111G.ブレイズミラージュ デーモンファイア

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 共和国本星系『フロンティア』、中央本星『プロスペクティヴァ』。

 首都『グローリーラダー』。


 ノマド『キングダム』船団は、未だに体勢を立て直している最中だった。

 旗艦『フォルテッツァ』をはじめとする400隻近い宇宙船は、本星の周囲を回る衛星の裏側で修理中。

 自警団ヴィジランテやローグ大隊も、損耗した装備を調達して戦力を整えている。

 船団艦橋メインブリッジの方は、そういった後始末も終わらないうちに、共和国政府との折衝で忙しいそうだ。


 デリジェント星系グループの件を片付けた事で、共和国と支配企業ビッグブラザーはキングダム船団に大負けした。

 しかし、銀河一商魂たくましい巨大国家にして、先進三大国の一角。

 転んでもただで起きる気は絶対になく、新たな餌をぶら下げて、船団を便利に使い倒そうとしている姿勢が露骨に表れているという。

 艦橋ブリッジサイドは元共和国企業の社長、グルー・ブラウニングなど企業交渉に通じた人材の協力を得て、どうにかこれに対抗していた。


 そして、赤毛の死に損ない娘こと村瀬唯理むらせゆいりは、共和国中央本星の首都に降りていた。


 規則性なく乱雑に立ち並び、ひたすら高くそびえる建造物群。

 せわしなく移り変わり続ける、ビルと同じくらいかそれ以上に大きな立体映像広告。

 空を行く多様な飛行ヴィークルと、地上を行き交う無数のヒトの列。

 それらがどこまでも広がる、銀河最大の繁栄と混沌の都の景色。


 そんな超巨大都市の一角、イベント会場や商業施設の集まる超高層ビルの空中歩道。

 そこにもうけられたカフェのようなスペースで、赤毛の少女やお下げ髪のエンジニア嬢、ツリ目のシステムオペレーターが休んでいた。

 観光である。

 ここ一週間ほど、唯理は身体を治しながら、デリカレストランでパンクスタイルなウェイトレスとして働き、託児施設で子供たちと戯れ、仮想現実VRシステムのゲームに興じたりなどしていた。


 新型機開発に乗り出したエイミーは、仕事に没頭し根を詰め過ぎ他に何も手が付かなくなった挙句、このように強制的に休まされている。

 食事や睡眠までなおざり・・・・にしたあたり、仕事中毒などと赤毛の事を言えなかった。

 お風呂まで一緒に入ったのに無反応だとか、重症である。


 フィスは、ふたりの連れ出し役兼引率のお姉さん役だ。

 唯理はこの時代の街歩きに不慣れであり、エイミーの方は思考の9割を使用中で、心ここに在らず。

 どちらも専門分野以外は頼りない事この上ないので、情報の専門職に付いて来てもらったと、こういうワケだった。

 なお念のために、褐色の低身長マッシヴ、ロアド人のコリー・ジョー・スパルディアも護衛として同行している。


 先のマリーン船長拉致誘拐未遂の件は、犯行グループを拘束したと共和国政府は報告してきた。

 当然ながら、そんな話は誰も信じちゃいない。

 拘束された者たちは真犯人の身代わりか、あるいは切り捨てられたものと思われる。

 だが少なくとも、これにより交戦した赤毛のライダーの方が罪に問われるという事もないだろう。


 それで事態が全て収まったとも思っていないので、こうして警戒もしているのだが。


「スゴイね、ド派手で、賑やかで。商業文化の到達点って感じだわ」


「そうかぁ? 『アグリゲイター』の広告みたくオフに出来ないから、ひたすら騒がしいって感じなんだが……。まー慣れてないとそう見えるかもな。

 オレなんかは、別にホロサイトじゃなくてインフォサイトでいいと思うんだけど…………」


 手すりに身を預け、グローリーラダーを視界いっぱいに収める赤毛の少女。

 21世紀出身の女子高生である唯理には、まだまだ見慣れない光景だ。

 あるがままのヒトの営みが嫌いではない赤毛娘は、際限なくそれを発達させたようなこの街に、感心すらしている。


 一方で、何度も惑星に下りた経験のあるオペ娘には、もはやそれほど感動はなかった。

 街中の巨大広告は現実に空中投影されているので、情報機器インフォギアを通したモノと違い個人の視界から消し去ることは出来ない。

 その為、嫌悪感とまではいかないが、少々わずらわしくは感じているようだ。


「……むー……」


 そして、エイミーはテーブルに突っ伏し、寝ていた。

 都市見物に一区切り付け腰掛けたところで、ストンと限界が来たらしい。

 タッチパネルディスプレイを兼ねたスマートテーブルに、恥も外聞もなくよだれを垂らしている。

 メガネの情報機器インフォギアも顔からズレていた。


 惑星改造テラフォームされヒトの生存に適するよう整えられた星は、必然的に過ごしやすい気候となっている。

 地上の喧騒も遠い空中通路は、直射日光もあたらず居眠りに適した状態のようだ。


 周囲にヒトも少なく、とても穏やかな時間が流れている。

 今現在も、外宇宙の多くの星系がメナスの攻撃を受けているとは思えないほどだ。


『ハロー、グッドフォーチュン・リパブリック・ブロードキャスト! グラダーのピープル、有意義な時を過ごしてますか? 今日も最先端をひた走る忙しい兄弟たちに、ホットで実益のあるトピックスを60セコンドでテイクディス!!』


 と、ここで正面にあるビル群の広告映像が切り替わった。

 映し出されたのは、派手なメイクに露出が大きい極彩色の環境EVRスーツを着た、スレンダーな女性。

 共和国最大の放送局が擁する看板キャスターであると、情報機器インフォギアにアクセスしてくる広報データには記載されている。

 他のビルの空中広告も、いくつかは同様のモノとなっていた。

 共和国首都グローリーラダーのみならず、共和国圏の多くの都市で同時放送される、ニュースの時間である。


『我らがリパブリックの派遣したP・F・Cキングダムフリートの第一次掃討作戦で、デリジェント・グループのメナス・スウォームは壊滅的なダメージを受け撤退。政府発表では第二次攻撃を準備中、星系のコントロールを回復するとのことね。

 その一環で、メインベースとして使う為に113番惑星のテラフォームの前倒しを発表。投機筋もこの動きは読めなかったみたいで、もうマーケットでは関連株が5回もトレード・アボートよ。でもまだサプライチェーンが伸びるのはここから。みんな乗り遅れないで!』


 共和国は今まで断固として認めなかったメナスによる被害を、今になってシレっと認めた。

 まるで、これまでもそうであった、と言わんばかりに。

 その上で、問題なく十分対処可能だと言い切っている。

 根拠は、あたかも共和国の精鋭部隊のように持ち上げた、キングダム船団の存在だ。

 この、船団を利用したアッと言う間の手の平返しに呆れると同時に、既定路線のように船団を戦略に組み込もうとする共和国と支配企業ビッグBrosの動きを、艦橋ブリッジサイドは大いに警戒している。


 また、ターミナス星系とデリジェント星系の避難民を受け入れるはずの第113番惑星開発を、戦力拡充の為と名目をスリ替えるのも、大概小知恵が効いていた。

 事前の共和国政府による口止めもあって、メナスに惑星を追い出されたという悲壮感漂う情報も、ほとんど拡散していない。


『次はリパブリック・イミグレーションからのお知らせね。現在フロンティア・グループにノマド「ユートピア」フリートが接近中。グラップリング・メテオのフリープラネットリーグ決勝も近いから、こちらで活動を行うとのことね。当然、政府はこれを受け入れたわ。

 ユートピアはノマドの中でもエンターテイメントが特に活発な船団ね。またマーケットが賑やかになりそうよ!』


 メナスに関わるニュースを極短く切り上げ、派手なよそおいのキャスターはテンション高く次のトピックスへ話を進める。

 腕を振ると背景の映像も切り替わり、映し出されるのは漆黒の宇宙と大規模な宇宙船団の姿だ。

 今ならともかく、少し前のキングダム船団とは比較にならない。


「はー? ユートピアがこっち来るのか。まぁ表向き連邦とは関係ないしな。別にいいんだろうけど」


「なんだっけ、実際は連邦圏の特権階級の保養地、みたいな事を聞いたけど」


「ああ、ハイソサエティーズ連中が連邦の法の外で好き勝手する為の船団、というのが実態な。

 ウチの船長とか、ノマドの中にはアレをノマドとは認めねー、ってのが結構いる。

 まぁ惑星政府の規制を受け入れない為、ってところが同じではあるけど、アイツらの場合は生きる為じゃなくて遊びだから。そりゃムカつくわ」


 その船団の名を聞き、つまらなそうな顔で言い捨てるフィス。

 自由船団ノマドに関する情報は一通り覚えたので、『ユートピア』が少々特殊だというのは唯理も知っていた。


 銀河ビッグ3先進オブ三大国ギャラクシーを主とした惑星国家は、生活、文化、風俗へのあらゆる規制を強めた挙句、多くの人間が住み辛さを覚えるようになっている。

 自由船団ノマドなどはその結果誕生したモノだが、実のところ当事者の政府もまた、自ら課した規制により首が回らなくなっているのが実情だ。


 ところが、惑星住民にそれを強制しておきながら、一部特権階級だけは羽を伸ばす避難所ユートピアを用意しているという。

 通常の自由船団ノマドの乗員からすれば、到底同類ノマドと認められるものではないだろう。


「しかも連中、他のノマドを見下しやがるからな。テメェらのバックに連邦がいるのを隠しもしねぇ。キングダム船団にもちょっかいかけてくるかもなぁ……」


「建前ではノマドでも、実質は連邦の庇護下にあるってワケだ。共和国圏での活動の自由とかはどうなってるの?」


「共和国企業の取締役とか幹部社員なんかが結構ユートピアの客になってるんだよ。実際は共同管理みたいなもんだな」


「どちらにとっても大事な船団、ってことね…………」


「んー…………」


 渋い顔になるオペ娘と、冷めた表情を見せる赤毛娘。どちらも、ひと悶着起こる予感を覚えている。

 そんなふたりの気配にあてられたか、寝ボケたままエンジニア嬢が身を起こした。

 睡眠により代謝が落ちて少し冷えたのか、子供のようにムズかりながら唯理を手招き。

 素直にトコトコ歩み寄る赤毛を、隣のイスに座らせるや抱き付いていた。

 これは寝ボケているせいなのか、狙ってやっているのか。

 フィスはツリ目をさらに吊り上げ、唯理はそのまま軽く抱き締めて背中をさすっていた。


「ユートピアなー……。わたしは何度か行ったんだけどな。まぁお嬢さんらには気分のいい場所じゃないわな」


 少女たちの会話が途切れたところで、口を開くのはボディーガード役のジョーだ。

 キングダム船団に来る前は、方々を渡り歩きショーファイターとして戦いの場を求めていたという。

 ユートピア船団にも、それが目的で訪れた事があるという話だった。


「あそこは表向きお上品だけど、内側はなんていうか……かなりエグイ。ハイソサエティーズが欲求不満を解消する為の場所だからな。セクシャルサービス、上級船員特権、ジェントルマンファースト。基本的にハイソサエティーズじゃない女は物扱いだよ。

 パブリックオーダーもハイソサエティーズに有利に出来ているし。よっぽどの事がない限り行かない方がいいぞー」


「うえー……。それらしい話は聞いてたけど、マジだったか。皇国かよ。てかジョーさんは平気だったの?」


「ふざけた事言う奴はぶん殴ればよかったからなぁ……。あと一応人気ルタドールだったから、それなりの扱いはされていたんだと思う。

 アングラコロシアムは盛んだったから、それが無かったら好んで行きたいとは思わないな。

 それとあんまり知られてないと思うけど、ユートピアには皇国の武家も結構入ってるから。男優位社会ってヤツは、ハイソサエティーズと上級社員連中にも受けがいいらしいや」


 その体制と設立理由以上に見下げ果てた事情を聞き、オペ娘の声色はどこまでも低く。

 赤毛娘も仕事用のクールな表情になり、胸元の少女を隠すような抱き方をしていた。


 それから間もなく、良い夢を見ていたエイミーが至上の谷間から飛び起きたところで、一行は移動を再開。

 気分を変えて、パンナコッタ2号店を参考にして最近開業したという、デリカレストランへ向かった。


 共和国圏でも急激な広がりを見せる、かつての地球で当たり前に見られた料理の数々、デリカレーション。

 それが共和国首都でどのような受け入れられ方をしているか、というのを視察しに赴いたのだが、商業ビル内の店舗に来てみると、船団と同様かそれ以上の集客を見せている。

 唯理たちはアドバイザー特権として簡単に入店できたが、本来は1ヶ月以上の予約待ちだとか。


 ところが、いざ目の前に来た料理レーションは、手動調理マニュアルの部分がおかしな事になっていた。

 合成挽肉を混ぜて捏ねて成型するはずのハンバーグが、何がどうしてそうなったのか、材料全てが粉物かというレベルで細かく粉砕された上に、合成レーションのような固め方をされているという。


 これを見て、「このハンバーグを作ったのは誰だぁ!」とどこぞの評論家の如く赤毛のチーフがキッチンの暖簾を潜ると、案の定スタッフが手作りの部分をよく分かっていなかった、と。

 結果、ここで唯理が緊急指導するハメとなる。


 パンナコッタ、グローリーラダー店。

 早くも看板の危機であった。


               ◇


 共和国本星系『フロンティア』外縁部。


 一通りキングダム船団の宇宙船が修理を終えると、共和国政府からは遠回しに、本星系宙域から移動するよう求められた。

 星系艦隊以上の戦力を持つ自由船団ノマドが近くにいると、防衛体制が落ち着かない、という理由らしい。

 散々船団の戦力をあてにしておきながら、自分達の都合で厄介者扱いか。

 と憤るのは、コーヒーの消費量ウナギ登りな船団長である。

 最近の葛藤は、天然の腸内醗酵豆に関することだとか。

 至高のコーヒーがどうとか余計な事を言ったのはどこの赤毛だろう。


 船団を守る有志の自警団ヴィジランテ、そして首に縄付けられた番犬『ローグ』大隊も、装備の補給を終え戦力を回復させていた。

 結局、ローグ大隊のチンピラ兵士の中から離脱者は出ず。

 主要装備のエイムの他、アッドアームズや火器を増強し、訓練を重ねて戦闘力を上げている。

 また、自警団ヴィジランテが一部の訓練と装備をローグ大隊と共有化し、こちらの戦力も引き上げていた。


 キングダム船団はデリジェント星系グループからの加入希望者を受け入れ、宇宙船の数を950隻にまで増やし、再編成を終えている。

 エイム等の兵器による機動戦力も整った。

 ノマド『キングダム』船団は、これからも自由と安住の地を求めて宇宙の旅を続けていくことになるだろう。



 そんな新たな旅立ちの予感を覚える暇もなく、船団内にはエマー3が発令されていたが。



「ユートピアのバカどもに警告しろ! 船団ごと消し飛ばされたくなければエイムを引っ込めるように言え!」

「こちらキングダムコントロールからユートピア船団へ、現在貴船団所属のヒト型機動兵器が当方へ急速接近中。当該機より行動目的の応答なく――――」

「コンバットコントロール、全船団戦闘態勢へ! 火器管制部署スタンバイ! ダメコン部署スタンバイ!」

「ヴィジランテ所属船が移動します! 防衛フォーメーションに移ります!!」

「エイム部隊発進準備中!」

「ローグ大隊は出られるのか!?」

「ローグ大隊発進待機中ですが、大隊長より待機命令出てます! ラビットファイアは発進よし!」


 艦隊指令艦橋ゼネラルコントロール内が薄暗くなり、中央の戦術ディスプレイが輝きを増す。

 慌しくなる艦橋の中、担当の艦橋要員ブリッジクルーが受け持ちの部署を大急ぎで動かしていた。

 急いではいるが、慌ててはいない。

 何度も重ねた訓練と過酷な実戦の経験が、ノマドを正規軍に劣らない戦闘集団へと昇華させている。


 現在、キングダム船団に高加速度で近づいているのは、ノマド『ユートピア』船団から発進したヒト型機動兵器集団だった。

 いずれも、少々特殊ではあるが戦闘用のエイムであり、武装も確認されている。

 それが通信に応答せず突っ込んで来るならば、これは戦闘行為と受け取られても、安全保障上仕方がなかった。

 船団長が怒鳴り通信手がユートピア船団に確認を求めるが、今のところ応答も無い。


 同時刻、高速貨物船パンナコッタ2ndの通路内にて。


「『エイム・フォーミュラー』? 通常のエイムとは違うの??」


『んあ゛ー……状況に合わせたカスタムが容易、っつーのが売りのエイムなんだけど、実際にパーツ単位で軍用エイムの5倍くらい値段が違うんだわ…………』


 黒とオレンジの船外活動EVAスーツを身に付け、赤毛のエイムオペレーターが格納庫へと急いでいた。

 船首船橋ブリッジのオペレーター女子と通信しているのだが、なにやら相手の返答が煮え切らない。

 どうも、フィスにもよく分からない状況だとか。

 予想される敵機の情報を聞くと、赤毛の方も首を傾げていた。


 そんな事を話しているうちに格納庫へ到着すると、そこではメガネのエンジニア嬢とメカニックの姐御が待ち構えていた。


「もーまだ仮組みして調整中だよ!? 迎撃なら他のヒトに任せればいいじゃない!!」


「わたしもまだ実戦に出るのは早いと思うがな……。とりあえず治療が終わっただけだろう」


「実戦が一番のリハビリなんですよ」


 ぷりぷりお怒りのエイミーお姉さんと、苦言を呈しながら半ば諦め気味のダナ。

 ペロッと舌を出して更に萌え怒らせる赤毛は、フと真剣な顔となり、目の前のエイムを見上げた。

 そこにあるのは、この時代で目覚めてから常に共に戦ってきた、自分の搭乗機だ。


 しかしその姿は、あまりにも変質している。


「…………エイミー、実際問題なく使えるんでしょ?」


「それはね……スキャンシミュレーション上は大丈夫だけどぉ。各部の稼動も確認はしたけど、全体のバランスを診るのはこれからだし。それに戦闘時の耐久テストもやってないよ?

 エンジニアとしては、こんな信頼性の怪しい機体で出すのは反対です!」


「ゴメンね、一通り新機能のテストもしてくるから。エイミーお姉ちゃん♪」


「フムー!!」


 見惚れるほど鮮やかな笑顔で、両手を合わせ謝意を述べる赤毛の美少女。

 普段そんな顔しないクセに、とエンジニア嬢は真っ赤な顔でブンブン腕を振り回していた。憎たらしいけど大好きだチクショウ。

 そんな笑顔に騙されないダナ姐さんは、ジトッとした目で唯理を見据えていた。

 ついでに、通信で一部始終を見ていたツリ目娘も、似たような目をしていた。 

 赤毛の方は気付かないフリをしていた。


 整備ステーションのリフトに乗り、唯理はエイムの胸の高さまで上がる。

 情報機器インフォギアの信号を受け取ったエイムは、胸部の装甲を持ち上げコクピットを開放。

 外側同様内部もすっかり新品になっており、破損した痕は全く見られない。

 エマー3発令下なので、唯理は手早くコクピットに滑り込むと、オペレーターシートに着きインバース・キネマティクス・アームに手足を通した。


「――――ジェネレーターチェック、ブースター燃焼OK、発進チェック問題無し、ネザーズ同調確認、オールグリーン、発進よし、発進よし」


『こっちでも確認。エイミーも言ってたけどまだ未完成のエイムだ、少しでもトラブったらすぐ戻れよ。

 カーゴコントロール、減圧開始、正面扉開放スタンバイ』


 スムーズに機体の発進チェックを終えると同時に、エイミーとダナが気圧調整室エアロックに退避。

 格納庫内から空気が抜かれる。

 照明が落とされ、非常灯のみともされた格納庫は、正面扉が開きつつあった。

 赤毛のオペレーターはスーツのヘルムを閉鎖し、内部の気密を確認。


 重力制御により僅かに浮き上がるヒト型機動兵器は、背面のブースターを最小で燃やし微速前進する。

 限られたあかりに浮かび上がる、灰白色に青というカラーリング。


 だがそれは、以前の無骨ながらどこか角の取れた印象とは異なる、威圧感のあるシルエットだった。

 特に顕著なのが、両側頭部に増設された大型の導波干渉儀通信アレイ。

 倍に増やされ、多方向ベクトルへの同時推進を可能とした、両肩部の機動用マニューバブースター。

 大腿部のランディングギアに可動式アームで接続された、推進器兼武装システム。

 そして、腕部マニュピレーターは内蔵兵器と外部駆動系の追加で無骨さを増し、全体的にもブースターを増強していた。


 スーパープロミネンスMk.53改_『イルリヒト』。


 鬼火と共に生まれ変わったその機体エイムは、真空中へ出ると同時にブースターを全開に。

 全身に青白い炎を纏い、これまで以上の機動力で戦場へと斬り込んで行く。





【ヒストリカルアーカイヴ】


・アグリゲイター

 仮想現実空間内の共有スペースの通称。

 現実以上の巨大都市や、何も無い荒野、石造りの遺跡など、様々な空間がある。


・ハイソサエティーズ

 連邦圏における特権階級の通称。共和国圏の企業役員や幹部を示す事もある。

 歴史と伝統ある名家としての『ノブリス』、資産規模や社会的立場のある名士としての『シチズン』と、更に分かれている。


 



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