EXG.プライマルボディ プリミティブテイスト

.


 宇宙船という閉鎖空間において、運動不足という問題は避けて通れぬ課題である。

 身体を動かさなければ人体は衰え、結果として多くの問題を発生させるが、そもそも身体を動かすスペースが確保できないという宇宙船も珍しくない。

 これに対し、宇宙をゆく人々は様々なテクノロジーを用い、解決を図ってきた。

 薬学的インジェクションによる筋肉増強、リテンションワイヤーによる身体を動かす仮想現実VR体験、外部から筋肉に信号を与えることで運動と同様の効果を引き出す『MSASエムサス』。

 そうしていつしか、運動という行為自体が一部の人種の特別なモノとなり、宇宙船乗りは肉体の維持を機械任せにするようになっていった。


 ところが、21世紀の赤毛女子高生、村瀬唯理むらせゆいりはそんな他人任せ筋肉に満足できなかったのである。


                        ◇


 ノマド『キングダム』船団、高速貨物船『パンナコッタ2nd』。

 エクササイズルーム(仮)。


 なにせ日頃運動していないお姉さんばかりなので、身体は一様に固めでいらっしゃった。

 よって赤毛の少女も仕方なく、心を小鬼にするのである。


「ふんぬぅううう!?」


「だいじょうぶー、まだイケる、まだイケる」


 床に座り、脚を開いて前屈する、メガネに大きなお下げ髪のエンジニア少女。

 その背中から、赤毛の少女が圧し掛かり、体重をかけていた。

 背後にはフワフワ柔らかい感触と、じんわりとした体温。

 そして、股関節と腰を引き裂かんばかりの激痛。

 天国と地獄に挟まれて、顔を真っ赤に染めるエイミーは恥も外聞もなく唸っていた。


 それを見ていたツリ目オペ娘さん、船長のお姉さん、長身のメカニックの姐さんは、次は自分の番かと怯えている。

 面白がって参加していた日焼け肌の双子だが、地獄の光景を見て早々に逃げた。


 これまでのいくつもの実戦を経て、村瀬唯理の運動能力が人類の常識を超えているのは、既に周知の事実だ。本人はまだ納得していないのだが。

 謎の施設で目覚めた直後は、200メートルも歩かないうちから、もう体力が尽きていたというのに。

 今や、24時間動きっぱなしで、戦闘にも耐えられる。

 しかも、走力、跳躍力、踏破力、そして打撃力といった能力は、物理的に考えてありえないレベルとされた。


 唯理も一般的な宇宙船乗りと同様に、当初は身体能力を維持するシステムを用いて、ひ弱な身体を立て直そうと考えていた。

 ところが、ある程度の筋力を取り戻した赤毛娘は、うすうす感づいていた自身の身体の違和感に確信を持つ。

 いわゆる、動きの『キレ』や『ねばり強さ』といったモノが戻る様子がないのだ。

 考えてみれば当然のこと。

 そういったモノは単に筋肉を付けるだけではなく、身体に反復して学習させ覚え込ませるのである。


 こうして、21世紀まで人類が連綿と紡いできた古典的トレーニング法に立ち返る赤毛娘。

 だが、当時は同じパンナコッタⅡに乗る仲間たちも、本人が納得しているのなら良いという趣味的な取り組みだと考えていた。

 今となっては、その考えは誤りだったと言わざるを得ないだろう。


 実際の運動、動作を伴うトレーニングにより唯理の身体はバランスよく筋肉が乗り、伸縮の幅も非常に大きく、柔軟で引き締まりこの上なく魅力的なスタイルを形作っている。

 そんな身体が、自分より大きなライケン種の大男や、頑丈なヒト型戦闘機械コンバットボット、大型サイボーグをパワーで圧倒するのだ。


 更に、同様の現象はローグ大隊の兵士たちにも見られた。

 こちらも赤毛の大隊長による徹底した訓練により、単なる図体がデカいばかりの木偶の坊から、技術と体力を両立させた屈強な兵士へと変貌を遂げている。

 流石に、心技体と全て揃えるまではいかないようだが。


 こうなると、赤毛の少女のトレーニングを、単なる懐古趣味とも言えなくなってくる。

 キングダム船団は自警団ヴィジランテを先駆けに、全船団でローグ大隊式のトレーニングを取り入れられないかと模索中であった。


 そして、パンナコッタのお姉さん方は赤毛の美ボディスタイルに興味津々であり、先行してその指導を受けてみることとしたのである。

 キャビンと同サイズだが物置にしてあった部屋に、唯理考案のエクササイズマシーンを持ち込み、場合によっては継続的に続けていこうと、こういう話になっていた。


 なお、運動するに当たり服装は環境EVRスーツでも問題ないとされていたが、船長がどこからかサルベージして来たブルマのデータにより、なんかそんな感じになった。もはや唯理も何も言うまい。

 水着といいバニーといい、遺跡船のアーカイブには何が眠っているか謎である。


 そのような経緯でパンナコッタの皆とトレーニングをすることになったのだが、いざはじめてみると、残念ながらそれ以前の問題であった。

 前述のとおり、身体が固過ぎるのである。

 日頃たいした運動をしていないのだから、これは仕方がないと言えた。

 運動前のストレッチはやり過ぎると却って身体を痛めるというのが最新の定説だが、やらないとそもそも身体が動かない。

 よって、体操着にブルマの女の子に、悲鳴を上げさせているのだ。


「もっと前ー、もっと前ー、息を吐いて前に身体伸ばしてー」


「グッ!? ぬッ! ちょ、マジ、か……!?」


 先ほどのエイミーと似たような姿勢だが、フィスは同じ格好で脚を開いた唯理に両手を引っ張り込まれていた。

 唯理に脚を開かされ、引っ張られることで内モモと腹筋を伸縮させるストレッチ、という説明だ。

 だが、ツリ目オペ娘は軋む己の身体と、目の前に迫って来る赤毛娘の股の部分に、軽くパニックになっていた。

 これは運動なのだから、変な意味はないはずだ。

 そう思っても、運動用の薄着な格好の唯理の下半身が鼻先に迫ってくると、身体の匂いやら何やらで心臓が爆動させられる。


「いけるようなら倒れこんでいいよー」


「ふぬッ!?」


 と、唯理は言うものの、倒れこむということはつまりそこ目がけてダイビングするということでそんなのヘブンアンドヘル。

 むろんフィスにそんな勇気はなく、気恥ずかしさや強烈な誘惑やらの板ばさみに苛まれ、この時点で力尽きた。


「あら……? あらあらあらユイリちゃん? こ、この格好は…………」


 次いで、同じく薄手の体操着にブルマな格好のマリーン船長は、仰向けに寝かされ片脚を赤毛の少女に持ち上げられていた。

 そのまま抱えられたフトモモと膝が折られ、唯理は自分の体重をかけゆっくりとマリーンの胸の方へ押してくる。

 思わず「ぐッ……!」と言ってしまうほどフトモモと脇腹周囲に圧力がかかるが、この時の船長は別のことに慌てていた。

 今の体勢はどこか、むかし恋人セフレの女の子たちとよくやっていた格好に似ているのだが。唯理とのフトモモなどの密着具合が、特に。

 そう考えると、今はこの赤毛の美少女とそういうことをしているような気になってしまい、


「ハイつぎ両脚上げますよー。本来は自力でやるものですけどねー」


「え? あ、あのユイリちゃん!? い、今この格好はちょっおフ――――!?」


 予告するが早いか、唯理はマリーンを仰向けに寝かせると、両脚を持ち上げ折り畳むようにマリーンの上に持ってきた。

 赤毛の少女が床に膝を付いたままやっているので、マリーンが唯理の顔にお尻を向けるような格好になっている。

 これにはお姉さん、メチャクチャ慌てた。ちょっと変なことになっているので、特にブルマーの下が自分でも少し怪しいのだ。

 匂いがしていたらバレる!? と青くなるマリーンだったが、姿勢的に腹部を圧迫され悲鳴も出なかった。


「ハイハイハイハイもっともっともっともっと! ミットだけ見て腰落して足踏ん張って、手打ちになってる!!」

「フッフッフッフッフッ! フゥッ! フッフッフッフッフンッ!!」


 やっぱり体操着にブルマな、体格の良い姐御、ダナはボクシングのミット打ちをしていた。

 ミットを持っているのは、当然唯理だ。

 メカニックの姐さんは元軍の特殊戦所属なだけあり、肉体に関しては他の船員より日ごろから鍛えていた。

 しかしダナ曰く、唯理が用いるような実戦技術は、軍でも教えたりしないのだとか。

 戦闘は基本的に兵器任せ。要求されるのは、せいぜい銃を撃つ程度。どちらかといえば兵士としてより、現場の指揮官としての技能が必要とされるらしい。

 そんなダナ姐さんは、以前から唯理の格闘技術に強い興味を持っていた。

 とはいえ残念ながら打撃の基礎すらないので、こうして最もスタンダードな打撃技術から実践してもらっていると、こういうワケだ。


 赤毛の少女がミットの角度を変えるたびに、メカニックの姐御がそれを追いグローブをつけた拳を繰り出す。

 ただし、そのハイペース。赤毛のトレーナーは1秒たりとも休息を許さない。

 息をするのも覚束おぼつかず、歯を食い縛って手を出し続けるダナの体表には、大量の汗が浮いていた。


「うわー…………」


「おぉ…………」


「ハー、スゴいわねぇ」


 そして、痛む身体を休ませながら見物していたエイミー、フィス、マリーンの三人は、物凄く揺れる体操服の下の胸に見入っていた。


 メカニック姐さんが力尽きて倒れた後、赤毛のアスリートはルームランナーに乗りランニングをはじめる。

 ストレッチでへばったままというのも格好がつかないので、フィスとエイミーは唯理の横で同じように走ってみることに。速度は10分の1以下。

 そしてあっさりスタミナが尽きるのだが、ふたりともルームランナーからなかなか降りることが出来なかった。

 だって、物凄くはずんでいるので。

 唯理も体操服の下にブラジャーは着けているはずだ。それでもメチャクチャ上下しているのだ。

 あまりにもユッサユッサしているので、横目で見ていたオペ娘とエンジニア嬢は、自身の体力の限界を忘れてしまう。

 最終的には歩くような速度に自動調整されても足が動かなくなり、そのまま崩れ落ちて慌てて唯理が救出することとなった。


 他方、マリーン船長と小麦色の双子は、プリプリ動く美少女三人のお尻を後ろからじっくり鑑賞していた。


 その後も赤毛の少女は、サンドバック打ちやウェイトトレーニング、マシントレーニングを精力的にこなす。

 終盤には流石に肩で息をするような場面が見られたが、序盤で着いていけなくなったお姉さんたちは、唯理の身体がどのように作られるのかが十分に理解できた。

 要するに、機能美なのだろう。ただ使う為に磨き上げられた刃、必要な機能のみを組み上げた無駄のなさだ。


 汗できらめき、息を整えスポーツドリンクで喉を潤す赤毛の少女は、とても魅力に見えた。

 それはそれで良いモノが見れたと思うお姉さん方だったが、自分たちに運動を続けられる気はちょっとしなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る