179G.ストレートダウン テリトリーウォーハンマー

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 アルカディア星系グループ、第8惑星『サン・オルテ・ミタス』衛星軌道上、第一海堡プラットホーム。

 23層兵員準備区画。


 進路を塞ぎに来たヒト型警備機械セキュリティボットをレーザーで薙ぎ払うと、赤毛の艦隊司令はそれを捕まえ盾にして警備部隊に突っ込んで行く。

 味方への攻撃が出来ず一瞬だけ固まる他のセキュリティボットだが、赤毛の猛獣相手には致命的なスキとなった。

 レーザーライフルを連射し距離を詰める赤毛娘は、盾にしていたセキュリティボットを蹴飛ばし他の機体へ叩き付けると、生き残っていたセキュリティボットにもゼロ距離から攻撃。

 乱戦の中、ヒト型警備機セキュリティボットによる部隊は赤毛の美少女によるエゲつない打撃により、ボーリングのピンのように弾き飛ばされていた。


「前衛ボット全滅!」

「退がれ退がれ! ブラストドア封鎖まで近付けるな!!」

「隊長『キーストーン』は撃つなとの命令が――――!!」

「いちいちトリガーホールドするなぁ! セーフティー制限解除!!」

『指令室より全部隊へ。繰り返す。キーストーンは無傷で確保せよ! 殺傷は許可できない!!』

「そんな事を言っている場合――――ぅぐわあああ!!」


 通路を守っていた警備部隊の後衛。装甲EVAスーツの兵士は必死の形相でレーザーライフルを乱射しながら、防爆扉ブラストドアの向こうへと後退していく。

 赤毛のモンスターは殺さずに捕獲しろ、とか上から厳命ムチャぶりされているのだが、頭に血が上った隊長はそれどころではなかった。

 中央指令室により遠隔リモートでライフルをロックされていたが、それを強制解除し敵の侵攻を阻止すべく部隊総出で撃ちまくる。


 その隊長のスネを超高速スライディングで蹴っ飛ばす『キーストーン』こと村瀬唯理むらせゆいりは、直後に下からレーザーを連射し部隊員たちの脚に穴をあけた。


「ぎゃぁああ!?」

「た、立て直せ! 全隊隊列を――――ぐぁあ!」

「隊長ダウン! ああ……し、指揮権をぉおお!!」

「ヘッドクォーター! ヘッドクォーター! コマンドラインに問題! 再設定求む! 今すぐ再設定を!!」


 混乱する隊員たちのド真ん中、乱戦に持ち込む赤毛の独壇場だ。

 偶発的に向けられるレーザーライフルを正面から引っこ抜くと、それで相手のアゴを跳ね上げ背後から迫っていた隊員の腹にブチ込み、別のライフルを持つ手を打ち払うと続けてアゴをぶん殴り、後ろ蹴りで次の隊員の鳩尾ハラカカト叩き込む。

 何もできないまま、爆発に巻き込まれたように赤毛を中心に吹き飛ぶ警備隊員。

 想定外の状況に対応できていない、経験の浅さが丸出しだった。


「どこまでいってもかなしいほど弱いなぁ、この時代の兵士は…………」


 ほぼ全員失神一直線な兵士たちを見下ろし、唯理の目は乾き切っていた。別にドライアイというワケでもなく。

 これでは素人相手に弱い者イジメしているようで、非常に気分がよろしくない。

 かと言って装備だけはいっちょ前なので、ブッ倒さないワケにもいかないのである。


 一流の兵士とは、あらゆる状況で極めて合理的に暴力を使う戦闘システムだ。

 こいつらとは違う。


「お嬢が無茶をし過ぎなのでは? 自分から包囲の中に斬り込むとか、ボスが心労で死んでしまう…………」


「あんまりウチのボスをイジメないでくださいよ」


 パッと見で小学生くらいかと思わせるサラサラ金髪の美少年、ランツ。

 それに、ミドルヘアのボーイッシュなお姉さま、メッツァー。

 元傭兵部隊スカーフェイスのふたりは、心底からのため息をきながら赤毛に文句たれていた。

 他ふたりの護衛、ミュアーとエルンストも無言のまま、物申したそうな顔をしている。

 でも、物申したいのは自分の方だ、と唯理は言いたい。


「ここは個人の力を見せないといけない場面なんだ、って出る前にも言っただろ……。

 フロストは納得したのに、下の者がその上官に口出すって軍組織としてどうなのよ?」


「ボスだってアレ納得したから許したワケじゃないですからね? ボスの優先順位が、とりあえずお嬢の希望に沿う事だから、ってだけで」


「んじゃ問題ないじゃないか。副官の鏡、素晴らしい」


 シレッと言う赤毛の小娘に、恨めし気な目を向けるショタ(年上)である。


 仰ぎ見る女王を守ろうとしながらも、その意向には無条件で従うことも心に決めている、傷面の艦隊管理者フリートマネージャーの板挟みな方針。

 そんな王子に仕え、その心労の元凶をどうにかしてやりたいのだが、王子の望みとあっては如何ともし難い忠臣たち。

 どうしてこんな、行くも戻るもできない面倒な立場に。

 国を出て、傭兵に身をやつし、名誉なき戦いや報酬目当ての汚れ仕事をただ生きる為に繰り返した来た、今日こんにちまでの事を振り返れば涙が止まらなかった。アレだなーキングダム船団襲った時から完全にケチが付いたな。


「フロストを安心させたいなら、早々に仕事を片付けようか。

 ミュアー先行しろ、ランツはバックアップ、エルンスト、メッツァー後方警戒。

 ロゼ、エレベーターはこの先だな」


『コントロールをワザと乗っ取って見せてそれに対処させておいて、実はやっぱり乗っ取られてましたー。とか、めんどくさい事させるなーコイツ…………。

 それでやる事は、敵が大量にいるところへの直通運転だろ? 何がしたいの??』


「だから殴り込みだってば。ペースを乱されたくないんだ。

 ここの連中だと進行阻止の為って言うより、単に腰が引けて時間稼ぎに走りかねないからさ。

 だから、こっちでコントロールを握ってスムーズに片づけていきたいところなワケ、だ。

 そういう事だから……前進! 進め!!」


 手を二回前へ振り、部下を前進させる赤毛の部隊長。

 上官の上官に胡乱うろんな目を向けていた護衛たちも、戦闘状況に戻れば顔付を変えて、速やかに命令に従っていた。


 やっぱり玄人プロはいいなぁ、と僅かな間だけ感じ入る赤毛の元少佐。多分国連軍UN PKDFでの最終的な階級は少佐だったと思う多分。

 そんな自分の軍歴にちょっと自信がない唯理もまた、小娘から兵士の顔になり、ライフルを構え部隊に併せて移動開始。

 エレベーターのコントロールを乗っ取り、取り返されたように見せて、やっぱり乗っ取って、最も敵の分厚いルートを選び突き進んでいく。


「さぁ皆殺しだ……! 殺さんけど」


「連邦も舐めプされているとは思わないでしょうねぇ」


「別に、殺さないで制圧する、とか縛りかけているワケじゃないけどなー。

 今のところ殺さないとならないほど危険な奴が存在してないだけで……」


 連邦はこの赤毛を罠に嵌めたつもりだが、実際には羊の小屋に狼を招き入れるようなものであった。

 唯理の目的は、連邦の逃げ道を塞ぐこと。

 いつまでも王様気分で主導権を握る為にあれこれ工作されるとか時間がもったいないのである。メナスの支配域は広がり続けているというのに。


 端正な顔で牙を剥く赤毛のお嬢様は、狩りを続けるべくエレベーターの扉を潜ると同時に戦闘態勢へ入る。

 それから間もなく、激しい戦闘音と無数の絶叫が折り重なっていた。


                ◇


 センチネル艦隊司令が控室から脱走する、というアクシデントには驚かされたが、迅速な人員配置により速やかに相手を封じ込める事ができるだろう。

 プラットホーム内は、兵士と無人機、機動兵器の巣だ。

 中に入った時点で、どう転んでも結果は決まっているのである。

 連邦の将校たちはそう考えていたが、


「設備警備隊応答なし! センサー系も不調により状況把握できません!!」

「外部からの妨害じゃないのか!? 侵入のチェックだ!!」

「もうやってます! 外部侵入の信号検出無しです!!」

「もう一度やれ!!」

「30層外周通路の防御システムに反応! ですが侵入者を探知できません!!」

「ならセンサーの誤作動だ! だいたいキーストーンは既に40層に降りたんじゃないのか!? まだ補足できないのか!!」

「30層貨物ベイのスロープ守備セキュリティボットの信号消失! セキュリティーチームに緊急連絡!!」

「セキュリティーチームから応答ありません!!」


 プラットホーム中央指令室は大混乱だった。

 あちこちで部隊が攻撃を受けているらしいが、情報が交錯していて何が事実かもハッキリしない。

 肝心な『村瀬唯理キーストーン』の捕縛に関しては、各所のセンサーや人員からは支離滅裂な報告しか上がってこない。

 二重アゴの提督、ヒーティング上級准将は青筋を立てて怒鳴りっ放しだ。

 そして部下も慌てるばかりで役に立っていない。


「提督! センチネル艦隊旗艦より入電!!」


 そんなところに、旗艦サーヴィランスから通信まで入って来た。

 内容は、ユーリ・ダーククラウド艦隊司令の安否確認と即時帰還を求める、というモノだ。

 要請が直ちに実行されない場合は、攻撃も辞さない、という警告も添えて。


「センチネル艦隊よりセンサースキャン確認! 攻撃態勢です!!」

「各艦隊へ緊急指令! センチネル艦隊を牽制させろ!」

「連中には『攻撃すればそちらの艦隊司令の安全は保証しない』と言ってやれ!!」


 旗艦サーヴィランスからは、警告通り各種センサーによるプラットホームへの走査スキャンが行われていた。砲撃の準備だ。

 中央指令室は周囲に展開中の連邦艦隊に命令を出し、両艦隊は砲を突き付け合う一触即発の状態となる。


 そして当然ながら、ここまでも唯理の想定の範疇だった。


                ◇


「連邦艦隊が移動中。砲撃陣形です」

「全艦隊にセンサースキャンを受けています。ECM、ECCM展開中。電子戦力比1対8。電子防御の強度はほぼ期待できません」

「ベンケイ、グレートウォールを艦隊両翼に配置転換中。ヘイムダルは艦隊中央で待機」


 圧倒的多数の連邦艦隊に囲まれている状態だが、旗艦サーヴィランスをはじめセンチネル艦隊の各艦は、比較的落ち着いて臨戦態勢に入っている。

 センチネル艦隊は円盤積層型プラットホームを正面にし、連邦艦隊に後方と左右から交差射撃を受ける位置。

 10万対100万隻、という数の差を考えれば、一瞬で全滅しかねない状況だった。

 実際には惑星を覆う規模のエネルギーシールを張る戦闘艦に守られているので、砲撃が通らないだろうが。


「さて、司令はうまくやっておいでかな」


 旗艦サーヴィランスの艦橋ブリッジ

 渋い傷面の男、艦隊管理者フリートマネージャーのジャック・フロストは、映像の中のプラットホームや連邦艦隊を見回し独り言ちていた。

 その口調はいつも通り穏やかだが、内心の方は分からない。この男は親しい人間にすら、滅多に素顔を見せない。

 いったい何を考えているのやら、と思いながら、オペレーター席にいる柿色髪の少女がフロストの独り言に応えた。


「うまくやっているって言うか……。『連邦ブチのめしてくる(意訳)』って聞いた時は何言ってんだコイツ? と思ったけど。

 ホントにプラットホーム中の兵士をブチのめしてるし」


 プラットホーム内で孤立している、ことになっている赤毛の司令の動向は、リアルタイムで把握モニターされていた。

 フロストがプラットホームの中央指令室に唯理の安否確認をしたのは、連邦の情報封鎖が上手くいっている、と思わせる欺瞞ブラフである。

 通信オペレーター、ロゼッタは、こっそりプラットホームの至近に仕込んだ中継器と、他ならぬ連邦の通信網を利用して唯理の行動を追っていた。

 覗き見(語弊)は得意技なのだ。


「えーと? 我らが指揮官殿は31層で待機していた艦隊付きの都市制圧部隊を襲撃中、と。

 現場、エイリアンに突っ込まれた犠牲者モブ集団みたいになってら……。

 てかホントにこんな事する必要があるんですかー? 力の差を思い知らせたければ、それこそこの船とかの砲で衛星でも吹っ飛ばした方が手っ取り早いっしょー??」


「たとえ艦隊戦力で圧倒されようとも、司令さえどうにかすればセンチネル艦隊も無力化する余地がある……。

 などと思われるのは時間の無駄だ、というのが司令のお考えだ。

 司令のお力は直に戦った我々が一番よく知っている。

 今は司令のバックアップに専念しよう」


 赤毛のエイリアンが暴れ出してから、既に30分以上。プラットホーム内の兵士も、本腰を入れて対応にあたり始める頃合いである。

 しかし、唯理は重装甲に着膨れた兵士をサッカーボールのように蹴っ飛ばし、通常兵科の兵士も殴る蹴る投げ飛ばすと暴力の限りを尽くしていた。

 相手の火器は、基本的に当たらない。

 高度な射撃支援システムも電子妨害ECM環境下では機能を大きく制限され、そうなれば赤毛の身体能力に追いつける者など皆無だ。

 それでも数の力で圧し潰すのが連邦軍の伝統的解決方法なのだが、多対一の戦闘を無数に経験してきた唯理には、だいたいそれを逆手に取られていた。


 阿鼻叫喚の模様はサーヴィランス艦橋のホログラムに空中投影され、ロゼッタも驚きを通り越した呆れ顔で眺めている。他の艦橋要員ブリッジクルーも似たような感じ。

 当初は反対姿勢を見せ、結局は唯理の方針に従うことにしたフロストの今の心境は、謎だ。


               ◇


「後退後退! ボットを防御ラインに――――ぶべらぁ!?」

「中隊長ー!?」

「中隊長負傷! 指揮権――――げふぁ!?」

「小隊長ー!!?」

「もういいから撃て撃て撃ちまくれぇ!!!」

「しゃ、射撃は分隊長の指示に従え! 指揮命令ラインは常に確保せよ!!」

「HQ! 中央指令室は権限設定――――ばぁあああ!?」


 連邦軍の都市制圧部隊は、襲ってきた赤毛のモンスター相手に必死の抵抗を続ける。

 フル装備の兵士が小型防壁や車両の陰に陣取り、多数のレーザーライフルで槍衾やりぶすまを形成する剣山が如き防衛体制だ。


 これに対し、右に左に高速で身体を流し、赤い光線の弾幕を真正面からすり抜ける唯理。単なる回避運動ではない。射線を見切った上で動いていたが、当然ながら人間技ではなかった。

 そうして距離を詰めてしまえば、それで終わりである。

 乱戦の中でも敵の身体を効果的に遮蔽物に使い、相手の攻撃を封じた上で重装甲スーツの顔面ぶん殴り、関節破壊か投げ飛ばされるか柔術の二択を迫るのだ。

 最終的に床に転がるのは変わりないが。


「お嬢!? 俺たちに側面攻撃しろって言ってなかった!!?」


「遅いから自分でブッ飛ばした! ロゼ次!!」


『35層でマシンヘッドと守備隊が防衛線張ってるみたい。これもうユイリを捕まえに行くの諦めて待ちに入ってんじゃないの?』


「35層のマップと部隊の配置! それとエレベーターは!?」


『まだバレてないみたい。動かせるけどー?』


「それよりお嬢! マシンヘッド相手に生身で突っ込まないでしょうね!? やめてくださいよホントにボスが心労で死ぬので!!」


 うめく兵士たちの屍(死亡者無し重傷者多数)を足早に乗り越え、次の敵集団に突っ込む算段を整える赤毛。

 直前の打ち合わせと違う! と苦情を言いながら横の通路から合流する護衛4人。

 自分で命令しておいてクレームを受け付けない指揮官は、歩みを止めないままパクったレーザーライフルのコンディションをて、バッテリー残量が無かったので投げ捨てる。


 エレベーターを止め、ゴールである41層までの移動ルートを絞った上で、中央指令室と施設守備隊は村瀬唯理ユーリ・ダーククラウド攻撃に適した場所キルゾーンまで誘導する作戦だった。

 プラットホーム内第35層、生産区画。

 その倉庫スペース内にきずいた防御陣地トーチカに、本来は外敵の迎撃用装備である全高5メートルのヒト型機動兵器、マシンヘッドも配置している。

 僅か5人、それも絶対に殺してはならない相手に用いるには、完全に行き過ぎた戦力であった。


 唯理はこれも、正面からゴリ押しで攻め落とすのだが。


「マシンヘッドがアンコントロール!? 戦闘不能!!」

「パッシブなり光学センサーなりはどうしたぁ!!?」

「リモートの不良じゃありません! 物理的に行動不能です!!」

「き、キーストーンがマシンヘッドの武装を!?」

「退避退避ぃ! 伏せろぉ!!!!」


 頭部が半ば胴体に埋もれている横幅の広いマシンヘッドが、レールガンの斉射を喰らいベコベコにへこんでいた。

 喰らわせたのは、マシンヘッド用アサルトライフルを腋に抱えている赤毛娘である。

 全長2メートル、重量30キロ、砲口初速5000メートル/秒の火器は、当然ながら人間がそのまま扱える代物ではない。

 それを、肩当てストック部分を壁に押し付け支えた状態とはいえ、暴れる銃身を膂力パワーで抑え込み、連邦の部隊を防御陣地トーチカごと薙ぎ払っていた。


 バラ撒かれた15.2ミリ弾により、火制範囲内はあらゆる物が撃ち抜かれてほぼ廃墟だ。

 蹴散らされた守備隊の兵士は、直後にひとりずつ丁寧に護衛の4人に制圧されていった。ランツたちは何故か兵士達に同情的だ。

 壊れた天井からは、換気装置が半ば千切れた配線にぶら下がり落ちかけていた。


「5分でマシンヘッドをエレベーターに押し込むぞ。エルンスト! 使えるか調べて必要なら動ける程度に修理! 使えないなら放棄する!!」


「ってこれを使うつもりですかお嬢!?」


「ならなんでここまで穴だらけにしたんです? ご自分で壊しておいて修理しろとかパワハラですか」


「と言うかお嬢、マシンヘッド用の武器を生身で使うとかロアド人でもやらないですよそんな事」


 例によって部下の言う事なんて聞いちゃいない赤毛は、大型ライフルを持ったままヒト型機動兵器に取り付く。元々乗っていたオペレーターは、機体の片腕を吹っ飛ばされた際に逃げた。

 唯理はライフルをマシンヘッドの方へぶん投げると、遠隔操作リモートで器用に空中キャッチさせ砲口を正面に向けさせる。

 小柄クールさんミュアーとスマートおじさんエルンストの冷静な突っ込みにも応える気無しだ。


 41層、ターミナルエリア。

 最終防衛ラインとなる船着き場に集結していた部隊は、ゾンビ状態な自分のところのヒト型兵器に特攻され、自爆に巻き込まれたところを赤毛の追い撃ちを喰らいあっさり壊滅した。


                ◇


 第1海堡プラットホーム中央指令室。

 居並ぶ将官や左官、政治家、システムオペレーターも、一様に沈黙している。

 ホログラムの大画面に投影されているのは、死屍累々の中を一顧だにせず駆け抜けていく赤毛の戦闘部隊だ。


 部隊を3つ潰されたあたりから、その狙いがどこにあるか、指令室にいる者たちも気付いてはいた。

 だが、急遽始まった屋内インドア戦闘であるにせよ、捕縛から迎撃に切り替えた重装備の混成部隊約1300人を5人で返り討ちにして見せるとは、あまりにも想定外。

 野蛮、凶暴、暴力的に過ぎ、苛烈、残酷を極め、そして合理的で洗練された一連の攻勢。

 それに一方的に圧し潰される様子を見せられた日には、絶句せざるを得ないだろう。


 もっともそれは、上品スマートかつお定まりテンプレートな作戦行動に慣れ切ったこの時代の兵士が軟弱なだけではあるのだが。

 対して赤毛の武者は、個人としての戦闘技術が頂点から下り坂にさしかかり、人命尊重の意識が最も軽んじられる時代から来たのである。

 戦士としての練度と精度が違い過ぎた。


「……『ヘッドハント』はどうなっている」


「出撃スタンバイ中。全部隊エイムに搭乗しいつでも展開可能であります」


 若い一佐が管制オペレーターへ静かに問うと、艦隊付きのエイム部隊が発進待機中だ、という報告が返って来る。

 正面の映像の中では、赤毛の少女らが自分の乗って来た輸送船にまで辿り着いていた。

 船を固定していた左右4基のアームを動かし、格納庫内を減圧し手早く出港準備を進めている。


 このまま村瀬唯理ユーリ・ダーククラウドを逃がしたら終わりだ。

 センチネル艦隊からの報復で、プラットホームと連邦艦隊が壊滅しかねない。


 別の画面では、整列したヒト型機動兵器の部隊が次々に宇宙へ飛び出している姿が映し出されてた。

 第115偵察艦隊に所属する連邦屈指の機動部隊、『ヘッドハントインパクター』の一個中隊273機。

 センチネル艦隊司令捕縛作戦『ヘッドバッグ』、最後の砦となる。


 肩に板状の消波装甲を載せたステルス作戦機、ブラックカッターG5 Mk.2。


 極めて軽装甲かつ可動域の広い1対のブースターウィングと高精度センサーを装備する強行偵察機、ハイドマンNo.12th。


 無骨な装甲を纏うマッシヴなシルエット、多目的用途に対応した傑作汎用機の系譜、プロミネンスBバースト Mk.3。


 背面ブースターユニットに接続した高出力レーザー砲2門に、肩部高出力シールド偏向システムを装備した高火力支援制圧機、パトリオットType7C。


 肩や腰部、大腿部に自律無人兵器スクワイヤを搭載し、自身は長距離狙撃兵装で戦場を支配する広域火制機、サプレッション・ラムUpdate6.2。


 兵科を問わないエイムの全力出撃。

 その最後に、全機を指揮する立場であり、また最高のオペレーターが駆るエイムが全部隊の中央に納まった。


『相手は逃げるつもりなどない。こちらの囲みを破るどころか潰しに来ている。

 4機だけだと思うな! 数で圧倒していると思い油断していると中の連中と同じ目に遭うぞ!!』

『ラジャー!』

『ラジャー!!』

『ラジャー!!!!!』


 連邦の兵器を象徴するような、直線的で飾り気の無い外装の意匠デザイン

 それでいながら明らかな高級機であるのが判る、洗練された全体のパーツ構成。

 一見細身でありながら、腕部や下半身部はボリュームがあり駆動系の力強さを思わせる。

 また見ただけで分かるのは、背面4基の中型ブースターをはじめとする腰部や脚部、肩部と内蔵された、推進と姿勢制御機構の潤沢さだ。

 そして一際特徴的なのが、携行している機体の全高より長い武装。開放型の砲身を持つ、あからさまに高速長射程のレールガンだった。


 連邦政府の要請によりデュエリスライト・ファクトリー社が試作開発した、対メナス試作型戦略強襲機。


 シュバリエ・スプリーム DFAMF337 Y-1003。


 そのオペレーター、ニーマス・パトリック・マスターズ上級一佐である。


 ぬめるような光沢を帯びる黒いエイムは、集団の先頭に躍り出て巨大プラットホームの至近を飛翔。

 最下層となる第41層までは、エイムの機動力なら一瞬だった。


「さて、連邦中央軍の精鋭部隊の力、試そうか」


 その先で待ち受けるのが、少女のなりをしながら戦国の魔王のような微笑を浮かべている、村瀬唯理だ。


 連邦の詭謀きぼうを承知で、ノコノコとこのプラットホームにやって来たこと。

 それに、連邦も村瀬唯理ユーリ・ダーククラウドの意図に気付いたこと。

 既に互いの腹は承知の上。

 ならばあとは、小細工無しで殴り合うだけである。


「一応くんですけどお嬢、センチネル艦隊なりサーヴィランスからの援護は?」


『この程度の数ならいらんだろ。ランツ達までいるのに。

 それにフロストには連邦艦隊に睨みを利かせてもらっているし』


『あー絶対正気じゃない……』


『ここまで一瞬でも正気だったことがあったのか?』


 プラットホームの外に出た輸送機の前後左右を固める鎧騎士のエイム、ベイメンMk.2。

 急接近する連邦の部隊をセンサーに捉えながら、コクピット内のランツが声を絞り出していた。

 常識で考えるなら、メッツァーやエルンストの言う通り5機で・・・273機を相手取るのは正気ではない。


 常識。

 人生アドリブな赤毛の少女には無縁の言葉であった。


 直上から飛来する連邦のエイム部隊に、鎧騎士の4機は一斉に牽制射。レールガンの55.5ミリ弾体が火線の帯を形成し、敵の進攻を妨害する。

 散開する連邦軍は、高火力機パトリオットがレーザーで反撃、長距離狙撃機サプレッション・ラム汎用機プロミネンスBはレールガンを斉射。

 ベイメン各機は火線を自機に引き付けつつ、高速で回避運動を取っていた。

 圧倒的な手数の差だが、鎧騎士のエイムもまた連邦の想定を上回る高機動だ。


『センチネル艦隊司令ユーリ・ダーククラウドに警告する。全機武装解除しプラットホームに戻れ。

 指示に従わなければ強制的にデッキ内に押し込むまでである』


 プラットホームから少し離れた戦闘を俯瞰する位置で、黒くぬめる装甲の特殊機は警告を発しながら最重要目標を探す。

 センサーで捉えているのは、護衛機の4機に、赤毛の艦隊司令が乗っている輸送機のみ。

 ならば護衛機を淡々と排除し、輸送機だけを抑えれば良いだろう、と考える連邦の機動部隊長だったが、



 その輸送機の上部ドアが内側から弾け飛び、灰白色に青のエイムが機外へ舞い上がっていた。



 筋肉のようにしなやかで無骨な装甲、全身に装備した多数のマニューバブースター、背面に増設された大型ブースターユニット、中型機の基礎骨格ベースフレームに組み込まれた独自設計の高反応高出力駆動系アクチュエイター、脚部に併設した特殊兵装機構。

 幾度となく資料データで見たエイムの出現に、部隊長が目を見開く。


「ッ……そうか! 最初からヤる気なら当然自分の機体も持ち込んでいるだろうな! ユーリ・ダーククラウド!!」


 スーパープロミネンスMk.53改『鬼火イルリヒト』。


 警告アラートと共にデータベース上で識別されるそのエイムの名に、マスターズ上級一佐は全身の毛穴を粟立たせていた。

 今となっては有名な、センチネル艦隊司令の専用機。

 メナスを一方的に撃墜するその戦闘能力は、エイムの性能かオペレーターの技量スキルによるモノか。


 いずれにせよ、特殊戦略部隊『ヘッドハントインパクター』にとっては面倒な事になった。

 加えて、対メナス試作機シュバリエ・スプリームに乗るマスターズには、任務以上に看過出来ない相手となってしまう。


『連邦軍に通達する。私を撃墜できるなら諸君らの力は本物だ。銀河の運命とセンチネル艦隊は諸君らに委ねようじゃないか。

 でも……生温ヌルいお前ら素人が私相手に戦争できるとも思えねぇな!』


 この上なく明確なエサをぶら下げる赤毛の艦隊司令だが、同時にわらって牙を剥き出し、エサ自らが連邦の部隊へ向け突撃した。

 先頭にいた細身の軽量偵察機ハイドマン3機を撃ち抜くと、そこを皮切りに超高速で敵集団の中を突っ切りながら次々にエイムを撃墜。

 バラバラになった敵機をエネルギーシールドで蹴散らし、立て続けにビームブレイドを振り抜き、エイムの密集する中を高加速でブッ飛ばす。

 連邦の部隊は赤毛の動きに付いて行けず、あるいは射撃指揮装置イルミネーターの味方への誤射を防ぐ安全装置により、まともな射撃すらできなかった。


 270機などアッという間に殲滅するか、というほどの猛威を振るう灰白色に青のSプロミネンスエイムMk53

 しかしここで、秒速35,000メートルという、標準的なレールガンを遥かに上回る速度の弾体が飛来。

 渦を巻くような回避運動で飛び退く赤毛は、その射点に向け自身が装備する4連装砲身マクファイアレールガン-GUN9000で反撃する。

 射撃しながら急接近してくる黒いエイムと撃ち合いになるが、どちらの攻撃も僅かに届かず、一瞬のニアミス後にまた高速で離れていった。


「速いな……」(……最大加速度で、51.3G? 大したオペレーターなのか、それとも新型って事か??)


 長砲身レールガンの弾速もさることながら、黒いエナメル質のエイムが叩き出す加速度は、灰白色に青のエイムを超えてきている。

 唯理の限界Hi-G領域は、人類の限界に限りなく近いモノだ。

 それを上回ってくるというのは、通常では考えられない。


『各機距離を取れ! 最大射程から本機を援護せよ! HQは統括指揮を任せる!!』


『ランツ、回避運動に専念して隙を見せた敵機からつつけ。撃墜にこだわらず注意だけ惹ければそれでいい』


 乱戦状態の中、黒いエナメル機のマスターズ上級一等佐は味方機を遠ざける。ふたつの意味で戦闘の邪魔になる為だ。


 撃ってきた汎用機プロミネンスBの背後に鋭く滑り込む唯理は、その勢いのまま掴んで振り回して投げ捨てて他の敵機ブラックカッターに叩き付けた上で2機纏めて射撃し中破させてすぐ離れた。


 ブースターの出力を上げノズルから火を噴く、灰白色に青のエイムと黒いエナメル質のエイム、両機。

 支援システムが敵機の火制範囲をコクピットに表示し、互いが撃たれる前にそこから離脱する。

 電子妨害ECMで敵のセンサーをかく乱しつつ、縦横無尽の回避運動と移動体目標への射撃を同時に実行。

 連射されるレールガンが立て続けに紫電を吐き出し、戦場を貫く弾体が交差していた。


 50G、毎秒490メートルの加速、僅か30秒の格闘戦でエイムは時速55,000キロにまで到達している。

 重力制御システムがオペレーターを保護するが、それでも身体には10Gもの荷重が圧し掛かっていた。

 21世紀の地球における戦闘機乗りが耐えなければならない負荷と、同レベル。

 唯理はそんな加速度の中でも操縦を続けるが、この時代のオペレーターには自殺行為に等しい状況だ。


 にもかかわらず、黒いエナメルのエイムは喰らい付いてくるどころか瞬間的に機動力で上回って見せる。


「メナスを駆逐する新型慣性システム……か。貴様に通じれば本物という事だ!!」


 自分のエイム乗りとしてのプライドと試作機の自信に吼える、若きエースにして前線指揮官、マスターズ一佐。

 黒いエナメルのエイムと灰白色に青のエイムは、激しい射撃と急機動を継続しながら、真向差し向かいの衝突コースで減速無しに突っ込んで行く。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・キーストーン

 要石。

 建造物の頂上を表す象徴的アイコンであると同時に、構造的には建造物の崩壊を防ぐ固定位置に置かれる部材という意味もある。

 物事の最も重要な存在であることの比喩でもある。


・トリガーホールド

 砲を発射直前の体勢で待機させる事。

 発射準備態勢というより緊急停止状態の意味に近い。

 全ての火器は軍の上位者の管理下にあり、本来はその制御から離れる事は許されていないが、現場では迅速な判断の方を優先する事もある。


・ヘッドクォーター

 本来は、本部や本社という意味。命令系統の最上位を意味する。

 略号でHQ。

 あらゆる軍の作戦行動は最上級の命令系統に属していなければならず、HQがそれにあたる。




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