5th distance.ウォンテッド
122G.プラウラーガール プリズナー
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学生寮の自室で目を覚ますと、制服を着るなど身支度を整え、そう何分もかからない距離にある学園の本校舎へ向かう。
面白くもない興味も持てない授業を終わらせると、またどこに寄るでもなく寮に帰る。
これが、入学以来のクラウディア・ヴォービスの日常だ。
聖エヴァンジェイル学園は、良家の子女のみが入学を許される、長い伝統を持つ全寮制の学園である。
在籍する少女たちは、ここで高い教養と立ち居振る舞い、礼儀作法や社交性を身に付けるのだとか。
学園の生徒たちは、
そんな学園にあって、クラウディアは自分が異端児であるのを理解していた。
オレンジがかった長い金髪を一部リボンで留める、華奢な体躯の女子生徒が、中庭に沿った渡り廊下を大股で歩いて行く。
この時間帯の授業を取っていないのか、中庭のベンチや花壇の近くでは歓談中の女子の姿が何組も見られた。
実に平和な光景だ。会話内容は、花の美しさ音楽の素晴らしさ今日の天気、といったところか。
または、声を潜めて身を寄せ合い楽しそうに話し合っているのは、恋愛に関してだろう。ただし、聖エヴァンジェイル学園は男子禁制である。
どこまでもクラウディアの趣味に合わない。
チリや汚れひとつ無い、磨き上げられた御影石の廊下。
高級ホテルのような内装だが、並んでいる扉は客室ではなく教室のモノだ。
後席側に向かって段々と高くなっている、生徒用の座席。
100人は優に入れそうな教室内には、クラウディアと同じ制服姿の生徒の姿がポツポツ見られる。
「ごきげんよう、ナイトメアさん、フローズンさん」
「ごきげんよー、クラウディアさーん」
『ごきげんようです』
机の上に座って脚をブラブラさせている、学園の行儀作法規定的に完全アウトな女子。
落ち着きのない子供のような仕草だが、喜怒哀楽を素直に示す表情と共に、それはこの娘の魅力でもあった。
ついでに、制服を下から押し上げる発育の良さが羨ましい、そんな事をクラウディアに思わせる。
ちょっと跳ね気味のミドルヘアを房にまとめた、ナイトメアという名の少女だ。
もうひとりは、濃い紫の長い髪を持つ、
表情に乏しいが、どこかの無作法娘と違い
チョコレート・フローズン。
身長はそう違わないが、やっぱり胸の辺りに敗北感を覚えるクラウディアである。
いつも通り、挨拶してからナイトメアとフローズンの並びの席に座るクラウディア。
ここ、聖エヴァンジェイル学園らしからぬふたりなのだが、問題ありという点では自分も同類なので、付き合い易いと思う。
時間が来ると、教師が教室に入りクラウディア達の選択した授業が開始。
こうしてまた、何も得られない無為な時間が始まるのだ。
◇
エレベーターが直通となっていないので、屋上へ行くには最上階から非常階段を使わなければならない。
本校舎の12階、廊下の窓からは中央の河川と、対岸の街という変らぬ景色が見える。
今日も世界は、切り取ったように静かだった。
「――――であるサキくんなら、生徒の纏め役として相応しいと思うのだがね」
「生憎と、今の私は一般人ですから。そんなことをすれば学園にも迷惑をかけると思いますし」
最上階の一室、その扉の前に差し掛かると、ちょうど中から生徒が出てくるところだった。
出てきたのは3人。
絹のように柔らかいブロンドのストレートヘアで、細身ながら背は高めでスタイルは良く、何より姿勢が良い。
顔かたちも美しいが、それ以上に表情が凛々しい。
学園の王子様、と女子たちから
なおヴァルゴの後宮というのは、生徒会や学生自治会に相当する組織である。
もうひとりは、茶色に近い長い黒髪、背丈は平均からやや下。
こちらも品のある顔立ちをしているが、表情は少し排他的。
意志の強そうな瞳と声色をした女子だった。
クラウディアは、『サキ』という名前だけは知っている。
そして最後のひとりは、学園の王子様以上に背の高い美人だ。
ただし、顔付きも表情も威圧的。クラウディアは睨まれて腰が引ける。
金属質な淡い水色の、ミドルヘアの女子生徒だった。
特に明言されてはいないのだが、常にサキという女子生徒に付き従っているので、実家が付けた世話役かボディーカードではないかと噂されている。
「おや、ごきげんようクラウディアくん。キミ
「は、はい、ごきげんようエルルーン会長。少し風に当たりたくて……」
常に堂々と、明るさと自信に満ちる学園の王子様に、クラウディアは気後れしてしまう。
ほかのふたりとも特に挨拶するような間柄ではないので、スレンダーな金髪の少女は、足早に最上階の奥へと向かった。
◇
わざわざ屋上に来るという、自ら「今の生活に
早々に矯正され、順応するか、あるいは諦めてしまうからだ。
窮屈な環境。だが他に行くべきところもない。居場所なき少女たちの学園。
無論、それはクラウディアも例外ではない。
しかしクラウディアは、他の女子生徒と現実逃避のような話に熱中する気も起きず。
高まる圧力が最も抵抗力の低い場所を抜けていくように、この変らぬ空の下にやってくるのだ。
ところがこの日は、珍しく先客が。
「ったくこっちの仕事は終わったのに肝心の本人どこいったし……! まさかまだ寝てるんじゃ……っと失礼、ごきげんよう」
クラウディアと入れ違いに屋上から出て行くのは、長い柿色の髪にメガネをかけた小柄な少女だった。
こちらも面識はないが、顔は知っている。
シスターから頻繁に呼び出しを受ける、懺悔室の常連でロゼッタという女子生徒だ。
授業に姿を見せることも少なく、学校を辞めたと思っていたら、いつの間にか戻っているという事も多いのだとか。
そんな相手が屋上にいたという事実に、自分の息詰まり具合を鏡で見るようで、クラウディアは気分が荒んだ。
◇
生活棟の屋上にあるガーデンテラスは、授業から解放された生徒たちの明るい会話の声で満たされていた。
クラウディアもここで、友人ふたりと昼食を摂る。
「――――それでさそれでさ! 河の下にそういう場所があるなら潜ればいけるかなーって!」
『おぼれ、ちゃう……』
「まーたそんなワケの分からないことを……。シスターがお説教する時も、もう怒るとかじゃなくて困惑しているからね、アレ。ヨハンナ先生がかわいそう」
奇行の目立つ友人のバカ話に呆れながらも、その型破りなところが少し羨ましくもなるクラウディア。
これでその奇行少女、ナイトメアは座学も実技も高成績だというのだから分からない。
自分もこれくらい思い切りが良ければ、という思考が脳裏をよぎるも、自分の夢は制服のまま河に飛び込むくらいでは実現しない、と考えを切り捨てた。
◇
カウンセリング、という名目の監視を、いつも通りの物分りの良い生徒の顔でやり過ごす。
学生指導教官でもあるシスターのひとり、ヨハンナ先生は穏やかな人柄と、ちょっとぼんやり気味な天然の性格で、生徒から慕われる人物だ。
だが、その背後には常に学園の意向があるのだと思うと、クラウディアは素直に慕うことが出来ない。
何もかも忘れて、自分もこのぬるま湯のような生活に浸ることができたなら、という誘惑に何度囁かれた事か。
しかし、学園にいられる時間は有限であり、それは明確なタイムリミットでもある。
たとえどれほど無駄な時間を強いられようとも、それが貴重な一分一秒である事実に代わりもなく。
かといって囚われの身であるクラウディアには何もできず、こうして焦りを抱えながら広大な学園をさまようのだ。
そうして今日も、華やかに整えられた学園の表舞台から、バックステージへと足を踏み入れてしまった。
シスターからも、入ってはいけないと忠告されている裏舞台。
にもかかわらず度々侵入しているのがバレて懺悔室に呼び出される己もまた、立派な学園の問題児なのである。
とはいえ、それがどうした、とも思うが。
どうせ家族に連絡が行くことはなく、行ったとしても連れ戻されるワケでもあるまい。
連れ戻そうとするくらいなら、そもそもこんな監獄に放り込んでいないだろう。
光差す古風な教会から脇道に入り、薄暗い建物の間を奥へ奥へと。
やがて、それらしくデザインされた
取り澄ました学園が、生徒から隠して見せないようにしている素顔。
だがクラウディアは、それこそが現実との接点であるような気がして、少し安心できた。
意図的に古く見せかけた学園や街の風景。生活のルールとして半強制される古い習慣。時代錯誤な制服。排除される一般的な常識やテクノロジー。
この学園は、その世界観に没頭するよう作られたテーマパークだ。
そしていつしか、生徒はそんな作られた世界に馴染まされてしまう。
授業の履修や卒業に必要な単位を満たすことなどは、大した問題ではないのだ。
ここは、必要があるから子供を放り込み、必要になったら連れ出せる。そういった便利な託児施設に過ぎないのである。
学業や成績など、このテーマパークにいる間のゲームで稼ぐポイントでしかない。
いつか
せいぜい、どこかへ嫁がされる時に変わった知識や教養、作法や習慣を身に着けているのがアピールポイントになる、といった程度か。
何も知らず、あるいは知らないフリをして花園の蝶を演じる女子生徒たちは、ある日唐突に現実へと帰るその時、いったい何を思うのだろう。
そして、その日は当然自分にも訪れるのだ、と。
素材加工の自動処理ラインに乗せられ、身動き出来ず流されるほかない我が身を思い、クラウディアはただもがき続けるのだ。
そんな懊悩をリピートしているうちに、終着駅に到着してしまう。
ここは既に、照明も空調も環境基準ギリギリだ。少し奥を見れば暗闇が隣り合わせに存在し、インフラの機械が低い唸りを上げている。
同じ空間には、何かの機械や車両らしき物もカバーをかけて置かれていた。
倉庫として使われていると思しき、天井が高く広い室内。
その中央には、全高15メートルに及ぶヒト型の機動兵器が鎮座していた。
物言わぬ、誰からも
現代において製造、産業、流通、そして安全保障の分野でなくてはならない存在となった多目的ヴィークル。
通称『エイム』である。
クラウディアにとってそれは、自由と自立の象徴でもあった。
なにせ
要するに、自分の力だけで生きていけるのだ。
そして何より、力強い。
家の支援なくして生きていけない、しかし家にも居場所が無い無力な自分とは大違いだろう。
今すぐこのエイムに乗り、この閉ざされた楽園から飛び出し、自由に生きていけたなら。
来る度にそんな妄想で自分を慰めているが、生憎とクラウディアにはそんな勇気も実力もなかった。
どれだけ睨み合っていても、その巨人は応えてはくれない。
もう何度目かの無力感と虚しさを抱えたまま、華奢な金髪の少女は学園という表舞台に戻る事とした。
ところが運悪く、そこに接近するタイヤの音。
「うぐぇ……!?」
学園内でやったらアウトな呻き声を漏らすクラウディア嬢。
引き攣った表情で見る視線の先には、倉庫の入り口から自分の方を向く小型のロボットがいた。
学園バックヤードの巡回警備を行っている、ドローンである。
クラウディアの天敵だ。
ああこれでまた懺悔室の住人に。
そんな悔恨の思いに、倉庫の天井を仰ぐ他ないクラウディアだったが、
「システムオーバーライド。スケジュールをサスペンド。ログは全て削除」
『ゆーざー※※※ノ命令ヲ確認シマシタ。現在設定サレテイルすけじゅーるヲ一時停止。ろぐヲ全テ削除シマス、ヨロシイデスカ?』
3つのボール型タイヤで支えられている球体のロボットに、横から伸びてくる何者かの腕。
その手がペトッと触れると、警備ロボットは全ての動きを止めてしまった。
クラウディアに向けられていたセンサーからも光が消える。
薄明るい倉庫の出入り口に、ロボットに触れていた人物が姿を現した。
こんな場所に自分以外の誰かが来る、などと想像もしていないクラウディアは、驚きで固まっている。
だが、不意に倉庫内の照明が点灯すると、今度は別の意味で仰天させられることになった。
「フレア……? 共和国製のエイムがなんでここに??」
ヒト型機動兵器へ歩み寄りながら、見上げて
制服の上からでも分かる、スラリと伸びた四肢に、胸から腰、そして脚にかけて描かれる豊かな曲線。
情熱的で、かつカラダの上を流れるように滑らかな深紅の長髪。
一見冷たくもありながら、造形美とヒトを惹き付ける魅力に溢れた美貌。
学園に入って以来、美少女は多く見てきたクラウディアだが、この相手は完全に飛び抜けていた。
そんな赤毛の美少女は、あまりの事に息も出来なくなっているクラウディアに改めて目を向けると、
「えーと……ごきげんよう、でよろしかったでしょうか?」
一転して穏やかな笑みで、小首を傾げる愛らしい仕草と共に挨拶していた。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・聖エヴァンジェイル学園(表)
全寮制の女子専門教育機関。
原則として全生徒は学生寮で生活を行い、同学園敷地内に存在する本校舎にて授業を受ける。
学園では一般教養のほか、礼儀作法や社交術、特別な場での儀礼を身に付けるよう指導し、質の高い人材の育成を目指す。
・エイム乗り
エイムの操縦を専門とする人物に対する呼称。
エイムオペレーターとは区別されており、こちらは現場におけるプロフェッショナルであるという矜持と尊敬を示す呼び方とされる。
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