6th distance.フリート

150G.セーリングピープル スタンドオフガールズ

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 ノーマ流域ライン、アルベンピルスク星系グループ

 第6惑星ソライア501、静止衛星軌道、騎乗競技会場。

 宇宙港出発ロビー。


 天の川銀河最大の国家、シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦の中央星系が完全に封鎖されたとの一報。

 これは、銀河系の秩序が半ば崩壊した事を意味し、その事実が浸透して来るに連れ、騎乗競技会場にいる人々にも混乱が広まりつつあった。

 騎乗競技会が終わり、参加チームや観戦客たちはそれぞれの帰り路につこうとしていたところである。

 しかし、この銀河を揺るがす非常事態に、出発ロビー内の案内表示は全てが『abort』の赤表示となっていた。


 出港を直前としていた聖エヴァンジェイル学園の宇宙船も、急遽留め置かれる事になる。


「な、なんで!? もう出港してもよかったのでは!!?」


「そ、そうですね、早く学園に戻らなくては…………」


「連邦の封鎖……ってどういう意味なんですか!? なんで封鎖されたんです!!?」


 状況が飲み込めない学園のお嬢様、騎乗部と創作部の少女たちも、不安から身を寄せ合うようにして周囲をキョロキョロ見回していた。

 この先の事を予想して、もう少し状況の読めているシスターヨハンナは顔を青くしている。


「…………ユリさん。ユリさん、これって……??」


「とりあえず……出港許可は取り消されましたが、皆さん船の中に居ていいでしょう。

 ロゼさん、情報を集めてください。それとわたしのインフォギアとは常にオンラインに。シスターとはいつでも通話できるようにお願いします。

 シスターは学園に通信を。こちらの状況を報告して向こうの状況も聞いておいてください。

 エル会長、わたしは競技会運営に直接出港の要請をしてきます。万が一の事態が起こったら構わず船を出してください。

 アルマさん、念の為にエイムの整備をお願いします。

 クラウディア部長、騎乗部をエイムで待機させておいてください。戦闘状況以外にもエイムの出番があるかもしれません」


 助けを求めるように赤毛の少女、村雨ユリムラセユイリを窺う華奢な金髪娘、クラウディア部長。

 ちょっと前には殺し屋のような顔をしていた赤毛だが、今は涼しげな淑女の美貌に戻っていた。

 まだ穏やかさより凛々しさが表に出ており、こんな時だがクラウディアはちょっと見惚れる。


 全員に指示を出すと、赤毛の少女は颯爽と人混みの中へ歩いて行ってしまった。

 未だに不安と混乱の中にあるお嬢様たちだが、頼もしい赤毛娘に少しだけ落ち着きを取り戻し、それぞれの仕事へと走っていく。

 船のハッチを締める際にクラウディアが振り向くと、そこには既に赤毛の姿は見えなかった。


                ◇


 赤毛の少女、村雨ユリが船に戻ってきたのは、それから1時間後の事だ。


「連邦中央星系……やっぱり・・・・メナス艦隊にやられたみたいだなー。星系は封鎖って言うより、中央の艦隊が壊滅状態で軍も一般人も無秩序に逃げ出しているみたい。

 ワープゲートが閉鎖されて、周辺の星系は最上級警戒態勢だってさ。

 これがつまり、連邦中央の封鎖、って意味みたい」


 実質的なリーダーである赤毛が戻った事で、心細い思いをしていたお嬢様たちは一も二もなく集まって来る。

 そこで自然と報告会となるのだが、最初に口を開いた柿色メガネの少女、ロゼッタの話に、気の弱い少女たちは一様に驚愕の面持ちだった。

 こうなると今の生活の終わり・・・も見えて来るので、ロゼッタもお嬢様の皮など被っていない。


 メナス。

 天の川銀河と文明の脅威となっている、正体不明の自律兵器群。

 バルジ付近の内銀河インサイド側、聖エヴァンジェイル学園や連邦中央に近い星で生きて来たお嬢様たちには、どこか遠い世界の存在だという思いがあった。

 また、連邦政府が一般市民に正確な情報を与えていない為ではあったが、銀河に冠たる大連邦国家がメナスとかいう無人機集団などに負けるワケがない、という意識も強かった。


「わたしが聞いてきたのも似たような話ですね。全ワープゲートの停止から連鎖して、主な交通機関がマヒしているようです。

 このような場合、銀河航宙法条約には規定のプロトコルがあるとか…………」


 村雨ユリムラセユイリの方は、競技会を通じて少しだけ顔見知りになった運営の人間を掴まえて、色々と実情を聞き出して来ていた。

 それによると、連邦中央星系の防衛艦隊が壊滅した、という部分はロゼッタの話と一致していた。

 もう少し細かい情報だと、300万隻を超える中央艦隊が臨戦態勢に入って僅か数時間で、主力を完膚なきまでに蹴散らされたのだとか。

 これは確度の低い噂レベルの情報であるが、事実として中央星系からは統制も何も無くした連邦艦隊が無秩序に脱出しているとの事だ。


「競技会運営部は、公共交通機関が利用出来ず孤立したヒトが出ているので、乗員数に余裕のある船には同じ方面に向かうヒトを相乗りさせたいようです。

 それと、移動中の安全を確保する為に、可能な限り船団を組んでほしいとも。

 これは強制ではないという話ですが、出港許可は乗員人数が多い船が優先されるとか。

 具体的な時間は読めませんが、乗客の割り当てや船との交渉、船団の編成で、他の船は最低でも72時間以上待たされそうな雰囲気でしたね」


 赤毛の少女から競技会運営部の方針を聞き、戸惑いの声を漏らすお嬢様方。

 ここで判断材料を増やす為に、唯理はシスターへ話を振る。


「シスター、学園の方はどうでした?」


「……緊急放送は星系全域に発信されていたようで、学園でも少なくない生徒が事情を知ったようです。外との通信は制限されてましたけど、実際には何かしらの方法でネットワークに繋いでいた娘はいましたからね。

 シスターエレノワは生徒の皆を落ち付かせていると言っていましたけど…………恐らく、近いうちに全員を家に帰す事になるだろうと」


「当然そうなるとは思いますが、実際のところご家族は学園まで来られるのですか?

 アクエリアス星系も中央に近いですし、事情はこことそれほど変わらないかと思われますが」


 聖エヴァンジェイル学園のあるアクエリアス星系は、宇宙の孤島である。

 周囲に定期航路など無い、他の船が立ち寄る意味も無い、ワケありお嬢様どもの隔離施設だ。

 故に、交通の便は普段から非常に悪く、学園スコラコロニーに行くには不定期航路を臨時の船団が運良く通るのを待つか、あるいは自前の船団を用意するか、危険を承知で単独行するか、というようなゴリ押しが必要となる。

 ましてや、連邦圏が丸ごと不安定になってしまった現在、自分の娘に興味が無かったような親が学園まで迎えに来るのか。

 赤毛娘の当然の疑問に、シスターは何も言えなかった。


「学園の警備は……新しいPFCは大丈夫なの?」


「正直どうかな……。こう言っては何だが、前のとそんなに変らないんじゃないかな」


「学園のコロニーに宇宙船ってありましたっけ……? それを使って生徒を送り届ければ…………」


「リスクが高過ぎるのではないでしょうか? よほどの事が無い限り船一隻で航海はしないモノですし、ましてや今は定期航路が機能していません。学園で宇宙船を操れる方がどれだけいるかも疑問です」


 学園のあるスコラ・コロニーの防衛体制が気になる、茶髪のイノシシ娘に王子さま生徒会長。

 単眼娘が首を傾げ、紫長身女子がその考えに疑問を呈す。

 どれだけ話し合ったところで、学園の状況もかなり差し迫っていると言わざるを得ない。


「ねぇユリさん……これもしかして、今はわたし達しか学園に行けないんじゃ……?」


「確実にフォローに入れるのは、多分わたし達だけですね。連邦がこの有様では、あらゆる支援が期待できないでしょう」


 自分たち以上に、今すぐに助けを必要としているのは学園の方なのでは。

 クラウディアのこのセリフにより、速度優先で出港するのを決める騎乗部と創作部は、競技会運営部に乗客の受け入れと船団への編入を要請した。


                ◇


 ディアーラピス、全長450メートル。定員200人。生命維持システムの最大処理能力では250人までとなっている。

 本来はハイソサエティーズの船遊び用的なクルーザーなので、内部スペースが広く取られ居住性に優れていた。同級の船に比べても、乗れる人数は多い。

 なんと言っても、高価な宇宙船なだけはあった。

 しかも、予算に任せてここぞとばかりに赤毛娘がアップグレードを盛りまくっているので、火力とエネルギーシールドは戦闘艦並み。ジェネレーターなどの基本装備も、載せられる機種の中で最高の物を選んでいる。

 この辺の、宇宙に出る生徒達の為に金に糸目を付けず高級品を用意する意見は、赤毛と学園長の間で共通していた。


 そんな予算ゴリ押しの甲斐あって、騎乗部、創作部の18名以外にも、交通手段を失った大勢の観客をディアーラピスに受け入れることができた。


「奥まで進んでくださーい。入り口で立ち止まらないようお願いしまーす」


「赤ちゃんがいらっしゃるんですか!? それでしたら……あ、個室があるんでそちらをお使いください!」


「立ち入り禁止エリアには入れません。立ち入りできる場所は船内ネットのロケーターを参照してください」


 乗船橋ボーディングブリッジから乗り込んで来る人々を入口で誘導するのは、紫肌女子やゲーミングロボ娘、学園の王子様など。

 比較的ヒトと向き合うのに抵抗が無い女子たちが、受け入れと誘導を担当している。


「ユリさん、船内セキュリティ設定できましたけど…………」


「船内の生命維持や環境システムはセミオートにするんですね。少しですけど、システム容量を超えますしね」


「他の方が乗船されるので、念の為に保安システムのレベルを上げて機関室や船橋ブリッジといった重要区画バイタルパートは入れるヒトを制限しなくてはなりません。

 船内システムも同様ですね。ここからは万が一を考えて、いざという時に手動で調整できるようにしておきませんと」


 片側長髪女子と黒いウサ耳少女は、ヒトが増えたことで曖昧に出来なくなった船内の保安体制と生命維持システムの調整中だ。

 船首にある船橋ブリッジでは、他の女子たちもせわしなく出港準備にあたっていた。

 成り行きとはいえ、状況は聖エヴァンジェイル学園の皆が他の乗船客をお世話する形になっている。

 避難して来た人々がリラックスして過ごせるよう、改めて船内を整える必要があった。

 遺憾ながら戦闘状況に近くなったので、今まではお気楽に贅沢な船のシステムに任せていた部分にも、気を使わなくてはならない。


「ロゼさん、船団のリストは上がってきました?」


「まだ途中。どうも優柔不断なのがいるみたいだな、ですね。それどころかこっちにスノーホワイト星系グループ行きの船団コンボイに加わらないかとか……。方向違うっつーの」


 指揮を執る赤毛が、大忙しな柿色メガネ少女からホログラム映像のリストを受け取る。

 忙しい故か、ロゼッタはもはや言葉遣いをほぼ放り投げていた。気が向いたら僅かに取り繕う程度。

 緊張感みなぎる中で、シスターヨハンナですらツッコめないでいるが。


 身を守る為に集団を形成する意味において、各船の火力や戦闘力が高いのに越したこともない。

 その点で、ハイソサエティーズ御用達メーカーの宇宙船、聖エヴァンジェイル学園のディアーラピスは人気が高かった。

 大手企業の商業船などは、大金を積んで同行を求めるほど。

 お嬢様たちはとにかく学園に帰らねばならないので、金銭に興味など無かったが。

 それに、既にディアーラピスには多くの宇宙船が同行することになっている。

 臨時船団の編成リストには、ノマド『エクスプローラー』船団やブラッディトループ、ドヴェルグワークスという見た名前もいくつか並んでいた。


「アルマさん、エイムの整備状況は」


『あの……まだクラウディアさんの機体が……!』


「破損が激しいですからね。整備ステーションに任せてハードウェアだけ一通り組めていれば、操作調整は後回しでいいでしょう。

 エリィさん、ハンガーの隅にある廃棄物コンテナの中身はエイムの装備になっています。

 アルマさん達と各機にセッティングしてあげてください」


『そういうモノがあるなら最初から出してくださいませ! 何かマシなメーレーウェポンはありますの!?』


「シスター、キアさん、船内の状況は」


『乗って来られた方の中で、カジュアロウ星系から先の行き先を気にしておられる方が多く見られますね。

 私たちはアクエリアス星系ですし、そこでそれぞれ目的地への移動手段は自力で探してもらわなければなりませんが…………』


『何人かかなりストレスを抱えておいででしたので、ご自身でスタビライザーを服用していただきましたよ。

 怪我ではありませんし、居たたまれないだけであまり面白くありませんー、クヒ』


「乗って来た方々が落ち着いて座れるようになっていれば、今は十分です。後はワーカーボットに任せて、乗員用区画に入っていてください」


 自分たちの船やその他の船の現状、不安を抱えた大勢のヒトの状態、緊急事態への備え。

 必要な準備を冷静に処理していく村雨ユリの手際に、他の者は心強さを覚えるほど。

 とはいえ、事が事なだけに、赤毛としても今回はちょっと自信が無い。


 しかし、状況が決定的に動いてしまった以上、村瀬唯理は一刻も早く学園へ戻り、本命の方へ取り掛からなくてはならなかった。


                ◇


「最後の一隻も同期取れた! カジュアロウ方面船団発進、ゴーサイン!」


「ロゼさん、ソライア航宙管制の方は?」


「もうOK出てる! エクスプローラー船団も1分後に出港って!」


「ランコさん、船内にアナウンスを。ディアーラピス発進。船内システムはイエローに。生命維持、機関部、船外監視、各部署は警戒を厳に。

 エリィさん、ナイトメアさん、フローズンさんはエイムに搭乗して待機を。

 クラウディア船長、発進指示を出してください」


「ねぇユリさんこれわたしが船長である必要あるかなぁ!?」


 アルベンピルスク星系グループ、惑星ソライア501発、カジュアロウ星系グループ方面への臨時編成船団213隻は、騎乗競技会場を出発。

 全隻一斉にブースターを燃やし、惑星の重力圏から離脱軌道に入った。

 仄かに青白く光る星、その上に浮かぶ傘に塔を打ち建てたような構造体が、見る間に小さくなっていく。


 ディアーラピス内、船橋ブリッジや格納庫にいるお嬢様たちも真剣にお仕事中だ。

 一番手馴れている赤毛が指示を出し、船長にされて華奢な金髪娘が悲鳴を上げていた。

 誰もが村雨ユリムラセユイリを頼りにする状況で、それはクラウディアも例外ではなかったのだが。


 どれだけ宇宙船が高性能になっていても、宇宙はヒトの生存を許さない限りなく広大な世界だ。

 苛酷な環境、海賊などの無法者、真空中で生きる危険な生物、そしてメナス。

 連邦という巨大な寄る辺を無くし、天の川銀河はより一層危険で不安定な領域となっている。


 この宇宙で、村瀬唯理むらせゆいりと学園の少女たちの、新しい旅がはじまった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・銀河航宙法条約

 人類が銀河系を航行するにあたり遵守すべき国際的合意事項。

 星間文明レベルがティア1に到達していない文明には接触しない。全ての宇宙船には人命の危機に際してこれを救護する義務がある。重力崩壊兵器はいかなる理由もこれを製造、所持、使用を禁ずる。など。

 ただし、自己と船員及び母船を損なう危険性が認められる場合はその限りではない、といった例外規定も多く、努力義務という認識が一般的。

 宇宙空間において移動手段を喪失した者を補助しなくてはならない、という内容も、その一部。


・スタビライザー

 安定させる機能を持つモノの意味。

 機械なら性能を安定させる為の部品、生物なら生体活動を安定させる為に用いる薬剤、という意味になる。




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