148G.クロスブレイド ローニングキル

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 ノーマ流域ライン、アルベンピルスク星系グループ

 第6惑星『ソライア501』、静止衛星軌道。

 騎乗競技会場、第一競技エリア。

 

 騎乗競技会最終種目、模擬戦。

 聖エヴァンジェイル学園騎乗部は、模擬戦の104戦目を迎え、現在は連邦軍付属学校のチーム、ラーキングオブシディアンと対戦中だった。


 競技技術においては、ラーキングオブシディアンに一日の長あり。

 故に、騎乗部は相手の土俵に上がっては勝てないだろう、という予測になっていた。

 そこで赤毛のマネージャー兼訓練教官、村雨ユリは、自分たちが戦えるフィールドに相手を引き摺り込む作戦を選択。

 序盤は防御に徹し、攻めあぐねるラーキングオブシディアンが連携を乱して来たタイミングで、各機1on1に持ち込んでの交差距離クロスレンジ戦闘による殴り合いステゴロに突入した。


 競技以前に、現代におけるエイム戦では、交差距離での戦闘自体がほとんど想定外となっている。

 対戦していたラーキングオブシディアン、それに競技会場の全員の度胆を抜いたオペレーターのお嬢様どもは、機体エイムごとぶつける勢いで総攻撃を開始。

 間も無く三機を撃墜判定に追い込み、立て直す間を与えず速攻をかけていた。


 そんな中で、突撃イノシシ少女、石長いわながサキはラーキングオブシディアンのリーダー機を仕留めにかかる。

 ところがここで、リーダーのマルグレーテ・レーンは機体エイムのオペレーター保護機能を全てオフに。

 機体性能の全てを引き出し、一転して騎乗部へ攻撃を仕掛けていた。


                ◇


「んなッ!? コイツッ!!」


 サキの目には、敵機が一瞬消えたかのように見えてしまう。想定外の高機動により、脳と認識が付いてこなかった為だ。

 それでも、自分より早い相手ユリとの訓練も、十分に積んでいる。

 センサーで敵機の位置を把握すると、極小の機動半径で180度旋回し、その背後へと強襲。

 射撃しつつ突っ込み、即撃墜せんとした。


 そこで、マルレーン機が上下反転。回避しながら撃ち返し、サキから見て下方向に回り込む。

 すぐさま機体を左右に振り、蛇行しながら敵機を追うイノシシ武者。

 双方改めて急接近しながら互いに撃ち合い、減速無しの衝突軌道に乗せていた。

 接近に合わせて、マルレーンの黒いエイムもビームブレイドを展開。

 目を剥くイノシシ娘だが、それだって赤毛の怪物相手に散々訓練している。


「白兵戦をやるつもり!? こっちは死ぬ気で覚えたんですけど!?」


『おもしろッ! サキちゃん一緒にやろ!!』


「お生憎メアさん! すぐ片付けちゃうわよ!!」


 ほぼゼロ距離の間合いで、マルレーン機、サキ機は正面からビームブレイドを振るい合う展開になった。

 当然ながら、実際にビームの剣が形成されているワケではない。ビーム同士の干渉も発生しないので、かわすか、あるいは殴り付けるかという行動になる。

 目紛めまぐるしく、極狭い範囲をブースターの力任せでブッ飛ばす戦闘に、観客席は本大会で最高潮の盛り上がりを見せた。


『これはまさかのラーキングオブシディアンまで格闘戦に入ったー! どちらもビームブレイド一発撃墜の間合いですが全て相殺判定に持ち込むー!!』


『本来ならビームブレイドは亜光速で放出されている為に、接触時には大きな反発が発生します。ですがシミュレーションでそこは再現しきれない為に、このようなエフェクトになっておりますね。

 仮想戦闘の限界という事になってしまいました。これほどの対戦を忠実フォローしきれないのは、実に残念に思います』


 ミドリの解説さんは無論のこと、冷静なピンクの解説さんのセリフにも熱が篭っている。


 茶髪イノシシが乱暴にレバーを引き、片方のペダルのみベタ踏みし機体を捻り込ませる。

 メイヴが豪快に横滑りしながら、竜巻の中心へと巻き込むような円の軌道で、ラーキングオブシディアン機を強襲。

 真横から一瞬で背後へと流し斬る、どこかの赤毛が何度か見せた太刀筋だった。


 本物は、これを直前で真逆の方向へと切り返したり、背後に回ったと思わせて正面に出て来たり、とサキは何度か死ぬかと思ったが。


 思い付きではじめたような交差距離戦闘CQCで、これに対応出来るものか。

 ビームブレイドを腰に引き付け、機体ごと回転しての横一文字に薙ぎ斬るイノシシ少女の必殺の一撃。

 完璧に入った、と確信する石長いわながサキは、


 ガツンッ! と、斬撃に対し腕部マニュピレーター同士をぶつけられ、その一撃を弾き飛ばされた。


「なに――――!?」


 何が起こったのか分からず、ただ勢いに流され上体が泳いでしまうサキの機体。

 ここを、マルレーンのビームブレイドに一閃された。

 石長サキ、撃墜判定。

 更に、黒いエイムはサキのメイヴを盾にして、その陰からナイトメアへレーザーを乱射する。


『うわッ!? わわわちょ――――!!?』


「ナイトメアさん!?」


 サキを援護しようと接近していたナイトメアは、まさかの展開に頭が付いて行かず、その射撃から逃げ損ねる。

 慌てて離脱したが、レーザーによる攻撃でダメージポイントが加算しているところに、別の黒いエイムから攻撃を喰らい撃墜判定を受けた。

 

「あら、やりますわね」


『ウソ!? なんで!? 今のユリっぽかったのなに!!!?』


 一瞬で二機を落とされ、詳細が分からないなりに赤毛の猛獣と同じモノを感じるクラウディア。

 実戦経験のあるドリルツインテと、猛獣こと村雨ユリむらせゆいりは、何が起こったのか見えていた。


受け流しパリィか。悪くない」


「タイミングは完璧でしたね。破れかぶれ、には見えませんでしたが…………?」


 腕組みで目を細めて中継映像を見上げている、武人としての素を出した赤毛。

 その隣では、ブルメタ髪の女忍者が怪訝な顔をしている。サキが撃墜されたことに関しては、特に何も無いらしい。


 忍野レンが腑に落ちないと思うのは、ラーキングオブシディアンのリーダーが、突如として格闘戦に対応しはじめたことだ。

 受け流しパリィなどは、格闘術においてそれなりに高度な技術となる。皇国の諜報員、ニンジャエスピオナージでも、これを実戦で使える者は少ない。

 それに、ブルメタ忍者も騎乗部のお嬢様方がどんな思いをして格闘技術を修めたのかを、直に見ていた。

 今となっては、厳しい訓練を積んできた忍野レンでさえ、ことエイム戦に関しては騎乗部を「お嬢様の手習い」だと舐めてかかる気にはなれない。


 だというのに、それを取って付けたように下してみせるとは。


「単純に、真面目で才能のある努力する天才、という事だろうな。

 元々連邦軍のエイムオペレーターなら、超接近戦状況に対応する訓練もカリキュラムにあったはずだ。

 騎乗部の武器が限界Hi-G領域での高機動だと分かっていれば、それに対抗する訓練は今までに十分積めただろう。

 万が一を考えられる兵士なら、格闘戦の技術もたしなみ程度には習得はしていたはず。

 後は、そう…………この対戦中に騎乗部の能力に合わせるだけの才能があれば…………」


 事実として騎乗部のエイムオペレーションに付いて来ている以上、手持ちの材料からはそう類推するしかない、と赤毛の少女は言う。

 後ろの方では、創作部や引率のシスターが大騒ぎしていた。

 しかし、赤毛のマネージャーは特に取り乱した様子もなく、ブルメタ忍者もそれにならい、ギリッと拳を握りこらえるのみだった。


「素人ばかりの中で、多少はまともなデュエルができるようですわね。部長、こちらはわたくしがやりますわよ。

 わたくしの受け持ち分はお願いしますわー!」


『エリィさん!? でもひとりで大丈夫!!?』


 部長の返事も聞かず、ドリルツインテの機体メイヴが目先を変えラーキングオブシディアンのリーダー機へ向かった。

 両者互いのブースターの尾を喰い合うような軌道で撃ち合いながら、その円の中心で腕部マニュピレーターを激突させ合う。

 ビームブレイドは相殺しても、コクピット内にまで突き抜ける衝撃は本物だった。


「ッ……他の機を先に落すわ! エル会長、わたしとエレメント! フローさんは常にデルタフォーメーションを維持して! こちらを終わらせてエリィさんの援護に入るから!!」


『了解、部長のバックアップに付く。フローくんは大丈夫だと思うが、気を付けて』


『指示がない限りこちらで隙を見て援護射撃します』


 ド突き合いをはじめる敵味方機をいまさら止められず、なんとか頭を切り替えクラウディアは次の行動へ。

 状況に置いて行かれている感のある、ラーキングオブシディアンの残り二機の撃墜にかかる。


 ドリルツインテと茶褐色肌のリーダーの機体エイムが、宇宙空間の戦闘としてはありえないほどの接近状態で高機動していた。

 死角を突いてのビームブレイドの振るい合い、と見えて、実質的にはマニュピレーターでの殴り合いだ。


『アヘッドクラブへようこそッ』

『これはッ……ただの学生なんかじゃないな!』


 ビームブレイドの相殺でダメージ判定が無くなっても、お構い無しにボディーブローを入れてくる騎乗部のメイヴ。際ど過ぎて減点無し。

 歯を食い縛り衝撃に耐えるマルレーンは、暴力に手馴れたダーティーさに、相手が実戦経験者と見抜いていた。

 流石に海賊の擬態だとまでは分からないが。


 エリザベート機が全身で繰り出す、鋭く伸びるような突き。

 これを打ち落とせないと判断するマルレーンは、脚部を相手に向けブースターを吹かし全速後退。

 生半可な加速では逃れられないと分かっているので、コクピットのシステムが警告音を鳴らすのもお構いなしにペダルを踏み込み、背中からかる強い荷重に耐える。


「ぐゥ……!!」


 そんな努力を嘲笑うかのような、同等以上の加速度で追ってくる騎乗部機。

 振るわれるビームブレイドを辛うじて相殺するが、機体姿勢の乱れ、ブースターの噴射角度の偏向より、マルレーン機の加速度が落ちた。

 逃げ切れないと判断した瞬間、背面のブースターを燃やし急減速。ビームブレイドを振り上げ、勢いに乗せて真上から振り抜きに行く。

 突きに来るドリルツインテのビームブレイドを、同じくビームブレイドで叩き斬るようにして相殺。

 容赦なく追撃に来る横薙ぎの一閃を、マルレーンは斜め上からの斬り下ろしで迎撃しようとし、


 直前でビーム刃を引っ込めたエリザベート機が、その斬撃を潜り黒いエイムの側面を取った。


「ックソ!!」

「引っ掛かりましたわね♪」


 速力をそのまま回転力に変えるエリザベートは、超高速の横一文字でガラ空きの胴を撫で斬りに来る。

 相手の時間差攻撃に、ブレイドを振り抜いた直後のマルレーンは反応し切れない。

 故に、ただ無心でペダルをベタ踏みし、ブースターに50Gを超える加速力を捻り出させた。

 体感で10G以上の慣性質量が襲い掛かり、体内の血液が下に偏り視界が暗くなっていく。

 ブラックアウトを防ぐべく環境EVRスーツが身体を締め付けるが、それもマルレーンの大きな負担となっていた。


 それでも、紙一重で致命傷を回避した黒いエイムは、戦闘を継続。

 長身褐色肌の少女は、眩暈に耐えて容赦なく追い討ちに来る騎乗部のエイムを迎え撃つ。


(強い……! 間違いなく実戦証明済みのコンバットプルーフオペレーター。それに交差距離クロスレンジ戦闘ではスキルに差が有り過ぎる! だが――――)


 マルレーンは不利を承知で、再度の接近戦を挑んだ。

 黒いエイムがブースターを吹かし、正面から姿勢を低く構えてのコンパクトな刺突スタイル。

 最小限、最短距離でただ一点を貫きにくるのが明らかな、軍隊格闘戦術である。


「軍属らしい無粋で野蛮なやり方ですわね。でもデュエリストとしては及第点ですわ!」


 対するエリザベートの機体メイヴは、右足を引いた半身の構えからビームブレイドを弓矢のように後ろに絞り、速度で先手を取る姿勢。

 これを、ペダルを踏みブースターの点火と完璧にタイミングを合わせて、黒いエイムに打ち放つ。

 仮想ビームブレイド同士が絡み合うようにしてぶつかり、合成映像のそれが消えると、マニュピレーターの拳と拳が激突した。


 反動で後方回転するマルレーン機が、脚部、肩部とブースターを吹かし、急いで態勢を立て直す。

 一方、真空中を滑るように機動し反動を受け流すエリザベート機は、慣性方向をスムーズに反時計回りさせ、正面に向いた瞬間にブースターの出力アップ。

 黒いエイムも機体が安定した直後に、背面ブースターを燃やしてぶつかりに行く。


「刃を交わす基本だけではつまらなくてよ!? ケモノのように噛み付いてごらんなさいな!!」


 嗜虐性を剥き出しにしたドリルツインテには、叩き潰し甲斐のある軍人もどきだった。

 マルレーンによる右斜め上、左斜め上からの連続のビームブレイドを、紙一重で斬撃の外へと逃れるエリザベート。

 続けてきた横薙ぎをビームブレイド同士の相殺で処理すると、そのまま機体を押し付けブースターを爆発させる。

 短時間に集中した大推力に跳ね飛ばされる黒いエイムは、自身もブースターを吹かして踏み止まった。

 怯まずにビームブレイドを展開するマルレーンに、エリザベートも獰猛な笑みを浮かべてブームブレイドを振り上げ、


 低く構えていた黒いエイムは、腰部に固定していたレーザーライフルの肩当てストックを手で後ろへ押し込み、反対側の銃口を騎乗部のメイヴへ向けた。


「ふぅッ!? しまっ――――!!!!」


 短連射される赤い光線を、機体の半分にもろに喰らうエリザベート。

 黒いエイムは接近戦から逃げない、という思い込みが、射撃に対する回避を決定的に遅らせていた。


 エリザベートのフェイント、そして聖エヴァンジェイル学園騎乗部の戦術の真似コピーである。


「なんてこと! わたくしとしたことが……まんまと引っかけられましたわ!!」


 すぐに機動戦闘に移るエリザベートだったが、畳みかけられる形でレーザーの追撃を喰らい、そのまま撃墜判定。

 マルレーン機は即座に味方機への援護に走る。


交差距離戦CQCに拘り過ぎたな……。自らの優位性に固執すれば敗北もあり得る。学ばせてもらった」


 想定外の苦戦、未経験の加速度、初の格闘戦。

 まるで実戦の後のようにマルレーンは疲弊していたが、チームリーダーとして足を止めるワケにもいかなかった。

 とはいえ、今のマルレーンはこれまでの人生で覚えが無いほど戦意に満ちてもいたが。


 そして、この時の聖エヴァンジェイル学園騎乗部、部長の華奢な金髪娘と王子様のようなイケメン女子、それに片目隠れの通信少女はというと、


「ウソッ!? エリザベートさんまで!? どうしてこんなに強いの!? ホントにユリさん並み!!?」


『わたしの印象でしかないが、彼女ほど圧倒的なモノは感じないな。だがエリィくんを落としたのはまぐれじゃないね』


 ドリルツインテが撃墜判定を受けたのとほぼ同時に、ラーキングオブシディアンの二機も撃墜していた。

 これで3対1となるが、騎乗部の方も特攻隊長サキ用心棒エリィ天才の外ハネナイトメアという手練てだれ三人を落とされており、正直部長としては有利になった気がしない。

 ビビるクラウディアに対し、通信画面の王子様はいつもの涼しげな微笑だったが。


「ッ~~~~! やることは変らないか! フローさん牽制射! エル会長! 相手をユリさんと想定してかかりますよ!!」


『それは我々のやり方だと勝てないという気もするが、まぁいいか』


 角の取れた滑らかな外装の機体、メイヴ三機を、螺旋を描く機動で順次加速させる聖エヴァンジェイル学園騎乗部。

 戦力の上では圧倒的不利と言えるラーキングオブシディアンであるが、対戦の最中さなかで明らかな変貌を見せており、双方共に簡単に決着が付くとは思っていない。


 黒いエイムとメイヴが互いにレーザーを連射し、乱れ飛ぶ赤い光線の中をランダムな軌道で飛翔しながら急激に間合いを詰めていた。

 真空中の赤い雨の中、白い噴射炎が断続的にあちこちで光を放つ。

 残ったのがたった一機で援護が期待できない以上、今度はマルレーンの方から距離を縮め、交差距離戦闘CQCに持ち込まねばならなかった。


「まったく最高の訓練相手だなキミ達は!!」


「できれば接近前に……!!」


 刃を交わす距離の戦闘による緊張感で、完全にハイになっている普段は冷静な長身褐色少女。

 その勢いに気圧けおされながら、華奢な金髪娘も屈折する軌道で黒いエイムに突撃し、


 衝突するかのようなビームブレイド同士の対消滅から、双方マニュピレーターで正面から組み合っての掴み合いに。


「実戦と思い当たらせてもらう!!」

「こっちはいつだってそのつもりよ!!」


 慣性質量を抑え切れず、互いに振り回されるようにして離れると、ブースターを全開にして再度相手へと突っ込んでいた。


 



【ヒストリカル・アーカイヴ】


・CQC(クロスクォーターズコンバット)

 交差距離クロスレンジでの戦闘の意。本来は軍における近接戦闘を指す。

 接近距離ショートレンジでの戦闘より更に攻撃対象と近い、手を伸ばせば届く距離での戦闘という意味でエイム戦でも用いられる。




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