137G.ライドバッククルーズトラップボックス
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ノーマ・
聖エヴァンジェイル学園。
学園生徒のお嬢様たちが、スクリーンに映る作り物の空を見上げている。
その上空を飛ぶのは、全体的に角の取れた滑らかな装甲を纏う、スタンダードなヒト型機動兵器だった。
頭部正面が平面の大型センサーアレイとなっており、後から増設したのが分かる肩部サイドブースターや関節部の補助
騎乗部と創作部が共同で開発した専用エイム。
SEVR-AM01『メイヴ』による騎乗競技、編隊飛行のデモンストレーションだった。
5機のエイムは、リーダー機を先頭に置いた『く』の字の編隊から、両翼を広げた五角形の編隊に素早く変更。
ギャラリーのいる学園側から、編隊の形状が見えるように動くのも忘れない。
軽快に空を往きながら、小気味良く統制された機動を見せる5機のエイムに、女子生徒たちは感嘆の声を上げていた。
『編隊の基本、スクリープからペンタゴナル・フォーメーションへのチェンジとなります。
進行方向に対して左右の頂点に位置するエイムがシンメトリーに動くのがポイントとなりますね。
フォーメーションの変形と、チームの仲間と息を合わせてスムーズに動くのを両立させるのはシステム任せに出来ない部分です』
生活棟屋上のガーデンテラス、そこに集まるお嬢様方の前で、赤毛の少女はマイク片手に解説などしていた。
村雨ユリも騎乗部の一員であるが、最近はすっかりマネージャーかコーチポジションである。
競技会への遠征に出る前に、出発式のようなモノをやってはどうか。
学園長であるシスター・エレノワにそう勧められ、騎乗部は晴れて生徒たちに練習の成果をお披露目する運びとなった。
強固に断る理由も無かったが、これも騎乗部存続の為の実績のひとつと言われては是非も無い。
そうでなくても、騎乗部創設とその後の活動は、学園の方針としては好ましくない事柄である。
その辺の事情でも骨を折らせているので、シスターの要望には可能な限り沿いたいところだった。
「ハァ……美しいですわね」
「エルルーン様はどれに乗っていますの!?」
「ユリ様も素敵ですー!!」
「こんなスゴい事していらしたのね、騎乗部の皆さんは」
そんな諸々の事情はともかく、エイムによる航空ショーはお嬢様たちに大変喜ばれている様子である。
低速で学園の真上を通過する5機のヒト型飛翔体は、上下左右と直進に分かれて花を咲かせるような軌道を取っていた。
エイムの軌跡に残される、虹色に輝くホログラム演出の粒子。
美しい連携と描かれる空中の絵画に、また一際高く歓声が上がった。
こうして好評のまま、騎乗部は聖エヴァンジェイル学園のお嬢様たちに送り出される事となる。
◇
天の川銀河、ノーマ・
マインシャフト星系外縁、マインシャフトG9H:F軌道上プラットホーム。
小規模な星系の端にある、氷の惑星。それを見下ろす静止衛星軌道に、単純な箱型の構造物体が滞留していた。
全長3キロメートルの、古く小規模な軌道上プラットホーム。
常駐する人間はほとんどおらず、ほぼ星系間の中継地としてのみ存在する施設だ。
聖エヴァンジェイル学園、騎乗部とサポートチームである創作活動部が乗った宇宙船『ディアーラピス』は、このプラットホームの中心を貫く開放型の港に停泊中だった。
「スゴイですねー! ホントにわたし達だけでここまで来ちゃいましたよ!?」
「アクエリアスの隣の星系ですから難しい航路ではありませんでしたけど、それでもちょっとした感慨深さがありますねー」
「船体チェックは自己診断任せにしないでトリプルチェックお願いしまーす!」
係留アームにより固定された船内では、少女たちが足早に動き回っていた。
自分の命を預ける宇宙船だ。それを自分で管理するのに、男も女も子供もないのである。
ディアーラピスと名付けられた宇宙船、ヘルメスJ型は、非常に高度に自動化された高価な船なので、その辺も大分楽になっているのだが。
「み、皆さん船の外に出ないようにしてくださいねー! 大会の会場以外は原則的に出歩くのは禁止ですよー!!」
「はーい!」
「分かりましたー!」
今回の遠征にあたり、学園側も大事な預かり物を放置しておくはずがない。
監視とお目付け役に、シスター・ヨハンナを同行させていた。
現状シスターの方が放置され気味であったが。
別に少女たちとしても、シスターが嫌いなワケではない。
「はじめての航行ルートでも問題なく移動できそうですね。
船の自動航行機能も並みのオペレーター程度には使えるようですけど、やはりリアルタイムでの修正には対応し切れませんか」
「だからあたしにオペレーターやれってんでしょー? つか、あーたしの専門はウェイブサーチでオペレーションじゃないんだけどー……。まぁいいけどさ」
「今回の航海だけでも皆さんを助けてあげてください。お願いロゼ」
「かー!」
ニッコリと笑顔で仕事を振る赤毛のお嬢様と、渋い素の顔で
船首にある
ロゼッタは厳密には騎乗部にも創作部にも属していないのだが、システムオペレーションの経験があるので今回の旅にも同行させている。
唯理も一通りオペレーションはこなせるが、いざという時に複数人が担当できる様にしておくに越した事もない。
というワケで、騎乗部と創作部の全員に担当部署を持たせ、操船を経験させていた。
今のところ、
単眼女子のアルマと、ロボ少女の中のヒト、ドルチェは機械整備担当。
ネコ目のおかっぱゲーマー、ランコと、ブラストミュージック好きのウサ耳少女アビーはシステムオペレーター担当。
スタイリッシュ紫肌なローランは、備品や生活設備担当。
マシュマロ少女のプリマとメタル少女のシセは、通信及びレーダーセンサー担当だ。
ブラッドマニアのキアは、ここでも船医を担当する。
創作部は技術面から船を支えていた。
騎乗部側では、
部長のクラウディアは、その立場上船長に仮任命。
無口メーラーのフローズン、ドリル少女のエリザベートは火器管制オペレーターに。
生徒会会長のエルルーンと茶髪イノシシ娘のサキは、操舵を担当。
天才的外跳ね少女のナイトメアとメタルブルーニンジャのレンは、保安要員となっている。
なお、赤毛の少女は各部署のサポートと無敵のコックを兼任となった。
学園のあるアクエリアス星系からマインシャフト星系までは、ほぼ隣り合う星系ということでワープでの移動も比較的簡単であった。
事前にテスト航海をしておいたことで、乗員の女子生徒たちも自分の仕事を迷いなくこなしている、ように見える。
ここで
「では皆さん、お茶で一息入れてから発進確認を行い次第、次の目的地へ向かおうと思います。
今日はベリームースのロールケーキを用意してありますよ」
「キャー! やったー村雨さんの甘いモノー!!」
「これだけでも付いて来た甲斐がありました!」
「もう村雨さんのお茶受けがないと生きていけないカラダなのです責任取ってください」
しかし、なんとか目途が立ちそうだと判断して航海の続行を決めると、ジャーマネに徹する赤毛は皆に休憩を促した。
本日のおやつは、イチゴムースをたっぷり挟んだフワフワしっとりのロールケーキである。
既に魂まで餌付けされてしまった乙女どもは、船のチェックを終え大はしゃぎでラウンジに集まってきた。
もはや今までの、お茶という名の精神安定飲料と、お菓子ということになっている代謝正常剤では満足出来なくなっている。
既に戻れぬ修羅の道だが、今の少女たちに甘味を味わう以外の思考力は存在しなかった。
なんにしてもはじめての本航海。
お茶をしながら雑談ついでに軽い反省会をすると、宇宙船『ディアーラピス』はプラットホームの港を
◇
天の川銀河、ノーマ・
カジュアロウ星系、アルベンピルスク星系間定期航路。
宇宙は無限に広大な空間の広がりだが、そこをどこでも移動できるワケではない。
人間は宇宙船や宇宙施設、あるいは居住可能惑星でしか生存できず、そういった生命維持装置の無い場所で孤立すれば、致命的な事態となるからだ。
故に、宇宙の旅でも生存可能なコロニーやプラットホーム、それらが存在する星系を極力経由するのが基本的な航行ルートとなる。
よほど急ぎであったり高性能な宇宙船を所有していない限りは比較的安全な定期航路を用い、単純な直線コースで目的地を目指したりはしなかった。
聖エヴァンジェイル学園の宇宙船も
また、星系間の移動は宇宙船単独では行わず、商業船団や軍の艦隊、または
カジュアロウ星系は比較的規模が大きく、宇宙船の往来が多い星系だ。
ここの各種船舶組合が船団の形成を
護衛を引き受けるという船には船舶組合から委託金が支払われ、守られる側の宇宙船は組合を通してその船に料金を支払うという形だった。
運賃のようなモノであろう。
このあたりの手続きは、慣れている赤毛とメタルブルーニンジャがやっておいた。
「シフト交代のお時間ですよー。速やかに次の当番のヒトと交代して、上がるヒトは休んでくださいねー。次はロングシフトになりまーす」
「アルマさんお疲れ様でしたー。交代しまーす」
「ハーイよろしくでーす」
「ディフェンスの船の反応が鈍くてストレスですわ。あんなので
「何も無いならそれは歓迎すべきなんでしょうけど、ちょっと暇でーす」
落ち着いた色合いの
その壁面の全周ディスプレイには、密集する宇宙船の姿が映し出されていた。
現在の加速度は、約20G。秒速196メートルでの増速を続けている。
大小様々な255隻の宇宙船は巡航速度を合わせており、見た目には静かな航海となっていた。
赤毛のマネージャーが交代の時間を告げると、
聖エヴァンジェイル学園の宇宙船内も、どこかのんびりした空気が漂っていた。
宇宙の航海は常に危険と隣り合わせだが、周囲には多くの宇宙船がおり、またここ24時間何事も無いとなれば、緊張も続かないのだろう。
黒いウサ耳少女のアビーも、頬杖をついて眠そう。
学園を出た解放感か、皆のお行儀も少し乱れていた。
「クラウディア部長もお疲れさまでした。暫くシスターヨハンナにお願いして、次のシフトまでゆっくり休んでください」
「特に何もしなかったからいいんですけどォ……。そもそも何故わたしが船長を…………」
船長という重責を振られた華奢な金髪娘は顔が引き攣っていたが、そこは何と言っても部長なので、頑張ってもらっている。
何かあれば唯理が処理するつもりだが、今のところ船長の判断を仰ぐような非常事態も起こっていなかった。
なお、立場上シスター・ヨハンナが副長という事になっている。
「このまま何事も無ければ12時間後にはアルベンピルスクですから、次のシフトで終わりますよ」
「まだ到着してないけど……本当に競技会の開催場所まで来たんだ」
船体中央通路の側面に窓のように設置されたディスプレイ。そこに映る宇宙を見て、クラウディア部長は溜息を
目的地が近いと聞き、今までの練習の苦労や、自分の未来に息詰まっていた時のことなど、様々な想いが脳裏を
フと振り返れば現実感が無く、夢を見ているような気がしてしまうのは、ちょっと眠たくなっているからだろうか。
「……それじゃあ次のシフトに備えて休ませてもらおうかしら。あ、その前にシャワーかな」
「そういえば……部屋にあるシャワーボックスって、お湯を溜めるプライベートバスとしても使えるんですよね。中でお湯が顔の近くまで上がってくるのは少し怖いですけど」
明日に備えて早く休むか、汗を流すか。
暫定船長の金髪少女がそんなことを口にすると、一緒にシフトを上がった単眼少女が思い出したように言う。
これに、痛いところを突かれたかのように平坦な声を出すのが、赤毛のヤツであった。
「やっぱり一般的じゃなかったんですね、アレは…………」
「オーダーしたのは村雨さんよね?」
若干の悔恨混じりなセリフのユリと、やや呆れたような目付きになるクラウディア、それに単眼をパチクリさせるアルマ。
ラウンジの前を通りがかると、そこで中から三人を呼ぶ声があった。
この世代の少女は、まだ睡眠よりお喋りを優先したいお年頃。
同じように、ラウンジではシフトに入っていない、あるいは待機がお仕事の部員がお茶と雑談に興じていた。
「やぁごきげんよう部長、村雨くん、アルマくん」
「ごきげんようエルルーン会長」
木目調のテーブルに着いていたのは、学園の王子様と紫肌のデザイナー女子、笑みがちょっと危ない薄紫の髪の少女、それにマシュマロのような白く丸い髪をしたお嬢さんだ。
それぞれ総舵手、備品整備、船医、周辺監視を担当している。
他の部署が忙しければ手伝いをするのが宇宙船乗りの常識だが、幸いなことにのんびりした航海なので暇だった。
「ああ、あのプライベートボックスバスか。普通の個室用スチームバスかと思ったら、そのまま入浴も出来るというのは面白いね。でもわたしは昔ながらの足を伸ばせる……それに皆で入れるバスタブが好きかな」
「この船には別に共同バスルームがあるんですよね。個室にあるので使うことはないと思いますけど…………」
「あはは…………お友達でもちょっと恥ずかしいですものね」
ほんのり赤い顔のスレンダー少女と、照れ笑いの単眼娘。
生徒会長と話しているのは、船内のお風呂事情についてだ。ラウンジに入って来る際に赤毛の少女たちが話していた話題を、会長が拾ったのである。
このヘルメス・J型宇宙船、『ディアーラピス』の個室にそれぞれ備え付けられている、シャワー用のボックス。
普段は透明だが、使用時にスモークガラスのように半透明になり、ヒトがひとり入って狭さ苦しさを感じない程度の容積がある設備だ。
これ自体は宇宙船では一般的な装置だが、通常のスチームのほかボックス内にお湯を充填して浴槽にも出来るこのボックスは、どうやらあまり一般的な商品ではなかったらしい。
人間を酒のボトルに漬けて溺れさせるようなビジュアルに、これはいいのだろうか? と思った
最高級品という事で何も考えず発注したのも赤毛なのだが。
「ここの共同バスルームはちょっとしたモノですよ。天井と浴槽の下が外の宇宙空間を投影する仕様になっていますから。辺に凝ってない良いデザインかと思います」
「へー」
「わぁ……」
同性の前でも裸体を晒すのは恥ずかしい、と仰る恥じらいを知る乙女ふたり、クラウディアとアルマ。
一方で紫肌のローランは、既に船の大浴場を利用したことがあるという話だった。
デザイナー気質で自身も高身長かつグラマラスなグロリア人。
裸に対する抵抗値は低いようである。
そして、ローランの言う船の大浴場というのに興味を引かれる乙女ふたり。
王子様の瞳がキラーンと光ったのには気付けなかった。
「ここは学園と違って気心の知れた仲間しかいないだろう? 一度思い切って裸の付き合いをしてみれば、それ以降は仲が深まっても悪い事にはならないものさ」
「でッ、でもわたしは、エルルーン会長や村雨さんみたいにおっぱい……お胸は大きくないですし」
「そこまで言ったら同じですがアルマさん。そして何故わたしが引き合いに?」
言葉巧みに純真な単眼少女を誘う王子様。その笑みに邪心は一切見えない。
慌てるアルマは条件反射的にお断りの理由を絞り出すが、一瞬周囲を廻る視線が巻き添え被害を出していた。
単眼の分かり易過ぎる視線が、クラウディアではなく村雨ユリを選んだのがよく分かったからである。
華奢ではあるが決して無いワケではない金髪部長は、地味にダメージを負った。赤毛にも
「フフ……胸なんか問題ではないよ、アルマくん。キミは十分愛らしく魅力的だと思うけどね」
「ぅえ!? そ、そんなことは……多分、ないです」
流れ弾を喰らった赤毛と華奢少女をヨソに、単眼の獲物へ追い討ちをかける狩人王子。
真っ赤になるアルマへ寄り添い手を取って
そんな危険な現場で、我関せずな紫肌、流血沙汰じゃないと興味が湧かないブラッドマニア、そして胸に関して釈然としない扱いをされた赤毛と金髪。
王子様に
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・船舶組合
宇宙船の所有者と、個人ないし企業や行政などの団体から出される仕事の依頼を
他、臨時の船団を形成する窓口や、費用、契約内容の調整なども行う。
また、拠点を置くプラットホームやコロニー内の船舶施設を管理し、使用料の徴収などを業務とする場合もある。
組合会員でなければ利用できないということはなく、基本的に誰でもサービスは受けられる。
会員であればより信頼性の高いサービスを受けられるが、一生に一度しか訪れない宇宙船なども珍しくなく、会員となるのは地元の宇宙船所有者が主となる。
・スチームバス
身体の洗浄を行う一般的な設備。特に宇宙で用いられるが、惑星上でも同様の物が利用されるようになっている。
身体に付着した汚れや代謝による老廃物を最適な温度の蒸気により剥離し、また蒸気を皮膚に吹き付ける事で排除する。
蒸気にするのは、宇宙船など水の利用にコストがかかる施設内で、使用水量を節約する為。
お湯を溜め入浴できるタイプの設備は主旨に反していると言え、大量の水の使用が可能な宇宙船用の設備となる。
・ブラストミュージック
耳にうるさい音楽の意。三大国法圏、良識的文化規制により推奨されない種類の音楽。
体制批判、道徳的悪影響、身体への悪影響、これらを含むと
起源惑星で言うロックに似ているが、赤毛の女子高生からすると、ちょっと違うとの事。
・コック
船の食事を担当する乗員。
元軍人や元特殊部隊員が秘密裏に採用され、キッチンでは負けたことがないんだ。
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