172G.後退無きマルチポジションウォーファイター

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 天の川銀河、ペルシス流域ライン

 テンペスタ星系本星『ウィンドブレーク』。

 首都『バッカル』。


 全銀河に広がりつつある、人類の脅威たる正体不明の自律兵器群、『メナス』。

 これを間近にし、テンペスタ星系政府は一部住民・・・・からの優先的避難を決定する。

 しかし、『功労国民』という特権階級のみを地下都市に避難させるという露骨な棄民政策に、何ら保護措置を取られない99%の一般市民は猛反発。

 以前からの、星系の住民をかえりみない重い税制や形ばかりの安全保障政策、いたずらに財政支出ばかりを増やす外交などで不満もつもりに積もっており、ここに至り内戦にまで発展してしまった。


 こうしてほぼ全ての一般市民が星系政府に反旗をひるがえしたワケだが、実のところ政府も反乱を起こされても仕方がない政治をしてきたという自覚はかねてからあり、メナスのことがなくとも備えは万全だったりする。

 最高権力者たる国主とその一族、または資産家、名士、著名人、企業家、これら支配層を守る親衛隊にのみ最高の装備を整えさせ、軍や治安組織にはロクに予算も付けていなかった。単に歳出をケチっただけなのだが。


 そして市民には、武器の所持を徹底的に規制していた。他の星系に比べても厳しい基準だ。

 護身用の低出力レーザーガンの所持すら認められておらず、元素合成変換再構成システム『T.F.M』にも強い制限がかけられ、武器はおろかパーツの製造すらさせないよう仕組まれている。

 よって、市民軍は工具や民生品を改造し武器に転用し、あるいは規制に引っ掛からない極めて原始的な武器を作り、親衛隊に抵抗していた。


 星系人口21億、市民軍へは実に1割近い2億人が参加している。

 だが、これに対し親衛隊は僅か30万人という規模で、市民軍を圧倒していた。使用兵器の性能やヒト型戦闘機械コンバットボットの配備数が違い過ぎるのだ。

 

「全くなんで無駄だって分かり切った戦いをするんだ!? バカだろ! 僕は国主だぞ! どうして最高権力者に逆らっていいと思うんだ普通に考えて違法行為だろうが!!」


「バカな大衆には戦力差の事も分からないのでしょう。だから大衆はバカなのですよ」


「なんの力もない無能が数さえ集まれば巨大権力にも勝てると、お花畑のような甘い夢を見ているのですな」


「まったく法律も理解しないバカに勝てもしないのに逆らうバカ! 自分がバカと分かっていない真正のバカ バカばっか!! ほらさっさと皆殺しにしちゃってよ!」


「どうせいてもムダな税金を使うだけですからな。実際に国を動かす我々だけが国民です。我々だけがいればよろしいでしょう」


 本星の首都、その地下深くに建造された都市の一室。

 若い、まだ大人になり切れていない子供のような痩せっぽちの男が、ソファの左右に美女をはべらせ踏ん反り返っていた。女は制服を着崩し胸元を大きく開いてはいるが軍人らしい。


 円形に置かれた他のソファには、もう少し歳が上の者たちがいる。

 いずれも身なりだけは良いが、若い権威だけの暴君にへつらうだけの者だった。

 市民を気遣う者も皆無だが。


 もともと、血筋だけで星系の最高権力者になった国主には、一般市民など言葉を喋るムシの群れのようなものだった。

 面白い芸をすれば多少ウロウロしていても許せるが、それ以外は社会福祉だ星系の防衛だと理由を付けて金を強請ねだるだけの気持ち悪い害虫。

 なんの力も権力もないクセに、どうして堂々と政府じぶんに刃向えるのか。わずらわしいのは当然だが、同時に不思議でしょうがなかった。


 以前は部下が、他星系への体面もあるし三大国ビッグ3に人権の事で介入する口実を与えないでください、と言われたのでこらえたが。

 今ならば、治安維持と国民の安全を守るという建前を使い、堂々と反動勢力として駆除できる。

 メナス渦で大変な今なら、他国の目を気にすることもない。実に清々しかった。


 一般市民が星系を支えているという視点が完全に抜けていたが。


 ところが、当初すぐに鎮圧できるとめていた市民軍は、死に物狂いの抵抗を見せ、それなりに形になった反撃をするようになってしまう。

 しかも、親衛隊内からは市民の虐殺などできないという離脱者が多数出ていた。

 勝手に抜ける者が出たことにより、国主側の頼みの綱である親衛隊さえも混乱する。

 国主と政府に絶対の忠誠を誓い残る者は多かったが、圧倒的多数の市民軍を相手にしては、一気に殲滅とはいかなくなっていた。


 この現状に即キレる幼い精神の国主だが、どれだけ尻を叩かれても親衛隊は思うように動かない。

 そうしている間に市民軍はより集結し、武装を整え軍や治安部隊とまで合流。

 偉大なる最初の国主の名を冠する本星の首都、バッカルにまで迫る事態となっていた。


「投降しろ、貴様らの為だ。このまま政府への反抗を続ければ全滅するぞ」


『ふざけた事を言うな! 投降してどうしろって言うんだ!? どのみち死ぬだけだろ!!」


 首都は親衛隊の主力、最精鋭とも言える部隊が守備している。

 その守りは桁違いに固く、市民軍も首都を目前にして侵攻出来ずにいた。

 立ち塞がるのは、親衛隊のエイムとマシンヘッドによる大部隊だ。国主と政府も、ここだけは予算をかけて高性能な装備を揃えている。


 そして、同じく大きな予算を割いて導入された宇宙と大気圏両用の巡洋艦が、首都中央の上空に陣取っていた。

 艦橋ブリッジで通信画面を前に仁王立ちしているのは、見上げるような巨躯の男。

 筋肉質で岩のような体型に、威厳のある口髭を生やし、頭部の真ん中には大きく鋭い瞳が収まっている。

 モノアイ人種の親衛隊総長、フランシス・キューミロウ・サンダーランドである。


 親衛隊総長の市民軍に対する警告は、単なる脅しではなく事実だ。

 攻め切れない親衛隊に業を煮やした国主は、外部ヨソから汚れ仕事の専門家を呼び寄せていた。

 私的艦体組織PFC『ワームホールバイト』。

 対人掃討に特化し、報酬に見合えば雇い主も選ばないマンハンターの集団だった。

 それは、組織としての特性というだけではなく、個々人も人殺しに忌避感がない者が揃っている。

 国主からの依頼はもちろん、歯向かう市民軍の皆殺しだ。


 単眼の巨漢、サンダーランドは代々親衛隊総長の地位を引き継ぐ家柄である。

 だが、国主に心からの忠誠を誓っているかというと、そうでもなかった。

 むしろ、先代国主には失望し、今代の国主は軽蔑してさえいる。権力の衣を着ただけの俗物だ。

 それでも、父や祖父のように星系の秩序を守るという誇りを持てばこそ、今の地位に忠しているのだ。


 それは結局、権力を振るいたいが為だけに地位に恋々とする国主とどう違うのか、とも思うが。


 心情的には市民軍に同情している。

 だが客観的に見て、数を減らしたとはいえ親衛隊とPFCに烏合の衆で勝てる道理はなかった。

 親衛隊だけでも、サンダーランド総長がその気になれば全滅していただろう。

 それよりは、政府の『解散命令』に従い独自に身を守る手立てを講じた方が、はるかに建設的であった。

 地下室程度ではメナスの攻撃から逃げられないし、ほとぼりが冷めたらまた国主はシレっと支配者として君臨するつもりだろうが。


『ウザいなぁ……。もう掃除をはじめていいですかぁ? 我々はアンタの命令に従う義理はない。でもクライアント直属の部隊だからこそ今まで配慮したんですよぉ?』


 市民軍が降伏勧告を蹴る一方、隣の画面に映るのは、顔の作りの良さと体格の良さを表情が台無しにしているプロエリウムだ。

 自らの容姿と腕力を鼻にかけ、相手をなぶりその苦悩を楽しむような男。

 PFC『ワームホールバイト』のリーダー、ベイス・スイングドールである。


 ニマニマしながら苛立ちもにじませる器用な男、ベイスは親衛隊長の本音を見抜いていた。

 ヒトを苦しめ、いたぶるのは楽しい。意図的に追い詰め、怒らせながらも歯向かえないように工夫すハメるのも最高だ。

 そういう歪んだ精神の持ち主は、確かにいる。

 人狩りPFCのリーダーも、そのひとりだ。


 サンダーランドが市民軍を攻撃したくないのも、かと言って親衛隊総長という職責に背を向けられないのも分かっているのだ。

 それを揶揄やゆするのは、楽しい楽しい弱い者イジメの仕事の間に挟まる、小さなお楽しみ。

 そして同時に、自らが正義のように声を上げる市民軍と、善人のように振る舞う親衛隊総長にイライラしているのである。


『アナタも軍や治安部の負け犬と同じで、結局はグズグズみっともなく喚いている連中を攻撃したくないだけなんでしょう? だったらさっさと仕事をやめればいいのに……。

 だけど我々は依頼されてますから? 貴方はそうやって怠けていても良いですよ、と言っているのです。

 だからぁ、もう諦めましょうよ? アイツらは自殺したいって言うんだから、勝手にそうさせてやれば。

 どうせ国家に逆らう反逆者、法を破る犯罪者です。踏み潰されて泣いて喚いて歯軋りしてもだーれも気に留めやしませんよ、どうせ』


 セリフに悪意を散りばめ、相手が暴発するといいなぁ、と思いながら決め打ちし、陰湿に煽る。

 総長は無言のままだが、別に反応しなくてもいい。

 相手は怒っているに違いない。自分に言い返したいが言い返せないに違いない。そう思い込めれば、それでベイスは満足なのだから。

 どこまでも自己満足だけで、自己完結できる男だった。


 この間にも、親衛隊の反撃だけで大打撃を受けていた市民軍が、めげずに再攻勢の準備を進めている。

 市民軍は諦めない。

 国主もマンハンターのPFCも理解しようとしないが、命がかかる以上諦められるはずがないのだ。

 総長としては、市民軍、PFC、それに親衛隊としての立場からの、三方板挟みである。


『ハァーやれやれ、頭が悪いから分かり切った結末も予想できず死ぬことになるんだなぁ。バカは罪だわ。

 親衛隊が何もしないのなら、せめて我々の邪魔はしないでくださいよ? いいですね? 分かりましたかぁ? もしもーし??』


 小馬鹿にしたように念を押すPFCのリーダーだが、親衛隊総長は応えない。その要を認めないだけだ。

 まるで聞こえていないかのような態度。

 反応がなくても構わない、相手のハラワタは煮えくり返っているだろうから、自分の勝ち。

 そう思い込み勝利した気になりたいだけのベイス・スイングドールは、僅かな敗北感を全力で見て見ぬフリをした。


『フンッ……こちらの邪魔になったら親衛隊も攻撃する! その時になってグダグダ言うなよ!

 言っとくがクライアントはお前ら役立たずの言い分なんか聞かないからな!!』


 一方的に宣言すると、地上で後方に待機させていた戦闘部隊を前線に上げる。

 対人仕様のヒト型機動兵器、全高6メートルのマシンヘッドが30部隊60機。

 これだけでも市民軍には致命的な脅威となるが、この上ダメ押しに対車両対小型艇用として通常のエイムが20機投入されていた。

 いずれも、純粋な軍用機。

 更に、前線部隊の火力支援と司令部の通信能力を備えた大型ホバー戦車タンクまで中央に陣取っている。

 PFCのリーダーがいるのも、その戦闘指揮所C.I.C内だ。


「さーてザコのくせにイキがってるクズに身の程を教えてやるかぁ。

 容赦なく現実ってヤツを突き付けて、後悔する暇もなくネズミみたいに逃げ回るのを笑って見てやろう」


 憎悪をたっぷり乗せて吐き出すリーダーに、周囲のメンバーも調子を合わせるようにわらって見せていた。

 要塞のようなホバー戦車タンク(正確には重力制御とイオンクラフト飛行)が100メートルほど上昇し、周辺のビルの上に出る。

 高層建築物の間をゆったりと動く様は、まるでクジラだ。

 しかし、クジラと違い地面に向けた車体の底には、キネティック弾のポッドやレーザーの砲身がズラリと並んでいた。

 無論、側面や上部にも無数の武装が搭載されている。


「適当に撃て。すぐには皆殺しにするなよ。無様な姿を最後まで絞り出させて、全く動けなくなった頃合いを見て目の前にハッキリ分かりやすく銃口を押し付けてじっくり絶望させてから殺せ」


「ラジャー!」


 軽い調子でリーダーが言うと、全く躊躇わずそれらの武装が市民軍に向けられ火を噴いた。

 無数の光線と誘導弾がビルや路面に直撃し、易々と一帯を破壊する。

 それら激しい火線の下を疾走するのはマシンヘッドだ。スケートのような動きで市民軍へ肉薄し、逃げ惑う人々を体当たりで蹴散らしていた。味方の攻撃に当たるようなこともない。


 ただのクルマやトラックを盾に、どうにか調達したレーザー兵器などを撃ち市民軍は懸命な抵抗を見せている。

 しかし、PFCの火力に比して、あまりにも無力だ。

 マシンヘッドに跳ね飛ばされ転倒する車両。その間を必死で駆け抜ける市民兵。

 治安部隊のマシンヘッドが市民を守り、直撃を受けながらも退がらない。

 崩れるビルからは無数のヒトがクモの子を散らすように逃げ出していたが、他の建物も崩れてくる為にヒトの流れが入り乱れている。


「あっはっは! お互いぶつかったりスっ転んだり飛んだりしてあー面白! 

 自分は死なないと調子に乗っている生意気なザコがいざ蹴っ飛ばされて泣きべそかいている様は最高だな!

 おい、屋上に玉っころがあるビルを大通り側に倒せ! 頭の上にバカでかいオブジェが落ちてきたらザコどもどうするかなー!?」


 上空からは地上の混乱ぶりがよく見え、人狩りPFCのリーダーは腹を抱えて大笑いしていた。


「なんという……!? あいつらの頭の中はいったいどうなっている!!?」


 まさか警告もなしに撃つとは思わなかった親衛隊総長のサンダーランドは、啞然としてしまい止める暇もなかった。

 国主はどこでこんな狂人の集団を見付けてきたのか。

 あまりに悪辣なやり方に即停止を求めるが、先の意趣返しのように応答すらなかった。


「あーうっせうっせー、言葉だけで止められるワケないのにムダムダムダムダムダ……。そこでムダに一生ワーワー騒いでりゃいいわ。止められるもんなら止めてみろ。

 そーだな、次は群れのド真ん中に思いっきりぶち込むかぁ! バラバラに千切れ飛んで派手に悲鳴を上げさせてやれ!

 キネティック弾、対人ネイルスプレッダ用意! したらすぐ撃――――!」


 ホバー戦車タンク下部にある発射機に、着弾と同時に金属矢を撒き散らすキネティック弾が装填される。

 密集する群衆の中に撃ち込めば、血の海となる大虐殺間違いなし。

 笑みを歪ませる人狩りのリーダーは、やはり一切迷う事はなかった。



 同じく、微塵も迷わずホバー戦車タンク戦闘指揮所C.I.Cを真上から撃ち抜く赤毛のエイム乗りであったが。



 上下を貫く大穴を開けられ、火を吹いて爆発するホバー戦車タンク

 そのまま墜落し大爆発を起こすが、当然ながら人狩りPFCの乗員は全滅だった。

 実際には、レールガンの弾体が戦闘指揮所C・I・Cを直撃した時点で全滅だったが、誤差の様なものである。


「一般人を攻撃する兵器は全て排除していい。最優先だ。テンペスタ星系軍に警告」


 高層ビルの立ち並ぶ都市の上空を、超音速でヒト型機動兵器が駆け抜けていく。

 灰白色と青のフルカスタム機、スーパープロミネンスMk.53改『イルリヒト』を先頭にした編隊は、赤毛の司令、村瀬唯理むらせゆいり率いる艦隊の戦闘部隊だ。

 圧倒的な速度でヒト狩りPFCを強襲する、艦隊のエイム部隊。

 PFC『ワームホールバイト』のエイムとマシンヘッドは、対応が決定的に遅れ次々に撃墜されていた。


『テンペスタ艦隊及び自治政府に警告する。非武装の市民に対する攻撃をただちに中止しろ。戦争したいのならこちらが相手になる』


 宇宙から続々降下して来るヒト型機動兵器の編隊。

 その中央で大きく翼を広げるのは、全長770メートルの強襲揚陸艦『アルケドアティス』である。

 その部隊展開能力、周囲のエイムを従えるような大型戦闘艦の堂々たる姿。

 誰もが想像だにしなかった大戦力の突然の出現に、全ての者がただ絶句して空を見上げていた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ホバー戦車タンク

 クルマに分類される戦闘用ヴィークル。

 宇宙船や大気圏内用の戦闘艇が用いられる現代においても、対人や対群衆用の制圧兵器としての需要がある。

 21世紀にもホバークラフトは存在するが、現在は気流による反動ではなく、イオンクラフトと重力制御器を併用して飛行するシステムが主。

 

戦闘指揮所C.I.C

 戦闘艦艇や大型戦闘車両内に設けられる、戦闘指揮を行う部署。

 友軍への通信機能、戦場の情報を集約、統括する機能が一元化されている。

 リスク分散の観点から艦橋ブリッジとは別に作られ、また艦内の深部に置かれることが多い。

 一方で通常航行から戦闘への移行にタイムラグが生じる為、艦橋自体を移動変形させる方式を取る船も存在する。

 スペースの問題、または艦橋自体が最初から船の中心部に存在する場合などは戦闘指揮所が置かれないこともある。




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