を振るっている。
・ブラストドア
防爆扉という意味。完全に通路を封鎖する最上級に強度の高い扉の総称ともなる。
宇宙空間の施設にあっては気密を保てるだけの機能も有する。
・EVAスーツ
装甲で全身を保護するスーツ。元は船外活動スーツを意味する。
宇宙空間での活動、戦闘における防御を目的とした装備。
用途に応じて、外装強度や真空無重力環境での反動推進装備の有無、通信装置の有無といった違いが生じる。
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