117G.ある日のログブック 記載されるべきエンドセンテンス

.


 天の川銀河、ぺルシス・流域ライン

 共和国圏、アルストロメリア星系グループ、第5惑星ペータル。


 異形の自律兵器群、メナスは勢力を拡大し続けていた。

 しかし、銀河先進ビッグ3オブ三大国ギャラクシーの連邦と皇国は未だにメナスの存在を認めておらず、圏内の惑星では被害が広がる一方だった。

 これは、メナス艦隊の戦力があまりに大きく、銀河で最大の軍事力を誇る巨大国家であったとしても、対処し切れない為である。

 要するに、手に負えないとして政府としての責任を放棄したのだ 


 そして共和国に属する惑星国家、アルストロメリア星系グループも、今まさに無数のメナス機動兵器群から攻撃を受けていた。


 無理をして惑星上に下りた巡洋艦が、四方八方から暗緑色の荷電粒子弾を受け、火を吹いて墜落する。

 全長約500メートルの宇宙船が地面に激突し、地響きを上げた直後に爆発すると、天高く炎の柱を打ち上げていた。

 衝撃波が周囲を薙ぎ払い、凄まじい熱風が駆け抜けた後を焼け焦がし、地面を揺らし逃げ惑う人々の足を奪う。


「どこに避難するんだ!? なんでセンターは何も言わない!!?」

「船は!? 他の船は来ないの!!?」

「ここはダメだ! シェルターに行け!!」

「逃げろー! ここも危ない!!」


 空港に集まっていた大勢の人々は、宇宙船の墜落のショックで混乱の極みにあった。

 唯一の脱出手段はたった今爆散し、キノコ雲だけがその残滓となっている。

 小規模ながら美しく簡素に整えられていた街は、メナスの端末兵器により見る影もなく破壊され尽くしていた。

 しかし、最後の望みを断たれた人々は空港に留まる意味もなく、そんな街に飛び出して行かざるを得ない。

 ある者は軌道上からの落下物に備えた地下シェルターを目指して走り、ある者は手近な乗り物ヴィークルに乗りあてもなく走りだす。

 集団はふたつみっつと分裂し、やがて足の速いグループに女性子供を含むグループは置いて行かれた。


 高度なテクノロジーも社会インフラも、壊されてしまえば何の意味もない。

 生き延びる為には自らの足を使うしかなく、ある母親と幼い兄妹も必死で廃墟の中を走っていたが、


 バンッ! と、100メートルほど前を走っていた足の早い前方グループが、足下から爆発したように見えた。


 爆風で薙ぎ倒される後方グループ。母親も子供を抱えて伏せようとし、間に合わずに倒れる。

 同じく倒れていた別の女性が身を起こすと、目の前には跡形もなく飛び散った路面と建物と、それ以外の何かの光景があった。

 直後にパニックになり、来た道を全速力で逃げ出す避難者たち。

 しかし、そのすぐ脇にあったビルを押し潰しながら、ヒト型に近いメナスの端末兵器が現れる。

 崩れ落ちて来る瓦礫に、クモの子を散らすように逃げ惑う人々。

 そんな逃げ道を求めて走る人間たちへ向け、メナス端末兵器は口腔部から暗緑色の光を漏らし、先ほどと同じように無差別に攻撃しようとしていた。

 子供を抱える母親は、もはや逃げることも出来ず小さな兄妹を固く抱きしめ、


 超低空をブッ飛んできた灰白色に青のエイムが、シールドユニットでメナスグラップラーを斜め下からカチ上げる。


 コクピット内の赤毛のオペレーターは、メナスが仰け反り胴がガラ空きになった瞬間を狙い澄まし、膝蹴りとこれに付随する三連ビームパイルバンカーを叩き込んだ。

 そこから更にペダルを踏み込むと、メナスを押し上げその場から突き離し、蹴りを入れて遠くへ吹き飛ばす。

 母親に抱かれていた兄妹の男の子の方は、メナスの爆発を一瞥もせず急上昇していくエイムを、口を開けて見上げていた。


「キングダムコントロール、要救助者確認! 数約300! 回収要請!!」

『キングダム管制よりR001、救助対象の回収要請を確認。降下艇を出します、到着まで8分』

「R001了解! 211! 21ファースト! このポイントに防御ラインを設定! 回収まで押し上げるぞ!!」

『イエッサー! バックスラッシュ! お前のところで上から援護しろ!!』


 灰白色に青のエイムが片っ端からメナスを叩き落とし、ダークグリーンのずんぐり・・・・としたエイム集団がこれに合流する。

 遥か高空、衛星軌道上からも戦闘艦がレーザーを発振し、飛び回る大量のメナスを一方的に薙ぎ払っていた。


               ◇


 共和国本星系『フロンティア』を発って、約700時間。

 ノマド『キングダム』船団は方々の星系を回りながら、共和国政府の緊急要請を受け星系の救援に向かう、というような航海を続けていた。

 船団としては、共和国政府に言われるまま命をかけて戦うつもりなど毛頭なく、また契約上その義務も無い。

 しかし、非常に高額の報酬や良い条件を付けてくる共和国側と、それを受けるべきだという船団内部からの声により、キングダム船団はギリギリの妥協点を探りつつ要請に応じていた。

 そのひとつが、メナス艦隊の攻撃を受けていたアルストロメリア星系グループ、第5惑星ペータルにおける救出支援活動である。

 こちらはデリジェント星系グループの場合と違い、まだ無事な本星第2惑星への避難の援護という内容だったが。


 共和国は先進三大国ビッグ3の他二国と異なり、諸事情により公式にメナスの存在を認め、これに対応することとなっている。

 キングダム船団はそれら対メナス戦の切り札とされており、共和国はマスメディアなどを使いそれを既成事実化させようとしている節があった。

 船団としては全く認められない共和国側の動きだが、現実の問題としてメナスと正面から戦える戦力は、キングダム船団以外に存在しない。

 また、天の川銀河を旅する自由船団ノマドとしても、メナスの支配域拡大は決して他人事には出来ず、ある意味では自分達の為にもメナスの排除へと乗り出していた。


 そんな複雑な思惑が入り乱れる背景はともかくとして、今やキングダム船団は共和国圏のみならず、銀河全域で最も注目されるノマドとなっている。

 950隻の船数は、目的地までの同行を希望する一般人の船や企業による輸送船団、情報メディアの宇宙船が合流したことにより、1,300隻近くまで数を増やしていた。

 銀河を旅する上で、キングダム船団以上に安全な船団は存在しない。

 海賊のたぐいは近づく事もできず、メナスや所属不明の艦隊などは鬼の火力と強力な機動部隊により返り討ちに。

 この護衛に関してもキングダム船団は料金を取っており、収入の額が大変なことになっていた。


「スゲー! フォルテッツァだ!!」

「でっけー!!」

「アルプスの方がもっとでっかいんだぜー!!」

「ウソだー!!」


 軌道エレベーターや軌道上プラットホームに停泊すると、天の川銀河で最大の宇宙戦闘艦を見ようと、展望台がヒトで埋まる。

 剣のように鋭く雄々しい全長10,000メートルもの宇宙船を見つけると、興奮した子供たちがその目に全貌を焼き付けようと、人混みの中を駆け回っていた。

 表に出さないだけで、大人たちの興奮と感動も似たようなものだ。

 

 銀河を股に掛けるマスコミ、情報メディア、報道ネットワークは、連日どころかフルタイムでキングダム船団の動向を配信している。

 単なる大衆の興味本位、だけではない。

 船団の進路ひとつ取っても、寄航予定地はもちろん単に通過するだけの星系であっても、そこの経済が大きく動いた。

 となれば当然、投資による資本投下やヒトの移動を見越した物流が起こる。

 経済人ほど、キングダム船団の動きには目を血走らせて注視していた。

 なお、最精鋭と名高いPFO『ローグ大隊』の大隊長は、再三の取材要請を全て断っており謎の人物とされている。


「いらっしゃいませパンナコッタ2号店にようこそー!」

「20名様ですかー? お席の方、4ヵ所に別けてご利用いただけますと今すぐご用意できますがー」

「はい3種のチーズリゾットじゃ……でーす、熱いから気をつけるんじゃ……くださーい」


 一般人向けのデリカレストランとしては元祖となる、旗艦フォルテッツァ後部ガレリア・ハブ内、パンナコッタ2号店。

 デリカレストランは外からの利用客を受け入れている他の船にも広まったが、最も忙しいのはこの2号店だった。

 船団自体が拡大したのも原因だが、メディアに紹介された事で、寄港地でもデリカレストランのレーションを食べてみたいという客が殺到するのだ。

 レーションそのモノも大きな話題だが、カワイイ制服のスタッフが手ずから配膳等のサービスをしてくれるのも、大人気となる要因だ。

 真っ白な髪の小さな猫耳ウェイトレスが密かな人気を集める一方、赤毛の美少女ウェイトレスは滅多に姿を現さないというレアキャラ扱いされていた。

 そうして、ウェイトレスはともかくデリカレーションという多人数向けの料理は大いに見直され、あまたのトライアンドエラーを伴いながら各星系に拡散していくこととなる。

 初期はエラーしたまま認知されることも多かったようだが。


「――――第5中隊は星系艦隊の防衛ラインを突破しランポール内に侵入、星系議会会場の周囲100キロを確保、降下艇の発着を支援しろ。

 警告を無視し接近する相手はメナスだろうが政府軍だろうが叩き落して構わん。

 第1中隊は船団艦橋メインブリッジの指揮下に入り、船団の防衛に集中」


「……ってボスちょっと待て!? メナスだけじゃなくて同時に星系艦隊ともやり合えってか!!?」


「俺らに議会を守れってんならテメェの身内くらいどうにかしておくもんだろう!? メナスと艦隊の両方を相手取れって冗談じゃねーぞ!!」


「敵対するなら全てブッ潰せと命令したぞ。相手が何者だろうが関係ない! 私が噛み付けと言ったら!!?」


「噛み付きますサー!」


「よーし模範解答! ローグ大隊出るぞー!!」


 赤毛の大隊長の号令で、ブリーフィングルームを出たローグ大隊のチンピラソルジャーどもが駆け足で格納庫へと向かう。

 村瀬唯理むらせゆいりはウェイトレスのバイトに出る暇もなかった。

 メナスへの対応もそうだが、船団に加わる船が増えることで、唯理が出なければならないトラブルも増える。

 それに、宇宙での危険要素はメナスだけではない。どこの誰が建造したか分からない無人兵器群や、どこに所属しているか分からない艦隊なども、宇宙を往く者の脅威となるのだ。

 人類同士の争いも絶えない。


 ローグ大隊はメナスと互角以上に戦える、天の川銀河最強の機動部隊として名を馳せつつあった。

 もはやキングダム船団の二枚看板と言える。

 宇宙船の火力だけでは、防衛作戦や救出活動は展開できない。

 メナス端末兵器が溢れる地獄のような惑星にでも直接殴り込み、押し寄せる敵機相手に一歩も退かず戦い抜く。

 品性や礼節を二の次にしても、ただひたすらタフに戦闘を継続するローグソルジャー。

 その存在はもはや戦場伝説の様相を呈し、共和国は無論のこと連邦や皇国も研究の対象としているが、要するに時代を無視したスパルタ方式で鍛えた戦闘集団なので再現は難しいと思われた。


 ローグ大隊に混じり、ひとりマイペースに歩みを進める赤毛娘。

 形ばかり真似ても、この美しい兵士の狂気までは理解することはできないだろう。


 共和国圏、あるいは三大国法圏外エクストラテリトリーの惑星系を渡り歩き、無限に広大な星の海を航海する。

 その間に出会うのは、メナスや国籍不明の艦隊といった敵ばかりではない。キングダム船団は、この宇宙の神秘と言うべきモノにも遭遇した。

 どのようにして生まれたのか、またはどのような生態を持っているのか、その大半が不明とされる生物分類、『アブソリュータ』だ。


 キングダム船団がニアミスしたのは、全身が三角形のデルタ翼のようなアブソリュータだった。

 ただし、そのサイズは全幅にして約2万キロメートル。そこら辺の惑星より大きい。

 突如進路上にワープしてきた宇宙の絶対生物に、船団は非常警戒態勢を取りローグ大隊も出撃したが、大人しい個体だった為に戦闘にはならなかった。

 その名も、『星の大グランドスター三角形・トライアングル』。

 アブソリュータはしばし船団と併走し、唯理はエイムで触れるほど接近して保護者たちに怒られた。

 それからアブソリュータは、大きく身を翻すと惑星の影に消えていった。


 そのように宇宙レベルにマクロなことが起きれば、手が届くほどミクロなことも起こる。

 問題が発生したのは、赤毛の少女の家である高速貨物船パンナコッタ2nd内でのことだ。

 環境播種防衛艦『アルプス』から持ち込んだ青果物の中に、昆虫がくっ付いていたのである。

 無害な虫――――バッタ――――だから、と船内センサーで生物汚染警報バイオハザードの対象外にしていたのもマズかった。

 気付いたら、誰かの服にくっ付いていたらしく、バスルームにて途中下車。

 あまりにも運が悪いことに、当時はフィスが入浴中で、ピョンとジャンプして自分の方に跳ねて来る緑のクリーチャー(3.5センチ)を見た当人はと言うと、


「ゥイギヒィヤァwせdrftgy――――――――!!!!!!?」


 防音壁無視で響くほどの悲鳴を上げ、びしょ濡れのままその場を飛び出していた。

 何事かと戦闘態勢の赤毛娘が駆け付けると、素っ裸で全泣きのツリ目オペ娘さんがダッシュで抱き付いてくるという。


 その後、システムオペレーターの非常に強い提言により、船内の生物汚染に対する監視が見直されることに。

 それでも、暫くフィスは船内でも船外活動EVAスーツを着て過ごした。

 加えて、全裸で抱き付いたのも泣きっ面を見られたのもあまりに恥ずかしく、唯理の顔をまともに見られなかったとか。


               ◇


 そのような航海の日々を過ごしていた唯理とキングダム船団だが、約半月を経て共和国本星系『フロンティア』に戻ることとなる。

 これは、航海スケジュールの予定通りだ。


 キングダム船団は共和国所属の私的艦隊組織PFCとなった時点で、本拠地も共和国本星系ということになっている。

 本拠地に戻るのは、それほど特別なことではない。

 特に今回は、共和国に所属してから最初の長期航海だ。試験的運用の側面もあった。

 天の川銀河を自由に旅し、何かあれば本拠地に戻りまた準備を整え、そして次の航海に出る。

 これが今後のキングダム船団の、基本的な活動パターンとなるだろう。


 しかし、この帰港により船団の体制を大きく揺るがせる事件が起きるとは、この時点ではキングダム船団の誰も予想していなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る