120G.ハニービー ノイズキャンセラー

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 共和国中央星系『フロンティア』、惑星フロンティアG113W:R、低軌道。


 仄かに薄水色の光を放つ、生まれて間もない大気層と、宇宙空間の境。

 この星ではローグ大隊が訓練を行う予定だったが、乱入してきた参加者により、大分内容が変わっていた。


 模擬戦前半は、ローグ大隊第1中隊と、飛び入りしてきたマリーン船長の妹、スカイの模擬戦。

 これは、スカイの判定勝ちといったところ。


 そして後半戦は、赤毛の大隊長、村瀬唯理むらせゆいりとスカイの1 on 1だ。


「なんだ、デリジェント星系で脇腹抉ってくれたエイム乗りの片割れだったか」

『今ごろ!? 今度は落とすわ!!』


 しかし、赤毛の少女も数分前に気付いたのだが、船長の妹は自分にも少し因縁のある相手だった。

 共和国政府の依頼で、メナスの支配下に落ちたデリジェント星系住民の避難作戦を展開した際に、完全不可視ステルスから背中を刺してきた所属不明機のオペレーターが、スカイだったようである。

 ローグ大隊との戦闘で見せた戦術機動が、覚えのあるモノだった。


『姉さんの監視か右腕か知らないけど、私の仕事の邪魔なのよね! そこの定位置は私のだって昔から決まってるのよ! 退いて!!』


 オレンジのヒト型機動兵器、フレアが急機動で側面に回りつつレールガンを発砲する。

 灰白色に青の機体、唯理は肩部マニューバブースターを吹かして回避しようとするが、避けきれずエネルギーシールドに受けることとなった。

 エイムには元々敵機の軌道を予測する機能があるが、それを差し引いても唯理の初動を捉えるとは尋常ではない集中力だ。

 デリジェント星系のように前衛と連携するのではなく、単独の方が実力を出せるのではないかと赤毛娘は思う。


「って妹のヤツ実弾撃ってねぇ!? FCSコントロール――――ってダミー!!」

「やめなさいスカイ! これがシラー会長の指示なの!?」


 突如はじまる実戦に、パンナコッタでモニターしていた面々も仰天していた。

 すぐさまスカイ機の火器管制システムをロックしようとするが、偽物の認証キーを掴まされたオペ娘が叫ぶ。玄人イリーガルのような手を使いやがって。

 船長の姉も必死に妹を止めようとするが、通信に応えは全くなかった。


 雲を引きながら急降下する灰白色のエイムを、発砲を続け猛追するオレンジの機体。

 レールガンからバラ撒かれる散弾がシールドを叩き、ただでさえ大気圏内で負荷のかかるジェネレーターが限界に達する。

 大気の重さに耐え目一杯加速する赤毛娘のエイムだが、一方で反撃には転じなかった。

 敵は即殲滅するのが唯理のスタイルだが、流石にマリーン船長の妹はどう処理していいか分からない。


「なんだかよく知らないけど……マリーン船長と一緒にいたいならそうすればいいのでは? 別に拒否されたり避けられてるワケでもなかったと思うけど」


『ところがー! ようやく帰ってきたと思ったら姉さんってば私にもこの後の計画を明かさないのよね!!

 野心なんかなくノマドとしてのんびり生きて生きたいだけ!? 冗談でしょう!?

 手に入れなければ奪われる! 力を付けなきゃ蹴落とされる! 立ち止まるなんて死んだも同じなのにそんなバカなことするワケないじゃない!!』


 気泡に埋め尽くされた海面まで下がり、唯理がマニューバブースターを吹かし回避運動を取った直後、撃ち込まれる散弾により水しぶきが上がった。

 オレンジのエイムは、長砲身レールガンの端にある弾倉を交換。唯理の頭を取った状態で、距離を保ち射撃を続ける。


『姉さんが私を信用しないのは、ユルドに取り込まれているのを警戒してのことでしょうね! 離れてた期間があるから仕方ないわよね!

 用心深い姉さんらしいけど、そういうことなら仕方がない。有無を言わさず力尽くで私に裏が無いことを分からせてあげるわ!!』


「信頼ってそういうモノだっけ? 正直嫌いなやり方じゃないけど」


『それをアナタに邪魔されると困るのよ!』


 エネルギーシールドが大気を受け流し、加速時の空気抵抗を緩和させる。

 時速2,000キロ以上で激しい急機動を繰り返す両機。

 ブースターの噴射が水面を吹き飛ばし、長大な水柱を上げるほどの低空飛行だ。

 オレンジのエイムが白煙の壁にレールガンを叩き込むが、照準が定まらない上に弾道も安定せず、灰白色に青の機体が物理シールドで弾体を弾いていた。

 コクピット内が大きく振動しているが、赤毛もポニテもブースター圧を緩める気はない。


『姉さんとは生まれた時から……ずっとふたりでやってきたの! 姉さんのド汚いやり方に合わせられるのは妹のわたししかいないんだから!

 だから返して! 返しなさいよぉ…………!!』


 バキンッ! とショットレールガンが広範囲に弾体を放ち、灰白色の機体と海面に着弾する。

 出鱈目に連射しているだけに見えて、その射撃精度はなんなのか。


 通信でハイテンションにくし立てていたスカイだが、最後の方は泣き声だった。

 エイムコントロールに乱れが見られないのは、やはり才能の類か。色々な意味で唯理には迷惑な話である。


 少しだけ、スカイの気持ちも分からなくもない。妹にとって姉は、半身のようなものだったのだろう。

 でも自分に『返せ』とか言われても困るので、


「私に言うなやッ!!」


 瞬間、ブースターの最大出力で海面を爆発させると、一帯を水煙で覆い唯理自身は正面から突撃。

 近距離から撃ち放たれたレールガンを物理シールドで弾き流し、オレンジのエイムの四肢をビームブレイドで一息に斬り飛ばした。


               ◇


 ローグ大隊の訓練に乱入した上に暴走したスカイは、エイムごと拘束されパンナコッタに連れ戻された。

 即、姉から厳重な説教コースである。


「スカイ……あなたね」


 マリーン船長は見たこともないような怒り混じりの渋面をしていた。妹絡みだと、このお姉さんにも取り繕う余裕が無いらしい。

 ところが、そこから句を継げなかった。


 唯理とスカイの戦闘中の通信は、マリーンの方でも聞いている。

 姉が何かを企んでいる、という妹の思い込みを、マリーンは完全には否定できなかった。

 企業幹部時代を知るスカイなら当然の推測であるし、実際に千年王国の艦隊ミレニアムフリートの秘密は知っていて黙っている。


 野心が無い、という点も、正直どうだろうか。

 100億隻の超高性能宇宙戦闘艦を手に入れて、銀河そのものを手中に。

 などという大それたことは考えていないにしても、千年王国の艦隊ミレニアムフリートの情報を秘匿し、こうして宇宙船を運用している時点で、秘密を守ることで何者にも冒されない自由を得ているとも言える。


 姉が隠し事をしているということは、スカイも気付いているのだろう。なにせ産まれてからの付き合いなので。

 これを突き放すのも難しく、往生する思いのマリーンは天井を見上げていたが、


「…………知っているわ、ミレニアムフリートの核心」


「ッ! やっぱり――――!!」


 長考の末、マリーンは妹と秘密を共有することにした。

 ジッと大人しく待っていたスカイは、確信していたことの正しさが証明され、思わず声を漏らす。


「スカイ、この前も言ったけど、わたしにはもう本当に以前のような欲求は無いの。

 でもね、このキングダム船団がビッグ3と肩を並べるほどの権力を得ているのは、それ以上に価値のあることだと思うわ。

 覚えてる? スカイ。子供の頃、あの開発地区でお腹が空いた時に、ふたりで毛玉を追いかけて食べていたのを。

 ここなら、きっとあの時のわたし達が望んでいた生き方ができる。そう、思ってる…………」


 マリーンとスカイ、ふたりが企業の中で出世に耽溺たんできしていたのは、元々はただ生きていく為だ。

 それが、共和国社会そのものといえる企業の中で、いつの間にか出世欲に変質していた。

 共和国という構造をかんがみれば、それは当然の変化だったのかもしれないが。


「わたしはこの船団の体制を磐石なモノにしたいわ。そして、共和国にも連邦にも振り回されずに生きていける場所を作る。

 これは、所詮共和国というシステムの一部に過ぎないビッグブラザーの会長にだって不可能なことよ。

 いずれ通常の船の比率を増やすにしても、ミレニアムフリートの船を使えるうちに、総合力を高められるだけ高めれば。

 どうするのスカイ? 一緒にやる? それとも、ユルドの会長の地位でも狙う??」


 野望などない、と言いながら、共和国を出し抜くと言う姉の微笑は、以前の幹部社員だった頃のモノとよく似ていた。

 自分の想像とは違うが、やはりマリーンは大きな野望を持っていたのだ、とスカイは思う。

 連邦や共和国といった銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシーすら寄せ付けない、絶対的な力。

 どんな形であっても姉と一緒にそれを手に入れるというのであれば、スカイに否があるはずもなかった。


               ◇


 共和国中央星系フロンティア、惑星フロンティアG113W:R、衛星軌道。

 高速貨物船パンナコッタ2nd船内。


 姉と妹、マリーンとスカイの、これまでの長い積もる話が終わった。

 ローグ大隊の訓練が終了となった、3時間後のこととなる。


 スカイの暴走は、姉が各方面に頭を下げ倒して事故ということで処理した。マリーンはこれからも苦労しそうだ。

 しかし、実弾ブッ込んだ相手、つまり唯理には直接謝って来いとスカイは姉に尻を叩かれたらしい。

 デリジェント星系の時と合わせて2回も殺しにかかったのだから、当然と思われる。首都のハイウェイの件も含めれば3回だ。


 唯理の方は、下部格納庫からエイムに乗り移動する直前だった。

 エンジニア嬢のエイミーが、旗艦フォルテッツァで仕事中ということで、その応援に向かうのだ。


「それで結局あなたは姉さんの何なワケ?」


 だが、この妹は本当に謝る気があるのか。

 実際のところ、無い。


 エイムのブースターを換装している唯理が、おもわず半眼のジト目となっていた。

 スカイの方は気まずそうに視線を逸らしているが、かといって謝罪するような殊勝さもない様子。

 仕事で殺し合っているんだから唯理の方も謝られたって困るが。

 そして、どちらかというと、その質問の方がもっと困る。


「『何』と言われても……同じ船のクルーとしか言えないよ? マリーン船長にはお世話になってるけど。

 船団で何かする時の他の船長への根回しとか、実戦の時の船での支援とか」


 改めて唯理とマリーン船長の関係を聞かれても、他に説明のしようがないだろう。

 スカイが聞きたいのは、そういうことではないというのも分かるのだが。


「ただの船長とクルー? ふぅん……その割には、姉さんがあなたのことを話す時の感じが…………」


 淡々と語る赤毛に対し、胡乱な目を向けるポニテ。

 マリーンの唯理に向ける感情を鋭敏に察知するのは、女の勘か妹の勘か、あるいは直感に優れる天才型故か。

 

 ちなみに、スカイはマリーンに唯理の秘密のことは聞いてはいない。

 スカイは未だ共和国企業の所属であり、特にその上役であるシラー会長に問い詰められた場合、隠し通すのは難しいだろうというマリーンの判断だ。

 あの女ベッドで情報を吐かせるのが暴力的に上手いから、と恨み節に言う姉であった。


 そんな姉と上司の過去の関係はともかくとして、スカイとしても姉が重要な情報を握っていることさえ分かれば、自分がその詳細を知る必要はないと思っている。

 徹底した腹心気質。姉に並ぼうと死亡まで偽装したのは何だったのか。


 唯理自体には興味も示さず、ただ姉との関係だけを気にする妹。

 もう勝手に仲良くすればいい、と溜息をつく赤毛の被害者だったが、フと船長のことを考えると、少し気持ちがモヤっと。

 そこで、作業に集中するフリで整備ステーションの操作をしていた唯理は、スカイの前を通り過ぎようとした、その瞬間、


「ふんッ」

「おわ!? は!? なに!!?」


 赤毛の少女はフェンスに両手を突き、そこに体重を預けていた栗毛のポニテを正面から腕の中に囲い込んだ。

 大きな胸から密着して迫る唯理に、不意を打たれて逃げ道をなくすスカイ。

 顔同士も触れそうなほど近付いており、何事かとポニテ妹は目を白黒させいていた。

 これでも暴力沙汰専門の社員なのだが、一瞬で密着され気持ちがついてこない。

 更に赤毛のは追撃をかけ、


「今までは……私は多分スカイの代わりってところだったと思うけど。

 せっかく本物の妹とも再会したことだし、今度また・・マリーン船長にベッドに誘われたらお受けしてもいいかな?」


「…………は!?」


「そこまで気にするなら、スカイも一緒にマリーン船長の夜のお相手、する?」


「はぁッ!!?」


 心臓が止まるほど蠱惑的な笑みで囁く唯理に、スカイの脳は完全に機能停止していた。

 姉とそういう関係になるとか殺意が湧くが、自分がそれに加わるというのは想像不可能だ。


「でも、スカイだって本当はマリーン船長とそういう関係になりたかったんじゃなくて?

 だから、お姉さんの恋人になる相手に嫉妬してたんだと思うけど」


「んな……! そんなワケあるかぁあああああ!!」


 真っ赤になって激怒するポニテ少女。ゼロ距離にいる赤毛の怨敵に掴みかかる。

 これを、接近戦最強の唯理はあっさりスウェーバックで回避。

 イタズラっぽく舌を出しバックステップで距離を取り、そのままエイムのコックピットに滑り込んだ。


 ちょっとした意趣返しである。

 別に本当にマリーン船長の一夜の相手になろうとか、スカイを禁断の道に誘おうと思ったワケではない。

 ただ、姉を独占して当然のように思う妹に、少し思うところがあっただけだ。

 それに振り回される方も、たまったものではないので。


 もっとも、本当に船長に誘われれば唯理としても一考するし、マリーンとスカイが姉妹以上の仲になっても別に構いやしないが。


「コラァ出て来いこのヘンタイ赤毛ぇ! やっぱあんたとはキッチリけり付けるわよ!!」


『ごめんスカイ、わたしフォルテッツァにヒトを待たせてるんで。続きは帰ってから話そうか。

 減圧するからスーツ着るなりエアロックに入るなりしないと危ないよ』


 装甲を素手でドカドカ叩く怒れるポニテをクールに流し、灰白色に青のエイムは発進態勢に。

 スカイもエイムに乗ろうとしたが、オレンジの機体は手脚が切断されているので、使える状態ではなかった。もうケリ付いている。

 後に残るのは、気圧調整室エアロックの窓から吼えるポニテの負け犬だけであった。




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