139G.ビューティーシューティングスターカウンター

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 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 カジュアロウ星系、アルベンピルスク星系間定期航路。

 恒星間空間。


 安全な航路、と言えども世の中に絶対というモノが無い以上、アクシデントというモノも起こる時には起こってしまう。

 所詮どれだけ事前の安全対策を積み重ねようと、いざという時に我が身を助けるのは力を尽くした我のみ、という不文律はいつの時代も変わらないのだろう。 

 カジュアロウ星系から重力波の影響が小さいカームポイントまでの航路も、銀河中心域に近い危険の少ない航路と考えられていたが、現在は想定外の流星群に見舞われていた。


 臨時船団の旗船フラグシップは、流星群の回避が難しいと判断し、これの排除を決断。

 船団に加わっていた聖エヴァンジェイル学園騎乗部も、競技会前の特訓の一環として、流星群の迎撃に参加する事となった。


 進行方向の右舷やや上方向から、数百万個というデブリが接近している。

 平均時速25,000キロメートル。エイム用レールガンの2倍強。大きさはフットボールほどから全長1キロの宇宙船サイズと様々だ。

 船団はこれらをセンサーで捕捉し、最も障害物の密度が低いルートを予測して進み、必要ならばレーザーで撃ち落す。

 という戦術を取る。


 宇宙船である以上は、どんな船でもデブリ焼却用のレーザー兵器くらいは搭載していた。

 だが今回は確実にデブリを排除できるよう手数が必要とされる為、エイムも出せるだけ出そうという話だ。


 どれほど数が多く高速であろうと、基本的に流星群は直進しかしない。

 慎重を期せば、対処は難しくないと思われる。


               ◇


『フラグシップより射撃オーダー来ました。わたし達への振り分けは1,500オブジェクト。3割ずつ他の船とターゲットが重複しています。誰かが落とせばいいというやり方ですねー。

 射撃タイミングは各船の自由。流星群は既に射程範囲内です。いつでもどうぞ』


 聖エヴァンジェイル学園の宇宙船、『ディアーラピス』から柿色メガネ少女の通信が入る。

 緊張感の無い声だが、いよいよか、と思うと華奢な少女の形の良い小尻が落ち着きなくモゾモゾ動いた。

 コクピット全面を覆うディスプレイにも、撃ち落すべきデブリの位置と流星群の軌道予測が映像で表示されている。

 赤い線に自分のエイムが触れなければ問題ないはず、とクラウディアは再度自分に言い聞かせていた。

 流星群の降り注ぐ密度はそれほど大きくなく、回避する隙間は大きい。

 一方で範囲は広過ぎるので、デブリを排除し安全性を高めようというワケだ。

 もう撃っていいのかダメなのか、と焦れていたならば、ほかの宇宙船とエイムがレーザーを撃ちはじめ、華奢なエイムオペレーターがビクッ!? としていた。


『近いターゲット、排除対象内の大きなターゲットを優先して落しましょう。競技会と違い、遠く小さなマトを狙う理由はありません。

 大きなデブリの場合、破砕した直後に拡散して大きな破片が想定外の軌道を取る恐れがあります。まずはそちらから火力を集中しましょう。

 皆さんトリガータイミングはクラウディア部長に合わせてくださいね』


「え!? わたし!!?」


 更に、突如通信で重要な役割を振って来る赤毛のルームメイト、村雨ユリ。

 なんか恨みでもあるのかこの野郎、と言いたくなるスレンダー少女であるが、部長が号令を出すのは当然だと言われてしまえば是非もなく。

 そもそも自分が部長なのはおかしいのではないか? と改めて赤毛の言いだしっぺに抗議したくもなった。

 だが、ドリルツインテ少女に「デブリが来るから早くしてくださいまし」とたしなめられては、私情も引っ込めざるを得ず。


「う……うぅ……そ、それじゃあ射撃はじめます! 攻撃開始!!」


 ターゲットのマーカーに付属する数字が見る見るうちに減っていく。

 その動きに急かされた華奢な部長は、自ら思い切ってレーザーの火蓋を切りにいった。

 騎乗部のエイム『メイヴ』が虚空に腕を伸ばし、先端のレーザーガンから赤い光線を発振する。

 同じ騎乗部の5機も続けて発振。

 それに母船のディアーラピスも、船体から砲台タレットを出しデブリの迎撃を開始していた。赤毛のヤツが金に物を言わせて専用ジェネレーター付きの大口径4連装レーザー砲身に変えてある。


 船団の255隻からレーザーが一斉射され、黒一色の空間に線香花火のような大小の光が散った。

 直後に、真空中であっても轟音を立てそうな勢いで、流星群が船団を飲み込んでしまう。

 船橋ブリッジ舷窓げんそうを埋め尽くす星屑の流れ。

 しかし、極めて高性能なセンサーと主要演算機メインフレームの軌道計算により、それらデブリはエネルギーシールドに掠りもしない。


『今のところ予定排除数100%、全体では99.8%。排除効率はわたし達が99.9%、全体で50%ですね。わたし達が一番手際が良いってことです』


『各機ステータスは常にモニターしておいてください。少しでも異常が出たら報告を』


『えーと、船に異常はありません。……他に何を報告すればよろしいでしょう?』


『3隻の船にトラブルが発生したようです。流星群を排除する担当から外れました。わたし達の割り当てに変更はありませんが……もしかして影響が出ますか?』


『1メガワットいかないってやっぱりレーザー出力低過ぎますわよ! エイムのオペレーターとして装備変更を求めますわ! それかリミッタ外してくださいまし!!』


『み、皆さん危なくなったら本当にすぐに船に戻ってくださいねッ!』


 聖エヴァンジェイル学園関係者用の通信が飛び交う間も、絶え間なくレーザーを撃ちまくるエイムと宇宙船。

 あたかも実弾と光線が交わる戦場のようだったが、船団は順調に危険な流星群を撃ち落していた。

 超高温で炙られたデブリが破裂し、宇宙の闇に無数の爆光を生む。


『部長、少し流星群の予測軌道に近過ぎる。Xマイナス300以上動いてくれ』


「フー……! フー……! うわッと!?」


 無我夢中でレーザーを撃つクラウディアも、少々周りが見えていないところはあるが、確実にターゲットを捉え続けていた。

 エルルーン会長の警告に慌てて動くと、姿勢が崩れたところを仲間のエイムに支えられる。


『デブリの軌道は単純ですから、ある程度は射撃指揮装置イルミネーター半自動射撃セミオートに任せてもいいでしょう。回避の時はマニューバコントロールに集中してください』


「りょ、了解!」


『やるべきことは出来ています。このまま射撃練習のつもりでやりましょう、クラウディア部長』


 部長を支える赤毛の部員が、落ち着かせるようにフォローを入れていた。

 物騒極まりない射撃練習だが、そのセリフで少し周りが見えるようになったクラウディアである。

 他の部員も危なげなくデブリを排除しており、部長としては安心するやら少し焦るやらだった。


              ◇


 本格的に流星群に飲み込まれ、船団を襲うデブリの密度が増す。

 しかしそれも事前の観測と予測の通りであり、デブリの排除も予定通り進んでいた為、問題無いと思われた。


「迎撃率99.3%、本船及び船団に損害ありません」


「オリナタリエ3rd、ジェネレーターの過負荷により迎撃中止。防衛ユニット登録から除外されます。シールド出力を確保できない為本船に保護を求めています」


「ジェネレーターを分けていないんですね、あの船。予算かけてないなぁ」


「それであの高出力のレーザーか。デブリスイーパーやった事ないのか、素人め」


 宇宙船も機械である以上、トラブルは日常茶飯事である。

 とはいえ、中にはお粗末な運用で自らトラブルを招いている船もあり、銀河有数の物流業『GalExギャラックス』の宇宙船、『デザートキャラバン』全長2,100メートルの船長は呆れていた。


「アウトサイドと違ってインサイドは海賊も出ませんからね。ライセンスを取れるギリギリの設備でやっているような船もいるでしょうし」


 と、何となく他の船を擁護するような発言の副長。

 だがそこには、自分のいる会社と違い、小規模な仕事しか請けられない、宇宙船に投資も満足に出来ない中小企業や個人業者への哀れみと嘲笑が混じっていた。


「ふん……まぁウチと比べるのは酷と言うものだろうな。こういう時の防衛費用も大事な収益のひとつだ。

 結局払い戻しする割合も大して――――おぉ?」


 一方、中年に入った辺りのまだ若い船長は、大企業にいるからと言って、そんなに驕る気にはなれなかった。

 父親は副長の言う「設備投資に苦しむ小さな船」の船長であり、父を尊敬するからこそ自分も船の船長をこころざしたのだ。

 そして今、この巨大輸送船を任される立場になった以上、船団の中心として他の船を守る義務があると考えている。

 船長は他にマズい状態の船がないかと、船団のデータリンクを呼び出し各船のステータスを参照していたが、


「なんだ、随分戦力の高い船がいるな。船名『ディアーラピス』、ジャン・セバスチャン社製か。ハイソサエティーズ御用達だな。

 登記は……『聖エヴァンジェイル学園』? 学校機関??」


「船長! デブリの軌道に異常が発生! 軌道変更するデブリが多数!!」


 ある船の所属と攻撃能力の高さに首を傾げていたところ、レーダーオペレーターから非常事態を告げる報告が上がってきた。


「軌道変更だと!? デブリじゃないのか!? スキャンではほぼ珪素と酸素だろう!!?」


大半は・・・そのはずですが――――!」


「『そのはず』じゃない! 再スキャンだ! それに全船に警告しろ!!」


 うろたえるオペレーターに怒鳴る船長。

 勝手に向きを変えるなら、それはもうただのデブリであるはずがない。

 その報告のあった直後から、想定外の動きをするデブリにエネルギーシールドを直撃される宇宙船が多数出てきた。

 臨時船団と宇宙船の中はパニックだ。


               ◇


『デブリの中にキネティック弾を潜伏させる。これ海賊の手口ですわね』


『船団が罠にはまったと?』


『いえ、こんな銀河の内側で、いつ来るかも分からない船団を狙うなんて悠長過ぎますわ。

 どこかで不発になったトラップが、たまたまここに流れ着いたと考える方がまだ自然ですわね』


 のんびり通信しているようだが、赤毛とドリルツインテのふたりも異常デブリの迎撃に切り替えている。

 現役海賊のドリルが言うには、どうも船団はどこぞの宇宙海賊が仕掛けた罠の流れ弾にぶつかった模様。

 流星群というだけでも十分ツイてないというのに、あまりにも運が無さ過ぎた。

 幸運だろうが不運だろうが、状況に対応しなければ生き残れないのに変りもないのだが。


『それで、どうしますの? 高い空間密度のド真ん中で機動力が制限されてキネティック・スリーパーに囲まれて、しかも……周囲は素人ばかりときましたわ。

 オマケに機体エイムは主力レベルとは言えない性能。ちょっと面倒な状況ではないかしら?』


『本来わたし達に使われる予定ではなかったキネティック弾は個別に目標識別をしておらず、接近するエイムや宇宙船を自動でターゲットしていると思われます。

 わたしが先行しスリーパーを起こして引き付け、他のエイムと船の火器で掃射する。こんなところでいかがでしょう?』


『ですわね……。結構、貴女がフォワード、わたくしがバックアップのエレメントでいきますわよ。

 こんな無粋で傍迷惑な仕掛け、さっさと片付けましょう』


 赤毛とドリル、お互いに実戦に慣れたふたりである。

 時間優先で作戦を決めると、同時にブースターを激しく燃やし、拠点防御から機動戦闘へ移行した。

 宇宙船のエネルギーシールドのギリギリを滑るように飛び、迫ってくるキネティック弾を次々撃ち落すエイム2機。

 両腕レーザーを撃ち分け縦横無尽に機体を翻す姿は、無駄の無い機械的でありながら芸術的にさえ見えた。

 騎乗部の特訓で見せた動きとは違う、実戦用の機動である。


『というワケで、学園組は当初の予定通り危険なデブリを撃ち落すのに専念してください。すいませんが、わたしとエリィは少し外します。

 紛れ込んでいるキネティック弾を掃除しますので、それまで船を守ってくださいね』


『え!? あの、村雨さんわたしは――――!!?』


『一応、わたしが戻れなければ先に学園へ戻ってください。ロゼッタさん、必要ならアティに支援させてください』


 クラウディアが呼び止めるより早く、赤毛とドリル少女のエイムが高速で船から離れて行く。

 なるべく多くの誘導兵器を引き付ける為、空間密度の高いところを狙って蛇行する2機のメイヴ。

 すぐさま、デブリになり済ましていた大量のキネティック弾が絡み付いて来るが、伸び上がるような加速のヒト型機動兵器はこれを寄せ付けない。

 その真後ろを追走するエイムが赤い光線を薙ぎ払い、切断される弾頭が爆発の火球となり咲き乱れた。


「スゴっ……」


 騎乗部で散々繰り返した練習とは全く違う、乱暴で危険極まりなく連携と言えるのかさえ疑問に思えるふたりの機動。

 だが、強引で傲慢とも見える戦闘の中に、強く惹きつける魅力のような物も感じるクラウディアだった。


『部長! 船に引っ込むかデブリを焼くかしないとそこで止まっているの危ない!』


「ッ……!?」


 赤毛とドリルの競演に見惚れていたクラウディアだが、母船のロゼッタからの通信で我に返る。

 鉄火場で柿色メガネの少女も大分地が出ている様子。


 ペダルを踏みブースターを吹かす華奢な部長は、船の前に出る際の制動に胸部のブースターを使わず、慣性方向に対し機体を振り脚部ブースターで踏ん張っていた。

 弧を描く軌道で荷重をコントロールするのは、赤毛やドリルといった熟練のエイム乗りが見せる有機的なマニューバだ。なぜか外跳ねの天才娘も自然にやるのだが。


 クラウディアは意識的にも無意識的にも、村雨ユリの動きを真似てエイムを操る。

 船の防衛なのでそれほど動き回る必要もないのだが、部長のメイヴは船上を船首から船尾側へ、往復するように機体を振り回していた。

 覚えた動きを反復練習するように、あるいは忘れないうちに刻み込むように。

 無数の流星が降り注ぐ中、直撃コースのデブリを狙い撃つエイムは、最適の射線を得られるよう目一杯動いていた。


 その機動が派手過ぎて、キネティック弾のセンサーに引っ掛かり目標補足ターゲッティングを受けてしまうが。


 一度に大量の走査スキャンを受け、コクピット内にその分の警告表示が投影される。

 ディスプレイの全方位に現れる四角いターゲットマーカー。

 それらは流星群よりも高い脅威度が設定され、併記される相対距離の数字も凄まじい勢いで減少していた。


「え!? なに!!?」

『バカ! キネティック弾のトレーサーに掴まってる! 逃げろ逃げろ! こっちはECMで弾頭を騙す!!』

『船のレーザーでキネティック兵器を撃ち落とすよ。クラウディア部長、キミも迎撃しろ! 移動体の射撃も訓練でやったはずだ!!』


 突如警報アラートの種類が変わり呆気に取られるスレンダー娘だったが、柿色メガネに怒鳴られ強制的に事態を理解させられた。

 すぐさまロゼッタもキネティック弾に電子妨害ECMを仕掛けるあたり面倒見が良い。

 王子様は母船のレーザーを動かし、4連装8門の光線がキネティック弾を叩き落としていた。


「くンッ……ぬ!」


 クラウディアもその場で棒立ちにならず、思い切りペダルを踏み付け一気にブースターを爆発させる。

 リミットいっぱい35Gの荷重が華奢な身体に圧し掛かるが、クラウディアは特訓通りに機体を振り回し回避運動を取った。考えなくてもできるように赤毛の鬼に脳内へ叩き込まれたのだ。


 右に左に激しく逃げ回るメイヴ。機体下方へ放たれる光線が、追いかけてくる誘導弾を近付く端から爆破する。

 爆動する心臓、纏まらない思考、それでもクラウディアは本物の誘導兵器を相手に、負けていなかった。



 そのように本人も一瞬イケると思ったのだが、次の瞬間に新たな警告音アラートが鳴り響き、その機体エイムが弾き飛ばされた。



「――――キャァアアア!?」


 とんでもない衝撃に襲われたと思ったら、ディスプレイに映るインジケーター類が滅茶苦茶になる。

 機体姿勢のアイコンが目まぐるしく回り、慣性方向も一定となっていない。エネルギーシールドは強度を示す数値が危険域の赤色に。


(これって……アンコントロール!? オートパイロット! 機体を安定させないと!!)


 反射的にクラウディアは訓練のシミュレーションを思い出した。

 この状況は機体が錐揉きりもみ状態におちいっているのだろう。

 このような場合は機体の動きを大きく、絡まった糸を解きほぐすように機動する範囲を広げること。

 だが、それだけの技量が自分に無いのはクラウディアも分かっていたので、もうひとつの対処法である管制システムの自動制御に移行した。


 自動制御は電子妨害ECMに弱く、あらゆる状況の処理が制御システムに負荷をかけ、手動制御に反応速度で劣る。

 一方で、オペレーターが操縦不能な場合や非常時からの回復には優秀だ。

 自らの手で機体を制御できずとも、その判断ができるだけでも訓練の成果は出ていた。


『クラウディアさん! AIコントロールの回避機動を最大に! 建て直しに集中してください!

 フローズンさんとラピスは援護射撃を! ナイトメアさんとサキさんは船の直掩を継続!

 近付くキネティック弾はわたしとエリィで全て叩き落します!!』


 クラウディア機がデブリの直撃を受けたのを見て、村雨ユリとエリザベートの二機も全速力で取って返してきた。

 その指示を受けて、騎乗部の仲間も部長が回復するまで全力援護を開始。

 母船とフローズン機がレーザー砲をキネティック弾へ向け、船の防衛はナイトメアとサキの機体エイムが引き受ける。


 気が付くと、クラウディアの頭はグラグラしていた。被弾の際に瞬間40Gを超える衝撃が発生した為だ。

 しかも、エネルギーシールドの真上に喰らったので、人間が最も弱い縦方向に体感でも6G近い荷重を受けている。

 失神していないだけで奇跡だ。


 そんな華奢な少女のコンディションに配慮などせず、状況は容赦なく襲い掛かってくる。

 けたたましく鳴り続けるセンサー警報アラート衝突警報コリジョンアラート

 自動制御のエイムは、棒立ちのままブースターを吹かし危険域から逃れようとしていた。

 高速の誘導弾から逃げられる加速度ではなかったが、四方八方から推進剤の跡を残して迫るキネティック弾は、仲間のレーザーが片っ端から撃墜。

 ところが、追い詰められて逃げた先が高密度デブリの通過軌道になっており、


(ヤバい~~~~!!?)


 咄嗟に自動制御を切るクラウディアだが、予測機動の赤い線に囲まれ回避のいとまも無い。

 時間的空間的に八方塞の状況で、どうしていいか分からず頭が真っ白になってしまった。



『腕を伸ばせクラウディア!』

「――――はッ!? ぐふッ!!?」



 故に、力強いその指示に、何も考えず従ってしまう。

 エイムのマニュピレーターを前へ伸ばすと、急激な加速でクラウディアはシートに押し付けられた。

 腕関節の共有結合シリンダーに高い負荷、という警告表示が出るが、イエローレベルであり致命的ではない。


 クラウディアの機体は、同じ騎乗部のエイムメイヴに手を引かれていた。

 引っ張って加速しているのは、赤毛のルームメイトの機体である。


『悪いけどクラウディア、今の状態じゃ船に戻れない! このまま周りを片付ける!!』

「え!? はいッ!!」


 有無を言わせぬ勢いのルームメイトに、反射的に応えてしまうクラウディア。

 乱暴な言葉遣いに一瞬誰なのか分からなくなるが、そんな疑問も強烈な横Gで明後日の方向に吹っ飛ばされてしまった。


「――――ちょ!? むら……むらさめさん!」

『二機の連結で重心が常に変わる! 緩急を付けながら慣性は殺さず活かし回転力に変えろ! 基本は振り子運動ペンデュラムだ!』


 赤毛のエイムが部長のエイムを引っ張り込み、放り投げるように振り回すと、今度は赤毛がそれに引っ張られるようエイムを動かす。

 互いの遠心力で回転しながら、不意に全く異なる軌道へ自らを投入するという想定外に溢れた戦術機動コンバットマニューバ

 その運動は極めて鋭かったが、クラウディアの身体にかかる負担は拍子抜けするほど小さかった。

 慣性質量は30Gを超えるものの、滑らかシームレスな軌道偏向によりその角度が急激に変わらなかった為だ。


 美しく無駄のない、一筆書きのような機体の挙動。

 その中に自分がいるという事実に、クラウディアは状況を忘れて感動さえ覚える。

 離れたところから第3者から見れば、それはある種のダンスのようでもあった。


『――――クラウディア! 繋いでない方のマニュピレーターからレーザーで障害物を排除!

 フラグシップの方が防御容量超えている! 可能であればこちらを片付けた後にあっちをフォローする!

 行けるshall we!?』

「り、了解! 頑張る!!」


 手を繋いだままランダムな動きをするエイム二機は、螺旋を描きながら全方位にレーザーを乱射。

 派手な動きによりキネティック弾を盛大に引き寄せ、それら全てを破壊し、爆光で一帯を照らし出す。


『わたしも! わたしもアレ・・やりたい! フローズンさん一緒にやろう!!』


『遊んでいる場合じゃないわよナイトメアさん!』


『フローズンさんは援護に集中してください。彼女の言うことは無視して結構です』


 母船の周囲を守る外跳ね少女、茶髪のイノシシとブルメタニンジャ、それにドリルのエイムは、デブリを撃ち落としながら赤毛と部長を援護。

 聖エヴァンジェイル学園の宇宙船は、臨時船団の中で最も早く立ち直ることが出来た。


『ロゼ! 宙域のスキャンは!?』


『終わった! 他の船のスキャンデータも併せてキネティック弾は特定済み!!』


『了解一気に片付ける! エリィはわたしの後方援護! クラウディアはその後ろから火力支援だ! トリニティエクスプレス!!

 サキとフローズン、ナイトメアはこのまま船の護衛! ナイトメアはエルルーン会長の言うことを聞くように!

 会長は船をよろしく!!』


『トリニティ……って3機連携だっけ!? りょ、了解!!』


『わたしはともかく、3番機はクラウディアさんでよろしいですの? いいですけど』


『村雨さんわたしも行きたいでーす!』


『船はこのままフラグシップとの距離を保つよ、それでいいね? 村雨くん』


 唯理とクラウディア機は手を離すと、エリザベートのエイムを加えた3機縦並びの編隊を作り、一気に再加速。

 母船に先行して、途中の宇宙船を次々と追い越し船団中央に位置する旗船フラグシップに向かった。


『真上ぇ! キネティック弾が来る!!』

『本船のディレイはオーバーヒート中! 助けてくれ!!』

『シールドジェネレーターの出力が戻らない! 支援を要請する! こっちは金払ってるんだぞ!!』

『ECM効いているのかこれ!? シーカー切れてるのか分からないぞ!!』

『右舷が破損! エアリーク警報! 船員はEVAスーツを着用! チケタレーは救助を要請する!!』


 船団は未だにスリーパートラップの攻撃にさらされており、派手に対空レザーの弾幕を展開してはいるが、誘導弾やデブリはそれを擦り抜けシールドを直撃している。

 最低限の防御兵器しか搭載しておらず、またデブリならともかく兵器類など相手にしたことない船の方が多数だ。

 過負荷によりエネルギーシールドがダウンし、無防備な船体に大穴を開け気体を噴出している宇宙船も確認できた。


 そんな中に一列で突っ込むエイム3機が、キネティック弾とデブリを次々削り落としていく。


「ユリさん、正面キネティック弾が4。グローバルセンターから接触軌道のデブリ12、こちらはわたし達が片付けますわよ、クラウディアさん」


『正面のキネティック弾を排除! GC方向のデブリを攻撃する!!』


『はやッ!? あ、接近するデブリから撃ちます!!』


 3機編隊、トリニティエクスプレス。

 先頭のエイムが目標を叩き、2機目は指示と先行機の援護を担当、最後尾の3機目が前2機を火力支援するフォーメーションだ。

 今回は赤毛が1機目として突撃し、ドリルが目標を指示し、部長が攻撃目標に追い討ちをかける形にしていた。


『なんだ!? 連邦軍の警備艇でもいたのか!!?』

『なんでもいい助かったぁ!』

『救助を要請する! ヒカケティア丸より救助部隊! こちらは船を損傷している!!』


 脚部と背面のブースターを真っ白に燃焼させ、時速22万キロ、35G、毎秒343メートルの高加速度でブッ飛ばすお嬢様(2名偽装)の3機。

 圧倒的な打撃力を見せ付けるエイムの編隊に、船団の共有通信帯では歓声が上がっている。

 それが銀河有数のお嬢様学園のモノだと知るのは、旗船フラグシップの船長や副長といった船橋要員ブリッジクルーのみだった。


               ◇


 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 アルベンピルスク星系グループ外縁。


 臨時船団が流星群を突破し、8時間が経過している。

 無事に凪の宙域カームポイントから超光速航行ワープドライブに入り、船団は予定通りに目的地へと到着していた。


 アルベンピルスク星系は連邦圏に所属してはいるが、共和国と皇国の企業や邦人に対して規制や制限が設けられておらず、中立に近い。

 標準的な星間文明レベルを持つ、主に13の天体から成る星系。

 本星をはじめ文化的活動が盛んな星系であり、騎乗競技もそのひとつである。


「ついたー!」


「ハァ……競技会前にもう大冒険なんですが」


「あぁ……学園長になんと言えば――――」


 ディアーラピスの船首船橋ブリッジ、彼方に見えるぼんやりとした恒星の光と、各惑星のデータ補正映像を前に、少女たちの反応は様々だった。

 単純に旅のゴールに至ったのを喜ぶ外跳ねナイトメア。

 本番前に疲れた溜息を吐く紫肌の長身女子のローラン。

 学園に帰ってからの事を思うと頭が痛いシスターヨハンナである。


『キミらにエイムの競技会なんて出る意味あるのかい? 必要ないように思えるがね』


「淑女のたしなみというヤツですよ。そういうことも時代と共に変るモノです」


『なるほど確かに、こういう時勢じゃな。いつの時代も女性は頼もしいな。実際おかげで助かったよ。

 それでは、競技会での活躍と若者たちの前途が良いモノであるのを祈る』


 赤毛のユリは、通信モニターで臨時船団の旗船フラグシップ、デザートキャラバンの船長に別れの挨拶をしていた。

 契約上、船団はここで解散。目的地であるアルベンピルスク星系に着いた以上、当たり前の話である。

 旗船フラグシップ以外からも、ディアーラピスは随分声をかけられた。

 手練のエイム乗りは、どこに行っても引く手数多あまただ。

 実際にエイムに乗ってキネティック弾の包囲を突破したのがお嬢様学園の生徒と聞くと、ただ驚かれるばかりなのだが。


 なお、そんな騎乗部員の大半は疲れて寝ている。

 部長などは汗を流す気力も無く、環境EVRスーツのままベッドに潜っていた。


 ここまで身を寄せ合うようにしてきた宇宙船たちが、三々五々に散っていく。

 大半の船はこのまま星系の内海へと入るが、中には外縁のプラットホームを経由していくだけの宇宙船や、すぐに次の星系へと旅立つ船もあった。

 聖エヴァンジェイル学園は、本星のひとつ外側を回る第6惑星『ソライア501』を目指す。

 既に競技会自体は開会しており、騎乗部の少女たちが身体を休める時間はあまりなかった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ライセンス

 許可証、または証明証。宇宙船の運用と運航について、国家やそれに準ずる団体から審査の末にライセンスが発行される。

 ただし、営業資格や施設使用許可、特定の宙域への進入許可を伴わなければ必ずしも必要ではなく、宇宙船の保有と操縦のみに関してはライセンスは必要ない。

 これは、宇宙時代の文化と経済の活動を円滑に行う為の、銀河先進ビッグ3オブ三大国ギャラクシーと大半の星系国家の基本方針となる。

 営業や宙域進入の許可に船舶操縦技術の証明証や宇宙船の設備審査証明証の取得を前提とすることで、実質的に必須としている。

 実際にライセンスが不要なのは無法地帯のような宙域のみとなる。


・インサイド/アウトサイド

 内側、外側を示す単語だが、宇宙を語る文脈においては銀河の内側と外側を指す。

 インサイド側は先進三大国ビッグ3の中央星系が存在し、銀河外からの脅威も遠い為に比較的安全とされる。星系間の距離も近い為、航路も充実している。

 アウトサイド側は大国の本拠地が遠い為、三大国法圏外圏エクストラテリトリーが多く星系艦隊の治安維持は及び難くなる。海賊行為も横行しやすい。

 星系間距離も遠くなるが、空間密度は低くなるので宇宙船の長距離航行がしやくなるという側面もある。

 また銀河外縁の人類文明圏外、暗黒領域ダークゾーンの近くでは、正体不明の艦隊や超生物アブソリュータ、自律兵器群メナスの大集団が確認されることもある。


・エアリーク(警報)

 宇宙船内を満たす気体が船体の破損などで真空中に漏出した際の警報。

 気圧の低下、酸素濃度の低下などの事態が発生し、生存環境レベルに問題が出る。

 船体の修理、船外活動EVAスーツの着用などで対処しなければ、当然致命的となる。


凪の宙域カームポイント

 重力波が安定している宙域。

 超光速航行、スクワッシュドライブは2点間の空間を圧縮させ物理的距離を短縮するという原理で行うが、この際に形成される圧縮回廊は重力の影響で大きく屈折する為、可能な限り重力波の安定した環境で行うのが望ましいとされる。

 重力波は惑星など大規模質量体が空間を引き寄せる事で発生する為、それらが恒星の周囲を公転し続ける星系内は重力波的には嵐の最中に等しい。

 必然的に、凪いだ宙域とは恒星系外と同義となる。

 優秀な熟練のワープオペレーターは、重力波による圧縮回廊の屈折を利用する、または屈折を計算に入れて長距離ワープを実現させる、などその影響を最小限に抑えて見せる。


・グローバルセンター

 方向を示す基準のひとつ。

 宇宙空間では東西南北や上下といった共通の方角基準が存在しない為、時々の自分が存在している空間の天体を基準に用いる。

 星系内では恒星の方向とその逆方向が最も単純で確実な基準となるが、星系外に出た場合は銀河の中心、グローバルセンター方向が共通の基準となる。


・星間文明レベル

 天の川銀河に約三千億存在する星系と惑星の文明レベルを表す指標。

 自力での有人恒星間航行の技術を持ち、また自力で他星系文明の存在を認知している、主にこの2点が星間文明レベルのティアー1とされる。

 銀河文明圏航宙条約を批准する国家と国民は、星間文明レベルティアー1に至らない惑星と知的生命体への接触や干渉を禁じられている。




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