97G.レジスタンス デッドマンウォーキング

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 40G以上の超高加速度により、身体がオペレーターシートに押し付けられる。

 押し潰すような負荷が全身にし掛かり、鍛えられた骨と筋肉がきしみを上げていた。

 加重で胸郭が広がらず、息を吸い込めない。機体のシステムがオペレーターの状態コンディションを感知し酸素濃度を上げるが、息苦しさは変わらなかった。

 エイムが高機動を取る度に、コクピット内が振り回され四肢がもげそうな錯覚に陥る。

 本来は操縦オペレーションに使うはずのコントロールスティックに、今は振り落とされないようしがみ付いているような有様だ。

 システムとの同調接続が出来ればこそコントロールも継続できるが、そうでなければこの慣性質量の中での操縦など不可能だろう。


「ッぐ……ぉおおおおクソッタレェエええええええ!!」


 それでも、自らの意思でこの地獄を続けなければならなかったが。


 コクピット内のオペレーター、ローグ大隊のチンピラ兵士が血を吐くような叫びを上げていた。

 ディスプレイの映像内では、生物のような外観の何かが、これまた超高加速度で真空宙を跳ね回っている。

 これに突き放されないよう、オペレーターはエイムを高機動で飛ばし、必死の形相で喰らい付いているのだ。

 機動力で負ければ、後は一方的に撃ち殺されるだけとなるだろう。


 センサーのみの頭部と着膨れたような外装のヒト型機動兵器、『ロケットマン』が全身のブースターを吹かし、折れ曲がるような機動を繰り返す。

 それら2機は激しい戦闘を繰り広げていたが、同じような戦いはその宙域全体で行われていた。


               ◇


 ジャンスターシェーフ国民主権主義擁護共和国、中央星系『フロンティア』。

 本星『プロスペクティヴァ』低軌道宙域。


 そこは共和国中央星系の中心付近であり、何十という外側の惑星と防衛艦隊が壁となる、本来最も安全な場所のはずであった。

 ところが現実には、全く想定しない形でのメナス強襲を受け、全ての艦隊防衛線が強行突破された事により、共和国の本星が最大級の危機にさらされていた。


 メナスの戦艦タイプは、一体だけでも非常に強力な戦闘力を発揮する。

 しかも、内蔵していた重巡洋艦タイプ、艦載機タイプを展開したメナス戦闘群は、その凄まじい機動力と打撃力を振るい、最後の障害である本星艦隊を駆逐しようとしていた。


 そこを、演習直前だったノマド『キングダム』船団が阻止。

 星系中央の恒星宙域へ向かおうとしていたところを急遽回頭し、メナス群への攻撃を開始する。


 その尖峰となったのが、同じく演習の為に展開中だったローグ大隊のエイム50機だ。


               ◇


「トルーパータイプ5機接近! 本艦2時方向上げ60度距離4300接触距離まで30秒!!」

「ディレイは敵集団先頭へ集中攻撃! 少しでも足を止めろ! エイム部隊のインターセプトは!?」

「ハーラーユニット、マキシーンユニット共に交戦中!」

「ハーラーユニットの方はスクワイヤに迎撃を任せこちらに回せ! メナス母艦の方はどうなっている!?」


 本星プロスペクティヴァの衛星軌道上、最終防衛ラインを守る軌道艦隊オービットフリートの一隻も、メナス迎撃戦を展開していた。

 主力戦艦『ダンロン』級、全長約1,000メートル。

 艦体前方部が丸いヘルメットのような構造になっている、共和国圏で攻撃の主力として用いられる戦闘艦である。


 無数の小型砲座が右上を向き、レールガンの弾幕を形成していた。

 それらバラ撒かれる弾体を、異形の生物のような兵器たちが凄まじい高機動で突破してくる。

 ヒト型機動兵器も迎撃に出るが、メナスの加速力に付いて行けないばかりか、逆に強力な荷電粒子弾を喰らい吹っ飛ばされる有様だ。


『クソッ!? 軌道予測が間に合っていない!』

『旗艦管制に敵データを統合し予測計算させろ! クライアントモードでデータ受領し本機は回避機動計算に全処理を投入!!』

『ダメだラグが大き過ぎる! 避け――――――』


 戦艦を守るエイムは後退もできず、次々と撃墜されていた。

 オペレーターは必死にメナスを攻撃するが、最高の射撃指揮装置イルミネーター火器管制システムFCSを用いてもレーザーを当てられない。

 メナスは人類側のヒト型機動兵器より早く、火力は高く、電子戦能力に優れ、恐れも知らず突進してくる。

 降り注ぐ輝緑のエネルギー弾に、戦艦のシールドは耐え切れず撃ち抜かれ、艦体にも直撃を受けていた。


「艦首部右舷被弾! エアリーク警報! 当該区隔壁閉鎖!!」

「シールドジェネレーターを全ていっぱいに回せ! オーバードライブさせてもいい!!」

「メイン、サブ、全機最大運転中!」

「ハーラーA51ロスト! ハーラーB55ロスト! ハーラーユニット全ロスト!!」


 鋭く伸びたアゴに貫かれ、最後のエイムが上下から真っ二つに引き裂かれると、僅かな間を置き爆発四散する。

 エネルギーシールドの再起動は間に合わず、護衛機を含む全ての守りを失ったダンロン級戦艦は、完全に無防備な状態だったが、


 メナスが突っ込んで来る直前に、その側面からローグ大隊のロケットマンが殴り込んだ。


 アサルトライフルを発砲するエイムに対し、瞬時に反応するメナスは鋭角に軌道偏向。

 かと思えば向きだけ反転し、節くれた鋭利な腕部から荷電粒子弾を放ってくる。


「ッぐ!? ぬぐぉおおおおお!!」


 ローグのオペレーターは加速で潰れそうになるのに耐え、更に自らを追い詰める超高速の回避運動へ。

 エイムを蛇行させ荷電粒子弾を回避すると、メナスを追いつつ発砲を続ける。

 対するメナスは、エラのような排気口から一層激しく緑の粒子を吹き出し進路を急反転。

 僅かに正面から軸をズラし、ビーム弾を放ちながらロケットマンに急接近する。

 交差するレールガンの弾体と荷電粒子弾を、急速に詰まる間合い中で双方が最小限の機動で回避。

 かわし切れずにエネルギーシールドを吹っ飛ばされるが、互いは交差した瞬間に鋭角な軌道偏向を行い、回り込むように弧を描いて喰らい付こうとし、


 ここで、ガキンッ! と凶悪な大顎を開いたメナスが、至近距離から強力な荷電粒子砲を放射。


「ふぬうッ――――――ぉおおおお!!」


 ロケットマンのオペレーターはインバース・キネマティクスアームのペダルをベタ踏みし、機体左側のブースターを目いっぱいに燃やして紙一重で回避した。

 そこから更に真正面から発砲しつつ突撃すると、既に回避し切れる距離ではなく、メナスはシールドを貫かれ本体にも被弾。

 内側から暗緑色の煙を噴くと、爆発してバラバラに散っていった。


「ッ……イェアアア! どうだクソッタレがぁ!? これでくたばっただろザマーみさらせぁ!!」


 爆煙に飛び込んだロケットマンは、反対側から煙を引いて飛び出す。

 コクピット内では興奮しきりのオペレーターが吠え狂っていた。背が低い筋肉質のロアド人、シェンだ。

 目は血走り、全身は恐怖だか緊張だかで奮え、滝のような汗を流し、頭には血が上っている。

 シェンはメナスのトルーパータイプを2機撃墜していた。

 最悪の敵との限界を超えた格闘戦を生き残り、頭の中はアドレナリンで溢れ返っている。


「アレはノマドのエイム部隊!? メナスの運動性に付いて行けるのか!!?」

「なんてオペレーターだ……あの加速じゃサイボーグでもボディが潰れるぞ!」


 戦艦の艦橋ブリッジでは、艦長以下艦橋要員ブリッジクルーの皆が信じ難いモノを見たという顔をしていた。

 メナスはその能力、性能共に人類とヒト型機動兵器の上をいく脅威メナスである。

 それが艦載機タイプであっても、エイム戦でメナス1機を撃墜すれば、普通の軍なら即トップガンだ。


 しかも、メナス撃墜という大戦果を上げているのは、1機だけではなかった。

 共和国艦隊の援護に来たノマドのエイム部隊は、揃いも揃ってメナスの機動力に喰らい付いて見せている。

 現場のオペレーターへの負荷は、とんでもないレベルになっていたが。


『ジューク! ジューク手伝え! こっちに新手が3機来てる!!』

『ああ!? いま忙しい! テメェでどうにかしろ!!』

『コイツらあのメスガキみたいに早い……!?』

『落とした! 落としたぞ! クソがッ! 今のはヤバかった!!』


 ローグ大隊の通信は阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 チンピラオペレーター達は宇宙で最悪の脅威メナス相手に、死に物狂いで戦っている。

 自分から超加速Hi-G状態に踏み込むなど正気じゃないマゾの所業だが、やらないと死ぬのだ。

 こんな修羅場に放り込んでくれた赤毛の隊長に「ふざけんなドチクショウ」と言ってやりたいが、そんな暇もなく次々と敵機は現れる。


『おい共和国の旗艦側! メナスに取り付かれてやがる!!』

『んなもんほっとけ! 面倒見てられっかバーカ!!』

『チクショウ面倒臭ぇな! グース! セオ! 付いて来い!!』

『なんだよ勝手に死なせとけよ!!』


 息も絶え絶えなシェンだったが、かと言って共和国艦隊を見捨てるのもマズイ。

 赤毛の鬼隊長の命令は、「援護してやれ」である。

 体力は限界で、正直自分が生き残るのだけでも精一杯だった。

 だが、チンピラオペレーター達はメナスより隊長怖さで戦闘を継続し、



 それら異形の自律兵器群が、抵抗も出来ず次々と秒速6,000メートルの牙に噛み砕かれていく。



 40G後半の加速度を維持して戦場を貫くのは、灰白色に青の無骨な装甲を纏う軍用エイム。

 赤毛の大隊長、村瀬唯理むらせゆいりのスーパープロミネンスMk.53改だ。

 メナスと赤毛娘は同等の能力、という印象を持ったチンピラもいたが、直に見れば戦術の幅が違い過ぎるのは明らかだった。

 大隊長のエイムはメナス以上の切り返しや急旋回で容易に攻撃を回避し、同時に距離を詰めながら反撃まで行い撃破してしまう。

 その圧倒的な技量と、火のような攻撃性。

 ローグ大隊のチンピラ兵は、それを間近にして狂気すら感じていた。


『R221何をしている!? またそのケツに弾ぶち込まれたいのか!? ここは戦場だぞ死にたくなければ動け動け!!』


 その化け物が通信で吼え、ただでさえ爆動している心臓が更に跳ね上がる。

 もはや体力は底を抜き、ゼーゼーという息切れも治まらない有様だが、骨の髄まで調教された野良犬は、無意識にエイムを加速させていた。

 肉体に限界を強いるトレーニング、とことんまで極限状態での継戦能力を養う実戦訓練、積み重ねたそれらが地獄の宙域でチンピラの三等兵どもを生かす。

 もっとも、本人達はそんな事を意識も出来ず、ただ目の前の戦闘に集中するほかないのだが。


               ◇


 正体不明の自律兵器群『メナス』は、人類と文明に敵対的な存在だ。

 その戦闘力は非常に強大であり、小型メナス一体で小規模な艦隊が壊滅した例もある。

 ましてや、今回共和国本星を襲撃したメナスの主力は、戦艦タイプ。

 たった一体でも、有人惑星を殲滅するのに十分な脅威メナスであった。


 しかし、メナス戦艦タイプの強襲は、本星を直前にしてノマド『キングダム』船団により阻止される。

 艦砲の撃ち合いは極短時間に終わり、キングダム船団側――――実質的には25隻の特殊艦――――による集中砲火で戦艦型メナスは跡形も無く破壊された。

 ターミナス星系ではメナス300万体を返り討ちにしたのだ。

 たった1体、分散した重巡洋艦タイプ2体を加えたとしても、それで苦戦する道理も無い。


 とはいえ、多分にオーバーキル気味な砲撃でもあったのだが。

 艦隊戦下手ベタな素人の集団がメナス以上の火力を持ったが故に、加減が分からなかったものと思われる。


「ダメージレポート」


「本船団への損害軽微。最も大きな損害で『ロックアイス・スキッド』がメナスの砲撃によりシールド過負荷でジェネレーターを破損。その他はブースターの不調や脆弱な電装系のトラブルが報告されている程度です。重大なインシデント無し」


「負傷者もありませんー。戦闘で緊張して医務室で処置を受けたヒトなどを除けばですけどー……。ヴィジランテにも負傷者無し――――――あ、PFC『ローグ』の方は…………」


「そっちは別途報告が上がるからいい。コンバットレポート」


「艦隊運動評価33%、攻撃統制評価25%、各船の戦闘行動評価平均で56.7%。ほぼ火力のみの力押しですので、他にらしい・・・要素は何も…………」


こっちは・・・・演習代わりにもならなかったな。まぁいい、貴重な実戦経験である事に代わりも無い。

 状況イエロー、船団をエマー3へ移行させろ。一応共和国側に救助が必要か聞いておけ。無ければ本船団は衛星『ユリアナ』の裏に戻る。当たり前だが演習は中止。各船に通達。足並みが揃い次第移動する」


「了解でーす」

「了解しました」


 船団旗艦『フォルテッツァ』の艦隊司令艦橋コマンドブリッジでは、若白髪に浅黒い肌の船団長、ディランが部下から報告を受けていた。

 ひとつの星を滅ぼしかねない脅威メナスを圧倒したものの、その戦闘内容はとても褒められたモノではない。

 被害らしい被害も出なかったが、今後の課題は山ほど出る一戦となってしまった。


 船の外では、船団所属のデブリ回収船がメナス戦艦タイプの残骸を集めている。

 強力なメナスが撃沈される事は非常に珍しく、装甲片や基礎フレームの一部だけでも高値が付くだろう。

 ターミナス星系では、ほとんど持ち出す暇が無かったのが惜しまれる。


 一方で大損害を被った共和国艦隊は、その後始末に忙しい。戦闘が終わって15分ほどだが、要救助者の収容で小型船やヒト型機動兵器が飛び回っていた。


 そして、小型メナスの300体近くを撃墜したローグ大隊は、フォルテッツァに一時帰還していた。

 一時、というのは、機体の整備を終え次第オペレーターを交代し、また出撃するのだ。

 ローグ大隊のエイム保有数は、約50機。所属人数に対して、まるで足りていない。

 そんな新設部隊が、1機も撃墜されずメナスとの対撃墜比キルレシオ6:0を達成して見せたのは、誰から見ても圧巻であろう。

 報告レポートを見ていた船団長も、赤毛娘の鍛えた部隊がまさかここまでやるとは想像だにしなかった。

 既に即応展開部隊ラビットファイアを編成したという実績こそあれ、今度の部隊は素材と人数が違い過ぎる。

 素人の多い船団ノマドで近接防御に不安があったが、ローグ大隊が想定通りの戦力となれば、そこも解消されそうだった。


「船団長、共和国艦隊プロスペクティヴァ指令本部より通信、キングダム船団にはただちに本星宙域30万キロ圏内より退去を求める、との事です」


「礼は不要だと言っとけ。全船移動準備は」


「5隻が待機してません! ……いえ、移動問題なしです!」


「隣のフェンシン衛星艦隊が宙域進入中です。進路指定来ています」


「進路指定なんざ知るか。ユリアナの船団まで最短ルートを設定、共和国に通知しろ。船団は警戒態勢、船列を維持、ローグ大隊隊長に繋げ」


 共和国政府にせっつかれ、キングダム船団は急ぎ移動しなければならなかった。

 しかし、ご機嫌斜めな船団長は道まで譲る気はないようで、共和国艦隊が活動中の宙域を突っ切ると言う。

 一応、単なる嫌がらせではなく、今後のキングダム船団の立場の為の行動ではあった。


『R101』


「ユイリ、ローグ大隊で旗艦の直掩を頼む」


『イエッサー』


「必要ならヴィジランテの指揮と使えるエイム、装備をそちらに引き渡す。大丈夫か」


『ノープロブレム、ウチのエンジニアが固い機体に仕上げてくれたので、このままいけます』


 ローグ大隊の隊長機に通信を繋ぐと、映像に出てくるのは赤毛の少女の姿だ。

 ただし、物々しい船外活動EVAスーツ装備に加えて、無表情ながら熱を感じる声色に、少々気圧される思いの船団長である。


「フォルテッツァの進路を守るぞ。311、321、331各分隊は船団正面、スクリープフォーメーション。341以降はOOPに従い両舷に着け。みっともないからチョロチョロ動くな。ラビットファイアは本機に合流しろ」


『イエッサー!』

『イエッサー!』

『イエッサー!!』


 赤毛の隊長の命令に従い、交代したローグ大隊第3中隊の各隊が船団に先行した。

 着膨れしたような重装甲のエイムが、旗艦フォルテッツァの正面で傘のような形の編隊を作る。


 無数の光がまたたく本星を背に、宇宙船や防衛兵器のひしめく宙域を、キングダム船団は悠々と突っ切っていった。

 これを阻止しようと動く共和国艦隊の艦艇は現れず、逆に進路を妨げないよう静止する艦の姿も。

 こうして、演習目的の示威行為を図らずとも達成したキングダム船団だが、それで共和国側が静かになると考えるほど、楽観論も持っていなかった。


 そして案の定、強大な力は船団を次の戦闘宙域へと誘う事になるのである。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・トップガン

 最優秀のパイロット、またはオペレーターに送られる称号。

 21世紀の戦闘機パイロットから続く伝統でもある。


・スクリープ(フォーメーション)

 ヒト型機動兵器の戦闘配置、その種類。

 進路に対して先鋭した配置を行い、戦闘宙域を突破するフォーメーション。




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