96G.ガールズコンバットウェアコレクション

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 天の川銀河、ノーマ・流域ライン

 ジャンスターシェーフ国民主権主義擁護共和国、中央星系『フロンティア』。

 本星『プロスペクティヴァ』、衛星『ユリアナ』近傍。


 ノマド『キングダム』船団の宇宙船30万隻は、本星を回る衛星のひとつの裏側で停船していた。

 そこは、本星機能の予備と備蓄物質が置かれている、とされている・・・・真球型の星である。


 そして船団に所属する高速貨物船、『パンナコッタ2nd』の船首船橋ブリッジでは。


「監視は相変わらずですけど、それ以上の動きはありませんね。多少刺激しても、演習はスケジュール通り…………ですか? 船団長の判断次第になるでしょうけど」


「そうねー」


 コッ……とブーツのカカトを鳴らし、村瀬唯理むらせゆいりは舷窓に映る光景と向き合っていた。

 船団の周囲には共和国の星系艦隊が、警護・・という名目で展開中だ。

 ターミナスからフロンティア星系まで同道していた遠征艦隊30万隻も、本来の任務である宙域の防備に復帰している。


 先日、パンナコッタの船長マリーンが、共和国の支配企業所属と思しき黒スーツの集団に拉致されかかった。

 これに対し、キングダム船団は最大級の非難と警告の意志を示し、全船を準戦闘体勢エマー3へと移行。

 総合力の差を考えればありえないキングダム側の動きに、共和国艦隊も慌てながら警戒体勢を取っていた。


 しかし、その後間も無く両者は通常体勢へと戻している。

 共和国政府がキングダム船団の要人保護の不手際を・・・・認め、また船団長のディラン=ボルゾイもこれを受け入れた為だ。

 実際に起こったのは政府――――つまり支配企業――――黙認の上の拉致であるのは明白だったが、あえてそこを追求しない事で穏便な事態収束を図ったというのが、裏舞台での出来事だ。

 つまりそれは、共和国側が我を通す事を諦め、キングダム船団に矛を収めるよう懇願した形である。


 銀河を支配する銀河先進三大国ビッグ3オブギャラクシー、その一角がいち自由船団相手に引くなど、異例中の異例だった。


 その背景には、そもそもの騒動の主役であるマリーンが、支配企業のひとつであるユルド・コンクエスト社の会長と話を付けたという経緯もあった。

 だが、それを知る者は当人同士だけである。


 そして、それらの結果として、赤毛の美少女が黒のシースルーにビキニラインも際どいランジェリーとガーターベルトなよそおいとなっていた。

 船橋ブリッジで共和国艦隊相手に凛々しい面構えをしていても、首から下はセクシー路線のかたまりである。

 なんだってこんな事になったのかというと、マリーンが唯理にお願いしたのが原因だ。


 とりあえず沈静化したものの、共和国政府とキングダム船団の交渉は、喧嘩別れとなる寸前だった。

 ターミナス星系からここまでの苦労、その全ての労力と調整が台無しとなるところである。

 そんな大事を招いたのがマリーン船長の迂闊な行動であるのは否定しようもなく、しばらくは様々な方面から散々に叱られていた。

 なかでも、マリーンが最もこたえたのは、家族であるパンナコッタの皆に物凄い迷惑をかけた事だ。

 自己嫌悪と無力感から、その消沈ぶりも痛々しいものであった。


 そんなマリーンを元気付けようと思ったら、『ユイリちゃんがエッチな下着でウロウロしてたら元気出るかも……』とか言うので、赤毛娘がそのまま実行してしまったのである。

 おかげで、船長の目尻は下がりっぱなし、頬は緩みっぱなしだ。美女じゃなかったら犯罪者のツラだった。


「ユイリ……あんまりマリーンを甘やかすなよ。本当に反省しているのかコイツ」


 本日操舵担当のダナは、コンソールパネルに脚を乗せやさぐれていた。心配をかけた末に、真っ先に助けに行った娘にいったい何やらせているのかと。

 眼福なので文句も言えずそれが腹立つ。


 無言のツリ目オペは、無言のまま何かに耐えていた。

 視界の端で揺れている、扇情的に飾られたたわわ・・・なオッパイや、下着が喰い込んだボリュームのあるお尻、ガーターに縛り付けられたムチムチなフトモモを直接見てしまったら、もう目が離せないという確信に近い予感がある。


 そしてエイミーは非番なのに船橋ブリッジに来て脳ミソ溶けていた。表情に理性の欠片も無い。頭の中も真っピンクだ。


 むろん、本来十二分に反省すべき船長のお姉さんも、スレンダーさと豊かな肉感という相反する要素を兼ね備えた赤毛のカラダを、この上なく堪能してしまっている。

 故郷に戻って完全にタガが外れたようだ。

 一方で、船の女の子には手を出さない、という最後の一線を死守する為に、血の涙を流さんばかりの自制心も働かせていたが。

 この生殺し具合がペナルティと言えなくもない。


 そんな船内を崩壊させそうな格好をしている唯理も、流石に多少は恥ずかしい思いをしている。緊急時に備えて環境EVRスーツは側に置いていたが。

 仕事中だから、それに船長の気が紛れるなら、と思えばこそましていられるが、流石に現在着用中の下着は蠱惑的に過ぎた。

 気を抜くと、もう冷静ではいられなさそうである。


 なので、この後に白のシースルー、ヒモ、ローレグ、とエロエロなのが控えているのも、考えないようにした。


               ◇


 諸事情により半分機能停止したパンナコッタ2ndの事は、ともかく。


 アクシデントはあったものの、共和国政府とキングダム船団の交渉は再び同じテーブルに戻った。

 とはいえ、それはターミナス星系の難民――――名目は『任意の移住希望者』――――の引渡し交渉が前進したという意味ではない。

 ターミナス星系の脱出民を連れて来た責任をキングダム船団に被せ、その全てを取り込みたい共和国政府と支配企業ビッグブラザー

 難民の全てを共和国に引き受けさせ、その人道支援・・・・を理由に貸しを作りたいキングダム船団。


 それらの交渉は結局平行線に戻っただけであったが、一方で他の交渉事は纏まっていた。


「傾注」

「気を付けぇッ!」


 キングダム船団旗艦フラグシップ『フォルテッツァ』。

 格納庫区画、ローグ大隊ブリーフィングルーム。


 元軍の仕官だった女性が涼やかな声で号令をかけ、元特殊戦で体格の良い姐御がドスの利いた声を張り上げる。

 どちらも目を引く美女だが、どちらも恐ろしい本物の兵士であるのをローグのチンピラ達は知っていた。

 サラだけではなく、ダナに絡んだバカも何人か悲惨な目に遭っている。


 集まった50人全員がドカドカと騒がしく席を立ち、直立不動の姿勢を取っていた。

 そんな殺伐とした部屋に早歩きで入って来たのは、前のふたりより更に恐ろしい赤毛の少女である。

 今は、身体の線がくっきり出る全身EVRスーツと、『Rabbit fire.UNIT』『rogue.SQ』『R-101』と表記されたジャンパーを着ていた。流石に下着ではない。


「休め、座っていい」


 赤毛の大隊長が許可すると、再び粗雑に着席するむさ苦しい野郎ども。

 余計な野次や無駄口を叩かないだけ、大した進歩である事を付け加えておきたい。

 やはり当分の間は愚連隊と思われる。


「24時間後、ローグ大隊第2中隊第1小隊はキングダム船団の総合戦闘演習に参加する。

 想定は船団の移動中における強襲に対する防衛行動。仮想敵は星系艦隊クラス。

 ウチの受け持ちは船団最後方及び遊撃となる。敵襲の方向、タイミング、動きは不明だ。当たり前だが。

 指揮は船団艦橋が行う。各分隊はOOPと通信ラインを確認しておけ。

 しかしECM環境の発生でアップリンク切断などのアクシデントも起こり得る。実戦だからな。演習で死にたくなければ想定外の事態にも対応できるようROEを頭に叩き込んでおく事。

 ここまでで質問は」


 赤毛の隊長が、壁面に映し出された船団と部隊の配置図を軽く叩きながら言う。

 『交戦規定ROE』の単語が出た際に嫌な顔をするローグの兵士もいたが、それでも自身の前に画面を出すと、細々した項目を確認していた。

 交戦規定こそが、チンピラゴミローグどうぐを隔てる境界である。


「演習に出るのは俺たちだけ? 他の連中は」


「演習と言ってもローテーションは変わらない。即応するのは第2、第3が待機、第4は訓練、第1はオフだが現在エマー2発令中だから待機となる。

 演習が本物の有事に化けた際の備えだ。使えるエイムがあれば大隊全員が直掩に入る事になるだろう」


 ディウォル人――――全長10センチ台――――が乗る改造ヒト型機械ワーカーボットに赤毛の隊長が応えると、そのほかに質問は出てこなかった。

 唯理は色々言ったが、実のところ全て今まで訓練でやって来た事だ。命令も単純。これと言って判断に迷うような事も無い。

 そもそもそんな判断を伴うような事を隊長がやらせないのだが。


「状況の想定を見れば分かるだろうが、この演習は共和国へ対する示威行動も兼ねる。何せ星域中央域でやるんだ。ギャラリーはこっちの些細な動きも一切見逃さず情報を集めて分析してくるぞ。

 オマエらが無様を晒せば、その時点で船団の近接防衛能力は舐められる事になる。

 余計な事をするとアラが出て素人のザコなのがバレるからな。訓練した事しかできないんだ、せいぜい訓練通りやれ。以上だ」

「各分隊でOOPと通信ライン確認、当日の配置の確認、隊でのポジション、搭乗機の確認をしておけ、解散!」


 作戦に必要な事を伝えると、ブリーフィングを終わらせた赤毛の大隊長が退室。壁際で睨みを効かせていた姐御の号令で、ローグの兵士たちも騒々しく席を立つ。

 この部屋だけではない。交渉の末に共和国政府からの許可を取り付けた事で、キングダム船団内は演習に向け騒がしくなっていた。

 船団付き私的艦隊組織PFC『ローグ大隊』も、必要な作戦行動が取れるか危ぶまれていたものの、どうにか訓練に間に合わせている。

 ボスである赤毛娘は大変だったが。


「すいませんねダナさん、副官のような真似をさせて。ローグの中から先任を選ぶのが筋なんですけど、まだどうにも…………」


「連中自分の事で手いっぱいだろうしな。まだそこまで錬成し切ってないだろ。むしろよくもこの短期間であそこまで調教したモノだと思うわ」


「十分な練度とは言えませんけどね。ま、番犬の真似事くらいは出来るようになりましたか…………」


 遠い目をする赤毛の隊長に、メカニックの姐御がこれまでの経緯を振り返り重々しく頷いていた。元素材の酷さを思えば、感心する他ない。

 ダナとサラを引き連れ、唯理が次に向かうのは旗艦フォルテッツァ艦隊指令艦橋コマンドブリッジだ。

 最近の若白髪の船団長の定位置でもある。

 24時間後の演習は、特別な状況ではない日常的な航行時に起こり得る戦闘を想定していた。

 故に、戦闘指揮もいつも通り旗艦の艦橋ブリッジサイドが執る事となる。


 なお、詳細の通達くらいは船団内通信で十分なのだが、現代においても顔を合わせて打ち合わせを行う事は、信頼性の上で有用とされていた。


               ◇


 通常、自分の庭でよそ者に軍事演習をやらせるなど、安全保障や対外政策、その他の点から言ってもあり得ない事である。

 そんなあり得ない事を許可したのは、当然ながらキングダム船団、共和国側ともに事情があった。

 スケジュール遅延、内部調整、戦力把握、安全管理、などが絡み合った、複雑な事情だ。

 当初は星系外縁で、という案もあったのだが、色々あって遅延した末の事である。


 至る現在、共和国中央星系艦隊は各惑星の軌道上や防衛宙域に展開し、キングダム船団の動向を監視していた。

 キングダム船団の万が一の暴走や攻撃を警戒すれば、これも当然の備えである。

 一方で船団としても、これは比較的リスクの高い試みであった。

 この演習で船団の戦力が恐るるに足らずとなれば、共和国がキングダム船団に対し譲歩する事は一切なくなるだろう。

 船団と艦船の能力の高さを知ればこそ、ディラン船団長も成算のある賭けに出たワケだが。



 ところがその結果は、双方の当初の予想と全く異なるモノとなる。



「ノマドがフロンティア星系内で演習ですか…………。パフォーマンスにしても、いっそいじましくもありますな」


「ふむ、しかし艦隊統括本部はあの船団を注視しているようだぞ? メナス艦隊に対する戦果というのもある程度評価しているからこそ、この扱いだろう」


 旗艦ゴッドハンドクラスを任されている私的艦隊組織PFCの指揮官は、センサーに捉えたキングダム船団の様子を興味深そうに見ていた。

 部下と違って、相手ノマドを単なる素人の寄せ集めだとは思っていない。

 全ての情報が下りてきているワケではないが、「メナス艦隊の撃退」という眉唾・・な話にも、元になる根拠があると考えている。

 さもなくば、共和国艦隊を纏める支配企業44社ビッグブラザーの出先機関、『本部』がこだわる理由が無いからだ。


「どんな反応、信号、行動も見逃すな。上から信用出来る分析結果が降りて来ると思うなよ」

「通信波は全て拾え! デコードは後回しでいい! 個人の通信も全てだ!!」


 他の艦隊や戦闘艦も、噂の船団と高性能宇宙船のデータを録ろうとあらゆるセンサーをキングダム船団側へ向けている。

 船団を警戒しているという事もあり、艦内のあわただしさは戦闘中と大差がなかった。


               ◇


 ターミナス星系から脱出した船の一部は、キングダム船団に移籍していた。

 これにより、船団は中核船数を830隻まで増やし、ノマドとしては最大規模となっている。

 もっとも、純粋な戦闘艦は200隻もいない。相変わらず大半は通常の宇宙船だ。

 それでも、ノマドであれば自ら身を守らねばならない事に変わりもなく、統一感の無い830隻も前後に長い密集陣形を取っていた。

 なお、それ以外の難民船約30万隻は、衛星『ユリアナ』近傍で待機中である。


「大分スッキリしたな…………。新入りの配置に問題は?」


「それは、30万隻も集まっていた時に比べればー……。

 『ドライファーム』のスクワッシュドライブコンデンサにトラブル。演習に問題はありませんけどー……」


「入ったばかりで無理をさせる場面でもないだろう。フォルテッツァでもキングダムでもいい、収容させ今回は休ませろ。各船内の避難は終わってるか」


「全船の全船員バイタルパートへの移動確認。生命維持に問題の報告は出ていませんわ」


 旗艦フォルテッツァの艦隊指令艦橋にて。

 宙に浮く球形の空間レーダー画面を前に、船団長のディランが総司令官席に着いていた。

 両脇に立っているのは、長い金髪のマイペース美女と、黒髪ボブカットの真面目美女ふたり。副船長が報告を上げている。

 艦隊指令艦橋だけではなく、別の場所にある航海艦橋や戦闘艦橋でも、大勢のオペレーターが忙しく各船と連絡を取り合っていた。


 船団の830隻は旗艦フォルテッツァを先頭に、本船キングダムと環境播種防衛艦アルプスを中心にして、その上下左右と後方へ並び陣形を作っている。

 宇宙を移動する際の、基本的な涙滴型陣形だ。

 軍の艦隊などは綺麗な菱形を作るのだが、民間人の自由船団にそこまでの練度と規律は求められなかった。

 これでも、無意味に横に広がったり延々と前後に伸びたりする纏まりの無い船団よりは、まだマシと言える。


 演習は、本星プロスペクティヴァから星系中央の恒星へ向かい、その裏手で砲撃訓練、近接防御訓練、非常航行訓練を実行、恒星を回り本星軌道へ戻るという工程になっていた。

 片道、約75億キロメートル。

 約30Gで2時間かけ加速と減速を行い、400万キロメートルを通常航行で移動。短距離ワープで星系中心方面へ跳び、恒星近傍へ到着する予定だった。


 青白く煙る真空中に、830隻の宇宙船が静かに佇んでいる。

 それらが予定時刻になると、一斉に船尾や舷側のブースターエンジンに点火。白やオレンジの炎を吹き出した。

 毎秒ごとに秒速309メートル増速し、星系を構成する重力圏の中心へ。

 速度を上げるほどブースターの航跡ウェーキも長く伸び、キングダム船団は星系中の注目を集めながら、その真価を発揮しようとしていた。



 間もなく、その予定は外部要因にて崩れてしまう事になるが。



               ◇


 共和国中央星系『フロンティア』。

 第44惑星、フロンティアグループ44G:R宙域。


 広範囲に膨大な塵が漂い、通過する船のエネルギーシールドへ常に高い負荷をかける、超高密度空間。

 重力の弱いガス惑星44G:Rの姿は、無数のデブリが煙のようにおおい隠し、かすんでいた。


 資源的不動産的には何の価値も無い惑星だが、共和国にはこの星を放置できない理由があった。

 それは、危機管理。

 共和国内外には敵が多く、星系の最外周を回り身を潜めるのに好都合な44G:Rは、しばしばテログループなどに利用されている。

 その為、特に守るモノは無いのに障害物ばかりあるこの惑星にも、監視として5,000隻程度の艦隊が配置されていた。


「……ふん? 艦長、干渉レーダーに感あり、宙域基準点190度プラス8度に重力異常。いえ、ダイレクトワープ? バカに飛ばしている……」


 そんな艦隊に属する一隻、全長約600メートルの重巡洋艦のレーダーオペレーターが、星系の外から急接近する物体の存在を捉える。

 それも、減速無しでワープの圧縮回廊へ飛び込んだらしく、出現直後からとんでもない速度だった。


「高速の移動体が出現、接近中、速度……43.2G!? 現在約550万キロで接近中! 距離9万! 接触まで約1分! いや更に増速!!」


「いったい何が出てきた? またビッグブラザーの幹部がネザードラッグでトリップでもしてるのか??」


 狂ったように加速を続ける物体は、真っ直ぐ艦隊の方へ向かって来ているらしい。

 異常事態ではあるが、この時点ではまだ艦長も慌てていなかった。

 時々、支配企業ビッグブラザーの高級幹部が情報機器インフォギアの精神昂揚プログラムを使い、ハイテンションを極めて暴走する事があると知っているのだ。

 今回もそんな事だろう、と思いながら、部下に相手の走査スキャンを命じたのだが、


「スキャニング中……ライブラリ、データ該当あり……『メナスタイプ、バトルシップクラス』!? 艦長! 接近中の物体はメナス――――――!!?」

「全艦にバトルステーション発令! 旗艦はもう把握してるな!? 命令があり次第発砲! エイムも全機発艦準備ぃ!!」


 部下の報告に、そんな楽観論など吹っ飛んでしまった。

 同様の報告は全艦にも行われ、艦隊は一斉に迎撃態勢へ。

 朝靄あさもやに浮かぶように布陣していた5,000隻は、その全てが艦首を接近中の敵影に向け、恒星を背に防衛戦闘を開始しようとしていた。


               ◇


 そして、フロンティア星系最外周の艦隊壊滅により、それ以内の艦隊及び各惑星も大騒ぎになった。

 超大型メナス母艦の高速侵入という有り得ない・・・・・事態の発生から、僅かに3時間。

 小型機を出し戦闘群を形成したメナスは、迎撃に出た艦隊や進路上の共和国軍を尽く撫で斬りにし、真っ直ぐに本星『プロスペクティヴァ』宙域へ侵攻してきた。


『フラグシップ「マハバル」シールドダウン! 艦尾に被弾! 損害不明!!』

『スクワイヤ艦無人コントロールアウト、ECMではなくマハバルからのアップリンク無し! AIコントロール変更確認! 戦闘行動継続中!!』

『迎撃衛星エコーグループ敵進路上に展開……間に合いません! 自動迎撃開始!!』

『メナスによるECM大! ECCM効果率30%! USSF-3000グループ自動迎撃に入ります!』

『「フェンシン」の艦隊はまだ来ないのか!?』

『フェンシンサテライトフリート到着まで約15分!!』


 フロンティア星系全体では約50万隻が防衛に就いていたが、その大半は本星以外の各惑星宙域を守っている。

 各惑星の防衛ラインが、そのまま星系中央の防衛ラインとなっている、と考えられた為だ。

 ところが、突如現れ凄まじい速度で侵攻する脅威メナスというのは、完全に想定外。

 惑星を守る艦隊は迎撃自体が間に合っておらず、次々と突破されていた。


 本星宙域の衛星防衛サテライト艦隊フリートは真正面からぶつかりに行ったが、真正面から旗艦フラグシップを撃破され指揮系統が麻痺。

 2万隻で構成される無人戦闘艦が自律制御で迎撃に入るが、先行して来る小型メナスの群れに成す術なく喰い荒される始末だ。

 もはや、まともな戦力で迎撃に入れるのは、本星の軌道上を守る軌道艦隊オービットフリート5万隻のみだった。


「ここを抜かれれば本星しかない! 何が何でも止めるのだ!!」

「ハークマネージャー! ハインデュークから派遣PFCの契約に不備があると――――――」

「くだらない水際交渉を仕掛けた報いは必ず受けさせると伝えろ! 貴様らの頭上だけ防衛放棄されたくなければ黙っていろともな!

 USSF全艦は全自動制御でメナス正面へ! 全て使い潰すつもりでぶつけさせろ! 迎撃衛星は側面から攻撃! エイムは全機発進! 攻撃はメナスの主力に集中させよ!!」


 全長1,300メートルのゴッドハンド級旗艦、その艦橋ブリッジ艦隊司令フリートマネージャーの若い男が命令を飛ばしていた。

 この期に及んで所属外の企業から駆け引きなど仕掛けられるが、生き死にがかかっているので本人はそれどころではない。

 実力でその地位まで上り詰めたカンパニー社の幹部は、珍しくただその役割に全能力を注いでいた。


 丸みのある艦体の宇宙船は本星を背に壁のような陣形を取ると、その全てから赤い光線を発振。

 統制の取れた艦砲射撃は、数万キロ先に展開する無人艦隊の隙間を縫い、敵集団へと殺到する。


 しかし、額を突き出した魚類のような形状の大型メナスは、それら約50万条にも及ぶレーザーの全てを捻じ曲げてしまう。

 逆に、艦首にある鋭い目のような砲口から暗緑色の荷電粒子を放ち、前衛艦隊を後ろの本隊ごと撃ち抜いていた。


「か、艦隊右翼に直撃! 損害多数大破約5,000隻中破以下総計中!!」

「USSF損耗12%! メナス艦載機が先発のスクワイヤに接触! 交戦中!!」

「本星のシールドが消失!? マネージャー! 艦隊本部より本星の防衛を最優先せよと命令が――――――!!」

「だからその命令を遂行中だ! 本艦の損害は!?」

「シールドジェネレーターが過負荷で停止! コンデンサに障害! 復旧まで600秒を想定! 現在サブを接続!!」


 激震が艦隊を襲い、無数の爆発に埋もれていく。

 メナス戦艦の砲撃により艦隊の1割以上が消滅していたが、余波だけでも大半の戦闘艦が損傷を負っていた。

 通信で救援を求める声が無数に届いていたが、応えている余裕はない。


「メナス艦載機群が前衛艦隊を突破! メナス群発砲! 全艦シールド最大出力!!」

「前衛艦隊をXY軸に散開! 然る後に十字砲火! 艦載機タイプを取り付かせるな!!」


 必死な様子のシステムオペレーターも、命令される前にメナスの攻撃に対応している。越権行為ではなく、職掌の範囲で褒められるべき判断の速さだ。

 小型メナスの荷電粒子弾が艦隊のシールドを叩き、ところにより船もろとも貫通する。

 旗艦のシールドは持ちこたえていたが、予備に過ぎない機関部ジェネレーターは悲鳴を上げていた。

 ズタズタにされた前衛艦隊が潰されながら援護をはじめるが、メナス戦闘群の勢いは止まらず。

 遂には艦載機タイプに本隊が取り付かれるも、既に共和国艦隊は抗いようもない状態だった。



 そこで、直上方向から降り注ぐ、通常の規格ではあり得ない青いレーザー。



 戦艦クラスのメナスがシールドを破られ被弾。何十カ所もの損傷部から緑の粒子を吹き、直進する軌道から大きく左舷側へ舵を切る。

 左右に随伴する重巡洋艦クラスは、本体を溶断され複数に分裂した末に爆発していた。

 艦載機のメナスは高速で回避機動を取っていたが、それでも2割ほどが跡形も無く消滅している。


 そして、青いレーザーが放たれたのと同じ方向からは、ヒト型機動兵器の集団も急接近していた。

 灰白色に青のエイム、そのオペレーターである赤毛の少女が率いるローグ大隊の『ロケットマン』50機だ。


「やれやれまったくとんだ演習だ……。ケニス、シェン、セオ、お前らの小隊で向こうの艦隊を援護してやれ。こっちは脅威度の高いメナスから優先して削っていく。

 ザコに落とされたらオマエらザコ以下だからな、タフなところを見せてみろ。行け!」


『イエッサー!』

『イエッサー!』

『イエッサー!!』


 さしものチンピラ達も余裕が無いのか、めいっぱい声を張り上げエイムを艦隊へと奔らせる。

 メナスが相手など考え得る限り最悪の実戦デビューだが、刷り込まれた習性は敵前逃亡など許さない。

 敵を倒し、生還する。許されるのは、それだけだ。


 そんな部下たちの機動を僅かな間見ていた唯理も、ブースターをいっぱいに燃やし機械の異形へ突撃していた。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・エマー1~4

 エマージェンシーの略。主に4段階に分けて発令される。

 エマー1、準備警戒態勢。平時ではない状態。命令連絡系統へ非常事態の可能性を通達。

 エマー2、警戒態勢。非常事態が予想される状態。有事に備えた避退、避難行動の実行。

 エマー3、準戦闘態勢。交戦が予測される状態。迎撃準備の実行。

 エマー4、即時臨戦態勢。交戦が決定された状態。合理的な戦闘行動の実行。


・OOP(operation operator)

 エイムオペレーターなどへ作戦指示や情報支援を行う担当官。

 前線と作戦司令部の意思疎通を円滑に行う為、兵士個人や部隊単位の専属として配置される。


・ROE(Rules of Engagement)

 交戦規定。想定される状況、部隊ないし兵士個人の裁量と権限において取るべき行動を定めたもの。

 特別指示されずとも、指揮する側も前線の兵士も交戦規定を把握している前提で任務に就く事となる。

 一例として、相手より先に撃たない、指揮命令系統を失った場合はこの回復を最優先する、降伏した者への攻撃を禁ずる、等がある。

 組織ごとに異なり、また作戦前に限定的に追加される場合もある。


・ネザードラッグ

 個人情報端末インフォギアの非正規プログラムの一種。

 機械と同調するネザーインターフェイスの感覚フィードバックを利用し、快感や高揚感を直接得る事を目的とする。

 手軽に使える半面、多用すると心身に異常をきたす場合が多い。

 基本的にローカルの規則やインフォギアの機能側で禁止されるが、それを擦り抜けるプログラムの出現やハードウェア側の改造でイタチごっことなっている。




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