147G.オンリーベルセルク イグジスト

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 ノーマ流域ライン、アルベンピルスク星系グループ

 第6惑星『ソライア501』、静止衛星軌道。

 騎乗競技会観覧席。


 大会最終盤ともなれば、来場客も疲れてくる頃。だというのに、競技フィールドを一望できる窓辺には、これまで最多の観客が詰め掛けている。

 競技会場の中央に位置し、眼下に青白く光る惑星の姿を臨む、傘状の巨大構造体。

 観覧席からは、大きく広がる傘の曲面を見下ろすことができた。


 騎乗競技会第4種目、模擬戦。

 その、『聖エヴァンジェイル学園騎乗部』対『ラーキングオブシディアン』の一戦。

 優勝候補のチームが出揃った現在、それは最終的な結果を左右する最も重要な対戦になると考えられ、本競技会最大のイベントと認知されていた。


『えー、聖エヴァンジェイル学園チーム、ラーキングオブシディアンチーム、共に既にハンガーを出ているとの連絡が実況席に入っております。

 どちらも相手の出方を見るようなタイプではありませんからねー。全速力で競技フィールドにエントリーして即交戦という展開にもなりかねません。

 観戦中の皆様におかれましては、どうか一瞬たりともお見逃しのないよう。まばたきはお勧めできません』


『瞬きは普通にしてくださるようお願いします。目を瞑っていてもインフォギアから競技エリアのドローンカメラにリンクして観戦するのもお勧めです。

 ここで改めて説明させていただきますが、模擬戦では対戦を行う両チームが競技エリアに入ると同時に、試合がスタートとなります。

 戦略によっては競技エリアのギリギリ外で相手の動きに合わせて攻撃を仕掛けるというようなパターンもありますが、聖エヴァンジェイル学園チーム、ラーキングオブシディアンチーム共に、これまでの傾向から見て対戦相手に時間を与えるような選択肢は取らないものと思われます』


『どちらも可憐な乙女によるチームなのですが、その攻撃性は競技会において他に無い双璧! これで静かな立ち上がりになるワケがありません!

 などと言っている間に案の定両チーム競技エリアに30G以上の高加速度で殴り込んできたー! アタック! バトルー!!』


 そんな観客、そして解説のミドリとピンクお姉さんの期待通りに、黒い威圧的な準軍用エイム6機、医療機械にも見える角の取れたエイム6機が、ほぼ同時に競技エリアへ突っ込んできた。

 一帯を見下ろすように上昇し、反転から直進してくるラーキングオブシディアン機の編隊。

 対して、聖エヴァンジェイル学園騎乗部のエイムは、会場中央の傘に沿うようにして飛んでくる。


「予定通り防戦・・に入るわ! みんな落とされないでよ!!」


『お先に減速して後方から狙います』


『自分がヒットボックスにされるのはいい気がしませんわね。こちらからも多少つつきますわよ?』


『さぁ飛ばすわよぉ! 撃ってくるがいいわ!!』


 4つある競技エリアは、傘状の巨大構造体を中心にそれぞれ傘の部分の4分の1が、その範囲に入っていた。

 傘の上には、エイムを覆い隠せるサイズの防御壁、エイムが通過できる塹壕のような溝、進行を妨げる格子状の金属フレーム、近付くと作動するトラップボックス、などが配置されている。

 参加チームによっては、これらを戦術に利用し対戦を進めているというワケだ。


 聖エヴァンジェイル学園騎乗部は、機動戦を主とするエイム部隊だった。ここまでの模擬戦においても、その機動力で対戦チームを圧倒し、勝利数を重ねている。

 だがここに来て、騎乗部は一度も見せた事のない防衛戦を展開していた。

 メイヴ6機がそれぞれ遮蔽物に隠れ、腕部マニュピレーター装備のレーザーを発振している。


 エイムは機動兵器であるが、母船の防衛という戦闘状況に置かれることも珍しくない為、赤毛の教官もその辺の技術は教え込んでいた。

 壁や塹壕に陣取ったチームにより激しい撃ち合いが行われ、それを一望できる観覧席ではどよめきが上がる。

 観客にも解説のお姉さんにも、そしてラーキングオブシディアンのオペレーターからしても、想定外の流れだった。


『なにあれやる気あるの!?』

『こっちと正面から撃ち合えないって判断したんでしょー!? お望み通りこのまま端から削り取ってあげればいいんじゃない!!?』

『あんなバカみたいに加速してたんだからオペレーターだってもう限界なのよ! ご愁傷様! でも容赦はしない!!』


 しかし、それが聖エヴァンジェイル学園騎乗部が追い詰められている為だと考えたラーキングオブシディアンは、お構いなしに攻撃を続行。

 騎乗部の潜む位置へ、斜め上から雨のような単連射パルスレーザーを撒き散らす。

 当然ながら、遮蔽物を回避するべく発射位置も常に変えてくるのだが、騎乗部の方も壁から壁へと高速で飛び移り、常に防御姿勢を取っていた。


 逆に、真空中に身を晒しているラーキングオブシディアンは、常に回避を強いられる形。

 シールドの上からレーザーを当てられても失点対象だ。


「……全機気を抜くな。確実に自分の仕事だけをこなせ」


 高身長な褐色肌少女、『マルレーン』ことマルグレーテ・レーン。

 ラーキングオブシディアンのリーダーは、騎乗部の動きが単なる苦し紛れにるモノではない、と考えているが。


『これはー、正直どう見ていいか分からない展開です……! これまでの103戦、聖エヴァンジェイル学園チームは常に高い機動力を武器に戦ってきましたが、このような試合運びははじめてではないでしょうかー??』


『これも戦術、と考えることはできますが、やはり全ての対戦に全力を尽くしてきた結果と見る方が現実的のようです。ここに来てマシントラブルという可能性もありますが。

 いずれにせよ聖エヴァンジェイル学園チームは厳しい状況ですね』


 学園騎乗部の得意とする超高速戦闘が見られると思っていただけに、解説のお姉さん組も困惑のアナウンス。

 消極的な戦闘を展開するメイヴ6機の様子は、どう見ても勝ち目があるものではない。

 追い詰められ飛んで来る赤い光線も紙一重だが、このままではいずれ残念な結果に終わるのを予想させずにはいられなかった。


 そんな息詰まる観戦者たちの思いなど知ったことではなく、外ハネなどはこんな状況でも少し楽しんでいる。


『うっひゃーギリギリー! こう追いかけられるのもちょっと楽しー!!』


『ナイトメアさん目的を忘れないでよ! 遊び過ぎて落とされたりしたらお仕置きだからね!!』


『のんびり待ちましょう。どうせ競技でリーンオブジェクトは壊れませんし』


 遮蔽物から遮蔽物へ飛び、自分に殺到するパルスレーザーを紙一重で避けるというスリルを味わうナイトメア。

 傍で見ていると危なっかしい事この上ないので、部長が怒鳴り声を上げていた。

 ドリルツインテ―ルの淑女は、そんな最中さなかでも落ち着いたものだ。身を隠している遮蔽物が、競技出力のレーザーで破壊されることはないのだから。


 追い詰められながらも、しかし崩れる様子も見られない騎乗部。

 観客はそのギリギリ感に息を飲み、ラーキングオブシディアンは手応えの無さに焦れはじめる。


『マルレーン、チームを分けよう! 前後から挟撃しないとラチがあかない!』


「ダメだ! こちらが各個撃破される恐れがある! 焦ることはない! 冷静に相手の動きを待て!!」


『運動量はこちらの方が多いです! こちらも防御戦闘で消耗を抑えるべきでは!?』


『こっちまであんな風にオブジェクトに張り付けって言うの!? 冗談でしょ! どうせ逃げ隠れするしかできないんだからこっちは攻め続ければいいの!!』


 慎重に、確実な戦術で勝ちに行こうとするリーダーのマルレーンだが、動かない状況にいた仲間が勝手な動きをはじめていた。

 フォーメーションを外れ、連携も無く位置を変え適当な射撃をする黒いエイム。

 しかし、聖エヴァンジェイル学園騎乗部の守りは想像以上に固く、シールドへの当たり判定までしか取ることができない。

 味方機に集中攻撃をさせ、動きを封じたところで背後を取ったと思いきや、その瞬間に宙返りで遮蔽物の反対側に回られる。


 見事な騎乗部の動きがかえって神経を逆撫でし、ラーキングオブシディアンのオペレーターはキレた。


『ウザ過ぎるのよ! 勝つ気がないならさっさと負けなさいよ!?』


『ルセ! クォーターサークル! ふたり同時に撃つ!!』


『やめろ! 向こうはまだフルメンバーだぞ! こんな状況で2オンなど――――!!』


『向こうが攻める気がないなら今がチャンスでしょ!!』


 あの赤毛の少女が目に焼き付いて離れないマルレーンは、この状況でも慎重さを忘れることなどできない。

 それでも、リーダーの命令を無視し、二機のエイムが完全に連携を外れ飛び出してしまった。

 敵機に対し左右から旋回し、常に背後を狙うコンビネーションプレイ。

 本来は数の有利がないうちに、敵一機に対して二機2onでかかる事はあり得ない。

 だが、聖エヴァンジェイル学園騎乗部チームは引っ込んだまま攻めては来ない、と断定し、二機のエイムは競技エリアの構造体へと一気に接近した。


「ここだな」


 と、対戦をモニターしていた赤毛の兵士がつぶやく。

 同時に、急接近してくる黒いエイム目がけて、騎乗部が突如反撃に転じた。


 遮蔽物にしていた壁を飛び出し、ブースターを爆発させて突撃するメイヴの二機。

 その急展開に面食らうラーキングオブシディアンのオペレーターであったが、そこは訓練を積み重ねて来た準軍人とも言える学生である。


『これで不意を突いたつもり!? 甘いのよお嬢さんッ!!』


 迷わず敵機を中心にして旋回する、セオリー通りの迎撃軌道に入る黒いエイム。相手の射線を切り、自分からは一方的に攻撃する位置を取り続けるエイム戦闘の基本戦術。

 必然的に、突っ込んでくる相手に対しては後退しながら射撃するという引き撃ちの形になるが。


『ッ……コイツ離れなさよ! ちょっとジューイン! バディでしょ援護は!?』

『迎撃中だ! 援護射撃なんてこっちが欲しいわ!!』


 鋭い運動性能を見せる騎乗部のエイムに、瞬きする間に距離を詰められるラーキングオブシディアン機。

 見ている方が目を回すような高速の回避機動を、オペレーターと射撃指揮装置イルミネーターも捕捉し切れない。

 こういう時にすかさず入る援護射撃が来ないと思ったら、他の機体も一斉に騎乗部のエイムに肉薄されていた。

 誰もがチームの援護を想定し、そして誰もお互いをカバーできていなかった。


 それでも、まだラーキングオブシディアンはお嬢様チームなどに負けるとは思っていない。

 機動技術では上、射撃戦の技術でも勝っている、ならば突き離せば後は封殺できるはずだ。

 相手の射撃を回避した瞬間に、逆にその射点へ射撃すれば、反応を許さず撃墜できるだろう。


 そう考えていたのだが、相手は撃って来ないまま極小の回避機動でレーザーをかわし、突っ込んで来る。


「ちょ――――」(っと!? コイツいつサイドスラストするのよ!? これじゃ接触――――!!)


 必ず己の攻撃距離で戦術機動コンバットマニューバに移るはず。

 そう予測していたラーキングオブシディアンのオペレーターは、既に目の前いっぱいに迫っていた騎乗部のエイムから逃げ切れず、


「ぐふえッ!!?」



 全く減速しないままに、黒いエイムは騎乗部のメイヴにぶん殴られた。



『ルセ!?』

『体当たり!? いや撃墜判定!? なんでだ!!?』

『待った、接触時に……ビームブレイドの攻撃!? 冗談でしょ!!?』


 ルセと呼ばれた七三女子のエイムが、錐揉みしながら明後日の方向に飛んで行く。

 オペレーター当人と、ラーキングオブシディアンのチームメンバーも、何が起こったのかわからずパニック状態だ。

 それは観戦客と、それに解説のミドリとピンクの女性も同じだったりする。


『ちょっと待ってください今のはチャージアタックではありません! 意図的な衝突行為は競技上の品位を欠くとして減点対象ともなり得ますが、判定システムは聖エヴァンジェイル学園チームの加点とジャッジしています!!』


『これは……正直わたくしも驚かされました。事故による接触ならシミュレーションが撃墜判定を出すことはありませんが、聖エヴァンジェイル学園チームからは確かに攻撃の宣言が行われており、ラーキングオブシディアンのエイムを撃墜しています。

 こちらから見えなかったのは、攻撃に用いられるビームブレイドの合成映像エフェクトが生成されていない為ですね。

 当大会運営における不備のようです。皆様にお詫び申し上げます』


『ハイまことに申し訳ございません! ですが本競技会でビームブレイドなどのメーレーウェポンが実際に使われたのは実に80TMぶりとのことです! エフェクトとか用意がありませんね普通!

 聖エヴァンジェイル学園騎乗部からの事前申請では確かにビームブレイドも攻撃火器として登録されていますが、本当に使うチームとかはじめて見ました!

 古風過ぎるだろこれが伝統と格式の聖エヴァンジェイル学園騎乗部のお嬢様なのかー!!!!』


『なおビームブレイドを行使した際のモーション及びレンジにおいて、エイム同士の接触は完全に偶発的な事故と大会のシミュレーションシステムは判定しております。減点は行われません。

 これはえらい事になりました』


 25G245m/s2以上の高加速度戦闘、秒速30万メートルに近いレーザー兵器による攻撃が全盛の時代、密着状態での戦闘などまず発生しないとされるのが現代戦の常識である。

 事実、天の川銀河最大の勢力を誇るシルバロウ・エスペラント惑星国家連邦の宇宙軍においてさえ、交差距離クロスレンジでの戦闘訓練などは教養の一環、程度の認識しかされていなかった。


「取り付かせるな! シールドを展開して全速後退! 迎撃に専念しろ! 交代しつつヘキサグラムフォーメーション! 相互に援護射撃!!」

『ネガティブ! 敵機を引き離せない! マルレーン援護を――――ひぎゃ!?』

『トーラ!? トーラが撃墜判定!? マズい6対4!!』

『ウソでしょ!? 私が引き付ける! そこを撃って!!』

『無理だ! 1on1! よそ見してたらやられる!!』


 連携の技術に圧倒的な差が有るなら、1対1に持ち込んで連携を封じよう、というのが騎乗部側の作戦である。

 それも、相手がそもそも連携を放棄しなければ持ち込めない状況だったが。

 そして今は、ラーキングオブシディアン機を減らしたことで、騎乗部には数の有利さえあった。

 この点の戦術は、先のストレングスクラフター戦で学んだことでもある。


 マルレーンが慌てて命令を出すが、チームがそれに応じられる状況ではなく、また一機撃墜の判定。

 突如敵チームに、ゼロ距離での攻撃手段、という選択肢が生えてきた事で、ラーキングオブシディアンは極度の混乱に陥っていた。

 密着された時点で、打つ手が無いのだ。

 しかも、安全なシミュレーション交じりの戦闘だと暢気に構えていたら、相手は真剣マジでエイム越しにオペレーターへダメージを入れてくるという。

 所詮スポーツ、と舐めてかかっているエリートに、気構えができているワケもなかった。


『ヤダ痛い痛い痛いこいつ何度――――!?』

『カルミノが落ちた! こいつらッ……近付くなぁ!!』

「レジスン! 今すぐ最優先で私とエレメントを組め!」


 またラーキングオブシディアン側が一機落とされ、騎乗部との戦力比は3対6に。

 有無を言わせない勢いでマルレーンがチームを呼び戻すが、既に一機に対し二機で攻められ、逃げるので精いっぱいだ。

 数の不利で、もはや射撃能力に勝っても優位を取れない。


ったぁ!!」


 他のエイムに気を取られたか、ラーキングオブシディアン機が隙を見せた瞬間、目を血走らせたイノシシ娘、石長いわながサキがコクピットのペダルを踏み付けた。

 背中と脚部のブースターノズルが爆発し、メイヴを一気に45Gにまで加速させる。

 ビームブレイドの展開により、コクピット内と観覧席の中継映像にも、エイムの武装に光の剣が反映されていた。


 間合いにして、僅か200メートル。

 皇国のイノシシ娘は、仮想映像のビームブレイドとシミュレーション上の判定などにおもねる気は無い。

 1秒で時速1600キロにまで到達するエイムは、腕部マニュピレーターを直接叩き付ける勢いで振り上げ、


「メインフレームコマンド! セーフティオフ! リミッタは全て解除!!」

『オペレーターへ警告。保護機能がオフにされた場合オペレーターの――――』

「『イエス』だ!」


 ラーキングオブシディアンのエイム、隊長機、マルグレーテ・レーンの機体が、全ての機能制限を解放アンロック

 ブースター出力を限界まで上げ、50Gに迫る加速力を発揮した。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ヒットボックス

 射撃指揮装置イルミネーターが攻撃目標をディスプレイ上で指し示す立方体の枠。ターゲットマーカーの俗称。

 レーザーや弾丸はこの枠目がけて飛んでいく為、転じて射撃の的を意味する。 


・リーンオブジェクト

 射撃戦闘時における遮蔽物の意味。多少なりとも敵戦力からの攻撃を防げる点が、その他のオブジェクトとの区別となる。


・サイドスラスト

 宇宙船、またはヒト型機動兵器が並行横移動時に用いる推進機、またはそれを用いた行動。




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