EXG.ポッキーンと鳴る心のライクサウンド
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高速貨物船『パンナコッタ
ノマド『キングダム船団』の830隻は、共和国の中央星系内部を航行中だった。
救出作戦の本決まりまでは待機していなくてはならないが、かと言ってこれほど強大な戦闘力を持つ
その為、露骨に邪険にこそされないものの、非常に丁重なたらい回しといった感じの扱いを受けている。
「いっそ仕事の時まで星系の外にでも追い出しゃいいだろうに。船団的にも共和国の懐になんかいつまでも居たかねーしな」
「遠ざけるとそれはそれで不安になるものなのよ、きっと。
近くには置けない、かと言って遠くに置いておくのも不安だ、と。
共和国政府とビッグブラザーの本音は、そんなところなのでしょうね」
船橋では、船長のお姉さんとシステムオペレーターのツリ目少女がシフト勤務中だった。
とはいえ、共和国圏のド真ん中で危険要素も見当たらない。のんびりとしたものである。
ふたりの他に船橋には誰もおらず、この時は操舵もオペ娘が兼任していた。
共和国政府も完全に味方というワケではないので、最低限の警戒はしているが。
「どうもー、おつでーす」
「お帰りなさいユイリちゃん」
「おーい、おつかれー」
そんな船橋にいつもと変わらぬ歩調で入って来るのが、赤毛娘の
服装も、カラダの線が出やすい
のんびりした航海、と言っても、やれる内にやっておくべき事は多く、それなりに色々と忙しくしている娘さんだった。
「船長、例の機体なんですけど、一機でも早いうちに手に入りませんか?」
やって来るなり切り出すのも、仕事の話である。
「提供されるローグの新型機? そうねぇ……系列機なら共和国政府から調達できるかも知れないけど、例のモデルはもう配備される前提で調整されてたんでしょう? 全く同じってワケにはいかないんじゃないかしら?」
「あー……ユイリはシミュレーターじゃ違和感あるって前から言ってたもんな。普通そんな事ねーんだけど」
「まぁオムニのシミュレーションでも訓練できれば、それはそれでありがたいんだけど。やっぱり命を預けるモノだし、実機を見ない事にはどうにも…………」
赤毛の少女が率いる
救出作戦を前に、共和国政府と
その機体が引き渡される前に、ローグ大隊ではシミュレーションによる機種転換訓練を行っていたが、赤毛の隊長はそれだけでは不安な様子であった。
はじめて
フィスが言う通り、普通はオムニによる
赤毛の少女が、
船長のマリーンはその横に立つと、いくつかの大手企業の持つ同型機のリストを出す。
フィスはそんなふたりの背中を、正確にはその少し下を、オヤツなど食べながら眺めていた。最近のお気に入りで、赤毛の少女の新作である。
「この辺から手に入れられない事もないのでしょうけど、仮にこれを新型機と同じように改修するとして、二度手間にならない?」
「その分の時間もかかります、か……。そうでなくてもアッドアームズ用の改造でエイミー達には手間をかけますしね」
「てか新型に乗るのはローグの連中で、ユイリは自分のプロミネンスだろ? あいつらじゃユイリみたいに実物とシミュレーションの違いとか分からないんじゃね?」
「んー……その差異で作戦に変更が必要とは、わたしも思ってないんだけどね。自分が使った事もない装備で部下に命張らせるってのも――――――――」
オペ娘の
唯理が気になったのは、フィスが咥えている細いスティック状の食べ物の存在だ。
長さ約14センチ。持ち手側の数センチを残して大半がチョコレートでコーティングされている、固めのクッキー生地のお菓子であった。
21世紀出身の赤毛の少女が、当時流通していた菓子を再現しようとしたひとつである。
自分が作ったのだから、船の仲間がそれを食べていても、特に不思議はない。
しかし、
「フィス……また食べ過ぎてませんか?」
ここ最近の姿を思い出すに、常にフィスがそれを咥えていたような気がして、唯理は目を細めていた。
このオペ娘さんは、気に入ったお菓子を延々と食べ続ける悪癖がある、と赤毛娘はそろそろ断言していいと思う。
自分が作っておいてなんだが、それで体調を崩されても困るのだ。
こういう点では、この時代の合成フードレーションは栄養バランスも完璧で良く出来ているなぁ、とさえ思ってしまう唯理である。
エキセントリックな味で味覚神経が死にそうだが。
「…………食べちゃダメか?」
と言いつつ、食べるのはやめない偏食オペ娘さん。もはや癖になっている模様。手遅れ感があった。
「『ダメ』とは言わないけど……そればっかりだと栄養バランス悪いよ。チョコレートの3分の1は脂質だし。食べ過ぎると太る。
だから、お菓子ばっかり食べて晩御飯食べないとかお母さん許しませんよ?」
「誰がお母さんか」
腰に手をやりふんぞり返る赤毛に、ツリ目をジト目に変えて言うオペ娘。一応心配されているのは分かる。
しかし、チョコレートスティックを齧るのをやめないまま、フィスは赤毛のお母さんへニヤリとした笑みを向けると、
「いやぁでもアレよ、いくら食べ過ぎで太るったって、ユイリやマリーン姉さんみたいなデカ尻にはならないんじゃね?」
意味ありげに視線を下げたそこには、
片やキュッと引き締まり、腰から滑らかに突き出されている美尻。
片や非常に肉付が良く、ムチムチとしてボリュームたっぷりな媚尻。
どちらかと言うとスレンダーなタイプのオペ娘さんは、「いっそ食べ過ぎた方がふたりみたいに肉も付くんじゃねーかな」、などとニヤニヤしながら
その子供のいいわけのような物言いに加え、若干気にしている尻の事を言われた赤毛は、速やかに報復に出る。
ひんやりとした微笑を浮かべる赤毛娘がオペ娘の前に立ったかと思うと、咥えていたチョコレートスティックに、反対側からパクリと。
そのままコリコリ音を立てながら前歯で齧っていき、ジリジリとフィスの顔へと迫っていった。
唐突の事で、オペ娘は完全に硬直。
ただ停止した思考のまま、徐々に唯理の綺麗な顔が急接近してくるのを受け入れざるを得ない。
菓子を噛み砕く振動も、フィスの口腔内へ生々しく伝わってくる。
そして、赤毛の美少女の艶かしい唇と、自分の唇を繋ぐクッキー生地がもうあと3センチも無いというほど近付いたところで、
唇に力を入れた唯理が、中ほどからそのお菓子を、ポキッと。
そのままチョコ菓子を口の中に引き込む赤毛は、してやったりの笑みだった。
だが、オペ娘には刺激が強すぎた。
折れたチョコレートスティックもそのままに、ツリ目をまん丸にして依然固まっている。
ここでフと思い至る事があり、唯理は少し慌てていた。
「あ……ゴメンね」
赤毛の少女はフリーズしたオペ娘の口から、僅かに突き出たチョコ菓子を回収。そのまま自分の口に放り込む。
悲鳴を上げる暇も無く、フィスの口には新たなチョコレートスティックが押し込まれてしまった。
唯理はフィスに潔癖症の気がある故に硬直したと思っていたが、本人としては違うそうじゃない。
そのすぐ後、赤毛の隊長のもとに新型機が数機先行して納入されるという想定外の連絡が入った為に、すぐに
それから、硬直が解けたオペ娘はシート上で頭を抱えて悶えていた。
あの赤毛とんでもない事しやがった、と。
この時代の少女が、ポ○キーゲームなど知りようもない。
自分の食べている物を反対側から同時に食べ進めるとか、そのまま口付けしそうなほど近付いてしまう事とか、互いの分泌物で濡れた物を食べてしまうとか。
ただただ、衝撃的であった。
思い返すに、物凄く恥ずかしくなる。
赤毛の美少女の顔が目の前いっぱいに近付いた光景が頭から離れない。
もしもあのまま触れていたら、などと意に反して勝手に想像してしまい、心臓が爆発しそうなほど回転数を上げていたが、
「フィスちゃん……わたしのお尻って、そんなに太って見えるかしら?」
背後からそっと首筋に手を添えられ、オペ娘の心臓が止まった。
「んん?」
『なに? ユイリ問題??』
その時、唯理はエイムに乗り発進するところだったが、フィスの「ぐえー」という悲鳴が聞こえた気がして、エイミーの前で小首を傾げていた。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・11月11日『ポッキーの日』
21世紀の起源惑星に実在した菓子の記念日。
この日、両端から同時に口に咥え食べ進めるのが恋人同士の親密度を計る恒例行事だったとか違うとか。
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