138G.アーネストレディー ヒートウォーター

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 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 カジュアロウ星系、アルベンピルスク星系間定期航路。

 聖エヴァンジェイル学園騎乗部用宇宙船『ディアーラピス』。

 共同バスルーム。


 船体中央ホールの真下に位置する、楕円形の大浴場。

 その上下には、宇宙の漆黒と無数の銀色の集まり、そして併走するたくさんの宇宙船の姿があった。

 宇宙空間が投影されている浴槽は、星空で満たされているようにも見える。

 そこで、可憐な少女たちが半身をお湯にひたしていた。


「わー……すごく、綺麗ですねー……。宇宙で泳いでいるみたいです」


「本当に……星が近く感じます」


 お湯をすくい取り目を輝かせているのは、やや起伏に乏しい体型な単眼少女、アルマだ。

 それに、髪型同様全身あちこちが丸っこく柔らかいプニプニ少女のプリマが、胸を反らし天井を仰いでいた。


「宇宙の景色なんて何も無い代わり映えのしないモノと思われているけど、実際には同じ顔を見せる事など二度とないよ。

 今この時にしか見ることのできない光景だからこそ、こんなに美しく感じるのだろうね」


 などと情緒的なことを言いつつ王子様が見ているのは、宇宙の星ではなく愛らしい少女たちの裸体だったりする。

 ヴァルゴの後宮、生徒会会長のエルルーンは満足気だった。

 凛々しい顔立ちをしているのでバレてもあまり問題にならないが、女の子好きである。手を出さず目で愛でる程度だが。


 堂々と己のグラマラスボディをさらけ出して、お湯の中から脚を伸ばす紫肌のグロリア女子。

 白過ぎる肌と薄紫の髪が妖しい魅力を醸し出すプロエリウムの少女も、湯船の縁にしだれかかっている。

 そのように堂々としている仲間もいたので、恥ずかしがっていた単眼娘とマシュマロ少女もハダカに慣れて来たようだ。


 ちょっとしたハーレム空間に、計画通り、と人知れず悪い顔をするエルルーンである。

 口八丁で誘い込んだ甲斐もあるというものだった。


「―――ので常用しているワケではないのですよ。慌てて用意してきたら混ざってしまっただけで」


「いえ、そもそもああいうのをどういう時に着けるのかが気になって仕方がないみたいな……。

 まぁ村雨さんは部屋でしょっちゅう裸みたいになってるから、いまさらという気はしますけどね」


「クラウディアさんヒトを露出趣味みたいに言うのはどうでしょう」


「違うの?」


 最後に入って来たのが、珍しく恨めしげな顔をしている赤毛の少女と、ほっそりしながら出るところは出ている金髪少女だった。

 どちらもタオルで前を覆っているが、それ以外はほぼ丸見えなので王子さまも内心ニンマリしている。


               ◇


 村雨ユリが遅れて来たのは、脱衣所ドレスルームでちょっと想定外の事態が発生した為だ。

 エルルーン会長の音頭で急な入浴が決まり、急ぎ足で自室に戻り代えの下着などを用意して来たのだが、いざ服を脱ぐ段になり妙な物に気付く事となる。

 赤毛の少女が下着だと思って持ってきたのは、ギリギリの部分しか隠さないどこかで見た覚えのあるマイクロビキニだった。


「……はえ?」


 滅多に取り乱さない赤毛だが、一瞬パニックに。

 何故これ・・がここに。そもそもキングダム船団から持ってきた覚えすらないぞ。

 それに、ローグ船団のチンピラどもをシバき倒した後は、唯理でさえどこにしまったか覚えていないのが実際のところだ。

 つまりどこに紛れ込んでいてもおかしくはないという事でもあるが。


「うわ……え? 村雨さん、こんなの着けるの? 勝負的な??」


「違うますよ!?」


 しかも、両手にぶら下げているところを背後からクラウディアに見られるという失態。

 慌てるあまり、うっかり素を出すところだった。


 普通の学園生徒が身に着けるような、上品なデザインの下着ではない。

 一見して、カラダに縛り付けるだけの布。しかも布地面積自体が明らかに少ない。

 お嬢様育ちながら地元では割と放蕩していたクラウディアには、それが下着本来の支えるや隠すといった役割ではなく、気合の入ったオンナが裸体を飾る目的の一品であるのが分かってしまった。

 この赤毛のスペシャルなボディがこんなモノを装備したらどうなってしまうのか。

 思わず想像する華奢な金髪娘は、据わった目の周りを赤くしていた。


               ◇


 自分の裸や下着姿を見られる分には、唯理にも大して抵抗感は無い。自身の身体など、道具として見ればこそ。それが兵士であり武人だ。

 しかし、このビキニ水着だけは少し困る。


 村瀬唯理むらせゆいりは天の川銀河の半分の文明圏でお尋ね者となっていた。唯理が持っているモノを考えれば、実質全銀河から狙われていてもおかしくはない。

 今は『村雨むらさめゆり』という偽名と偽装した身分で女子学園の生徒などしているので、当然ながら村瀬唯理との関連性を知られるのは大問題だった。


 キングダム船団では2度ほどこのビキニで暴れたので、少々人目に付き過ぎているという懸念がある。


 些細な事だとは思うのだが、村雨ゆりと村瀬唯理を結び付ける要素は、極力排除しておきたかった。

 バイクは隠れて乗っているので許してほしい。お嬢さま擬態生活でストレスが溜まるんじゃ。


「実のところ、村雨さんも学園に来る前はかなり派手な生活をしていたとか……。いや今もある意味物凄く派手なんですけど」


「クラウディアさん、この学園に来たら、それ以前の事に関しては深く問わない、というような暗黙の了解があったかのように思われますが」


「まぁそれは申し訳ないとは思うんですけど……。わたしだって正直今の自分は作ってるし。

 村雨さんって、もしかしてもう経験…………いえ、恋人とかいた事はあるの?」


 ところが、クラウディア嬢の好奇心は尽きないご様子。

 明らかにお嬢様らしからぬアイテムの所持により、よりにもよって赤毛の以前の暮らしに興味をもたれてしまったヤバい。

 エグい下着(正確には水着)を着用し、普段から大胆にめりはり・・・・ボディをさらすのにも慣れた生活をしていたのでは? と思われている節がある。

 一度勘繰かんぐられてしまえば、他にもエイムの操縦技術や戦闘技能など、こいつどう考えても深窓の令嬢なんかじゃねぇな、と推察せざるを得ない材料は幾つもあった。

 かと言って、本当のことも言えないのだが。

 赤毛娘は、すました顔で誤魔化すほかなかった。


 それが逆効果なあたり、唯理も動揺のあまり対応を誤っていたと思われる。

 用意してある作り話カバーストーリーを使えばよかった、と思っても後の祭りだ。


「特定のお相手などはいませんでしたね。そういう事とは無縁でしたので」


「村雨さんモテそうなのに……ていうかモテているのに。男性どころか学園の女の子たちまでソレ・・に目が釘付けになるものね。

 性別構わず……恐ろしい


 お湯の中で背中を丸め、胸の前で手をワキワキさせる神妙な面持ちのクラウディア部長。

 これはヒトをオモチャにして遊んでいるヤツだ、と以前の船パンナコッタの経験から察する赤毛だが、逆にここを勝負カウンターと見た。


「クラウディアさんこそ、ホッソリしていらっしゃるから相対的に大きい方になるかと思いますよ?

 わたしは表面的な大きさには惑わされません」


「……は? はァッ!?」


 半眼になると、華奢なスタイルの金髪へにじり寄る赤毛。

 かと思えば、その形の良い美乳をプニッと指先で押していた。

 想像もしなかった蛮行に、ビックリして飛び退く顔真っ赤少女。


 問題の爆破処理は成功した。

 しかし唯理は更に追撃の判断をした。


「ち、ちちちょっと村雨さんヤダそういうのは――――!」


「以前のわたしがどんなだったか……という事に興味がおありなら、今ここで教えて差し上げましょうか?

 クラウディアさんのように素敵な女性ヒトに随分可愛がっていただきましたから。

 その具体的な中身まで…………」


「ひッ――――ひィイ!? ごめんなさいそんなつもりじゃなかったのー!!」


 胸を隠すようにカラダをかき抱き、慌てるクラウディアはお湯の中に座り込んだまま後ろへ這って逃げた。

 それを、切れ長の目となった赤毛の肉食獣が、前のめりで追い詰めていく。

 目の前で強調される巨乳スッゲェ、とつい目が行ってしまうが、浴槽の縁に突き当たり逃げ場を無くすとそれどころではなく。


「村雨さん村雨さん困る困る困る! いきなりだしみんないるし困る!!」


「クラウディアさんは目を閉じていていただいて構いませんよ? そちらの方が集中できるかもしれませんね。見られていることに変わりはありませんけど」


「だめェー!」


 クラウディアは半泣きで悲鳴を上げていた。

 何が怖いって、挑発的に舌なめずりして見せる全裸の赤毛が扇情的過ぎて、このままだと自分の中の何かが壊れてしまいそうなのが怖い。


「ふわわわ……!? む、村雨さん……クラウディア部長ー!!?」

「ムフゥ……!」


「ほほーう…………」


 そして当然、ふたりだけの世界に突入した湯船の一画を凝視しているギャラリーがいた。

 種族特性的に目を閉じるとか考えられない単眼娘、新作のネタを脳に刻み付けているマシュマロ。

 適度な湯温にも関わらず茹で上がる小娘たちの一方、見てないフリで横目で見ている紫肌と、血マニア女子、そして優雅にご鑑賞中の王子様である。

 つまり、クラウディア部長に助けは来ない。


「む、むらさめさん……ホントに?」


「ユリって呼んでいただけますか? クラウディアさん…………」


 悪ノリする赤毛に、プルプル震えながら覚悟を決めてしまう華奢な部長。

 止める者のいない茶番は、そのまま流れで大惨事に至る可能性を生み出していた。



『ユイリ、フラグシップから緊急連絡。エイム乗りの非常招集だってさ』



 そんな暴走する唯理と事故ったクラウディアを救ったのは、船首船橋ブリッジからの船内通信インカムである。


「うわぁ!!?」

「ブリッジに行きます。皆さんもなるべく急いで出てください」


 妖しい空気を吹き散らし、引き締まったかおで立ち上がる赤毛の少女。ただし顔のすぐ前で立たれ、クラウディア部長の視界は大変なことに。

 エルルーン会長や他の者が疑問を口にする前に、唯理は脱衣所ドレスルームで自分の衣服を引っ掴み船首船橋ブリッジに走った。

 経験の浅い少女たちばかりに任せて来たので、非常事態に対処出来ない恐れがある。

 故に、何よりも事態の掌握を最優性にするのは当然だった。


「ロゼッタさん、状況は?」


「ユリさ――――ってオマエなにその格好!!?」


 そうして最短で船首船橋ブリッジに飛び込んで来た赤毛娘の姿を見て、思わず素で声を上げてしまうのはオペレーター席の柿色メガネ、ロゼッタである。


「……ぅわあ」

「スゴ…………ッ」

「デカい! じゃなかった、大きい!!」


 シフトに入っていたラティン人のパンク少女やウサ耳ライケン少女、猫目のおかっぱ娘も度肝を抜かれてしまった。

 なにせ、共同バスから船橋ブリッジに急行した赤毛のユリ様は、色々喰い込んではみ出しそうなトラ柄マイクロビキニと、濡れてカラダに張り付く制服のブラウスのみという格好だったので。

 引き締まった肢体に豊かな胸とお尻、それらが凶悪に引き立てられ大変な事になっている。

 お嬢様らしさを投げ捨てたその姿に、シスターヨハンナが息をしてなかった。


 しかも、たまたま後から船橋ブリッジに来たディウォル人のロボ娘は、赤毛娘の超ミニの腰布パレオひるがえった際に、その下にあるべきモノが見当たらず混乱の極み。

 魅惑的な肉付きに埋もれて見えなかっただけ? と脳内記憶と自問自答を繰り返す事になる。


 実際穿いてなかったのだが。


「宇宙での緊急事態となれば、見てくれどころじゃありませんよ。それより、エイムの非常召集というのは? 何があったんです」


 村雨ゆりの方は、むしろお嬢さま方の危機感の無さに、こういうモノだと見せ付ける勢いであった。

 見せ付けたいのは緊急事態における姿勢であってカラダの方ではない。


              ◇


 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 カジュアロウ星系、アルベンピルスク星系間定期航路。

 恒星間空間。


 比較的安全な航路を利用しているとはいえ、それは宇宙という単位で見た場合、飽くまでも『比較的』という話でしかない。

 本質的に、宇宙とは人間が生きていくには過酷過ぎる世界である。

 宇宙船の高性能化と一般市民への普及、宇宙交通における安全保障の充実、それらを以って国家は宇宙での安全をうたうが、それも宇宙の物流と経済効果ありきな、そうであって欲しいという願望に過ぎない面があった。

 海賊など宇宙での組織犯罪、天体活動による自然災害、そして正体不明の自律兵器群メナス。

 宇宙を往く者は、これに備えるのが本来の気構えである。


『落ち着いてください、クラウディア部長。基本的に、障害回避射撃の練習と変りません。障害物が向こうから来るだけです』


「だ、大丈夫分かってるわよッ。練習通り……練習通り……」


『怖いなら無理に出ることはありませんわ。素人に誤射される方がよっぽど怖いですし』


 頭部の大型センサーアレイ、それに後から取って付けた感のある肩と脚部の増設ブースター。

 騎乗部専用エイム『メイヴ』は、母船ディアーラピスの格納庫から発進し、今は船と併走していた。

 出撃したエイムは、予備機も含めた計6機。

 赤毛娘、ドリル少女、外跳ね娘、無口メーラー、イノシシ娘とメタルブルーニンジャのふたりは複座で一機に搭乗。

 それに、コクピットの中で汗だくな部長、クラウディアもメイヴに搭乗してる。


 周囲を見ると、他の宇宙船の近くでもヒト型機動兵器の姿を確認することが出来た。

 赤毛娘は『大したことない』と言うが、クラウディアには突然の実戦である。

 自ら決めた事とはいえ、緊張のあまりドリル少女の皮肉に応える余裕も無かった。


              ◇


 アルベンピルスク星系グループへ向かう臨時船団、その旗船フラグシップから連絡が入ったのが、1時間前。

 通信の内容は、予定進路上で想定外の流星群に接触する恐れがある、との話だった。

 流星群に遭遇するのは、宇宙ではそう珍しくない。

 彗星から剥離したデブリ、天体の爆発や崩壊、または故意の放出、そういった原因により大量に発生した漂流物デブリは、拡散して何かに衝突するまで宇宙空間を彷徨うことになる。


 しかし、重力に引かれて星系へ接近するのはよく見られるが、現在の船団がいる星系と星系の間の空間で偶然衝突するというのは、運が悪いとしか言えなかった。

 それこそ天文学的確率である。

 とはいえ、稀有ではあるが皆無な現象ではないというのも、宇宙の旅ならでは。

 このような場合の対処方針も決まっている。

 すなわち、迎撃であった。


「航路の変更は出来ないの?」


「危険範囲が広過ぎるそうです。しかも減速してやり過ごすにしても、流星群が通過するに50時間以上かかるとか。

 ギャラックスの船は流星群を排除し、予定通りカームポイントへ向かうと決めました。

 つきましては、エイムによる支援作業要員を募る、とのことですね」


 お風呂上りの部長からは、航行ルートを変更して流星群を避ければいいのでは? という当然の疑問が出た。

 だが、流星群の拡散範囲は、最大幅で約5,000万キロメートル。平均時速20万キロ以上で飛来するデブリの危険域キルゾーンだ。

 回り道するには少し広過ぎた。


 また、きちんと制服を着直した赤毛娘が説明したところによると、旗艦フラグシップを担当する銀河有数の配送会社『GalExギャラックス』の船は、スケジュールの遅延を嫌い予定通りの航行を決定。

 船団に加わる各宇宙船に、流星群への対処で応援を求めたと、こういうワケだった。


「わたしはこの件、参加してもいいかなと思っています」


 赤毛のマネージャーがこう言うと、船橋ブリッジの面々から驚きのどよめきが上がる。

 自分の方へ突っ込んでくる流星群の迎撃など、言うまでもなく危険極まりない作業だ。

 それを、よりにもよってお嬢様学園の生徒が行うなど。


「とんでもありません! 村雨さん、正式な騎乗競技会に出場するというから学園とシスター・エレノワも許可を出したのですよ!?

 それをこんな危険なことに関わるなど……。今すぐ学園に戻ることも考えなければならない事態です!!」


 無論、お目付け役の若いシスター、ヨハンナ先生は大反対だった。

 学園で預かる子女は、そのほとんどが名家や良家のお嬢様なのだ。

 そんな生徒たちを、将来の上流階級社会入りに備えて教育するのが、聖エヴァンジェイル学園の役目。

 間違っても、命の危険がある行為に関わらせることなど出来ないのである。


「そうは仰ってもシスター、学園の中にいても事故というのはあるものですし。

 それにもう流星群の通過範囲の端に入ります。今最も安全なのは、流星群から自分で身を守る事ですよ?」


「安全管理費用を払っているのでフラグシップに任せてもいいんでしょうけどねー。でも、わたしの見立てじゃギャラックスの警備部門、ちょーっと頼りないかなー?」


「見ただけでも気が抜けているのが分かりますわね。……普段ならいいカモですわ」


 赤毛の方は、シスターに対し積極的自衛を提案。思惑はあるが、ウソも言っていない。

 これに、柿色メガネの少女が、不安を煽っているんだか意見の補足なんだか分からない事を付け加える。

 銀河最大規模の輸送会社にしては警備の動きがよくない、というのは、ドリル娘も同じような事を言っていた。


「もしかして、エイムで流星を撃ち落としていいの!? やるやるやるあたし――――わたしやります!

 村雨さんわたしにもやらせて!!」


 ここで場違いに明るく手を上げたのは、性格同様に髪が跳ねている元気少女のナイトメアだった。

 騎乗部の特訓を通して、すっかりエイムオペレーションに魅せられた模様。

 もう待ち切れないと言う子供のように、その場でピョコピョコ飛び跳ねていた。一緒に中々な胸も弾んだ。


「でも……ギャラックスや他の船の警備員が対処してくれるのよね? 

 わたし達はこのあと競技会に出るのだし、こんな時にそんな危ない事をしなくても…………」


 スレンダーな部長も、シスター同様に赤毛の考えには否定的である。

 なにせ、一世一代の舞台が控えているのだ。

 今日まで厳しい特訓に耐えてきたのは、本物のエイム操縦技術を身に着け、それを公式な場で試す為。

 しかも、競技会はもう間もなく。

 今は慎重に、安全に競技会へ参加するのを第一に考えるべきだと言うのは当然だったが、


「ですがクラウディアさん、これは本職のエイム乗りの仕事になりますし、エイム乗りになったらこの手の仕事は日常茶飯事ですよ?」


 と赤毛に言われてしまっては、学園を卒業してからエイム乗りとして自立するのを目標とするクラウディアとしても、拒否できなかった。


              ◇


 こうして、エイムによる流星群排除の仕事は許可してもらえたものの、風呂上りにエグい格好をしていた事はシスターに許されなかった赤毛である。

 流星群の件が片付いたらお説教だった。


「普通の下着よりはまだマシだったと思うんだけどな……。ほら、なんせ水着だし。元々見せるの前提でしょアレ」


『そういう問題じゃねーんじゃね? ユイリがアレ着てんの見た時は、やっぱりこいつプリアポスでサービス係になればよかったのになー、と思ったわ。ねーさんらも大歓迎だろうしー』


「横着せず下着を取りに部屋に戻るべきだったか……。

 っとロゼ、観測データ二重になってる。フラグシップ側で統合してないの、これ?」


『んー? あー……あ、そっちでギャラックス側とディアーラピスとのデータリンクをごっちゃにしているんだよ。どっちに絞る?』


「そりゃ母船でしょ、もちろん。ロゼの方でも全員の設定見直しておいて」


『アイアイりょうかーい』


 マイクロビキニの事は後悔先に立たない赤毛だが、それはそうと現在は無駄話をしているのではなく、エイムの情報連携データリンクの確認中だった。

 口調が素に戻っているのは、唯理の正体を知るロゼッタとのプライベート通信である為だ。

 255隻の宇宙船の通信とセンサー情報、それらは統合され、また各宇宙船やヒト型機動兵器に送信されている。

 こうする事で情報の齟齬を無くし、集団の力を効果的に活用するのだ。

 社会性動物である人類の本領と言えよう。


「皆さんも火器と機体のチェックを忘れないでください。創作部の娘たちがやってくれているとはいえ、自分の命を預ける道具をヒト任せにするのはお勧めできませんよ」


『はーい!』

『了解です』

『レンお願い』

『ご自分でやるものですよサキ様』


 宇宙空間でエイムを軽く動かし、腕部レーザーガンなどが動作するのを確認しながら、部員に直前チェックを促す赤毛娘。

 ナイトメアは機体をバレルロールさせ、フローズンはレーザーを低出力で試射し、サキは複座席のレンにその辺を丸投げしようとして拒否されていた。


「重力制御できてる、ブースターは1番から26番までOK、データリンク並列3ラインとも問題無し、エネルギーシールドは出てる、あっ生命維持はグリーン、あと……あとなんだっけ」


 返事をする余裕が無いクラウディア部長も、コクピットで独り言を呟きながら、自機のチェックを行っている。

 動作確認は整備の段階で終わっているので慣らし程度でいいのだが、緊張し過ぎて細かいチェックにまで手を出してしまっていた。


 赤毛のヤツは流星群の排除を、『これも特訓だ』とか言っていたが、よく考えなくてもこれは完全にただの実戦な気がする。

 ここで実戦を経験すれば、足りない練習時間を補う大きな経験値となる、という理屈も分かるのだが、


「…………初仕事かぁ」


 ポツリと、そんなセリフを口にしているクラウディアであった。


 学園卒業後も家に縛られない、自由で自立した生き方。

 クラウディアが目指したエイム乗りという道が、それだ。

 故に、赤毛のルームメイトに『エイム乗りの仕事だ』などと言われては、避けて通ることなど出来なかった。

 実際、超高速で飛んでくるデブリの迎撃など恐ろしくて仕方がないのだが、かと言ってそこから逃げれば、それで色々終わってしまいそうな気がしたので。

 不安と興奮が入り混じり、今までの人生で感じたことのない種類の恐怖を覚えるが、


『流星群は船団の進行85度プラス10度方向より42,000キロまで接近、約10分後に到達します』


「うわッ……来た」


 騎乗部の母船ディアーラピスから通信が入り、華奢な少女のただでさえ小さな心臓が縮み上がった。

 宇宙船自体も迎撃に参加し、最も密度の低い空間を選んで進み、他に何十機ものエイムがいるとはいえ、責任が自分に圧し掛かって来る気がする。


『デブリはレールガンの2倍強の速度があります。小さな個体で単発ならシールドで止められるでしょうが、予測軌道上には決して入らないようにしてください。絶対に被弾を前提にしないように。

 危険と判断された場合は速やかに船に戻るか陰に入ってくださいね。こちらからもフォローします。

 予測軌道が障害物、デブリが標的です。大丈夫、練習通りやりましょう』


 短くブースターを吹かし、宇宙船ディアーラピスを飛び越えるようにして騎乗部の各機の前に出る赤毛のエイム。

 バスルームで迫られた時はどうしようかと思ったが、こうなるとやはり頼もしい。

 それで思い出したが、この娘と自分は同室なのだが、今後同じ部屋で寝ていて大丈夫だろうか。

 と、この期に及んで余計な事が心配になってきてしまうルームメイトだった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・恒星間空間

 星系の外の宇宙空間。重力圏と星系における惑星軌道の外側となる為、小惑星等が少なく空間密度も低い。

 恒星の光が届かず何も無い空間。


GalExギャラックス

 ギャラクシーエクスプレスの略称。

 銀河最大規模の物流サービス提供企業。

 全長2キロメートルクラスの輸送船を大量に運用しており、三大国法圏外のエクストラテリトリーでも活動を行っている。


・マイクロビキニ(水着)

 最低限の部分しか隠さないトラ柄の水着。

 製造コンセプト的にハダカよりはマシ程度の隠蔽効果しかない。一方で装着者は非常に目立つ事になる。

 デザインにあたっては、村瀬唯理をよりエロくしてやろうという裏切り者の暗躍があった。

 キングダム船団を突発的に離脱した唯理が何故その水着を持っていたのかは本人にも謎である。




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