95G.ハイウェイモンスター ペネトレイション

.


 タイヤの無い車両が破壊されて浮力を失い、路面に落ちる摩擦で火花をまき散らす。

 コントロールも失ったらしく、クルマはそのままトンネルの側壁へと激突し、ひっくり返り何度も転倒していた。

 何せ時速300キロを超える中でのクラッシュなので、派手なんてものじゃない。

 車列最後尾のクルマに乗っていた栗毛のポニーテール少女、スカイはその光景に目を見開いていた。


「なにアレ!? ホイール走行なんかのヴィークルで戦おうって言うの!? あの船といいコイツといい姉さんの部下はどうなってるのよ!!?」


 村瀬唯理むらせゆいりの駆る赤と黒のモンスターは、テールランプの尾を引き緩いコーナーを加速しながら突っ走る。

 高出力モーターが音程を上げ、赤毛のライダーと同期するサングラス内の速度表示が370キロ、380キロ、390キロと上がり続けた。

 アウト側の壁が猛スピードで迫るが、接触寸前にモンスターバイクはコーナーを脱出。

 車体を左右に振りカウンターをあてると、そこに企業の車両が進路上へ横滑りして割り込み、



 ドメギィッ! と。

 

 赤毛の少女は避けるどころか増速し、真正面から思いっきりバイクを叩き付けた。



 パンナコッタのエンジニア、エイミーの製造した自動二輪バイク型ヴィークルは、最前部にラムのようなバンパーを装備している。

 用途は、凶暴な見た目そのままだ。

 このヴィークルは、単なる移動の足などではあり得ない。

 追跡し、追い詰め、襲いかかり、牙を立て、喰い殺す。その為に生み出された、古の怪物。

 騎手の狂暴性をそのまま形にしたかの如き、美しいフォルムのモンスターマシン。

 神話上の不死の戦馬の名を冠した、赤毛の狂戦士のしもべたる存在。


 『ザンザス』である。


 そんなバケモノに後部から喰い付かれたSUV似の車両は、装輪車ならではの接地力グリップと桁違いな馬力に押され、別の車両に激突。

 両車両は軌道を外れ、勢いを止められずにトンネルの壁に突っ込み大破していた。


「護衛のクルマは阻止しなさい! 姉……護衛対象の車両に近づけさせないで! 本社の応援はまだなの!?」

「保安部が本社のジオ側から急行中です! 接触まで5分……!!」

「遅い! アレ・・を追って! 横付けして叩くわ!!」


 スカイの乗るクルマは、最後方から赤毛ライダーの追撃をはじめる。

 車内ではポニテのエージェントが、長い筒のようなライフル型の武器をケースの中から取り出していた。


 急減速する企業の車両がモンスターバイクに体当たりして来る。

 唯理は車体を傾け急旋回でこれを避けると、横に流れながらハンドレールガンを連射した。

 時速1,500キロ超で射出された6.72ミリ弾が、特殊結合合金の車体を派手に陥没させる。

 レーザーの反撃が来るが、赤毛の駆るバイク型ヴィークルは前輪を浮かして跳ねるような勢いで加速。

 クルマの前に出ると、フロントガラス――――にあたる部分――――へ向け後ろ向きに発砲した。


 そうしてまた一台排除したと思ったら、真横から押し潰す勢いで幅寄せしてくる新たな車両。

 即座に迎撃しようとする赤毛だが、それより先にクルマの後部ドアが横にスライドして開いた。

 後部座席には、唯理に向けて大型火器の砲口を向けているスカイの姿が。


「ふッ――――――――!?」

「吹き飛べッ!!」


 咄嗟にフルブレーキをかけたバイクの前方に、放たれた黒いプラズマ弾が当たって弾ける。

 広範囲に拡散する光と熱。

 モンスターバイクは車体を傾け、一息に車線の反対側へと滑り込む。

 しかし、スカイの車両はその場で回転し、赤毛娘を射界に捉え続けていた。


「このままアイツにこっちの面を向けてなさい!」


 ポニテの企業エージェントはプラズマランチャーを腰溜めで連射。情報機器インフォギア妨害ECMをしかけられても、狙いは正確だ。

 その勘の良さは、唯理の動きを追えるほどである。

 赤毛娘も応射しているが、レールガンの弾体がクルマの天井を抉っても、ポニテの方は怯んだ様子も見せない。度胸もあった。


「前後を塞いで! 肉薄されないように注意!!」


 ソアラオフィサーことスカイの命令で、別の車両が前後からモンスターバイクを囲いにかかる。

 唯理の左側面は、時速320キロで流れるトンネルの壁。逆側には大砲を構えるスカイの車両がいた。

 プラズマ弾が発射され、広い範囲を超高熱の炎が舐める。

 一部回避し損ね、赤毛ウェイトレスの制服が少し焦げていた。

 だがそこで、回避機動に引き続き車体を横滑りさせると、唯理はレールガンで牽制射しながらスカイの車両に急接近する。


(ぶつけて来る!?)


 と一瞬で判断するスカイは、反射的に自分と唯理の間の路面へ、プラズマ弾を撃ち込んだ。



 ところが、赤毛娘のモンスターバイクは飛び上がって側転しつつ、プラズマ爆発を回避。



「んなぁ――――――――!?」


 路面をタイヤで走っている、という先入観にやられた。

 いや分かっていても反応し切れたかスカイも自信を持てない、二輪バイク型ヴィークルの三次元高速機動だ。

 ドゴドゴドゴッ!! と、クルマの真上を通過する瞬間に、上下逆になった赤毛の少女がレールガンを発砲。弾体は車両の装甲を貫通し、真下の路面まで突き抜ける。

 当然、クルマの走行機能にも問題が出た。安全装置が働き、勝手に急減速する。


「ダメ! アイツを追いなさい! 絶対姉さんには近づけさせない!!」

「で、ですがオフィサー! クルマのシステムにエラーが出てます! 危険な為に自動停止機能が――――――――」

「だったらセーフティー解除してマニュアルで動かせばいいでしょう!? これだから本社のエリートどもは……! 一台こっちに戻しなさい!!」


 怒鳴るポニテのオフィサーだが、機能的に問題の出たSUV風の車両は止まって動かず。

 焦りはするものの、スカイはすぐに思考を切り替え別のクルマを迎えに来させた。

 貧民窟スラム暮らしをしていたその時から、この少女は諦めるという事を知らない。


 運転席のドアを弾体で穴だらけにすると、バイクごと突っ込む唯理は、勢いと重量を乗せ自分のカカトを叩き込んだ。

 サイドドアごと蹴飛ばされた黒スーツの運転手ドライバーが、助手席側へ吹っ飛ぶ。

 車両は制御を失うも、接触防止装置が働き壁際をそのまま走行。しかし無慈悲にも赤毛のライダーがレールガンを発砲し、これを破壊する。

 また一台、煙を吹きながら時速200キロ超の中で転げ回っていた。


 そして車列の先頭、マリーンを乗せたクルマが、後方から迫るモンスターバイクへ光線を発振。

 右へ左へと鋭く切り返し、赤毛ウェイトレスは攻撃を集中させない。

 電子妨害ECM環境下では、照準機能も手動マニュアルる部分が大きかった。


(さーてどうしたもんかな)


 レーザータレットをレールガンで破壊し、問題の車両を追いかけながら唯理は少し考える。

 最後の一台は、今までのように潰してしまうワケにもいかない。何せ、救出対象が中に乗っているからだ。

 無理やり停車させるにも、時速400キロ近い中でクルマを破壊するのは危険過ぎる。今までのクルマもだいたい横滑りするわ壁に突っ込むわで大変な事になっていたので。


 そうなると、選択肢は多くない。


 モーターへ120%の電圧をかけ、チャージブーストモードによりバイクは一時的に時速450キロへ到達。

 クルマを抜いて前におどり出ながら、後輪を派手に滑らせ180度向きを変え走り始めた。

 かと思えば、減速してクルマの正面へっ込みをかける。


 ズドゴォッ――――――! と鈍い衝撃が車内に走るが、それとは無関係にマリーン船長は青い顔になっていた。

 母船パンナコッタの共和国首都への強行突入からこっち、まさかここまでウチの娘たちが大暴れするとは流石に想定外である。

 スカイと企業の罠にハマった、と理解した瞬間にゼロ・プロトコルを発信したが、もしも船の皆が無茶を仕出かしそうなら、船団長なり誰かしらが止めると思っていたのだ。


 ちょっと考えれば、特に赤毛の娘などは大人しくしているはずがないと予想出来そうなものだが。

 やはりマリーンも冷静な判断が出来なかったのだろう。


 クルマのフロント部分に飛び乗った赤毛ウェイトレスは、猛烈な追い風にさらされながらもお構いなしに運転席へ向け発砲。

 ミニスカートをひるがえして弾痕に蹴りを入れると、そこに大穴を開け身体を滑り込ませた。


「どーも船長」

「ゆ、ユイリちゃん……!?」


 大して広くもない車内で船長と目が合い、気の利かない挨拶をする赤毛娘。唯理の方はいつも通りの無表情(+グラサン)だが、制服は端から焦げてボロボロに。頬や腕には傷も見られる。マリーンはもう泣きそうだ。


 そんなふたりの再会に水を差す、護衛の黒スーツサイボーグ。


 車内には最初から、運転席に助手席に後部座席のマリーンを挟んで左右にふたりと、ガタイの良い黒スーツが4人もいたのである。

 あまりの密度に交戦待った無しの、即ゼロ距離。

 なお、唯理が入り込んだのは全員の中心、マリーンの真正面だった。


 飛んで来たサイボーグのパンチを仰け反ってかわし、カウンターで掌底を入れ逆に仰け反らせる。

 背後からしがみ付くようにしてくる、助手席側の黒服サイボーグ。

 だが、唯理は勢いよく沈み込むと、狭い中で逆立ちするように上下を入れ替え、床を踏み切った際の力を乗せ膝蹴りの反撃。

 スカートがくれ上がり純白の下着もあらわに、魅惑のフトモモは凶器と化して猛威を振るっていた。

 蹴りの反動で狭い車内を前に転がる唯理は、マリーンの左側にいたサイボーグへ飛び込みながら肘の一撃。

 運転席から掴みかかって来る黒スーツには、その体勢から後ろ回し蹴りのカカトを叩き込む。


 車内で暴れる赤毛の猛獣のせいで、走行中のクルマは右に左にと大きく蛇行していた。

 同時に、前から噛み付いているモンスターバイクがフルブレーキをかけているので、タイヤから撒き散らされる白煙が後方を覆い尽くしていた。


 鉄板に穴を開けるほどの拳が、ついに赤毛ウェイトレスの顔面を捉える。

 と思いきや、寸前で受け止めた唯理は相手の打撃を支点に使い、真下から振り子のようにすくい上げる蹴り。

 自分の力を返されたサイボーグは、蹴り上げられた頭をクルマの天井から突き出していた。

 ドンッ! とマリーンの座るシートの背もたれに手を突く唯理は、一瞬で身体をたわめると、その力を脚に乗せ運転席の黒スーツへ発射。

 全力で蹴飛ばされた黒スーツは、フロントウィンドウから上半身を飛び出させた。

 乱暴極まりない壁ドンにビックリして、マリーンは完全に凍り付いている。トイレ問題が年上の尊厳的にピンチだった。


 ここに至り素手では無理だと判断した助手席の黒スーツは、懐からレーザー銃を出し赤毛の猛獣へ向けようとした。

 その前に、床が抜けんばかりの力で踏み込み、這うような姿勢から拳を斜めへ振り上げる赤毛ボクサー。

 座席の後ろから殴られたにもかかわらず、吹き飛ばされた黒スーツは狭い空間を跳ね回るハメになった。


 自分が殴った座席に抱き付く赤毛は、軽く飛び上がり身体を持ち上げて脚を揃えると、マリーンの右側にいた最後のひとりへドロップキックのように叩き付ける。

 最も弱い部分に負荷がかかり、内側からクルマの側面ドアが脱落すると、サイボーグ諸共高速道路ハイウェイ上へと吹き飛ばされてしまった。

 

 そこで、唯理とマリーンは、併走していたマシンヘッドと目が合う。


「あ」

「マシンヘッド!? 保安部!!」


 単純シンプルな半円形の頭部を持ち、地上走行を重視し高機動用のタイヤを脚部に装備した、全高5メートルのヒト型機動兵器。

 ユルド・コンクエスト社保安部の『ペイリス・サイシー8010』である。

 スカイが本社から呼んだ応援だ。


 クルマのフロント部に喰い付いていたモンスターバイクのブレーキを、唯理は遠隔操作リモートで解除。

 枷を解かれたクルマは、自動運転に従い急激に速度を上げる。


「ダナさん! マリーン船長確保! でもマシンヘッドに追尾されてる!!」

『ジオハイウェイを出ろ! 振り切って逃げて来い回収する! フィス誘導しろ!!』

『そのグラサンからクルマのコントロールが出来る! でもマシンヘッド相手じゃキツイぞ! そいつ完全に高速移動型だ!!』

「どうにかする! 出口で会おう!!」


 一時的に距離を取ったものの、地上走行用マシンヘッドの速力は特別仕様のクルマに全く劣らず、背面のブースターを吹かしながら追い付いてきた。

 無骨な金属柱を折り曲げたような腕部マニュピレーターが、車体を上から押さえつけて来る。

 外見からは分かり辛いがフィスの情報では火器も搭載しており、それを用いないあたり殺傷ではなく捕獲を目的としているのが推測された。

 さっさと逃げる必要があるのに変わりも無かったが。


「船長!」

「え――――――キャァア!?」


 運転席に後ろから掴まると、赤毛の少女はマリーンに手を伸ばす。

 有無を言わせぬ様子に思わず応えてしまう船長だったが、手を掴まれた瞬間に強引に引っ張り込まれた。

 直後にクルマは180度ターンし、マシンヘッドの腕を払い除ける。空中浮遊している車両ならではの動きだろう。

 唯理がマリーンを抱き締めたのはこの為だ。船長は色々パニックで真っ赤になっていたが。攻められるのには弱い。


 クルマを振り回した拍子に喰い込んでいたモンスターバイクも外れ、遠隔操作リモートで外れたドアの外に横付けさせる。

 バイク型ヴィークルに乗り移る唯理は、マリーンの手を引いて後ろに座らせると、クルマの方は急減速させマシンヘッドへぶつけた。


「多分メチャクチャ振り回すから落ちないでくださいよ船長! 死ぬ気で掴まってて!!」

「努力しますー!」


 背後でクルマとマシンヘッドが高速走行中の路面に引っかかり、カタパルトのように跳ね上がった挙句、後続を巻き込んで大クラッシュを起こしていた。

 しかし、唯理とマリーンの乗ったヴィークルはお構いなしに急加速。フィスから送られるナビゲートに従い、地下ジオから地上グラウンドへ出る分岐路ジャンクションを目指す。

 モンスターバイクの速度は、暴風を巻き上げながら時速300キロ台後半へ。

 しがみ付いている船長の事を考えても、赤毛ライダーとしてはなるべく速度を抑えたいところだ。


 マシンヘッドがもう一機、事故をスムーズに回避し追撃してくるのを後部センサーを通して見ると、そういうワケにもいかなかったが。


「ッチィ!? フィス! マシンヘッドのデータと何か有効な弱点は!!?」

『個人用レールガンじゃどうにもなんねーよ! なんでもいいから全力で逃げろ! ECMはこっちでコントロールするから!!』


 通信先で悲鳴を上げるオペ娘だが、それでも一応要請オーダーされた情報を唯理に送る。

 同時に、バイク型ヴィークルのシステム経由で、ヒト型機動兵器に対する電子妨害ECMも開始した。今日も忙しいフィスであった。


 モンスターバイクがうねるような機動で、走行中のクルマの間を駆け抜けていく。

 接触防止装置が働き車線を変える一般車両だが、後方から突っ込んできたヒト型兵器は回避しきれず跳ね飛ばされた。

 押し退けられるクルマが軌道を乱し、左右の壁に接触して火花を散らす。

 巻き添えもお構い無しだが、クラッシュと言うほどの被害でないのが救いか。


 そんなルール無用のヒト型兵器へ、前を行く赤毛娘が後ろ向きにレールガンを発砲。


 バギンッッ!! という破砕音がコクピット内にまで響き、頭部センサーに弾体が喰い込んでいた。

 同調していたオペレーターは、自分の頭部が撃ち抜かれたかのような錯覚を受け度肝を抜かれる。

 とはいえ、致命的な破損ではない。赤毛娘としても警告程度の考えだ。


 長い高速コーナーへフルスロットルで突っ込むバイクと、次々とクルマと接触しながらブースターを噴いて猛追するヒト型兵器。

 その腕部マニュピレーターを前に向けると、内蔵された火器が光を放ち、バイクの進路上でレーザーがはしった。

 高速道路ハイウェイ内で赤い光線が乱射されるが、はじめから威嚇目的なのか、あるいは電子妨害ECMの効果か全て見当違いの方向に。


 そんなモノに怯える唯理ではないが、背中に大事なヒトを背負っている以上は放置も出来ないと判断する。


 左手でハンドガンを持ち、右手で腰に回されたマリーンの腕を掴むと、唯理は脚で車体を締め上げ乱暴にバイクを傾けた。

 情報機器インフォギアで操縦可能だからこそだが、やはりフトモモの持つ魅力パワーが尋常ではない。


 モンスターバイクが地を這うように向きを変え、一気にアウトからイン側へ流れコーナーを脱出する。

 これを追うヒト型機動兵器も、滑るようなローラーの機動で離される事なく張り付いていた。

 ストレートの区間、ドラッグレースのような勢いで、モーター出力の限りを尽くすモンスターバイクとヒト型機動兵器。

 しかしロケットブースターを持つ分、加速力でマシンヘッドの方が有利であり、



 逆にモンスターバイクの方は、後輪を浮かせるほどのオーバーブレーキング。



 時速400キロオーバーから、僅か3秒で100キロにまで減速。

 重量が大きなヒト型機動兵器は減速しきれず、慣性に引きられるようにバイクの前へ飛び出してしまう。

 オペレーターは焦りながらも、機体を後ろに仰け反らせて制動をかけていたが、



 その全重量がかかっている脚部の後ろから、赤毛のモンスターが牙を突き立てた。



 ヒト型機動兵器の装甲は、言うまでもなく小型ヴィークルの体当たりで破損するほど軟弱な素材ではない。その程度の事は唯理にだって分かっている。

 しかし、重心が大きく背面に傾いているところで、身体を支えている脚を後ろから蹴っ飛ばしたらどうなるか。

 簡単な柔術の応用問題である。


 ブースターを吹かすのも間に合わず、全高5メートルのヒト型機動兵器が背中から地面に倒れた。

 時速200キロ以上出ていた為、路面との摩擦で火花と騒音が派手に撒き散らされる。

 その動きも止まらないうちに、唯理はモンスターバイクをマシンヘッドに横付けすると、胸部装甲の左側面にレールガンを連射。

 一部を破壊すると、その仰向けになった機体へ赤毛ウェイトレスが飛び移った。


「フィス! アクセスは!?」

『ちょっと待て! よし乗っ取った! 開くぞ!!』


 マシンヘッドのオペレーター、ユルド・コンクエスト社保安部の社員は、間髪いれず転倒した機体を立ち上がらせるつもりだった。

 ところが、操作していないのに胸部の装甲が勝手に持ち上がっていく。オペレーター搭乗用の機構メカニズムだ。

 驚き、制御システムが外部コントロールの警告を出しているのに気が付くも、前に目を向けるとそこには片足を大胆に持ち上げた赤毛の美少女の姿が。

 そう思った次の瞬間には、オペレーターの意識は途切れていた。


「ひとつ片付いた! フィス、システムの方は!!?」

『今デリート処理中だよ! 後は自動だからもうほっとけ!!』

「船長!」

「ゆ、ユイリちゃんこういうのお姉さん心臓がもたないわ…………」

「自業自得みたいなもんなんだから我慢してください!」


 マシンヘッドのオペレーターを蹴り倒し、赤毛のウェイトレスが機体から飛び降りてくる。

 一時的にバイクを任された船長は涙目だった。ほぼ自動操縦な上に重力制御で転倒しないとはいえ、怖いものは怖い。唯理に怒られてグゥの音も出なかったが。


 通常、マシンヘッドのコクピットは厳重に閉鎖されている。オペレーターの保護や機体を乗っ取られるのを防止する為には、当然の仕組みだ。

 ではなぜ今回は簡単に開いたのかというと、フィスと唯理がシステム上の穴を突いたからだ。

 外部操作用のターミナルを破壊した事で、セキュリティの甘いメンテナンスモードに自動で切り替えさせ、そこをフィスが抉じ開けたのである。

 今は操縦用システムそのものを破壊し、再起動不可能にしておいた。


               ◇


 企業の車列とマシンヘッド2機を潰したが、これで追撃が止まったワケではない。

 更なるマシンヘッドの接近をオペ娘が察知し、赤毛のモンスターバイクはタイヤから白煙を噴き急発進。

 分岐路ジャンクション地下環状ジオサークル側へと入り、地上グランドへ向けひたすら飛ばした。

 その1分遅れで分岐路ジャンクションを突破する、半円形の頭部とローラー付き脚部のヒト型機動兵器4機。


 追い付いたマシンヘッドは左右からモンスターバイクを挟み込んで来るが、唯理はモーターに過負荷チャージブーストをかけ、ただ加速する。

 タイヤの超伝導ホイールが紫電を放ち、限界以上の出力を搾り出すモーターが唸りを上げていた。

 これを追うマシンヘッドも速度を上げ、脚部のローラーから火花を散らす。

 時速は400キロから限界突破の450キロ台へ。

 地下高速ジオハイウェイからの出口を前にし、5機のマシンは小細工無しに上げられるだけ速度を上げ、



 トンネルから地上へ飛び出したところに、白い剣の如き宇宙船が舞い降りて来た。



 あと一歩でモンスターバイクに手が届いたというところで、パンナコッタ2ndの威嚇レーザーに蹴散らされるヒト型機動兵器。

 狭い穴倉から解き放たれた事で、二輪ヴィークルの方は重力制御を効かせて路面から飛び上がる。


 マリーンの妹、スカイのクルマが現場に着いたその時には、既に宇宙船もヴィークルも遠い空の彼方だった。


「ッて逃がすワケないでしょ……! 軌道警備にあの船を押さえさせなさい! ウチの本星担当のフリートマネージャーを呼び出して! あと私の『ロキ』も持って来させなさい! 直接――――――――」


 目を吊り上げるポニテのエージェントが各方に指示を飛ばしていたが、その途中で通信に割り込まれる。

 それなりの地位にいるスカイの命令を止める事が出来るのは、やはりそれなりの地位にいる人物だけだ。


「はぁ!? どういう事です!? あなただって姉さんを連れて来いって…………!」


 ユルド本社からの通信で追撃中止を命じられ、納得できないポニテエージェントは声を荒げていた。

 上曰く、キングダム船団が完全に想定外な出方をしているので、今は手出しを控えるそうだ。

 船団を本星近くへ引き込むにも相当な労力が内外共に費やされており、にもかかわらず戦闘などになったりしたら目もあてられない、という話である。


 そんなのスカイには知った事ではなかったが。


「……当然です。なんならすぐにでももう一度船団のフラグシップへ…………それは本社が黙らせられるでしょ? ダメでもカモフラージュすれば…………。

 それは、分かります……。はい、ええ姉さ――――姉なら当然です。はい、分かりました戻ります」


 ユルド社や支配企業ビッグブラザーの意向など知らない、今すぐ姉を確保したい、というポニテの妹だったが、結局は不承不承で上の指示に従う事とした。

 マリーンの意思は分からないが、少なくとも今の船パンナコッタを捨てて共和国へ戻る気は無いらしい。


 しかし、いずれ必ず自分の手に取り戻すと。

 そもそも自分が死を偽装したのが原因だという事も、その理由も忘れて、仁王立ちのスカイはマリーンと赤毛の少女が消えた空を睨むのだ。


               ◇


 一度はパンナコッタ2ndに近付いたモンスターバイクだったが、その後間も無く再び距離を置く事となってしまった。

 都市治安部シティセキュリティー戦闘艇ガンボートが相変わらず纏わり付いてくるので、レーザーに巻き込まれる恐れがあるという懸念故である。

 よって、なるべく遮蔽物となる高層建築物の多い場所を、その間を縫って唯理とマリーンは移動中だった。


 バイク型ヴィークルは、高速性と運動性重視の二輪ライダー形態から浮遊グライド形態へ。

 車体前後のフレームと車輪が左右に分裂し、重力制御平面を拡大する事で空中での安定性を確保している。


 既に夜景がまたたく時刻だった。超巨大都市の全域が、宝石のような無数の輝きに満たされている。

 しかし、その光景を楽しんでいられるような場面ではない。


 なぜならマリーンは、通信越しにパンナコッタの皆からお叱りの山だった。

 誰にも言わず安全か危険かも分からない共和国本星の首都にたったひとりで下りた挙句に企業らしき組織の集団に拉致されかかったのだ。

 心配の度合いと怒りも比例しようというものである。


 マリーン本人も、自分が迂闊な行動を取っていたと分かっていたので、ただ萎れていた。唯理の背中でグッタリしている。

 時速400キロオーバーのハイウェイバトルで振り回された事もあり、もはや精も根も尽き果てていた。

 妹の事、迷惑をかけた船の皆の事、船団の足を引っ張った事を考えると、もう消えてしまいたい。


「船長は船とクルーを預かる立場なんですから、それを放り出されると残された方が身動き出来ずに困ります」


「ごめんなさい…………」


 すぐ前にいる赤毛のライダーからも、お叱りを受けてしまった。

 特に唯理は、船外活動EVAスーツも無しに生身で高速道路ハイウェイをぶっ飛ばして助けに来てくれたのだ。

 ウェイトレスの制服は焦げるわ細かな傷から血は滲むわの有様で、申し訳なくて頭が上がらない。


「もし……他のに言えない事なら、わたしにだけでも言っておいてくれれば助けに行きますから。

 マリーン船長は船のお母さんみたいなものなんです。あんまりむすめたちを、心配させないでください」


 そして、この追い討ちは更に心が痛かった。


 こんな優しい科白セリフズルい。甘えさせなければならない立場なのに、甘えてしまいそうになる。

 振り返ると、こんな風にカラダを預ける事のできる相手が、今までの人生でいただろうか。

 そんな頼もしさを、この赤毛の少女には感じずにいられなかった。


「ユイリちゃん……せめてそこは『お母さん』じゃなくて、みんなのお姉さんじゃないかしら? 

 わたしはこんな大きな娘がいるような歳じゃありませんよ?」


「そうなんですか? 普段の船長はもうすっかり子供をしつけ慣れた母親って感じなんで――――――――」


「それはどういう意味なの!? そんなに老けて見えるかしら? まだリム・メシェルも受けた事ないのに……。

 わたしは傷つきました! ユイリちゃんは責任とって癒してください!!」


「は? ち、ちょ……!? 船長今は危ないですやめてください! 今は――――――そこに手を入れるのダメー!!」


 しかし今は、ナチュラルに失言をかました小娘に愛憎を抱かずにはいられなかった。まだ30にもなってないんだぞ。

 とはいえ、本気で若さに嫉妬するほどマリーンも歳ではない。まだ30にもなっていないので(2回目)。

 嫉妬はしないし本気で怒りもしないが、唯理がそう言うなら躾けはしてあげようと思う。


 赤毛娘が逃げられないのいい事に、後部席タンデムシートから船長のお姉さんが絡み付いていた。

 やや焦げたウェイトレスの制服の下に、たおやかな美女の腕が無遠慮に潜り込んでくる。

 お仕置きなどと思ったのは、一瞬のこと。

 マリーンは肉付き良く瑞々しい乙女の柔肌を、撫でるわ揉むわ抱きすくめるわと、パンナコッタに戻るまで好き勝手に楽しんでいた。


 なお、唯理の下着は激しい運動により傷んでいたとかで、マリーンの手により首都の上空で破棄ポイすてされてしまった。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ザンザス

 起源惑星地球におけるギリシャ地方の神話、海神ポセイドンの持つ不死の馬。

 パンナコッタの技術陣が赤毛娘の為に作り上げたモンスターマシンに、この名が付けられた。

 もはや唯理を暴れさせたいのか大人しくさせたいのか分からない。

 現在では珍しい装輪型ヴィークル。車輪付きは作業用機械くらいのもの。

 しかし、その走行性能は通常の浮遊フロート型ヴィークルを大きく上回る。

 ジェネレーター出力、モーター出力など基本性能の高さは言うまでも無く、二輪形態『ライダー』、四輪形態『クローラー』、浮遊形態『グライド』の使い分けにより、環境に合わせた機動性能も非常に高い。

 だが最大の特徴は、搭乗者の性質を鑑み極端に頑強性を付与された車体装甲と、その格闘性能にあると思われる。


・リム・メシェル

 不老、若返り処理の総称。リムボディとメトシェラの単語を変形させたモノを併せた造語。

 この時代において寿命と老化に対処するのは技術的に難しくない。

 理論的には望むだけ生きられるが、歳を経るごとに処置する要素は増え、維持費は膨れ上がる。

 その為、手段として存在しても貧困層は延命処置を受けられない場合が多い。

 経済力に左右される寿命、反リム・メシェル主義者のテロ、進まない世代交代、権力の座に居座り続ける権力者など、社会問題化している。




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