108G.バーニングブラッド オーバードーズ
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天の川銀河、スキュータム・流域ライン。
共和国圏、デリジェント星系グループ
本星『ヴァーチェル』、衛星『フロイング』宙域。
830隻の宇宙船が、全方位を光線で薙ぎ払いながらひたすら前進を続ける。
押し寄せるメナス自律兵器群は、青い屈折レーザーに溶断されると、緑の爆炎と化し真空中に散って消えた。
そんな輝きが、無数に発生しては瞬く間に消えていく。
しかし、メナス艦隊は破壊される以上に数を増やし続けており、今やデリジェント恒星系を埋め尽くさんばかりだった。
船足を緩めれば、四方八方から滅多打ちにされ全滅する事請け合いであろう。
一方で、船団の脅威となるのはメナス艦隊だけではない。
15メートル台のヒト型機動兵器『エイム』に近いサイズでありながら、艦隊戦力と同等かそれ以上の火力を振るう、メナスの特殊機型だ。
突進力と打撃力のバランスに優れた、トルーパー
そういった既存の種類とは異なる、恐らく唯一無二のメナスの機種。
それは小型で捉え辛く、判別し辛く、気付いた時にはすぐ近くに接近を許している事も多い、目下人類最大の
救助活動の現場でそんな悪夢と遭遇してしまったキングダム船団だが、今のところその相手は、謎の所属不明機が引き受けていた。
白と黄金の雄々しい機体は、荷電粒子兵器の直撃を受けながらダメージを負う事なくメナスの特機に攻め込んでいる。
その異常な防御能力の正体も戦闘目的も不明だが、一刻も早く宙域から離脱しようとする船団には好都合な事だった。
そして赤毛のJKオペレーター、
メナス特機との交戦中に背後から不意打ちされ、灰白色と青の機体は左腕マニュピレーターやブースターを一部失い、中身の赤毛娘も負傷している。
それで動きが悪くなっているかというと、そんな事もなかった。
それどころか唯理の攻勢は、狂暴さを増すばかりだ。
「くぅッ!? このエイム乗り……どうしてノマドからこんなのが生まれますの!!?」
筋肉ダルマのようなヒト型機動兵器、マンサーヴァントがプラズマ掘削ドリルで
金髪ロール髪のオペレーター、エリザベスの必殺技であり、直撃の瞬間に機体の最大加速を合わせる完璧な間合いで繰り出していた。
それが、なんど仕掛けても紙一重でかわされる。
直後に灰白色のエイムは、エリザベス機へ腕部固定のビームブレイドを振るった。
腰部のリバースブースターを全開にしてエリザベスは飛び退くが、もう少し深く踏み込んでいたら真っ二つにされるところだ。逃げ切れずにシールドごと胸部装甲を削られたが。
逃げの一手から反撃に出たかと思えば、今度は自分が防戦一方を強いられる。
金髪ロールの少女も、今までにないギリギリの勝負に冷や汗が止まらない思いだ。
「何をしているの貴女の獲物でしょう!? このまま
などと通信で怒鳴りながら、エリザベスはプラズマドリルとは逆側のマニュピレーターでレーザーガンを発砲。灰白色のエイムへ牽制射を叩き込む。
逆に赤毛の少女の方は、大口径レーザー砲とアサルトライフルの集中砲火。
おまけに、ライフルを握ったマニュピレーターはビームブレイドも展開したままだ。
火が付いたような攻撃の勢いに、全速後退するエリザベス機のシールドが叩かれる。
射撃しながら迫る灰白色に青のエイム。
栗毛のポニテ少女、スカイも多連装レーザー兵器で援護したいが、唯理がエリザベスのエイムを常に盾にする位置に入るので、発砲出来ない。
『射線から避退しなさい! まとめて撃つわよ!!』
『それなら位置と距離を変えてはいかが!? 引き剥がせないんですのよ!!』
側転するような機動で近距離からレーザーをかわす赤毛は、ほぼ真正面からエリザベスへの距離を詰めていく。
後退しながらも狙い澄ます金髪ロール娘は、相手のレールガンが弾切れになったところで一気に反転加速。
正面からやや右側、唯理の不自由な左側面をレーザードリルで抉りに行くチャージ攻撃を仕掛ける。
だが、直前に機体を旋回させ、遠心力に乗せレールガンを投げつける灰白色のエイム。
エリザベスは咄嗟にプラズマドリルで破壊するが、その隙に唯理は間合いを潰し突撃。
ぶん殴る勢いで装甲の隙間に腕をねじ込むと、捕まえたままブースターを燃やしスカイの方へと押しまくった。
『な!? 何をしますの!!?』
『ちょ!? ――――邪魔!!』
エリザベスがブースターを吹かして抵抗するのも、スカイが僚機ごと敵を撃ち殺しにいくのも、間に合わない。
敵エイム同士を激突させる唯理は、間髪入れずアッドアームズの大口径レーザー砲をゼロ距離から押し付ける。
◇
オレンジの装甲を持つ、生物のようなヒト型自律兵器、メナス特殊機体。
その武装である肩から伸びたロッドは、様々な形態で荷電粒子を放つという、凄まじい破壊力を振るっていた。
ところが、新たに出現した謎の白いヒト型兵器は、艦隊を全滅させかねない攻撃をモロに喰らっておきながら、全くダメージを負った様子が無かった。
白い機体は、光を放つレイピアに似た武器を、メナス特機へ突き出していく。
メナス特機は燈色の装甲を削られながら、白い機体に
それすらレイピアで打ち払う白い機体は、一方的にメナス特機に光の刃を突き立て続ける。
だが、そのような絶対的優勢に見える白い機体も、内情は決して楽観的なモノではなかった。
「……クソッ!? またアーマーの強度を上げたな! それともバニシングブレイドにも耐性を得たか!!?」
荷電粒子の剣が白い機体を叩くが、搭乗者のブレイブは機体を
しかし、ブレイブの方もメナスにダメージを与えられなかった。装甲を多少傷つけるだけだ。
メナスは、特に最上位機種たる『マレブランス』などは、常に自己を強化する。
だとしても、ここまで手詰まりになるとはブレイブも想定外だった。
しかも、ブレイブと白い機体の防御能力も、無敵ではない。
絶対不壊の権能は、それを行使する少年に消耗を強いるのである。
その一方で、マレブランスの限界というのは、ブレイブのほか11人も見た事はなかった。
「ならばまずはその乱れ髪! そいつを引っこ抜いてやる!!」
ブースターから白炎を広げるブレイブ機は、メナス特機の肩の武装を狙い、レイピアを構え再度突撃する。
メナスのロッドからは荷電粒子が溢れ出すが、まだまだブレイブも防御を打ち破られるほど疲弊してはいない。
強力な荷電粒子波をかき分ける白い機体は、その先にいる敵機の肩の位置を狙い、
突き立てようとした寸前、唐突に目の前に現れたオレンジのメナスが、ブレイブ機の二の腕を掴んでいた。
「なんッ――――!?」(掴まえに来た!? 何をする!? エネルギー鞭を目くらましに!!?)
即離脱しようとするブレイブだが、メナス最上位機は単純な馬力も、他のメナスとは桁違いだ。
腕を引き抜かんばかりのパワーに、ブレイブの白い機体が軋みを上げる。
装甲は絶対不懐に出来ても、構造自体はエイムのような汎用兵器より多少頑丈な程度だった。
しかもそれだけに留まらず、メナス特機は肩のロッドを正面に向け突き出してくる。
振り払おうともがくブレイブは、いったい何をするつもりかと焦燥の中で見る事となったが、
「ぬぅッ!? こいつ…………!!?」
白い機体を捕まえた体勢で、メナスは左右のロッドの間に荷電粒子柵を形成。
閉じ込めたブレイブを、機体諸共封殺した。
(マズイッ……!?
「うぉあああ!!」
ブレイブ機は自由な脚でメナス特機を蹴り飛ばすが、メナスは白い機体の腕を掴んで離さない。
すぐ目の前の、頭部の真横から正面の下へ向かい刻まれた溝の奥。そこにある四つの目のような光が、喜悦を表すように形を変えていた。
少年は集中を一瞬たりとも絶やせない。
機体を守る権能が消えた途端、荷電粒子柵の中で磨り潰されて、一巻の終わりだ。
ブレイブはここで死ねない。
少なくとも、連邦の奴らに借りを返すまで。
ならばここで、奥の手をひとつ出すのも、止むを得なかった。
「しりぞけ! 『リフューザル・ギャップ』!!」
ここまで大して使っていなかったエネルギーシールドを、ブレイブの白い機体が展開。
同時に、天使の如き権能を、そのシールドに対して全力で適用する。
瞬間、この銀河で広く使われている規格の斥力場と重力場の膜は、常識では考えられないほど強度を増し、ゼロ距離からのメナスの荷電粒子放射を弾き散らした。
自分の懐で爆発が起こったような現象に、オレンジのメナスが激しく吹き飛ばされる。
「ごあッ…………!!?」
ブレイブの方も弾き飛ばされたが、ダメージの度合いはメナスより大きかった。
しかも、権能が切れたところで自分の機体が背面から何かにぶつかる。
どうやら機動戦闘の間に大分移動したようで、ブレイブのすぐ後ろには、キングダム船団の超大型戦闘艦がいた。
接触したのは、そのエネルギーシールドである。
「しまった……!?」(敵対、と思われてはいないな? 今あの青いレーザーに撃たれるのは避けたい。それに……思ったよりやられた、こっちも限界だ。
マレブランスを仕留めるどころか逃げるみたいなのが業腹だが、ここは退くしかないだろうな。
今までマレブランスは引き付けたんだ、ノマドにも後は自力で――――――)
白いブレイブ機は、腕部関節だけではなく、幾度となくメナスの荷電粒子砲に耐えた表面装甲までが、今は大きく傷ついていた。
これ以上の戦闘は無意味、と判断する逆立て髪の少年は、速やかに母船と合流し宙域から離脱しようと考える。
だが、その判断よりメナス特機の動きの方が早かった。
ブレイブ機のレーダーシステムが、マレブランスと超高レベルのエネルギーを探知。
見ると、オレンジのヒト型メナスがロッドを白く輝かせ、その先端をブレイブ機とキングダム船団旗艦へ向けているところだった。
一目で、それがマレブランス『スカルミリオン』の最大出力だというのが分かる。
これでは、ブレイブひとりが助かっても、キングダム船団の旗艦は耐えられない。
「コイツ!? もう1発……いけるか!!?」
ブレイブは選択を強いられた。
今一度奥の手を使い、後方の船の盾となるか。恐らく攻撃範囲的にカバーしきれないが。
キングダム船団の旗艦は、メタロジカルテクノロジーで作られたルーインシップである。ならば、マレブランスの最大砲撃でも撃沈まではしないか。
あるいは、スカルミリオンの砲撃前に、攻撃を止める事が出来るか。打撃力という点では凡庸な自分では勝ち目が薄いが。
逡巡する時間は、1秒も許されない。
しかし、既に大きなダメージを負っている事が、ブレイブの動きを鈍らせており、
「その前に死ね!!」
対象的に火の玉のようになっている、赤毛娘のスーパープロミネンスMk.53改がメナスを強襲。
かと思えば、背面に装備していた
◇
赤毛の少女は、栗毛のポニーテールと金髪の縦ロールを撃墜する寸前だった。
しかしそこで、宙域に展開していた小型メナスの一部が、唯理の方を攻撃。
赤毛娘は捕まえていた2機のエイムを蹴っ飛ばし、そちらの迎撃に切り替えたのである。
小型メナスを破壊した直後、唯理は仕留めていないエイム2機をすぐさま捕捉にかかったのだが、ちょうどそこでメナス特機と謎の白いヒト型機の状況を確認。
よりにもよってフォルテッツァが巻き込まれる位置にいたので、全力で救援に向かったと、こういう流れだ。
だが、ここまで血を流し過ぎたので、もうほぼ本能だけで動いている。
自分の帰るところが最優先で、一瞬前まで喰い殺そうとしていた2機の事さえ、既に忘却の彼方だ。
切り離されたブースター一体型の兵器は、唯一残った大口径レーザーをオーバーヒートするのもお構いなしでメナスへと乱射していた。
それ自体はメナス特機にダメージを与えられなかったが、本体が
やむを得ずロッドの荷電粒子砲が迎撃に使われ、半自律補給支援兵器システムは、巨大なエネルギー流に飲み込まれる。
『ユイリ行ったぞ! その軌道に投入したからな!!』
「アッドアームズコントロール! AAM-004にコンバージョン! ミラーマニューバモジュールにデータリンク! ドッキングはマニュアルで!!」
『AAMS CV.ctrl:AAM-004 datalink green』
その
左腕を失った灰白色に青のエイムと、後方から距離を詰める
それらは急速にメナスへ接近しつつ、後方、アッドアームズの方は
そうして双方は接続用ハードローンチを強固にかみ合わせ、アームによって互いを引き込む。
『アッドアームズシステム、AAM-004オンライン、コントロールオープン』
全ての接続と機能の同調が完了し、灰白色に青のエイムは、新たな装備を身に着けていた。
そしてとりあえず、唯理は右アームの武装を
『んなー!!?』
『なんでー!!?』
通信で
実際にはそこまで頭が回っていないので、ほぼ勢いだけだったが。
たかだか時速数万キロメートルの物体など、メナス特機は脅威と捉えなかった。
回避する必要性も見出せず、しかし妙に狙いが正確だったので、ぶつかるに任せる。
ところが、その物体が装甲表面に当たった瞬間、妙な反応をメナス特機は捉えていた。
熱量無し、あるのは防御用の斥力場シールドの反応のみ。
それが攻撃だったのか否か、メナス特機にはあまり重要な問題ではなかった。
急接近して来る灰白色のヒト型機動兵器に、荷電粒子砲のロッドを向ける。
今度は1点に火力を集中した撃ち方ではない、広範囲に逃げ場なく拡散する、波状攻撃モードだ。
最初の戦闘時とは異なり、灰白色に青の機体は急激な機動をして来ない。
ただ真っ直ぐ突っ込んで来る相手に、メナス特機はこれまでの最高密度で荷電粒子流を展開し、
「『
赤毛のオペレーターは、アッドアームズに搭載した武装の出力設定を最大へ。
目の前には、暗緑色の荷電粒子の壁。
その全てが尋常ではないエネルギーをかけられ、速度も光速の98%と常人に捉え切れるモノではなかったが、
村瀬唯理は、ヒト型機動兵器にて左アームに支えられた
高機動のまま居合の構えを取るエイムは、限界を超えた速度でブレイドを斜めに切り上げ、荷電粒子の波を斬り払って見せた。
興奮と歓喜とあと何かよく分からない感情で、赤毛の美少女の顔が狂気に歪む。
新たな武装は刀身が本来持つ機能を忠実に発揮し、超高出力のエネルギーシールドを刃の形に展開していた。
アッドアームズ・システム004『
星屑を宿すようなガンメタルブラックの
メナス特機、最上位個体マレブランスのひとつ。
スカルミリオンの状況判断機能は、その一瞬だけ完全に理解を停止していた。
白い機体の不壊特性とは違う、力尽くで荷電粒子による攻撃を突破して来る存在。
その相手が脆弱な人類の機動兵器に過ぎないという事実が、どうしても現実との整合性を付けられずにいる。
そこに答えを見出す前に、スカルミリオンは迎撃をはじめていた。既に敵は、一瞬で自分に到達する距離にいるのだ。
もはや選択される攻撃は、常に最大出力しかない。
ロッドから放たれる荷電粒子の砲撃は、出鱈目としか言えない規模で乱射され、宇宙を鈍い光に染め上げる。
しかし、灰白色に青のエイムは最大加速度を維持していた。
正面から飛来するエネルギー弾は屈折する軌道で回避し、逃げ場が無ければ手にしたシールドブレイドで叩き斬る。
その打ち筋が王手をかけようという時、スカルミリオンはついに拡散荷電粒子砲を撃ちっ放しにしはじめた。
いったいどこからそれだけのエネルギーを持ち出しているのか、と誰もが疑問に思うほどの、終わりなき砲撃の嵐。
白い機体も、船団も、惑星も、宙域に存在する全てを、完全に消滅させようというスカルミリオンの傲慢な意志の表出である。
無論、唯理もそれを許す気はなく、許容できる限界まで距離を詰めるや、コクピットのペダルを完全にブッ壊す勢いで踏み付けた。
肉体の限界を迎えていた赤毛の少女は、既に半分意識が無い。身に染みた技術と単純な想いだけで動いている。
そして、目の前にいるのは自分と守るべき者たちを脅かす、敵だ。
気が狂わんばかりに暴走する意思は、呼応するヒト型機動兵器の全リミッターを吹っ飛ばした。
メタロジカル・ジェネレーター、グラビティコントロール・プロセッサー、ネザーリンクインターフェイス、レーザーイグニッションブースター。
それら全てが、カタログスペックを大きく逸脱するほど性能を引き上げていた。
50Gを超える加速度で跳ね回るエイム、その手にした刀剣兵器が片側のカバーを持ち手側にスライドさせ、折り畳んで格納していた刃を先端から回転させ引き上げる。
元の剣先にあったボルトも回転しつつ元の位置に戻り、展開したブレードを強固に固定。
これにより真の姿を現し、大太刀モードとなった刀身の長さはエイムと同程度の14メートル超に。
製作者であるメガネのエンジニアが設定したリミッターも外され、更にエネルギーの刃が伸ばされた。
「ッ――――ガ――――――――ア゛――――――――!!!!!!」
咆哮は声にならない、美少女が出していい叫びではない。
もはやかわせる攻撃をかわさず、機体の負荷を無視して高機動を繰り返し、自身を回転させ刃を振り回す。
放出しては端から切断される、荷電粒子流。
スカルミリオンは肩のロッドと、それに掌の砲口から荷電粒子弾をバラ撒き赤毛の少女に叩き付ける。
唯理はそれを、一瞬で斬撃を十字に重ね全て相殺。
スカルミリオンが次のアクションに入るにはどうしても一瞬の隙が生まれ、
武人の魂が、村瀬唯理に理性を取り戻させる。
思い出すのは、流派『叢雲』の奥義。
赤毛のオペレーターは機体の回転を留め、その運動エネルギーを一身に蓄積し、反動の均衡点に至ったのを感じ取った瞬間、脚部と背後のブースターを文字通り爆発させた。
全ての重力制御、爆発による700Gオーバーの加速力、機体の回転による全ての破壊力を刀の突きただ一点に収束する、
これをして、閃剣、『神徹』。
勢い余って、灰白色のエイムの右腕マニュピレーターも叩き込み、関節から壊れ脱落してしまう。
あまりの衝撃により吹き飛ぶスカルミリオンだったが、その後の取り乱し様の方が激しかった。
四肢をバタつかせ、胸部に潜り込んだグチャグチャな機械類を必死になって引き抜こうとしている。
「ここで1体落とせる! 逃がさんぞマレブランス!!」
その千載一遇の
オレンジのヒト型メナスは、接近する相手に気付けない状態だったが、結果としてブレイブが念願を果たす事は出来なかった。
新たなメナス特機から、荷電粒子弾の横槍が入った為だ。
「ッ……!? ここで特機だと!? インスペクター、いまさら出て来るのか!!?」
ブレイブの白い機体が、警戒の為にブースターを吹かして後退する。
舞い降りるように宙域に出現したのは、両肩に大型のシールドユニットを兼ねる荷電粒子砲を装備した、ヒト型のメナスだった。
他のメナスに比べて、より生物の特徴を顕著にする装甲。
四肢の先端の、猛禽類に似た爪。
そして、鋭利な兜を着けたフクロウのような頭部。
かつてターミナス星系でキングダム船団と唯理が遭遇した、メナスの上位個体である。
消耗し切ったところで最悪のメナスの増援、とブレイブなどは思ったが、フクロウのメナス特機はスカルミリオンの装甲を掴むと、相手が暴れるのを無視して引っ張っていく。
その間際、ボロボロになった灰白色のエイムを一瞥したが、そのまま高速で飛び去っていった。
「…………クソッ」
マレブランスを仕留める機会を逃し、それどころか新たな上位個体相手に動けなかった内情を、悔しさと共に吐き出す少年。
スカルミリオンが逃げた為か、他のメナス艦隊も一斉に後退する動きを見せていた。
キングダム船団は損傷した船やエイムの救援に移っている。
それも、デリジェント星系からの離脱を進めながらだが。
『潮時ですわ。キングダム船団とローグ大隊が態勢を整える前に逃げますわよ』
『…………逃げたければ逃げれば? 今ならローグ大隊の隊長機を落とせる。味方に回収される前に仕留めるから……!』
『で、あのバケモノみたいな火力の戦艦に八裂きにされますのね。どうぞお好きに。
完全に出遅れたスカイは、戦闘力を失った唯理を目前としながら、断腸の思いで撤退せざるを得なかった。
エリザベスからの皮肉混じりの忠告が無ければ、そのまま襲いかかっていたかもしれない。
しかし、ステルス機能で姿を消して、隠してある宇宙船の方へ向かいながらも、フと思う。
両腕部を無くし、火器を失い、幾つものブースターを脱落させながら、それであの赤毛娘が戦意を失ったかどうか。
あるいは……と思ったところで、自分が僅かにホッとしているのに気付き、栗毛のポニテ少女はその考えにフタをしていた。
◇
所属不明機が文字通り姿を消し、同じく謎の白いヒト型兵器も白炎を広げ急速に宙域から離脱していく。
そして残された灰白色に青のポンコツは、慣性に流されるまま真空宙を漂っていた。
機体はピクリとも動かない。生命維持機能以外の全てが停止した状態だ。
コクピット内は、酷い有様だった。
全周ディスプレイはヒビ割れ、一部剥離し、外の景色を映さずエラー表示のみ点滅させている。
背面から伸びるインバース・キネティクス・アームは、右腕用以外は壊れていた。
重力制御も効いていないので、オペレーターの少女は浮き上がっている。
唯理の姿も散々たるものだ。
左腕と脇腹、大腿を主とした切創、出血、骨折。テンションを上げ過ぎた鼻血。脳のリミッタを外して暴れた後遺症の、筋肉痛。
暴れ過ぎて、体力も気力も尽きた。死んではいないが、目は完全に死んでいる。
救援が来る事は分かっていた。メナス艦隊が退いているのだ。全滅していなければ、ローグ大隊でもなんでも来るだろう。
しかし、唯理は絶望していた。
「マズイ、やり過ぎた……………………死にたい」
ハイテンションの揺り戻しだろうか。
不意を打たれた襲撃だったので仕方のない事ではあるが、その後の中破したままでの戦闘継続、メナス特機へのアッドアームズの自爆特攻、開発中の装備を使い潰し、自分のエイムは何か知らないが外側も内側もメチャクチャ、と。
そういえば途中の通信でエイミーが泣いていた気もする。
このままパンナコッタに帰ったら、お姉さん方にいったい何を言われるだろう。
それを考えると、もうしばらくこのまま膝を抱えて宇宙を漂っていたい赤毛の引き籠りである。
たった今そのパンナコッタとラビットファイアが迎えに来たので、唯理の願いは叶わないのだが。
デリジェント星系を覆うメナス群は、一時的に本星ヴァーチェルや衛星上のハイヴに集結する動きを見せていた。
この間に、キングダム船団はヴァーチェルで救助した100万人を連れて星系を脱出。
ワープゲートを利用し共和国中央星系に戻るのだが、その間はほとんど問題が起こらなかった。
こうして、キングダム船団として初の大規模作戦行動は、一応の成功を収める事となる。
大きな損害も被る事となった船団には、物的にも人的にも休養が必要だ。
今回の件で船団の総力も見直される事となり、再編成も必要になる。
また、船団が力を示した事で生じる問題もあり、色々と安定するのは当面先になると思われた。
そして個人的にも様々な面で大ダメージな赤毛の少女、村瀬唯理。
こちらも、ブッ壊した装備やら自分の治療やら心配をかけたお姉さんたちへのフォローやらで、平和の中でも気の休まる暇はなさそうである。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・
アッドアームズ004『太刀持ち』が搭載するシールドブレイドの試作1号。
ドミネイター艦隊の艦載機が装備していたシールド破砕機を参考に、エイミーが唯理の専用武装として開発中の物。
本来防御に用いる斥力場フィールドを、発生サイクルと強度を破壊に適した形状に変形させ敵に叩き付けるのを目的とする。
ブレイド、というが、性質は電動ノコギリやチェーンソーなどに近い。
なお、真改国貞は地球にいた頃唯理が所持していた打刀の名称。高名な武士の持ち物でもあり、多くの人間を救った守り刀でもある。
・
唯理の実家、叢雲一門の剣術の奥義。
本人が大半を忘れている上に、唯一思い出した『
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