158G.フェイシャルエクステリア トランスフォーメーション
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赤い装甲の頭身が低いヒト型機動兵器、エイムが最後の一体へ発砲し、これを撃墜する。
約24時間、丸一日の激戦の末に、アクエリアス星系へ向かう臨時船団はメナス群を殲滅し切って見せた。
戦艦型メナス5万に、放出された艦載機型は約1,000万体。
上位個体と思われるメナスが一体。
これに260隻の宇宙船と搭載されたエイムだけで勝利したのは、キングダム船団以来の奇跡と言える。
もっとも、その奇跡もキングダム船団が運用するのと同種の船、
◇
天の川銀河、ノーマ・
カジュアロウ
そして、戦闘終了から1時間。
臨時船団には、生き残った喜びを噛み締めている暇など無かった。
『パンプキャビンに受け入れを要請する! ボート内酸素レベルはサバイバルイエロー! 20人乗りに100人乗ってるんだぞ! もう限界だ!!』
『こっちはもうトイレまでぎっしりだよ! 生命維持も物理的なスペースも全く無いんだ!!』
『リーフシップの応急処置がもう終わります! 300名前後なら受け入れ可能です!!』
『この際コンテナでもいいから張り付けろ! とにかく乗り込むスペースを確保するんだよ!!』
260隻でカジュアロウ
約三分の二が修理不能なダメージを負い、残りの船も軽くない損傷を受け無傷の船は存在しなかった。
死者数も相応に上る。
そして生き残った者は、それ以上のメナス艦隊の増援を恐れて移動の足を緩めずにいた。
宇宙空間であれば相対速度さえ合わせれば、互いが静止した状態のように移動と作業が可能なのは不幸中の幸い。
しかし基本的に、人類に真空の宇宙は生存さえ困難な環境であり、生存者を保護する宇宙船の確保に必死な状況だ。
エイムは戦闘用も作業用も問わず宇宙船の修理作業に飛び回り、使える宇宙船の外装には
『アルケドアティスにはもう入れないのか!?』
『あそこは負傷者と戦闘部隊を優先して入れてるよ。ヒト詰め込むといざって時にメナスと戦えないだろ』
それらの中心に、3対の巨大なシールド発生ブレードを広げた翼長1.4キロ、全長770メートルの強襲揚陸艦がいる。
露天甲板を持つこの『アルケドアティス』には、格納庫内に他の船では壊滅状態となった整備機材が豊富に揃っている為、エイムやボートが引っ切り無しに出入りしていた。
そして、聖エヴァンジェイル学園の騎乗部と創作部のお嬢さまに引率のシスターは、
ホワイトグレーと濃紺に色分けされた、スマートだが優美で高性能な宇宙船。
しかし今は、船尾は歪に形を変え真っ黒に染まり、船体にはいくつもの大穴が空き周囲が赤黒く変色している。
外見だけではない、
短い付き合いだが思い出深い宇宙船の無残な姿。
しかも、そんな船と別れなければならないとあって、お嬢さま達はヘルメットの中で泣いていた。
『ぅふえ…………一緒に学園まで帰りたいですぅ』
『このまま慣性航行で学園まで行ければいいんですけどね……』
『タイムラインを数万単位で跨いでしまいますね……。メシェル処置を受けても再会出来そうにないですねぇ』
大きな目から大粒の涙を溢れさせ、スーツ内の循環機能が最大運転中の単眼少女、アルマ。
銀色ロボ子のドルチェと、おかっぱネコ目のランコも涙目で消沈している。
黒ウサギ娘、片側長髪少女のブラストミュージックコンビも、ディアーラピスのロックな姿に込み上げるモノがあった。
『最後までわたし達を守ってくれたな。良い船だった』
『ハイソサエティーズ
万感を込める学園の王子様に、素っ気無いながら気持ちが入るドリルツインテの海賊嬢。
宇宙船の良し悪しを知るふたりであるならば、ディアーラピスがどれほどの船だったのかを、他の少女達より強く実感できる。
それに、居場所に不自由する王女と海賊であればこそ、居心地の良かった船との別れは胸に来るほど惜しいモノがあった。
『ディアーラピスはわたし達の家として、最後までその役割を全うしました。
わたし達の仲間として、わたし達を守る盾として、その仕事をやり切ってくれました。
ここで別れるのは寂しいです。ですが、未練に囚われ我々の手足を縛る枷となるのは、ヒトの為にヒトに使われる道具としての使命を完遂した我らの仲間の誇りを
敬意を以って見送りましょう。ありがとう、わたし達の親愛なる友、ディアーラピス。
またどこかで会おう。
ロゼ、リバース。アティ、右舷レーザーセル斉射三連用意。命令ごとに単発で撃て』
『了解……ディアーラピス、リバースブースター燃焼。以降はクローズドオートでプログラムに従い自律航行』
『マスターコマンダーの命令を確認。ダミー目標群をマーク。レーザーセルA群1番から3番、C群1番から4番、E群はセーフティーによりロック、G群1番から9番、スタンバイ』
非常事態は継続中なので、赤毛の少女、
それが終わると、柿色眼鏡少女、ロゼッタによる遠隔操作でディアーラピス船首のブースターが
減速により、ディアーラピスが徐々に後方へと流れ始めた。
少女たちのすすり泣きや鼻を鳴らす音が、共有通帯域の音声で目立つようになる。
『撃て』
『ファイア』
アルケドアティスの艦体、上部甲板、艦底右側、シールドブレード、そこの装甲が一部展開し、下から顔を覗かせるハニカム状のレーザーアレイが青い光線を発振した。
暗黒の宇宙空間の彼方へ飛び、その道を指し示すような青い光線の15列。
それは、仲間との別れに送る弔砲である。
『うえぇええん! ディアーラピス行っちゃヤダー!!』
外ハネの天才少女、ナイトメアは子供のように号泣していた。
隣にいた華奢な金髪部長、クラウディアは抱き付かれるままに抱き返して無言で背中をさすっている。
マシュマロ少女のプリマ、無言メーラーのフローズンも身を寄せ合ってた。
『撃て』
強襲揚陸艦の上下から放たれ、扇状に広がる青いレーザー。
ディアーラピスの少女たち以外の者も、死んでいった者を思い、少し手を止めそちらの方を見つめる。
宇宙船の外に放り出された者も次々救助されているが、遺体さえ残らなかった犠牲者も多い。
エクスプローラー船団の船団長、坊主のゴーサラは船団の共有通信帯で死者を供養する念仏を唱えていた。
『撃て』
ディアーラピス、学園のあるコロニーから旅立った時から共にあった宇宙船が、徐々に船団から離れていく。
恒星間の空間なので太陽は遠く、光源が至近になければすぐに宇宙の闇に覆われてしまう。
徐々に見えなくなっていく船の姿に、お嬢さま達からはすすり泣く声すらなくなっていった。
ディアーラピスはこれから、派手に信号を発信しながら臨時船団とは全く別の方向へと向かう。万が一メナスが追撃して来る場合を想定し、囮とする為だ。
赤毛の少女とは短い付き合いだが、弔辞で口にした母船への愛着は、本物だろうと
それでありながら、センチメンタルに流されず最後まで合理的に使い倒す。
また、それを皆の前で堂々と口にするのも恐れない。
常に先頭に立ちやるべきことをやり、誰に恥ることもなくその判断に誇りを持つ。
多くの人間を率いる者の器だ。
それは、
誰にも望まれず、また行使するのを許されない資格。
だがもし必要になった時、自分はこの赤毛の少女のように振る舞えるだろうか、と。
短く熱い時季を共に過ごした宇宙船は消え、より厳しい季節の訪れを思わせる。
少女らも、生き残る為に各々の新しい世界へ対応していかなければならなかった。
◇
直近の問題として、家となる母船を失った以上は引っ越ししなければならない。
またそれは必然的に、引っ越し先は赤毛の少女が持ってきた船、強襲揚陸艦『アルケドアティス』へという話になる。
しかし現在、同艦は生命維持容量の限界である15,000人ギリギリまで要救助者を受け入れ、艦内のどこを見てもヒトでいっぱいな状態だった。
赤毛としても心情的には、皆に落ち付いて休める部屋を割り当てたいのだが、とにかく大急ぎで真空中へ投げ出された人々を収容しなければならなかったので、その過程で既にどの部屋も埋まってしまっている。
例外は、機関部や
それに、
その室内を見て、お嬢さま方は絶句している。
忙しかったので直前まで気付かなかった赤毛もちょっと死にたくなった。
部屋は大荒れである。
内部の物を固定せず
衝撃で部屋の真ん中あたりまで吹っ飛んだらしき、マットレスに似た簡易ベッド。それにシワだらけのブランケット。
そこら中に散らばる、何かの機械部品や工具類。分かりやすい形状を持つモノの中には、レーザーライフルなどの武器も確認できる。
衣類。恐らく衣類。
壁に突き立てられている無数の刃物のアウトロー感。黒ずんだ汚れ。へこみ。拳のあとに見えるのは気のせいか。
逆に、まともな調度はまったく存在していない。
ヒトが住んでいるとは思えない部屋だった。
「…………ごめんなさい」
皆にまん丸な目を向けられ、両手で顔を覆い部屋の隅へと消え入りそうになっている赤毛。
あれ? 弔辞と共にディアーラピスを毅然と見送った凛々しい美少女はどこに? とマシュマロ娘などは本気で混乱していた。
「ユリ、さん……寮の部屋じゃ綺麗にしてたじゃないのよ? ディアーラピスだって…………」
学園のルームメイトであるほっそり金髪少女も、物凄く
そこが、寮に入った初日から共同生活においても全く
特に整頓意識は騎乗競技やその特訓の効率にも関わってくるので、騎乗部と創作部の皆にも徹底して指導していたのに。
欠点は脱ぎ癖と低血圧くらいのものだと思っていたが。
「こ、ここ、ここにはほとんど戻って来ませんでしたし……。だからあんまり掃除も……」
目を泳がせて弁解する赤毛だが、だからこれはもう掃除とかそういう問題じゃないのでは? と大半のお嬢様は思った。
他にも、学園に入る前はある船で住み込みで働いていたのでこの部屋は放置状態だったとか、その前は散々追い回してくる連邦やら何やらと休み無しでやり合っていたので生活自体大荒れで身の回りの事とかどうでもよかった、などの理由があるが、そんなのお嬢様たちには言えない。
唯理は汚嬢様の不名誉を謹んで受けるしかないのである。
「とりあえず……学園に戻るまではこの部屋を使うしかないんだから、最低限休めるように掃除するべきだろうね」
「そ、そうですね! 皆さんもお疲れでしょうし、この……………………まずは掃除して清めて横になれるように整えましょう!
それとユリさんには後でお話があります」
「はい……」
王族の矜持を以って皆に道を示すエルルーン王子さま。リーダーの資質。
そのセリフで再起動したシスターヨハンナも、途方に暮れそうな頭の中をどうにか回し、生徒たちに今やるべきことを伝えた。
はーい! と空気を読んでお返事する少女たち。
ただひとり、赤毛の罪人は無抵抗で罰に服していた。
◇
お嬢様たちの寝床も問題だったが、それ以上に重要な案件は他にも多くあった。
臨時船団はボロボロだ。以前、キングダム船団でも似たような状況になったことがあるが、その時以上に乗員は途方に暮れている。
所詮、キングダム船団のような
信じ合える仲間は少なく、それにアクエリアス星系到着以降の移動の目処も立っていない不安を抱えた者も多かった。
アルケドアティス内は通路までヒトでいっぱいだ。
宇宙船を失った元乗員が多過ぎた。宇宙空間に放り出されて生存出来ていただけでも運が良かっただろうが。
赤毛が医務室の様子を見に行くと、他の船から避難してきた医療スタッフに混じって、薄紫髪のブラッドマニアが治療のお手伝いをしていた。
本物の医療現場なのでやめとけ、とお嬢様たちは止めたのだが、本人の希望である。
「キアさん、大丈夫ですか? かなり大変な状態のヒトもいらっしゃるかと思いますが……。
メディカルマシンに全てやらせても良いかと思いますよ?」
「うへへへ人体特有の複雑な体組織の損傷断面と自然な出血状態をこの目でリアルタイムに見られるとか夢のようです。
処置の為に清拭した傷口とか芸術的な美しさではないでしょうか?
どうでしょうこのままタンパク質フィルムで負傷個所を残しませんか?」
「スタッフを代えてくれぇ……!!」
歓喜、と言うよりもはやトリップしているブラッド保険委員キア・マージュ。
簡易ベッドに寝かされ処置を受けている男の患者は、最後の力を振り絞り助けを求めていた。
医療システムのログをみる限りマニュアル通りにはやっているようなので、この状況では咎める程のことではないと判断し、赤毛も放っておいた。見捨てたワケではないぞ。
切なそうな負傷者の泣き声が漏れ聞こえてくる。
実際のところ、運び込まれたものの処置が間に合わず死者も出ているのだが、この際キアの死体や流血を恐れない精神性は頼もしくすらあったりする。
唯一と言っていいほど気密が保持されているアルケドアティスには、医療用機材と人材、そして負傷者が、最優先で送り込まれていた。
◇
アルケドアティスは、最初から赤毛ひとりが運用していた宇宙船だ。
管制AIで大半を自律制御できるとはいえ、今までずいぶん無茶したもんだと唯理自身思わなくもない。
よって、赤毛以外に専属の船員がいない為、避難してきた人々も介抱されることなく大半がグッタリしたままだった。
外で漂流していた
とりあえずで運用している
一方で、そこを補完するように人々の間でお世話をする集団があった。
「クリアウォーターをお持ちしました。他にお求めの方はいらっしゃいませんか?」
「はいお手洗いですね! ご案内しますからワーカーボットに掴まってください!!」
「アティ! こちらの方の血圧が急低下しています! 医療スタッフに連絡をお願いします!!」
メイドさんである。
多少の差異は見られるが、基本的に侍女の
カジュアロウ
メイドさんは疲れ切った避難者たちを色々と助けて回っている。
管制AIのアティなど、船のシステムもある程度把握し活用している模様だ。
キングダム船団での事もありメイドの格好は偽装かと思った赤毛だが、見てくれだけではないようだった。
「お疲れ様です……。助かります、収容したはいいものの、船の掌握や防備にかかり切りで手が回らない状態ですので」
「あ……いえ、同じ境遇にある者同士ですが、
今は主人無き身ですが、誰かにお仕えする者として、せめて今は皆様を主としてお世話させていただきたいと…………」
ヒトを蹴飛ばさないよう慎重に歩み寄ると、長椅子に横たわる女性の前で子供を抱きかかえていたメイドさんが振り返る。
ラベンダーグレイのストレートヘアで、目を糸のように細めている、スマートな立ち姿の女性だった。
「本艦アルケドアティス艦長として感謝いたします。『ディペンデントサービスオブV』、ですか」
「はい、代表のエイク・トゥエルブと申します。艦内設備の開放と、それにカジュアロウより我々を受け入れていただいたこと、改めてお礼申し上げます。
ユーリ・ダーククラウド少佐殿」
お淑やかな笑顔でハードにブッ込んで来る糸目のメイドリーダー。
挨拶は、その一言で十分過ぎた。
既にメイド部隊が赤毛の正体に気付いたことも、赤毛がそれを分かっていたであろう確認も、全て把握完了である。
抱っこされていた子供が下ろされると、横たわる母親の前に座り込み糸目と赤毛のお姉さんをキョトンとした顔で見上げていた。
他のメイドも、避難者にブランケットをかけたり水を持ってきたりしながら、やや不安そうにメイドリーダーと赤毛を見ている。
何せ、キングダム船団では全力で襲いかかっているのだ。
それを思えば、命を掴まれた今の状態で復讐などされれば、かなりマズイことになると警戒するのは当然であった。
唯理としても、相手がこの状況で自分の正体に気付いてないような能天気な集団なのは問題外だと考えていたので、そこはいいとして。
「ふむ…………ディペンデントサービス、
業務内容は?」
「クリーニング、スケジュール管理、テーブルセッティング、メディカルアシスト、私どもはセキュリティーも担当できます」
「今のクライアントは?」
「おりません」
「私に雇われる気は?」
「願ってもないことです」
「結構。では引き続き艦内の事は任せる。マネジメントはエイクが?」
「はい。普段は皆の業務管理を担当する事が多く、
「船団で遭遇しなかったのは不幸中の幸いか……まぁいい。
避難してきた乗員と、船の操舵、生命維持、航法、火器管制、通信、船外監視、その辺の担当と編成は任せる。
それと私のことは……村雨ユリ、と。今は、まだ」
「かしこまりました、ユリお嬢さま。ディペンデントサービス・オブ・V50名。誠心誠意仕えさせていただきます」
上品に淀みなくヒザを折り、村雨ユリお嬢様に頭を下げるメイド長。周囲のメイドさんも同様の礼を取る。
正体を知られていればネコ被る必要もないので、赤毛は素のクールアンドドライモードで話を進めていた。手抜きモードとも言う。
そして、早々に雇用契約が纏まっていた。
キングダム船団で赤毛にブッ飛ばされた覚えのあるメイドさんは「ええッ!?」という顔をしていた。
◇
思わぬ拾い物をして幾分負担も軽くなり、比較的軽い足取りで赤毛娘は格納庫へと向かっていた。
実のところ、唯理はメイドを雇ったつもりは、あまりない。鉄火場でもマヒすることなく動ける、ある程度自衛も出来る集団だから取り込んだのだ。
むしろ、なんでメイドの格好をしているんだろう? まである。
過去に争ったことは、ほぼ気にしていない。
エイク・トゥエルブと、以前見かけたメイドのふたり。
実戦畑も長い村瀬唯理には、相手はプロだとすぐに分かっていた。
命のやりとりも仕事と割り切り、はじめから私情や私怨と切り離して考える種類の人間だ。
唯理の同類である。
「お疲れでーす。オヤジさん、どんな感じ?」
こちらもある意味で赤毛の同類。仕事一筋現場の人間。
乗り込んで間もなく格納庫を縄張りのように陣取ったのは、縦より横幅のあるマッチョ人類、ロアド人のおっさん達だった。
兵器メーカーの『ドヴェルグワークス』に属する技術者集団にして、騎乗競技チーム『ストレングスクラフター』のオペレーターである。
母船である『モリアルースト』が大破したのでアルケドアティスに避難していたが、銀河でも有数の技術者を遊ばせておくのは勿体無いので、赤毛から整備関連をお願いしておいたのだ。
だが、
「おいお嬢よ! これだけめんどくさいエイムで、ステーションの自動のファジー調整しかしてないってのはどういうこったぁ!?
しかもそのせいでパーツにいらん負荷かかってんじゃねーか!
オマケに保守パーツの要件が細か過ぎる! それを基準にしているから調整もタイト過ぎる!
コイツを設計したヤツはパズルでも作っているつもりか!? ああ!!?」
無精ヒゲにバンダナを巻いた禿頭の『オヤジさん』が赤毛に怒鳴っていた。
普通のお嬢様なら、これだけで泣きそう。
唯理には、この手の職人はこれがデフォルトのようなもんだと分かっていたが。頑固な技術者肌というのは、いつの時代も変らないようだ。
ストレングスクラフターのリーダー、フロックである。
「整備は難しいですか?」
「んーな事は言ってねぇ! 俺が言ってんのは基本的な設計のこった! ベースにしたのは、フェデラルのプロミネンスかぁ?
ありゃ汎用のベースフレームに基本的なパーツ構成、標準的な性能を突き詰め、スペックと整備性とコストを高いレベルで纏め上げた名機ってヤツよ。
だがこりゃなんだ!?」
赤毛と小さなおっさんが向かい合っている、その真横。
整備ステーションに収まっているエイムを見上げて、フロックは大きく鼻を鳴らしていた。
唯理が整備を頼んだ自分の乗機、スーパープロミネンスMk.53『イルリヒト』。
メガネにお下げ髪の天才エンジニアはじめキングダム船団の技術力を結集した機体だが、この職人のおっさんには気に食わない存在のようである。
「設計見りゃ原型に無理させて性能を追い求めたな分かるがなぁ、完全オリジナルのアクチュエイターにこれまたオリジナルの制御プログラム、素材、アッセンブリ手順、厳密な調整と反応データ、それらを一部の隙なく積み上げて当然のエイム。
タイト過ぎんだよこいつぁ!
整備ステーションの基本メンテでどうにかできるもんじゃねぇ! 一部不具合が出たらパーツごと取り替えて、そのパーツひとつ取ってもカッチリ予定の数値が出なけりゃ規格外扱いにするヒデぇ気難しい機体になってやがるじゃねーか!
結局整備に応用が効かねーから他の部分が性能の足を引っ張ってやがる!
こいつをこさえたヤツは実際の運用ってもんが分かってねぇんだよ!!」
エイミーたちが心血注いだエイムが、酷評の至りであった。
あと分かってないんじゃなくて分かっていて無理していただけだと思う。
とはいえ、実はフロックの話もちょっと分かってしまう唯理であった。
イルリヒトには、文句の付けようがない。
原型機のプロミネンス、寄せ集めエイムのロケットマン、共和国からせしめたボムフロッグ、それ以外にも放浪生活の中でいくつものエイムに乗ってきたが、イルリヒトはそれらとは比べ物にならない性能を誇っていた。
唯理の能力に合わせた設計をしているのだから、当然とは言えるが。
しかし、徹底した性能追及の為にパーツの互換性が全くと言っていいほど無かったり、パーツコンディションに合わせた臨機応変な調整を前提としない厳格過ぎるパーツ規格が要求される、など整備が精密になり過ぎるのだ。
元々唯理は替えの効かない一点モノというのが好きではない。
いくらでも替えが効くモノと、それを維持するシステムこそ真に信頼が置けると思っている。
「若い腕のいいエンジニアにはありがちな仕事だな。遊びとかバッファを考慮しねぇ。
まぁメンテもやらなかねぇが……。だがやるとなったらこいつぁ全バラしだな!
負荷のかかったパフォーマンスの落ちているパーツも交換せにゃならん。出来ればこの辺は整備性と保守の負担を抑えた設計に取っ替えたいところでもあるがぁ…………。
どうするよお嬢? フルメンテか? 改良か? どうすんだよ!」
思ったより深刻な状態で、オヤジさんの問いに腕組みで考え込んでしまう赤毛。
フルメンテは必要だろう。そろそろ限界だと唯理自身感じていたことでもあるし。
でもエイミーたちの手がけた機体を他の誰かに
整備負荷の高い部分を変えてしまえば、エイム単体のスペックは落ちるだろうが組織としての総合的な負荷は下がる。
この考えは赤毛の好みだが、やはり心理的抵抗はあった。
「…………問題のあるパーツを汎用品の改造で対応して、通常メンテできませんか?
これだけのエイムをオーバーホールするとなると時間も人手もアセンブラの占有も必要でしょうし。
他にエイムや船の修理もしなければならない状況では、これ一機にリソースは裂けません」
「中途半端で気に入らねぇが……ま、確かにな。とりあえず動けるようにしてくれってエイムも大勢いやがるし。
だがパーツスペックがまるで要求仕様に追い付かなくなるぜぇ。扱う時のバランスも変ってくる。いいのか?」
「あるものでどうにかする。いつもやっている事ですよ。
取り替えたパーツは保管しておいてください。
それとオヤジさん、ウチの創作部の
わたしと違って繊細なんですから、怖がって格納庫に入れないんです」
唯理は問題の解決を先延ばしにし、フロックには対処療法でお願いする事とした。大々的に手を入れるのは、落ち着いてからでいいだろう。
他にも整備を待っている機械があるというのは事実だが、それを先送りの理由に使った感も否めかった。
赤毛の少女はドヴェルグ人のオヤジさんに後を任せ、格納庫を後にする。
20機は同時に整備できる格納庫だが、現在はエイムや小型ボートの出入りが激しい。ドヴェルグワークスや他の人種の整備要員も、少しでもまともに動ける機体を送り出そうと大忙した。
メナスとの戦闘にエイムは必須である。
ましてや、唯理はメナス最上位個体『マレブランス』とやり合う可能性がある以上、並のエイムでは役不足というもの。
ならばイルリヒトを完調にするだけだ、とは唯理も分かっているのだが、全く合理的ではないことに、心にはそれを忌避する何かが絡み付いている。
それでも変わらざるを得ない愛機を眺めながら、赤毛の少女は
◇
結局汚部屋はメイドさんに清掃してもらった、化けの皮が剥がれた赤毛お嬢である。
初仕事がこれ。
ヒトの休める部屋になったので、疲れ切った女子生徒とシスター先生は簡易ベッドを繋げ、ブランケットを被り横たわっていた。
カジュアロウ星系へのメナス強襲から臨時船団への追撃、と24時間以上続けて緊張状態に置かれては、心身ともに限界を迎えても仕方のないこと。
その前の騎乗競技会の疲労や、連邦の崩壊というショッキングな出来事も大きな負荷となっている。
普通の少女達には、色々あり過ぎた。
心細さもあるのだろう。密集したままぐっすりと眠ってしまっている。
ワープという神経を使う航海過程を終えたところで、唯理も一休みする事に。
皆を起こさないように抜き足差し足で室内を歩くと、ベッドの端に潜り込みブランケットを被る。
流石の赤毛も、今回は
一時は死者が出るのも覚悟したが、どうにか全員を生き延びさせることができた。
戦場では例え親しい友人であろうと死ぬことはあるし、その可能性から目を逸らすのは無意味な上に愚かなことである。
そう理性では考えていても、感情は別ということだ。
「んぐ~……出なぃ……でな…………」
「おぅ……」
何の夢を見ているのか、たまたま赤毛の隣に寝ていたルームメイトが寝返りを打つと身を寄せてきた。
良さげな枕を探り当てたのか、顔を擦り付け抱き付いて来る。
唯理の胸の
何やらうなされていたが、枕が合ったのか安心したように口をムニュムニュさせる華奢な金髪娘。
まぁいいか、と。
赤毛の少女も皆を守る為の次の予定を考えながら、クラウディアを抱き枕にして仮眠のつもりで眠りについた。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・アルケドアティス
プロエリウム発祥の惑星、
強襲揚陸艦、フランシスカ級770メートル。
文字通り強固な装甲と大推力で敵中を突破し、機動部隊を作戦地点まで送り届けるのを目的とする艦種となる。
アルケドアティスは過去の戦争で大破した後に基礎構造体の自動修復と自己改造によりシールド発生機を兼ねる一次装甲がエンジンナセルごと変形するようになっており、オリジナルのフランシスカ級には存在しない
艦名はカワセミの学名より村瀬唯理が命名。
・アティ
アルケドアティスの管制を担当する人工知能だが、実際は100億隻の艦隊、フォースフレーム・フリート全体を統括するダーククラウドネットワークの管理人工知能。
放浪生活の中で唯理が『アティ』という呼称を決める。
由来は当時の母艦、アルケド『アティ』スより。
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