154G.バンクラプター サイレントランナー

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 銀河最大の惑星連合国家、連邦の中央星系が機能停止したことにより、銀河全域に混乱が広がりつつある。

 聖エヴァンジェイルの学園騎乗部と創作部は、騎乗競技会が開催されていたアルベンピルスク星系から、アクエリアス星系の学園コロニーに急ぎ戻ろうとしていた。

 その途中、他の船と船団を組んでいる都合でカジュアロウ星系の外周プラットホームに寄港していたが、次の船団を組む調整が難航しており、出港できず足止めを受けている。


 星系には混乱を避け、多くの船が避難して来ていた。

 だがそんな船を追い、最も大きな脅威となる存在もまた、カジュアロウ星系に辿り付いてしまっていた。


               ◇


 天の川銀河、ノーマ・流域ライン、カジュアロウ星系グループ外縁プラットホーム。

 臨時船団、聖エヴァンジェイル学園専用船『ディアーラピス』。    


「ホントにメナス来てんじゃんボケぇ!? しかも防衛ラインの内側に出るな内側に!! ユイリー!!!!」


「警報出して。本船は速やかに非常警戒態勢へ。シールド起動、火器管制も立ち上げ、いつでも発砲できるように。

 乗員は全員EVAスーツ着用の上バイタルパート内へ移動、終わったら速やかにブラストドアを閉鎖。

 エイムオペレーターは出撃スタンバイ。学園の娘は全員今すぐブリッジへ。船は発進準備」


 よりにもよって、の事態となり、柿色髪の少女が怒声交じりの悲鳴を上げる。恐怖を紛らわす為でもあるか。

 呼ばれるまでもなく、赤毛娘は迷わず臨戦態勢に入っていた。

 半ば思考停止しながら、ロゼッタも村瀬唯理ムラサメユリのセリフをなぞるように、必要な手順を取る。

 ディアーラピス船内に響き出す、平坦だが激しい警報音。

 合成音声のアナウンスが、乗り込んだ者達への移動を指示していた。


 一方で、人間の方は機械のように自動的とはいかない。

 何が起こっているのか分からない者は動揺から取り乱し、事態を把握した者は恐れからやはりパニックを起こす。

 そういった乗客はヒト型作業機ワーカーボットに任せ、騎乗部と創作部の女子は全員が船首船橋ブリッジへと駆け込んでいた。


「ななななんですかぁ!? 何があったんですかぁ!!?」

「メナスが来た!? ホントに!!? ヤバくないですか!!!?」

「誤報じゃないんですか? また流星群の誤認とか…………」

「メナスって実在するんですね。恥ずかしながら今まであまり実感ありませんでした、という自分に気が付きました」


 いつも以上に慌てる単眼、猫のように首をすくめて警戒するおかっぱネコ目、情報に懐疑的なゲーミングロボ子、泰然として見えるが冷や汗を浮かせている紫女子である。


「あのこれ……もしかして、命にかかわります?」


「すぐに逃げた方がいいのでは…………」


「今すぐ逃げましょう! 生徒の皆さんの命が第一です!!」


 片側長髪女子と黒ウサギ娘はいまいち現実感に乏しいようだったが、その点シスターヨハンナは方針がハッキリしていた。

 なにはともあれ、教師として学園の少女たちを守らなければならないのだ。

 その点は赤毛としても異存はないが、


 パパッ! と、星系の外縁部で爆光が閃く段になっては、ただ逃げるというワケにもいかなかった。


「ロゼ」


「せ、星系パトロールとメナスが接触、多分撃沈された。シグナルロスト……。

 管制通信がメチャクチャになってる……。一般船籍にも被害……? 国際救難チャンネルにまで意味不明な通信が割り込んで――――」


「星系艦隊の動きは? どの程度迎撃に上がっている??」


「んなの分かんねーよ! データストリームもカオス状態で機能してねぇし! こんな状態でまともな情報拾えるワケねーじゃんよ!!」


 状況確認を求める赤毛の少女に、震える声で怒鳴り返すロゼッタ。その剣幕に、船橋ブリッジの皆が息を飲んだ。

 いつも淡泊ながら、必要な情報は確実に探してくれた頼れる情報オペレーターである。

 ところが今現在、乱れ飛ぶ通信と信号は整合性が取れない矛盾と齟齬に満ちており、何が正しくて何が間違っているかまるで分らないという有り様だ。時間がないのに、正確な情報を見出せないという焦りとプレッシャーもあるだろうか。

 そうして感情的に取り乱してしまう、という事態に、皆も状況の深刻さを思い知らずにはいられなかった。


「ロゼ、落ち着いて。ロゼの目と耳がないと、わたし達は何も分からない」


 そんな半泣きの柿色メガネに、優しくするでもなく奮起させるでもない、ただ冷静な口調で赤毛が言う。


 いっそ、無慈悲と言えるかも知れない。

 泣こうが喚こうが、情報オペレーターの上げる情報が、この船の全員を生かしも殺しもするという現実を突き付けるセリフ。

 柿色メガネの少女は、グッと喉から出かかったモノをこらえて、ストンとオペレーターシートに座り込んだ。


「みんなも冷静に、慌てるのは死んでからでも十分です。

 星系艦隊が機能しているなら、慌ててここを逃げ出す必要はありません。自衛に徹して安全になるのを待ちましょう。

 ですが今は状況不明、まずは危険な対象から船を守りつつ、星系艦隊の動きを見ます。

 これが我々を守れないようでしたら、即座に宙域の離脱を。

 ロゼ、船団を組む予定の船にも同様の連絡を頼む。判断が付き次第いつでも動けるように。

 人生でこんな戦いはいくらでもありますよ。常に最善を尽くしましょう」


 現実感の無さで地に足が付いていなかったお嬢さまたちも、どうにか気を引き締めて各人の配置に付く。

 最上級警戒態勢なので、シフトによる交代は無い。

 全員参加で防衛戦に臨んでいた。


「か、火器管制システム準備します! ターゲットはー……」


「ロゼ、IFFデータはメナスに合わせて更新してる? 火器管制FCSにデータリンク。可能であれば全船団とも共有して。ドルチェさんは迎撃状態で待機」


『出ていいんですの? こちらはいつでもいいですわよ??』


「まだ。メナスを刺激して引き寄せたくない。エイムチームはこのまま待機。

 アルマさん、センサーはパッシブ限定。なるべくこっちからは何も発信しないで」


「わかりましたー! えーと……全センサーにレセプター設定のみ……」


「あの……ゆ、ユリさん!? 何人もの乗客の方から、この船はどうなっているのかと質問の通信が何度も…………!!」


「タイミング見て逃げ出す予定だとだけ言っておいてください。シスターはそのまま船内対応をお願いします。わたし達の仕事の邪魔をさせないでください」


「ユイリ! 艦隊の機動部隊がメナスと交戦! あとブラッディ・トループとエクスプローラー船団から通信入った!!」


「キアさんはシスターの補佐に入ってください。シセさんはロゼから通信担当引き継いで、ロゼをデータ分析に集中させてください。

 外部から入る通信は全てわたしに接続を。はい、ディアーラピスマネージャー村雨」


 船橋ブリッジが慌しくなると同時に、カジュアロウ星系艦隊がメナス群と接触。警告も宣戦布告も無しに、即交戦状態に突入する。

 小型メナスの集団とヒト型機動兵器の部隊が急接近しながら、赤い光線と暗緑色の光弾の砲火を交えていた。


『どうすんだーお嬢さま方はー? 数は大したことないが、メナスの増援が来ないとも限らんしなぁ。てか正直あの数でも星系艦隊は少しヤバい』


『同意見ですね。状況が悪化する前に離脱出来るよう備えるべきでしょう。本音では、星系艦隊に頑張ってほしいところですが。今はまだメナスとの交戦も避けたいところですし……。

 皆さまには同意していただけますか?』


『エクスプローラー船団は同意します』


『エアマリンボーダーも同意する』


『モリアルーストも付いていくぞ!』


『リーフシップも異存ありませんが動くなら手遅れにならないようお願いします!』


『パンプキャビンも加えてください!!』


 事前に船団を組むことになっていた宇宙船に、唯理は急ぎ通信で再度の意思確認。

 友人の女子達には勇ましい事を言ったものの、戦闘を回避できるに越したことはないのだ。戦闘準備をすること、戦闘回避をすることは矛盾しない。


 アクエリアス星系行きの宇宙船が、エクスプローラー船団を中心に集りはじめた。

 この動きに、カジュアロウ星系の航宙管制部は、反応する余裕も無いようだった。


 星系艦隊の艦列が、星系中央方面から接近してくる。

 中央に陣取る、全長1キロメートル超えの双胴の戦艦クラス。その左右を固める重巡洋艦、高速巡洋艦、砲艦が、旗艦に合わせて一斉に主砲レーザーを発砲した。

 艦隊は生物のような装甲を纏う異形の集団に赤い光線を叩き付けるが、エネルギーシールドを抜けるのが3割、直撃しても撃沈までは至らない。

 逆に、メナス戦艦クラスによる荷電粒子の掃射で、主力戦艦を含む600隻が轟沈または大破。

 星系の端で、小さな太陽を生み出していた。


               ◇


『あれダメじゃありません?』


『星系どころか本星を防衛するのも難しいでしょうね』


 100隻ばかりの戦闘艦型メナスの列に、数で勝る星系艦隊が抵抗虚しく押し潰されていく。

 艦載機の小型メナスは、母艦となるメナスから数え切れないほど射出されていた。

 迎撃にあたるヒト型機動兵器は刃が立たず、食い荒らされるように撃墜され数を減らしていく。


 状況は早々に絶望的。

 格納庫のエイムで待機中のドリルツインテと、船首船橋ブリッジで状況を見ていた赤毛の少女は、意見を同じくしていた。


「遺憾ながらここにいる理由はなくなりました。直ちに星系から離脱します。ロゼ、他の船と同期確認を。

 ランコさん、船首回頭左30。2Gで前進開始。シセさん、レーザー砲立ち上げ、発砲スタンバイ。

 ディアーラピスマネージャー村雨より全船へ、こっそり離脱したいのでセンサー発信及び派手な動きは控えるように求めます」


 内心で期待していた赤毛同様、学園の女子たちも星系艦隊の奮闘には望みをかけていた。

 故に、村雨ユリムラセユイリのそれを切り捨てる判断をしたことで、その意味を知り全身が強張る思いだ。

 星系艦隊の壊滅は、ひとつの星系の陥落を意味する。数億からの住民が生きる星系で、未曾有の混沌と恐怖がはじまるのだ。

 それでも、自分たちがそれに巻き込まれるワケにはいかないので、ぎこちなく言われた通りに動き出すが。


 多くの宇宙船が同時にひとつの動きをする場合は、その情報共有や連動能力が重要となる。

 そういった必要な情報を一元管理し、動きを同期させる機能も宇宙船には必須とされていた。


「『ディアーラピス』先行します!」


「判断がいさぎよいな……勇ましいお嬢様方だ。本船団も追従して見せなければ、他の船が出遅れるだろう。

 旗船フラグシップ及び船団も即時発進。管制情報の共有も密に」


 操船装置より観測機器の方が多い、薄暗い中に無数のホログラム表示が浮かぶ船橋内ブリッジ

 その中心に、一転して古風な木枠の升席が設置されていた。

 結跏趺坐けっかふざ、脚を組んで胡坐あぐらのようにして座っているのは、黒い衣を着た禿頭の僧侶である。

 とはいえ、まだ中年と呼ぶにも若く見える、端整な顔をした二枚目だった。

 ノマド『エクスプローラー』船団の船団長、ゴーサラだ。 


「あーこりゃダメだぁ! 星系艦隊じゃ歯が立たん!!」


「さっさと星系中に警告してやらんと全滅しちまうぞ!」


「他人の心配より今は自分の心配だろうが! 知りたがり船団とお嬢どもに遅れんなよ! モリアルースト発進だぁ!!」


 巨大構造体、軌道上プラットホームを無理やり改造した宇宙船が、これまた後付感の凄まじい船尾ブースターエンジンから豪快に火を吹く。

 巨大質量を強引に動かしている、見た目と違いその性能と安定性は非常に高い。

 船橋ブリッジ内も機材を雑に積み重ねた様になっていたが、その中を横幅のあるマッチョどもが走り回っていた。

 ドヴェルグワークス騎乗競技チーム、ストレングスクラフターのフロック達だ。


「スネア教授! 他の船が動くぞ!!」


「妥当な判断だろぅ。星系艦隊がメナスに対して有効な戦術を持たないのは明らかだ。連邦圏の他の星から応援が来る望みも薄いだろぅ。

 最も懸命な戦略は、艦隊がメナスに対して遅滞戦術を取りつつ星系住民の避難を最優先する事だな。

 だが、我々がするべきことは明確だ。一秒でも早くこの星域から逃げ出さなくては」


 床面が青白く光る戦術ディスプレイになっている、段差の無いバリアフリーの船橋ブリッジ

 そこをうつ伏せで滑っていくのは、白黒ツートンカラーな寸胴人類。ペンギンそっくりなスフィニク人だ。

 胴体の中央にかけて丸っこい曲線を描く、これまたペンギンのような流線型の宇宙船。

 指揮を執るのは、長い眉毛が白髪になっている、メガネをかけた教授と呼ばれるペンギンのヒトである。


 先陣を切るホワイトグレイに濃紺の船、『ディアーラピス』。

 これに追従する、前後に円盤型の観測施設を持つ『ロニーステアラー』とエクスプローラー船団の108隻。

 改造プラットホーム船の『モリアルースト』。

 ペンギンの船『エアマリンボーダー』。

 装甲化した縦型双胴船『ブラッドブラザー』。

 それらと星系脱出に同行することになった260隻は、バラバラな動きながら船首方向を合わせていき、同一角度に達するやメインブースターを点火。

 無数の爆光が閃く星系を背に、船団は徐々に速度を上げていった。


「新たなスクワッシュドライブ反応ザッと30万! 宙域基準点45度付近の外縁! こっからは約30HD45億キロ!!」


 そしてこのタイミングで、懸念していたことが起きる。

 宇宙船のセンサーが、圧縮される空間の歪みを検知。

 すぐさま柿色眼鏡少女がデータを解析すると、メナス特有のエネルギー波形が無数のデータから洗い出されてくる。


 敵を示すアイコンが、宙域図の画面いっぱいに表示された。


 生きるか死ぬかの決断を迫られるタイミングは、いつだって唐突にやって来る。

 今回は、予想できていた分マシ、というところか。


「ロゼ、全船に警告。緊急ワープ準備」


「マジか…………。分かっていると思うけどこんだけ重力波荒れてると大した距離稼げねーぞ!? それにメナスに追われるとさぁ――――!!」


「分かっているけど、常にベターな選択肢を取るだけだ。今は少しでもメナス本隊から離れた方がいい。

 メナスの全てが追ってくるとは思えないし、次のワープまでの時間も稼げるかもしれない」


 ワープこと『スクワッシュドライブ』は、付近に惑星など大質量体が存在しない重力波の影響が少ない宙域でなければ、安定して使えない。

 それに、無限のエネルギーをもたらすジェネレーターを以ってしても、連続使用が難しいシステムだ。

 メナスが船団を追撃してきた場合、事によっては息切れしたところで追い付かれるかも知れない。

 だがそれを分かった上で、赤毛は柿色髪の少女に、ワープを使い星系の離脱を優先するべきという判断を伝えた。


 他の少女がいる手前、メナスが気まぐれに大挙して向かってくるかも、という予想は口に出せなかった。


 壊滅しつつある星系から、息を殺して一刻も早く遠ざかろうとする臨時船団。

 その動きに気付いたメナスの一部が、予想通り船団に向け猛スピードで突っ込んで来る。

 不運にも進路上にいた軍の輸送艦は、ついでのように砲撃を受けど真ん中から爆撒。

 膨れ上がる火炎と粉塵、撒き散らされるデブリの中を、生物のような外殻を纏う兵器群が突っ切って来ていた。


「ワープする船を援護します。ターゲットマーカー1番標的より順次迎撃。レーザー砲発振」


「了解です全レーザー砲ブラストオン!!」


 そんなメナスの反応も想定された内であり、臨時船団は戦闘力の無い船からワープに入った。

 赤毛のマネージャーが指示すると同時に、片髪を伸ばした火器管制当番の少女がレーザー砲の起動トリガーを押す。

 ディアーラピスの装甲の下から砲塔が飛び出し、突っ込んで来るメナスの方へ旋回すると、その鼻っ面へ真紅の光線を叩き込んだ。

 同じように、臨時船団の中でも火力の高い宇宙船が、搭載した兵器に火を噴かせる。


 メナスの先頭集団を叩くことで勢いを削ぐ船団は、最小限の被害で全隻がワープに入ることが出来た。

 しかしそれでも、100隻近い戦艦型と1,000機以上の艦載機型メナスがこれを追撃し、同じくワープへ突入。

 臨時船団には、未だに厳しい状況が続く。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ブラストオン

 激しいリズムと爆音による音楽、ブラストミュージックフリークの合言葉。

 テンションが上がると自然に出るらしい。




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