160G.パープラクシティ ホームワーク
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天の川
アクエリアスG4W:F静止衛星軌道、スコラ・コロニー。
上部居住区画、市街地。
学園は学生の聖域である。
そう強く主張するシスターエレノワ学園長を尊重し、会合は施設の揃った学園内ではなく、街中にあった役所のような大きな建物を利用して行うことになった。
3階建て、広い部屋が多い、中に何も置かれていなかった空っぽの建物だ。
スコラ・コロニーは学園以外全ての物件が同様の状態だったが、現在は88隻の臨時船団、約10万人が空き家を利用して一時的に身を休めている。
しかし、いつまでもこうしてはいられない。
銀河最大の国家、連邦は崩壊。メナスは小さな船団まで襲うほど銀河全域に広がっている。
ここスコラ・コロニーも、安全であるとは言い難い。
「今すぐ生徒達を親元に帰さなくてはなりません。宇宙船に分乗できないでしょうか?」
と言うのは、今や学園とコロニーの最高責任者となってしまった妙齢の美人シスター、エレノワである。
心労が積み重なり、少し
それでも、飽くまでも女生徒を守る為に毅然としていた。
「申し訳ありませんがシスター、我々……と言っていいのでしょうか。我々も寄り集まって逃げてきた船団に過ぎませんし、ここからどう動くべきかも見通しが立っていない状態です。
いつ、どこへ向かうか、何もお約束できません」
現状を的確に表現する
同船団も当初は100隻で構成されていたが、現在は撃沈に大破に中破、とその数を半数以下に減らしている。
よって自力での航海すら危ぶまれる有様であり、更にエクスプローラー船団はその構成乗員に少々問題があり、現在はほぼ機能していなかった。
「どの道ここが最後のスタンドじゃないだろ。移動はしないとな。だが船がなぁ……。
他の連中も、もう空調ダクトにまで詰め込まれたかねぇだろうし」
「定期航路は今ほとんどが機能していないだろう。遠方へ行くには不安定で確実ではない宇宙船の往来を利用しするしかないが、それすらメナスと遭遇する危険性がある。
まだ若い女性が単独でそういった旅をするのは現実的ではあるまい。
まぁそれは我々もたいして変わらない状況にいるワケだが」
揉み上げの激しい巨漢と眉毛の白いペンギンの教授が、テーブル上のホログラム表示を見て唸っている。
銀河全域の交通網の概略図は、情報の抜けも合わせると細切れ状態だ。
人類は僅か数百時間で、宇宙進出時代にまで時を戻されたことになる。
メナスという猛獣が徘徊している現状を
「そうだよここからどうするんだ? 外環の非常用プラットホームに来るって船団はどうなったんだよ?」
「ムリだろうな……。こっちがメナスに襲われていると知って進路を変えたというし。いまさらコース変更も出来ないだろ」
「そもそもどこに行けばイイっていうんだ? 共和国も皇国圏も、主だった星系はどこも宙域封鎖してるんだ。逃げ込もうったって皇国はガチガチ、共和国はどれだけふんだくられるか分かったもんじゃない……」
「近くを通る艦隊なり船団なりを待つしかないんじゃないか? どの道今ある宇宙船じゃ移動はリスキー過ぎる」
「ここは一般航路外だよ。どんな船でも安全を一番重視する状況なのに、こんな所まで来るのか?」
「PFCに依頼は!? 来ないんなら自力で船団を集めるしかねぇ!!」
「今はどんなPFCも連邦か星系政府に雇われてるさ。仮に手すきのPFCがいたとして、そんなのが役に立つと思うか?」
「役に立つ船なら一隻いるがな……。だが一隻のみとなると、どこに行くかが問題だろ?」
宇宙船の船長や主だった役職の者たちが、口々に思ったまま話をはじめていた。
しかし、少数の宇宙船では行ける場所も人数も限られるし、数を増やそうにもその手段が無い、ついでに逃げる先も無い、という3つの問題で話がループしている模様。
とはいえ、いずれもそれは会合前から分かっていたことで、どこまで行っても八方塞であることを確認する以上の意味はなかった。
であるならば、そろそろ実行力を持つ者の決断を求めねばならない。
「お嬢はこれからどうするつもりだ? このままこのコロニーに引っ込んでるのか??」
激揉み上げのブレイズが水を向けると、他の者も一斉にその少女の方へ視線を向けていた。
実際、皆分かっていたことではある。この状況で頼りになるのは、メナス艦隊をほぼ独力で蹴散らして見せた翼を持つ強襲揚陸艦と、その主だけだろうと。
だが、どれほど強力でも、船はたった一隻。
それも、連邦ほか銀河の半分の領域で重犯罪者指定されている赤毛の少女とあっては、どう触れていいか計りかねる相手でもあった。
できれば、自分の力になって欲しいと誰もが思ってはいるのだが。
「そうですね……ここから移動する必要がある、というのは、全員の共通認識と考えてよさそうです。
まず私のプライオリティーを言っておきますと、この学園の女子生徒の安全確保と、それに保護者へ無事送り届ける事となります。
船団がこれに同行する、ということなら私は構いませんが…………」
「でも、このコロニーには何人いるんだ? 今でさえ宇宙船の搭乗人数は完全に超過してただろう??」
「ここの施設で容積を増強してもたかが知れてる……。そもそもここまで来るのが限界だった船も多い。船は更に減るだろう」
移動するにも船がない。宇宙では平時でさえ、この問題にブチ当たることは比較的多かった。
一般化したとはいえ、外洋航行能力を持つ宇宙船はそれなりに高価だ。そして、宇宙で人間が生きて行くには、恒温性、機密性、放射線防御、物理的強度、障害排除能力、と幾重もの守りが必要となる。
結局はこの問題に回帰するのかと、船団の船長達も思案顔だった。
唯理もこうなるとは分かっていたし、どうしたものか学園到着前から考えてはいたが。
よって今回は、惑星『ヴァーチェル』で使った手で行こうと思う。
「オヤジさん、コロニーの改装の方はどうですか?」
「移動するように出来てない以上、慣性モーメントやら重力制御バランスで構造に負荷がかかり破損する可能性があるんだがぁ……まぁやるしかねぇだろ!
やれってんなら俺らは形にするだけだ!!」
既に話が通っている横に広い筋肉種族、ロアド人の『オヤジさん』に所感を尋ねる赤毛。
こうなることは分かっていたので、スコラ・コロニーが改装に耐えるか下調べをお願いしておいたのだ。
「『やる』って……おいフロック、何をやろうってんだよ?」
「ああ? このお嬢がこのコロニーを船に改造したいんだとよ! 『モリアルースト』でもやったがなぁ。10倍以上デカい上に半分は生物環境の再現に容量取ってると来てやがる。
中心には川なんてありやがるし、重量移動と応力計算だけでも一苦労だわなぁこりゃ!」
「このコロニー自体を動かすんですか!? どういうことですか村雨さん!!?」
シスター学園長が、話を聞いていた皆を代表して驚いて見せていた。自分の学園を赤毛の不良生徒が勝手に改装しようとしているのだから、それは驚く。しかも既に発注を済ませているというこの手際よ。
しかし、他の者の反応は悪くなかった。
これだけ大きなコロニーを移動に利用できるのなら、生存環境と搭乗人数の問題は全て解決する。
狭い宇宙船で長期間航海するとなると、居心地の良さはストレスや体調に直結するのだ。
「本当に宇宙船に転用できるのならこりゃいい。もうブリッジ備え付けの簡易トイレで寝なくて済む……」
「改造はどの程度になるんですか? 母港機能があると、他の船の航行の安全性も高まるのですが」
「船団の管制機能も欲しいな……。船団として運営するなら専用の調整部署も置いてほしい」
とはいえ、コロニーを簡単に宇宙船に仕立てられるのなら、誰も驚きはしなかっただろうが。
銀河に名を馳せる独立系重工業、ドヴェルグワークスの技術者に協力を求められるからこその力技であろう。
その超一流の技術者が「難しい」と言うのだから、どれだけ常識外れなことを赤毛が言ったのかはお察しである。
もはや、コロニーを宇宙船に改造し新規船団の中枢とするのは、集まった臨時船団の面々の既定路線になっていた。
シスター学園長にも生徒たちの為だというのは分かっていたが、それでもしばらく唖然としていた。
赤毛の不良娘は、とりあえずホウレンソウの不備という名目でお説教(肉体)案件である。
◇
村雨ユリがシスター学園長からラリアットに続き腕ひしぎ十字固めの
スレンダーな体型が綺麗な金髪少女、クラウディアは何とも言えない思いで本校舎内を歩いていた。
ずいぶん長いこと帰っていない、という感覚だが、それにしても以前の学園の内部とは大分様子が変わってしまっている。
廊下やエレベーターホールの談話スペース、休憩室、カフェテリアといった開けた場所に、普段見られる生徒の姿が全くない。
にもかかわらず、本校舎内には奇妙なざわめきと熱気が籠っているようだった。
「クラウディアさん!?」
「クラウディアさんだわ!」
「お戻りになったのね……!」
「お帰りなさいクラウディアさん!!」
本来この時間に受けるはずだった授業、その講堂には大勢の生徒がいた。
基本的に、聖エヴァンジェイル学園では授業への出席は自己判断となっている。出る出ないは本人の自由だ。
故に、普段はこの3分の1もいないのだろうが、どうやら出席率100%に近いと、こういう事になるらしい。
それら生徒たちが、一斉にクラウディアに迫ってきた。
地獄の戦場を経験したスレンダー金髪だが、ちょっと怖くなって引く。
「クラウディアさん他の星系に行ってらしたんでしょう!? どんな様子でしたの!!?」
「連邦のサンクチュアリが壊滅したっていうのは本当ですか!?」
「ウェイブネットの情報はメチャクチャですの……。サンクチュアリが無くなったとか、全住民が『オリュンポス』で脱出したとか……」
「ホロウェイ星系について何かご存知ではありません? わたしの家がありますの……」
一際元気の良い女子が真正面から詰め寄ってきたと思ったら、その後ろから別の女子が被せ気味に質問をぶつけてくる。
右からは控えめなお嬢様が、左からは涙目なお嬢さまがクラウディアを見つめていた。
360度このような感じで、完全包囲状態だ。
赤毛のヤツから、こういう事になっているだろう、とは聞いていたが。戦闘とは違った怖さ感じて、華奢な少女はゴクリと喉を鳴らした。
皆が一様に不安がっている。
情報もなく、どこにも行けず、何をしていいかも分からず、漠然とした恐怖でいっぱいなのだ。
講堂に固まっていたのも、ひとりでいるのが不安だからだろう。
そして、
『彼女らを守るのはわたしたち武人の義務だ。武器を持つ者は命を守る以外に存在意義なんか無い。
既にディーもエイムに乗ってメナスと戦い戦士になってしまった。気の毒に思うけど、これが事実だ。
どの道わたし達は生き残る為にメナスと戦う他なく、そうであるならば彼女たちがわたし達より先に死ぬことはありえない。
だから、学園の女子のみんなには、「わたし達が守る」と言い切ってしまえ。
クラウディアは赤毛のボスに、こう言われている。
メナスとの戦い以来、あのルームメイトはすっかり男前になってしまった。
他の船長やPFCのリーダーとのやり取りを傍で見ていると、それが村雨ユリという少女の本性なのだろう、ということは分かったが。
美しく可憐で誰もが見惚れる赤毛のお嬢様の姿は、表面的なモノでしかない。
学園での騎乗部のトレーニング、競技会での指導、帰り道とメナス戦。
村雨ユリの行動は、どんな時でも全くブレず、常に一貫していた。
その本質は、信念に忠実で使命に誠実で、その為に狂おしいほどの全力を注ぎ込む、ただ一途で哀しい
だから、クラウディアもルームメイトを信じて、怖いけど覚悟を決めようと思う。
「だ、大丈夫です! 村雨さまがこのコロニーを動かして皆さんを家まで送る準備をしています!
一緒に来た船団も力を合わせて安全な場所を目指すことになってます。
わたしたち騎乗部も学園と皆さんを守る為に全力を尽くします! だから皆さんも協力して!!」
これが、
そして、クラウディアのほか騎乗部と創作活動部の面々には、学園生徒達へのフォローをお願いしておいた。
不安に押し潰されそうなお嬢様たちの支えとなれるのは、騎乗部だけだ。
酷な事を言っているのを理解した上で、唯理はそれを仲間に求めた。
選択肢など無いので、迷わなくていいのが唯一の救いだ、とは狂暴な笑みを見せた赤毛様のセリフである。
クラウディアの
今まで何も知らなかったので、コロニーを使っての移動や他の宇宙船との船団の形成など、急に言われても理解の及ばない部分が多い。
だがそれでも、何をすればいいか分からない、何も出来ない、という状況よりは、進む道があるだけまだ希望があった。
混乱はしたままだが、少女たちの顔からも恐怖の色は薄れていた。
「でも『協力』って何をすればよろしいんですの?」
「わたし達もエイムに乗るって事でしょうか?」
「出来ることなんて……あります?」
「あたし実はワーカーボットのコントロール乗っ取ってコロニーの地下探索とかしてました」
「時々怪しい動きをしていると思ったら…………」
何も出来ない箱入り様が多い中でも、ちょっとした特技を持ってそれを活かせないかと思案する少女もいる。
やることがあるのなら、とりあえずそれに没頭も出来るだろう。気を紛らわせることができるし、何よりそれが全員の生存に繋がれば言う事も無い。
とりあえず課題クリアー、とクラウディアもこっそり安堵の溜息を吐いていた。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・オリュンポス
シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦中央星系サンクチュアリを守る巨大防衛システム群。
起源惑星の一部地域の神話よりその名を取っている。
神々の名を冠した著しく高性能な兵器を多数配備していたが、現在の動向は不明。
・ラリアット
起源惑星における古代の超人、プロレスラーの打撃の奥義。
片腕を横に広げ、突進の勢いで敵の首か胸部へ激突させ薙ぎ倒す一連の攻撃的技術を言う。
子供を守る聖職者の格闘術として、現代まで連綿とその精神と共に受け継がれている。
・腕ひしぎ十字固め
起源惑星における古代の超人、プロレスラーの
地面に倒れた体勢で、敵の首と胸部を自分のヒザ裏で押さえ付け、脚の間から敵の腕を捉え関節方向とは逆に引き倒す一連の攻撃的技術を言う。
子供を守る聖職者の格闘術として、現代まで連綿とその精神と共に受け継がれている。
なお歴史の経過に伴い、その由来が変化している技術は多い。
・ホウレンソウ
報告、連絡、相談の略語。あらゆる共同作業において必須となる手順。
単純に思えて簡単ではないからこそわざわざ標語のようにされているという説もある。
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