118G.是非もなく拭い難しディスターバンサー
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共和国中央星系『フロンティア』。
惑星フロンティアグループ113W:R、静止衛星軌道。
恒星から113番目と遠い、氷の塊の星。
しかし現在、この惑星は共和国政府主導で
重力圏内を航行できる上下に長い舵のような形の宇宙船が、両翼に搭載する巨大大気精製装置から膨大な白煙を噴出している。
酸素の材料となる水は、足下にいくらでも存在していた。
大気の層が熱を溜め込み、莫大な量の氷を溶かし海を形成する。
白雲は大気圏の低層を覆い尽くし、積乱雲の狭間を舵の宇宙船がゆったりと巡航していた。
遠い太陽の光を集める超大型の集光鏡アンテナが、雲と海の惑星を照らしている。
いずれこの星には海上都市が建設され、ターミナスとデリジェント両星系の避難民が移り住む予定だ。
それまでは、開発の前線基地となる軌道上プラットホームと、接舷した宇宙船の中で生活することになる。
薄い板に似た全長15キロにも及ぶコロニー構造体が、中央を軸に何基もがプロペラのように角度をズラし重なっていた。
ノマド『キングダム』船団と、旗艦クレイモア級『フォルテッツァ』も、同プラットホームに停泊中である。
開発特需最前線となる113W:Rの軌道上プラットホームは、ヒトの出入りが非常に激しい。
宇宙港の接舷ブリッジは常に使用中で、乗員乗客が激流となりターミナル内を行き来している。
接舷ブリッジが使えない船の乗員などは、
そこからまた、小型の降下艇やヒト型重機械に乗り換え、惑星に降り自らの新たな故郷を作る作業に従事するのだ。
しかし、ある船でやって来た者たちの目的は、それとは全く異なっていた。
宇宙船からして、並みの人間が持てるようなモノではない。
黒水晶のように透明感があり、一体成型による継ぎ目のない船体。
無骨さの欠片も無い、後退翼機に似た洗練されたデザイン。
そして、一般の市場には出回らない高性能な船内装備。
そんな宇宙船に乗っている者たちが、尋常な身分であるはずもなし。
「パトリック法整官、『キー』が戦艦クラスに戻ったと報告が」
「ファイナルガードは予定位置に付いています。現在命令を待って待機中」
「議長への報告は、どうされますか? サーパトリック」
最も上等なゲートブリッジを通りターミナルに入ったのは、最高級ではあるが一般的なビジネススーツを纏う男女の15人だ。
共和国でも連邦でも、銀河のどこででも通用するスタイルである。
「…………ポールマン議長への報告の前に、ひとつ確認しておきたいことがある。諸君はキーと、一応コッキーの監視も。
私は船団の旗艦へ入る」
そして、まだ若いが明らかに他の者とは格が違う男。
血筋の良さを思わせる物腰と、芸術的に精悍な容姿と逞しい身体。
自分より年上の者を従えて違和感のない、滲み出るカリスマ性。
ジャン・パトリック・エイブリーという特別な名と立場を持つ男は、滅多に行わない単独行動でキングダム船団の旗艦へ向かうべく、小型艇に搭乗していく。
ちょうどその時、プラットホームのすぐ脇をローグ大隊が通過し、編隊飛行するヒト型機動兵器の姿に人々は声を上げていた。
◇
ノマド『キングダム』船団、旗艦『フォルテッツァ』。
通信で大方のことを済ませられる時代ではあるが、結局は面と向かう以上に信頼できる一次情報は存在しない。
所詮はヒトの作ったテクノロジー。通信は盗み聞きされることも、あるいは介入され改竄されることさえあった。
そのようなワケで、キングダム船団でも船長会議は基本的にひとつ所に集まり開催される。
場所は、フォルテッツァ
「ローグ大隊がお世話になりました、ウィンド船長。ウチの連中、ご迷惑おかけしませんでした?」
「気にするこたねーよ
それに連中、前に比べりゃ随分お行儀良くなったもんさー。いったいどんな
「地に足を着けることと、足下が崩れたらどうなるかを教えただけですよ」
会議が終わると、大勢の船長に混じり赤毛の少女も外に出てくる。
主要メンバーとして、船団の運営に関わる会議にはだいたい呼ばれる。
一緒に出てきた背の高いアフロヘアーは、『フラミンゴウッドⅡ』の船長、ファズ・ウィンドだった。
見た目通りソウルフルなブラザーで、船団には古参の参加者となる。
自由と音楽を愛する男だが、元は生粋の連邦艦隊士官だったとか。例によって動脈硬化した法と規制に飽き飽きした口だ。
そんな諸々の経歴もあり、現在はフォルテッツァと同規格の超高性能宇宙船、ファルシオン級3,000メートルの船長を任されている。
唯理とはデータアーカイブの中から過去の地球の音楽データを掘り出しては交換する仲だ。
パンナコッタのお姉さん方とはいまいち趣味が合わない部分なので、貴重な人材である。
ローグ大隊も忙しくなり、唯理が直接指揮を執らず別行動を取ることも多くなった。
少し前の仕事もそれで、別動隊はフラミンゴウッドを母艦とし、本隊と船団との連携作戦を展開していた。
赤毛の隊長としても離れた状態でチンピラ兵士どもが命令に従うか不安ではあったが、特にフラミンゴ内で暴れたということもなさそうである。
実際そうなっても、ファズ船長ならどうとでもするだろうと考えての配置だったが。
「まだまだ愚連隊ですけど、少しは頭を使った狩ができるようになりましたかね」
「今のローグ大隊は、言っちゃなんだが単なる大隊規模の戦闘集団だからなぁ。メナスを落せるのはスゲーんだが」
十分ではないと鼻を鳴らす赤毛の美少女に、普段の陽気さを抑えて言うアフロ船長。
そんなふたりは今から自分の船に戻るのだが、その為に艦内トラムへ乗ろうとしたところで、唯理はたまたまマリーン船長と合流。
「……ユイリちゃん」
パンナコッタの長女とも言うべきお姉さんは、不安を隠して取り繕うような笑みをしていた。
◇
マリーンの妹、スカイは
裏の人員アザーズから、表へと配置換えになったらしい。
その新たな業務は、キングダム船団との実務レベルでの
既に交渉の窓口として船団と接しているギルダン・ウェルスとは、役割が異なるという話だった。
そのようなワケで、以前と違い今回は堂々とマリーンに接触を求めてきた。
「お久しぶり、姉さん」
「ええ……アマナジオ以来、ということでいいのかしら?」
惑星フロンティアG113W:R、軌道上プラットホーム内、展望室にて。
同じ栗色の髪の姉妹、緩く巻いているマリーンとポニーテールのスカイは、白く煙る星を見下ろす部屋で対面している。
マリーンの言う『アマナジオ』というのは、スカイが戦死を偽装した惑星の名前だ。
実際には、少し前に共和国中央本星の首都グローリーラダーで会っているのだが、誘拐未遂の件はなかったことにされたらしい。
詳しいことはパンナコッタの皆にも知らされていないが、スカイの上役とマリーンが直接話して手打ちにしたとかいう話だ。
だとしても、以前のこともあるので赤毛の少女とメカニックの姐御が護衛に付いていたが。
ポニテの妹が、ボディーガードの赤毛娘に一瞬だけ視線を向ける。
敵意が隠し切れていないが、唯理の方は特にリアクションしない。
そんな事情で特に感動の再会という展開にもならず、微妙な空気のままスカイは着任的な挨拶を済ませた。
これからスカイは、キングダム船団と共和国企業の密な連携を取る為に、双方の意思疎通を円滑に行うべく働くことになる。
つまりパンナコッタと姉にだけ関わっていれば良いワケではないのだが、マリーンに強い眼差しを向ける妹がその辺を理解しているかは不明だ。上司も放任気味らしい。
そんなユルド社会長と直属の部下の押しの強さを感じ、マリーンは珍しく微笑すらない硬い表情でいた。
◇
当然というか、スカイにとって社命など二の次である。それは直属の上司である会長も承知の上だ。
性格的に致命的に企業人として向かないポニテの少女が今までやってこれたのは、
基本的に好き勝手やらせて実益を得るという、器の大きな者ばかりだったようだ。姉然り、今の会長然り。
こうして、表立ってマリーンと顔を合わせられるようになった、翌日。
ポニテの妹は、パンナコッタⅡに乗り込んできた。
名目上はユルド社の業務としてだが、この少女にとって業務なんてモノは、徹頭徹尾単なる建前か手段である。
「それで? ミレニアムフリートの方はどこまで掌握できているの? 姉さん。
ユルドや他の企業でも艦隊の船は押さえてるけど、どうやっても起動できないでいるし。
姉さんにはあと何が必要? 何が邪魔になってる?」
「……ちょっと待ちなさいよスカイ」
マリーンの私室に入った直後、スカイは溜め込んでいた疑問を一気に解放してきた。
ここでも警戒の為にダナや唯理が同席しようとしたが、家族間のプライベートな話がある、とスカイに睨まれ、マリーンに申し訳なさそうにされながらふたりだけにすることに。
それで何の話かと思えば、マリーンが
確かに、他の者がいる前では話せないと思うだろう。
スカイが知らないだけで、パンナコッタの皆だけが知っている情報ではあるのだが。
「ミレニアムフリートの掌握って……この前もそんなことを言ってたわね。
どうしてわたしがそんなことを画策しないといけないの。キングダム船団が持つ艦隊の船だって、偶然動かせているだけなのよ?」
「姉さんが手が届く位置にある獲物に手を出さないなんてありえないもの。
捕れると思えば企業、組織、資産、情報、人間まで、なんだって分捕って利用して使い捨てにしてきたでしょ?
その姉さんが、ミレニアムフリートの一隻で満足する? 信じられない」
フンッ、と鼻を鳴らして吐き捨てるポニテの妹。
姉の方は、普段の優雅さを一切無くして、お腹の具合が悪いような顔をしていた。
スカイと死に別れた、と思い共和国を離れてから、それなりに時間がたっている。
その間に自分も変った、という自覚がマリーンにはあるが、妹にとっては過去の姉のままなのだろう。
スカイのセリフは、過去の自分を鏡で見せつけられているかのようだった。
とはいえ実際何も企んでなどいないのだから、なんとか否定せねばと思う。
「…………この船にしたって、よく分からないまま使っているのが正直なところよ。メナスのような相手と戦うには必要だから。
今のわたしにミレニアムフリートを手に入れようとかいう野心なんて無いの」
「それなら、なぜこんなノマドなんかに? 三流の惑星国家の都合であっちこっちフラフラさまようようなノマドにいて、どんなメリットがあるって言うの?
どうしてわたしを……共和国を出てノマドに入ったのよ?」
「共和国を出たのは、そうね――――――」
姉のマリーンは、飽くまでもキングダム船団への所属に裏の意図は無いという。
共和国とカンパニーを離れたのも、スカイとの死別で目が覚めたからだ。
地位、資産、権力、貪欲にそれらを求め、自分の命と意志と代えの効かない何もかもを賭け、目を血走らせて企業のピラミッドを這い上がったところで、その頂点にあるモノに意義を見出せなかった。
そこは恐らく、共和国という存在に、欲望や野望といったモノ以上の何かを求めなければ、相応しい場所ではないのだろう。
今になってそう思う、と。
スカイの姉は、見たこともない透き通る様な表情で語っていた。
「それよりは……少なくとも前よりマシなことに命を使えていると思うわ。今はね。
それに、離れてみて分かることもあるの。
スカイ、共和国というシステムは、駆け上がらなければ生きてはいけない構造になっている。そうやって全ての国民を必死にさせて、成果の上前を跳ねる。それで成り立つ国家なのよ」
「そんなの……いまさら――――」
「ええ、ある程度共和国の内部事情を知れる立場にいれば、誰でも分かることよね。
そして、それが当然のことだと思ってしまう。
何もかもを奉げて成り上がるのに、何の疑問も持たせないのが共和国の本当の怖さなのよ。
わたしはアナタを亡くしたと思った時に、多分気付けた。船団に来て、新しい価値観を得て、今はそれが正しいことだと確信している。
ヒトの繋がりは得がたいもので、投資に注ぎ込んでいい資産なんかじゃないのよ。
今のわたしには、家族同然の船のクルーも船団の仲間もいる。アナタもそうよ。前はとても姉妹とか家族って言える関係じゃなかったけど」
かつて、自分たちの全てを賭けていた、共和国での生き方を否定する姉。
だがそれ以上に、スカイには我慢ならないモノがある。
「誰にも左右されない自由な生き方、守っていきたいと思える
こんな腑抜けた姉、見たくなかった。
◇
本人は否定したものの、マリーンが
よって、船団との
自分は船長の妹! という強固な主張により、パンナコッタ内に部屋も確保。
何の問題もなく姉に張り付ける体制を作り上げた。
異物が入り込んだことで、当然ながら
悪魔のような姉(褒)を
特に目に付くのが、当然のように姉の隣にいる赤毛の女だ。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・軌道上プラットホーム
惑星の低軌道から静止衛星軌道の高さに設置される人工の構造体。
惑星への出入りの際の玄関口、または宇宙空間で労働を行う者が利用する居住施設。
基本的に推進機能を持たない。
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