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 共和国中央星系『フロンティア』、第112惑星『ブラッドタクス』近傍宙域。

 ノマド『キングダム』船団、旗艦『フォルテッツァ』。


 830隻にも及ぶ宇宙船の群れ、自由船団中央に座す剣の如き雄々しき船。

 全長10キロメートルという、銀河でも並ぶモノのない超大型宇宙戦闘艦。

 その後部艦体中央にある格納庫内には、同じ型のヒト型機動兵器が大量に並んでいた。


 静かに佇むダークグリーンの機体は、最新の機種というワケではない。

 しかし、標準的な中型機の基礎構造フレームに、共和国製の特徴が出た湾曲する装甲、各部にバランス良く配置されたブースターノズル、高トルクの駆動部アクチュエーターに高出力の主機関部ジェネレーター、と。

 総合的なバランスに優れる、堅実な機種エイムだ。

 実戦における運用実績があり、軍の主力兵器として採用もされている、隙の無い汎用型機動兵器。

 カンパニーグループ。ケープ・ギャラクティカ・リパブリック社製。

 


 ボムフロッグC.G.R-AR113である。



「1世代前のハイエンド機だけど、その分低コストだからマイナーチェンジしたモデルが今も売られているのね。これも例のデリジェント星系の艦隊に納入予定だったみたい。だから性能に問題は無いかな?

 あとこの機種の特徴で、ワキのところにサブのマニュピレーターがある。普段は折り畳まれているけど、コクピット周りの追加装甲的な意味で好評だったって」


「シミュレーションでは使う機会無かったけど……『追加装甲』扱い?」


「んー……まぁ、あんまり流行らなかったのね。見た通り小さなマニュピレーターだからパワーもあんまりないし、メンテやらリソースやらの費用対効果に見合わなかったって話。最新型じゃオミットされてるしね」


 それら機械の巨人の前を歩きながら、赤毛の少女、村瀬唯理むらせゆいりはメガネにお下げ髪のエンジニア、エイミーから機体の説明を受けていた。

 先行して納入された機体も確認はしたが、今のところエイムとして基本的な性能スペックをチェックしただけだ。

 それにやはり、能力的にも信頼的にも、唯理は直接エイミーから話を聞いておきたい。

 心なし、エンジニア嬢の方も楽しそうだった。


 ついでに、自分の装備の面倒を見てくれる技術者とコミュニケーションを密に取るのは、職業柄の習い性である。


「それから頭部のセンサーなんだけど、ボムフロッグは基礎設計の段階からスタンドアロンでのセンシングを重視してたみたい。頭の部分がちょっと大き目でしょ?

 左右のパッシブセンサー8基に、中央のリアルタイムスキャナーが1基。で、それを統合する専用の演算フレームが収まっているのね」


「他に依存しない情報能力と索敵能力。初期装備のサブマニュピレーター。なるほど……何となく機体のコンセプトが見えてくる感じがするね」


「と言ってもマイナーチェンジでその辺も部品が更新されているから、小型化した分今は余剰スペースがあるみたい。もしアームズの制御用フレームを入れるとしたらそこかなぁ…………」


 天井が高く広大な格納庫内では、大勢の技術系スタッフとヒト型作業機ワーカーボットが動き回っていた。

 新しく搬入したヒト型機動兵器、『ボムフロッグ』の整備と改造で大忙しなのだ。

 明確な期限は未定だが、キングダム船団としては早急にこの兵器を使えるようにしておく必要がある。

 併せて導入したエイム用の整備ステーションも、騒音を立てクレーンとマニュピレーターをフル稼働させていた。


「オプションの方は使える? AAM用の改造にも手間を取られるし、手に入ったのがそのまま問題無く使えればそれに越した事はないんだけど…………」


「HCAFってメーカーの『ACS D-Model L/R』ライフルね…………。うん、装備上は問題無いよ」


「……なんか装備以外の点で問題があるような?」


「ううん本当にないのよ? ただ、レールガンとレーザーガンをひとつに纏めたせいか、個々の性能は平凡で、価格はすごく高いという…………。このメーカーっていつもこういうの作るんだよね。きっとこれも在庫がたくさんあったんだろうなぁ、って思っただけ」


 整備ステーションの側面、主にエイムの武装を懸架しておくスペースには、縦向きに嵩のあるゴテゴテとしたシルエットの火器が据えられていた。

 上にパルスレーザーガン、真ん中に弾倉、その下にレールガンという構造の、ライフル型複合兵器システムだ。

 性質の異なる武装を合体させよう、というコンセプトとメリットは、赤毛娘にも理解できないではない。


 しかし、小首を傾げたエイミー先生にいわく、サイズのコンパクト化や火力の維持、コスト面で尽く中途半端な結果に終わった武器だという厳しい評価だった。

 もはやメーカー自身が、このように挑戦的な兵器を作っては微妙なモノに仕上げようと狙っている節さえ見られるとか。


「ああ……なるほど……。まぁ使えるなら構わないけど。それじゃビームチョッパーとシールドユニットの方は?」


 別に在庫一掃処分だろうがメーカの趣味に走った兵器だろうが、要求仕様を満たす備品なら別に構わない、というのが赤毛の責任者の意見である。

 この際文句は言えない、という諦観も、表情から滲んでいたが。

 とはいえ、性能面ではその二個一にこいち兵器は合格ライン。伊達にその手の武器ばかり作っているメーカーではないという事らしい。

 会社の歴史も地味に長かった。 


「『ビームチョッパー』……NTA-60H、前方破砕機。これ武器じゃないんだけど。ビームブレイドと違って収束レンジは無いに等しいし。ユイリはこれで良かったの?」


「どうせ使うような状況があるとしたらゼロ距離だしね。ローグ連中に細かい技術も教えてないから、とりあえずブッ叩ければそれで十分、と……。

 それよりシールドユニットの調達に手間取ったっていうのは、意外な気がしたけど」


「ユニット自体デッドウェイトになるのを嫌って使っているところが少ないしね。ウチの船団は、ユイリが使っているからって取り入れてるヒトを時々見るけど。

 フィールドジェネレーターにユニット自体の装甲もあって、火器に比べても重いから。相応に腕のアクチュエイターのパワーも要求されるし、小型のエイムとかだと辛くなるのよ」


 レーザーとレールガンの複合火器と同様、接近戦用の武装と防御兵器も整備ステーションに固定されていた。

 短い片手持ちの柄に、短い片刃の高出力ビームを発生する器機。ビームナタ、とでも言うべきビームブレイドだ。

 実は純粋な兵器ではなく、元々は多目的用途の破砕機械である。宇宙船の装甲、小惑星の岩塊、未開惑星の生物など、相手を選ばず叩き切る為の道具だ。

 頑丈で信頼性の高い打撃兵器として、唯理が共和国に要求した。


 そして、赤毛のエイムオペレーターが必ず持っていく装備、物理シールドユニットも必要な数を調達してある。

 ただし、こちらも数と種類を揃える都合上、少し特殊な機種となっていた。

 一見して丸い小盾バックラーのようだが、偏向ディフレクションエネルギーシールドに特化したユニットだ。

 これも、ただでさえヒトを選ぶ装備を更にクセのある仕様とした為に、敬遠され死蔵されていたという経緯の代物である。


 これら、ヒト型機動兵器と武装に、弾体や燃焼触媒といった消耗品、整備用機材が、ザッと1,000セット。

 居並ぶそれらを改めて眺めてみると、大きな頭部にややズングリとした五体と、少しコミカルな印象も受けた。

 だが、その全てが一線級の装備。

 超高難易度の作戦へ臨むにあたり、とりあえず最低限の要件をクリアした、というのが赤毛娘の感想だ。


「アッドアームズ用の改造はよろしくお願いするとして……後の問題はソフトウェアの方か」


「『ソフト』? 機体のオペレーションシステムはフィスとかシスオペのヒト達がやってるでしょ?」


「いやこのボムフロッグを使うローグ連中の事――――――――」


 残る懸念は、エイムを実際に操縦するオペレーターに関してであろうか。

 そんな事を口にしかけた唯理だが、あるモノを見てその科白セリフが途切れてしまう。

 エイムの一機に、むさ苦しい野郎どもが群がっていた為だ。


「どうだ最高にイカすだろうが!? コレが俺らローグ大隊のデザインだ!!」

「ふざけんなダッセェ柄にしやがって!」

「引っ込めアーティスト気取り!!」

「テメー話聞いてたのかグロリア人!?」

「色なんざどうでもいい装甲増やせ装甲!!」

「バーカ装甲なんて意味あるかシールドだシールド!!」


 紫肌の男が指揮棒を振るように手を動かすと、制御ステーションのマニュピレーターが握るボール型ブラシが、最後の一筆を加えるところだった。

 そのステーションに収まっていたエイムには、幾何学模様の生物の内臓か、この世の崩壊を抽象化したような、常人には意味不明なペイントが成されている。

 他のローグ大隊の面々には不評らしい。


 唯理も気に入らない。

 なぜなら、赤毛の大隊長は勝手な改造や塗装を認めた覚えなどないからだ。


「おのれらのオモチャじゃないぞバカどもー!!」

「ギャー隊長!!?」

「ぬあああ!? ちょ!? 待て隊長それはヤバイ!!」

「死ぬ!!?」


 やけくそのように重いレールガンの砲身パーツを振り上げて、突撃する怒りの赤毛娘。

 慌てて逃げ出すローグのチンピラ達だが、走力で唯理から逃げ切れるはずもなく、豪快に蹴散らされていた。


 そして、この忙しい時に整備クルーは仕事が出来ず途方に暮れていた。


               ◇


 キングダム船団は現在、船団をげて戦闘準備の真っ最中である。

 共和国政府、実質的には共和国の支配企業44社ビッグブラザーから依頼された、デリジェント星系における強行救出作戦。

 同星系は、正体不明の自律戦闘兵器群『メナス』の勢力下にあった。

 ここに取り残された住民と重要な設備を回収する為、非常に強力な戦闘艦艇と機動戦力を持つキングダム船団に、お鉢が回ってきたというワケだ。


 常識的に考えれば「死んでこい」と言っているに等しい依頼だが、キングダム船団には大きな利益がある上に、それなりに成算もある話であった。


「本星『ヴァーチェル』宙域のメナスは100万を超えてますね。星域全体では1,000万を超えて正確な総数は不明……。ジャマータイプによるスキャン妨害も確認されます」


「メナスの制圧下に入って約1,400時間……。『ハイヴ』は形成されているか」


「星系艦隊が最後に確認した情報によりますと、衛星『フロイング』にハイヴ構築の兆候あり。艦隊が無差別攻撃をかけていますが、破壊は失敗に終わっています。今頃は既に構築も終わっているでしょう」


「スキャン精度低下でヴァーチェル内部の走査が不完全です。共和国の情報を信じるなら、逃げ遅れた住民・・はCCC社……コア・コラプション・クエーサー社の研究都市内に避難しているそうですが」


「他の星とコロニーの避難は問題無いんだな?」


「外洋に出る為に本星にヒトが集まっていたようでー。それで結局逃げ遅れたって話ですけどー」


「CCC社の研究都市は軌道上からの攻撃を想定した防衛設備があり、独立した生命維持システムも備えています。そこに避難するヒト達が集まったのは、必然ですわね」


「今回は事務局が珍しく協力的だ。どうせ共和国か企業と繋がっているだろうからもっと詳しい情報を引き出させろ」


 艦隊司令艦橋ゼネラルコントロールに近い大会議室では、浅黒い肌に白髪の船団長、ディラン=ボルゾイをはじめとする各部署の長が集まっていた。

 大型の電子机スマートデスクには情報を記載した電子書類が散らばり、空中にも立体画像として漂っている。

 現在は、具体的な作戦計画とそのスケジュールの構築中だ。


 基本的な部分は、既に決まっている。速力と打撃力を活かした一撃離脱戦法以外に、取れる選択肢が無い。

 圧倒的な戦闘能力を持つ宇宙戦闘艦艇を保有していても、1,000万体を超えるメナスを駆逐できるはずもないのだ。

 必要なヒトと物を掻っ攫って逃げるだけである。

 それを実行するだけの物資を揃え、態勢を整え、そして訓練を続けていた。


 特に、配備直前の兵器で遊んでいたローグ大隊の愚者アホどもは、ほぼ生身で惑星『ブラッドタクス』の大気上層高度10キロから突き落とされるという地獄を体験中である。

 赤毛の隊長も、万が一に備えてのヘイロー降下訓練は仮想現実VRの方でいいかな、と少し前まで思っていたのに。

 誰のせいかといえば、チンピラ連中のせいとしか言えないのだが。

 

 灰色の星を満たす二酸化炭素の大気にヒトがゴミのように散らばり、宙域内では船団が陣形訓練で動き回っている。

 各船の内部でも、総力戦に向けた人事異動と船内の改造が急ピッチで進められていた。

 当然ながら、戦闘となれば子供などは船の中に残しておけない。大半の非戦闘員は、一時的でも別の船に移る事になるだろう。

 今まで曖昧にされていた対爆ブラストドアや緊急災害対応セーフガードシステムの配置も、戦闘におけるダメージコントロールを想定して厳格に行われる。

 ヒト型機動兵器のみならず、キネティックウェポンやブロッカーなどの補助装備、ガンボートといった副次兵装も用意された。

 自警団ヴィジランテは再編され、通信と命令系統は全船団規模で整理と統合が行われ、医療スタッフや整備要員の層は厚くなっている。


 それは、これまでの受け身による自衛行動ではない、明確な攻勢の準備であった。


               ◇


『位置関係の把握をシステム任せにするな! 敵味方と自分のポジションを乱戦中に見失うとそのまま死ぬぞ! だからって棒立ちになるなローガンお前だー!!』


 ズングリとしながら洗練された機体エイム、『ボムフロッグ』が背面のブースターを燃やし尾を引いて宇宙を飛ぶ。

 通信で怒鳴り声を上げる赤毛の隊長。

 そのレーザー攻撃を、ローグ大隊のヒト型機動兵器は必死になって回避していた。

 反撃しろとか言われてもそれどころじゃねぇ。


 先のメナスとの不期遭遇戦では一定の成果を上げたものの、今のところ唯理の求めるレベルには到底届いていない。

 敵は宇宙の星ほど大量にいるのだから、ザコを2~30体落として満足されては困るのだ。

 ましてや次の任務地では、押し寄せるメナスを蹴散らしてもらわねばならない。

 つまり、歩き方の次は走り方を覚えさせようという話。


「ッがぁあああああ! っざけんなクソがぁああああ!!」


 コクピットの全周ディスプレイには、メナスの画像を被せた仮想敵アグレッサーのエイムが映し出されている。

 オペレーターのローガンは、左右のコントロールスティックを乱暴に前後に動かし機体に身を捻らせつつ、ペダルを踏み込みブースターを燃焼。

 全速後退するエイムのすぐ前を、レーザーの赤い雨が貫いていた。


 エネルギーシールドが光線を受け流し、電子妨害ECMが敵機に照準を絞らせないが、撃たれ放題となれば早晩落とされるのは目に見えている。

 かる荷重の中で反撃しようとはするが、敵機も自機も動き回っている上、戦術サポート情報を参照している間に状況がガラッと変ってしまうのだ。

 それでどうにか仮想敵機アグレッサーの位置を捉えたその時には、


「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!? ぐえーッ!!」

『ローガーン!!?』


 ビームブレイドを振り上げ突っ込んできたメナス特機が、ディスプレイに大写しになっているという。


 咄嗟にシールドユニットを構えられたのは、まだ上出来だったろう。

 ビームナタで思いっきりぶん殴られたローガン機は、錐揉きりもみして明後日の方向へ。

 メナスの皮を被ったエイムは、間髪入れず他の機体に襲い掛かる。


『お前らは隊長ローガン機を援護せんかー!』

『無茶言ってんじゃねー!』

『後退だ後退ぃ! とにかく引きながら撃て!!』

『訓練じゃねーだろこれ殺す気だろ!!』


 ローグ大隊第1中隊第1小隊の40機は、隊長機に続いて間もなく全機撃墜判定。

 続く第2小隊も、ほぼ同じ内容だった。

 しかも訓練は、これだけではない。

 実機による模擬戦は徹底的に行われたが、加えて基本的な戦術や部隊行動といった知識も強制的に叩き込まれ、チンピラどもは任務がはじまる前からほぼ死体に。

 しかし、スケジュールはもう切ってあるのだから、死体だろうが何だろうが必要な機能を詰め込むだけなのである。


 いま訓練で死ぬか、後で戦場で死ぬか。

 ろくでなしローグ連中には、どう転んでも地獄しか用意されていないのであった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】

 

・ハイヴ

 生物における巣という意味。メナスが制圧した地域で形成する拠点らしき施設を、便宜上そう呼ぶ。

 ただし、内部の調査が成功した例は一度も無い為、恐らくそうであるという予想からなる呼称に過ぎない。


・外洋

 星系内部の宙域を内海と呼ぶ場合があり、それに対して星系外の宇宙空間を外洋と呼ぶ。

 基本的に孤立無援の空間である為、相応に高度な単独航行能力を持つ宇宙船を用いての移動が推奨される。


・ヘイロー降下訓練

 超高々度侵入降下。

 生身で潜入する技術であり、隠密性の観点から地上スレスレまで自由落下を行う。


・HCAF(hyper class arms factory)

 共和国の兵器製造企業。主にヒト型機動兵器のオプションを開発している。

 微妙な性能な物が多いが、根強い愛好家も多数存在する。

 パルスレーザーSMGとレールガンが合体したACS D-Model L/R(allround combat sysytem. Model Electric gun laser gun duall module)は同社の製品。




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