146G.ライブリタイア シュートバレット
.
ノーマ
第6惑星『ソライア501』、静止衛星軌道。
騎乗競技会会場。
黒とグレーの実戦的なエイム、連邦軍付属校のチーム『ラーキングオブシディアン』が対戦の真っ最中だった。
しかし、間もなくそれも終了した。
ステルス性に特化した対戦チーム、『ビヨンドデサン』の平面パネルのみで構成されたようなエイムは、ウェイブセンサーも電波や光学といったモノも、あらゆるセンサーも妨害する高性能電子戦機。
また、それ一辺倒ではない、高度なステルス性をここぞという時に使い分ける、熟練した戦術も持ち合わせていた。
攻撃時のレーザーの射点を狙われ、一瞬で狩られていたが。
『これはー……解説する暇もありませんでしたー。ビヨンドデサンのステルス性能によりこちらの方でも姿を補足できなかったのですが、ラーキングオブシディアンの方のドローンで映像撮れてますかー?』
『レーザーの回避機動直後に等間隔に散開、一気に進攻して十字砲火で全機撃墜していますね。ラーキングオブシディアン側の反応速度に、ビヨンドデサンはまるで対応できていないようです』
『ビヨンドデサンは模擬戦の開始時点で総合22位という成績でした。優勝候補であるのは言うまでもありませんが、これはラーキングオブシディアンが実力の違いを見せ付けた格好か。
現在の順位は第3位、危なげなく優勝まで歩を進めます!』
格下とはいえ、戦況の静から動へ移り変わる、ゾッとするほどの滑らかさ。
戦術と連携を説くだけはある、完璧な一個の戦闘部隊としての動き。
ライブフィードを見ていた聖エヴァンジェイル学園騎乗部の面々も、言葉がなかった。
「わたし達は攻撃も防御もどっちもやる、って感じだけど、あちらはパッと切り替えてくるのね……。ユリさん、わたし達、ホントに勝てる?」
「今はまだあちらの方が攻防共に技術は上ですね。マニューバの耐G限界のみが上回っているような状況ですが、機動力で仕掛けても恐らく対応されてしまうでしょう」
「ちょっと話が違うじゃん!? わたし達のレベルなら勝てるかも、とかなんかそんな感じにあっちに啖呵切ってたじゃんないですか!!?」
「メナスを撃墜できるレベルなら、この大会でも余裕で勝ち抜けるとは申し上げました。でも、騎乗部がその領域に至っているとは言っていませんよ?」
不安げに
だというのに、平然と絶望的な答えを返す赤毛に、絞り出すような悲鳴を上げていた。
上位チーム相手に10戦中5勝しなければラーキングオブシディアンを抑えて優勝はできない、というこの状況において、先の『ストレングスクラフター』との対戦を落とした聖エヴァンジェイル学園騎乗部。
よって、総合成績でラーキングオブシディアンを上回るには、同チームとの直接対決が結果を大きく左右する事となっていた。
赤毛のジャーマネのセリフに、スレンダー部長は泣きそうだったが。
「ではユリくん、わたし達に勝ち目はないと?」
と、緊張感や失望感なく問いかけてくるのは、どんな時でもイケメンな微笑を忘れない王子様(♀)のエルルーン会長である。
どうなのか、と同じ疑問を抱く騎乗部員と創作部員、ついでに引率のシスターも目で訴えていた。
「結論から申し上げますと、向こうの得意分野での対戦では非常に分が悪いと言わざるを得ませんね。
先程はああ言いましたが、わたし達の……騎乗部の実力がラーキングオブシディアンに劣っているとは思いません。ただし、騎乗競技会においては競技の技術に大きな比重が置かれる為、その点においてのみ不利だと申し上げておきます。
ですがー……わたし達にはまだ、この競技会でお披露目していない戦術がありますよね?」
優しそうな頼れる微笑みではない、うっすらとした狡猾なオンナの笑みで言う赤毛様に、何人かが喉を鳴らしていた。
指導教官とでも言うべき少女、
その内容は麗しの容姿からして想像もできないほど攻撃的であり、競技会においても対戦チームや観戦客らのド胆を大いにブチ抜いて見せている。
だが、赤毛の少女が言う通り、騎乗部もまだ競技会でその全てを見せたワケではないのだ。
「いやでも……
今度は茶髪イノシシ娘の
「レギュレーションには問題なかったはずです。どうですか? ロゼッタさん」
「競技会どころか実戦でも想定されてないだろうからルールなんか無いだろうけど。まぁ逆に問題ないんじゃないですか? 禁止もされてないし」
「そうかなぁ……でしょうか。正直、ルール以前という気もするんだけどぉ」
『わたしには……あまり関係ありませんよね?』
赤毛の少女が言うところの、『戦術』。
年頃の女の子に仕込んでいいもんじゃないだろ、と言いたくなるような
基本お嬢様であるという性格的な要因もあったが、赤毛の少女の戦術をそのまま使うと、もはや競技ではなく
でも、現代の戦術に合致しない赤毛のやり方なら、確実に相手の意表を突けるとはクラウディアも思う。
赤毛のヤツにその辺の見解を
どことなく後ろめたそうな、支援射撃ポジションの片目隠れメッセンジャー。
そして、華奢な部長は迷いを見せながらも、既にやる気になっている自分に気付いていた。
◇
各チームが100戦目を迎えようという、競技会最終種目、模擬戦の最終盤。
ここで一足早く、チーム『カマロシティハイムーバー』が自力優勝の可能性を失っていた。
「あー……ナイトメアさーん、終わっちゃったー」
「ベルちゃーん! おつおつー!!」
お洒落気のほぼ無い技術畑お姉さん、ベル・リネットが涙ぐみながら跳び付いてきたナイトメアを抱き止めている。
聖エヴァンジェイル学園組は、カマロシティハイムーバーの模擬戦棄権のアナウンスを受けて、様子を見に来ていた。
なにせ、各チーム119戦という長丁場。
マシントラブルやメンバーの疲弊や負傷で、完走を断念するのは珍しいことでもない。
他にも多くのチームが途中棄権しており、自動的に勝ち点を割り振られた残存チームのトップ争いを加速させている。
「行けるところまで行こうって皆で話してたんだけど、今から全ポイント取れても優勝に届かなくなって、気が抜けちゃったかな。
これ以上はいい結果にならないだろう、って皆も同じ考えだから……」
チームとしても納得しての決断、とは言うベル姉さんだが、消沈してて半泣きな様子から、無念なのは明らかだった。
初参戦で総合20位という優秀な戦績を残した、と言われても、慰めにはならないのだろう。
「学園騎乗部は10位になったね! スコアボードがまだグレーになってないから自力優勝もありでしょ? がんばってね!!」
何かを振り払うような笑顔に、今度はクラウディア部長やナイトメアの方が泣きそうになる。
貧相なエイム、と酷評されながらも多くの強敵に実力で競り勝ってきたカマロシティハイムーバーだ。
お嬢様のデタラメチームと最初は舐められていた騎乗部としても、強く共感するところがあった。
「うぅ~~なんだろうこれ? 安心したような、がっかりしたような……考えがぐちゃぐちゃだよー」
「仲が良かったのなら、対戦を回避できてよかったのではありません?」
「気持ち的には分かるけど、スポーツマンシップ的にはどうなのかと思うわ」
手を振って去っていくメカマンのお姉さんに、ションボリ気味に肩を落とす外ハネ。
ドリルツインテのセリフは慰めなのか気休めなのか分からない。本人にも分からない。
仲が良くても勝負事とは別なのでは? というイノシシ女武者の正論も、いまいち気持ちが入っていなかった。
「引き際を決められるのは、戦っている本人だけですよ。それに、わたし達はまだ戦い終えてません。
次の戦いに備えなくては、カマロシティの皆さんに情けない姿を見せることになりますよ?」
黙って戦友を見送るお嬢様どもに、赤毛の指揮官がドライな戦場の掟を口にする。
聖エヴァンジェイル学園騎乗部には、まだ19戦が残っていた。
その中には、部長因縁のラーキングオブシディアンもいる。
それを思えば、学園チームの誰もが気を落としている場合ではないと考え直さざるを得なかった。
「あと4戦で、ラーキングオブシディアンと対戦か……。結局一番重要な一戦になってしまうとはね」
「もう10位内には入りましたけど、まだ行くんですね……。いいですけど」
「優勝だよ優勝ー! ここまできたら優勝しないとベルちゃんにも悪い気がするよー!!」
感慨深げに、あるいは珍しく緊迫感を滲ませる王子様。
お手伝いの傭兵的立場で自分の仕事はもう済ませたと思うが、まぁお嬢様方の好きにすれば良い、と言いたげなドリル海賊。
そして、今までも幾度となく『優勝』を口にしていたが、ここに来てその意味が変わってきた天才的外ハネである。
アルベンピルスク
残すところ模擬戦は19戦。その中で、ラーキングオブシディアンを含む上位チームのうち3チームに勝利するのが優勝条件となる。
流石に体力的にも厳しくなるが、一部を除き全力を出し切る心意気なお嬢様どもであった。
◇
赤い光線が無数に交差し、競技エリア内を派手に照らし出す。
射撃性能を重視したチーム同士の対戦は、観覧席の間近で起こっている戦争のようだった。
中には、キネティック弾が発射されたと判定され物理演算による着弾までの合成映像も加わり、派手な爆発が連続している。
すぐ目の前で弾ける赤い光線や、シールドを抜かれて撃破されるエイムの様子。
競技会最終盤の対戦とあって、殺気立った攻防が特殊効果とは違う真に迫る迫力を与えている。
ド派手に、とことんまで正面から殴り合うような一戦に生き残ったエイムはおらず、僅差の判定で勝利チームが確定していた。
『「バトルフィールドセオリー」と「サウザントファイアワークス」、戦術より火力という両者の特性上必然的な流れに縺れ込んでの総力戦と相成りましたー。勝敗は被ダメージポイントで僅かに下回ったサウザントファイアワークスに軍配が上がります』
『どちらも射撃制圧能力を重視した騎乗競技という舞台ではどうかという機体構成でしたが、思いのほか嚙み合ってしまった一戦でしたね。
しかし実のところ、バトルフィールドセオリーは
『素人目にはただ派手な一戦で、玄人目には興味深い一戦だったかもしれませんねー。
さてー? 次の対戦も素人さん玄人さん共に大注目の一戦、本競技会随一の飛ばし屋お嬢様、聖エヴァンジェイル学園騎乗部と、本競技会屈指の実力を見せて来た優勝候補筆頭、ラーキングオブシディアンの対戦となりまーす!』
『オペレーターの可憐さとダイナミックなオペレーションというギャップが大きな人気を集めていますね、聖エヴァンジェイル学園チーム。こちらも競技会随一でしょう。
聖エヴァンジェイル学園チームは下位チームに全勝、上位チームにあと3勝するのが優勝への最低要件となります。
ラーキングオブシディアンチームは最大の障害となるやもしれません』
『ダークホースと言われながらも毛並みの良さは血統書付き! なのにそのホーミングする流れ星のような突っ込みはなんなんだ!?
聖エヴァンジェイル学園、ラーキングオブシディアン、事実上の優勝決定戦とも名高い一戦はこの後すぐです!!』
解説付き対戦画面を横目に、聖エヴァンジェイル学園のエイムオペレーター、クラウディアはコクピットの中にいた。
心臓はこの競技会を過ごしてきた中で最大にドキドキしている。
呼吸の仕方を忘れたかのように息苦しい。
頭の方にも大分熱が
「……向こうは油断していたりするかしら?」
真面目な顔でいったい何を言い出すこの部長は、と思わなくもない、通信画面の向こうにいる仲間達。
だが、以前にラーキングオブシディアンから接触を受けた際には大分下に見られていた、とも聞いているので、そういう事もあるかなと思う一同である。
『実戦で希望的観測を前提にしてはなりませんけど、油断して負けたらそれが相手の実力ということですね。
皆さんは今まで通り、自分の実力を出せばよいだけの話です。
ここまで皆さんは、訓練した技術を十二分に発揮し、時に実力に勝る相手をも退けてきました。
ここに至っては、特にわたしから何か申し上げることはありません』
格納庫の窓の前にいる赤毛からは、今回これと言って特別なアドバイスも無し。
できる事全てを出し切れ、という意味だというのは、全員理解していた。
これまでで最も激しい対戦になるであろうと、解説のミドリとピンクのヤツも煽ってくれる。
『競技会運営から発進許可来ました。第1競技エリア準備完了、格納庫前からエリアまで進路クリア。格納庫内の減圧はじめます。創作部の皆さんは退避してくださいねー』
通信管制担当の柿色メガネから連絡が入り、整備要員と
格納庫の照明が白色からオレンジに変わり、回転する警告灯とブザーが緊張感を高めていき、
『格納庫扉開放します。各機のグリーンサインを確認。通信とデータリンク正副予備3系統チェック確認。いつでも発進どうぞ』
スタートの合図が告げられると、クラウディアも大きく息を吸い込み、乱暴にコントロールスティックを掴み取った。
「それじゃ行くわよみんな! 今まで通り全力で! 余力なんて残さないわ!!」
『相手はセミプロみたいなものですから奇襲は難しいでしょうけど……。まぁいいのではないですか?』
『仕掛けどころは任せるからね、部長?』
『あたしも
重力制御の加速で漆黒の宇宙へ飛び出すクラウディア機と、これに続く騎乗部の各機。
メイヴ6機は誘導灯である光る線の上に乗ると、背面と脚部のブースターを燃やして一気に加速する。
「…………弟子は師の鏡か。なるほど、これは生きた心地がしない。
悠午のことを言えないな」
その噴射炎を見送り、赤毛の教官は遠い記憶の残滓に引かれ、無意識に呟いていた。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・
機体のレーダーやセンサーのデータを統合し、攻撃目標の位置を捕捉する装置。
この情報を元に火器管制装置が攻撃を行う。
・ダークホース。
順位争いなどにおいて実力不明という判断で、その有力候補と見なされていなかった参加者を指す言葉。
・弟子は師の鏡。
世代を経て技術を伝承する師と弟子の関係を示す格言。
弟子がどのような技術を修めているかはそのまま師の技量を表すという意味。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます