119G.刺激により励起するケミカルリアクター

.


「はぁ……フロンティア星系への移住受け入れ枠、ですか」


 キングダム船団の運営体制は、大きく2系統に分かれていた。

 それは、船団の安全な運航全般を仕事とする『旗船船橋メインブリッジ』と、船団に属する乗員の生活全般を司る『船団事務局』だ。

 船団によって多少異なるが、ノマドは基本的にこの2部体制で運営されている。


 とはいえ、船という限定的な共同体コミュニティーにおいて、その生存を第一目的とする以上は、船内が船長を頂点とする専制制度を取ることに変りはない。

 船団という単位になってもそこは変らず、非常時において迅速な判断が何より求められる以上、そこに民主主義などという悠長な戯言を差し挟む余地は無いのだ。

 現実として、事務局は船橋ブリッジの下部の組織として扱われる。

 自由を求める船団にあって、変え難い矛盾といえよう。


 船団の存続と生存を至上命題とする、『旗船船橋メインブリッジ』という組織。

 これに対し、『船団事務局』はそれにより発生する不満を吸収する役割を求められることが多い。

 旗船船橋メインブリッジが武力と実力行使主義である一方、船団事務局は主に対話と平和主義である。

 宇宙の放浪そのモノが目的となる者は旗船船橋メインブリッジ側に多く、船団事務局には安定した生活と惑星への移住を求める者が集まりやすい。


               ◇


 キングダム船団事務局長ピーコックは、共和国中央本星の首都グローリーラダーに来ていた。

 目的は、共和国政府との折衝の為だ。

 船団事務局は、乗員の利益の代弁者である。

 惑星宙域への進入許可や、商取引の内容と税率、乗員の上陸許可や行動の許可範囲など、その都度交渉を行っているのだ。

 今回は、共和国本星プロスペクティヴァへの船団の帰還に先立っての交渉、ということであった。


 かと思えば、冒頭のセリフである。


「まことにありがたいお話ですが、ターミナスグループ、デリジェントグループ、と星系からの避難民を大量に受け入れ、113番惑星も急ピッチで整備している貴国も大変な時期なのでは?」


 メガネをかけた痩せ型の事務局長は、ビジネススマイルで遠回しに相手の申し出をお断りしていた。

 惑星国家内に移住者を受け入れる、という申し出。

 これは、ノマド相手にはよくぶら下げられるエサである。

 ターミナス星系でもそう言って働かされたし、フロンティア本星系でも当初共和国はこの条件で船団を取り込もうとしていた。

 つまり、ノマドに無茶苦茶な要求を行う時にチラ付かせる、渡す気などさらさらない見せ掛けの報酬なのだ。


 このんで宇宙を放浪するノマドの乗員クルーばかりではない。やまれぬ理由で故郷の星を追われ、安定した惑星へ移り住むのを望む者は、常に一定数いる。これもノマドの宿命だろう。

 そういった乗員の利益を求めれば、惑星への移住権は確かに欲しい。ましてやそれが、共和国本星系ともなれば、二度とないチャンスかもしれない。


 だからこそ、事務局長は相手の意図を警戒し、移住者受け入れの話など信じてはいなかった。


 そんなピーコックの考えを分かっているギルダン・ウェルスも、飴ばかりを差し出しはしないのだが。


我々は・・・憂慮しているのです、ピーコック事務局長。このままではキングダム船団は、良くない状況に追い込まれる、かもしれません。

 その前に、利益に変えられる者は手放しておくべきではないか、と」


「……おっしゃる意味が、よく分からないのですが?」


「既に貴船団は、我が共和国の最も大事なパートナーです。また貴船団にとっても、共和国が長い航海から戻る安息の港であって欲しいと願っております。

 この関係を変えるのは、誰にとっても本意ではない」


「ええもちろん、当船団も同感です。不安要素は、何をおいても排除するべきでしょう」


 滔々とうとうと噛んで含めるように言うギルダンに、怪訝な顔をしながら応えるピーコック。

 また何か面倒を押し付けられそうになったら、船団として武力を行使するのもいとわない、という意図も匂わせる。

 すると、ギルダンは我が意を得たりとピーコックへ向き直った。


「ノマドの意思決定の速さと正確な判断は美点ですね。共和国もかくありたいところです。

 貴船団なら、道を誤りはしないでしょう。先ほどの提案は、その支援と考えていただきたく」


「……ウェルス、フリートマネージャー。核心を伏せられたままでは、どのようなお約束もいたしかねます。

 それに、船団への脅威度如何によっては、船長会議にかけるべき事案ともなりますので」


 回りくどく本題に入ろうとしない企業幹部に、警戒から不機嫌に顔色が変っていく船団事務局長。

 そういうところが素人だな、という本心は欠片も見せず、ギルダンは殊更深刻そうに重々しく切り出す。


「まずは、ピーコック事務局長にご相談するべきだと考えたのです。ビッグ3連名による重手配犯・・・・が船団の重要人物とあっては、船長会議も混乱するでしょう。

 僭越ながら、先に根回しなりの調整をしておいた方がよろしいかと思いますが」


 先進三大国ビッグ3各国が指名手配する重犯罪者、と聞き、事務局長が緊張の面持ちで固まった。


 実のところ、惑星国家によるノマド乗員の指名手配など珍しくもない。

 また船団がそれを無条件で認める筋合いも無いのだが、三大国合同ともなると話が違う。

 それは、事実上の銀河最大の犯罪者指定だ。

 その影響は三大国圏に限らず各惑星国家にも及び、しかもそれがノマドの乗員クルーとなれば、船団が入国拒否される理由ともなりかねない。

 自由船団としては致命的だ。


 とはいえ、滅多なことでは共同歩調など取らない三大国が合意して指名手配する犯罪者など、10年に1度出るか出ないかである。

 いったい誰が、そしてどんな経緯でそんな話になったのか。


 それらの詳細をギルダンから聞いた事務局長のピーコックは、暫し理解ができずにいた。


               ◇


 キングダム船団の一隻、高速貨物船パンナコッタ2ndの内部は荒れていた。

 新入りである船長の妹がハリネズミの如くツンツンしているのだ。

 船内の空気が悪い。


 仕事だと割り切り職務を果たすことだけ考えれば職場の雰囲気などどうでもいい。

 と思っていた赤毛娘だが、こうなってみるとパンナコッタは職場というよりもはやリラックスできる実家なので、少々戸惑い気味である。


「マリーン姉さんの妹ってもキャラ違い過ぎだわな、当然かも知れんけど」


「あの、新入りのクセに睨んで来るの怖いー……」

「でも怖くて何も言えないよー……」


 そんなストレスが溜まり易い環境の中、村瀬唯理むらせゆいりは多少の気晴らしに、とお菓子作りに精を出していた。

 パンナコッタの船尾ダイニングキッチンには、萎れた顔でテーブルに突っ伏す褐色肌メイドの双子と、それほど気にした様子もないツリ目オペ娘がいる。

 フィスも唯理と同じく、仕事に集中すれば私情はカット出来るタイプだ。

 当然、自分の家で常にピリピリしている異物、しかも慕っている船長の実の妹とあっては、心中穏やかではないのだが。


「わたしはよく知らないけど、船長と妹さんも複雑な事情があるみたいだしね。

 その上、妹さんは社命を負って来ている節もあるし。打ち解けるにしてもそうじゃないにしても、まぁ当分様子見かな」


「って言うけどユイリ、おめグラダーのエアハイウェイであの妹とやりあってんだろ。なんか思うところねーの?」


「お互い仕事だと思ってるから、正直そういうのはあんまり……。それに、別に妹さんを信用しているってワケでもないしね」


 常在戦場な職業軍人の赤毛のセリフに何も言えなくなってしまうフィス。意図が分からない船長の妹より、こっちの方が問題な気がしてきた。


 そんなことを平然と言う唯理は、プチプチと音を立てる油の中からポテトのスティックを掬い上げる。

 だがコレは、メインとなるお菓子の塩味カウンターだった。

 本命は冷蔵庫で急速冷凍中。

 その前に、オーブンの中のクリームチーズのスフレも焼けそうである。


「はーいフライドポテトできたー」


「わーい!」

「アツアツー! いやホントにアツッ!?」


「熱いから火傷しないようにって言う暇も無いなキミたち」


 合成樹脂のカゴに盛られた瞬間に手を出し、お約束のように手を引っ込める双子。

 赤毛はもはや感心する。

 オペ娘さんも呆れながらポテトに手を出し、揚げたての熱さにやられるという双子と同じ失敗をして痩せ我慢していた。


 直後に、オーブンの中から大きなワンホールの焼き菓子も出てくる。このあたりで、珍しく船医のユージンと操舵手のスノーもやってきた。

 同席するのは珍しいが、唯理の作る料理は必ず食べるのだ。

 なお、この場にいないエンジニア嬢とメカニックの姐御と船長は、シフト中である。後で差し入れることになるだろう。


「甘かったり塩っぽかったりなのね。味覚の慣れ防止かしら?」


「んな深い考えはないですけど。何となく作りたかっただけで。というか食べたいというリクエストがあっただけで」


「オレらが言うことじゃねーけど節操ねぇな」


「ほらスノー、お口開けて」


「おお、なんかエロい…………!」

「ユイリわたしもー!!」


 フライドポテトを水色少女の口に運ぶ船医。妙に扇情的に見えるのは赤毛だけではないらしい。

 同じ動作でも、双子が唯理にやるのはなんか違った。

 こちらはなにやら小動物にエサをやる感じ。


 フィスも考えたが、自然に事に及ぶルートが見つからなかったので、大人しくスフレ食べてた。

 フワフワでとろけるほど滑らかなのにチーズのこくと控えめな甘さがスゴイ(小並)。


 そうして最後に唯理が出すのは、涼しげな透明の器に、白と赤のマーブル模様のプルプルした中身。中心にちょこんと緑の葉の形をしたゼリーをあしらったお菓子だ。


「なんだか、やっと作れた感じだなぁ……」


 出来栄えを見て、しみじみとつぶやく赤毛娘。

 それは、主に牛乳と生クリーム、ゼラチンで作る冷たいスイーツ、パンナコッタである。

 今回はそれにイチゴソースを混ぜた。


「これがなぁ……。似たようなの前も作ってなかったか?」


「ムースとかタルトのヨーグルトケーキ部分にも似てるけどね。全て自然素材でパンナコッタを作ったのは、多分はじめてじゃないかな」


 唯理たちの船、パンナコッタ。恐らくその名の元ネタであろう、過去の地球に存在したお菓子だ。現在までにどんな存在として伝わっているのかは知らないが。

 これを作ることで、なんとなく唯理は過去の料理の復活に、一区切り付いた気がした。

 少し前まで味覚神経を無視したケミカルペーストが人々の一般食であったのがウソのように、今は船団と共和国を中心として21世紀の料理が急激に広まりつある。

 改めて思うと、やっぱり人類ムリしてたんじゃないのか、と唯理は問い詰めてやりたい気もしたが、そこはいいだろう。

 自分の食事事情が改善されれば、21世紀出身の赤毛JKとしても文句は無いのだから。


 パンナコッタ(スイーツ)を口にし、ツリ目オペ娘は自然と遠い目になっていた。

 なにせフィスにとってのパンナコッタ(船)と言えば、自分の母船となるこの宇宙船のことだ。

 故に名称的に違和感しかないのだが、爽やかな甘みと心地よい冷たさを味わうと、もうこっちがパンナコッタでいいんじゃないかな? という気分になってしまう。


 一方で、なにやら「パンナコッタを喰らう!」と勇ましくスプーンを咥えた双子。

 こちらは一口食べて間もなく和んだ。美味しければ何でもいいらしい。


 気だるげな船医は水色操舵手の小さな舌を弄ぶように、スプーンでプルプルしたスイーツを流し込んでいた。

 食べ物で変なプレイしないでほしい、思う赤毛パティシエだが、楽しみ方はヒトそれぞれだと思い直し、口出し無用とする。


 このように、リラックスしたオヤツタイムを楽しんでいた非番組。

 女の子は甘い物があればだいたいどうにかなる、というワケではないだろうが、慣れない環境に疲れた気持ちも回復してきたようだった。


 と思ったのだが、


「ここでもデリカレストランのようなことをやっているのね。ああ、だから『2号店』」


 同じ船に乗る以上、話題のポニテ妹とエンカウントするのは、不思議でもなんでもなかった。


 それまでのほのぼの感が一転、双子メイドが露骨に固まり、ツリ目オペ娘がスイーツ食べ続けながら無言で一瞥。

 唯一船医が「あら」とだけ発したが、それだけだった。水色操舵手はもともと無口なので。


「食べる? 100%自然食材で、わたしの手作りになるけど」


 とりあえず同じ船に乗る者として、餌付け的な歩み寄りを試みるサバイバー赤毛。

 新参のポニテは、テーブルに並ぶ諸々を品定めするように見ていたが、つまみ易そうなポテトを口にしていた。


「面白いスキルを持っているのね。最近流行りのデリカレーションをディスペンサー無しで作れるんだ」


「ユイリはレーション作りの天才だよー! エイムではメナスを全滅させてレーションでは船団のみんなの食生活を全滅させる最強の無自覚系エロ美少女!!」

「かつてケンカを売ったローグ船団とか共和国のPFCとかみたいに地獄を見ることになるのさー!」


「ふたりの中でわたしってそんな感じなの?」


 リリスとリリアのふたりによる、唐突なスカイに対するデンジャラス唯理アピール。いったい何を強固に主張しているのか。

 恐らく、ここぞとばかりに赤毛の猛獣をポニテの不審者への抑止力にしようと考えたものと思われる。


 実質的には唯理がひとりでダメージを負っていたが。瞳から光も消えていた。


「平和なものね」


 そして、威嚇されたスカイ本人に、その効果は見られなかった。

 ポニテの少女は双子や赤毛のやりとりを見ながら、突き放すような響きを含ませそう零す。

 やはり、好ましい感情は持たないようだ。


 スカイは席に着くこともなく、2本3本とポテトをつまみながらダイニングキッチンにいる面子を見回し、おもむろに口を開いた。


「で……この船に乗っているのって、みんな姉さんの愛人なわけ?」


「何言ってんだお前?」


 平然ととんでもないことを言い出すポニテ娘に、思わず素で問い返すつっこむはツリ目少女。

 脈絡も突拍子もねぇなコイツ、とフィスは思う。確かにウチの船長は女の子好きだが。


「だってこの船のクルーって、姉さんの好みに合いそうな女ばっかり。そういう目的の船だと思うでしょ?」


「知らんわ。ハイソサエティーズの趣味じゃあるまいし」


「じゃあ姉さんはこの船で何をしようって言うの? ノマドと一緒にあてもなくフラフラしているワケじゃないんでしょ?」


「それこそマリーン姉さんに聞けばいいんじゃね?」


 富豪のハイソサエティーズなどは、異性ばかり集めたハーレム船を作ることがある、というのは割りと知られた話。

 だがそう思われるのは、少なくともフィスにとっては心外であった。

 それに、宇宙の航海で常に気を張っていなければならない自由船団の苦労を知らない惑星住民に、勝手なことも言われたくない。


 ぶっきらぼうなツリ目少女のセリフにムッとするポニテ娘だったが、丁度そこに来たのが話題のヒト、マリーンである。


 マリーンも自分たちの船に乗り込んできた妹のことを気にしていたので、休憩時間に様子を見に来たのだが、ダイニングを見てやはり何か問題が起こったか、と。

 こういうことは、通信では分からない。


「スカイ、ウチの娘・・・・たちにビッグブラザーの常識を押し付けないでちょうだいね。

 それとユイリちゃん、船団長から113WRでの訓練の許可が出たと伝えてほしいって言われたわよ。メッセージが入っているんじゃないかしら?」


「はい? あ、ホントだ。テラフォーム中の惑星内の訓練は許可出ないだろう、って言われてたんですけど」


「惑星の防備にローグ大隊が出ているのが見えれば、共和国にもプラスになるからじゃないかしらね。船はまたフラミンゴウッドを使うの?」


「ウィンド船長も積極的に協力してくれますから。あのヒトも結局軍人気質が抜けないタイプなんでしょうね。ローグ大隊の自分の船での運用に興味があるみたいで」


「ウィンド船長、あんなキャラでヴィジランテじゃゴリゴリの実戦派だしなぁ……。

 フォルテッツァとかオーバースペック艦が入るまでは船団の主力だったし」


「事故に備えてパンナコッタも待機させておいた方がいいかしら?」


「ミスって落ちるようなヤツは放っておいていいと思いますけど……まぁ、いざという時の保険としてはありがたいです」


 何を考えているのか分からない妹に睨みを利かせると、ついでに船長は赤毛の少女に業務連絡。

 惑星改良テラフォーム中の星でローグ大隊の訓練を行うので、その段取りを相談していた。

 ちょどよいので、新作のパンナコッタ(スイーツ)を食べながら話しをする船長。


 そんな姉と赤毛の女が話し合っている姿に、スカイは既視感を覚えると同時に酷くカンに障った。


               ◇


 フロンティア星系、惑星フロンティアG113W:R。


 小さな海と水蒸気と雲の大気層、人工の補助太陽が軌道上を回る、惑星改良テラフォーム中の水の星。

 その軌道上には、艦首に向かって鋭い形状の、無骨な重戦闘艦の姿があった。


 ファルシオン級フラミンゴウッドⅡ、全長3,000メートル。

 現在、キングダム船団所属の機動部隊、PFOローグ大隊の訓練を支援中である。


「R001より大隊のチンピラ諸君、そろそろお前らには文明の利器を使った文明的な戦い方を覚えてもらおう。

 見ての通り惑星大気内は視界ゼロ、文明的な言い方をするなら光学センサーが役に立たない状況だ。

 頼れるのはセンサーと自分の頭のみ。戦術支援システムに頼るな、のんびりシミュレーションなんか見ている間に撃墜されるぞ。与えられた情報からテメェの脳内で状況を組み立てろ。

 理解したかローグども!?」


『サーイエッサー!』

『サーイエッサー!』

『サーイエッサー!!』


 灰白色に青のフルカスタム機、スーパープロミネンスMk.53_イルリヒトは、雲の峡谷の間を飛行中だった。

 ずんぐりとしたダークグリーンのエイム、ボムフロッグの編隊も、小隊ごとに別の場所を飛んでいる。

 模擬戦を前に待機中だ。

 赤毛の大隊指揮官が容姿に似合わない覇気で怒鳴ると、通信越しに兵士たちが緊張感に満ちた声で応える。


 ローグの部隊練成は地味に進んでいた。

 これまでは気合と根性と鍛えた身体能力任せの戦闘を行っていたが、ここからは多少無駄を省いた合理的な作戦行動というヤツを覚えさせようと考えている。

 正直難しいと思うが、自分の部下である以上やらせないワケにもいかない、というのが赤毛の大隊長の本音であった。


 白雲をブチ抜く3機編隊のエイムが、三角形を広げるように散開する。基本的な索敵警戒のフォーメーションだ。

 その重力直上方向から、訓練の低出力レーザーを放つ別部隊。

 どうにも気が抜けているように見えたので、そこに襲いかかる灰白色に青の大隊長機。

 共有帯域で上がる野郎の悲鳴。

 概ねいつも通りな地獄の訓練風景である。


「そろそろ私に一発喰らわそうって骨のあるタフガイはいないのか!? 連携し動きを読み獲物を誘い込め!」


『無茶言うんじゃねぇ隊長このヤロウじゃないアマ!?』

『これが文明的な戦術なのか!?』

『チーム分けて模擬戦とかどころじゃねーだろあんたが乱入すると!!?』


 一万メートルを超える積乱雲の周囲で逃げ回るエイム部隊。良く言えば実践的な訓練であろう。


「結局これがユイリの素なんだろうなぁ……。いつもああ・・だと困るんだけど、もしかしてオレらの前でアイツ無理してる?」


「ユイリちゃんがなりたい自分にカモフラージュしていると思えば、健気でかわいい――――」


 流石にそろそろ赤毛の本性に気付きはじめる、パンナコッタの船首船橋ブリッジにいるお姉さん方。

 これをちょっと残念に思うツリ目オペ娘に対し、好意的に捉えるのが船長であるらしい。年季の違いか。


『オペレーター? カーゴドアコントロールが応答しないわよ。出るから正面を開けなさい』


「――――ってスカイ!?」


「え? 妹出るの? なんで??」


 そんなことを話していたならば、唐突に飛び込んでくる格納庫からの通信。

 その相手は、船長の妹であるスカイだった。


『ユイリ! なんか妹がエイムで飛び出してった! そっちに向かってる!!』


「らしいね。レーダーで捉えてる。R001より第1中隊各機、接近中のエイムはフレンドリー。撃つなよ」


 赤毛の大隊長が接近中の機影に気付いた直後、パンナコッタのオペ娘からも連絡が。

 どうやらスカイが強引にエイムで出撃してきたらしい。身元引受人の姉が申し訳なさそうにしていた。

 エイムの頭部センサーを集中させると、断熱圧縮の炎を纏い大気圏へ高速侵入してくる物体を映像で確認できる。


 細身の中型フレームに、共和国の特色である曲線を多用したオレンジの装甲。

 ボムフロッグと似た印象を与える大き目の脚部と、合理的に配置されたブースターノズル。

 背面と肩部に増設されたブースターユニットに、脇に抱えている長砲身レールガンが印象的に映る。

 連邦軍に制式採用される傑作機、プロミネンスシリーズを共和国企業でライセンス生産した異端のエイム。

 ケープ・ギャラクティカ・リパブリック社製造。


 フレア OF-PB2、そのカスタム機である。


「私も訓練に参加させてもらうわよ。ローグ大隊とそれを作った隊長の実力、見させてもらうわ」


 灰白色のエイムのすぐ脇を突破し、反転上昇するプロミネンスの兄弟機。

 その機体は、唯理もよく知っている。なにせ、つい先日スカイの搭乗機としてパンナコッタに搬入されてきたので。


 とはいえ、いきなりそんなことを言われても赤毛の大隊長だって困る。

 訓練であっても実戦的であるが故に、事故など珍しくもなく常に危険と隣り合わせなのだ。時には死者だって出る。

 唯理とローグ大隊にしても、模擬戦前には入念に打ち合わせを行い、兵士の頭に段取りが入っていなければ締め上げてやるのだから。

 だというのに飛び入りなど認められるワケがない。


「訓練に参加したいなら事前にミーティングを受けてもらいたい、スカイ。アドリブの訓練なんて、もう実戦と変らない」


『それなら私が仮想敵機アグレッサーをやってあげるわ。想定は母船・・への想定外の奇襲。止めてみなさい!!』


 しかし、飛び入りの参加者は赤毛の責任者のセリフなど知ったことではなく、電子妨害ECMを展開しながら加速し分厚い雲の向こうに消えてしまった。

 完全に戦闘機動だ。


『なんだありゃあ!? おい本気か? どうすんだよ隊長!!?』

『ウチの妹がごめんなさい!』

『完全に消えた! いい電子装備だなぁオイ電子戦機並みか!?』

『やるってなら防御フォーメーションか!? やっていいのか隊長よぉ!?』


 あまりの急展開に、付いていけないローグ大隊第1中隊と、モニター中のフラミンゴウッド及びパンナコッタ。通信帯域内も混乱している。

 唯理も戸惑うには戸惑うのだが、なにせ頭の中の戦闘機能が独立しているので、判断の方は早かった。


「分かっているならすぐに必要なことをやれ第1中隊! 敵はアンノウン1機! 目的は不明!

 R111! 11ファースト、ローガン! 敵機が母艦を攻撃する恐れあり! 警戒させろ!!」

『イエッサー! 11ファーストより121、131はウィング単位で散開! 索敵警戒だ! 141と151はフラミンゴウッドの直掩に入れ!!』

『R131コピー!』

『141コピー!!』


 大隊長から中隊長に命令がいくと、思いのほか良い反応で末端まで指示が行き渡る。

 やはり、状況が発生してからマニュアルを見て戦術システムに相談などしていては、こうはいかない。

 散々仕込んだ甲斐もあるというモノであろう。


 ローグ大隊第1中隊、隊長はR111、ローガン。

 第2小隊、第3小隊、計14分隊、エイムにして84機は、3機ごとに分かれて周囲1,000キロの索敵行動に入る。

 第4、第5小隊は軌道上に上がり母艦のフラミンゴウッド2ndに合流。防御体勢に移った。

 中隊長の第1小隊は予備戦力だ。


 割と形になっている、と思いながら、赤毛の大隊長はパンナコッタまで戻り様子見の構えだった。

 スカイが何を考えているのか分からないが、問答無用ではやって見せるほかない。

 船長が珍しく通信で怒鳴っているが、無駄なのは唯理にも分かっていた。


『12ブルーより機影……!? IFF応答なし! ビジュアルコンタクトロスト!!』

『いた!? 高度20,000付近! 基準点N080方向から120へ移動!!』

『今見えた! 熱も重力制御も未検出!? どういう動きだよ!!』

『080から120ってこっちの――――センサースキャンを受けてる!? アラート! 回避! 回避!!』


 姉が暴走する妹を止める暇も無く、ローグ第1中隊の哨戒部隊が敵機と接触。早くも交戦状態に入った。

 相手ものんびりやる気はないらしい。


 スカイは単機、そしてローグ大隊は急ごしらえとはいえメナスと戦えるだけの突破力と迎撃能力を備えた強力な部隊だ。

 唯理はハイウェイの戦いでしかスカイを知らない。

 さてエイム乗りとしての腕と戦術はどんなもんかな。と、お手並み拝見ぐらいに思っていたのだが、


『このヤロウいやアマ!? 当てて・・・きやがる!!』

『11ギア! 後方に回り込んで挟み込め!!』

『どうなってんだコイツ!!?』


 戦闘は赤毛の大隊長の想定しない展開となっていた。

 スカイの汎用型エイムが装備するのは、長砲身のレールガンと予備らしきアサルトライフル型レールガン。

 主武装の長物は、分裂型弾体との撃ち分けが出来るらしく、仮想射撃データ上の射界が広い。

 つまり弾がバラけるので当たり易いのだが、それを差し引いてもスカイの命中精度は非常に高かった。

 加えて、肩部の推力偏向ブースターを上手く使い、高い機動力を見せている。

 耐加速性能も、40Gを上回りローグ大隊に引けを取らない。


 これだけならどこかの赤毛と似たタイプだが、実際の戦闘を見ると、明らかに違っていた。

 唯理が高い技量と鍛えた身体で高機動戦闘を行うのに対し、スカイはとにかくよく当て、よくかわす。

 してその戦術は、大胆に突っ込み、強引に抉じ開けるという。

 単機でそんなことをすればすぐに落されそうなものだが、高い機体性能と電子装備もよく活かし、ローグからの直撃を許さなかった。


 マリーン船長だけは、その姿に懐かしさを覚える。

 妹のスカイは、昔からそうだ。

 自分が頭を捻り、ない知恵絞ってことを成すのに、この妹は直感や力技で急場を乗り越えてしまうのである。


 騎兵が槍で敵陣を突破してくるように、ローグ大隊の哨戒部隊も抜かれてしまった。

 オレンジのエイムは大気圏を駆け上がると、薄水色の大気層が地平線のようになっている低軌道で宙返り。

 フラミンゴウッドを後方から強襲する位置を取る。

 あっさり2個小隊が抜かれたので、母艦直掩の第4第5小隊も動きが慌しかった。いつも似たような感じだが。


『にしても本当によく当ててくるなぁ、マリーン船長の妹ってヤツ。共和国が表に出していないダイナミクスシミュレーターかな?』


「いや、アレは単純に勘がいいんだと思う。時々ああいうの・・・・・はいるね。それに、あの動き…………」


 少し離れたところでフラミンゴウッドと併走する、パンナコッタ。

 その間近で待機する即応展開部隊ラビットファイアと唯理は、大騒ぎな模擬戦をどこかのんびり見物中だった。

 事故が起こらないか注意はしているが、こうなってみるとローグ大隊とスカイはなかなか良い勝負をしている。


 大型格闘機のミニマッスル、コリー・ジョー・スパルディアは、スカイの能力は乗機エイムの性能によるモノかと言うが、唯理はそれを否定。

 稀に出てくる天才型のパイロットだと考えていたが、戦場を見ているうちに、それとはまた違うことに気が付いていた。


『あれ? こっちの方に来ますね。側面から――――』


『いやセンサースキャン来てるし!? 何でこっち来るんだよ母艦・・狙いって言ったじゃん!!』


「なるほど……確かに、どの船を攻撃する、とは言ってないね。

 R001、インターセプトする。わたしだけでいい。あっちも最初からそのつもりだろうし」


 フラミンゴウッドの直掩部隊をツツいていたスカイの機体が、大きく回り込む軌道を取ると思わせた直後、パンナコッタの方へ進路を変え一気に加速する。

 スカイは『母船』を狙うとは言ったが、それがフラミンゴウッドだとは明言していない。

 これも作戦だとすれば、確かに誰かを思わせる戦略家だ。

 電子戦機のロリ巨乳や、ピンク跳ね髪のケンカ屋は慌てているが、赤毛の少女は苦笑いだった。


 ラビットファイアをパンナコッタの直掩に残すと、灰白色に青のエイムも、仮想敵機アグレッサーの方へブースターを爆発させ加速。

 言いたいことがあるのなら、自分の方から聞きに行こうではないかと思う。

 プロミネンス改イルリヒトと、フレア。

 2機のヒト型機動兵器は、実戦さながらの高機動で、絡みつくようにぶつかり砲火を交えていた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・指名手配犯

 ある国の法に照らし、これを犯した者の指名を公開し法の下に拘束する対象であるのを示す。

 ただし、手配された国家の法圏外では無効。

 自由船団とその乗員は、惑星国家の基準ではしょっちゅう犯罪者扱いされている。

 多くの場合、ノマドの見解では法を犯したことになっていない。




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