121G.マスタールーラー クリムゾンルイナー
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共和国中央星系フロンティア、惑星フロンティアG113W:R、衛星軌道。
ノマド『キングダム』船団、旗艦『フォルテッツァ』後部居住区。
エイミーは高速貨物船パンナコッタのメインエンジニアという立場であるが、その優秀さ故に他の船から仕事を頼まれることもしばしばあった。船団という共同体
今回もそのケースで、旗艦の居住区にある来船者向け宿泊施設、つまりホテルの設備を整える仕事となる。
だが、これは少しおかしかった。
確かにエイミーは腕の良い技術者で、船団内で仕事を依頼されることもままある。
とはいえ、艦内の予備インフラの構築や整備をする程度のことなら、別にエイミーでなくても他に旗艦にいる技術者を使えばいいだけのことだろう。
大型機材の移動の為にマシンヘッドを使うとはいえ、わざわざ外から唯理のようなエイム乗りを引っ張ってくる必要もない。
そんな話が出た時点で疑えばよかったのだろうが、既にエイミーが現場にいる以上、
凶悪な武装で襲ってくるメイドをブッ飛ばしながら、赤毛の少女はそんなことを思うのだ。
「ったく……シスコンの妹の方が片付いたと思ったら、次はこれか」
「ど、どういうことなの!? 何でこのヒト達、わたし達を襲ってくるの!!?」
古風なメイド服を着た、茶色いミドルヘアの少女。
ただし、先端にプレートを円形に配置した、ハイテク棍棒を装備。
そんな相手の
周囲には、似たような格好のメイドさん多数。同じく唯理が制圧したものだ。
つい先ほどまで普通に仕事をしていたのに、唯理が到着した途端にこの事態で、エイミーはアワアワしていた。
このメイドさん達は、近々営業を開始する宿泊施設のサービス要員だと聞いている。
また惑星に住んでいるハイソサエティーズのようなことをするんだなぁ、とエイミーは思ったが、まぁ船団も大きくなったしフォルテッツァは銀河最強の戦闘艦だしそういうこともあるかな、と納得していたのだ。
いきなりロングスカートの中から凶器を取り出して襲ってくるとは思わなかった。
「フォルテッツァコントロール、ローグ大隊R001より。コントロール?
パンナコッタコントロール、フィス? 唯理だけど。
…………エイミー、ネットワークに接続できない」
「はえ? あれ、ちょっと待って。アクセス拒否? エリア一帯のネットワークがクローズド状態になってる!? なんで!? ここフォルテッツァだよ!!?」
「ダーククラウドネットワークは繋がるけど、その先がな……」
なんにせよ異常事態ということで、赤毛の少女は
ところが、今まで確実に繋がっていた
メガネのエンジニア嬢が色々試しても、アクセスできない状態だ。
唯理だけが接続できるネットワークはあるが、そこから船内はまた通常のアクセスが必要となるシステムだった。
謎の船を謎のまま使いシステムを
「ハメられたかな。エイミー、すぐに移動しよう。ガレリア・ハブに出る」
「う、うん……」
「大丈夫、
不安そうなエイミーの手を取り、指に軽く口付けしてみせる赤毛のイケメンムーブ。
嬉しいし安心させようとしてくれているのは分かるのだが、それはどうだろうと思うエンジニア嬢である。
◇
船団の住民だけではなく、外部の人間を受け入れるのを前提とした、明るくデザイン性の高い通路や客室、または共有スペースである広場。
そんなところでエンカウントするのは、電撃テイザーライフルやハイテク鈍器を携えたメイドさん達である。
なにやらシュールな絵面になっているが、こういう意味不明な戦場も時々あるので、唯理は油断しなかった。
「失礼します、大人しくしていただけると助かります」
「手足の一本二本は構わない、とクライアントから承っております」
灰色に近い銀髪を後頭部で纏め上げている、ノースリーブのメイド。
そこに並び立つ、ハチミツ色の金髪を長い三つ編みにしている
小柄だがゲーミング的な斧を持っているネコ耳ライケン人のメイドもいる。
警告内容からして、唯理が獲物であるのは間違いないようだ。
捕まえて締め上げて依頼主から目的から全て吐かせてやりたいところだが、エイミーを抱えている以上はそんなこともしていられない。
脱出優先である。
というワケで、激発式伸縮ロッドを突き出してくるノースリーブは、その棒の上に立ちアゴを浅く蹴っ飛ばして平衡感覚を奪った。
ノースリーブメイドを盾に使いテイザーガンを防ぎ、伸縮式ロッドを脚で絡め取り身体ごと振り回すと、単眼の三つ編みメイドの脚を払い倒れたところで鳩尾に一発。
ネコ耳メイドは種族特性的に頑丈と思われたので、掌底でこめかみを打ち抜いておいた。
早足で立ち止まらず、謎のメイド集団と遭遇すれば鎧袖一触に粉砕していく赤毛娘。
いずれのメイドも多少は暴力に慣れているようだったが、白兵戦が弱いというこの時代の常識の範疇から外れるものでもない。
「も、もしかしてこのヒト達、こういうPFOなのかも?」
「そんなところだろうね。スカーフェイスみたいな生身で工作する専門の組織かな。多少疑問はあるけど」
「えーと、確か前にケアサービスとセキュリティーサービスを一緒にやるっていうPFOのことを聞いたことがあったような――――ひゃぁ!!?」
しかし、ここで飛び込んできたメイドのふたりは、時代の常識をやや外れる相手だった。
青みがかった長い白髪と、赤いメッシュを入れた長い黒髪。
白髪はレーザーライフル装備。黒髪は片刃の剣のような物を構えている。
ロングスカートのメイド服という姿は変らないが、その上に明らかな軍用装備をしていた。
「なにこれ、改造もされてないプロエリウムがこんなに強いなんて聞いてないんだけど……」
「普通の仕事でないのは分かっていたでしょう。ですが、行かせるワケには参りません。私たち全員の進退がかかる仕事ですので」
愚痴のようなことを言いながらも、赤毛の強敵から目線を外さずジリジリと側面に回る、剣持ちの黒髪メッシュ。今までのメイドとは違い、白兵戦の仕掛けどころ、というのを知っている模様。
白髪の方は、迂闊に銃口を唯理へ向けたりしない。銃器が有利に働かないのは、他のメイドが証明している。
故に、黒髪メッシュの方と十字射撃の位置取りとなった瞬間に、白髪メイドは一気に銃口を上げ唯理の脚へ射撃。
黒髪の方は、唯理の腕を真横から叩き斬る勢いで、横一文字に薙ぎ払った。
一瞬で空中に飛び上がった赤毛の達人は、三回転捻りで真上を取った直後に、カカトの速射砲で白髪メイドを脳天から撃破。
「フォイス!? こ――――ぐあッ!?」
着地の反動を使い、勢いに乗せた浴びせ蹴りで黒髪メッシュの方も薙ぎ倒した。
「うわぁ…………相変わらずユイリの動きって格闘プログラムみたい」
「あれシミュレーター上じゃ勝手に千日手みたいになるから参考にならないんだ。それよりエイミー急いで」
間もなく、大勢の乗員が行き交うガレリア・ハブに到着した。
エンジニアのお嬢様がホッと一息つく。ここまで来れば安心だろう。
「おいユイリ! そこで止まってくれ!!」
ちょうどそこに、連絡を入れようと思っていた旗艦付きの
エイミーは手間が省けたと喜ぶが、唯理は何故か警戒を解く気になれずにいる。
嫌な予感が止まないのだ。
「悪いがユイリ、抵抗するなよ。あんたに上から拘束命令が出ている」
「は!?」
案の定である。
知り合いの
しかしアロンゾの方は、普段の軽い調子もなりを潜め、緊張感を漲らせている。
他の十数人もの
船団の誰もが知る安全保障畑の専門家、赤毛の少女を本気で拘束しようというのだから、それは怖いだろう。
レーザーライフルを握る手にも力が入り、酷く汗ばんでいた。
「どういうことだアロンゾ? 拘束理由は? 上ってどこからの命令? 船団長?」
「俺も確認したけどメインブリッジからの正式なオーダーだよ。なんか居住区の方で無差別暴行とか、そんなことをした容疑だって話だったが……」
「それついさっきのことなんだけど」
「そ、それは正当な防衛権の行使でしょ!? 私たち、下のホテルでいきなり襲われたんですよ!!?」
正当防衛の主張をするエイミーだが、アロンゾの話を聞いて唯理には大体の筋書が読めてしまった。
襲ってきた武装メイド集団は、それで唯理を拘束できれば良し、失敗しても唯理に罪を問う大義名分となる予定だったのだろう。
捨て駒を前提とした計画だったワケだ。
後は、その計画が赤毛の猛獣の抵抗を計算に入れてのことなのか、あるいは大人しく従うという当て推量に基づいたモノなのかが問題となるが。
「エイミー、フィスに連絡してフォルテッツァの証拠押さえてもらって。わたしのインフォギア、まだオンラインにならない」
「待って……。なんで!? わたしの方も繋がらない! これIDが弾かれてる!?」
まず唯理は、まっとうに事実による反論を試みた。
ところが、証拠となる艦内のデータを確保しようにも、そもそも唯理とエイミーが艦内ネットワークから締め出されている。
これにより、その権限がある船団の乗員も関わっているのが確認できた。
今下に行っても、そこでは武装したメイドが倒れているだけで、事実関係は分からないだろう。
旗艦のシステムが抑えられているなら、そちらで証拠を得られる期待は薄かった。
つまり、船団上層部の誰かに唯理がハメられている可能性が高い。
「オラどけどけ反政府集団が! 邪魔だッ!!」
それを裏付ける状況証拠も、どうやら向こうからやって来るようだった。
レガリア・ハブの利用者と野次馬を蹴散らし、
その先頭にいるのは、40代頃の黒髪を短く刈り込んだ肥満気味の男だ。ニヤつきながらも、威圧的な口調と横柄な態度を隠しもしない。
隣にいたのは、キングダム船団ではよく知られている顔だ。
メガネ型
こちらの方は、あちこちに目を泳がせ顔色も良くなかった。
「おい
何が起こっているのか分からず、
当然唯理は捕まってやる気などないので、手を払い、腕を取って捻り、体勢を崩し片っ端から相手を引っくり返した。単純な柔術である。
「キサマ抵抗するなモルモットの分際で! これ以上俺の手を煩わせるんじゃない!!」
ヒステリックに刈り上げデブが喚いていたが、こちらも赤毛は無視。
それより、どう見ても事情を知っている同行者、船団事務局長の方に目を向けた。
「事情を聞かせていただきたい、事務局長。ケンカ売るにはそれなりのワケがあるんでしょうね?」
親愛さとは無縁の、肉食獣が敵対する時に見せる笑み。
このまま黙って捕まる気などない。なんならとことんやってやるぞ、という意味であった。
そんな赤毛の少女の問いかけに、事務局長は少しだけ
「ムラセユイリ、隊長……あなたには、ビッグ3の連名の重犯罪者としての容疑がかかっているのですよ。
クルーが指名手配されるのは珍しくありませんが、今回は船団の運営上影響が大き過ぎます。
船団としては、連邦の引渡し要求に応じるほかありません!」
そして、キングダム船団から赤毛の少女の孤立を誘った連邦軍仕官、サイーギ・ホーリーは勝ち誇ったように大声で叫んだ。
「そういうことだ! キサマを庇えばノマドも全銀河を敵に回すことになるんだからな! 逃げ場はないぞ! 今すぐ諦めろ!!」
◇
村瀬唯理が、
船団事務局長のピーコックとしても、当初は到底信じられないことだった。
基本的に対立関係にある三大国が協調して特定個人を敵視するのは、国家の利害を超える程の事態となった時のみだ。
しかし、共和国の
実際に
だが、村瀬唯理という人物も、もはやキングダム船団にはなくてはならない存在となっていた。
デリカレーションという船団の名物となる産業を興し、ローグ大隊という強力な機動戦力を育て上げ、自身も超一流のエイム乗りである。
そんな少女を船団から追い出すか。
特に
それに、ノマドの基本姿勢は、反惑星国家権力。
たとえ相手が
この反骨心が強過ぎるのは、穏健派の事務局とピーコック事務局長としても、頭の痛い部分であった。
そんな板挟みなピーコックに、共和国のギルダン・ウェルスと、連邦のサイーギ・ホーリー、それにユートピア船団長のフランシス・アヘッドは、
すなわち、金、情報、人手だ。
ユートピア船団は、速やかに、そして隠密裏に村瀬唯理を拘束する戦力を出す。
共和国は宙域内での活動を支援する。
連邦は大義名分を整える。と、このような内容だ。
ついでに、
飽くまでもキングダム船団の為に、事務局長は村瀬唯理を
この瞬間、ピーコック事務局長もギルダン、ホーリー、アヘッドの共犯者となった。
もっとも、ギルダンやホーリー、アヘッドにとっては、事務局長など赤毛の少女を船団から孤立させる為の道具に過ぎなかったが。
ルーインシップ、遺跡船、
ホーリーは強欲にも全て寄こせと、取引する気が全く無い物言い。
連邦の名の下に、100億の艦隊も、それを手に入れる為の手段と情報も、全てを要求した。
アヘッド船団長は、左遷された軍人が偉そうに、とホーリーを嘲笑っていた。
ハイソサエティーズの支援と意向を受けるユートピア船団が、艦隊を手に入れるのが当然の道理だ、とも言う。
ギルダン・ウェルスは、現在稼働している艦隊の船を押さえているのは共和国であり、また連邦だろうがユートピア船団だろうが共和国内で活動できるのは自分が手配した時だけだ、と釘を刺していた。
このように、協力する為に集まりながら、全く協調性が無い三者。
暫くは互いが我を通そうと大きく出てばかりだったが、いずれの者も追い詰められているという事情もあった。
ホーリーは本来の任務を放り出し、艦隊を手に入れる為に独断専行を繰り返している。ある意味では軍籍と人生の全てを賭けていた。
アヘッドは、ユートピア船団を利用するハイソサエティーズから、一刻も早くキングダム船団の船を手にれろと圧力をかけられている。自分たちの
ギルダンは、キングダム船団の取り込みに
企業人としては支配者である上司を圧倒する成果が必要であるし、また男としてもこのままでは終わらせられないのだ。
こうして、全員が手詰まりであるのを認めるのに少々時間を要したが、その末に力を合わせてとは言わないが、それなりの協力体制を敷くことになる。
100億隻の艦隊は、山分けという皮算用だ。
結局は、全員が全員とも、独り占めする機会を狙っている。
とはいえ、それも全てはカギとなる赤毛の少女の捕獲が第一歩だ。この情報も、ホーリーは他の者と共有せざるを得なかった。
100億隻の艦隊のカギ、村瀬唯理はキングダム船団が厳重に管理しているだろう。その船団が星系艦隊以上の戦闘力を持っている以上、力尽くというのは難しい。
そこで考案されたのが、村瀬唯理とキングダム船団の分断工作であり、白羽の矢を立てられたのがピーコック事務局長であった。
◇
銀河最大の三大国家権力による、重犯罪者指定。
この対象となった以上は、もはや天の川銀河の半分を占める三大国法圏内は無論のこと、その影響下にある全ての惑星国家圏で生きて行ける場所は存在しなくなる。
船団の
ホーリーは勝利を確信する。
船団の連中の動きは封じた。もうモルモットに協力する者も出まい。
遂に自分が、この生意気なノマドを踏み潰し、盗人猛々しい共和国を踏みにじり、偉ぶった連邦を思いっきり蹴っ飛ばしてやる、絶対的な力を得るのだ。
この力を他の愚図になど分けてやるものか。
踏みつけられ、小馬鹿にされてきた自分だけが、逆に全てを破滅させる力を手にするのである。
「全くよくもこれほど無駄な手間をかけさせてくれたものだな! もう今から貴様は一切何も口を開くな! 逆らうな! 道具らしく動くな! 黙って屈服しろ!!」
溜め込んでいた不満を吐き出しながら、ズカズカとヒトを押し退け歩いて来る傲慢デブ、ホーリー。
その手が赤毛の少女の胸倉に伸びるが、やはり当たり前のように唯理はその手を跳ね退けた。
重犯罪者指名だか何だか知らないが、それだけで従う理由など無いのである。
共和国だろうが連邦だろうが、勝手な言いがかりで犯罪者にされて納得できるワケもなく。
また、拘束が船団の総意というワケでもないなら、逃げ出す理由もない。
「逆らうなと言ったぞモルモットが! 貴様自分の立場を分かっているのか!?」
「さてサッパリ分かりませんね。だいたいそちらはどこのどなたかな? 犯罪者云々と言うなら、容疑くらい教えてほしいもんです」
ここまで言っても全く従順にならない相手に、ブチ切れるヒステリック・デブ。
唯理はそんなホーリー三等佐の顔を忘れていた。何せ顔を合わせたのが、クレッシェン星系で起こしたファルシオン級から逃げ出す間際の一瞬だったので。
「おいこのバカに身の程を教えてやれ!」
共和国の
一方で赤毛の少女は、一瞬でハンドレールガンを引き抜き、目の前にいる肥満体の
「ああ!? ふざけたことしているんじゃないぞモルモットが! き――――ブエァ!!?」
脊髄反射のように逆上するホーリー。
迷わずハンドレールガンを持つ赤毛の腕を振り払おうとするが、一瞬早く引っ込めた唯理はカウンター気味にデブの横っ面をぶん殴った。
床に叩きつけられるホーリーに、動揺するライフルを構えた周囲の兵士。
デブも赤毛も、銃口を向けられたのに怯みやしない。ホーリーの方は、単に傲慢で堪え性がないだけだろうが。
唯理の方は、一応自分が抹殺ではなく捕獲対象なので撃たれることはないだろう、という成算があった。
「ッ……キサマぁあああああああ!! 俺は連邦軍士官だぞ重犯罪者がぁあ!
こんなことしてどうなるか分かってるんだろうなぁ!? この連邦の資産を横領した船団もただじゃ済まんぞぉ!!」
「そもそも連邦の所有物じゃありませんし」
「黙れッ! 黙れッ! 黙れぇ! 黙れ黙れ黙れぇえええ!! 刃向かうんじゃない!
おいお前! この女はもうノマドの人間ではないな!? さっさと追放なり除名なりしろ!!」
「い、いえ……そうなると船長会議にかけなくてはなりませんし、あなた方がその前に穏便に拘束すると仰るから、私も出来る便宜を図っただけでして…………」
「この役立たずが! 所詮は逃げるしか能の無いクズどもの船団か!!」
冷静で一歩も引かない赤毛の少女に、地団駄を踏み喚き散らすデブ三等佐。
三大国に重犯罪指定された者を船団内に抱えることになれば、そんな厄介者はすぐに排除されるはずだった。
最上級犯罪者というレッテルが貼られれば、艦隊のカギであるモルモットの女は弱い立場に追い込まれるはずだった。
ところが現実には、船団に面倒ごとを持ち込みたくないと言いながら、事務局長は役立たず。
赤毛のアバズレは、どれだけ正義を以って糾弾しても小揺るぎもしないという。
あまつさえ、暴力に訴え抵抗までする始末。
いちいち自分の言うことに逆らう赤毛の女に、ホーリーは歯ぎしりして怒りを募らせる。
赤毛の女は逃げ出しもせず、敵に囲まれても降伏もせず、決して言いなりにならない。
全くどこまで愚かで生意気で、素直になるということを知らないのか。
計算が狂い何も出来なくなるホーリーは、これからどうすれば自分の思い通りに事を運べるかを必死に考えるが、
そんな機会は訪れず、ここで本当の
どこからともなく、正確には不可視の光学ステルスで潜んでいた特殊部隊の兵士たちが、ガレリア・ハブの各方面から集結して来る。
ホーリーが共和国企業に付けられた社員兵士とは装備も練度も違う、統一された重厚な黒い
それを率いてやってくるのは、ヒトとして完璧に近い容姿と体格を持った、まだ青年と言えるほど若い男だった。
それでも、どこかの権威を振り
「おいなんだお前は!? こっちは共和国政府とノマドの協力を得て、連邦政府の任務を遂行中だぞ! どこの金持ち小僧か知らんが引っ込んでろ!!」
「引っ込むのはあなたですよ、統合戦略部、戦術史調査編纂局局長サイーギ・ホーリー三等佐。
現時刻を以って軍籍上の貴官の全ての権限を停止。統合戦略部司令部への出頭を命じます。
貴官には100を超える越権行為、命令への不服従と背任行為、連邦国家存続の上で職務上知り得た重要な情報を隠匿していたことによる反逆行為、命令系統上の上官の許可を得ず敵国指定された勢力に装備及び情報といった連邦の資産を譲渡し不利益を与えた行為、これらの容疑がかけられております。
ですが、貴官のこれまでの働きを評価し、この場での拘束などは行いません。
軍事法廷での心象を考えれば、速やかな出頭をお勧めしますよ」
噛みつくホーリーに、応えたのは上位者の青年ではなく、周囲に控える女性のひとりだった。
青年はホーリーの方を見もしない。見つめているのは、正面にいる赤毛の少女だけだ。
そしてホーリーはというと、事務的な女のセリフに癇癪を起こすよりも、まず戸惑っていた。
「……なんだぁ貴様ら? 連邦軍だとでもいうのか? こんなところで何をしている。
偉そうにくっちゃべっていたが、俺に命令できるのは統合戦略部のお偉方だけのはずだ。
貴様らのような世間知らずのガキのツラなんか見たこともない」
「貴官の役割は終わりだ、サイーギ・ホーリー。ようやくダーククラウド艦隊司令のところまで案内したな。
ここからは私が引き継ぐ。ご苦労だった」
ここで、集団のトップらしき青年が口を開く。
セリフこそ
一方的に言い放つだけで、疑問にも応えていない。
これに対し、不機嫌そうに青年を
どうやらこいつらはただの軍人じゃない。それに、これまで絶対に記録にも残さないようにしていた、艦隊のカギである赤毛の女のことも知っているようだ。
唯一、ホーリーが共和国の幹部社員とユートピアの船団長に村瀬唯理のことを明かしたのは、つい最近のこと。
連邦が気付く前に、村瀬唯理を手に入れる算段だった。
だというのに早過ぎる。
「その、その女は連邦艦隊への攻撃と連邦政府への反逆行為! それにテロ行為の容疑がかかっている! 俺の手で連邦中央まで連行する!!」
「あなたにその権限はありません、ホーリー三等佐。先ほどお話しした通りです。
それに、彼女への容疑はそんな低レベルなモノではありません」
何としてもあの赤毛の女を連れ出さなければ。
諦め悪く足掻こうとするホーリーだが、青年の側近の男はその発言を一蹴。全く取り合おうとはしない。
そして、青年、ジャン・パトリック・エイブリーが見ているのは、どこまでも赤毛の少女だけだった。
「旧国連平和維持派遣軍、フォースフレーム
ジャンスターシェーフ国民主権主義擁護共和国、カンルゥ・ウィジド皇王元首国に委託された権限を代行し、シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦政府の権限において発効される最上位命令により、私、連邦議会履法調整官、ジャン・パトリック・エイブリーが貴官を拘束する。
貴官の容疑は、起源惑星及びそこから発生する全人類への反逆行為である」
若さに似合わぬ、まるで1,000年を生きたかのような威厳ある宣言。
そのセリフで、無数のヒトの動きでざわめいているガレリア・ハブの一画が、水を打ったように静まり返っていた。
連邦、履法調整官。
連邦政府最高議会の権限を与えられ、広大な連邦圏で適時解釈を変え法を運用する執行官だ。
そして、実質的な
サイーギ・ホーリーが共和国企業とユートピア船団の力を使い、それらしくでっち上げた名目だけの重犯罪者指定とは違う。
示された投影画像の署名、認証機関のデータマーク、それら全てが、ジャン・パトリック・エイブリーの正しさを証明していた。
口を押さえて青ざめるエイミーと、目を細めて何か釈然としないモノを覚える唯理。
そんな少女たちの動揺など知らず、連邦内でも高い権限を持つ青年は仕事を続ける。
「貴官の罪は国家の利害を超える深刻な脅威である。よって、三大国合同の最上級重犯指定は、ただちに全星間文明圏へ通達される。
同時に、貴官に協力する組織、国家、個人、団体も、全てが同様の容疑をかけられることになる」
ジャン・パトリック・エイブリーが片手を上げると、側近の男が新たな映像を空中に投影した。
それは、全銀河で配信される、ありふれたライブブロードキャストだ。
ただし、内容の方が問題。
ブロードキャストニュースの中では、連邦と共和国、皇国の
曰く、宇宙に進出した現行人類、プロエリウムの祖が生まれた起源惑星と当時の人類へ無差別攻撃を行った、史上最悪の反逆者。
以降も、宇宙へ逃れた人類へ執拗な攻撃を繰り返し、メナスの侵略にまで関与している嫌疑までかけられている。
村瀬唯理というノマドの
不老処理を繰り返しても2,500年はムリだろうと本人は思うが。
「ゆ、ユイリ…………」
震えるエイミーが、唯理の手を握って来た。
こんなのはあまりに周到で、あまりにも卑劣だと思う。
銀河の全てを巻き込んだ悪意に触れ、エイミーは怒りと恐怖に押し潰されそうになりながらも、握った手に力を込めていた。
艦内のコントロールを弄ったか、唯理が三大国に重犯罪者として指定されたニュース映像がそこら中に浮かんでいる。
ローグ大隊を指揮する赤毛の少女は船団の中でも有名人だ。一部ウェイトレスとしても有名だが。
その姿を見た船団の
村瀬唯理を徹底的に孤立させるという、やり方はホーリーと同じだが規模が違った。
そうして、唯理はエイミーの手を放した。
「ユイ――――!?」
「これが連邦の力、連邦の正義だ、ダーククラウド艦隊司令。
貴官の力は連邦のような統治機構の下になければならない。
貴官もかつては人類のために戦場に立つ兵士だったはずだ。
だがこれ以上抵抗すれば、人類そのモノの敵となる。それは本意ではないだろう」
エイミーが何か言う前に、ジャン・パトリック・エイブリーが割って入り、唯理は回り込むように歩いて行った。
ここで手を離したら取り返しのつかないことになる、という予感があったが、か弱い少女の足は動かない。
赤毛娘は軽い調子で手の中のハンドガンを弄び、周囲にいる黒い装備の特殊部隊は銃口を向けないまでも、相手の姿を追い警戒の姿勢を崩さなかった。
恐れもしない、興奮もしない、怒りも見せない、さりとて何も言わない唯理の様子に、少々焦れた青年が言葉を重ねようとする。
「理解しているのかな、ダーククラウド司令。連邦は必要ならどんな手段でも取ると実演して見せた。
連邦の行いこそが正義となる以上、キングダム船団を貴官同様、全人類に対する反逆者とすることも容易なのだ」
「連邦くらい滅ぼせる戦力があると分かっていて私を挑発するとは、お前を派遣した連邦議会はアホなのか?」
唯理の方は、素顔だった。
大人しい少女の皮をかなぐり捨てた、戦闘狂の凶貌を剥き出しにしていた。
気圧され、思わず銃口を向けてしまう特殊部隊と同時に、赤毛の夜叉がジャン・パトリック・エイブリーにハンドガンを突き付ける。
修羅場を駆け抜けて来た者だけが発する殺気は、その少女が躊躇いなく引き金を引けると、周囲の者に知らしめていた。
凍りつく青年の側近たちだが、村瀬唯理はもう覚悟を決めている。
船団と家族を脅かすなら、連邦だろうがなんだろうが全力で叩き潰すだけだ。
「いけぇ! クソッたれどもをブッ潰せ!!」
「どいつが敵だ!? 何種類かいるぞ!!」
「構うな全員ブチのめしゃいい!!」
「ヴィジランテもやっちまっていいのか!?」
だが、唯理はレールガンをブッ放さず、またジャン・パトリック・エイブリーが頭を吹き飛ばされることもなかった。
唐突に乱暴極まりない怒鳴り声が聞こえて来たかと思うと、チンピラの集団が現場になだれ込んで来た為だ。
特殊部隊と違い規律も纏まりも全くない、アサルトライフルさえ相手をぶん殴る鈍器に使うような、野蛮極まりない野郎ども。
ローグ大隊の兵士たちだった。
『ユイリ! 最優先ルートを確保してある! 格納庫からパンナコッタに乗り移れ!!』
大乱闘が始まった直後、ネットワークがオンラインに復帰し、船団長から通信が入って来た。
指示されたのは、艦内トラムからエレベーターに乗り継ぎ上部格納庫に向かう順路だ。トラムとエレベーターは待機させているらしい。
赤毛の少女は返事をする暇も惜しみ、
◇
品性の欠片もない
接近し過ぎて火器が使えないのは同じだが、どうやらチンピラの方が圧倒的に手慣れているらしく、特殊部隊は装甲の上からひたすらぶん殴られている有様だ。
青年の側近は、裏返った声を上げてどうにかその場を制圧しようとしている。
しかし、特殊部隊の方も反撃に手いっぱいで、返事をする余裕はなかった。
「申し訳ございません、サーパトリック……! 今すぐ船外で待機させているチームを呼び鎮圧を――――!!」
「無駄だろう。手引きされたようだ。ファイナルガードに外で確保させろ。船団から離れるかもしれない」
「かしこまりました」
側近たちが自分の仕事に集中したところで、ジャン・パトリック・エイブリーは人知れず汗をぬぐっていた。
連邦の、そして人類の指導者たるハイソサエティーズが、一般市民に取り乱したところを見せてはならない。
そんな矜持が青年を支えていたが、つい先ほど、赤毛の少女に銃口を向けられた時には、生まれて初めて死を意識した。
今までも、連邦の最高法執行者として、銃口を向けられたことはある。
怒りを買い、逆上した相手が
だが所詮は威嚇。
自分に手を出すことは、連邦政府に挑戦することと同じ。だから、撃てるはずがない。
連邦の正義、その使命を果たす為なら死など恐れるに値しないと考える、ジャン・パトリック・エイブリー。
自分にはその勇気があると思っていたが、それも自分の地位と相手の弱さを見透かした奢りに過ぎなかったのか。
そんなこと、生まれついての上位者である青年に、認められるはずもなかった。
フと見ると、乱闘の
普段なら歯牙にもかけない小者であるが、何故かその時のジャン・パトリック・エイブリーには、
「所詮ハイソサエティーズの落後者には過ぎた野心だったな、サイーギ・ホーリー。
艦隊を手に入れ、支配階級に返り咲くつもりだったか?
そんな器ではないということを理解出来ないから、貴官の父はその資格を失ったのだ
その血筋である貴官も、器が知れるというものだろう」
「は…………ぐッ! ぬッ……! ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!」
見下され、そんなセリフを突き付けられるホーリーは、今まで感じたことがない程の怒りに支配される。
それでも、激情に任せて青年に襲いかからなかったのは、いったいどれほどの執念がホーリーを押し留めていたのか。
この期に及んでも、この相手に手を出せば全てが終わるということを、失念しはしなかった。
ジャン・パトリック・エイブリーは、サイーギ・ホーリーの触れてはならない部分に触れた。
それも、よりによって、ホーリーが最も憎むハイソサエティーズの象徴なような小僧に。
若くして連邦という権力構造の頂点近くにまで上り詰めた、血筋を重んじる
『パトリック』という、愛国者に与えられる称号を持つ、連邦の犬畜生に。
ハイソサエティーズであったホーリー家が没落し、地位も誇りも資産も失い一般市民として惨めな生活を強いられたという最大の汚点を、土足で踏みつけられたのだ。
ジャン・パトリック・エイブリーにとっては、自覚すらできない小さな苛立ちを弱者にぶつける気晴らしに過ぎなかったのだろう。
しかし、この瞬間、サイーギ・ホーリーの腹に渦巻く憎悪の炎は、全てのエネルギーを報復へと向かわせる妄執の核反応へと変わっていた。
「それに、弁えて欲しいものだな、ディラン・パトリック・ボルゾイ。
我々は連邦の法と正義を守る立場なのだ。遊びが過ぎる」
奥歯を噛み砕いたホーリーに興味すら示さず、少しばかり溜飲を下げた青年は、この場にはいない他の対象にも愚痴を零していた。ハイソサエティーズの品性としては、褒められたことではない。
ジャン・パトリック・エイブリーは、事前にキングダムの船団長に会い、協力を求めていた。
旗艦フォルテッツァ内での特殊部隊の移動や滞在、船団内での宇宙船の活動などで、船団長の権限は非常に有用だった為だ。
船団長のディランは、この上なく不服そうであったが。
ディランがキングダム船団の船団長を
だとしても、キングダム船団はディランの職掌にあり、村瀬唯理の確保に関しても、その件は自分に任されているはずだ、というのがその主張だった。
だがそれも、ホーリーとギルダン、ユートピア船団のアヘッドが動いたことで、時間切れとなる。
連邦軍はホーリーを泳がせていたのだ。
かつてホーリーが何の研究施設を任されていたかを考えれば、コソコソ勝手に動く理由など簡単に想像がつくだろう。
ずいぶん長い間隠し通したものだ、とはジャン・パトリック・エイブリーも思うが。
100億隻の艦隊のカギ、村瀬唯理の存在が明るみに出れば、ホーリーのような軍組織のゴキブリは不要だった。
連邦政府の至上命令により、ジャン・パトリック・エイブリー履法調整官が直接動き、絶対的な権限で以って速やかに必要な準備を整える。
ディラン船団長も、連邦艦隊の軍人、しかも『パトリック』の名を持つ以上、協力せざるを得ない。
パトリックはそう思ったのだが、どうやら違うようだ。
足止めを頼んでいたローグ大隊の乱入、
誰が協力したかは、明らかだろう。
いったい何を考えているのか、と本気で理解出来ないパトリックだが、どこまで行っても逃げ場などないと、慌ててはいなかった。
◇
ノマド『キングダム』船団、旗艦『フォルテッツァ』10,000メートル。
剣のように鋭い艦体の艦尾。後部ブロックの上部格納庫から、灰白色に青のヒト型機動兵器が飛び出してきた。
赤毛の少女が搭乗する、スーパープロミネンスMk53_イルリヒトだ。
宇宙空間に出た直後、フォルテッツァに密着するように待機していた高速貨物船パンナコッタ
『ユイリとにかくこっちに取り付け! 恒星方面から星系の反対側へ出てショートワープで逃げんぞ!!』
『船団ともしばしの別れね。エイミーちゃんは別ルートで誰かに送ってもらわなきゃ』
『急げよユイリ、船が15隻こっちに接近。貨物船、貨客船、資源輸送船、って全て偽装船だろうどう考えても』
唯理が宇宙に出る直前から、船団内の複数の船が示し合わせたように旗艦に接近していた。
登録上は一般船籍だが、目的地最優先なマナーを無視した直線的な動きが、明らかに普通の船ではないとメカニックの姐御は推測する。軍船特有の動きだ。
船団長から連絡を受け、マリーン船長は即座に逃げ支度に入っていた。
オペレーターのフィスは、連邦軍と共和国軍を撒く最適ルートを航法システムに入力している。
近付く不審船に対しては、パンナコッタの装甲が開きレーザー兵器のアレイを展開していた。なお船長の妹、スカイが火器管制を担当している。
ところが、灰白色に青のエイムは、動こうとしなかった。
『おいどうしたユイリ!? エイム動かねーの!? ってまさか連邦の部隊落そうってんじゃねーだろうな時間の無駄だろ!!?』
唯理の機体は、何かを探すかのように頭部を振り
ブースターも重力制御も正常に稼働中だった。
連邦議会直属の特殊部隊、『ファイナルガード』の高性能エイムが展開中だが、これを相手にしているような暇は無いと唯理にだって分かるはずだ。
と、パンナコッタのお姉さん方は思い、
「そんな……ダメよユイリちゃん!!」
マリーン船長が悲鳴を上げるのと、新たな宇宙船が滑り込んで来るのがほぼ同時だった。
『いいタイミングです、ドーズ船長』
「こっちは泡食ったぜ隊長さんよぉ! 格納庫を開ける! 勝手に飛び込め! 乗り遅れてもしらねーぞ!!」
パンナコッタと唯理の間に入った宇宙船は、パンナコッタに良く似ていた。
直線で構成される多面的な装甲に、鋭い剣のようなシルエット。
後部に4発装備する大型ブースターエンジン。
パンナコッタとの違いは、両舷の空力効果翼の代わりに、リング型のシールドユニットを備えている部分か。
似ているのは当然、それは100億隻の高性能宇宙船の一隻。
汎用高機動艦バーゼラルド級200メートル。
ポーラーエリソンⅡであった。
船長は、一見だらしのない40絡みの男、ドーズ・フューレットである。
赤毛の少女とは、以前のパンナコッタを失った時からの縁で、今は秘密の契約を結んでいた間柄だ。
この展開は、唯理の想定したシナリオのひとつだった。無論、望ましい流れではなかったが。
それでも、いざという時に逃げ出す為、用意はしておいた。
物資、情報、そして逃走手段。
ある調達屋に頼んで武器や
パンナコッタと同じ、ポーラーエリソンの下部格納庫に入ると、唯理はフォルテッツァ管制部に通信を繋げる。
そこで中継してもらい、通信範囲内の全ての者にメッセージを送った。
『では改めてご挨拶を、国連平和維持派遣軍、環太平洋艦隊所属、ユーリ・ダーククラウド少佐だ。あれ少佐だったかな……? 確か……まぁいいや。
諸君らの言うところの、ミレニアムフリート。
つまり私の作った人類の剣たる艦隊、フォースフレーム・フリートは現時点で全て私の管理下にある。
艦隊の戦術ネットワークにアクセスし、各艦の艦長以下レベル9のクリアランスを設定出来るのは、私だけだ。
つまり、どれだけキングダム船団をどやしつけたところで、船団長達にはどうにもできない。
艦隊が欲しければ私を追って来るしかないが……。2,500年も経っているのにまだ補助輪が外れないのか?
これじゃ私が何の為にケツ蹴っ飛ばして地球から自立させたのか分からないな、まぁ頑張れ人類諸君』
挑発的に微笑みながら言う、赤毛の絶対的
その爆弾発言に、パトリックの名を持つ連邦のエリートは体面も取り繕わずに目を剥き、若白髪の船団長はディスプレイを殴り付け、パンナコッタの家族達は言葉を失っていた。
こんなことを言えば、
三大国の重犯罪指定どころの話ではない。そんな建前はもうどうでもいい。
例えば、同じ連邦国内であっても、組織や軍閥、あるいは政治家や軍人が独断で、
もはや国家でさえ統制できない状況となる。
連邦におけるトップエリート、ジャン・パトリック・エイブリーの任務も木っ端微塵だ。
ただ、その代償はあまりにも大きい。
赤毛の少女に、安息の地は無くなった。
これからは銀河のどこに行こうが、どこに潜もうが、常に誰か、あるいは何かに追われ続けることになる。
仮に連邦に囚われようが、共和国に囲われようが、人類の剣の艦隊を巡る戦いの渦中に
それもこれも、全てはキングダム船団とパンナコッタを守る為だ。
「おまたせドーズ船長、出して」
『いいけど隊長おまえプロエリウムの生まれた星で人類の反逆者になったってマジか!?』
「そういえばそんなこともありましたね。思い出したのはさっきなんですけど」
『ええいチクショウなんてこった!!』
パンナコッタとほぼ同性能な高速宇宙船、ポーラーエリソンはブースターと重力制御を最大にし、40Gを超える加速度で一気に宙域の離脱コースに入った。
連邦議会の特殊部隊、ファイナルガードの宇宙船もブースターを燃やして後を追い、ヒト型機動兵器がレーザーを集中砲火する。
しかし、運び屋『ポーラーエリソン』の腕は良く、恒星をギリギリかすめるコースで、重力によるスイングバイまで使い連邦軍を引き離すと、乱暴とも言える重力波が入り乱れる地点でのワープを慣行。
それはむしろ、まともな航法では後が追えないワープドライブであったらしく、連邦軍は完全に目標の痕跡を見失ってしまった。
パンナコッタの、オペレーターのフィス、操舵手のスノー、お手伝い係のリリスとリリア、それにひとり旗艦に残されたエイミーは、唯理の消えた宇宙を泣きながら見つめ続けていた。
船長席で俯くマリーン船長は、唯理を止める切り札を最後まで使えなかったことに、その是非を自分に問い続けていた。
◇
天の川銀河、スキュータム・
恒星は遠く、また星の燃え方自体が弱々しいので、星系の端にはほぼ陽光が届いてない。
光源となるのは、宇宙船に装備する照明装置だけだった。
『隊長よー、本当にこんなところでいいのか? 前の紛争やってた星とはワケが違うぞ。星系内どころか隣の星系まで500HD以内に生物らしい生物なんかいやしねぇ。
こんなところじゃ24時間も生きられねぇよ』
運び屋の船、ポーラーエリソンⅡがキングダム船団を離れて、約50時間が経っている。
生命が存在しない星系。
その外縁を成す小惑星帯に到着すると、格納庫から灰白色に青のエイムが、ゆっくりと船外に出て来ていた。
「助かりました、ドーズ船長。すいません巻き込んじゃって」
『もともとお尋ね者みたいなもんだ、運び屋なんて。別に構わねぇよ。それにこんなスゲェ船まで貰ったんだ。
キングダム船団は悪くなかったが……俺たちみたいなアウトローにはチと窮屈だったな。これからは自由に稼がせてもらうさ』
「ええ、ドーズ船長とリップルパターンが25%合えば、他の人間でも船の船長として再認証が可能です。つまり子供とか孫ですね。上手く使ってください」
ポーラーエリソンⅡのスポットライトに照らされた、全長1,000メートルに近い小惑星のひとつ。
灰白色に青の機体は、船に背を向けその岩塊の方に向き直る。
『なぁ一緒に行かないか。政府の目を盗んで逃げ回るなんて俺らには日常茶飯事だ。
お前さんみたいなエイム乗りがいると、俺らも仕事がやり易くなる』
「ありがとうございます、船長。…………でもやることがあるんです」
唯理のエイムが小惑星に取り付くと、ポーラーエリソンⅡが徐々に回頭をはじめた。
これから、古い顔見知りに会い以前の家業を本格的に再開するのだとか。
スポットライトが消灯され、ブースターの仄かな光だけが小惑星とエイムを浮き上がらせている。
『マリーン船長たちに、何か伝えることは?』
このドーズ船長の質問に、唯理は応えられなかった。
無言を回答と受け取ったドーズ船長は、そのまま船を微速前進させ、1キロも離れたところでブースターを燃やし増速する。
アッと言う間に、その光も見えなくなった。
貰い物の白と黒の
減圧し切れなかった僅かな空気が真空の中で白煙となり、一瞬だけバフッという音を立てると、すぐに真空の無音に包まれた。
ヒト型機動兵器の腕につかまり、唯理はコクピットの外に出る。
目の前に広がるのは無限の宇宙。銀河の漆黒と銀色の瞬きがどこまでも広がる世界だ。
無重力に漂い、赤毛の少女は四肢の力を抜いて、ただ流れる。
聞こえるのは、自分の呼吸の音と、心臓の拍動。
だがあまりに無音なせいか、何か懐かしくにぎやかな声が聞こえてくるような気がした。
その、底抜けな孤独感。
押し潰されそうな寂しさ。
耐え難い別離の哀しさに、今すぐ泣き叫びたい。
怒りのままに、障害となるもの全てを惑星や星系ごと消し飛ばしてやりたくなる。
細身で引き締まった少女の肉体が、ミシミシと軋みを上げ
無気力に開け放たれていた口が、歯を食いしばり牙を剥き出す。
拳を握る赤毛の少女は、猛禽類のように腰を落として前傾し、遥か遠い銀河の彼方にあるモノを射殺さんばかりに凝視していた。
「借りは返すぜ…………!」
家族を思いやる優しい少女と、家族を脅かす者を喰い殺さずにはおかない猛獣という、狂乱の二面性。
または、目的の為の行動をひたすら積み重ねる、機械の如き冷徹なプロトコル。
村瀬唯理は自らの全能力を以って、戦局を
そして、遠く遠く、何光年もの闇の先にある故郷というべき場所に、いつか必ず帰ろう。
◇
聖エヴァンジェイル学園。
学生寮。
今日も天候に恵まれたようで、カーテンの隙間からは眩い朝日が差し込んでいた。
早起きの鳥は既に活動を開始しており、さえずりや羽ばたきの音が窓を通して聞こえてくる。
とても清々しい朝を迎えているのだろうが、いかんせん部屋の住人の片割れは、低血圧で朝が弱かった。
「んー…………」
と、起床時間を告げる目覚まし時計に、怨嗟の唸り声を上げるのみである。
「ああマズイ……今日は申請出す前にシスターに話を通しておくはずなのに!
ほら起きて! もう時間よ――――ってヒィ!? またこの
同室の少女が、未だまどろみの中にあるルームメイトを起こそうと、カーテンを払うように開け広げた。
外には青空が広がり、3階からは学園の敷地に隣接する街並みを見ることが出来る。
乱暴に窓を開けたせいで、小鳥が慌てて逃げていったが。
だが、シーツを剥ぎ取ると、今度はその少女がカウンターを喰らい悲鳴を上げた。
ベッドの上にあったのは、一切隠すモノを纏わない同姓をも惑わす魅惑の肢体である。
同世代なはずなのに、このフワフワして豊かな膨らみと悩ましい曲線はどうなっているのだ。
こんな美少女が毎夜あられもない格好で同じ部屋で寝ているとか、考えたら同室の少女は眠れなくなりそうなので、なるべく考えないようにしていた。
「クッ……!? もう先行くからね! シスターに怒られても知らないけど、あまり他の娘の幻想を壊すんじゃなくてよ!!」
少し考えた末に、そのルームメイトは寝坊した少女を見捨てた。
どうせいつものように勝手に追いつくのだ。心配するだけ損である。
それに、ヒトも気も知らずにハダカで寝返りを打つ美少女を、どう起こしたものか分からなかったということもあるし。
部屋が静かになると、ムームー唸っていた全裸の少女も、流石に時間が危ないと思いはじめる。助けてくれるヒトがいないと危機感を覚えるダメ人間パターンだ。
気だるげに上体を起こし、サイドテーブルの置時計を見ると、本格的に時間がヤバイ。
別に好きこのんでシスターに怒られているワケではないのだ。本人だって反省している。反省しても改善のしようがないだけで。
これ以上シスターの血圧を上げないよう、せめて遅刻しないように登校しなければなるまい。
そんなことを考える全裸少女は、シャワーも浴びず木製四段のチェストから下着を取り出し手早く装着。
次に学園の制服を身に着け、身だしなみ程度に化粧をすると、制服の一部である帽子を頭に乗せた。
そうして部屋を出る直前、扉の前にある全身が映る姿見で、自分の格好を確認する。
「む? んー……んー……?」
見てくれには問題ないが、目付きが少し険しいだろうか。
時間的余裕は無いものの、その女子学生は角度を変え表情を変え、見た目をチェック。
「よし、完璧」
そうして、キチンとお嬢さま出来ていると判断すると、赤毛の少女は部屋を飛び出し、学園へと走り出した。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・ポーラーエリソン
よれよれな半袖シャツの前を開けて着ている、だらしのない格好の男、ドーズ・フューレットが船長を務める宇宙船。
法的にグレーな物品の運び屋を生業としている。
初代パンナコッタを廃船とした現場に居合わせ、その
キングダム船団を離れた後、フリーの運び屋稼業に戻る。
・国連平和維持派遣軍
21世紀の起源惑星に存在した軍組織。
大国の意向に左右されない、真に人類の安全保障を担う組織として旧国連軍より再編成された常設軍。
起源惑星外の脅威に対抗する為に、実効性の高い人材と装備を揃えていた。
・ユーリ・ダーククラウド
国連平和維持軍、環太平洋艦隊所属、特殊戦略群第1大隊長代行。
当時の起源惑星における超人類、アドバンスドの上位4番目としても知られる人物。
個人情報は最高機密に指定され、大国の長でさえ閲覧を許されなかった。
上官に代わり大隊長として各地を転戦。第1大隊は通称『センチネル』と呼ばれ、最強の実働部隊と評される。
紛争の和平調停や対テロにおいても最前線に立ち、平和に大きく寄与した。
外宇宙からの脅威に対し、防衛不可能として母星からの撤退を提唱、強行しこれを主導したとされる。
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