109G.リモア アンド キャンノットリムーブ

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 共和国中央星系『フロンティア』、本星『プロスペクティヴァ』衛星『ユリアナ』地表面。


 剣のような形状シルエットの鋭い宇宙船。クレイモア級『フォルテッツァ』、全長10キロメートル。

 この旗艦フラグシップを中心に、830隻もの宇宙船が本星からは見えない衛星の反対側に停泊中だった。

 大気のほぼ存在しない、無音に近い静かな領域。

 一時は破損した宇宙船の修理で活発な動きがあったが、現在は落ち付いており、飛び回る作業機械も大分数を減らしていた。


「船団長……? せんだんちょー」


「…………ん? あぁ、すまん」


 黒髪ボブカットの出来る系副長に呼びかけられ、浅黒い肌に白髪の男、船団長のディラン・ボルゾイは目を覚ました。

 そこは船団長の私室ではない、艦隊司令艦橋ゼネラルコントロールの中、艦隊司令の椅子の上である。

 ここでは未だに大勢の艦橋要員ブリッジクルーが動いており、睡眠に適しているとは言い辛い環境だ。

 しかし、それらの音もどこか閑散とした静けさを伴っており、居眠りをするのも理解出来ないではなかった。


「お疲れですか? 状況も落ち付いていますし、一度お部屋で休まれては…………」


「いま休んだ、それほど疲れもない。それより報告があるんじゃないのか? 艦内インカムは通せない話だろう」


 伸びをするのも船団トップとして外聞が悪い為、目立たない程度に肩甲骨を張らせ、首を回す船団長。

 そこでフと、最近飲むようになったコーヒーが欲しくなった。

 船団内で独自に再現した、大昔の人類が嗜んでいたというカフェイン飲料。

 ディランは既に、健康管理システムからヘルス警告が出るほどこれを愛飲している。

 同じような状態にある者も、船団内には多かった。


「はい……えと、まず損害の全容が纏まったのでそちらのご報告を。データに出てない部分としては、『スタッグエイブン』、『サイレントセオリー』ほか15隻が廃船、または解散を検討中。船団からの離脱希望者も含まれます」


「そうか…………」


 報告の触りを聞いただけで、船団長はもうパンナコッタ2号店にデリバリーを頼む事に決めた。

 仕方ないが、やりきれない内容でもある。


 船団長の目の前には、先のデリジェント星系、ヴァーチェル宙域での作戦において発生した被害の一覧が、データとして空中表示されていた。

 宇宙船などの物的損害の他、人的損害の詳細なデータもそこに記載されている。

 メナス自律兵器群との戦いでは死者も出た。

 1千万を超える母艦型に、それ以上の脅威となった特殊機体型。

 これらを犠牲無しで切り抜ける事は不可能であり、船団の半数近い約400隻が中破以上。

 修復不能になる船や、人員不足から解散という事になる船が出るのも、やむを得ない流れであった。


 失ったモノは小さくないが、だが得るモノは大きかった、はずだ。

 その為に受けた依頼である。収支が黒字でなければ、やっていられないだろう。


「それと、事務局の方が独自にビッグブラザーと接触しているようです。どうも、の仕事の話を進めている様子が見られますが…………」


「……船団の為と言いながらフロント側の犠牲も考えず、いい気なもんだ。まだ船団の立て直しから再編成からデブリーフィングからと、後始末も終わってないってのに」


 実際、共和国政府からの要請に応えた事で、キングダム船団は大きな報酬を得た。

 共和国に在籍する私的艦隊組織PFOと同等の支援を約束され、にもかかわらず船団としての指揮権と独立性は変わらず保持する事ができる。

 連邦も、共和国に所属するキングダム船団を狙う事が難しくなるだろう。


 この条件は共和国の制度の上で情報開示され、反故にする事は政府自身による違法行為に他ならない。

 そんな事をすれば、国防を支える他の私的艦隊組織PFO内でも、政府への不信感が高まるだろう。


 とはいえ、全指揮権を共和国政府に委ねるのが通例である私的艦隊組織PFO雇用条件において、これほどの特例が認められたとなれば、他のPFOも黙っていないだろうが。


 また、キングダム船団の利益だけではなく、ターミナス星系グループの避難民も受け入れが正式に決定された。

 デリジェント星系の避難民の扱いでまたひと悶着起こりそうになったが、さすがにブチ切れた船団長の剣幕により、共和国は速やかな対応を取る事に。

 当初の計画である、星系内の惑星開発事業テラフォーミングを拡大して住民の受け入れをするという話だ。

 これも、メナスによる被害は無いし本星系に避難民を受け入れる事はない、という共和国本来の姿勢とは相反する決定である。

 今後、同様の対応を求める共和国圏の住民は、激増するだろうと思われた。


 これらは全て共和国政府、そして44の支配企業ビッグブラザーの全面的な譲歩と言えるが、それをさせるだけの理由と成算があるとも考えられる。


 このように共和国である程度の地位を得たキングダム船団ではあるが、一部の乗員はこれに満足してはいなかった。

 更なる地位向上、あるいは権利の拡大などを求めて、共和国との関係を前へ進めていくべきだ、という意見があるのだ。

 この動きは、船団の『事務局』を中心とした、運航や安全保障に直接関係ない乗員の間で大きくなっている。

 有事の際にはどうしても戦闘指揮を行う関係上、船橋ブリッジ自警団ヴィジランテをはじめとする戦闘部署との繋がりが強い。

 そして、宇宙船というモノが船長を頂点とした専制国家体制に近い以上、安全保障を優先した体制が作られるのもまた必然だ。


 対して、事務局側は非戦闘部署の意見を代弁する事が多かった。

 船団の生活面を管理する事務局が、船橋ブリッジに対する意見の取り纏めと調整、あるいは労使等の条件交渉を行うのである。


 事務局と、要望を出している乗員の意見も分からんではない、と船団長は思う。

 だが、それらの意見の大半は、デリジェント星系の戦いを経験していないフロンティア星系で留守番していた者達から出たモノだ。

 そんな連中が欲をかき、自分は安全なところから勝手を言い、船団を戦いに向かわせようとする。

 ディランにはそのように見えてしまうし、それは事実のいち側面でもあった。


「…………ヴァーチェルに出た所属不明機の情報を流して、事務局側からも共和国政府に探りを入れさせろ。何か出てくればよし、出なくても向こうの連中に腹の探り合いをさせられる」


「共和国製と思しきエイム部隊の、ですわね。メナス特機と交戦していた、単独の機体の方は……?」


「そっちも一応情報を出しておけ。だが正直アレは……何と言うか、エイムや既存の兵器とは全く別次元のモノに見えたがな。

 そうだな、生データの流出は防げないだろうが、解析レポートの方は複数種用意。

 例の不明機との戦闘で消耗したメナス特機へ『ラビットファイア』がダメ押しした、という内容のモノを混ぜておくんだ。

 …………あまり注目を集めたくない」


「……了解しました。そちらの反応も追跡してみます」


 この、内にも外にも面倒を抱える状態で、最も重要な少女の事だけは秘匿しておきたいと思うディラン船団長。

 既に共和国に目を付けられているにしても、それは先の共和国首都でのマリーンを巡った交戦の件や、ローグ大隊設立の件が理由となるだろう。


 『千年王国の艦隊ミレニアムフリート』を統べる資格を持つ事は、まだ漏れていないはず。

  

 ならばこのまま、可能ならば最後まで・・・・、隠し通したいところだ。

 そのように思う船団長は、事の難しさに暗澹たるモノを覚え、パンナコッタ2号店にコーヒーを注文していた。


               ◇


 ノマド『キングダム』船団、環境播種防衛艦ヴィーンゴールヴ級『アルプス』。

 下層ブロック、人工海洋エリア大水槽、海岸。


 一時は難民キャンプのように大量のテントが広がっていたものの、現在のビーチからは粗方それらも撤去されており、自然に近い環境に整えられていた。

 ヴィーンゴールヴ級は全長約50キロメートル、最大幅7.5キロメートル、全高10キロメートル、通常搭乗人数1,000万人、最大で10倍の1億人を収容できる宇宙船だ。

 上層地上ブロック、下層海洋ブロックと、人類が生存可能な自然環境が再現されており、中層の居住ブロックへの入居希望者数は一時的に50倍の倍率となっていた。

 しかし、難民船団への均等な人員の分散により過密状態は解消され、また共和国の惑星開発テラフォーム事業が本決まりとなり、徐々にそちらの方への移動が始まっている。


 ヒトが少なくなったことで、乗員も一時の安らぎを求めて『アルプス』を訪れやすくなった。

 特に今は、過酷なデリジェント星系での依頼任務で多くの者が疲弊し、休息を取りに来ている。


 そんな中、砂浜をひた走るマッチョの姿があった。


 この時代、ランニングという概念はほぼ消失している。

 筋肉を付けたければ『MSASエムサス』を使えばいいし、運動なら仮想現実VRシステムの『オムニ』へ繋がりながらリテンションワイヤーに吊られて行えばいい。

 何も走る為に、わざわざ遠出する必要はない。

 たまたまその場にいた観光客たちも、その大半は何故走っているのかと怪訝な顔をしていた。

 中には、似たような光景を以前から度々見ている者もいたが。


 環境EVRスーツの上半身部分を脱ぎ腰に縛り付けているのは、船団所属の私的艦隊組織PFO、『ローグ大隊』の急造兵士のひとりだ。

 第2中隊第1小隊第1分隊長、ボーンズである。

 ちなみにローグ大隊の場合は、そのまま所属中隊の隊長も兼ねている。


 ただのチンピラに過ぎなかった頃のボーンズは、眼孔が落ち込み筋張った長い四肢をした病的な印象の男だった。

 それが、地獄の超特急が如き訓練を重ねた末に、細身ながら固いゴムのように厚みのある筋肉を纏うに至っている。

 健康的じゃなければやっていられない職場なので、血色も良い。

 かつては半分枯れた草のようだった色の短髪も、今は強いコシでそそり立っていた。


 現在のローグ大隊は、全員が休暇を命令・・されていた。組織PFOの規定にも、任務後の休暇は厳格に定められている。

 ボーンズも例外ではなく、最低でも170時間の自由時間が与えられた。

 この間は、アルコールドリンクで飲んだくれようがVRプレイに没頭しようがリアルなレジャーをたのしもうが大人のサービス業を堪能しようが好きにして良い。


 だというのに、ボーンズは貴重な休暇の最中に、ランニングで汗を流しているという。


 自己の研鑽に目覚めるような殊勝さは、ローグのチンピラどもには存在しない。

 走っているのは、単純に落ち着かなかったからだ。

 デリカレストランで美味いレーションアルコールを味わう事も出来た。実際やった。

 訓練が無いから惰眠も貪り、情報機器インフォギアのフィードバックプログラムでトリップ体験もした。

 だが、3日もすればヴァーチェル宙域での戦いの記憶が脳裏にチラつきはじめる。


 こうして、ボーンズはこの上なくうんざりしていた大隊の訓練を、自主的に行っているのだ。

 はじめの頃は1キロ走ってゲロ吐いていたが、今は40キロをペースを落とさず走り切る事ができる。

 大隊の兵士スタミナとしては、これが標準だった。


 頭を振って汗を振り落とし、移動用カートのステーションに向かうボーンズ。とりあえず、ランニングは・・・・・終了。

 砂浜から道路に出るあたりでフードディスペンサーの筐体が置いてあり、そこで何かしらドリンクを作ろうとしていたならば、同じように汗だくの顔見知りと出喰わす事になった。

 第1中隊第3小隊長のグースだ。

 実は、ランニング中にも他のローグの連中の姿が、ちらほら。


「…………なんだよ」


「あ? 別になんも言ってねーが」


 側頭部を刈上げ後ろ髪をまとめた男が、顔を見合わせた僅かな沈黙の後、苦い顔で口を開いていた。

 それに対し、同じような不機嫌面で応えるボーンズ。

 当然ながら、お互いが何に触れられたくないかは分かっている。


 グースはフードディスペンサーから、身体に吸収されやすいセーリンドリンクを。

 ボーンズは単純に冷たい水が欲しかったので、クリアウォーターを作らせる。

 双方、大隊の訓練中には、散々文句を垂れていた口だ。

 デリジェント星系での戦いの後は、こんな腐れ仕事は二度とゴメンだ! と声高に除隊を叫んでもいる。

 それが、こんなところで何をやっているのか、など絶対に問われたくなかった。


 実際、その時に言った事も本心だった。

 以前の小規模なメナス艦隊を迎撃した時とは、文字通り桁が違う。

 星系住民を守りながら、1,000万体を超えるメナスの大艦隊を食い止めるなど、命が幾つあっても足りやしない。


 戦闘直後は、たとえ面白くもないキツイばかりの単純労働に回されようが死ぬよりはマシだ、と配置換えを申請しようと真剣に考えていた。

 悪魔のような赤毛の大隊長とて、ローグ大隊に残る事を強制はしていない。



 では、今はどうか。



「なんだよ言いたい事があるなら言えや!? 腐れアマみたいに何か臭わせたまま黙ってんじゃねー!!」


「だから何も言う事なんかねーっつってんだろ殺すぞボケが!!」


「テメーが死ねぇ!!」


 唐突に掴み合いの乱闘を始めるガタイの良いチンピラふたり。これでも部隊長である。

 一応、両者共に消化不良の感情を抱えて虫の居所が良くない、と擁護する事は不可能ではない。

 他の行楽客には非常に傍迷惑だが。


 除隊する意志に変わりが無いのなら、こうして身体が訛らないようにトレーニングなどしてはいまい。

 身体が勝手に動くとしても、それはつまり本能的には『次』があると分かっているのだ。

 結局は本人も、そのつもりで備えているのである。


 苦しい訓練を重ねた挙句が地獄の戦場とか冗談じゃねぇ、とチンピラは思う。

 しかし、報酬額を見たら言葉が出なかったのも事実だ。

 見た事も無い高額報酬に他のチンピラと顔を見合わせたりもしたが、何故か喜んだりはしゃいだりする者もいなかった。

 金額、数字というのは、分かりやすい価値判断基準だ。

 これが、ローグ大隊の兵士の価値、という事になる。

 だがそれは、単純に財布の中身が増えたという事以上の意味を、チンピラだった・・・男達に与えていた。


 ローグ船団の寄生虫だった頃には、考えられなかった事だ。

 厳しい訓練を経て確かな実力を身に付け、この宇宙で最も過酷な戦場を生き抜き任務を達成した今の自分には、それだけの価値がある。

 それに、もう一度群れて暴れるだけのザコに戻るつもりもない。

 粋がること、格好を付けること、舐められないことは、チンピラがしがみ付く数少ない矜持プライドなのだから。


 ただ、その為に真面目に鍛えるというのも、なにやら負けた気がして認められないのだが。


 ボーンズとグースは通報を受けた自警団ヴィジランテに連行されていったが、聴取においては何故ふたりが争っていたのか答えられなかった。

 何せ本人達もよく分からなかったので。

 そして、『ローグ大隊』の兵士ということで早々に開放され、ここでも自分達の身分の変化というモノを実感する事となった。


 直後に赤毛の大隊長から死刑宣告が来たので、調子に乗る余地はなかったが。


               ◇


 共和国支配企業ビッグブラザーのひとつ、ユルド・コンクエスト社。

 同社の幹部社員、フリートマネージャーのギルダン・ウェルスは、表情を取り繕うのも難しい立場となっていた。

 自身の役職では越権行為に近い、44社最高会議で行った提案が、実行された末に微妙な結果となった為である。


 ギルダンが44社のトップ達に提案したのは、メナスに呑まれたデリジェント星系を利用しての、キングダム船団への各種工作だ。

 キングダム船団は凄まじい戦力を保有するが、それをメナス艦隊にぶつけ疲弊させる。

 と同時に、船団が戦闘に追われている間に内部から重要人物を連れ去り、重要設備に細工を行う、そういう計画だった。

 ついでに、口実である依頼の研究データの回収も出来れば、一石三鳥である。


 それが上手くいけば完璧だったが、実際にはキングダム船団は十分力を残して窮地を切り抜け、要人の拉致誘拐と潜入工作も未遂に終わった。

 出過ぎた真似をした割にお粗末な結果となり、共和国社会のならいとしては、ギルダンは失脚までいくところだ。

 しかし、大きなプロジェクトだった研究データを回収し、船団をある程度制御してみせるという功績も無視もできず、評価を大きく落としながらもフリートマネージャーの地位を維持する事となる。


 今後、キングダム船団への対応は上司であるウォン・シラーの方針を取る事と決まっており、ギルダンもそれに従うという本来あるべき状態になってた。

 その為に、ギルダンは本社ビル最上階にある会長のオフィスへ来ている。

 しばらくは大人しく従順に振舞うだろう、と思われるのは正直気に入らない。

 だが、今の自分の立場もユルド社とシラー会長があればこその事であり、失地回復までは幹部社員として功績を積み上げなければならなかった。


「デリジェントの件をキングダム船団に片付けさせたのは悪い手じゃなかったと思うわ。『システムズ』は少しでも早くコントロールを回復したい存在だから、ここで調査が後退するのは避けたいところでしょうし」


 ユルド社会長のオフィスは、透明感のある白い石材で作られていた。

 幅広く重厚なデスクは、黒曜石に似た半透明の結晶を削り出した物。特注品で、宇宙船が買える金額。

 壁一面の窓も、素材はガラスではなく透過素材の金属だ。宇宙船の舷窓が、これで作られている。レーザーにだって耐える代物だ。

 とんでもなく金がかかっているが、内容は極めてシンプル。部屋の主の性格が、よく現れている。


 そんな室内で、シラーはソファにしだれかかる様に腰掛けていた。

 服装も、環境EVRスーツはなく直接素肌に薄手のドレスのようなモノを身に着けている。

 僅かに乱れた髪と同様に、脚や背中を大胆に出した衣服も着崩れていた。

 いつも完璧なよそおいの女王が、身形みなりを整えるのも億劫そうなままにしている。

 これは別に体調不良などが原因ではないと、ギルダンは知っていた。

 要するに、事後・・なのだ。


 シラーの居宅は、このオフィスとはまた別にある。それも、ひとつではない。

 それでも、このオフィスは隣室に別宅と比べても遜色ないプライベートな空間が用意してあった。

 プライベートな部屋なのだから、当然ながらシラーがプライベートな理由で使う場所である。

 そこに度々、好みの相手や一夜の遊び相手を連れ込み、事に及んでいた。

 今頃は扉の向こうに、この女王に散々もてあそばれた哀れな犠牲者が横たわっているのだろう。


「でも、船団に犠牲を強いる狙いは少し露骨に過ぎたし、『アザーズ』を使った事も拙速だったわね。彼女が・・・失敗しなくても、船団は当然警戒していたわよ?

 アレでもう船団に付け入るスキは期待できなくなった。

 でも、共和国に契約を履行させた・・・・・事で、船団内に一定の親共和国派を作る事ができたわ。

 これで船団をこちらの意志で動かせるようになるなら、と兄弟たちビッグブラザーも『ドラゴンハント』の継続を承認したし…………。

 船団に対しては長期の視点で融和工作を行うことになるでしょう」


「時間がかかり過ぎるのでは? 最高会議の方々が、現状でそれを許容できるとは思えません。メナスに対抗できる戦力であれば、今すぐにでも手段を選ばず奪い取りたいというのが本音のはずです。

 船団は大きく傷つき、機動戦力は壊滅状態。ならば、ビッグブラザーとしては主要な人材を抑えるのにも最大の好機と――――――――」


 気だるげなシラーであっても、問題の要点は掴んでいた。

 ユルド以外の43社の意向を後押ししたギルダンの強攻策は、ほとんど失敗。

 戦闘のドサクサを狙ったが、結局はかつての傭兵部隊『スカーフェイス』の失敗をなぞったようなものだ。

 船団の警戒を強めさせるだけの結果になった、というセリフの外にそんな意味が含まれているようで、ギルダンのまぶたが僅かにヒクつく。

 そしてシラーの方は、自身の路線を推し進める事で、その失敗をフォローした形に。

 

 とはいえシラーの立場なら、本来ならば自分の頭越しに最高会議へ作戦の承認を取り付けた部下を、排除してもおかしくはなかった。

 その進退ことも含め、今後どうするつもりなのか、と問いたくとも自身からは問えないギルダンであったが、


「シラーさん……わたしのスーツ、あんなにされるともう着れないんですけ――――おっと」


 となりの私室から、スライドドアを開け顔を覗かせた相手を見て、何かがストンと胃に落ちた気がした。


 薄いシーツ巻き付けただけの、よく発達した健康的な裸身。

 幼さを残すが、意志の強さを表している綺麗な顔立ち。

 その特徴的な栗毛のポニーテールは、今は解かれ情事の激しさを物語るように乱れている。


 ウォン・シラーが私室で愉しんでいた女体は、マリーンの妹、スカイのモノだった。


「あら……貴方の事を言っておくのを忘れていたわね」


 見られた事を、特に気にする風でもなく言う美女。自分のハダカを異性である部下に見られても気にしない人物だ。

 しかし、ギルダンの手駒であるエージェントと秘密裏に通じていたのを知られた事についても、別に痛くも痒くもないというのか。

 今回のキングダム船団への工作が失敗したのも、そもそもはこのエージェント、スカイのチームが計画を外れて暴走したのが原因である。


 それが、目の前の女王の意図した事だというなら、話は大分変わってくるだろう。


「彼女にはデリジェント星系での行動の理由を尋ねたい、と思っていたところですが……。アレは会長の指示だった、という事ですか?」


 感情を表に出すなど、企業社会の中では相手に付け入る隙を与える事にしかならない。

 当然、ギルダンも内心を隠す事など慣れ切っていたが、それでも声色が平坦になるあたり、隠しきれないモノが腹の中で渦巻いているのがうかがえた。

 あえてそこに触れるようなシラーでもない、と分かってはいたが。

 気にしないのか、またはその必要が無いと思っているのか、部下には上司の本心など分からない。


「私の船団に対する方針は変わっていないわ。彼らがあの船を手に入れた経緯が明確でない以上、強硬策は最初からリスクが高過ぎるのよ。

 それに、マリーン……彼女に単純な力押しは通用しないでしょう。

 もっとも、妹であるスカイがお姉さんを確保する為の支援をしていたのは認めるけども」


 それでは実質的にシラーがスカイによる独走を認めていた、という事になるだろうが、シラーの意向を無視して最高会議ビッグブラザーを動かしたギルダンには、何が言える立場でもなかった。

 ただ、ギルダンがキングダム船団とその中枢にいるであろうマリーンを押さえる切り札と考えていた手札スカイが、とっくの昔にシラーのモノとなっていたのは間違いないようである。

 それを知らず、ギルダンはひとりで踊っていたというワケだ。


 当然ながら、本人の立場にしてみれば、面白いはずもない。


 立場上シラーはボス、ギルダンは部下であり、仕事を放棄したり逆らったりなどできるはずもない。

 だがもはや、ギルダンも余計な事・・・・に気を回すつもりもなかった。

 全てを知られ、全てが自分の手の平の上の事だと女王が思っているなら、それでも結構。

 ギルダン・ウェルスは、これからはその野心にどこまでも素直になると決め、戦略も根本から練り直すつもりだった。


               ◇


「ギルマネージャー溜め込むタイプだから、アレ実は物凄く怒ってるんじゃ…………?」 


「先にスカウトしたのが彼だったから彼の下にいてもらったけど、こんな事なら早いうちにわたしの直属にしておけばよかったわね。彼の邪魔をするつもりなんてなかったのだけど。

 でも、あなたに多少の手助けをした事は、何度かあったかしら」


「あ……」


 フリートマネージャーがオフィスを去った後、隣の私室から栗毛のポニテ少女が再び姿を現した。

 シラーは半裸のままなスカイを招き寄せると、腰を抱いて自分の前に立たせる。


 スカイは、ギルダンともそこそこ長い付き合いだ。

 そもそも、姉のことでは好きに動いてよい、という契約でスカイはエージェントになったのだから、文句を言われる筋合いでも無いと思う。

 だからと言って、あまり怒らせたい相手でもない。


 スカイはギルダンに引き入れられて、支配企業ビッグブラザー裏の仕事人エージェント、いわゆる『アザーズ』となった。

 そして、シラーが接近してきたのも、ほぼ同時期だ。

 以前は、姉と因縁だかしがらみ・・・・のある相手、というだけの認識だったが。

 しかし、姉のマリーンが唐突に共和国を出奔してしまったので、スカイの目的もギルダンの目論みもシラーの狙いも、揃って宙に浮く形に。

 以来、スカイは暇潰しのようにエージェントとしての実績を重ね、ギルダンは適当な仕事をスカイに振り、シラーは間接的にスカイを使いながら親密な仲となっていった。


 栗毛のエージェントと会長の関係をギルダンは知らなかったワケだが、だからと言ってシラーはスカイに内通者のような真似をさせた事はない。

 かといって、スカイを通してギルダンの動向を知った事がないか、と言われると、そうでもなく。

 情報が筒抜けという恐れがあり、また自分の頭越しに上司が部下を援助していたとあれば、それもギルダンを憤慨させる理由としては十分だろう。


「隠れて密会するのも秘密の関係も悪くなかったけど、これからあなたにはわたしの部下として働いてもらわないと。

 今度は、正面からマリーンに会いに行ってもらうわ。もう強引な手に出ちゃダメよ?」


「わ、悪かったと思ってます……。でも、船団が姉さんを守っているなら、あの『ユイリ』というオペレーターは排除する必要が…………んッ」


「それは分かるけど、ローグ大隊を創り上げた彼女・・、もしかしたらただの乗員クルーじゃない可能性もあるから。当面は船団の方も静観する事になるわ。

 それより、これからは本来の業務の方が忙しくなるかも知れないわね」


 こうして部下から部下を取り上げる形とはなったが、シラーがマリーン攻略にスカイを使うのは、当初の予定通りではあった。

 ギルダンとスカイの独走など、想定外の事は多々あったが。


 この女とて、『共和国』という帝国における、44人の王のひとり。

 自分が動くとなれば、その他に配慮するべきことなどありはしない。

 本質的に部下は野望の道具であり、その為に必要以上のコストを払う気もないのだ。


「……あなたのお姉さんがわたし達の事を知ったら、どう思うかしら? 嫉妬してくれる、としたら、どちらに対してでしょうね。今のあなたを見せてあげたいわ」


「姉さんの事は……結局落とせなかったんでしょ? なのに嫉妬されるとかシラーさん女々しいというか未練がまし――――――あッ!? ヤダちょっと!!」


「それじゃ、あなたの前でマリーンがわたしに甘える姿を見せてあげるわ。その後で姉妹仲良くベッドに並べて溺れさせてあげる。

 大好きなお姉さんの前で他のオンナに弄ばれて、はしたなく鳴き喚く事になるのよ。素敵でしょ?」


「くふッ……!? うッ! あッ!? そ、それ以上はダメッ!!」


 栗毛の少女の腰を抱くシラーは、その最奥をなぞりあげる。

 スカイの抵抗は甘く、口では嫌がりながらも、無意識に尻をシラーの顔へ押し付けるような格好に。

 そんな美少女の放つ果実のように甘酸っぱい香りを、女王は鼻先で存分に愉しんでいた。


 楽園の島の女王、ウォン・シラーは諦めるという事を知らない。その意味も無い。

 欲しいものは得て当然、得られるものは得るべきであり、故にどれだけ求めても満たされることはありえない。

 そうして銀河でも上から数えた方が早いほどの権力と資産を得たが、銀河そのものを得る方法が見つかった以上、それに手を伸ばさない理由もなかった。


 それは、なかなか落とせない手強くも優秀な美人姉妹を篭絡するのと、同じくらい楽しいことだと思う。


 それら全てを手にした時の事を想像して、昂ぶる女王は細指を更に先へと進め、栗毛の美少女を悶えさせた。

 無機質な会長室に微かに響く、なまめかしい少女の悲鳴と、生々しい音。

 スカイは美しい女王の欲望をひたすらカラダで受け止めるしかなく、そしてシラーは愛しい少女を壊す寸前まで責め抜いていた。





【ヒストリカルアーカイヴ】


・MSAS(エムサス)

 筋刺激活性システムの略称。

 宇宙船などの限定空間で運動不足になりがちな乗員の筋力を維持する機器。

 電気刺激で通常の運動と変わらない負荷をかけ筋肉を発達させる。


・リテンションワイヤー

 仮想現実VRマシンへ接続した際、使用者を吊り下げ仮想空間内での動きと反応を外部から再現するワイヤー。

 全身をこれに接続する姿は操り人形にも見える。


・アザーズ

 共和国の支配企業44社の抱える極秘業務用社員、その通称。

 明確な部署名などではなく、また裏の業務を行う社員は表向き存在しないか通常の業務に就いている事になっているので、この名称は用いられない。




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