105G.ノンストップ オーバーヒートランチャー

.


 共和国圏、デリジェント星系グループ本星『ヴァーチェル』。

 コア・コラプション・クエーサー社研究都市。

 造船部門、実験試作用施設。


 何せ要救助者の多くが重工業企業の社員なので、その手の専門家には事欠かなかった。

 惑星ヴァーチェル脱出の、B計画プランB

 造船施設で建造中だった宇宙船を用いた、100万人の衛星軌道への打ち上げ。

 それは、施設内に潜んでいた対人型メナス排除後に、急ピッチで進められている。


 何せ残り時間も、10時間程度しかない。

 当初のA計画が完遂不可能となったので、帰りの足となるキングダム船団は一時的に惑星宙域を離れ、メナス艦隊の牽制に動く事となっていた。

 その船団が再びヴァーチェル軌道上へ戻るのが、10時間後の予定である。


『タイムリミットの3時間前から気密チェックを行います。ドッグ内の減圧を行いますので、作業員はスーツの用意を忘れないでください』


 小さな町ひとつなら丸ごと入りそうな地下空間に、アナウンスが響いていた。

 全長1.5キロメートルを超える、角の取れた四角い大型輸送艦5隻。

 周囲では工作機械やヒト型作業機ワーカーボット、それにCCC社のエンジニアやメカニックが、何百人も動き回っている。

 輸送艦1隻あたりに、約20万人を乗せる為の改造中だ。

 本来はヒトを乗せるように出来てない軍需物資輸送艦を、容積と居住性に絞り増強している。

 またそれ以外の船は搭乗人数的に向いていないと判断され、結果として改造するのも輸送艦5隻に絞り込まれていた。


「マスドライバーの準備はどこかやってるのか!? 船が間に合っても打ち上げられないじゃ話にならないからな!!」

「CCA-1番艦の重力制御テストは!? まだ終わってないのか!? チェックリスト真っ白なままだぞ!!?」

「推進系に気密に生命維持とスクワッシュドライブさえ最低限終われば後はどうでもいいだろ!!」

「試作の段階加速重力レンズガン!? そんなもん外せ!!」

「一発打ち上げだから重力バランスマップは無くてもいいのか!? 基礎アーキテクチャの歪みは!?」

「今からペイロードの増設なんて間に合わないだろ! 正味5時間無いんだぞ!!」


 計画性も何もない緊急の突貫作業だ。アドリブの連続、その場凌ぎのような作業の数々に、技術者たちも殺気立っている。

 なにより時間が優先される為に、全員必死だった。


 ローグ大隊の兵隊どもも、大隊長の命令により、雑用的にこき使われていたが。


「ケントさんどうです? 間に合いそうですか?」


 そんな修羅場の中、美女美少女を引き連れ責任者のところにやってくる、これまた美少女な赤毛娘。

 取り残された惑星ヴァーチェル住民と社員、その救出任務の現場責任者。

 村瀬唯理むらせゆいり即応展開部隊ラビットファイアの面々である。


「間に合わせるしかないでしょう……! まぁ最悪詰め込めるだけヒトを詰め込んで打ち上げるだけですがね。

 幸いにもヒトも機材もたっぷりあるんで、こっちはどうとでもしますが。

 そちらの船団や実際の射出時の護衛は大丈夫なんですか? メナスがウヨウヨいる真空宙に丸腰で放り出されるのはゾッとしません」


 空中に表示されるデータやらリストやら通信ウィンドウやらで埋まっている、無精ヒゲに坊主頭の中年プロエリウム男性。

 ケント=ニュートン。CCC社のエネルギー技術部門、上級エンジニアという肩書きだ。

 無役のいち技術者だが、宇宙船の改修において名の通った人物らしく、輸送艦5隻の緊急改造の監督として、余人を以って代え難いとされた。


「我々は船団を信じるだけですが、実際のところ悲観する材料はありませんね。

 9時間40分後にキングダム船団はこの上に来ます。

 その時に脱出船はマスドライバーで衛星軌道上に射出、ローグ大隊は護衛に付き、船団と合流し次第デリジェント星系を離脱。これが計画の全てです」


 気負わず、平然と言う赤毛の少女に、無精ヒゲのエンジニアは何も言わなかった。

 どの道、自分たちも専門家として出来る事をするだけだが、バックアップがしっかりしているのは悪い事ではないと思う。


「R001より211、21ファースト、ボーンズ、状況は」


『211、21ファーストより001へ。こっちは中破4、軽微なのが8、いずれも戦闘継続に問題無し。でもしんどいっスね。こんなのをあと9時間も?』


「この程度でスタミナ切れるような鍛え方してない。

 各部隊は防衛に集中。攻めるより訓練どおり遮蔽物使って追い払え。第2から第4中隊は今のポジションを維持。以上だ」


『R211了解コピー。やれやれ長い一日になりそうだ』


 地下造船ドッグ、そして宇宙船を宇宙へ送り出す長大な施設の周囲では、ローグ大隊第2、第3、第4中隊のエイム約600機が防衛戦闘を継続中だ。

 散発的に攻めて来るメナスは、大きな被害も出さずに排除できている。

 地下道路の入り口や工場エリアに陣取り、防御に徹する構えだった。

 とはいえ、それだけでは流石に体力が持たないと思うので、隊長はもう少し工夫するが。


「ファン、ここの防衛に使えそうな装備を検索、メナスを時間いっぱい陽動したい。どうかな」


「は、はい。えーと、タワーディフェンスシステム12箇所とスクワイヤ8,000機がほぼ手付かずです。……なんで使わなかったんでしょう?」


「星系艦隊の撤退が決まった時点で、消耗する意味がなかったのでしょう。惑星上のメナスだけ排除しても意味はありませんし」


「そんなところだろうね」


 童顔巨乳なシステムオペレーター、ファンが研究都市内のシステムを走査スキャン。共和国政府から上位の認証キーを得てるので、その大部分が自由に使えた。

 ビルがそのまま防衛火器の塊となっているタワーディフェンスシステムと、全自動での運用が想定されているヒト型機動兵器群だ。

 どうやらメナスほどの規模の敵に対抗できる物ではなく、使われず仕舞いだったらしい。そんなサラの見立てに、唯理も同意見である。

 それに、メナスを倒せなくてもマトを散らすのに使えれば、それで十分。


「どうせ共和国政府は星丸ごと放棄するつもりだし、派手に使い潰させてもらおう。

 サラ、ファンと一緒にそれらを使って時間稼ぎを。ラヴもそっちを手伝って」


「了解しましたー」

「了解です」


「わたしは外でメナス迎撃に加わる。ジョー、メイは付いてこい。ローガン、部下どもをしっかり働かせておけ。第5中隊は要救助者の護衛を継続。ケントさん、後お願いします」


『イエッサー!』

『サーイエッサー!』

「ああ、そっちも気を付けてくれ」


 ラビットファイアチームB、それにローグ大隊第1、第5中隊に命令を下すと、赤毛の隊長は地下通路から自分のエイムを待機させている中央棟地下へと急ぎ足。

 残り9時間という長丁場へ向け、自身も密かに気合を入れていた。


               ◇


 それから、約8時間30分。


 惑星中から群がって来るメナス群の総攻撃ラッシュを、大隊長機率いるローグ大隊は5たび迎撃。

 大破15機、中破80機、重傷者8名、軽傷以下を50名弱出しながらも、これらを殲滅した。

 唯理の前言通り、研究都市内に配備された防衛システムビルは、持てる火器とエネルギーシールドの限りを尽くし暴れに暴れた後にメナスを大量に巻き込み自爆。

 囮に使われた無人エイム、スクワイヤも巻き込まれて壊滅。

 それを命令した赤毛、嬉々として実行したロリ巨乳、何事もなかったのように指揮を続けた保母さんに、ローグ大隊のチンピラ達は大分引いていたという。


 そして、造船ドッグの方も戦場だった。

 宇宙船として最低限のていを成していた輸送艦だが、問題なく宇宙に出られるのは、1隻のみといった状態。

 他は大なり小なり不完全であり、1隻に関してはエンジンや重力制御素子が取り付けられてはいたが、制御システムが調整できてないような代物だった、と。


 それでも、100万を乗せられる船ともなると選り好みもしていられず、CCC社のエンジニアであるケント氏を筆頭に、技術陣による意地と巻きの突貫作業で宇宙船は仕上げられた。

 出力が揃わないブースター、安定しないジェネレーター、発生する重力がバラバラな重力制御、延々終わらない気密作業。

 現場と指示側の軋轢、錯綜する情報、報告内容の齟齬、問題の取捨選択と検証、解決策の模索。

 迫るタイムリミットに、ぶっつけでのテストの成功。

 もはやプロジェクト何たらの様相を呈し、最終的に技術者のプライドにかけたゴーサインが出されている。


 そうして準備は大方整ったが、どうやら出港も大荒れとなりそうだった。


               ◇


 デリジェント星系本星『ヴァーチェル』宙域。

 ノマド『キングダム』船団。


「『セクシーボーン』シールドダウン! 舷側に直撃! エアリーク警報!!」

「船団左舷330度方向惑星稜線上よりメナス艦隊増援接近!!」

「アレンベルトは一旦下げさせろ! 下から船が上がってきた時に必要になる!!」

「『フラミンゴウッドⅡ』船団160度側メナス大型母艦撃沈! 引き続き『セクシーボーン』の救援に移ると――――――――!!」

「待て! フラミンゴウッドには左舷側の艦隊を牽制させろ! セクシーボーンは他の船に救助を! カウントはどうなってる!?」

「1,500秒を切ります! ローグ大隊隊長からのサインは『ゴー』!!」


 密集陣形を取る830隻の宇宙船団は、全方位へレーザー砲を斉射しメナス艦隊を蹴散らしていた。

 圧倒的小勢でありながら、圧倒的な火力。

 実質的に25隻の戦闘艦だけで、既に数万というメナス母艦を叩き落している。


 しかし、相応にメナス側の攻撃も凄まじい。

 機先を制して撃たれる前に撃っているが、荷電粒子弾が飛来する度に通常の宇宙船が軽くない損害を負っていた。

 戦闘開始から、間もなく12時間。

 素人に毛が生えた程度の自由船団の乗員にも、限界が迫っている。

 艦隊指令艦橋ゼネラルコントロールで指揮を執る船団長も、表に出さないだけで疲労が随分溜まっていた。

 他の艦橋要員ブリッジクルーや戦闘部署の人員なら、なおさらであろう。


『タレットテストしている時間は無いぞー!!』

『大丈夫だチェック終わってる!』

『打ち上げはCCA-5番艦からだ! 作業員は退避するかそのまま艦内へ!!』

『R001より第5中隊! 救助対象をエスコート! モタモタするようならエイムで摘み上げろ! ひとりも残すな!!』

『ドッグ内の全社員に連絡いたします。これよりガイドレール上のシャッターが開放されます。保安要員はルート上がクリアであることの確認を――――』

『4番艦のリアクターチェックリスト埋まってないぞー!? 責任者は!!?』

『第1中隊各小隊長、部隊の面子が揃ってるかチェック! 俺に報告しろ! 大隊長に殺されるぞ!!』

『CCA-5番タレット移動開始! レール上から退避ぃ!!』

『射出位置に付いたらすぐに全員乗り込めるようにしろ! 時間が無いぞ!!』

『4番から1番艦までもう暖機はじめろ! すぐ飛ぶぞー!!』

『マスドライバーのコントロールは!? AIに任せていいのか!!?』

『おいアンタら脱出する時にエイムに乗せていってくれ! 万が一に備えてマニュアルで打ち出すんだ!!』

『ちょっと待て! おいローガン!?』

『分かったボスに言っとく! 112の分隊はエイム回収後に護衛に付いとけ!!』


 船の打ち上げを控え、地下ドッグの中は蜂の巣を突いた騒ぎだ。

 全長1.5キロの輸送艦が、タレットとなっている床ごと横にスライドしていく。

 そんな機械の唸り声の中、ギリギリまで作業を続けるエンジニア、避難に走るメカニック、撤収作業に追われる一般作業員、ライフルを手に次の仕事に移るチンピラの兵隊と。


 1,400秒後の脱出は絶対に変らない予定であり、そこに間に合わせる為に全員が死に物狂いだった。


               ◇


 地上から空に向かって天高く伸び上がる、何十本と並んだレールと、それを支える重厚な土台。

 総延長250キロにも及ぶ、超大型施設。

 リニアレールによる加速で宇宙船ほどの大型構造物であっても宇宙に向けて放り投げる、原始的な投射装置である。


 その根元、発射開始地点の地面が大きく縦に割れ、現れた巨大なドアが徐々に左右へ開放されていく。

 下からせり上がってくるのは、突貫整備されたばかりの大型輸送艦だ。


 すぐ真上をヒト型機動兵器が通り過ぎたかと思うと、暗緑色の粒子を吹いた生き物のような機械が地上に墜落した。

 灰白色に青のエイムと、撃墜されたメナスのグラップラータイプだ。

 同じように、ローグ大隊のずんぐりエイム、ボムフロッグがメナスを叩き落としている。

 爆発の衝撃波が輸送艦を揺らし、中に詰め込まれた20万人が悲鳴を上げていた。


「第2中隊はCCA-5番艦の護衛に付け! 船団に合流後そのまま直掩に切り替え! 第1中隊は最後だ! R006! 残った防衛設備をフルオートに設定したらこっちに合流! 派手にやれ!!」


『R211了解コピー!』

『006了解しました! 全防衛システムをクローズドオートに設定! 後は全部AIに任せます!!』


 両脇に抱えた2基の高出力レーザーで、向かってくるメナスを次々に消し飛ばす赤毛の隊長。

 50Gに迫る超高機動により、赤い光線が空に踊る。

 全周ディスプレイの足下では、角の取れた四角い輸送艦が艦尾から炎を吹いていた。

 重力制御による推進は出来ても、未だに爆発力を用いた反動推進は強力だ。

 ほぼ同時に、全通信帯域でカウントダウンがスタート。

 ブースターの炎が勢いを増し、長大な加速レールに紫電が走る。


『こちらシップランチャー打ち上げ管制、CCA-5リニア加速まで、30、29、28、27、26――――――――』

『ローグ大隊へ! ランチアップウェイ上をクリアにしてくれ! 頼んだぞ!!』

「ローグ大隊了解! R001より全隊へ! 船の針路上のメナスを優先して排除! だが発射に巻き込まれるような間抜けは置いていくからな!!」

『ひでぇイエッサー!』

『部隊の仲間を見捨てないってのはどうなったんだよ了解コピー!!』

『こんチクショウ軌道データ寄越せ!!』

『――――19、18、17、16――――』


 強力な荷電粒子砲がマスドライバー上空を薙ぎ払った。新たなメナス集団が攻めて来る。

 宇宙船の進路上に飛び出す唯理は、自らを囮にしつつ2門の高出力レーザーで応射。

 バレルロール機動での回避と同時に、ガンナータイプのメナスを撃ち抜いた。

 ローグ大隊もメナス迎撃の為に前線を押し上げる。


 カウントがゼロを告げると、輸送艦の巨体が重量を感じさせない加速でレール上を走り出した。

 艦自体も6発のブースターエンジンを最大に燃やし、250キロの助走距離を使い宇宙へ向け飛び出していく。

 大気を震わせ、轟音を立て、垂直に近い軌道で高度を上げていく輸送艦と、ピッタリ併走してメナスを寄せ付けないローグ大隊第2中隊の200機。


 その光が空に消えないうちに、マスドライバーの発射地点には次の輸送艦がせり上がって来ているところだった。


「CCA-5が行ったぞキングダム船団!? 救助対象の乗艦状況は!?」

『キングダムコントロールよりR001、上昇中の輸送艦を確認しました。ランデブーポイントに接近中』

『ユイリ! この宙域に来るメナス艦隊がそろそろ手に負えなくなるぞ! こっちはもってあと10分だ!!』

『現在CCA-3、CCA-2、CCA-1が乗員数いっぱいです! いつでも打ち上げられます! CCA-4は乗船中ですが残る人数が想定より多く乗船終了時刻未定! 乗船人数もオーバーしており正直どうなるか分かりません!!』

『残すという選択肢なんか無いからな! 隙間ならどこでもいいから詰め込んどけ!!』


 情報と通信が入り乱れ、何もかもが場当たり的な状況だったが、それでも20万人近くが乗った2隻目の輸送艦CCA-3は、巨大なレールの上を加速していく。

 レーザーに焼かれたメナスが運悪く目の前に落ちるが、宇宙船の質量とシールドに弾かれ木っ端微塵になっていた。

 大きく目立つ故かメナスの攻撃が集中するも、護衛の第2中隊とその他の援護部隊が弾幕を張りそれを押し返す。


「R001よりキングダムコントロール! 使えるAAMシステムは全て放出! ローグ各分隊は各個の判断で装備を増強しろ!!」

『ガイドレールの安全装置にエラー!? 冷却に問題!!?』

『あと2回打ち上げられればそれでいい! 問題無ければそのまま行け!!』

『43デルタがやられた! 数多過ぎるだろ支えきれるかこんなの!?』

「ダメージ機は輸送艦に張り付きそのまま軌道上に上がれ! 各分隊は友軍の援護を忘れるな!」


 怒鳴り声を上げながら、赤毛の大隊長が突っ込んで来たメナスを5連続で叩き斬る。

 墜落するリッパー型がビルに激突して爆発。破片がマスドライバーのレールにまで飛び散っていた。

 そんな状況の中、3隻目に続き4隻目の輸送艦も打ち上げられる。

 ほぼメナス群のド真ん中に叩き込まれる形だが、そもそも打ち上げ方向が変えられるような代物でもなく。

 護衛に就いた第4中隊のチンピラ連中も、自分と船を守る為に必死だった。

 宇宙から飛んできたアッドアームズAAM重火力型002

広域爆撃型010を片っ端から装備し、施設を取り囲むメナスへ叩きつける。


「R001から006! 全域を捜索して残った人間を確認! 第1中隊はCCA-4の直掩に展開! ケントさん打ち上げは!?」

『ちょっと待ってくれ! ――――耐久限界はもういい! 宇宙船が脱出速度に乗れば後は知った事か! セーフティー警告も無視しろもうどうにもならん!

 ああムラセ隊長! こっちはどんな事をしても打ち上げる!!』

『006です! 都市のローカルスキャンに生命反応ありません!!』

「了解した! 大隊長R001からラビットファイア、ローグ第1中隊へ! 現場を放棄! 撤退するぞ! 全員遅れるな!!」


 最後の輸送艦、CCA-4が発射位置に上がって来るが、マスドライバーの状態は良くなかった。

 防ぎ切れない攻撃で土台のあちこちが破壊され、レールとタレットが白煙を上げている。

 発射管制室にいる技術者たちから見ても、稼動するかどうかギリギリのところだ。


 損傷したローグ機はすぐに前線から下げられているが、カバーに入る機体が間に合わなくなって来ている。

 元穀潰しのチンピラにしては驚異的な粘りを見せているが、いつ撃墜されてもおかしくない状態だった。


『CCA-4ブースターイグニッション、ジェネレーターハーフドライブ、グラビティーコントロールはフラットコントロール――――』

『R11ファーストだ! 第2小隊は輸送艦の前に出でメナスを片付けろ! 14キロ! 14リンクス! 他に攻撃喰らってる奴は船に取り付いて援護しとけ!!』

『もうカウントは省略! 射出可能になったらカウント10からはじめるぞ!!』

『マスドライバーの主機がオーバーヒート! 予備機に接続! 全力運転開始!!』

『ブッ壊してもいいから動かせるもんは全部動かせ! 電源をかき集めるんだ! とにかく船を送り出せ!!』


 レーザーと荷電粒子弾が至近距離で飛び交う中、最後の輸送艦のブースターが最大出力で炎を吹く。

 短時間で酷使されたレールとタレットが、摩擦により盛大に火花を上げた。

 輸送艦が加速を始めると、残るローグ大隊第1中隊は張り付くように併走を開始。

 灰白色と青のエイムも、船の直上に付き共に宇宙へと駆け上がる。

 

 マスドライバーから猛スピードで飛び出すと、輸送艦は重力制御とブースターの推進力を振り絞り、大気圏内を急速上昇。

 メナスの大攻勢で破壊され尽くした地上が、遙か下方に遠ざかっていく。

 しかし、その景色を眺めている余裕もなく、空の色は見る見るうちに青から黒へ。

 ついには、軌道の鉛直上にキングダム船団の姿を捉える事が出来た。


 だがそこも、戦場ど真ん中である。


 輸送艦を迎えに来た船団は、全方位を囲むメナスの大艦隊と壮絶な撃ち合いを続けていた。

 無数の青いレーザー光が異形の戦艦を撃ち抜いている。

 その桁違いの火力で、斉射のたびに一方向のメナスがごっそり消し飛ばされていた。

 ところがそれでも、メナスの攻勢は衰えない。途切れもしない。


『CCA全艦の航行に問題は!?』

『CCA-4番艦が遅れています! 他の避難用艦は航行機能に問題なし!!』

『「アレンベルト」のシールドジェネレーターが1割を切ります!!』

『ヴィジランテにもう出られる機がありません! 損耗率が5割を超えます!!』

『「サイレントセオリー」のシールドダウン! 船尾に直撃! 航行不能!!』

『すぐに船員を救出! 船は放棄させろ! 船団は全速力で当星系を離脱するぞ!!』


 船団長のディランは、輸送艦CCA5隻との合流に目途が付いたと判断し、すぐに船団に撤退を指示した。

 守りの要である超高性能シールド艦、イージス級『アレンベルト』がかつてない程消耗し、同系統の船であるファルシオン級『フラミンゴウッド』やグラディウス級『コールドキーライター』が盾になるような場面も見られる。

 既にキングダム船団の防御容量を超過気味だ。

 目的も果たした以上、さっさと逃げるのみである。


 ハルバード級『バウンサー』が荷電粒子砲をブッ放し、亜光速のエネルギー流がメナス集団の中央を薙ぎ払った。

 そこ目がけて飛び込んでいくキングダム船団830隻と、ヴァーチェルから逃げてきた大型輸送艦。


 しかし、遅れ気味で最後尾にいた4番艦CCA-4は、惑星上からメナスに追われ続けていた。

 害虫の群れのように喰らい付いてくるメナスの攻撃に、輸送艦のシールドが激しく揺さぶられる。

 それが限界を迎える寸前に、高速で飛んできたジャベリン級『トゥーフィンガーズ』とバーゼラルド級『パンナコッタⅡ』が、レーザー掃射で敵集団を八つ裂きにしていた。


「パンナコッタ、それにリード船長か!? ありがたい!!」


『ユイリー! 援護に来たよー!!』

『ユイリちゃん、船団が速度を上げる前にウチかフォルテッツァに戻って。ローグ大隊も、もう限界よ』


 唯理のエイムに母船パンナコッタからの通信が繋がる。

 正直、マリーン船長の言うとおり、流石に大隊もギリギリだった。

 チンピラ部隊も任務というより、自分が死にたくない一心でメナスとやりあっている。

 これ以上戦闘を続ければ、崩壊するように被害が激増する危険があった。

 ここまで大した損害が出ていないだけで、出来過ぎだとさえ思っていたのに。

 こうなると、赤毛の鬼隊長も焦れる思いだった。


「ッ……R011よりローグ全部隊へ! 作戦終了! 以後は最寄の船から収容を受け、余裕があるようなら船内から対空防御に参加しろ!!

 キングダムコントロールへ! OOPにローグ各隊のオペレーションを要請!!」


 加速する船団は、四方八方に浴びせるほどレーザーを放ち、メナス艦隊を押し退けていた。

 後は逃げの一手。相対する敵密度は低くなり、後方から追ってくるメナスの頭を抑え続けるという戦局になるだろう。

 まだ逃げ切れると決まったワケではないが、とりあえず体勢を整える時間くらいは出来るか。


 そう考える赤毛の隊長は、ローグ大隊の指揮を旗艦艦橋へ引継ぎ、自身もフォルテッツァへ戻ろうと、した。


『船団前方右舷25度上げ40度、距離約40万! フロイング宙域にメナス戦艦クラス現出! あ、いえ、これは――――――!?』

『フロイング……!? ハイヴから出たか!!?』

『形状がデータベースに該当無し! 戦艦タイプの亜種か未知の新型の可能性があります!!』


 だがその時、旗艦フォルテッツァをはじめとした複数の船のレーダーが、予定進路の近くに新たな敵影を確認。

 本星ヴァーチェルに属する衛星『フロイング』。そこにメナスが構築した、巣と思しき構造物、ハイヴ。

 キングダム船団が真っ先に砲撃をかけていたが、壊滅してはいなかったようである。


 しかも、そこから出てきたメナスの戦艦型は、これまでに人類が遭遇してきたタイプとは異なっていた。


 それは、一見して古代の鉄兜を被ったヒトの頭部にも見えた。

 正面は分厚い装甲に覆われ、高めの位置にある眼窩のような穴からは暗緑色の光が漏れている。

 本体の左右からは、ツノか翼のように突き出た、生物的で鋭い物体が。

 後部にかけては甲殻類ように外殻を広げ、最後尾のエラに似た無数のスリットからは緑の粒子が噴出していた。


 理屈ではない、姿を見た多くの者が、それが普通のメナスではないと感じている。

 船団のやる事はひとつだった。


「進路を塞がれる前に排除しろ! 正面火力を集中! タイミングは任せる!!」

「了解しました! 前衛配置の船は本艦及びバウンサーの射撃指揮装置イルミネーターにFCSを同期!」

「レーダーシステムにデータリンク! イルミネーターは目標補足! 各船との足並み揃います!!」

「撃てるようなら撃て! 確実に排除しろ!!」


 船団長の指示で、旗艦と砲艦、それに船団の前方に配置された船のレーザーが一斉に放たれた。

 数千という光線が爆流となって叩き付け、未知のメナス戦艦はエネルギーシールドを展開するも、耐え切れずに直撃を受ける。

 その状態を観察していた者なら、相手の耐久力がこれまでのメナス母艦の比ではなかった事に気付いただろう。



 だが、本当の脅威メナスを覚えるのは、そこからだった。



 赤と青のレーザーに貫かれ、全体から緑の火を吹く、直前。

 戦艦タイプのメナスから飛び出す、数百の小型メナスの姿があった。

 キングダム船団のレーダーシステムと主要演算機メインフレームは、自動的に敵機の情報を集め、その正体を解析しようとする。

 そして、警告はすぐに成された。


「未確認の戦艦型よりメナス艦載機が離脱! こちらも未確認タイプが含まれます!!」

「未知の新型母艦に未知の小型メナス…………。同じ事だ! 近付かれる前に迎撃しろ! 接近させるな!!」


 即座に撃墜を命令する船団長も、この時点である程度の予想は出来ていたのだろう。


 メナスは人類にとって大きな脅威だ。圧倒的な物量、非常に強力な兵装、しかも神出鬼没で出所も正体も知れないという。

 そして、目下最大の問題とされるのが、エイムと似たようなサイズでありながら、戦艦タイプ以上の攻撃能力を持つとされる、特殊機タイプである。


 新たに出現した小型のメナス群、その先頭を飛ぶ燈色の装甲を纏う固体は、凄まじい密度のレーザーの嵐を易々と潜り抜けると、両湾のロッドより荷電粒子砲を発砲。

 戦艦砲を上回る一撃は、キングダム船団のド真ん中を撃ち抜いていた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・マスドライバー

 地上から宇宙へ物体を投射する装置、またはその施設。

 打ち上げる対象が推進力を持たない、あるいは推進力が低い場合など、外部から力を加えて推進力を与える場合に用いる。

 主に、ある程度の距離をリニアレールなどで加速し、角度によって打ち上げるという方式が取られる。

 原始的といえるシステムだが、重力圏下の航行能力を持たず、外付けのフロートも使えない大型船を打ち上げる際には有用。

 

・クローズド・オート

 AIによる自律制御機械の操作モード。

 クローズドオートに設定すると、外部からの命令入力がほぼ完全に不可能となる。

 これにより、制御の乗っ取りやECMによる電子攻撃を防げる反面、正規の使用者本人からの命令も拒否してしまう為、ほとんど放棄するのを前提にした操作モードでもある。




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