149G.ブレイクスルー ブレイクフリー

.


 ノーマ流域ライン、アルベンピルスク星系グループ

 第6惑星『ソライア501』、静止衛星軌道、騎乗競技会場。

 第一競技エリア。


 騎乗競技会最終種目、模擬戦。

 聖エヴァンジェイル学園騎乗部チームは、104戦目にして優勝候補と目される連邦軍付属校チーム、ラーキングオブシディアンと対戦していた。

 多少の因縁もある相手だが、実力は完全に上位で、正面から当たるのはやや不利というのが対戦前の予想。

 しかしその序盤、防衛に徹しラーキングオブシディアンの焦りを誘うと、連携を乱したところで騎乗部チーム最大の優位点である格等戦に持ち込むことに成功。

 直後に三機を撃墜判定に追い込み、リーダーのマルグレーテ・レーンも落そうとしていた。


 ところが、マルレーンマルグレーテ・レーンはオペレーター保護の為に性能を抑えていた機体エイムのリミッターを外し、騎乗部の超高機動に真っ向から対抗して見せる。

 軍隊格闘マーシャルアーツを用いイノシシ武者を下すと、その勢いを逃さず天才的な外ハネ少女を続けて撃墜。

 1対1を得意とするドリルツインテールをも、格闘戦の不利を覆してマルグレーテが競り勝っていた。


 この間に、騎乗部のクラウディア部長とエルルーン生徒会長、それに電子メッセージ依存女子フローズンの3人は、他のラーキングオブシディアン機を撃墜。

 3対1という状況ながら、全く油断出来ない攻防が続いている。


                ◇


 聖エヴァンジェイル学園騎乗部の部長、という事にはなっているが、実のところその肩書きも、クラウディアにはコンプレックスになっていた。

 どういうワケだか、騎乗部のオペレーターは手錬てだれ揃いだ。

 教師役の赤毛のルームメイトは、外見と中身が一致していない。

 ただ仲の良い友人だと思っていた髪が外ハネしている娘は、気が付けば天才だった。

 同じく前からの友人である通信依存の娘は、射撃支援をやらせれば随一の腕ときている。

 ヴァルゴの後宮生徒会と兼部の生徒会長は、割とどんな役でもこなす上に、剣術に手馴れていた。

 やや気性の荒い茶髪の少女は、突撃に際し恐れを知らない。お傍付きらしきブルーメタルの髪の少女は、どうやら実戦経験者らしい。

 ドリルツインテール女子は、赤毛と渡り合うほどのエイム戦闘技術を持っている。


 つまり、自分が一番弱いのだ。

 部長という立場の者が、エースである必要はない。でも、ひとつの戦闘集団を統率する能力が自分にあるかと問われると、クラウディアはNoと答えざるを得なかった。

 それを、村雨ユリに話したことがある。

 騎乗部の部長としては、能力的にフローズンが良いのではないかと。


 だが、村瀬唯理むらさめゆりは、クラウディアの能力も適正も重要では無いと言った。


 故に、能力差がどれだけあろうと、華奢な金髪娘は黒いエイムに挑まねばならないのだ。


「エル会長撃って! 横槍を入れる!!」

『了解だ!』


 前後に並び直進していたメイヴ二機、その前の機体が直前で横に跳ね、敵機に対し迂回する軌道に偏向。

 この直後、後続の機体が腕部マニュピレーターのレーザーを発振した。

 

「ふんッ――――!」


 と、電子戦ECMでの照準妨害、攻撃予測位置の割り出し、という基本手順を一瞬で済ませるマルレーンは、直角に折れ曲がるような高機動でこれを回避。

 押し潰されそうな荷重に耐え、射撃して来た敵機の側面を取る。

 そこから真逆に切り返して再度レーザーをかわしながら、今までの競技で見せたスマートさなど忘れたように、思いっきりラフにぶつけて来た。


「ッでぇええええい!!」


 その直前に、横合いから追っかけ気味にクラウディア機が体当たり。

 黒いエイムと騎乗部のメイヴ、二機は絡まり合うような軌道で明後日の方向へ飛んでいった。

 そして、遠心力で分かれたふたりは、同時にビームブレイドを起動。

 背面ブースターの出力を上げ、真正面から突撃。

 仮想ビームブレイド同士は反発も無く接触と同時に無効化判定となるが、運動エネルギーは消えることなくそのまま激突する。


「ぐふァ!!?」

「んぎゃ!!」


 コクピットの保護能力を超える衝撃が加わり、乙女ふたりが激しく揺さぶられた。

 ビー!! と機体のダメージコントロールシステムが激しく警報アラートを響かせる。


「くッ! ……ふぅッ!!」


 僅かに先に復帰したのは、黒いエイムの方だった。

 即座にブースターを吹かし、クラウディア機の上を取りながら射撃の構え。

 鍛え方、接近戦の危険を回避しての射撃、同時に距離を取る合理的な判断は、やはり軍事系学校の教育の賜物か。


 寸前で気付いたクラウディアもブースターを点火。咄嗟の判断で黒いエイムの足下から背中側に潜り込み、相手の射撃角度を制限する軌道に。

 互いに背後の取り合いとなり、急上昇しながらの追撃と射撃戦闘となる。


『ECMフリケンシー……エミッタトレーサーの回避パターン生成……イルミネーター設定』


 しかし、この状態だと黒いエイムが味方機メイヴと離れているので、遠距離から片目隠れのマークスマンが支援しやすかった。

 電子妨害ECMによる照準妨害をクリアにし、エイムのセンサーと射撃指揮装置イルミネーターが本来持つ絶対の照準性能を取り戻す。


 追尾照準ロックオンされたのを感知する黒いエイムは、自動で電子妨害ECMの信号パターン変更。

 同時に、銀色の煙幕パーティクルジャマーを展張し、機体を反転、逆立ちの体勢で追いかけて来るクラウディア機へ突っ込む。


「エルさんクロスファイア!!」

『合わせる!!』


 正面衝突コースから屈折して外れるメイヴは、もう一機と臨機応変な交差射撃の連携へ。

 赤い光線に追われながら突っ込んで来る黒いエイムは、更に2方向から集中砲火を受けながらも更に加速し、激しい回避機動で踊って見せた。


「なんてヤツ……!?」(最大加速度49.6G!? 完全にユリ並!!)


 再び自動照準が外れ、クラウディアとエルルーン会長は手動で照準を合わせようとするが、相手が早過ぎて追尾し切れない。

 とはいえ、撃たれ放題となれば追い詰められるのはマルレーンの方なので、レーザーを回避しながら急激に距離を詰めて来る。


 イノシシ女武者と傭兵ツインテドリルを、格闘戦で堕とした相手だ。

 自分も呆気なく撃墜されるのか。刹那に、華奢な金髪少女の、腹の底から込み上げてくる震え。

 それでも、


『クラウディアさんが死ぬまで戦い続けることに、変わりはありませんよ』


 赤毛のルームメイトが、何でもない事のように微笑みながら言ったセリフが思い起こされた。

 武器を取って戦った瞬間に、その者は死ぬまで戦い続けるしかないのだという。

 連携を上手くやれるか、リーダーの適正の有無、自分と敵の優劣、それらは勝敗を決める要素ではあるが、交戦可否の基準にはなり得ない。



 どうせ死ねば終わりなのだから、生きている限り生きる為に戦い狂えばいいのだ、と。



「ッでぁああああああ!!」


 線の細い金髪のお嬢様が、咆哮を上げ弱気を吹き飛ばして最大加速。シートに身体を押し付けようとする10G近い荷重に抗う。

 ビームブレイドを正面に構える、ドリルツインテから学んだフェンサースタイル。

 これを、突撃しながら真正面へ最短距離にて振るうが、偶然か黒いエイムの軍隊格闘マーシャルアーツスタイルの刺突と正面衝突した。

 ビームブレイドは打ち消されるが、相対で100Gの衝撃に腕部マニュピレーターは木っ端微塵に。

 間髪入れずに黒いエイムが左腕のビームブレイドを展開し、クラウディアもこれに反応する。


 かと思った瞬間、ビームブレイドを後ろに引かれ、代わりに直撃する黒いエイムの前蹴り。


 カウンターかつダマし打ちの衝撃で、息が出来なくなるクラウディア。

 咄嗟にカバーに入ろうとするエルルーンだったが、味方機への誤射を警戒して直接接近したところに、黒いエイムがビームブレイドをぶん投げてきた。


「うわッ――――!?」


 まさか武器を投げ付けるとは思わず、エルルーン王子のメイヴが機動を乱す。

 とはいえ、いくらエイムが大きな駆動エネルギーを持つとしても、原始的な投擲が致命打となるワケもない。どこぞの赤毛じゃあるまいし。

 回転して飛んで来るビーム刃に一瞬面食らったものの、エルルーンは簡単にこれを回避し、


 黒いエイムが、破損したマニュピレーターから回収した最初の・・・ビームブレイドを、一閃。


「ッ……やられたな、すまない部長」


 エルルーン機、撃墜判定。

 そこから間髪入れずにビームブレイドを振るう黒いエイムに、どうにか立ち直るクラウディアのメイヴもビームブレイドを叩き付ける。

 もう仲間が墜とされるのに驚いている余裕も無い。集中力限界だ。


 ブレイドが接触し、両機は胸部から押し付け合うようにしてぶつかり、そのままブースター全開のせめぎ合いになった。

 軋む基礎フレームに、接触部分が火花を上げる装甲、背面部、脚部、肩部のブースターが盛大に炎を吹き上げ推力を振り絞る。

 単純なエイムのブースター出力がモノを言う展開だが、これはメイヴが徐々に押されていた。


 おのれ連邦軍の手が入っている半分軍用エイムめ。創作部のメイヴが性能的に劣っているようで口惜しい。


 フルパワーを続ければ、流石に燃焼触媒も使い果たす。ブースターエンジン自体も、高い負荷をかけ続ければ破損してしまう。

 どうにかブレイドを振るえる間合いを取りたいが、今は完全密着状態だ。引き離すにも、ブースターのパワーはラーキングオブシディアンの方が上。

 このまま力比べをする意味も無い。


 均衡は数秒。

 クラウディアが片脚のブースター出力を僅かに下げると、両機のバランスが崩れ回転し遠心力に突き飛ばされた。

 コクピット内のオペレーターも振り回されるが、ペダルを踏み付けこれに耐え、ブースター出力も増し相手へ斬りかかる。

 ブレイドを相殺、マニュピレーターの激突、機体の接触、蹴り、機体を回転させブレイドを振り抜こうとし、その前にマニュピレーターを受け流パリィされ、しかし気合だけで腕を曲げて肘打ち。


 ペダル踏みっぱで高加速を続けながら、ゼロ距離での殴り合い。

 競技エリアを飛び出しそうになったので、両機同時に反転しクイックターン。そのままエリア中央の構造体へ猛スピードで突っ込む。

 流れ星のノリで巨大な傘に墜落した両機は、斜面に機体を押し付け派手に火花を撒き散らしながらも、一撃必殺のビームブレイドを振るい続けていた。


『左腕マニューバブースター破損、頭部センサーアレイオフライン、左腕レーザーモジュール異常加熱、腰部ブースター――――』

「うるさいうるさいうるさい後にして!!」


 ガリゴリ削れるメイヴの管制システムが警告表示を連発するが、それどころではないクラウディア嬢は目を血走らせこれを黙らせる。


『右脚部アクチュエイターに障害発生、腰部ブースターフィン動作不良、偏向に――――』

「マスターアラートまで全てオフ! 邪魔だッ!!」


 同じく転げ回る黒いエイムがオペレーターに警告を出すが、敵以外見えていないマルレーンは、ダメージコントローラーをバッサリ切った。


 競技会場、中央構造体の傘の上、観客席の目の前でクラッシュする聖エヴァンジェイル学園機と、ラーキングオブシディアン機。

 その両機はある程度摩擦で減速すると、残る左腕マニュピレーターで傘を引っ掻き制動をかける。


 地面に手をつき、野生動物のような体勢のメイヴと黒いエイム。

 それがたまたま、少し離れた位置でお互いの方を向いており、


 先にブースターを全開にしたのは、黒いエイムの方だった。

 この時点で、マルレーンは勝利を確信する。

 騎乗部のエイムは、そのマニュピレーターにビームブレイドを保持していなかった。衝撃で脱落したものと思われる。


「悪いがここは逃さない!!」


 状況は、すぐにクラウディアにも飲み込めた。

 火器管制FCS武器選択表示ウェポンセレクターにビームブレイドの表示が無い。

 散々殴り合いに使ったマニュピレーターに付属するレーザーガンは使用不能。

 黒いエイムは、0.5秒以内に自分のエイムをビームブレイドで叩き斬るだろう。


 そう思った瞬間、脳にフラッシュバックするのは学園での練習風景。


『対刃柔術において、最も重要なのは相手の刃の間合いの内側に入り込むこと』


 ビームブレイドを打ち放ってきた黒いエイムのマニュピレーターを、直前で腰部ブースターを吹かし僅かに軸をずらしたクラウディアの左腕が捉える。


『相手の勢い、つまり慣性をそのまま利用し、自分の思い通りの方向へ誘導すること』


 右脚部ブースターも吹かし黒いエイムを巻き込む形で回転するメイヴは、相手の慣性方向を誘導して足元の傘へと叩き付けた。


「あがッ……!!?」


 背中側から自身の最大推力で激突した黒いエイムは、ブースターが軒並み大破。

 衝撃はコクピットまで突き抜け、マルレーンは息の根が止まりそうになる。

 そして、


『最後に、相手が無防備になった瞬間に、躊躇わずトドメを刺すことですね』


 実際に、赤毛の少女がヒト型作業機にやって見せたように。

 ドガンッ! ドガンッ!! と連続で脚部を振り下ろし、クラウディアのメイヴは黒いエイムの残ったマニュピレーターと頭部を踏み潰した。


               ◇


 騎乗競技、模擬戦はその後全チームの対戦を消化していた。


 聖エヴァンジェイル学園対ラーキングオブシディアンの一戦。

 それは、仮想の攻撃を用いた擬似的なモノであったにもかかわらず、実際に機体エイムを潰すほど苛烈な、歴史に残る一戦となった。

 対戦終了後も、観客の興奮冷めやらず。

 公営ギャンブルの賭け率オッズ、ラーキングオブシディアン優位の予想を覆した聖エヴァンジェイル学園チームは、優勝間違い無しと思われた。


 お嬢様どもは力を使い果たしていたので、その後の上位チームとの対戦は全敗したが。


 聖エヴァンジェイル学園騎乗部は、最終的に総合得点で5位入賞となった。

 ちなみに、ラーキングオブシディアンも消耗が祟って落せない対戦をふたつほど落とし、優勝を逃し2位となっている。


『アルベンピルスク星系騎乗競技会は、およそTM1,000前に統合政府に併合される前の国、サンベール王国の王室により創設されました。

 古くはプロエリウム発祥の星、ジ・アースにおける原生生物の騎乗技術を今に継承する主旨にてはじまり、今日ではエイムという天駆ける馬による技術を競う大会へと移り変わってまいりました』


『エイムが星間文明と宇宙開発における根幹の技術となって久しく、この騎乗競技の伝統もまたここに引き継がれるに相応しい競技会となりましたー。

 またこのたびの競技会では、まるで古参エイム乗りによる実戦さながらの対戦も見ることができましたね。観覧席の方も見応えがあったのではと思います。

 次大会も、先人の技術を未来に繋ぎ、新たな可能性を見せてくれるモノとなるでしょう』


『アルベンピルスク星系政府主催、騎乗競技会は以上となります。参加チームの皆様、ご来場の皆様、お帰りの際はどうぞお気をつけてお願いいたします』


『なおご来場の前とは交通情報が大きく変わっております。皆様、公共交通案内システムへお問い合わせの上、ガイドロケーターを最新の情報へ更新するのをお忘れなく!』


 会場全体に、競技の解説をしていたミドリとピンクの解説さんのアナウンスが響いている。

 それを聞いて、騎乗部の娘たちが泣き出した。

 閉会式と5位入賞の授賞式までは、騎乗部も創作活動部の皆も、何やらボーっとしていたのだ。

 どうも燃え尽きていたらしい。

 それが、会場アナウンスにより競技会の終わりを実感して、感情が戻ってきたようである。


「ぅ……ふぇええ……ぐッ……みんなごめんなさいッ。わたし足を引っ張ってばかりだったぁ!」


「なんでそういうこと言うのー!」


「クラウディアさーん!」


 声を詰まらせて謝る華奢金髪部長に、子供のように泣きながら飛び付く外ハネ娘。更に、滂沱の如く涙を流す、瞼を閉じられない単眼少女が突撃していく。

 片目隠れの通信女子は、ヒックヒック言わせながらさめざめと泣いていた。

 口をへの字にして、プルプル震え我慢する茶髪イノシシ娘。目から涙が溢れそうだ。模擬戦ももうちょっと考えて突っ込めばよかった、と言いたいが、口を開くと決壊しそう。


「わたしも、あまり役には立ちませんでしたわね」


「エリィくんが参加しなければ、皆ここまで剣の戦いに慣れなかったと思うけどね」


「ええ、エリィさんは良い仕事をしてくれました」


 ドリルツインテの傭兵は、そっぽを向いたまま顔を見せようとしなかった。

 素直に貢献を認める王子様に、裏の意味を含める赤毛のマネージャー。

 一瞬、表に回って顔を見てやりたくなる村雨ユリムラセユイリだったが、形振なりふり構わずブッ飛ばされそうな気がしたのでやめておいた。

 この状況で乱闘とか空気が読めてないにも程があると思うので、武士の情けである。


「ふぅ……グシュ……み、みなはん……た、たいへん、立派でしたッ。みなさんのがんばりがぁ……がんばりがぁ……うふぅううう!!」


「シスター!」

「シスターヨハンナぁ!」


 修道服の若いシスターは、お顔が大変なことになっていた。涙と鼻水が開放状態だったが、創作部の少女たちが構わず抱き付いていく。聖職者的にも、可愛い生徒達を拒む理由はない。


「ユリくんからも、指導者としてなにかあるんじゃないのかな?」


「なにか、ですか?」


 競技会場中央構造体の、チーム控え室にて。

 聖エヴァンジェイル学園騎乗部も、長い競技会を終え学園に帰る時間となっていた。

 その前に、エルルーン会長は締めの挨拶をしろと言っている。

 役割的に、それは赤毛の少女のモノとなるのは当然ではあった。部長が泣きじゃくってそれどころではなさそうなので。


「皆さん……お疲れ様でした。皆さんの騎乗競技は、ここでひと段落となりましたね。

 実際のところ、わたしもまだ十分な事を教えられたワケではありませんし、皆さんもエイム乗りとして、またはその技術スタッフとして、一人前に達しているとは言えません。

 ですがそれでも、この競技会では身に着けた技術以上の実力を発揮して見せてくれました。

 素晴らしい内容だったと思います」


 短期間で、素人のお嬢様の集まりでしかなかった聖エヴァンジェイル学園騎乗部を、ここまで引っ張り上げた赤毛の少女。

 そのやり方は「ちょっと気が狂っているんじゃないか」と皆が思ったものだが、こうなってしまえば指導者として非常に優秀だと認める以外なかった。笑顔で地獄見せて来るからこのヒト

 その指導教官からそれなりに認められたとあって、無言のまま皆にまた涙が込み上げてくる。


「それにクラウディア部長、最後までリーダー機として戦い抜いて見せましたね。

 クラウディアさんはご自身の能力に疑問を持っておいででしたけど、どんな才能も生きて仕事をやり切らなければ意味がありません。

 ラーキングオブシディアンとの対戦で見せた気合を忘れなければ、プロのエイム乗りになった後も生き残れるでしょう。

 見事な戦いぶりでした」


「ゆ……ユリさーん! うぉップ――――!?」


 単に発起人だからという理由で、能力に劣る自分が部長をやっていいのだろうか。

 そんな悩みを抱えていたクラウディアも、赤毛のルームメイトのセリフに感極まり、はしたなく・・・・・も飛び付いていた。

 今だけはお行儀や無作法などより、この喜びを全力で相手に伝えたいのである。

 そして、


(なにこれ!? ユリさんのおっぱいスゴッ!!? フワフワなのにタップリしたのに顔が包まれてるゥ!!!!)


 赤毛の胸に飛び込んだ華奢娘は、圧倒的なふたつの膨らみに顔を埋め、そのあまりの感動に意識が飛びかけていた。

 ある意味台無しである。


                ◇


 競技会場中央構造体の港、その出発ロビー内は、宇宙船に乗る人々で賑わっていた。

 桟橋に付き、乗客を待つ貨客船。

 足下にある惑星、ソライア501へ下りる往還用ボート。

 または、個人や組織が自前で所有している船。

 そういった船へ乗り込む為に、ボーディングブリッジや移動用小型ボートの順番待ちをしている。

 あるいは宇宙船自体が、施設を利用する為に順番待ちをしている状態だった。


 聖エヴァンジェイル学園ご一行はというと、なんと言っても運営母体が銀河の名士ハイソサエティーズなので、この辺の順番も多少は早い。

 ホワイトグレイと深い青のシンプルな船、ディアーラピスは自動補給サービスを終え、いつでも出られる状態。

 競技会運営部とソライア501の軌道上管制による手続きが終了し次第、騎乗競技会場を離れることになる。


「その前に話をしておきたかった。間に合ってよかった」


「ああ……ラーキングオブシディアンの……。ごきげんよう、連邦軍の方なら、優先的に出港されたかと」


 と、ロビーチェアに座りブリッジ前で待っていたお嬢様らの前に来たのは、黒い制服を着た褐色肌の長身女子。

 連邦軍付属校の生徒、ラーキングオブシディアンのリーダー、マルグレーテ・レーンだった。

 少し離れたところに他の面子もいるが、何やらばつ・・が悪そうな顔をしている。

 なお、ラーキングオブシディアンの宇宙船は、連邦軍が用いる1世代前の巡洋艦で、こちらも発進直前であった。


「学校に戻ったら、教官殿に格闘戦状況の訓練を徹底すべきだと意見具申しなくてはならなくなった。

 優勝楯を持ち帰って当然と思われた任務を未達成で、こんな常識外れの報告をしなくてはならないとは。

 まったく今から気が重い」


「それは…………なんと申しますか……ごめんなさい」


 そういえば対戦後は疲れ切って忘れていたが、相手のエイムの頭とか踏み潰したな。

 そんなことを思い出す華奢な金髪部長は、物凄く悪いことをした気がしてきた。

 分かりやすく追い詰められた顔色となる部長に、話を聞いていた単眼娘やマシュマロといった気の弱い勢はハラハラしている。


「謝る必要はない、単なる結果だ。実際感謝している。

 私はあなた方との模擬戦まで、軍人とエイムオペレーターを単なる仕事ジョブだと考えていたようだ。全ては規範ルールに従い処理すべき務めタスク。それを可能にする技量を備えるのが、連邦軍の軍人の役割だと。

 だが違ったな。恐らく、あなた方との対戦の最後の……あれが本質だったんだろう。

 いざという時に、全てを出し尽くさなければ意味はない。もっといい表現があるのだろうけど、多分こんなところだ」


 褐色高身長な少女、マルレーンの方には恨みなど負の感情は見られなかった。

 最初に顔を合わせた時より、真面目さが鳴りを潜めてふてぶてしさ・・・・・・が出たように思うのはクラウディアの気のせいなのか。

 いずれにせよ、驚くほど好意的ではあった。


「全ノーマライン競技会には出て来るのだろう? その時までにはウチのチームももう少しマシにしておく。

 その時に今回の借りは返したいところだな。

 騎乗部チーム、また対戦で会おう」


「え!? あ、はい、是非…………」


 この競技会を戦い抜くのに必死で、その後の事もさっぱり頭から抜けていたクラウディア以下騎乗部員達である。

 今回のアルベンピルスク星系競技会を5位で終えた事で、聖エヴァンジェイル学園騎乗部は上のグレードとなる『全ノーマライン競技会』への参加資格を得ていた。

 ラーキングオブシディアンも2位通過しているので、そちらの競技会にも出るらしい。

 色々と戸惑っていたので、マルレーンの握手に応えるクラウディアの返事も、気の無いモノになってしまった。


 そんなコミュ力が限界な部長を気にする事もなく、最後に褐色の長身少女は赤毛娘に向き直る。


「あなたは彼女たちより強いのだろう? 次の競技会では出て来るのかな?」


「どうでしょう? 競技会前ならともかく、今の皆さんならわたしともいい勝負をしてくれそうですが」


 穏やかな笑みで首を傾げるばかりの赤毛様。

 しかし、その奥に底知れないモノを覚えたマルレーンの背中に、少し汗が浮き出ていた。


                ◇


 ラーキングオブシディアンの宇宙船が、ボーディングブリッジから離れていく。

 大窓越しにそれを見送りながら、お嬢様たちはしばし無言だった。

 実力を認め合うライバル、という存在を得たのは、はじめての経験である。

 ただ何となく、創作部の少女から出た「なんかカッコイイですね」というセリフが、全員の総意であった。


『管制部から出航の許可出ましたよー。30分間の優先ルートなので、急いだ方がいいかと思いまーす』


「はい、それでは皆さん、船に乗ってください。学園に帰りましょう」


「はーい!」

「はいシスター」

「はー……なんかアッと言う間でしたねー」

「まだ帰り道がありますよ」

「学園に帰ったらどうするんですか?」


 先に船の中で手続きや留守番をしていた柿色メガネ少女から、出発ロビーの女子たちに出発の時間だと告げられる。

 ポンッと手を打ち乗船を促すシスターヨハンナに、疲れを見せながらも嬉しそうに笑い合いブリッジに踏み入るお嬢様方。

 最後尾にいたクラウディアは、何かに気付いたようにヒトで溢れるロビーの、その向こうへと振り返った。

 フと、現実感が希薄になったのだ。


 まるで、今まで夢の中にいたような。


「これで満足されますか? クラウディアさん。まだ続けます?」


 ここで声をかけるのが、前にいた赤毛のルームメイトだった。

 本性を垣間見えさせる、少し意地悪な笑み。

 答え分かってるだろ、と言ってやりたいクラウディアは、わざと素っ気無い返事をしていた。


「最後まで、でしょ? まだ行けるわ」


「そうですか」


 クラウディアとて、まだ自分がエイム乗りとして十分な実力を付けたとは思っていない。

 生きている限り、最後まで自分ひとりで生き切るしかないのだろう。軍人としての本質を見つけたマルレーンのように、それがクラウディアの見つけた本質だ。

 ならば、それだけの力を得なければならない。


「次は全ノーマライン競技会ね!」


「クラウディアさん、先ほどまで忘れてましたよね?」


「そんなことないもん!」


 夢見心地のフワフワした感覚から抜け出し、華奢な少女の足取りが確かなモノになった。

 赤毛に恥ずかしいところを突かれたが、小型犬のように威嚇してそこは誤魔化す。

 そんな勢いに任せ、次の戦場へ赴くように、クラウディアは大股で赤毛の少女を追い越していった。



 競技会場全館に、ホログラム映像が出現したのがその時だ。



『えー競技会場にいらっしゃる全ての方にご連絡します。

 ただいま、アルペンビルスク地方行政府及び、アルカディア代理行政機構政府より緊急放送が行われております。

 繰り返します、アルカディア代理行政機構政府よりの緊急放送です。ご覧ください』

 

 競技の際には軽快なトークで観客を楽しませていたミドリ髪のお姉さんが、今は全く洒落っ気無しの真剣な顔でアナウンスしていた。

 何がはじまったのかと、ざわめきが治まる出発ロビー。

 空中投影される無数の画面は、解説のお姉さんの姿から紺のスーツを着た緊張感のある女性のモノに変っていた。


『この放送は連邦中央政府代理行政機構として、アルカディア地方行政府より発信されています。

 36時間前、サンクチュアリ連邦中央政府はその統治能力を完全に喪失し、政府機能は自動的にアルカディア、アスガルド、シャングリラ、エルドラド、エデンが代行を開始しました。

 連邦中央星系は現在完全に封鎖されており、どのような手段、どのようなルートを用いても、侵入は全て禁止とされます。

 連邦圏の全ての星系政府は非常事態を宣言、最大レベルの非常時警戒態勢に入る見込みです。

 連邦市民の皆様は、現在所属する行政府の指示に従い行動してください』


 映像がリピートに入り、同じ内容が繰り返される。

 スーツの女性のセリフも分かり辛かったが、競技会場、アルベンピルスク星系圏、この放送を聞く全ての人々が、しばしその意味を理解できずにいた。


 シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦の中心となる星系、サンクチュアリ。

 天の川銀河最大の国家、連邦はここから連邦圏全ての星々を支配しているのだ。

 それが完全に封鎖され、しかも政府として機能しなくなったという。

 しかも、事の起こりが僅か36時間前という、誰もが予想し得なかった寝耳に水の事態。


 これらの意味するところは、つまり連邦という巨大国家の崩壊に等しかった。


「…………なにこれ? どういうこと??」


「5年どころか1年ももたないのか、連邦のヘタレがぁ…………!」


 呆気に取られたクラウディアが緩慢な動きで振り返ると、赤毛の少女は見たこともないほど殺気立った顔を歪めている。


「ユリさーん!」

「ユリさん、クラウディアさん、緊急放送っていうの見てますか!?」

「おいユリ……さん! これって……!!」


 船に入りかけた学園のお嬢様たちも、慌てたようにブリッジの中を駆け戻ってくる。

 出発ロビー内は、徐々にざわめきがパニックに変りつつあった。


 この日を境に、聖エヴァンジェイル学園の少女たちも、天の川銀河の全ての人類も、そして村瀬唯理むらせゆいりも、新たな戦いの局面を迎えることになる。




【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ダメージコントローラー

 エイムや宇宙船、または施設への損害を抑制するシステム。

 搭載されたセンサーによる自己診断と、自動修復セーフガードシステムによる応急措置、または機能不全に陥った箇所の緊急停止や保全措置が一例となる。

 使用者への警告も併せて行われるが、警告したところでどうにもならない場合は無視される。


・ガイドロケーター

 宇宙時代必須の道案内機能。個人情報機器インフォギアの基本機能でもある。

 オンライン状態にあるネットワークから情報を得て自動で周辺地図を作成、使用者の求めに応じた目的地までの案内を行う。

 広大な星間文明圏を旅するにあたり、ガイドロケーターが無ければ数千倍の労力と時間を浪費すると言われる。

 一方で、歩いて行ける近場にもガイドロケーターを用いるようになった為、生物本来の移動能力を退化させているのではないかという議論もある。


・シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦

 192億星系、人口1垓9,200京人を誇る有史以来最大の人類国家。

 艦艇数1,533兆隻、軍人は384京人(平均実働数1割)と言われている。

 銀河先進ビッグ3オブ三大国ギャラクシーの一角だが、実質的な銀河の支配者でもあった。




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