123G.ディープダイバー イントルーダー

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「はじめまして、村雨むらさめユリと申します。この学園には今日来たばかりで……」


 と、クラウディアに挨拶するのは、聖エヴァンジェイル学園の倉庫で出会った赤毛の美少女だ。

 学園入学初日で、道に迷ってバックステージ側に迷い込んだということらしい。

 正面ゲートから真っ直ぐ進めば本校舎なのに、いったいどうすれば迷う事ができるのか。

 そんな怪し過ぎる説明に、思わず半眼となる痩身金髪の女子生徒、クラウディアである。

 とはいえ、後ろめたい事をしていたのは自分も同じなので、特にその辺を追求もしなかった。


 現在は『村雨ユリ』を案内し、本校舎にある教員室へと向かっている。


「一番高い建物が本校舎、だいたいの授業はここで行われます。あちらの横に長い校舎が生活棟、食堂や医務室、ガーデンテラス、あとはオープンバスやプールがありますね」


「オープンバス……共用のお風呂があるのですね」


「ヴァルゴの後宮の会長くらいしか使いませんけどね。それに、一緒に入りたがる気合の入ったとか…………。

 中庭を挟んだ向こうが寮棟になります。村雨さんもそちらに入ることになると思いますけど、お部屋はもう確認されました?」


「いいえ、エアポートから直接こちらに参りましたので」


「それに関してもシスターから説明があると思いますよ。あちらは教育棟、生徒には関係がありませんね」


 学園の側道、綺麗に植え込みが成されているそこを通り、コテージの脇道を曲がり学園中央に入った。

 美しい景色の中に無骨な基礎構造は一切見られないが、木造のコテージは大型機械と地下施設への入り口を覆い隠す偽装だったりする。


 敷地内の案内をしている内に、ふたりは本校舎の中庭側、裏口となる玄関前に到着。

 そのまま中に入り、赤毛の新入生を教員室まで連れて行こうと思うクラウディアだったが、


「おまッ――――!? こんなところでッ!!?」


 そこで遭遇した女子生徒が、目を剥くや大股の早歩きで一直線に向かってきた。

 本校舎の屋上でも見かけた、柿色の髪の小型少女、ロゼッタである。


「ユ、リさん? どこに行ったのか心配してましたよ? シスター・エレノワにご紹介する予定でしたのに」


 勢い込んで目の前で来ると、引き攣った笑みでそんなことを言う柿色女子。

 知り合いか? とクラウディアが視線で問うと、赤毛の方は困ったような笑みで応えていた。


「ごめんなさいロゼッタさん。つい道を逸れてしまって、迷ったところをこちらのクラウディア様に助けていただいたんです」


「へぇ……迷って……。それは災難でしたね」


 ロゼッタの返事は棒読み気味だった。眼差しも限りなく乾燥している。

 恐らく自分も少し前にこんな目をしていたのだろうな、とクラウディアは思った。


 とはいえ、学園に詳しい知り合いがいるというなら、これ以上は自分の出る幕ではあるまい。

 クラウディアはロゼッタに後を任せ、自分はこの辺でおいとましようと考える。


「それでは私はこれで……。また授業で会うかもしれませんね。改めて、ようこそ聖エヴァンジェイル学園へ」


「お世話になりました、クラウディア様。後日改めてお礼を……。通信IDを教えていただければ――――」


「ユイリ……じゃなくて、ユリさん!? 学園内のネットワークは生徒は勝手に使えないって教えて差し上げたじゃないですか! もぅうっかりさん!!」


「あ、そうでしたね……」


「ええまったく、不便ですよね。私にご用事の時は、学内ネットの掲示板に書き込んでください。あ、でも教師やシスターも見ているので内容には気を付けて」


 これから新たに学園生活を迎える赤毛の少女が、ここの生活に順応するのか、あるいは自分のように閉塞感を覚えるのか。

 それは分からないが、何にしても悪い娘には見えないので、幸多からん事を本気で祈りながら、クラウディアはその場を後にした。


 そして、クラウディアの去った後の本校舎裏玄関では、


「おい、おい、おい」

「ぐッ……!?」


 柿色の髪の小型少女が、赤毛の美少女に詰め寄りボディブローを三連発していた。

 学園におけるイジメの現場、ではなく、鉄拳制裁である。


「アンタなにやってんの? 学園じゃ卒業資格取るまで目立たず大人しくしているって言ったよねぇ!? 初日から約束の時間ガン無視してどうする!!?」


「ごめんロゼ、ごめんて……。だってここのマップに空白ブランクが多過ぎるから自分で確認しておきたくて……」


「後でいいだろ! あと連絡くらいしろ何の為の秘密ネットだ!

 こっちゃ手続き全部終わらせてシスターと待ってたんだぞ! 不機嫌になるシスターと黙って待ってなきゃならなかったあたしの身にもなれ!!」


「すいませんでしたー……」


 初日から遅刻してきた赤毛に、いたく激オコなロゼッタ嬢。言葉遣いも素に戻る。


 自分の生活圏の把握は最優先でやっておきたい、と思う赤毛の少女だが、それを馬鹿正直に言うことは出来なかった。

 戦略的に不利であり、被害抑制の観点から、素直に締め上げられる方がダメージは少ない、という判断である。


               ◇


 村瀬唯理むらせゆいりがキングダム船団を離れてから、1年近くが経っている。


 この間、唯理はほぼひとりで銀河中をさすらっていた。

 目的は明確だ。

 100億の超高性能宇宙戦闘艦群、その全ての権限を唯理が握っている以上、いずれ銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーと正面から向かい合う必要があったのは、明らかである。

 その現実を意図的に見ないフリをしたばかりに、唯理はキングダム船団から逃げ出すハメとなった。

 しかし、逃げ隠れし続けることは出来ない。

 唯理は本質的に兵士なのだ。戦いを避けられない以上、100億の戦闘艦群、フォースフレーム・フリートは使いこなさなくてはならないだろう。


 そして、いつか堂々とキングダム船団へ帰る為に、三大国ビッグ3に対抗し得る力を手に入れるのだ。


 だが、キングダム船団を離れた直後の赤毛娘には、正直やる気がなかった。

 この時代で目覚めた直後から、パンナコッタの仲間たちと一緒だったのである。

 自分ひとりでも何の問題も無い。目的に邁進していれば、他にはなにもいらない。

 そう思っていた唯理だが、知っている者も頼れる者も誰もいない、という環境は、想像以上にこたえたようだ。


 当面の唯理の目的は、自分の私的艦隊組織PFOの設立となる。

 どれほど強力であっても、宇宙船だけではダメなのだ。

 かつての国連平和維持派遣軍UNPKDF、それ以上の組織を作り上げなくてはならない。

 それは、地球の先人達が歴史の裏と表で作り上げてきた、全ての人類を守る衛兵センチネルたる戦闘集団だ


 その遺伝子は末裔たる三大国ビッグ3に受け継がれているはずなのだが、どういうワケか人類は脅威メナスに対抗できていないようである。


 キングダム船団を離れた直後は、唯理はほぼ思考停止状態で旅をしていた。

 銀河の半分以上の領域で指名手配をかけられているにもかかわらず、だ。

 あまりにも危険で無謀な行動と言わざるを得ない。


 だが同時に、唯理は荒れていた。

 ほとんど暴走状態だ。

 過去に培った合理的思考も戦略性も慎重さもかなぐり捨て、感情任せに一隻の宇宙戦闘艦と一機のヒト型機動兵器で大暴れしていたのである。

 当然、目立つ行動を取れば三大国ビッグ3から追撃の艦隊を差し向けられたが、5~6回殲滅したら来なくなった。

 とはいえ、単艦で艦隊と殴り合うのは、唯理としても骨が折れたが。


 宇宙船乗りの宇宙での仕事といえば、その大半が輸送業となる。トランスフュージョンT.F.Mマテリアライザーに用いる資源や、人工的に作り出せない物質、または人間などの生物を運ぶのだ。

 分子レベルでの物質組み換えが可能な時代となっても、人力での輸送は未だに文明圏において大きな役割を果たしている。

 パンナコッタにいた折、唯理もこの手の仕事を経験していたので、自分もまた船舶労働組合に登録して輸送業を営んでみた。

 荷物が依頼内容と違う予定数量と違う報酬が違う非合法組織の邪魔が入る三大国ビッグ3のせいで仕事が流れる、と散々だった。


 ある私的艦隊組織PFOからスカウトされ、修行のつもりで加入してみたら、宇宙船と唯理の身柄を押さえる為の罠だったので叩き潰してきた。


 自暴自棄になっていた折、親を探す幼子と知り合ったので、とある閉鎖された惑星に宇宙船ごと強行突入して力技で親をピックアップした。


 突如戦争が始まった星系で営業中の銀河アイドルグループが孤立していたので、スタッフやマネージャーもまとめて連れて艦隊戦のド真ん中を突破した。


 高名な科学者が未開惑星の調査で行方不明になったというので、依頼者の娘と一緒に救助に行き未知の文明の生物兵器の群れと総力戦になったので惑星ごと絶滅させた。


 そうやって暴力と破壊の限りを尽くしてやや落ち着いた頃、何かの縁で請け負ったのが、娼船の用心棒の仕事だ。

 そこでの仕事は問題なかったが、船長であり船の女性たちの主人となる人物との出会いが、その後の唯理の転機となる。


               ◇


 聖エヴァンジェイル学園。

 学生寮。


 鬱屈ガール、クラウディア・ヴォービスと赤毛の新入生、村雨ユリは、思わぬ再会をする事となった。

 今日からルームメイト、つまり同じ部屋で生活するという話になったのである。


「は? え? どういうことです? ミガールさんはどうしたんですか??」


「ミガール・ザレさんはご実家に戻る事となりました。急なことですが…………」


 と、言い難そうにクラウディアへ説明するのは、学生指導教官として寮の監督も行うシスター・ヨハンナだ。

 地球で見られる物とほぼ変りのない、修道服に身を包んだ、まだ若い女性である。


 ルームメイトの突然の退学。

 しかし、それ自体は別に珍しくない。

 聖エヴァンジェイル学園において、最も大きな入学目的は学習ではないのだ。

 その本質は、隔離施設に近い。

 特別親しかったワケでもない、ミガールというルームメイト。

 彼女がいなくなったのも、恐らく本人の都合ではないのだろう。

 この鳥篭から出られて喜んでいるのか、または悲しんでいるのか。

 それはミガール嬢本人にしか分からない。


 それに、いなくなったルームメイトに思いを馳せる暇もなかった。

 クラウディアには、次の懸念材料が順番待ちをしているのだ。


「あの、急なことでご迷惑でしょうが、よろしくお願いいたします。クラウディア様と同室になるとは、思いもしませんでした」


「あ! いえ、迷惑とか、そういうことはないんですけど……。この学園は必ずふたりで一部屋を使うことになってますし」


 部屋割りは学園側が勝手に決めるので、別に誰と同じ部屋にされてもどうにもならない。

 知らない者同士仲良くやるか、あるいは干渉しないようにするだけだ。

 しかし、相手が今日入学したばかりの、しかも飛び抜けた美少女となると、クラウディアの心臓も忙しくなる。


「それではクラウディアさん、後はお任せしてよろしいかしら?」


「はい!?」


「ご存知の通り、村雨さんは今日この学園に来たばかりです。学園生活の先達として、手助けしてあげてくださいね」


 シスター・ヨハンナのお願いに、クラウディアが否と返せるワケもなく。

 シスターが退出し、赤毛の美少女新入生とふたりきりになると、暫し途方に暮れる思いだった。


「共用のクローゼットなどはあるのでしょうか? 学園の案内には、あまりそういう細かいところまでは記載がなかったもので」


 一方、オレンジ金髪娘の戸惑いをヨソに、さっさと自分の生活空間の確保に動いている赤毛の少女である。

 キャリーケースを全開にすると、本人は以前のルームメイトのベッドに腰掛け中身を広げていく。

 そんな迷いのない様子に、クラウディアの方が戸惑ってしまった。


「えと……村雨、ユリ、様。なんというか、あまり抵抗とかなさそうですのね」


「どうぞ私のことは『ユリ』とお呼びください、クラウディア様。私は新参者ですので」


「あ、はい。それじゃ、ユリ、さん……。

 わたしの方も『様』付けはちょっと……。ユリさんにそう呼ばれると、すごい分不相応な感じがして」


「はい、では私も、クラウディアさん、で失礼いたします」


「それでお願いします……。それで、ふたり部屋とか嫌じゃありませんか? プライバシーとかありませんし、この時代に人権とかどうなっているんだって私は思いましたけど」


 今でこそ学園に島流しな感じのクラウディアだが、それ以前はヴォービス家という良いところのお嬢様育ちだった。

 いわゆる、ハイソサエティーズである。

 当然、自分ひとりの部屋をはじめとして生活に不自由などしたことがない。

 家事一切は使用人かヒト型作業機ワーカーボットがやってくれるし、全てが満たされる退屈でも素晴らしい毎日が約束されていた。


 故に、学園に来た当初、見ず知らずの赤の他人と同じ部屋で生活するなど、発狂するかというほど嫌だったのを今も覚えている。


「私は他の方と同じ部屋で寝泊りするのは慣れておりますから。実際にルームメイトを持つのは久しぶりですけれども」


「そうなのですか?」


 ところが、同室OKという赤毛の少女の意外な回答。

 生活環境に恵まれていなかったようには見えない。いきなり以前の生活の事を聞くほどの勇気はないが、どう見ても生粋のお嬢様である。

 上品な物腰、たおやかな仕草と、育ちの良いオーラが眩しい。

 この学園に来て以来、クラウディアは所詮自分など良い家に生まれただけなフリーダムに生きてきた小娘であるのを度々思い知らされていた。

 ヒストリカル・アーカイヴにいわく、後悔先に立たず、だ。


 そうは言っても、良家の子供を押し付ける為に、その親は大金を払っている。

 つまり学園の予算は潤沢を極めていた。ちょっとした国家予算レベルだ。

 学生寮ひとつとっても、ヘタな一流ホテル以上の設備と環境が整っている。

 部屋だってひとり一部屋どころかマンションを与えられるだろうが、そうしないでワンルームにふたりを押し込んでいるのは、共同生活を経験する事による協調性や忍耐を養う云々という教育上の理由らしい。

 金を出しているのは親であり、客も親。生徒ではないということだ。


 部屋の中央に簡易パーテーションを置き、その左右にベッド。

 ベッドの正面に、それぞれのデスク。

 部屋の片方にバルコニーと、反対側にスチームミストバスとトイレがあった。

 収納はベッドやデスクの下、ということらしい。

 これが、学生寮における基本的な部屋の構成だ。

 入学前はひとり部屋を持つどころか一人暮らしをしていた少女もいる中、この部屋は衝撃的だったと思われる。


 部屋の使い方を一通り説明するが、赤毛の少女が不満を漏らすようなことはなかった。

 意外とたくましいのね、と口には出さず感心するクラウディアであったが、ここからこの少女の受難が始まる。

 逞しいどころの話ではない。

 このすぐ後、物凄くスタイルの良い赤毛の美少女がパンツ一枚で半分濡れたままバスルームから出てきて悲鳴を上げることになったが、そんなモノは序の口もいいところ。


 クラウディアと、聖エヴァンジェイル学園、その全てが赤毛の少女と全銀河のチキンレースのような動乱に巻き込まれるのも、間もなくの事である。

 



 

【ヒストリカル・アーカイヴ】


・聖エヴァンジェイル学園(裏)

 全寮制の女子専門教育機関だが、その最大の存在理由は子供の隔離施設となる。

 様々な理由で子供を遠ざけなければならない親が、子供を島流しにする先。

 一方で厳重に子供を管理、かつ保護する為に、最大限の措置が取られている。

 維持運営に大金がかかるが、良家の親の寄付金などによりそれ以上の資金を集めている。


・娼船

 大人の性的サービスを提供する為の船。

 大半の惑星国家では規制される対象となるので、法圏外の公海宙域で運営される。


・シスター

 ある宗教における信仰と教義に従い生きる誓いを立てた人々。女性の場合を修道女シスターという。

 聖エヴァンジェイル学園の場合は、起源惑星で特に信仰された宗教が、その後の長い時代を経て変化したクォヴァディス教を基とする。




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