94G.ノーハジテーション プライマリーワン
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共和国政府との交渉は未だ続いていたが、キングダム船団は共和国中央星系である『フロンティア』への進入を果たしていた。
無論、勝手に船団を進めたワケではない。共和国政府に許可を受けての事である。
これは、『ターミナス星系からの移住希望者』の実態調査を行う為、本星に近い方が都合が良い、というのがその
実際に行われるのは、難民に対するメナス被害の口止めなどであろう。
キングダム船団の船長会議や
しかし、誰もが停滞する現状に
監視兼護衛の共和国遠征艦隊と本星系防衛艦隊に囲まれ、本星『プロスペクティヴァ』を目指す事となる。
一方で、船団を星系内に引き込むのは共和国政府としても危険とは考えないのか? とディラン船団長は疑問に思ったが。
それが、今から72時間前の事。
◇
ノマド『キングダム』船団旗艦『フォルテッツァ』。
艦後部中央区画ガレリア・ハブ。
デリカレーションレストラン『パンナコッタ2号店』。
船団内部における仕事は数あれど、今やレストランの
当初は、業務の大半を
ウェイトレスの制服もこの時代では古臭いを通り越し、男女で人気の性質こそ違うが、「カワイイ」と評判は上々。
そして今日もまたひとり、新たな伝説のウェイトレスが誕生するのだ。
「パンナコッタ2号店にようこそーなのじゃ! 4名様でよろしいのか?」
真っ白な長い髪と、そこからピンと持ち上がるイヌのような三角の耳、赤い瞳に幼い容貌の小柄な少女。
やや緊張の面持ちで初仕事を迎えるのは、カルトの巫女を廃業した純白の少女、『G』ことジーナ=クレスケンスである。
ローグ船団を支配していた体制の崩壊と共に、ライケン人の儀式をその手段として利用していたカルト集団も終焉を迎えた。
よって、そのカルトを教義の面から支えていた白い巫女もお役御免となるのだが、ではこれからどうしよう? という話には、当然なる。
ライケン人の文化と伝統を残したいと願う『G』は、キングダム船団でそれを成していくつもりだ。
この船団で生活していく基盤も得なければならない。
そんなワケでウェイトレスの制服に身を包み、接客業に精を出していると、こういう話であった。
これには、以前ダメにした家畜の牛の弁済も兼ねているらしい。
言葉遣いは大仰だが、基本的に良い娘である。
一方で、新人ウェイトレスの初々しさ溢れる『G』を、かつてのローグ船団のチンピラ達がテーブル席から呆然と眺めていた。
白い法衣を纏い、俗世と隔絶した空気を発し弱肉強食の法を説いていたカリスマの姿は、いったいどこに行ってしまったのか。
しかし我が身を
もう飲むしかない。このビールってのうめー。
「G、次、給仕。ワーカーボット連れて行って、持てない量を無理に持つ必要はないけど、見栄え的に小さなお皿でもいいから、持てるようなら自分の手でお客様に提供してね」
「うむ、承知したのじゃ!」
そんな新人のウェイトレスに、教育係の赤毛チーフが指示を出していた。
デリカレーションレストランは軌道に乗って間もなく、問題が起こる事もしばしばだ。
赤毛のフロアチーフ(非常勤)の仕事は、当分尽きそうにない。
「ジョー! ウェイトレスいつ終わるの!? 『リコールゲーム』やりに行こうぜー!!」
「ああー? なんだジャリども、ここはレーション食うショップだぞー。遊び来たなら帰んな。ガキ同士で遊びなさい」
「なんだよー! 食べるよフライドポテト! なー終わったらリコールやろーぜー!!」
「ジョーさんがいないと、僕らだけじゃバトルオブハイスペリオンをクリアできませんからね」
「うッ! うん! うん!!」
赤毛隊長の直属の部下である5人も、巻き込まれたんだか付き合いだかで、ウェイトレスのバイト中だった。
そのひとり、子供のように背の低いツインテお姉さん、コリー=ジョー・スパルディアには、固定ファンのような客が付いていたりする。
やんちゃそうだが綺麗な顔の少年、眼鏡をかけた
少し前にオムニのシミュレーションで一緒になり、気紛れを起こしたジョーが遊びに付き合ったのである。
それで、
子供達がやっていたのは、過去の戦闘記録を元に調整されたゲーミングシミュレーション。
対して、ジョーがやっていたのは
圧倒的なテクニックを振るうプロのエイムオペレーターは、子供達にとってヒーローにも見えただろう。
そして現在、ウェイトレスのお姉さんにツレなくされても喰らい付くのは、その気持ちが淡い恋心に化けた為であった。
年下の男の子を迷わせるとは、無自覚に罪作りなロアド人である。
なにせ赤毛娘の即応展開部隊、『ラビットファイア』は美女美少女揃いだ。
ワイルドツインテールのジョーだけではなく、他の4人にも誰かしらファンが付いている。
船団のホテル船に永久スイートルームを確保しているお嬢様は、桃色髪のバッドガールにご執心の末に、半ストーカー化。
美人の保母さんは密かなおっさんファンを量産し、クールなミステリアス美女はダンディなおじさま達がデートの誘いに引っ切り無し。
童顔巨乳のツノ付き少女は、別方面で出来たファンがファミレスにまで付いて来ていた。
そういう商売じゃないんだがなぁ、と部下達の現状を見て思う隊長だが、まぁ時代も文化も違うからこういう事になるのかな、と。
かく言う赤毛の美少女にも、男女問わず相当数の隠れファンが付いているのである。
もっとも、何かが起これば即本業の方に戻らねばならないのだが。
「ん……? フィス」
『ああユイリ仕事中か!? 悪ぃがすぐ船に戻ってくれ! マリーン姉さんから「ゼロプロトコル」の発信が――――ああいやとにかく何か起こったみたいだ!!』
呼び出しに気付き
唯理の方は詳細を聞かず、ウェイトレスの制服のまま急ぎ足でレストランを出る。
仕事は終わり。
日常へ帰る時間のようだ。
◇
高速貨物船『パンナコッタ
なにせ赤毛娘が、デリカレーション開発やレストランの運営、船団内の治安出動にローグ大隊の教導などで猛烈に忙しかった為だ。
旗艦内部で寝泊りしていた方が、何かと好都合だったのである。
そして、パンナコッタの船長マリーンは、この期を利用し少し前から
母船以外の他の船に行けるのも、船団を形成するノマドの大きな利点だろう。
特にキングダム船団は、ここ最近精神衛生に関する環境が飛躍的に向上している。
旗艦内の商業施設や娯楽施設にでも遊びに行ったのか、ヴィーンゴールヴ級『アルプス』の自然環境に癒されにでも行ったか、あるいはホテルなど宿泊施設でひとりの時間を満喫しているのかも知れない。
各々そんな事を想像していたが、まさかたったひとりで
「船長と連絡は?」
「ダメだ繋がんねー……! ゼロプロトコルの発信から後はインフォギアの信号も消えた。最後のパターンからこれジャミングだわな。誰かに妨害されてやがんだ」
「リレーに問題は無いのか?」
「1,350以上のラインを確保してるよ……。ラインじゃねー端末側の問題だって」
「船長どうやって共和国の本星に行ったの!? まだ船団だって移動している最中なのに!!?」
「待機予定場所に先乗りする船が何隻か出たからな。恐らくそれに便乗したんだろう」
操舵席には、青白いショートヘアの少女スノーもいたが、無口なので話し合いには不参加である。
共和国本星に下りたらしき船長から届いた、
その真意を確認すべくフィスが連絡を取ろうとしていたが、全ての手段でそれが不可能となっていた。
「フィス、ダナさん、こういう時の対応は?」
腕組みした赤毛娘が鋭利な表情で問う。
既に臨戦態勢の面構えだ。
「…………フィス、マリーンの現在地を特定できるか。わたしは船団長に報告を。一応……共和国に保護を求めておくべきだろう。実際どうするにしてもな」
メカニックの姐御は、ウェイブネットレイダーの技能を活かして船長を探すようフィスに指示。自身は、船団長を通して共和国側にマリーンを保護させようと言う。
とはいえ、この事態で共和国側が無関係だ、などと思うほどダナも能天気ではない。
これはアリバイ作りだ。
「エイミー、わたしのエイムの準備お願いできる? いつでも出られるように」
「う……うん分かった!」
赤毛娘にお願いされ、エンジニア嬢が格納庫へと走っていった。
フィスは共和国首都『グローリーラダー』へ接続を伸ばし、マリーンの最後の
ダナから報告を受けた若白髪の船団長は、すぐさま共和国にマリーンの保護を要請。
しかしこちらは到底協力的とは言えず、
交渉窓口であるユルド・コンクエスト社には、繋がりもしなかったという。
「つーかコイツらビッグブラザーの兵隊なんじゃねーの? グラダーの中で好き勝手動けるのは企業のヤツだけだろ」
と言うフィスは優秀な情報と通信のオペレーターであり、
手段を選ばず共和国首都の情報網を走査すると、マリーンの痕跡を辿り、首都の開発中途区画までを特定。
そこから走り去る十数台の高級車の映像と、マリーンの信号を確認していた。
この事を共和国に連絡すると、マリーンの保護どころかネットワークへの不正アクセスを疑われて聞く耳持たれなかったが。
分かっていた事ではあるが、共和国側へ救助を要請しても
もともとの
もっとも、ダナもそれを見越して事前に共和国へ
つまり、筋は通したという事だ。
「船団長、マリーン船長の救出に行きます。共和国の都合より、マリーン船長優先です」
唯理の宣言に、通信先のディラン船団長は眉間にシワを寄せ難しい顔をしていた。
簡単に承服できる話ではない。赤毛娘の
だが一方で、ディラン個人としては、あまり悩む様な事でも無かったりする。
『…………わかった、共和国にもそう伝える。お前らでウチの船長を保護しないならこっちで勝手にやる、とな。
船団の方は気にしなくていい。ラビットファイアとローグは動かすのか?』
「いえ、時間も無いのでわたし達だけで。強行するとはいえギリギリまで交戦を避けるのに越した事はないでしょう」
船団長は、マリーンが拉致された件の、裏の事情を察していた。
当然、26隻の超高性能宇宙船と、100億隻の封印された艦隊に関わると考えるべきだ。
ならば、みすみす重要な情報源を共和国に抑えさせる理由も無い。
それに、いい加減共和国との交渉で舐めた態度を取られるのも飽き飽きしていたところだ。
この上、船団における意思決定機関、船長会議にも席を連ねるひとりを拉致するというのであれば、交渉を蹴るのも船団内に言いわけが立つ。
ディラン的にもスッキリである。
殴り込みをかけるのが、最重要人物本人であるという難点はあったが。
◇
パンナコッタ
当然だが、共和国政府の剣幕は大したものだった。なにせ、共和国側の都合全てを無視して、首都内での救出活動を強行するというのだから。
マリーンの拉致を知るにせよ知らないにせよ、都市の安全保障的にも共和国側の面子としても、到底認められる事ではないだろう。
今後の交渉や共和国との関係で致命的な問題となるぞ、と露骨な脅しにかかったが、にも
共和国と船団の力の差を考えれば、狂気にも近い判断に思えただろう。
ただディランとしては、共和国を怒らせる方が唯理に愛想を尽かされるよりマシだ、と考えたに過ぎなかったのだが。
そして、共和国政府の人間に代わり、本来の交渉窓口であるユルド・コンクエスト社のギルダン=ウェルスから緊急の連絡が入ったのが、その直後の事だった。
◇
パンナコッタ
首都グローリーラダー上空へと直接下りる。
追いかけて来た十数機の
白い船へ攻撃するも、赤い光線は強力無比なエネルギーシールドに捻じ曲げられて船体には届かなかった。
パンナコッタのシールド出力は、同級の宇宙船とは比較にならない。
『船長は?』
「今はエアハイウェイを移動中! 速度上げたな、気付かれたわ。まーこんなド派手な事してりゃ当然だけどなッ…………!」
ツリ目のオペ娘が船のシステム管理をしながら、周囲の通信網に潜り情報を集め続けている。本来は別々にふたりでやる仕事だ。
ディスプレイになっている
しかしそこで、マリーンを乗せたクルマの列は、
空からの追跡を振り切る為なのは、明らかだ。
「スノー、
「了解……」
『了解、スタンバイ』
武装船で市街地突入もマズイが、軍用エイム投入は更にマズイという事で、赤毛のオペレーターは格納庫で待機中だった。
とはいえ、高速移動中の車両からヒトひとり掻っ攫ってくるのはエイムでなければ無理なので、タイミングを待つ事になっている。
操舵席に着く水色少女は、密かに鼻息が荒かった。無表情なので分かり辛いが。
宇宙に比べれば止まっているような速度だが、それでも障害物が無数に
空間密度が高いなんてもんじゃない。もはや激突事故が起こるのは必然であろう。
ところが、そんな狭い迷路の中へ、躊躇なく船を突っ込ませる操舵手のスノー。
迫る超高層ビルへ
側面にある
船が曲がれないような狭い空間は、船体を立て平面上の面積を小さくし、その場を通過。
逆にギリギリでも船が通れる横幅のある場所は、速度を上げて空気を震わせ大胆に突っ切っていく。
その妙技に、空を見上げる
『ユイリ! 船をマリーンのクルマに接近させる! 格納庫に引っ張り込め!!』
「了解、ゲート開けてください。捕まえます」
格納庫にいた赤毛の少女は、メカニックの姐御から合図を受けて灰白色と青のエイムを起動。
いつでも飛び出せる状態だ。
前面の
エイムと自分との同期を確認し、ペダルを軽く踏み感触を確かめる唯理は、重力制御を作動させ船から飛び出そうしていた。
ところがだ、
『いやユイリ待った! 連中が進路変更! このルート……しまったコイツらジオサイドに逃げ込む気か。いくらなんでもこの船じゃ物理的に入らねーよ!!』
車列が下へ下へと逃げていると思ったら、その先に地下都市部への入り口があるのをフィスが発見する。
ここで唯理も判断を迫られた。
地下トンネル内部は横幅こそあるが、高さは10メートル無い。エイムで突入するにも前傾姿勢を強いられるだろう。
そんな中で他のクルマを蹴散らしながら、マリーンを無傷で確保できるだろうか。
トンネルへ入る前に確保するのも、障害物が多過ぎて難しい。迂闊に回避機動を取ると、
しかし、ここでマリーン船長の奪還を断念するのは論外だった。
本人が遺書めいたゼロ・プロトコルを発信した以上、戻らない事も想定しているはず。
ここで逃して二度と会えなくなるくらいなら、共和国首都を瓦礫に変えてでもマリーン船長の救出を優先してくれるわ。
と、唯理がヤバイ覚悟を決めてしまった、その時。
◇
至る現在。
バイク型ヴィークルが目に入った瞬間、赤毛娘は迷わずそれに乗ると、スロットルを全開にし船から飛び出していた。
だが、その衝撃力は軽装甲耐レーザー仕様の車両を粉砕するほどだった。
なお企業のクルマを踏み潰して
『ユイリおまえ何やってんの!? ヴィークルなんかで出てどうする!!?』
「フィス、なんかサングラスみたいなの拾った。インフォギアになってると思うけど、これ使えるように出来る?」
『またそれか!? 帰ったらマリーン姉さんからガチ説教な!!』
潰したクルマから飛んで来たサングラスは、
若干キレ気味ではあったが、オペ娘は赤毛の
赤毛のウェイトレスが駆るモンスターバイクは、そのまま車列と併走しつつ
もはや、パンナコッタの皆も止められる状況ではない。
『ユイリ!? ヴィークルには火器なんて付いてないだろう!? やれるのか!!?』
「クルマを潰してでもマリーン船長は連れて帰ります。フィス、情報サポートよろしくッ」
制限速度200キロの高速道路を、赤と黒の
しかし、マリーンのいる先頭車両への接近を許さず、後続車両が道を塞いでくる。
しかも、車体
放たれる赤い光線に、唯理はヴィークルの後輪をロックさせ急減速し回避。車体を踊らせ向きを変えると、一転して前輪が持ち上がるほどの急加速をかけた。
レーザーは標的を追うが、
その一瞬で横に並んだ赤毛のライダーは、手にしたハンドレールガンでレーザータレットごと黒塗りのクルマを撃ち抜いた。
【ヒストリカル・アーカイヴ】
・リコールゲーム
過去の記録情報のゲーム化。シミュレーションの娯楽性を高めて、プレイ人口の増加とそれによる全体的な熟練度向上を狙う。
ストレス対策にもなり一石二鳥。
・ゼロ・プロトコル
本人不在時を想定した行動手順指示書。
自分がいなくなった場合に周囲の者に開示する内容なので、ある意味で遺書にも近い。
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