116G.ラージサイズタルトを食べる中長期ストラテジー

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 共和国圏本星系『フロンティア』外縁部。

 ノマド『キングダム』船団旗艦『フォルテッツァ』。

 船団長オフィス。


 ユートピア船団で行った査察の諸々を報告しようとしたのだが、船団長のディラン・ボルゾイは、心ここに在らずといった様子だった。

 ローグ大隊の第3中隊長、ソーズと一緒に報告に赴いた赤毛のローグ大隊長、村瀬唯理むらせゆいりとしても、今その姿は少し困る。


「ユートピア側が極めて協力的でないのは、まだ武装を隠している為…………と言うよりは、単にこちらが気に食わないからでしょうが。

 一見して関係なさそうなエリアに、まだ何か隠し玉がある可能性も全く無いとは言い切れません。査察を続けますか? 船団長」


「……ん?」


 飽くまでも事務的に、しかし少し声の張りを強める赤毛の大隊長。

 そこに含まれる意図を感じたか、褐色肌に若白髪の男が、いまさら唯理に気付いたかのように顔を上げた。


「あぁ……いや、とりあえず十分だろう。まもなく共和国が横槍を入れて来る。星系外とはいえ本星系のギリギリだからな、やむをえまい。

 ローグ大隊が向こうの主要機能を押さえてくれたおかげで、ようやくまともな交渉が出来そうだ。ご苦労だった」


 つい先日まで、徹底的に叩きのめしてやる、と気炎を上げていたテンションとは、まるで別人。

 何かあったのか、と思う赤毛の少女は、部下を先に退室させてからその辺を尋ねてみたのだが。


「いやなに……面倒なことになる、と思うと嫌になっただけだ。

 ユートピア船団の上客には、共和国企業の幹部社員も多く含まれる。調停と言えば聞こえはいいが、ユートピア船団の肩を持った条件を推して来るのは確実だろう。

 無論、そんなのはクソ喰らえだ。ウチに手を出した報いは、足腰が立たなくなるほど受けてもらう。

 そのつもりだが……実際どこまでやるかは難しいところだ。

 ユートピアが破綻するほどの賠償金を毟り取るのが一番単純で良いが、どうせ連邦や共和国のスポンサーどもが援助して立て直すだろうしな。

 監視の意味で向こうの運営に一枚嚙むのを認めさせる、というのも難しい。こっちの得るモノが少ない上に、逆に向こうから延々と干渉されるのもゴメンだ。

 始末に負えないという意味では、ローグ船団より遥かに性質タチが悪いな」


 と、うんざりしたように頬杖ついて言うディラン・ボルゾイだったが、その口数の多さに何となく他の懸念を隠しているように察せられる唯理。

 とはいえ、船団長が言わないなら、あえて深堀する気もなかったが。


「そのローグ船団だが、それからどんな感じだ? 役に立っているのは分かっているが、何せ元が元だからな。

 力を付けて、妙な動きをし出さないかと心配する者もいる」


 そんな赤毛の思いを知って知らずか、ローグ繋がりで話を変える船団長。

 そう思うのならソーズ中隊長がいる前でローグ大隊を気にかけて欲しかったが、とりあえず関心はありそうなので良しとする。


「連中も餌をやれば仕事はします。そろそろ餌の味も覚えた頃でしょう。肝心なのは、誰が餌をやっているかを忘れさせない事です。

 頭が悪いなりに物の道理は教え込みました。後は、飼い主が扱いを誤らなければしつけたことには従います」


 直立不動で言う唯理に、呆れたような感心したような、なんともいえない顔色をするディラン船団長。


 ローグ大隊は赤毛娘の私兵、ではなく、キングダム船団の防衛部隊でなければならない。

 故に、唯理抜きでも船団長からのトップダウンで大隊が動くようにしておく必要があった。

 その為の調教は・・・、今のところまずまず上手く行っている。

 同時に、船団長と本船船橋メインブリッジにも自覚を持ってもらわねばならなかった。


 トイレマナーは教えたんだから、後は飼い主が飼い犬を勘違いさせるような飼い方をしないように、という話である。


               ◇


 唯理が船団長のオフィスを辞した後も、ディランは暫く考え込んでいた。

 あの赤毛の少女は、天の川銀河の中でも最強の戦闘艦をキングダム船団にもたらし、あのようにしてローグ大隊という防衛戦力も整備している。

 そのプロフェッショナルとしての仕事ぶりは、尊敬に値すべきものだ。

 加えて、船団への強い帰属意識も見られ、喜ばしくもあった。


 対して、自分はどうなのか、と考えてしまう。


『まぁそう意地を張らずに、素直にユートピア船団の指揮下に入ることだ。どうせ最終的にはそうなる』


『全く理解できん。そちら側にそんな実力を行使する戦力など、もう残っていまい。そもそも正当性も大義名分も無い。

 なのにどうして未だにそんな寝言を垂れ流せるのか不思議なもんだな』


 思い出すのは、ユートピア船団の船団長、フランシス・アヘッドとの交渉の席だ。

 アヘッド船団長は、まるで勝者のように余裕たっぷりの振る舞いで要求を突きつけてくる。

 それ自体はいつものことなので、いまさら特に不思議とも異常とも思わない。


 ユートピア船団の背後に銀河先進ビッグ3オブ三大国ギャラクシーの一角、シルバロウ・エスペラント惑星国家連邦がいるのは、いわゆる公然の秘密というヤツだ。

 仮にユートピア船団の手に余る事態となっても、不思議と連邦がこれを助けるような動きをする、ということが今までも幾度となくあったという。

 それだけではなく、ユートピアは共和国や皇国の上層部にも顧客を持っており、天の川銀河の半分の領域で様々な便宜を図られていた。


『フンッ……高貴な方々の意向か? 面白い、連邦と共和国が調整された・・・・・敵対関係にヒビを入れるのか、それともそんな建前を投げ捨てて仲良くキングダム船団をやり取りするのか、見物だな』


 だがディランにもキングダム船団にも、もはやそんな汚い裏技は通用しない。

 現在のキングダム船団は、共和国に籍を置く私的艦隊組織PFOという扱いだ。

 建前に過ぎなくても、連邦がキングダム船団にケンカを売るというのは、共和国への攻撃と同義になる。

 それに建前の上では、ユートピアと連邦は無関係だ。ユートピア船団への攻撃を理由にキングダム船団を攻める理由が無かった。

 この建前の為に、そして共和国を連邦に対する盾とする為に、キングダム船団は大きな代償を支払ったのだ。


 それに、どんな御託を並べようと、ユートピア側がキングダム船団を一方的に攻撃してきたという事実に変りはない。

 キングダム船団側には、自衛し、反撃するに十分な理由がある。

 戦闘で勝利し、ユートピア船団における重要設備も物理的に制圧済みだ。

 今頃になって連邦がしゃしゃり出てこようが、共和国が横からクチバシ突っ込んで来ようが、ユートピア船団を生かすも殺すもキングダム船団次第、という状況は動かないだろう。


 ディラン個人としても、ノマドの一員として・・・・・・・・・ユートピアのやり方と態度には腹に据えかねるものがあった。

 今度という今度は徹底的にやるつもりだ。

 中途半端な賠償金やら甘い条件で終わらせるつもりはない。

 ユートピア船団長がどれほど上から見下した事を言おうと、それら全てを跳ね除けるつもりであった。


 そんなディランへ、フランシスは子供を優しく諭すように、または小馬鹿にした声色で言う。


『何を熱くなっている、ディラン? 遺跡船を持ち帰れと命じられているのはお互い様だろう。私達は敵じゃぁない。協力しようと言っているのだ。

 おっとまさか、よもや……船団長として本気でキングダム船団の利益を追求しようとしている、なんてことはないだろうな?

 君が今の地位にいるのは、連邦に反抗的なノマドの監視とその利用の為に過ぎないのだよ?

 まさか、特に愛国心の強い者が選ばれる艦隊特務のスリーパーエージェントが、ノマドにほだされてその為に動くなど……あるワケがないだろうね?』


 断じて認めたくないが、船団長はそのセリフで目が覚めるような思いだった。

 ニヤニヤと見透かしたような笑みのアヘッド船団長に何か言い返した覚えはあるが、その内容は憶えていない。


 キングダム船団を、正確には26隻の超高性能宇宙戦闘艦と最も重要な赤毛の少女を引き渡せという上からの命令に、船団長は保留を求めていた。

 旗艦級クレイモアのコントロールを握ったので事を焦る必要もなく、それに100億隻の遺跡船その全てを入手するには決め手となる情報が足りない、という以上の理由から決定的な行動に出るのは時期尚早である。

 というのが、ディランの出した報告書だ。


 結局これも、半分は方便だった。


 いつまでも引き延ばせない。そんなことはディランも分かっていたはずだ。

 しかし、いつか夢から覚めるように、とうとう現実的な今後の道筋を考えなければならない時に来たのだろうか、と。

 そんなことを考えると、何故かあの赤毛の少女の顔が脳裏に浮かんでくるのである。


               ◇


 ユートピア船団との交戦から、約100時間後。


 船団長などの大方の予想通り、両船団の終戦交渉を仲立ちするとして、共和国の本星艦隊が介入してきた。

 なにせ本星系フロンティアの間近で派手にやり合っていたのだから、是非も無い流れだったとはいえる。


 当初、共和国はキングダム船団側に、ユートピア船団の無条件即時全面解放を求めてきた。

 無条件、つまり賠償も損失の埋め合わせも無しだ。

 露骨なエコヒイキに笑うしかない。笑った後にキングダム船団の武闘派連中はキレていたが。

 挙句、共和国艦隊の尻馬に乗ったユートピア船団が、キングダム船団から一方的に攻撃されたと事実と真逆の戯言をうそぶき、共和国艦隊にキングダム船団の武力制圧を求める始末。


 これらの身勝手な物言いに対し、上等だとキングダム船団が臨戦態勢に入り、全面戦争直前に共和国艦隊が慌てて停戦を申し出るという事態に。

 あわよくばキングダム船団に対して主導権を握るつもりだったのだろうが、共和国政府も沸点を計るようなマネをしたばかりに、大火傷するハメとなった。


 なお、共和国艦隊の後押しを無くしたユートピア船団はというと、キングダム船団による全データの差し押さえというペナルティを課されることになった。

 どういうことかというと、顧客と支援者、資金の流れ、船団運営に関する全てのデータを、キングダム船団が没収したのだ。

 ユートピア船団に対して何が最も効果的な罰になるか、とキングダム船団内で白熱した議論が行われた末、賠償金や船舶の没収にはあまり意味が無いだろうという話になったのである。どうせ支援者からすぐに損害を補填されてしまう。

 ではユートピア船団の弱点は何か、という問題になるが、それは特権階級ハイソサエティーズの隠れ家になっているという部分だろう、という結論に達した。

 船団を利用する顧客の匿名性の確保、という信頼性に関して、ユートピアは大きな傷を負うことになる。


 てっきり巨額賠償金程度で収まると考えていたユートピア船団にも、キングダム船団のこの動きは想定外だったらしく、機密データの削除などは全く行っていなかった。

 急所に手を出されて、ユートピア船団ははじめて本気になり、キングダム船団へ抗議と脅迫を行う。

 いわく、ユートピアの顧客である三大国ビッグ3のハイソサエティーズに消されるぞ、と。


 実のところ、ユートピア船団の顧客情報など持っているだけで危険だ、という意見はキングダムの船団長会議でも出ていた。

 ハイソサエティーズは三大国ビッグ3で絶対的な権力を持つが、そのハイソサエティーズ内でも『ノブレス』と『シチズン』による権力争いがある。政敵に攻撃される材料など、徹底的に消去しようとするだろう。


 しかしそんな意見も、もともとユートピア船団が気に入らなかった勢と、寄る辺なきノマドは舐められたら終わり勢の強行意見により、押し切られてしまう。

 それに、他にユートピアに対する報復として適当な選択肢も無かったのだ。

 押収したデータの扱いに関しては、キングダム船団内でも船団長ら一部しか閲覧できない機密扱いとする。

 そして、この致命的な情報漏洩によりユートピア船団の運営に支障が出る、という見解に対しては、別にユートピアなど潰れても構わない、という結論にしかならなかった。


               ◇


 そんな一連の後始末に尽力していたローグ大隊の責任者、赤毛の大隊長は久しぶりの休暇オフである。

 心置きなく爆睡すると、弱点の目覚めの悪さを遺憾なく発揮。

 起床してからも暫くボーっとしながら、温いシャワーで寝汗を流していた。


 これが良くなかったようで。


 シフト前のように冷水シャワーで意識をハッキリさせなかったばかりに、後になって裸エプロンな我が身に気付くのである。


「なぜこんなことに!?」


「何故も何もおめー双子に言われるままエプロン着けてたじゃねーかよ……。

 その致命的な起き抜けの弱さがいつかヤバいことにならんか不安でしょうがないわ」


「ユイリ、起きてる時はカッコいいのに寝ぼけてるとポケポケで……いやカワイイから良いんだけど」


 高速貨物船パンナコッタ2nd、宇宙が見える船尾ダイニングキッチンにて。


 胸とお尻の大きな赤毛の美少女が、遅まきながら半泣きになっていた。

 前述の通り、全裸にシンプルな前掛けエプロンのみという完全アウトな格好。

 エプロンのサイズ的に巨乳が横からハミ出ており、スッキリした背中とムチっとしたお尻はノーガード戦法だった。戦術的に敗北している。


 唯理は就寝時も極めて薄着、あるいは全裸シーツなので、頭が動いていない時に渡された黒いエプロンを、そのまま身に着けていたらしい。

 あまりに無防備過ぎて生命やら貞操やらの危機さえ覚える、と言うツリ目のオペ娘さんだったが、そんなフィスだって横で見ていて止めなかったのだから、同意なき共犯と言えた。


 そしてエンジニア娘さんは唯理が唯理なら別に何でも良いようである。

 鼻血が出てメガネは曇っているが、それを指摘しようとする者はここにはいない。

 恥らってエプロンを引っ張る赤毛の仕草に血圧上がって出血量が増えているのだから、今拭いても仕方がないのだろう。


「タルトータルトーあまあまタルトー♪」

「はだエプ若妻えちえちタルトー♪」


 赤毛の寝ぼすけを朝駆けでハメた主犯、小麦色のおみ足もまぶしいメイド服のエロ双子は、キッチンの周囲を踊り歩きながら謎の歌を歌っていた。

 『タルト』云々というのは、唯理がデリジェント星系での住民救出作戦前にリリスとリリアふたりに作ると約束していた件である。

 なお、裸エプロンもその時に捻じ込まれた付帯条件であった。

 改めてパンツは穿かせて欲しいとお願いする赤毛のはだエプだったが、反対4、棄権1で申請は却下された。孤立無援。


 裸エプロンは不意打ちだったが、ヨーグルトタルトの材料自体は、少し前から揃えてはいたのだ。

 このタイミングで仕掛けた双子メイドは、機を見るに敏だったということだろう。

 戦略的にも政治的にも敗北を喫した赤毛のはだエプは、涙目でしょんぼりしながら、薄力粉にバターとタマゴを混ぜて捏ね回していた。土台作りである。

 型枠となる皿の上に、作った生地を伸ばして厚さを均等にしていた。

 その度にユサユサと揺れるおっぱいに、ニマニマしながら見ている船長の姉さんなどは、食べる前からごちそうさまと言わんばかりである。むしろ食べたい。


「リリスちゃんリリアちゃんは楽しみにしてたものねぇ、はだ……イチゴが乗ったヨーグルトタルト」


「ユートピアのヘンタイ船団がちょっかいかけてこなければ、もっと早くはだエプできた!」

「おのれー!!」


「主旨変わってんじゃねーか」


 デリジェント星系での戦闘直後は唯理も半分死んでいたし、そこを引ん剥いて家庭円満コスプレをさせるほど、双子も空気読めないワケではなかった。

 ところが、状況が落ち着いてきたと思いきや、次にケンカ売ってきたのは権力者の脱法保養所であるユートピア船団である。

 これの迎撃に出た赤毛娘も忙しかったが、実は非戦闘員系の乗員も大変な目に遭っていたとか。

 なにせ、戦闘艦艇のみで進攻したデリジェント星系の時とは違い、当時のキングダム船団は一般人とその船も大量に抱え込んだフル構成の状態。

 そんなところで戦闘がはじまってしまい、船団内は避難やら緊急事態の対応やらで大騒ぎだった、と。こういうワケだ。

 思いっきり影響を受けた日焼け肌の双子もご立腹の様子。当時は託児施設で下の子供たちの面倒を見ており、自分たちだけの憤懣ではないようである。


 そんな苦労を経て、ついに満願成就の裸エプロンそしてイチゴのヨーグルトタルトと相成った。

 優先順位が入れ替わっている、というオペ娘さんのツッコミには、それが悪いか! と開き直る双子ちゃんだ。

 かと思えば、フッとニヒルな微笑を見せるリリリリのどっちか。


「でもまぁ、あたしたちのはだエプなんてぇ大したことないんじゃないかなー?」


「お前らのってなんだ」


「そうだねー、さすがはアブノーマルプレイの殿堂ユートピア船団、あのお風呂はスゴイの一言だったよ」


 ユートピア船団の強制査察の様子は、赤毛の大隊長やローグ大隊からの通信映像にて、キングダム船団でも視聴できていた。

 しかし、その放送内容にはお子様方には見せられない部分が多数。

 例えば、保養船『ヤシャドパレス』下方離宮船内、公衆浴場『バルネア』。

 中央船体の方にはまともな・・・・公衆浴場も存在したが、離宮の浴場は到底まともとは言えず、そこで繰り広げられていたのは女体が氾濫する文字通りの酒池肉林であった。

 モラルも羞恥も事象の地平へぶん投げた、不特定多数による完全無制限オープンプレイ。

 強制査察に入ったローグ大隊に見られてようが、赤毛の美少女に目を付けるや逆に誘うような厚顔無恥っぷりである。


 前職にあった当時、似たような遊びを女性オンリーでやった事のあるマリーン船長などは、人の振り見て我が身の過去が追いかけてくる思いだった。

 でも自分も船の女の子たちともう一回やりたいとか言ったらメカニックの姐御に絞め殺されそう。


 確かに双子の言うとおり、あの大乱交に比べれば裸エプロンでお菓子作るくらいはママゴトのようなものかもしれない。

 どっちが恥ずかしいかと赤毛のが問われれば、身内しかいないパンナコッタでの裸エプロンだが。

 居たたまれない思いをしながら、唯理はキッチンカウンター下の冷蔵庫からヨーグルトの密閉容器を取り出した。2~3日前にヨーグルトの種菌を入れて仕込んでいた物だ。

 元材料の牛乳からして天然モノ。今回の食材に合成モノは一切使っていない。ケミカルペースト食で欝になりかかっていた以前を思えば、すごく感慨深かった。あと双子に食べられていなくてよかった。


 そんな諸々の思いに感じ入っている赤毛娘は、しゃがんで押し潰されるおっぱいやエロい姿勢で突き出されたお尻をがん見されているのには気付かなかった。


 ヨーグルトにトウモロコシのでん粉とレモン汁、卵黄、砂糖を混ぜて攪拌。別に作っておいた卵白と砂糖のメレンゲを合わせ、スライスしたイチゴを入れ潰れないように混ぜ合わせる。

 ボールの中をヘラでグリグリ回していると、やはり唯理もあちこちをフリフリ揺らしていた。

 完璧に双子の狙っていた姿である。見ていてオペ娘は黙り込み、エンジニア嬢は魂が抜けたようになっていた。鼻血は未だに拭いていない。


 薄力粉生地の土台にヨーグルト生地を流し込むと、表面を平らにならしてオーブンへ。

 30分ほど焼くことになるので、その間に大量のイチゴをまっぷったつに虐殺していく。

 それを摘み食いしようとする双子を、赤毛が阻止。

 料理の邪魔すんな、とオペ娘が介入したところで、ニヤリと嗤うリリリリの片割れが唯理のエプロンを引っ張ると、布地が谷間の中央に寄りブルルンとモロ出しにさせてしまった。

 思わず手で隠そうとして鷲掴みにするフィスは、そのもちもちフワフワしっとりな柔らかさに目を剥いてフリーズ。

 エイミーは声にならない悲鳴を上げていた。


 そして、マリーン船長は女の子たちの尊い様子にひとり勝ちだった。

 ユートピア船団ではこんな素敵なモノは見られまい。


               ◇


「ユートピアの件が片付いたら、ようやくフロンティアを離れることになるわね。といっても暫くは共和国圏を回ることになるでしょうけど」


「あー、結局またメナス相手にやり合う事になるんかねぇ……。強力な防衛力を手に入れても、それが危険を呼ぶんじゃ本末転倒だわな」


 香ばしいサクサクの生地とサッパリしたヨーグルトのケーキ、それに甘酸っぱいイチゴと濃厚なシロップ。全て天然の素材ならではの深い味わい。

 そんな極上のスイーツに大感激なパンナコッタの女性陣一同だったが、雑談を楽しむうちに、そんな話になる。


 キングダム船団は流浪の自由船団だ。旅の最終目的地など無い。

 来る者は拒まず去る者は追わず。ある者は行き過ぎた惑星国家の束縛から逃れる為、ある者は故郷を追われ安住の地を探す為、様々な目的をもって身を寄せるのだ。

 そうして、いつしか船団そのものを故郷とする者もいる。

 ターミナス星系以来、救出した避難民の処置と共和国の都合に振り回されてきたキングダム船団だが、それらがひと段落したことで、航海も再開される予定だ。

 ノマドは銀河の流通と交通のインフラを担う側面もあり、既に複数の星系に寄港を望まれてもいた。

 また、以前と違い比較的自由に共和国圏の星系内も航行でき、旅も少しは楽になるかと思われた。


 一方で、共和国政府からは対メナス戦略における軍事援助も強く求められており、現在に至るまでその交渉は続いているのだが。


「ユイリのエイムは調整終わりそうだけど、できれば使う機会は無い方がいいなぁ…………」


 最後まで残したタルトの端の方、歯応えのある生地の厚い部分を口に入れるエイミーは、少し肩を落としながら言った。

 エンジニアとして武器や兵器を開発するのは当然なのだが、それを使うということは、大切な赤毛の女の子が危険な戦場に飛び込むということだ。

 別に兵器を作るから戦闘が発生する、などという因果関係は存在しないが、それでも唯理を戦闘に駆り立てているような思いにはなる。

 危険なことはしてほしくないし、ケガするのを見るのも辛い。

 どうせ日常的に見るなら今日みたいな裸エプロンがいい。いやもっとカワイイ制服や色っぽく際どい服装を日替わりでできれば。いやまってそれ別に今すぐにでもやればいいんじゃない?

 と、現実逃避から煩悩塗れの妄想へと、エイミーの思考は際限なく脱線していた。


 何となく神妙になっているマリーン船長とフィスとエイミー、無邪気にタルトを頬張っているリリスとリリア。

 そんな面々を眺める赤毛娘は、黙々とタルトをもぐもぐしながら、どうにも口を出せずにいた。

 戦闘は、必ず起こる。昨今のメナス情勢を見ても、それは確実だろう。

 唯理はもうそのつもりで準備をしているし、実際のところ船長や船団長など船団上層部も、同意見と思われる。


 村瀬唯理は生まれる前から、安全保障畑一筋だ。戦場が日常、戦闘の支度など、学校に行く準備と大差ない。

 生きる為の時間を、戦闘で稼ぐ。必要ならこちらから攻勢に出て先手を打ち脅威となるモノを排除しに行く。

 それが唯理には当然の考え方だったが、基本的に戦闘は避けられるだけ避けるキングダム船団の方針とは、微妙にズレがある模様。


 パンナコッタ2ndに乗る、家族同然の大事なヒト達。

 このお姉さんたちを守る上で、専守防衛を旨とする自由船団ノマドのやり方に従うのは、いずれ限界が来るかもしれない。と唯理は思う。

 では、どうするか。

 タルト食べながらその具体的なプランに思いを馳せていたならば、背後から「ごちそうさまー!」と飛び付く双子におっぱい揉まれて悲鳴を上げて考えていたことがどこかに飛んだ。




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