171G.ウィルトゥスプリングアップ プライマリーワン

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 天の川銀河、ペルシス流域ライン、ジオーネ星系グループ。

 第15惑星ジオーネG15M:I軌道上プラットホーム。

 強襲揚陸艦アルケドアティス。


「にしても、ここでも噂のテンペスタかぁ……。まぁ隣にあるっていう星系だし、こういう事もあるか」


「星系政府から受けた要請の裏の情報が欲しいところでしたが……」


 赤毛の司令官、村瀬唯理むらせゆいりと傷面のフリートマネージャー、ジャック・フロストは、旗艦アルケドアティスの艦橋ブリッジへと入った。


 現在のアルケドアティスは、操舵手、通信オペレーター、艦内システムオペレーター、機関オペレーター、火器管制オペレーター、レーダー監視員、など各部署の担当が全員揃っている。その上で、交代シフトの要員も控えていた。

 旗艦としての運用がより堅実なモノとなり、艦橋ブリッジ以外もヒトが増えている。

 なお、通信傍受や情報処理担当として優秀なので、柿色髪のメガネ女子、ロゼッタも最近はだいたい艦橋に詰めていた。


 それに、


「お嬢さま、お茶が入りました」


「ああ、ありがとう」


 艦長席に着くと間もなく、青みがかった長い白髪のメイドさんがトレイに乗ったティーカップを差し出してくる。

 元、流しのメイド部隊、ディペンデントサービス・オブ・Vに所属するメイド兵士のひとり、フィオスだ。

 現在は、唯理個人から艦隊に雇用された形に契約を変更。

 フロストによって、保安兼衛生要員として旗艦を中心に配置されている。

 実際には、主に赤毛のお世話係だ。


 最近は自室まで品良くラグジュアリーに整えられ、どこに行ってもお嬢様扱いされ少々調子が狂う唯理。

 だが、艦隊司令としてそれなりの扱いをされるのにも慣れろ、と要求されては何も言えず。


「ロゼ、港湾組合の会長に繋いで」


「はーい、っと」


 ティーカップを艦長席のサイドテーブルに置くと、赤毛の司令は目の前に浮かぶ画面に向き直った。

 通信相手は、サングラスをかける肥満気味でハゲた気の良いおっさんだ。


『はいはいお疲れちゃんお疲れちゃん。いや面倒ばかり押し付けて悪かったね。助かっちゃったよ』


「プラットホームを利用する我々の都合でもありますから……。

 戦闘艦の強奪は隣の星系が荒れてるせいとして、あのフォートレス型のような超大型機に心当たりは? ああいうのが接近して来るような事は今までもあったんですか?」


『いやまさかまさか。ウチは怪しい連中が出入りするホームではあるけど、そういう後ろ暗い連中はむしろ静かなもんだよ。

 なにか揉め事があっても、船の進路妨害だ賞金稼ぎの捕物だってくらいのものさ。なぁキャス?』


『そうですねぇ……。私も戦略型エイムなんて見たのははじめてですし。

これも連邦崩壊の影響ではないか、と思いますが…………』


 突如現れ、プラットホーム接近してきた謎の超大型エイム。

 その正体の手がかりも得られず相手を逃してしまったのだが、プラットホームの生き字引とも言える組合長の一族にも、心当たりは無いと言う。


「うーん……」


 とうなる赤毛の少女が思い出すのは、妙に生々しい動きをする全高170メートルのヒト型兵器だ。

 それも、連邦や共和国といった星系国家が保有するフォートレス型とは異なる、より単純なヒトの形に近い形状。

 想定とは違い過ぎる、鈍重さとは無縁の軽快な機動。

 かと思えば僅かな損傷で早々に退いてしまう、慎重か臆病といった姿勢。

 どうにもよく分からない相手であったが、


「……ま、今は要警戒でいいだろう。フロスト、データから解析して今後の対応をマニュアル化。港湾組合にも共有しといて」


「了解しました」


『いや気を使ってもらって悪いね』


 今は艦隊を形にする方が重要で、素性も目的もよく分からず正体を探る手掛かりも無い相手に費やすリソースがもったいない。

 故に、赤毛も思考を切り替え、組合会長との通信を終わらせると、そちらの方に話を振った。


「艦隊編成の進捗は?」


「艦隊への参加者は35000人を超えるところです。配属と配置ごとの基礎教育を進めていますが、先の件で艦艇の選定作業にも遅れが……。

 資金調達の方は順調です。投資先を失った連邦圏のキャッシュを誘導できました」


「無担保なんてどうやって銀行に納得させたんだか。だとしても、35000……。まぁそれでも結構な大人数だけど」


 難しい顔でシートに深く沈み込む赤毛の司令官。


 以前は大隊の隊長代理をしていた事もある。

 その時率いていた人数に比べればかなり多いが、それら全てを艦隊として戦力化できたとしても、正直あまり大した軍事力にはならん。

 混乱した銀河の情勢下、という事を考えれば着実に準備は進んでいると言えるが、これではいつ三大国にも対抗できる艦隊になる事やら。

 学園の女子生徒も早く親元に帰さねばならず、ままならないもどかしさに溜息しか出なかった。

 艦隊司令的に、部下にそういう姿は見せられないので我慢するのだが。


「艦船の方は、何か当ては?」


「アブリシス星系艦隊、連邦政府の政策で更新するはずだった一個艦隊分がまるまる浮いています。

 至って普通の艦艇ですが、費用が回収できず造船メーカーが破綻寸前な為に、費用時間共に非常に低コストで調達できるかと……。無論、司令のお気に召せばですが」


「メーカーにはひどい話だな。分かった、何隻か持って来てもらって見てみよう。

 こっちも予算に余裕は無いが、折り合うなら保守を任せるとか長期的な利益が望めるような契約にしてやれ」


「了解しました。テンペスタの方は、何かお考えが?」


「『考え』って?」


 と、破産寸前のメーカーを泣かせるのに少々罪悪感を抱いていたところで、フロストがそんな事を。


 テンペスタ星系。

 メナスに対する避難計画を巡り、支配階級と一般市民階級で内戦状態の星系国家。

 その星系政府からは当初『星系防衛への協力を求める』と要請を受けていたが、無条件に指揮権を要求してくる先方をフロストがつついてみると、実は大衆弾圧の片棒を担げという内容だったことが発覚していた。

 当然ながら、そんな仕事を引き受ける気はなく、唯理もフリートマネージャーにそう言ってあるのだが。


「星系政府の方は無視してよろしいでしょうが、退役大尉の方は司令が気にしておいでのようでしたので」


「ああ、そっちか……」


 先日の戦艦泥棒、ロックスミス・ファーガソン退役大尉は、テンペスタ出身の元軍人だ。それらの行動から見て、テンペスタへ戻ろうとしていたのだと思われる。

 これで唯理も忙しいのだが、関心がないワケでもない。

 それに、テンペスタ星系政府からの要請には、少々違和感を覚えるところもある。


「情報の、裏か……」


 傷面のマネージャーがつい先ほど言っていたセリフを思い出す赤毛の司令。

 隔離室で体調を崩していた退役大尉殿も、そろそろ落ち着いた頃だろうか。


「あのヒトの処遇も決めないとな。場合によっては希望通りテンペスタに戻ってもらうのも選択肢として考えないと」


 艦長席を立つ唯理は、後のことをフロストに任せて艦橋ブリッジを出ていった。


 行き詰まりを感じていた。

 大勢の人間の命運を預かる立場、必要とはいえ遅々として進まない準備、誰も彼もが身動きできず負債だけ溜め込み利益は行方不明である。


(それも艦隊が形になれば、もう少し動きやすくなるか?)


 そうして結局はここの問題に集約するのだろうと、欲求不満を表に出さないよう、司令官として赤毛は外面を取り繕うのだ。


               ◇


 戦艦泥棒、ロックスミス・ファーガソンは専属ナース共々隔離病棟に移った。

 特に隔離が必要な感染症などだったワケではない。治療しながら閉じ込めておける場所がほかに無かっただけだ。


 その病室にて、寸胴ムキムキなジイさんが小柄なぺったんこナースに物理的に尻に敷かれていた。

 看護師による患者虐待の現場、ではない。

 ロックスミス退役大尉は腕立て伏せの最中だった。背中に乗るペタナースはウェイトというワケだ。

 護衛に付いてきた黒髪のイケメン美女、メッツァーは理解できないモノを見て動揺を表にしている。


「古風な事を……。昨今は筋力維持にもMSASエムサスを使うのが普通でしょう? 身体も酷使しない方が良いのでは? 看護士さん」


MSASエムサスなんざ身体動かした気になれねぇんだよ。いざ筋肉を使おうにも慣れ・・がないから動きゃしねぇ。鍛えるんなら、直接動くのが一番……だッ」


「そりゃそうだ…………」


 かく言う赤毛も筋トレ派であった。退役大尉のセリフには全面同意したいところ。

 前いた船パンナコッタでは汗だくで運動するのを多少奇異な目で見られたので、時代の常識に合わせた発言をしているが。


「それで何の用だぁ? 銃殺刑でも決まったか」


「あいにくその辺の軍規も設定中でしてね。外に出ませんか、退役大尉殿。昼飯は景色の良いところで食べましょう」


 外出をうながす赤毛は、返事も聞かず病室の外に出て行ってしまった。

 ワケが分からず、思わず黒髪美人の方を見てしまう寸胴大尉。詳細を聞かされていなかったメッツァーも少し困惑している。赤毛も考え無しだったが。


 どのみち病室に籠りたいとも思わなかったので、ロックスミスのご老体も警備に囲まれて外に出る。地味ナースさんも後ろから付いて来ていた。

 赤毛の司令は皆を引き連れエレベーターを使い格納庫デッキへ。

 小型艇を使う為だが、そこで唯理も意図せずあるモノの前を通り過ぎることになった。


「ああ、そういえばこれも収容してましたね、スーパープロミネンスMk.50。テンペスタ星系から払い下げられた機体と聞きましたが、以前にも扱ったことが?」


「扱うも何も退役する前はこれに乗ってたんだ……。もっとも、コイツの方が程度は良いがな。

 ウチの軍だと地上対応能力はオミットされていたから、もう『スーパー』とは言えんくなっていたからなぁ」


 格納庫に並ぶ整備ステーションのひとつに固定されている、ヒト型機動兵器。

 全高13メートルと背は低く、その分全体的に太め。装甲はシンプルな形状の物をただ被せただけといった様子。

 一方で、駆動部の大きさやブースターノズルの口径、頭部センサーの豊富さと、民間機には不必要な機構の存在が軍用兵器特有の気配を放っていた。


 連邦系企業フェデラルアームズ社製汎用ヒト型機動兵器プロミネンスシリーズ。

 宇宙と地上の両用である『スーパー』の称号を与えられた傑作機の系統、その50代目Mk.50

 唯理が使っているMk.53より更に旧式の、 100年以上前に原型機が完成したエイムである。

 ファーガソン退役大尉が軽巡洋艦強奪の際に搭乗していた機体だった。


「博物館級の代物では?」


「ウチの国主は軍備より『社会功労層への福祉・・・・・・・・・』の方に熱心でなぁ。貧乏軍隊で装備は節約と工夫でどうにか維持させられていたよ…………。

 博物館だぁ? んなもんウチの軍の倉庫見りゃ年代物のポンコツがゴロゴロ並んでらぁ」


 そんな旧型機に、退役大尉殿は強盗以前の現役時にも搭乗していた、と薄く笑って言う。

 しかも星系軍全体がそんな状態だとか。

 どうやって星系を防衛できていたのか、非常に疑問な赤毛の元軍人であった。 


 格納庫デッキの出口前に駐機されていた小型艇ボートに乗り、アルケドアティスから宇宙空間に出てコロニーシップ『エヴァンジェイル』へ。

 船内の上半分、都市階層に出ると、ファミレス『パンナコッタ』エヴァンジェイル店のテラス席に入った。

 新たにコロニーに住み着く住人や、学園女子も世情が変わったという事で社会勉強の一環としてここで働いている。


 唯理が注文したのは、チェダーチーズ乗せレアチーズケーキメイプルソースがけ。それに紅茶。給仕は専属のメイド兵士さんがやってくれる。

 ロックスミス退役大尉は、マカロニグラタンとベーコンポテトサラダ、チーズバゲットだ。

 21世紀風のデリカレーションに不慣れな現代人は、既存のレーションのような半ペースト状の料理から入る傾向にあった。レストラン側もそういったノウハウを蓄積して利用客にお勧めしている。


 護衛に付いて来ていたメッツァーは、アイス乗せ焼きプリンとコーヒー。看護士のナナス・ウィルコックスはフライドポテトにベークドポテトのセット、それに炭酸飲料だった。


「食い物がイイな、ここは。コロニーの内部もずいぶん金がかかってそうだ。ウチの星のお偉い連中が好みそうだが、趣味はずっとこっちがマシだな」


 病気療養中だが寸胴体形のご老体は食欲旺盛だった。ハフハフいいながらグラタンを平らげると、山盛りのポテトサラダをモリモリ食べている。コショウとベーコンチップス、それに細切れアスパラが良い食感を出していた。


「お国のテンペスタ星系グループから治安維持・・・・への協力要請が来てましたよ。判断は保留していますが。

 ですが先ほどのお話を聞いて少し分かりました。装備が旧式のままではメナスへ対抗するのは難しいでしょうし」


「ハッ……! 政府の連中がどんな話をしたんだか知らんが、奴らはメナスと戦おうなんて気はないぞ。

 知ってっか? 国主一族や政治家連中、企業家や資産家、一部の功労国民は地下大深度に作った地下都市ジオフロントに逃げ込もうとしてんのさ。ほとんどの国民を地上に置き去りにしてな!

 そんなクソみてーな方針に、バカ真面目に従いやがってあのバカが…………」


 赤毛はあえて見当違いな話から始めた。テンペスタ政府がメナスからの星系防衛を放棄して、反政府勢力への攻撃に躍起やっきなのは先刻承知している。

 これは、テンペスタ星系からやってきた老兵が、現状をどう認識しているかを確認する為だ。

 唯理が事実を知るのを伏せた上で、相手がどういう話をするかでその本心が分かる。


 ロックスミス・ファーガソン退役大尉が語った事は、唯理側で掴んでいる情報とほぼ同じだった。ご老体はシェルターではなく『地下都市』と表現したが。

 それに、政府に従い国民を攻撃している軍の人間にも心当たりがある模様。


「なるほどね……。ではもう一度お尋ねしますが、退役大尉殿は船とエイムを持って行ってどうするおつもりだったのですか?

 軍に合流して復帰を? それとも反政府勢力に加わり軍や政府と戦うと??」


「さーてな……。だが、オレは退役した身だ。いまさら軍や政府に通す義理はないね」


 退役大尉殿は、やはり軍に戻るという意思はないようだ。

 しかし、ならば反政府勢力に加わり戦う為に、軽巡洋艦を持ち逃げしようとした、というほど単純な話でもないようである。


 この感じでは、その辺を聞き出すのも難しそう、と赤毛は判断。

 ロックスミス・ファーガソンは、唯理もよく知るタフで頑固な古参兵だ。この手合いは一度聞いて話さないなら、それこそ死ぬような思いをしない限り本音は話さない。


 故にこの場では、現役時代の任務の話などを聞き、今後の処遇の事を話し合い、ひとまず昼食会はお開きとなった。


                ◇


 新艦隊への参加人数が更に増えた。

 海賊行為の増加による治安の悪化、先の正体不明な超大型戦略フォートレス機の襲撃など、危険が身近に迫った為と思われる。

          

 赤毛の司令は、新たに加わる一般人の集団や編成される新たな戦闘部隊への対応で忙しい。

 艦隊内部で面会を求める声もひっきりなしだ。

 新しいコミュニティーの形成にあたり大きな権限を望むような野心丸出しの相手もいるが、大半は生活の不安や防衛体制への不安からだった。

 これら内政に関しては、傷面のフリートマネージャーが当初の予定通り完璧に処理している。


一方で、今実際にメナスに襲われている星系や住民には全く手が出せなかった。

 となりの星系、テンペスタもそうだろう。

 艦隊は動かせる状態ではないし、動かせてもメナスと総力戦を行えるような体制にはない。


 艦隊の当面の目的は、学園女子を家族のもとに送り届け、抱えた住民を保護すること。

 『最強の宇宙船』を擁する名前すらない新艦隊に助けを求める声は多いが、まだ・・その声に応える力は無いのだ。

 攻勢に出るだけの戦力を整えるのは、当面先である。

 そうでなくても、連邦が不甲斐なかったせいで計画を5年前倒ししているのだから。


『連邦艦隊はアルカディアに移動してしまいました! 今我々の星は完全に無防備です! 住民は全て避難したなんて嘘っぱちだ!』

『現在は近くのサービスルートに避難していますがヒトが生きていけるような場所じゃないんです! 救助を求めます!!』

『船が足りない! 逃げようにも逃げられないんだ! 助けてくれ!!』

『子供だけでも救助してください! もういつメナスが来てもおかしくないんです!!』


 救助や応援の要請が艦隊司令に直接繋がることはない。だが内容は確認できる。何と言っても唯理は最上位権限パス持ちだ。


 状況は極めてよくない。

 連邦中央星系が落とされて以来、銀河の交通網はマヒし、防衛戦力は重要度の高いとされる星系に集中し、逃げることもままならない人々のいる惑星が、メナスの侵攻を受けている。

 唯理は動けない。艦隊を編成する上で、人事も物資調達も幹部との意見調整も外部組織との折衝も環境の整備も身内の教育も、必要な工程は山ほどあるのだ。


 そんな自分を俯瞰してみてフと思ったのは、



 なんかつまんねーな、と。



「ロゼ、テンペスタの方で新しい情報は?」


「んー……? 星系軍と反政府軍がなんか睨み合いに移っている感じ。一部の軍人と星系の住民が勝手に話し合ってんのかなぁ……よく分からん。

 政府はそんな軍に反政府勢力の拠点になってるナールズって基地まで攻め込めってせっついてる。

 あとガラの悪いPFCを雇ったみたいだなー。ユイリがなびかなかったから、その代わりじゃない?」


 行儀悪くオペレーターシート脇にあるデスクの天板に尻を乗せる赤毛の司令。環境EVRスーツにジャケットというよそおいなので、ボリュームのある尻がムニッと変形するのがよく見えた。

 一瞬、相変わらずスゲェな、と喉を鳴らし凝視してしまう柿色メガネ娘だが、見ないフリで調査した情報を空中に投影し唯理の前に投げる。


「フン……汚れ役か。んなこったろうと思った」


 現地の監視映像や重要人物の調査結果、関連組織の概要、全体の動きの記録ログといったデータを一読すると、赤毛娘は呆れたように画面を指先で弾き飛ばした。

 それから、アゴに手を当てやや考えると、尻でデスクを突き放し、


「フロスト、艦隊を動かす。移動先はテンペスタ。全艦隊に発進準備を」


 唐突な赤毛の司令の命令に、ロゼッタだけではなく艦橋ブリッジにいた全員が仰天させられていた。

 艦隊がまだ形になっていないのは、特にこの艦橋の人員ならよく分かっていることだ。

 しかし、


「艦隊は進捗15パーセントといったところですが、よろしいですか?」


 その幹部筆頭、傷面のフリートマネージャーはというと、取り乱しも驚きもせず、上官の指示に異を挟まなかった。


「準備飽きたー! というのは冗談だけど、道具に手をかけている間に使い手が死んでしまっては意味がない。

 編成と実戦、同時並行していくぞ」


「なるほど、了解しました」


 至って冷静に了解してしまうジャック・フロスト。この赤毛、今恐ろしい本音をチラ付かせたように思えたが。

 そこは当然止めるだろう、と思っていた艦橋要員ブリッジクルーは二度ビックリ。

 無言のまま壁際に待機している目付きの鋭いおばさん、カナンは頭が痛そうである。


 僅かな時間の隙間に発生する困惑の空気、ここで声を上げる勇者は盗聴オペレーターの柿色少女だった。


「か、艦隊動かすってさぁ、実際に動かせるくらいに体勢整ってるのは6隻分の機動部隊だけじゃなかった? これだけで何しようってのよ? 他の隊員はどうすんのさ!?」


「弱い兵なら弱い兵で運用の仕方はあるの。それに、そう派手な戦闘にはならないよ。

 こっちを引っ掛けてくれようとしたテンペスタ星系政府にご挨拶に行かないと。

 フロスト、売りに出ている艦艇は全て買い上げていい。練成が終わってない兵でも部隊でも使って全艦を動かせるように振り分けろ」


「了解しました。艦隊各部署への連絡も併せて行います」


 無茶苦茶な上に意味不明な事を言い放つ赤毛。ロゼッタ、艦橋要員ブリッジクルーの期待に応えられず。

 冷静で有能なフリートマネージャーはというと、これにも涼しい顔で応じてしまった。

 そろそろ皆、ジャック・フロストがこの赤毛のお嬢様に激甘なのが理解できた頃合いである。

 そして、殿下ボスの補佐で激務決定のカナンおばさんは死んだ目をしていた。スカーフェイスの主要な面子も道連れだ。


「ロゼ、隔離病室のファーガソン退役大尉殿に繋いで」


 艦橋ブリッジと、時間差で艦隊全体を混乱に叩き落す赤毛は、拘束中の船泥棒のご老体に連絡を入れた。

 めんどくさそうに通信に出る寸胴の元軍人、ロックスミス・ファーガソン退役大尉。


「大尉殿、今からテンペスタ宙域に殴り込みに行くけど一緒に行く?」


 簡易ベッドに寝転び身体を休めていた爺さまだが、流石に予想外過ぎるお誘いに、しばし固まってしまう。


「……付き合ってもいいが、俺の乗る機体はあるんだろうな?」


 だが誘いを断る理由もなく、重そうに身体を起こしていた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・MSAS(エムサス)

 筋刺激活性システム。

 電気刺激で筋肉を刺激し機能を維持する機器。

 運動不足になりがちな宇宙船内の生活では一般的に用いられるシステムだが、運動神経までは鍛えられないと戦闘職のベテランには不評な場合もある。


・功労国民

 一部星系国家が用いる国民階級の分類。

 社会的な貢献を認められた国民を功労国民に認定し、様々な特権を付与する制度。

 現実には、社会的地位のある人間を合法的に特権階級とする為に利用されるのが常。


・サービスルート

 大型施設や宇宙船において、整備やメンテナンスを行う為に設計段階から用意される通路。

 基本的に通り抜けるだけの道であり、避難先や長期的滞在には向かない。




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