177G.ギガーススタンプ クラッシュウェイブ
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天の川銀河、スキュータム・
アルカディア
連邦中央軍第16守備艦隊、第33守備艦隊、第115偵察艦隊、第245護衛艦隊、第307巡視艦隊、星系第2艦隊、第1海堡プラットホーム。
サンクチュアリ中央政府が何らかの理由で機能しなくなった場合、連邦はその役割を他の地方政府が担う事、と取り決めている。
アスガルド、シャングリラ、エルドラド、エデン、そしてここアルカディアという、5か所の星系政府による代理行政機構が、それだ。
銀河で最大の版図を治め、実質的に文明圏を支える法を、5つの星系から維持するのである。
そういう危機管理のコンセプトであったが、初の実働となった現在までに、この仕組みは上手く働いているとは言い難かった。
全銀河は混迷の只中にあり、人々は庇護を求め彷徨っているが、連邦圏は纏まらず各星系は閉じ籠ったままだ。
現在、このアルカディアの防衛プラットホームには、連邦中央から離れた艦隊が駐留している。
元々アルカディア地方政府を守る要塞として星系艦隊の母港となっていたが、中央艦隊を受け入れた事で、プラットホームが見えないほど大量の船が集中していた。
70万隻を超える大艦隊である。
必然的に、プラットホームは艦隊の総司令部としても用いられていた。
各艦隊の司令官と幹部、共に中央を逃れてきた政治家、星系艦隊司令部、星系政府の知事といった組織の首脳陣が集まり、中央無き後の連邦の秩序を維持しようとしている。
その、中央司令室。
「星系基準点50度方向、外縁軌道より32万キロにワープアウト反応多数」
「重力波解析中です。約10万。ですがプラットホーム程度の大質量複数反応あり」
「艦数、時刻、回廊接続位置、申請された通りです、が……」
司令室の中心に据えられた、大型ホログラム画面。
そこに映るのは、アルカディア星系を含む周辺宙域の監視状況であった。
星系を示す楕円軌道の外側には、赤い波紋が数え切れないほど生じている。
それらは宇宙船が光速を飛び越えて現れた痕跡であり、事前にアルカディアが連絡を受けていた相手だった。
それを、指令室にいる士官から報告される、中央艦隊の指揮官。
大柄のちょい肥満な髭の提督、ヒーティング上級准将はむっつり黙り込んで報告を受けていた。
司令室内の空気が重い。
「PFC如きが大げさな……一端の艦隊のつもりか!」
「お尋ね者がよくも堂々とこれだけの規模を用意したものですね。連邦は随分舐められているようだ」
「中央が使えなくなったから、と言って我々連邦の秩序が失われたワケではない。それを教えてやろう」
「例の遺跡船もいます。犯罪者の手にあっていいモノではありません。接収し、中央の奪還に使わなくては」
顔を赤くし怒りを
周囲にいる艦隊の幹部士官もそれに同調する。
『センチネル艦隊』を名乗る艦隊組織から受けた、会談を希望するという打診。
その本題は、合同作戦によるサンクチュアリ星系解放、というものだった。
連邦軍の軍人からすると、意味不明な申し出である。
しかも、艦隊を引っ張ってくるというのは、連邦、共和国、皇国の
しかもキングダム船団が運用している船と同じ、銀河に散らばり眠っていた超高性能宇宙戦闘艦を艦隊に加えている。
対等な交渉をしようなどと、思い上がりも
そもそもが犯罪者。問答無用で拘束して全てを接収しても文句など一切言わせない。
それが当たり前だ。
だが貴重な船を持って来てくれるというのだから、気がある素振りをして見せるくらいはしてもいい、と連邦の艦隊士官は考えていた。
一番偉い提督は、そんな申し出をしてくること自体が生意気で気に入らない、と名前通り沸騰していたが。
「第16警戒ライン上監視スポットのセンサー範囲内に入ります。モジュール1から1300までアップリンク。データ統合。戦術マップに表示します」
「向こうの旗艦を出せ」
センチネル艦隊が星系に近づき、監視網を形成する観測機がその姿を捉えていた。
指令室中央のホログラムディスプレイに、上がってきたデータから合成された映像が投影される。
観測情報から得られる精細な映像に、司令室内は暫し静まり返ることになった。
「キングダム船団のフォルテッツァと同級という話ですが……形状はかなり違うようで」
「やはりゼネラル級の10倍近くあると……大きい」
「アルプスと同級もいます。シールド艦も3隻確認。砲艦は2隻確認。他の戦闘艦も確認できます」
「……戦力としては、数個艦隊、に相当するでしょうか」
「むぅ…………」
艦首に砲口を備えた矢の如き超巨大戦闘旗艦、クレイモア級『サーヴィランス』全長10キロメートル。
広大な
艦と同サイズの4基の可動式シールド発生ブレードを装備している艦隊防御の要、惑星防衛艦イージス級『ベンケイ』、『グレートウォール』、『ヘイムダール』全長5キロメートル。
荷電粒子投射システムを主砲とした火力重視の砲艦、砲撃支援艦ハルバード級『ヘリオス』、『ソル』全長1キロメートル。
ほか、適応可変型主力艦ファルシオン級全長3キロメートル×3隻、汎用主力艦グラディウス級全長1キロメートル×5隻、護衛輸送艦ナグルファル級全長3.5キロメートル×4隻。
これら、連邦や共和国からは遺跡船または千年王国の艦隊と呼ばれる、次元の違う高性能艦を含む10万隻。
ジオーネ星系のプラットホームを離れて、約2カ月。
銀河を巡り、船を回収し、艦隊を整えてきたのである。
上級士官の『数個艦隊』と言う表現は、提督に配慮した非常に控えめな表現であった。
実際には、100個艦隊1000万隻相手でも戦える戦力だ。
これで無能ではない提督はただ唸り、軍人は全員が力押しでの艦隊の接収を考え直さざるを得なかった。
◇
天の川銀河、スキュータム・
センチネル艦隊旗艦『サーヴィランス』艦体後部。
艦橋区画通路。
目的地近くとなり、赤毛の司令は急ぎ足の大股で艦内を進んでいた。
新規に整備された内装は真新しく、シンプルで無駄も無いが洗練されている。
途中で擦れ違うサーヴィランスの
部署で色が異なり、背中に役職、胸に氏名、肩に配置が記載されている。
なお、機動部隊は赤、技術作業はオレンジ、艦内警備は水色、医療は白、特殊部隊は濃緑、操縦専門は濃紺、情報通信は紫、飲食は薄桃、研究解析は茶、その他一般乗員は灰色だ。
戦闘配置時に必ず着用のこと、という艦隊内規定があるので事実上の常時着用が義務付けられているが、特に重要な部署にない者などは服装も自由とさていた。
行く先々で赤毛の司令は敬礼され、唯理もそれに軽く返す。
全艦隊で軍紀の徹底中だが、まだ歩み出したばかりであった。
司令部周りには元軍属や経験者を集中して配属しているので多少形になっているが、艦隊全体で見ると未だ避難民の船団という意識が抜けていない。
その辺を連邦軍に見透かされたくないなぁ、と思う唯理だが、そうは言っても既に交渉相手は目の前だった。
「状況は?」
唯理が
艦長席の真横に立っていたのは、
唯理は、他の乗員と同じ規格の丈が短いジャンパーに、騎乗部で作った赤い
フロストが身に着けるのは、黒のロングコートである。
ジャンパーと同じ艦隊での制服となるが、表記が片側に寄るなどデザインが少し異なっていた。
「アルカディア代理行政機構政府及び艦隊司令部からは、『センチネル艦隊は外縁軌道にて停船せよ。星系内への侵入は許可しない』と。
第8惑星のプラットホームには武装を持たない輸送船で来るようにとの通達ですが、どうされますか?」
「無視する。もう相手の顔色窺っている場面じゃない。
全艦隊前進、縦列陣形。パレードと行こう」
「了解しました。本艦を先頭に、エヴァンジェイル、アトランティスを中央に置いたキューボイド陣形を形成。連邦艦隊司令部へ向かいます。
先方からは停止命令があるかと思われますが?」
「連邦軍との会談に来た、とでも繰り返しておけ。撃ってきたら撃ち返せ」
連邦軍はセンチネル艦隊の星系内への進入を拒否。
会談にあたっては、責任者だけが最低限の人員と装備だけで来いという。
そんなもの、のこのこやって来た艦隊司令を捕縛し艦隊を奪い取ってやろう、という狙いが透けて見える。
故に、一瞬だけ考える赤毛は、許可など取らず相手の本拠地に乗り込む事とした。
なお、縦列陣形は単なる移動の陣形であり、交戦を想定しないという意思表示でもある。
連邦の領域に無許可で艦隊を侵入させるなど戦争を吹っ掛けるに等しい行為なのだが、傷面のフリートマネージャーは微笑を浮かべるばかりで反対も意見もしない。
面倒なことになるぞぅ、と。
目付きの鋭いおばちゃん、カナンや、赤毛の艦隊司令専属オペレーターとなった柿色髪のメガネ少女、ロゼッタは胃が重そうな顔になっていた。
「ロゼ、全艦隊のインカムに繋いで。次の行動を通知する」
「あいよー。艦隊ネットワークにアクセス、ブロードキャストのインターリンクをリクエスト、応答がー……40、60、75、85、90%。繋ぐよー」
赤毛娘に言われ、艦隊の全艦へ通信を繋げる柿色メガネ。もう何も言うまい。
応答の状況を確認しながら9割を超えたところで、唯理の端末との接続を開放。
目の前にインターフェイスが投影されたのを見て、赤毛の艦隊司令が口を開く。
「センチネル艦隊の全乗員へ、こちら艦隊司令だ。
本艦隊はこれよりアルカディア
先んじて連邦艦隊へ連絡は入れたが、あいにくとあまり歓迎されていない。よって勝手にお邪魔する事にした。
全艦隊は縦列陣形にて目的地まで前進。連邦軍とのにらみ合いになるが、こちらからの攻撃は禁止する。反撃する時は全艦でだ。抜け駆けはするな。
わたくし的な事を言わせてもらえれば、だ。本艦隊と諸君らの力を見せつける機会さえ得られればこんなに手っ取り早い話はないのだが、と残念に思うものである。以上」
唯理がロゼへ通信を終わらせるようにと、首の前で手刀を振るジェスチャー。
後を引き継ぐように、フロストが艦隊司令艦橋へ各艦の位置を変えるよう命令を出す。
前に出る
監視の為に星系外縁で待機していた星系第1艦隊は、すぐさまセンチネル艦隊の進路上に回り込み、停船命令を発信してきた。
だが、連邦艦隊の旗艦よりも10倍近く大きな船が全く減速せず突っ込んでくるとあって、衝突を回避するギリギリのタイミングで脇に逃げる。
唯理は止まる気など欠片も無くエネルギーシールド全開にしていたのだから、賢明な判断と言えただろう。
シールド出力も桁外れだ。連邦の主力戦闘艦でも弾き飛ばされることになる。
普通にセンチネル艦隊による侵犯行為なので、アルカディア星系は非常警戒態勢に入った。
第8惑星軌道上、第1海堡プラットホームにいた艦隊も、半数が迎撃の為に動き始める。
24時間後には、星系内部で無数の宇宙船が忙しなく動き回るような事態となっていた。
100万隻近い戦闘艦艇がセンチネル艦隊を包囲するが、武力を用いての阻止はできずにいる。
旗艦サーヴィランス、クレイモア級をはじめとする高性能艦の攻撃能力は、十分過ぎるほど理解していた為だ。
反撃を受ければ壊滅するのは連邦艦隊である。
この凶行とすら言えるセンチネル艦隊の動きはアルカディア側も予想できず、
堂々と星系内を行進する艦隊に対しては、ひたすら停止命令を送るくらいの事しかできない。
次に、この巨人が何をやらかすのか。
第8惑星軌道上の司令部にいる将校と政治家たちは、戦々恐々としてセンチネル艦隊の到着を待つ事となった。
◇
アルカディア
第1海堡プラットホーム、連邦艦隊司令部。
41層、30番デッキ。
簡素な箱型にエンジンナセル4発積みの輸送船が、湾曲した着艦デッキの隔壁扉から内部へと入ってくる。
扉が閉まり空気が充填されると、船から降りてくるのは息を飲んでしまうほど美麗な赤毛の少女だ。
深窓の令嬢や銀河を虜にするアイドルでも通用しそうだが、正面を向く表情は極めて鋭く、服装もナイトブルーのパンツスーツに赤のアウターロングジャケットという愛らしさとは無縁の恰好。
その風格、どう見ても現場に
「センチネル艦隊総指揮官、ユーリ・ダーククラウドです。
会談の要請を受け入れていただき感謝いたします、ヒーティング提督、キャストリン左院小議会監査次長、ハッキネン知事」
手の平を目の上にかざし、背筋も指も伸びている軍人然とした敬礼。
装備が整い規律正しい部下を護衛として4人率いており、これまた愛想の欠片も無く殺伐とした迫力が尋常ではない。
プラットホームの内壁で見えないが、その後方には強力無比な艦隊も控えている。
対して、出迎える連邦の艦隊と政府の人間の表情は固い。あるいは、いっそ引き攣ってさえいた。
ここまで好き勝手な振る舞いをされ屈辱まで感じるが、全く何もできない為だ。
ただ、それで敗北を認める連邦でもない。
艦隊の士官が目配せすると、微かに頷いた別の軍人がセンチネル艦隊出迎えの一団から離れていく。
そのようにして様々な思惑を含みながら、連邦の命数を決める会談がはじまった。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・
元は洋上に作り上げる武装した要塞を指す。
現在は公的な軍による武装した宇宙空間のプラットホームをこのように呼ぶ場合がある。
他の軌道上プラットフォームとは用途以上に異なる部分はない。
・回廊(空間圧縮回廊)
超光速航行、ワープことスクワッシュドライブにおいて二地点間の空間を圧縮して作り出した進行ルートのこと。
重力波の環境によっては数光年を数メートルにまで縮めた回廊を形成する。
星間文明時代の基幹技術のひとつだが、技術研究課程が不鮮明ともされている。
・星系基準点(宙域基準点、グループ基準点)
方向を示す基準のひとつ。
宇宙空間では東西南北や上下といった共通の方角基準が存在しない為、時々の自分が存在している空間の天体を基準に用いる。
星系内では恒星の方向とその逆方向が最も単純で確実な基準となる。
星系基準点0度方向ならば、自分のいる地点から真っ直ぐ恒星の方向という意味。
・遺跡船
銀河に散らばる100億隻の超高性能宇宙戦闘艦群、その連邦政府内の通称。
連邦は500年前に戦闘艦群が停止してから再起動の試みを続けており、その計画は政府特定機密グレードS、非公開インデックスと呼ばれるリストの上位50項に含まれる。
起源惑星脱出から現在に続く多くの記録を保持している為、遺跡船の起動には本来の持ち主、暗号名『ミレニアム・キー』が必要だと考えられている。
共和国における通称、『千年王国の艦隊』はこのミレニアム・キーより来ている。
・フリートマネージャー(艦隊管理者)
共和国において複数の艦隊を統括する役職。センチネル艦隊でも複数の艦隊の運用を想定し、同じ制度を採用している。
連邦軍など通常の軍組織では提督がこれに相当する。
・キューボイド陣形
直方体という意味。そのまま陣形の大枠の形状を指す。
艦隊の場合、重要度の高い艦艇を中央に上下左右を護衛艦で守る形で縦列を形成する。
ほぼ移動の為だけの艦隊陣形であり、一応の即応性はあるが戦闘が想定される場合最適ではない。
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