81G.エンドゲーム トゥーパワーゲーム

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 強襲揚陸艦『ハングドマン』が小惑星を強引に弾き飛ばして加速を続ける。

 副口径レーザー砲が敵エイムを薙ぎ払おうとし、回避され後方にあった小惑星を真っ二つに溶断していた。

 電子妨害ECM環境下フィールドという事もあり、射撃指揮装置イルミネーターによる照準捕捉の精度は低い。

 キングダム船団の即応展開部隊ラビットファイア、その大型格闘機や重火力機も砲撃から逃れていたが、逆に効果的な攻撃もできないでいた。


『ジェネレーターがオーバーロード。冷却に600秒……』

『取り付ければ船のシールド落とせるんだけどなぁ』

『あいつらしぶと過ぎ! もう弾無いし!!』


 唯一有効なダメージソースであった黒紫機の対艦レーザー砲も、酷使の末に安全装置が働き止っている。元々高火力兵器という物は制限も多いのだ。

 母艦に張り付く鎧のエイムベイメンは、長砲身のレーザーライフルを連携して発振し、その堅い守りは敵機の接近を許さない。

 スカーフェイスの強襲揚陸艦自体、相当に改造してあるらしくエネルギーシールドの出力も普通ではないようだ。


「R201より各機、101の射線上より退避。101の援護に入ってください」


 しかし、指揮を執る金髪保母さんの副隊長は、特に焦ってもいなかった。

 なぜなら、自分たちの仕事は完遂していたからだ。


 複数のブースターを目いっぱい燃やす灰白色のエイムが、強襲揚陸艦ハングドマンを猛追しながら発砲。

 両脇に抱えた大口径対艦レーザー砲が、戦艦クラスのエネルギーシールドを大きく揺るがせる。

 5秒間の発振で薙ぎ払われた赤い極太の光線から、直掩機のエイムたちは慌てて飛び退いていた。


『新手!? この火力は……マズいぞ!』

『いや、カナンを落としたヤツだ! どこから持ってきたあの大型レーザー砲!?』

『落とされちゃいないよ私は! 攻撃をアイツに集中しな! 撃たせるんじゃないよ!!』


 強襲揚陸艦ハングドマンの艦尾砲と鎧のエイムの装備する長砲身ライフルから、後方の敵機にレーザーが殺到する。

 赤毛の少女はコクピット内で身を捻り、換装して重量を増やしたエイムをバレルロールさせ、これを回避。

 高速で回る視界の中、全身でエイムを操りながら再度対艦レーザー砲をブッ放した。

 レーザーを発振したまま赤毛娘は乱暴にフットペダルを踏み付け、重心を傾け機体を横滑りさせる。

 反応する灰白色に青のエイムは、跳ね返るような機動を繰り返して強襲揚陸艦ハングドマンの真横を突っ切って行った。

 その際にもレールガンを連射していく行きがけの駄賃付だ。


『クソッ! 全く軌道が読めない! 照準補助を修正! 敵のスペックを再設定し可能域を拡大!!』

『これじゃ火力を集められない! ハングドマンは緊急ワープで離脱しろ! コイツは止まらん!!』


 艦首側へ飛び出た灰白色のエイムは、機体を横スピンさせると同時にキネティック弾の全弾を吐き出し、その勢いのまま強襲揚陸艦の反対側へ。

 艦体の横っ腹に対艦レーザー砲とレールガンを叩き込み、至近から撃たれた艦砲や遅滞防御兵装ディレイWSの弾体は超高機動で回避して見せる。

 もはや赤毛娘と灰白色のエイムは手に負える状態になかった。


「シールドジェネレーター5%までダウン! サブジェネレーター接続! 予備も待機出力へ!!」

「ECMが照射限界! コンデンサリチャージまで120秒!」

「リケルは艦に戻れ! シールドが落ちてる!」

『戻っても船を落とされたらそれまでだろうが!!』

「通信ラインに侵入!? プロトコル暗号変換パターンを変更!」

「導波干渉儀には触らせるな! 圧縮回廊を設定次第ワープを最優先!!」


 強襲揚陸艦ハグドマン艦橋ブリッジ内では、灰白色のエイムに対して可能な限りの時間稼ぎを試みている。

 スカーフェイス側は完全に防戦一方フルボッコだ。

 ノマド側には電子戦機の強力な支援ECMがあるとはいえ、1キロメートル以内という至近距離にも関わらずレーザー砲が掠りもしない。

 一方で灰白色のエイムの攻撃は大きな的ハングドマンに当たり放題で、体当たりで守りに入る鎧のエイムベイメンは損害を増やすばかりだった。


「シールドは落ちて構わない。迎撃も不要だ。準備が出来次第ワープする。惑星に強行侵入させてもよい。全員をバイタルパートへ」


「…………了解。ルート設定、リーガラルテグループ0F:I方面。重力波による回廊歪みは、最大値を想定」


「ブリッジコントロールより全艦へ避難指示、エマー1」


 艦長席に座る片腕が無い傷面の男は、やや血の気の失せた顔色ながら冷静に指示を出す。

 それは、追撃を振り切る為なら惑星に突っ込みかねない航路でのワープも辞さない、という意味だ。

 そうなれば当然皆死ぬが、それを躊躇する者はPFC『スカーフェイス』にはいなかった。


 サブジェネレーターの出力が1%を割り、ろくに航路も計算出来ないままスカーフェイスの母艦がワープ航法ドライブの準備に入る。

 センサーにて予兆を捉えた灰白色のエイムは、攻勢を強め鎧のエイムを蹴飛ばしビームブレイドまで振るいはじめた。

 艦尾と独立型ブロックのブースターエンジンを限界まで燃焼させ、逃げに入る強襲揚陸艦ハングドマン

 だが、ワープ航行ドライブに入るより早く、エネルギーシールドが消失した事で艦体が無防備に晒されてしまい、


「ッ!? 後方13万キロ星系外周に重力異常感知! スクワッシュドライブ反応!!」

「ノマドの方かい!? いやもっと後ろか!! こんな時にどこのどいつだ!!?」


 それと同じタイミングで、キングダム船団に近い宙域へと何者かがワープして来た。

 その反応は当然、灰白色のエイムやキングダム船団の即応部隊ラビットファイアも捉えているはずだ、と傷面の男も考える。


「ワープは中止。シールドに全ての動力を振り分けろ。スクワッシュドライブは航路を再計算。…………焦らなくてもいい」


「……了解。予備ジェネレーターをシールドユニットに接続。全動力投入します」


 強引なダイレクトワープに入ろうとしていた強襲揚陸艦は、一転して防御を固めていた。

 灰白色のエイムが急いて、一撃必殺など狙ってこないよう警戒した為だ。


「こんな時に何ごと……!? フィス!」

『船団右舷110度距離3,000キロあたりにスクワッシュドライブ反応多数! てかこれ星系艦隊って数じゃねーぞ!? 回廊の先は……あー「マグナエイデス」星系!? 共和国圏からのロングジャンプ!!?』


 そんな傷面の男の予想通り、殺気剥き出しな赤毛娘はレーダー反応を見て目を剥いていた。

 何者かは知らないが、キングダム船団の至近にワープしてきた以上はラビットファイアも警戒に向かわなければならない。

 テログループと母艦スカーフェイスには後一歩で致命打を与えられるところだったのに、今は完全に守りに入られてしまい、撃沈しようと思えばかなり手間を取られる事になるだろう。


 つまり、足元を見られたという事だ。


『ユイリちゃん、船団の方に戻りましょう。ワープしてくるのが予想通りの相手なら、共和国艦隊側が変な動きをするかもしれないわ』


「……了解しました、R101よりラビットファイア全機。パンナコッタと合流して船団に戻る。201、先行しろ。203は撤退を支援し電子防御を。帰り道で事故るな」


『201了解しました』

『に、203了解しました!』


 特徴の無い中型標準機カスタディオを先頭に、黒紫の重火力機タワーオブアイ、赤と白の中型支援機アポジハウンド大型格闘機オーランピグマエウス小型電子戦機オーロラビータが次々と進路反転し、小惑星帯の高い空間密度の中へと撤退していく。

 灰白色の重武装機Sプロミネンス、そのコクピットの赤毛の少女は、低加速で悠々と離脱していく無骨な強襲揚陸艦を見送り、大きく溜息を吐いていた。


「焦り過ぎたか……それとも、そっちの手並みを褒めるべきかな? PFCスカーフェイス……『ジャック=フロスト』」


 普段の冷静なカオに戻った赤毛の少女が、エイムを宙返りさせながらひとりごちる。

 そのまま僚機を追い加速をかけるのだが、またマズい相手を逃がす事になったかと思うと、後ろ髪引かれる感が半端ではなかった。



 とはいえ、これが後に思いがけない再会へと繋がるのだから、人生分からないものだと赤毛の少女は思うものである。


               ◇


 大急ぎで母船のパンナコッタとキングダム船団に戻った唯理が見たのは、整然として陣形を組む共和国所属の大艦隊だった。

 数にして、約30万隻。現在の難民を抱えたキングダム船団と、ほぼ同規模。ただし、新たに現れた艦隊は全て純粋な戦闘艦だ。

 これは、星系に配置される常駐艦隊の3個艦隊分にも及ぶ。


 そんな大艦隊がどうして『リーガラルテ』などという無人の恒星系に来たのかというと、


『我らの同胞、同じ共和国の国民を保護してくださり感謝の言葉もありません。ここよりは我ら共和国中央艦隊が、ターミナス星系の避難民を引き取らせていただきます。

 とはいえ人数が人数ですので時間も掛かるでしょう。

 ですので、円滑な全避難民の移乗の為にも、このまま中央本星までご同道していただきたく』


 映像の中の男、共和国支配企業ビッグブラザーの一社、『ユルド・コンクエスト』幹部社員、


 『ギルダン=ウェルス』は笑顔でこう言うのである。 


 唯理たちラビットファイアが慌てて戻る必要などなかった、かと言われると、あらず。

 キングダム船団の上層部は、共和国の幹部社員の言葉を鵜呑みにはしていない。唯理も同意見だ。私的艦隊組織PFCスカーフェイスを逃がした恨みがあるからではなく。


 事前に何の連絡も無い、センサーで察知もさせないほど超長距離からのスクワッシュ・ドライブによる急接近。

 30万隻と遠征艦隊並みに大勢かつ強力な戦闘艦が揃っており、それらがまるで小惑星帯を挟んでキングダム船団を半包囲するかのような位置を取っている事。

 何より、共和国は欲しい物を得るのに手段もタイミングも決して逃さない国柄である。

 恐らく現在、宇宙でも有数の性能を誇る宇宙船に目を付けていないはずがないのだから。


「つーかその辺何も言ってこねーのが返って臭いよな……。それに『ゴッドハンド』クラスを何隻持ってきてんだよって話で。完全に戦争しに来てんぞこの艦隊」


 オペレーターのフィスが、船首船橋ブリッジのディスプレイに幾つもの拡大映像を表示している。

 その凄まじい共和国艦隊の戦力に、普段よりツリ目も50%増しで眉間には深いシワが入っていた。

 ちなみに、『ゴッドハンド』クラスとは共和国中央艦隊が旗艦として用いる戦艦の名称だ。


 小惑星の連鎖ブレイクショット衝突・エフェクトに巻き込まれたキングダム船団は、現在は再集結を済ませている。

 しかし、共和国中央本星からの大艦隊が到着した事で、ターミナス星系の避難民や星系艦隊には、そちら側と合流する動きが見られた。

 そのドサクサに紛れてヴィーンゴールヴ級『アルプス』など超高性能艦を当たり前のように接収しようとした事もあり、キングダム船団は密集しての警戒体制に入っている。

 なお、蛮行に及ぼうとした星系艦隊の戦闘艦は、シールド出力に物を言わせて無言で蹴散らした。


「受け入れ先が見つからないと思えば、向こうから来たら来たで即問題解決、とはいかないか……。この後の展開は?」


「そうなー……まぁ今は船団長が向こうと話をしているだろうし――――――――」


 仕事を終え船首船橋ブリッジに戻っていた赤毛の少女は、腕を組んで共和国艦隊の動きを注視している。

 場合によってはもう一戦、今度は共和国の本星艦隊を相手にやる事となるだろうか。

 そんな事を、自らの職分に照らして眼光も鋭く考えていた唯理だったが、


「んもーきっと面倒な手を使って来るわー…………ユイリちゃーん」

「ほあッ!!?」


 いきなり腰に抱き付かれ、気を取られた拍子にその辺の考えは霧散してしまった。


 情けない声を上げて抱き付いたのは、パンナコッタの船長、マリーンお姉さんである。

 お尻に顔をうずめられて赤毛娘も変な声出た。

 そして、科白セリフの途中だったオペ娘の目が死んでいた。


「ち、ちょ!? 船長船長そこはマズいですわたしさっきEVAスーツ脱いだばっか…………!!」


「うー……癒されるわぁ、このふっくらプリプリなお尻がまた……。

 あと大丈夫わたし汗のニオイも平気だから。むしろユイリちゃんの汗のニオイは、なんかホッとするのに胸が高鳴ってクセになりそう」


「せんッ……ちょぉおお!?」


 裸を見られるのはそうでもないが、唯理にだってそれなりの恥じらいはあるのだ。

 下半身のニオイを嗅がれるとか乙女として普通に駄目NGだ。やった方もやられる方も。

 真っ赤になってもがく赤毛だが、かと言って船長を蹴っ飛ばすワケにもいかず、手だけをバタバタ泳ぐように彷徨わせている。

 そんな唯理のお尻は本当に抱き心地も良く、できればこのまま溺れていたい、とマリーンは心底思っていた。

 要するに現実逃避だ。逃避先にされた赤毛は堪ったものではないが。


 マリーンは元共和国幹部社員であり、『ギルダン=ウェルス』と似たような立場であった。というか顔見知りだ。

 よりにもよって面倒臭い事極まりないやからが、わざわざ共和国中央から出張って来てしまった、というのが船長の正直な感想である。

 その手口にもおおよそ・・・・の予想がつき、面倒が山と襲ってくるのは容易に予想できた。

 細部ディティールがどうなろうと、最終的にはキングダム船団は共和国深部へ行くよう誘導されてしまうだろう。

 かつて自分が積み上げた全てを捨ててきた、元勤め先カンパニーの本拠地。

 共和国を出た当時の事を思い返せば、気楽なノマド暮らしで人生を終えるつもりだったのに。

 そんなところに再び向かうというだけでも気が重いのに、恐らく道中にも、厄介者どもを片付けるという仕事が待っているという。

 拭い切れぬ因果や纏わり付く業のようなモノを感じ、マリーンは憂鬱なタメ息を吐いていた。


「ひやッ……!? やだっ!? ちょ、船長! 息はやめてください息は! 変なところが熱ッ――――――!」


 そして、お尻に熱い吐息を喰らった赤毛娘は半泣きで悲鳴を上げていた。

 耽溺するアンニュイ美女は聞いちゃいなかったが。





【ヒストリカル・アーカイヴ】


・ビッグブラザー

 銀河先進三大国ビッグ3の一角、共和国を実質的に支配する企業グループの連合体。

 表向き政府によって運営される共和国だが、政治的意思決定を行うのは共和国の大企業、上位44社であるというのは公然の秘密であった。

 ゴールドコーナー、八卦重工、ハインデューク、カンパニー、等が名を連ね、ユルド・コンクエスト社もそのひとつ。


私的艦隊組織PFC『スカーフェイス』

 宇宙にありふれたPFCのひとつだが、『傭兵部隊』とも渾名される一流どころの戦闘集団。

 少数精鋭にして、強襲揚陸艦『ハングドマン』という軍用戦闘艦や『ベイメン』という軍事レベルのヒト型機動兵器を運用するだけの能力と資金力を持つ、と言われている。

 PFCには珍しくない事だが、設立経緯や構成員の出自、素性は不明。

 代表者は『ジャック=フロスト』。顔の正面に、斜めに大きな傷が走っているのが特徴。やはり出生、素性は不明である。




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