173G.エイジオブセンチネル コールオブ武士道

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 天の川銀河、ペルシス流域ライン

 テンペスタ星系本星『ウィンドブレーク』。

 首都『バッカル』。


 メナスという全銀河の文明圏を襲う脅威に対し、星系の一部特権階級は地下都市を築き、自分達だけがそこへ逃げ込み生き延びようとしていた。

 見捨てられる99%の一般市民たちは、当然ながらそんな事は納得できず生存の為の反乱をはじめようとする。

 これに、最高権力者たる国主は星系の外から人狩り専門マンハンター私的艦体組織PFCを呼び、反乱鎮圧の名目で市民を一掃しようと企んでいた。


 内戦状態となるテンペスタ本星だが、潤沢な装備を持つ国主の親衛隊と人狩りPFCに比べ、有り合わせの機材を武器に転用するような市民軍はあまりにも不利。

 首都バッカルを包囲するほどに迫ったが、一般市民はその都市ごと圧し潰されそうになっていた。


 そこへ宇宙から降下し、人狩りPFCを一瞬で叩き潰すのが、翼を広げた強襲揚陸艦『アルケドアティス』と赤毛の少女の艦隊である。


                ◇


「はぁあああああああ!? なんだよアレ!? なんなんだよアレ!? どこの軍隊だ!!?」


「は……ああ、えーと……送信情報のヘッダによりますと……どこの軍でもありません! ――――艦隊!?」


「侵略だ! 連邦不在を狙ってイリーガルが国を乗っ取りに来た!!」


 自ら最も安全な場所として作り出した地下都市の豪邸で、やせっぽっちの国主と『功労国民』という太鼓持ち達が取り乱していた。

 権威が最も恐れるのは、自分以上の権威だ。

 そして、自分がしがみ付いている権威の喪失である。

 他には何もないからこそ、より強く依存するのだ。


「何やってる親衛隊ぃ! 首都を死守しろ! 法と政府を守るのが使命だろうがぁ! 返り討ちにしてやれ!!」


 国主の判断は単純で早かった。武力で叩き潰す。

 それが現実的に可能かどうかまでは、考えが及んでいないが。


 しかし法的には、親衛隊は国主の命令に従う義務があった。

 単眼種モノアイの親衛隊総長、フランシス・キューミロウ・サンダーランドも、ほとんど非武装で無抵抗の市民を攻撃するよりは惑星外からの侵入者と戦う方がまだ抵抗が少ないのは事実だ。


「こちらはテンペスタ中央軍総司令部特務戦隊である。貴艦は我がテンペスタ星系の管制宙域内へ不法侵入している。直ちに退去を求める。命令に従わない場合は、実力でこれを実行することを警告する」


『おいおいおいせっかく原隊復帰した友軍にひでー言い草だなぁ! それに昔の同期に冷たかねーか!?』


 ところが、敵集団の中から飛び出してきたのは、未知の敵ではなく味方の軍のヒト型機動兵器だった。

 極めて旧式でありながらテンペスタではいまだ現役で用いられる機体、スーパープロミネンスMk.50。

 聞いた覚えのある通信の声は、かつて同じ時期に軍人となった男だった。


「フランクよぉ!? バカ真面目なオマエがクソ国主の番犬やってたのは、それでも星と住人を守る為になると思えばのことだったろうがぁ!

 それすら無くしておまえ今なんでそんなことやってる!?」


『ロック、貴様はそんなところで何を…………!?』


「なーに復帰したんで国主様にご挨拶とでも思ってなぁ! ついでに今後の国家防衛の在り方について僭越ながら御注進! ってなもんだぁ!!」


 星系軍機甲歩兵大隊第3哨戒中隊ロックスミス・ファーガソン退役大尉。

 高重力適応ロアド人類のようなガッシリとした体躯の男は、明らかな戦闘機動で首都上空へ突入して来ている。

 冗談めかして言う『御注進』などというモノが本心でないのは確かだろう。


「止まれロックスミス! それ以上の接近は許さんぞ!!」

『なにやってんだよ親衛隊! さっさと皆殺しにしろよ! 敵も奴隷民も全部だ!!』


 こうなっては否もなく、親衛隊も国主の命令通りに攻撃せざるを得なかった。

 空中巡洋艦の砲塔が一斉に回りレーザーを発振。対空防御を展開し、同時に親衛隊のエイムも発進する。

 機能不全を起こしたとはいえ、国主一族と権力者が自分を守らせる為に揃えた戦力は健在だ。

 地下都市の守備部隊までが飛び出し、数百という機動兵器が押し寄せてきた。


「ブレイズ、ランツ、大尉殿を援護。近付く奴は、蹴散らせ」


『ぃイエッサー!』

『イエッサー!!』


 ここへ、小魚の群れを吹き散らすように、深紅のエイムと鎧騎士のエイム部隊が真正面から激突。

 『前線貫きラインブレイカー』の打撃力、歴戦の傭兵部隊スカーフェイスの突破力は凄まじく、親衛隊機は近づく端から鼻っ面に攻撃を喰らい脱落していく。


 そんな乱れ飛ぶレーザーと爆炎の最中さなかを、旧式で背の低いエイムが強行突破していった。

 阻止に動く親衛隊のエイムだが、鋭いエッジを効かせた老兵の軌道を全く補足できずに終わる。

 プラットホームでホコリを被っていたスーパープロミネンスMk.50は、艦隊のエンジニアにより最新鋭機に劣らない改修をされていた。

 それを差し引いても、良い動きだったが。


「あああああ……! ダメですよファーガソンさん! そんなに動いたらまた体組織にダメージがぁ!!」


 アルケドアティスの艦橋ブリッジでは、医療スタッフのナナス・ウィルコックスが担当患者の暴れようにアワアワしていた。元々小柄で素朴な顔付きなので、子供が慌てているようにも見えてしまう。

 今回の主役は退役大尉殿、いうことで、地味ナースさんもアドバイザーのような役割で艦橋ブリッジに詰めていた。

 現状、自分の身体のことも考えず機体エイムを振り回す患者に心配をつのらせることしかできないのだが。


「ふんぬッ! ッッッオラァ!!」


 包囲射撃のレーザーを超高速クイックターンの繰り返しで回避すると、急上昇してある程度の高度で反転。一気に地面スレスレまで落ち、路面上を疾走する。

 ナースさんが心配する通り、過酷な高加速機動は老いた身体を更にさいなむが、気合で抑え込むのがエイム乗り魂だった。

 親衛隊のエイムも追撃しようと加速をかけるが、その瞬間に至近距離を対艦クラスのレーザーがかすめ、エネルギーシールドごと片腕を持っていかれ中破する。

 アッドアームズAAM-システム『ハウザー002』、2門の高出力レーザー砲を抱えた、赤毛娘による支援攻撃だ。


「7班14班壊滅! 全機戦闘不能です!!」

「22から30班戦闘継続不能! 5班は隊長機撃墜により後退!!」

「対空砲群消滅! 第4防衛線を突破されます!!」

「全班を下げて地下ゲート前に戦力を集中させろ!」

「全部隊は対空攻撃! 主砲も撃てェ!!」


 親衛隊の空中巡洋艦、並び小型戦闘艇ガンシップが電撃侵攻して来る敵エイムに砲口を向けた。

 だがそこへ、アルケドアティスが可変共振動レーザーを牽制射。

 青い光線が船の間を駆け抜け、余波だけで親衛隊の船のシールドジェネレーターが過負荷により緊急停止ダウンする。

 通常の艦載砲、50メガワットクラスのレーザー兵器の10倍以上の威力だ。


「パーティクルジャマーを射出! レーザーを敵艦に集中! 親衛隊を散開させ本艦は全速後退! 高度を下げブリッジの者以外は退艦準備せよ!!」


「は!? そ、総長それでは……!!?」


「火力が違い過ぎる……。直撃を受ければこの船ではひとたまりもない。先にクルーを退避させる」


『おいどういうことだ親衛隊!? その船にいくらかかったと思ってるんだ!? 戦えよ! 反逆者と侵略者を叩き潰せ!!』


 圧倒的な性能差がある敵艦を正面に、単眼大男の親衛隊総長も厳しい顔だ。血筋だけのボンボン国主をなだめている余裕などない。

 それに、相手が撃沈を狙うなら、親衛隊の巡洋艦などとっくに落とされていて当然の間合いだった。

 それがないという事は、この侵入者は侵略が狙いではないというのが分かる。

 手心を加えられるのは武官として屈辱ではあったが、意地だけで親衛隊を全滅させる気もなかった。


「へぇ……前評判通り冷静だな。優秀な指揮官だ」


 親衛隊のエイムを追い散らしながら、赤毛の司令官は相手の動きに感心していた。

 親衛隊のトップはいたずらに攻撃を仕掛けてこず、慎重にこちらに正対しながら味方への被害を抑えようとしているのが分かる。

 ただやるべきことをやる、それを信じることができる、生粋の仕事人だ。唯理の好みである。


(これならこれ以上の被害は出さないか……。あとは大尉殿がどう料理するかだけど、大丈夫かね?)


 親衛隊が赤毛娘の艦隊と睨み合いの形となる間に、退役大尉のご老体は高さギリギリの地下道路を潜り地下空間に躍り出ていた。

 常に夜のような、広大な都市の風景。

 『功労国民』という、ありもしない功績を特別扱いの理由として与えられた一部特権階級たちの街だ。

 すぐさまその地下都市を守るエイム部隊が迎撃に出て来るが、ベテランエイム乗りの機動に付いてこれず振り回された末に自機の位置を見失いビルに激突していた。


「よぉ国主様ぁ! 星系の住民とクッソみたいな給料でき使われた軍を代表してあいさつに来たぜぇ!!」


 地下空間を縦に貫く300メートルのビル。

 中央行政ビルという名の宮殿に迫る古参のエイムに、国主はいよいよ恐慌をきたす。

 太鼓持ちの功労民たちは我先にと逃げ出していた。

 はべらせていた格好ばかりの女軍人たちも逃げていたが、国主はそれに気付く余裕もない。


 壁面を覆うディスプレイは内側から破裂し、数瞬前に映し出されていたヒト型機動兵器が壁をブチ破って生の姿を現した。


「ぅぎひぃいいいい!?」


 情けない悲鳴を上げ、逃げようとしてソファの後ろにひっくり返るボンボン国主。

 エイムは床と天井を壊しながらゴリ押しで室内に突っ込むと、胸部中央の四角いハッチを開放。そこに、年老いたエイム乗りが姿を現わした。

 老兵、ファーガソン退役大尉はそのまま高級品で固められた白亜の室内を土足で踏み荒らすと、腰を抜かしていたヒョロヒョロ男の胸倉を掴み上げる。


「おーやおやどうされましたかね国主閣下? いけませんなぁ、あなたは我が星系と軍の最高指揮官なのですから、そう腰が軽くちゃ全軍の士気に影響するってもんです」


「ぉおおお、おまえ、え、え? ――――えぶしッッ!!?」


 粗暴な笑みを見せながら、国主たる自分を掴み上げる不遜な男。元は自分の軍・・・・の兵士だった、などという認識は国主には無い。

 ただ、星系の絶対権力者たる自分に蛮行を働く無礼を思い知らせるべき、と口を開きかけたところで、その口にパンチ叩き込まれた。

 前歯がへし折られ、鼻血を噴き出しながらヒョロヒョロの男が派手にブッ飛ぶ。


「任務であります閣下! 『我ら栄えあるテンペスタ宇宙軍は星系の法と国民を守る為に、あらゆる敵を恐れず! 命を惜しまず戦う兵士である!』 それを同胞を殺す為に使いやがってこのバカがぁ!」


 野性味溢れる笑みから一転、腹の底から震えがくる怒声を放つご老体。

 持病で多少身体がキツイが、それでも今は気迫が勝っている。

 軍人一筋50年弱。万年大尉の前線畑。全ての軍人を代表する怒りであった。


 そんな絶対的な暴力と怒気にさらされ、恐れおののく国主。

 だが、自身が誰よりも偉い、という歪んだプライドが怒りを呼び起こさせる。


「ブッ……ブフゥ! きさッ、貴様! 軍人のクセに国主にさか、逆らうなんて!? 軍法会議だ追放刑だ! この星系から物理的に投げ捨ててやるからなぁ! 覚悟しておけよおまえぇえ!!」


『では私にくださいますか、国主殿』


 そうして、既に無いも同じな最高権力者の権威を振りかざそうとしたところで、割り込んでくる通信があった。

 地下都市のシステムに介入し、国主と退役大尉の間に表示されるホログラムウィンドウ。

 映し出されるのは、エイムのコクピットを開け放った赤毛娘である。

 直視にえないジジイの代わりに目が覚めるような美少女が現れ、束の間国主も呆気に取られていた。


「な……なんだおまえは!? あ、ああの戦艦のヤツか!? ここはテンペスタ! ぼ、ボクの星系だぞ! 今すぐ退去――――! いや船は置いていけ! 賠償金代わりだ!!」


『おやハメようとした相手の顔をご存じない? 私どもはこちらの政府から星系の治安維持要請を受けたはずですが。

 その実やらせようとしたのは、PFCワームホールバイトと同じ一般市民の虐殺。汚名は全てこっちにおっ被せよう、って腹ですか。

 ……なかなかめたことしてくれますよね?』


 半ば錯乱しているボンボン国主の戯言セリフ無視スルーし、ギリッと凶暴に笑みを歪めて見せる村瀬唯理むらせゆいり

 テンペスタ星系政府は当初、赤毛娘の新造艦隊に惑星防衛と治安維持の応援要請という形で依頼を出していた。

 そのはかりごとも、代わりに雇われたPFCのやり様を見ていれば、実際は一般市民の掃討であったことは容易に推察できる。


 見目麗しい美少女が殺気剥き出し、という経験したことのない事態に直面し、国主も言葉を詰まらせていた。

 隣のシケたジオーネ星系の外周プラットホームに寄港中だったPFCを雇おうとしたのを、既に忘れかけていたという事もある。

 特別な宇宙船を持つ艦隊組織らしい、あわよくばその船を数で囲んで接収できれば――――などと部下から進言された覚えはかすかにあった。

 そのトップが赤毛の美少女であるとかは聞いていない。

 女好きの国主ではあるが、本物の武人の覇気に、食指は全く動かなかった。


『だがまぁいいでしょう。その件に関しては未遂という事で。市民の虐殺を断固看過できないというのは変わりませんが。

 だから、『いらない』とおっしゃる市民と兵士、私にください。

 アナタ方はそこで、忠実な臣民とだけ栄華の王朝を築いていればよろしい』


 赤毛のオンナが何を言っているのか理解できない国主だが、唯理の方も国主に用はなかった。

 はじめからどうでもいい俗物である。いちおう一言断ったが、そもそも許可など求めていない。


 エイムのコクピットハッチの上に立つ唯理は、事の成り行きを呆然と見上げる群衆を見下ろし、惑星全域に届くよう母艦に通信を中継させた。


『あえて言おう! 諸君らは戦う場所を間違っている!

 失礼ながらこの星系の統治者、支配階級はその資質を満たさない愚か者である!

 だが諸君らがこの支配者たちを倒したところで問題が解決するか!?

 残念ながら答えは、NOノーだ!

 諸君らが生存を求めるのなら! 家族や恋人友人を生かそうと思うのなら! その攻撃目標は間違っていると言わざるを得ない!!』


 旗艦アルケドアティスの性能パワーと盗聴少女ロゼッタによる、全星系規模の一斉送信ブロードキャストだ。

 あらゆる通信機器、情報媒体、映像の投影デバイスに強制アクセスをかけ、演説をぶち上げる赤毛の美少女を映し出す。

 しかしそれは、アイドルのような華々しさ、可愛らしさとは無縁の、炎のようなジリジリとした熱気の伝わる映像だった。


『メナスの脅威が身近なモノとなり、諸君らだけではない今や全銀河の文明圏が生存戦争を余儀なくされた……。

 しかしその初手に最も強大であった連邦が倒れ! 銀河に安全な場所はなくなった! 共和国、皇国、またここテンペスタのような独立惑星系も自分たちを守る事だけで精一杯である!

 いや、分かっているはずだ! 例え地下に閉じ籠ろうとも! メナスをやり過ごすことなどできやしない! 今にも星ごと滅ぼされないか、自分の隣にいる者と一緒に怯え続けるだけだ!!』


 まるで直接怒鳴られているかのような赤毛娘のセリフに、知らず息が荒くなる聴衆たち。可憐な見た目とのギャップも激しい。まるで百戦錬磨のつわものか国家の指導者のような迫力だ。

 エイムに戻った退役大尉は咳き込みながらも口角を上げ、親衛隊の総長もその単眼を見張るほどだった。

 そして、自分の目の前しか見えていなかった大勢が、はじめて自分の隣に誰がいるかを意識する。

 例えば配偶者、友人、あるいは子供。

 自分だけの命ではないと、冷や水を浴びせられるような思いだった。


『攻撃すべき目標は間違えていたが、生きる為に戦うことを選んだ諸君らの選択は間違っていない!

 戦って生き残るのは現在に至るまで変わらない生物の本質だ! 技術が発達し! 文明が生きることを容易くしたと錯覚させてもそれは変わらない! 生きる為の戦いが形を変えただけだ!

 戦わず座して死ぬか! 生きる為に戦うか! 選ぶのは諸君だ! 残念だが逃げ場はない!

 それに、誤魔化さず事実を言おう! 戦場は死に近く、戦ったところで生き残れる保証が得られるワケでもない!

 結局のところ我々は生きたかろうが死のうが、どのみち死の危険にのぞまなければならないのだ!

 ではどうするか!!?』


 偽らず、言葉も飾らず、全力ストレートで現実をぶん投げてくる赤毛。

 とはいえ、絶望しかないその言葉でも、自分の将来を悲観した者は非常に少なかった。

 何故ならば、内容とは裏腹に、赤毛の少女のセリフがやたらと力強かった為である。

 単なる泣き言ではないのだろう、という期待感があった。


『どのみち死ぬなら、どう生きるべきか! どのように死ぬか! それが問題だ!

 ならば! 自らを産み子孫に希望を託した先祖の為! 己の命と未来の全てを捧げる子供の為! 愛した者の為に! 共に歩く友の為に! その命を繋ぐ為に戦って戦い抜いて死ぬ以上の生き様があるだろうが!?

 生きる目的を見失いただ逃げ惑うのに飽きた者! 死ぬまでに生き切って死にたい者は我らの艦隊に来い!!』


 咆哮を上げる赤毛の艦隊司令は、何かを掴み取るかのように拳を握り締めて見せる。

 これは、星系の住民に向けてだけの事ではない。

 武家に産まれ、兵士として生き、遠い未来で目覚めてなお変えられない変える気もない村瀬唯理の武人の一分ステートメント



『我らは……「センチネル」ッ!

 人類の守護者たる武士もののふの艦隊である!!』



 センチネル艦隊。

 それが、新艦隊の名称であった。

 ひたすら戦場と安全保障に生きてきた赤毛の少女が造ろうとしている、人類の手で人類自身を守る為のフレームワークだ。


 ここで惑星中に散らばる無数の映像が一斉に切り替わり、首都上空の衛星軌道上を埋め尽くす艦艇の姿が映し出される。

 アルケドアティスに遅れて到着した、艦隊の本隊だ。

 ある星系の装備更新に用意された物だったが、連邦からの発注が無くなり浮いたところを格安で買い取ったばかりの宇宙船だった。

 とりあえず動かしているだけ、といった状態なので、陣形も何もない。


 しかし、灼熱の赤毛のげき、現実に宇宙に出られるだけの船、このふたつが少なくない人間に火を付けていた。

 少し前まで人狩りPFCに嬲り殺しにされかかっていた一般市民たちは、粉塵やら何やらで薄汚れた姿のまま、興奮気味に誰とも知れない隣の者と言い合いをしている。


「俺は行くぜ! 確かにこんな星で縮こまっていたって同じことだ! 死んで元々、いっそ宇宙に出て死ぬまで戦ってやる!!」

「なんだよセンチネル艦隊ってどこの軍だ!? どうせ死ぬなら戦って死ぬとか頭おかしい!!」

「あれだけ宇宙船があれば脱出できる! 運賃払えば乗せてもらえないか……!?」

「アレってメナスの艦隊を潰したっていう青いレーザー兵器の船だろ? もしかして、有望なのか……?」

「ホントに行く気!? やめなよPFCなんてぇ……。しかもメナスと戦うなんて死んじゃうよ!」

「前から宇宙には行くつもりだったんだ! この機は逃せないだろ!」

「家族とかどうなるんだ……? 置いて行けってのか??」


 政府に雇われたPFCに殺されかけた直後で、落ち着く間もなく迫られる人生の選択。

 別に赤毛も畳みかけて思考力を奪うというような詐術を仕掛けているワケではない。星系のウェイブネットワークでも『センチネル艦隊』参加要領を配信中である。

 何せ、のんびり考えてみてください、と言っていられるような状況でもないのだ。


                ◇


 テンペスタ星系住民21億人。

 そこから、1億3000万人が艦隊へ参加。

 買ったばかりの10万隻の戦闘艦内が、早くもいっぱいになっていた。

 しかも、新たに乗り込んだのは素人が大半で、家族連れまでいる。完全に編成プラン崩壊で赤毛の司令も笑うしかない。あと傷面のフリートマネージャーにちょっと申し訳ない。


 新規隊員を21世紀の日本の人口並みに加えて、70時間後。

 センチネル艦隊は隣のジオーネ星系の軌道上プラットホームへと戻る。隣と言っても6光年離れているのだが。

 そして、残される住民は見殺しか、というとあらず。


 赤毛が人狩りPFCを薙ぎ払い、親衛隊を抑えたタイミングで、市民側に付いていた元テンペスタ軍が地下都市に雪崩れ込んでいた。

 その裏には、機甲歩兵大隊第3哨戒中隊にいた退役軍人の呼びかけもあったのだとか。

 クーデターが起こったようなモノだ。

 地下シェルターとして作られた都市は、現在は星系住民により占拠されている。


 更に、万が一・・・を考え地下都市で大切に仕舞い込まれていた功労国民の宇宙船も、センチネル艦隊に参加せず宇宙に脱出するのを選んだ人々に乗っていかれていた。

 中には大型の軍艦や超大型のホテル船のような個人で使うには無駄に大きな宇宙船もあり、数億人がテンペスタを捨てて旅立っている。

 これも、赤毛のスピーチの影響ではあった


 このようなどさくさ紛れで、入植より続いてきた国主一族による統治体制は、完全に崩壊している。


「んがぁあああああああ! あのクソオンナぁ! ぜっっっったいに許さんハダカに剥いて全宇宙の晒しモノにした上で肉便器に変えて遊び尽くした後で生きたまま真空に放り出してやるぞぉおおお!!」


 怒り狂うボンボン国主は、親衛隊に救助された後にテンペスタの本星から逃げ出していた。

 その顔は、退役大尉の古参兵からぶん殴られたアザをこさえたままだ。


「閣下、星系の統治を取り返さなくてもよろしいのですか? 宇宙戦力ではこちらがまだ圧倒しておりますが」


「はぁ!? だったらそんなのいつでもできるだろうが!?

 まずあのふざけた事やってくれたクソオンナと何とかって艦隊! それになんだ!? 元ウチの軍人だとか言う反逆者! こいつも絶対に軍法会議で死刑だ! それからボクの地下都市に入り込んだ生きる資格もないクズども!

 ボクに逆らったヤツはひとり残らず皆殺しにするんだよぉ!!」


 親衛隊の旗艦、幅広で楕円のシルエットの戦艦に移った国主と親衛隊総長。

 単眼の巨漢、サンダーランドの進言を押し退けるようにして、国主は総長の頭越しに親衛艦隊へ命令を下す。

 センチネル艦隊の追撃。

 私怨だけで自分の足下も現実も見えていない国主に、親衛隊長はもはや何も思わなかった。

 のこのこ本星に戻って市民軍に捕まらなかったのは多少残念だが、このままセンチネル艦隊を追っても、似たような結果に収まるだろう。

 これも、ただ親衛隊の使命を言い訳に国主に従ってきた自分の責任。

 そして思うのは、本当の意味で自分の使命を果たした旧友が、少し羨ましいというただひとつの事だった。


 桁外れの戦闘能力を持つ強襲揚陸艦『アルケドアティス』を旗艦に据え、今や圧倒的多数となったセンチネル艦隊。

 それを追うテンペスタ星系親衛隊の運命は決まったようなモノであるが、あまりにも多くの不確定要素を抱える宇宙では、誰にも想定できない現実が往々にして発生する。

 そんな宇宙で、事態を完璧にコントロールすることは、ほぼ不可能。

 それは連邦も赤毛の少女も同じであるが、ただ自分が何をするべきかを理解しているかが重要となるのだ。


 そんな言い訳をしながら、唯理はここから加速度的にタガを外していくことになるのである。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ヘッダ

 データの最初に記述される、そのデータの性質を示す情報。

 送信者、受信者、データ形式、データ容量、閲覧制限、などが含まれる。

 基本的に暗号化されているが、所属を知らせたい場合などは公開情報として送信される場合もある。


・イリーガル

 元は違法や不法という意味。転じて現在は違法行為を行う者または組織を指す。

 海賊や犯罪行為を働く無認可PFC、指名手配犯などが該当するが、厳密な定義はない。

 組織によってはひとつの星系艦隊を上回るほどの規模を持ち、独立星系国家が攻撃され崩壊した例も皆無ではない。


・スーパープロミネンスMk.50(改修型)

 連邦圏の老舗兵器製造企業フェデラルアームズが開発した軍用エイムシリーズの50代目。博物館に展示されるレベルの旧型機であり、現在の規格に外れた機構も多い。

 第一線のエイムより確実に性能は劣るが、堅実な基礎構造を背景にドヴェルグワークスの技術者による改修を受け、最新鋭機同等かそれ以上の性能を持つに至る。

 Mk.53改イルリヒトの改修に使われた部品が多く共有されている。




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